内容が内容であるためか、その依頼にはなかなか有志が集まらなかった。
無理もない。薄木金作という男の現状を聞けば、だれだって『死んでよし!』と思うだろう。
だが、どうにかこうにか4人の奇特な撃退士が集まった。
彼らは今、俎板神社へ続く階段を上っているところだ。
「しかし聞くにつけひどい話ですね……。見習ってはいけないお父さんの見本……でしょうか」
だれにともなく、浪風悠人(
ja3452)が呟いた。
妻帯者である彼は本件について色々と思うところがあり、ぜひ金作に改心してほしいと願って依頼を引き受けた次第だ。
「ていうか、そのおじさん。本気で神社を立てなおす気があるのかな」
疑うように言うのは、猪川來鬼(
ja7445)
彼女の実家は鬼を信仰する家系であり、寺や神社をないがしろにする者には良い感情を抱けない。『抱けない』どころか、金作に対しては内心かなり怒っている。
いまのところ感情を見せずにはいるが、金作を前にしても平常心を保てるだろうか。
「うぅん……娘さんに相談したぐらいですから、それなりに意欲はあると……信じたいですねぇ……」
弱気な発言をしたのは、月乃宮恋音(
jb1221)
彼女は幸子と顔見知りであり、その関係から本件を引き受けた。神社再建については、かなり詳細に考えている。
「まぁどんな結果を目指すにせよ、金作さんに勤労意欲を取り戻させないとね」
それが一番重要とばかりに、藍星露(
ja5127)は告げた。
たしかに彼女の言うとおりだ。どれだけ手を尽くして神社を立てなおそうと、金作が『労働は1日1時間』とか言ってるようでは話にならない。意識改革が必要だ。
もっとも、それが簡単にできるなら幸子も苦労はないのだが。
ともあれ、4人は俎板神社に到着した。
一般人なら息切れ確実の階段だが、さすが撃退士。苦しそうな顔をしている者はいない。
「話に聞いた以上に荒れてるねぇ」
境内を眺めて、來鬼は溜め息をついた。
「ある意味、予想の範疇と言いますか……。まるでお化け屋敷ですね」
悠人も若干あきれ気味だ。
そこへ、悪びれる様子もなく金作が近付いてきた。
「おお、よく来てくれた。キミらが幸子の後輩か。じゃああとは頼んだ」
それだけ言って社務所へ引っ込もうとする金作。
その首根っこを、來鬼がひっつかまえた。
「うちら、この神社を立てなおしに来たんだけど? すこしぐらい協力してくれるよね?」
「ああ、うん。でも俺は腰を痛めててさ。重労働は無理なんだ」
「いまから境内を掃除するから。ゴミかそうでないかぐらいは教えてくれるよね?」
引きつった笑顔で詰め寄る來鬼。
『ゴゴゴゴゴ……』というSEが聞こえそうな笑顔を見て、金作は「あっハイ」と答えるのがやっとだった。
こうして、ひとまず挨拶は済んだ。
なにはなくとも、まずは境内の掃除である。
「しかしまぁ……ここまで荒れてると、いっそ清々しいよねぇ」
嫌味とも感心とも取れる口調で言う來鬼。
だが金作に嫌味は通じない。
「だろ? 中途半端に掃除するからダメなんだ。こうして自然のままにしておくのが一番さ」
などと笑ってる始末だ。
これには來鬼にも返す言葉がない。
「ここまでさせるのって、ある意味才能だよなぁ……」
と、もはや感心するありさま。
ともあれ、來鬼と悠人は手分けして掃除に取りかかった。
來鬼は境内のゴミ拾い。
明らかにゴミと判別できるものはゴミ袋に、判別できないものは金作に訊いて……と思っていたが、判別の必要もなくゴミだらけだ!
