「えへへー、聡一さんとデートー♪」
ホッケ男襲撃の数分前。
天願寺蒔絵(
jc1646)はテンション上げ上げでナイトクルーズを満喫していた。
いまは休憩時間中。メインデッキでのパーティーに紛れて、彼女は料理を物色している。
一方、相方の咲魔聡一(
jb9491)は真面目に船内を巡回中。
なかばデート気分で参加した依頼だが、仕事は仕事だ。
弱点の船酔いには『蒔絵さんの前で情けない姿は見せられない』と、咲魔家に一万年伝わる30種の薬草を煎じてレンチンした秘薬で解消している。今回の聡一に隙はない!(フラグ
「うぅん……海には色々と……じつに色々と、思い出がありますねぇ……」
月乃宮恋音(
jb1221)は、ラウンジの船窓から海を眺めていた。
身につけているのはメイド服。警備を兼ねてウェイトレスの業務もこなしている。
「海にはロクな思い出がありません……」
同じくメイド衣装で震える、由利百合華。
「これはフラグ……海産物天魔襲撃のフラグですね!」
なぜか嬉しそうなのは三条絵夢だ。
この3人は自他ともに認めるドM! 死亡フラグは完璧だ!
「俺は目覚めた! ……え、なんにかって? もちろん芸術にですよ。アーティストなんだから当然じゃないですか!」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は、ホッケ男が出てくる前から既に錯乱していた。
よりによって水陸両用義体もない状態で、なぜ海に行く依頼を引き受けたのか。それは経験値がおいしそうだったから……ではなく、芸術家魂を爆発させるため。今夜のラファルは、目につくものすべてをカラフルに塗り替えるという使命感に燃えていた。──そう、