「よくまぁここまで……」
怒りを通りこして、げんなりしてくる來鬼。
一方、悠人は雑草の始末にかかった。
大鎌ウォフ・マナフを使っての、豪快な草刈りだ。凄い勢いで雑草が刈り取られ、ヒリュウがそれを一箇所に積み上げてゆく。そのほかにも、燃えるゴミはひとまとめに。
ある程度集めたら『炎焼』で焼却。
來鬼とのタッグで、見る見るうちに境内は綺麗になってゆく。
「おお、さすが撃退士。掃除もうまいね」
金作は何か手伝うでもなく、縁側で茶をすすっていた。
ちなみに、撃退士が特に掃除上手という設定はない。
「あのぉ……ところで……」
恋音が慎重に話しかけた。
「なにかな、お嬢さん。まぁ隣に座りなさい」
「は、はぁ……」
ごく自然に女の子を隣に座らせるあたり、さすがキャバクラ通いで破滅しただけある。
恋音は少々赤面しながら、話を切り出した。
「ええとですねぇ……まず、確認しますけど……薄木さんは、宮司の資格をお持ちですかぁ……?」
「そんなの必要なの? 勝手に名乗っていいんじゃないの?」
「いえ、必要ですねぇ……。このままですと、犯罪者になってしまう可能性が……」
「それはまずい。ただでさえ前科があるのに」
「まぁ、現状ではあまり心配なさそうですが……この先、参拝者が増えた場合、資格がないことが知られると……まずいですねぇ……。無資格で一部の神社業務をおこなうと、罪に問われる可能性もありますよぉ……?」
「そりゃまずいな。俺は賽銭だけで遊んで暮らしたいんだ。どうすればいい?」
「それについて、ですけれどぉ……こういった小規模の神社の場合、賽銭収入はごくわずかで……祭祀や祈祷による収入が、中心のようですよぉ……?」
「そうなのか? でも祈祷とか面倒だな……」
「それに、多くの神職の方は副業を持っているケースが多いようですねぇ……」
「いやだ! 俺はもう働きたくないんだ! 働いたら負けだ!」
どこかのニートみたいなことを言い出す金作。
これは重傷だと思いつつも、恋音は提案してみる。
「あのぉ……とりあえず、食べていけるように……家庭農園など、やってみませんかぁ……? 最初の準備は、手伝いますよぉ……?」
「そんな面倒なこと絶対にやりたくない!」
「ですよねぇ……うぅん……」
これには恋音もお手上げだった。
ここまで頑なに労働を拒否する人間を働かせるのは、並大抵のことではない。
「この場は、あたしにまかせてもらってもいいかしら?」
黙って会話を眺めていた星露が、話に割って入った。
「いいとも、いいとも! さぁここに座って!」
恋音と反対側の場所を手で叩く金作。
左右に美女をはべらせて、完全なキャバクラ体勢にするつもりだ。
「それもいいけど……気分転換に外を歩きません? あたしと一緒に」
「いいねえ。ただ、あの長い階段が面倒でなぁ……」
「あたしが背負いますよ。こう見えても撃退士ですから、人を背負って階段を上り下りするぐらい簡単です」
「ぜひ! ぜひおねがいする!」
「では行きましょう」
星露が手をのばして、金作の手を取った。
「それにしても大きい神社ですね。管理するのも大変でしょう」
金作の手を引いて歩きながら、星露が訊ねた。
「本当だよ。今日はきみたちが来てくれて助かる」
「人助けも撃退士の仕事ですから。……あ、階段ですね。あたしの背中にどうぞ」
長い階段にさしかかると、星露は身を屈めた。
長い髪が流れて、白いうなじが露わになる。
「おおっ!」
鼻息を荒くさせながら、金作は遠慮なく星露の背中にしがみついた。
しばらく遠ざかっていた女の匂いと感触に、金作は我を忘れて興奮する。
「あら、お元気ですね」
大人の対応をする星露。
こう見えて彼女は二児の母だ。男のあしらいには慣れている。
星露は、そのまま金作を背負って階段を下りていった。
歩きながら、星露は優しく問いかける。
「幸子さんから話は聞きました。たいへん苦労したそうですね」
「ああ。俺の人生は失敗続きだった……。あの嫁と結婚したのが全ての敗因だ」
「相当な鬼嫁だったそうで」
「鬼なんてもんじゃない。あれは悪鬼羅刹だ」
「それで、女の子のいるお店に通うようになったんですか?」
「ああ。俺みたいな男はいっぱいいたよ。どこにも行く場所のない、哀れな男たちがね」
「それは、つらかったですね」
「会社ではロクな仕事ももらえず、家では妻に罵倒され、ときには殴られ……娘には無視されて……キャバクラだけが俺の救いだったんだ」
「わかります。よくわかりますよ」
金作の言うことを一切否定せず、星露は全て容認した。
まるで聖母のごとき慈愛の心。
いつのまにか金作は星露の背中で泣いている。
まるで祖父を背負う孫娘のように感動的な絵だが……星露は子持ちの人妻、金作は無職同然の横領犯であることを忘れてはいけない。
そんな二人をよそに、俎板神社では清掃と修繕の作業が進められていた。
來鬼は本堂の掃除。はたきで天井や棚の埃を落とし、箒でゴミや埃を掃き出し、濡れ雑巾で床を拭く。
言うのは簡単だが、半年以上も掃除されてなかったので撃退士といえど一苦労だ。
「まったく、よくここまで汚くできたものだよ……。寺や神社をなんだと思ってるんだ?」
だれに聞かせるでもなく、來鬼は呟いた。
が、呟きながらも手は止まらない。怒りの力を原動力に、すさまじい早さで本堂を綺麗にしてゆく。
本堂があらかた綺麗になれば、次は社務所へ。これも圧倒的な速度で、掃き、拭き、洗い浄めてゆく。部屋の清掃はもちろん、什器や小物もしっかりと。神具はとりわけ丁重に扱い、もとの輝きが蘇るまで磨き上げる。
悠人は、とくに目立つ場所を選んで修繕作業を進めていた。
もともと日曜大工は得意なので、それを生かしての作業だ。
最低限の工具は持ってきたし、木材や釘なども予算内で可能な限り揃えてきた。安物の木材だが、どう修繕しようとも現状よりはマシだろう。
「とても全てには手が回りませんが……できるかぎりは綺麗にしておきましょう」
実際、悠人の言うとおりだった。これだけ荒れ果てた神社を、一日で修復できるわけがない。とにかく人目のつくところを優先して修復だ。人手や時間の足りなかった箇所は、あとで金作に伝えておけば良い。──という考えだが、金作が自分で修繕とかするだろうか。すくなくとも現状では無理だ。
「あと目立つところは……うん、あの石碑はどうにかしたほうがいいですね」
悠人は境内の入口に置かれた『俎板神社』の石碑に目をつけた。
完全に崩れ落ち、何が彫ってあるのかわからない代物だ。
その石くれは目立たないところへ隠し、かわりに持ってきた板きれに『俎板』と彫ってニスで防腐処理して入口へ設置する。
「これでよし……と」
そんな現場組とは別に、恋音は持参したノートPCで作業をつづけていた。
なにはなくとも金作に資格を取らせなければならない。俎板神社を適切に管理する者も必要だ。
そう考えて、恋音は俎板神社の近くにある大きな神社に連絡をとった。俎板神社の現状をしらせ、兼務社として組み入れてくれるよう要請したのだ。一応歴史のある社であり、最低限管理人はいるので、どうにか……と考えたのだが、そう甘くはなかった。金作が横領事件を起こしたことは斯界で広く知られている。そんな男に関わろうとする者は滅多にいない。
ならばと神道系の新興宗教団体に連絡してみるも、これまた良い返事は返ってこなかった。前科者に対して世間は冷たい。神社など世間体を気にする業界はなおさらだ。
「うぅん……こうなれば、情報操作しかありませんねぇ……」
なにか危ないことを言いだして、恋音は方針を改めた。
そして、ネット上の匿名掲示板や呟きサイトに手当たり次第書き込み開始。
『みなさん俎板神社って知ってますか? 知る人ぞ知る、豊乳の御利益がある神社なんです!』
みたいなことを宣伝し、さらには自らの体験談(捏造)を作って胸部の画像をUP。
『そんなことで巨乳になれるなら誰も苦労しない』という批判を浴びつつも、炎上商法みたいな感じで俎板神社は少しだけ話題になった。
そのころ。星露と金作は公園に来ていた。
ベンチに並んで座る二人の姿は祖父と孫娘のようだが、片方は横領犯、片方は人妻。どこか背徳的な空気が漂う。
「いままでの話を聞いてわかりました。金作さんは何も悪くありません。悪いのはすべて、別れた奥様ですよ」
「だろう? 俺がキャバクラ狂いになったのも、会社の金に手をつけたのも、全部あいつのせいだ」
「わかります。だれにも認めてもらえないのは苦しいですものね。でも、あたしなら金作さんのことを理解してあげられると思うんです」
優しく告げると、星露は金作の手を取って胸に押し当てた。
さらに吐息がかかるほど顔を近付けて、「内緒だけど、あたし年上の男性が好みなの……」と妖艶な声で囁く。全身から匂い立つフェロモンの香りは『友達汁』によるものだが、そこまでする必要もなく金作は思考能力を失っていた。
「ふぉおおおおお……!」
押しつけられる胸の感触とフェロモン臭の前に、すっかり骨抜きにされてしまう金作。
ここまでストレートに女の武器を使うとは、星露おそるべし!
「ただ……いまの金作さんも素敵だけど、立派な神主さんになればもっと素敵♪ だって格好良いじゃない?」
「そ、そうか? カッコイイか?」
「ええ。なんだか神秘的でしょう? あたし、金作さんの凛々しい神主姿が見てみたいわ♪」
「お、おお」
「もし金作さんが立派な神主さんになれたら……」
「なれたら……?」
金作はゴクリと生唾を飲みこんだ。
その頬にそっと口づけして星露は微笑む。
「そのときは、あたしを一晩好きにしていいわ♪」
「お……おおおおおおおお雄雄雄雄ォォッ!!」
立ち上がり、雄叫びをあげる金作。
毎晩キャバクラ通いを続けていた当時の『男』を取りもどした瞬間だった。
じきに日が暮れて、俎板神社に夕闇が迫ってきた。
來鬼と悠人はあらかた作業を終え、集めたゴミを焼却している。
恋音は社務所に篭もって、地道な宣伝を続けていた。
そこへ──
「うおおおおおおっ!」
心臓破りの階段を駆け上がり、金作が突入してきた。
さきほどまでの老いぼれぶりはどこへやら。外見は20歳ほども若返り、腰もピンと伸びている。まるきり別人だ。
「な、なにごと……!?」
あまりの変貌ぶりに、目を丸くさせる來鬼。
「これは一体……」
悠人も戸惑うばかりだ。
「お、おぉ……? これは、まさか……」
社務所から出てきた恋音は金作の変わりようを見て、ひとつの可能性に思い至った。
「まさか……アウルに目覚めた、のでは……?」
それが正解だった。
なんと星露の色仕掛けで回春した金作はアウルが覚醒し、瞬時に若返ったのだ!
「さぁどうした、みんな! まだ仕事は残ってるぞ! 俎板神社を日本一の神社にするんだ! そして俺は日本一の宮司になり星露さんを嫁に迎える! これが俺の新たな人生プラン! はははははは!」
予想外すぎる結末に、撃退士たちは顔を見合わせるばかり。
あとから戻ってきた星露は「すこしやりすぎたかしら……」と首をかしげるのであった。
ともあれこうして金作は必要以上に勤労意欲を取りもどし、俎板神社はみごと再建されたという。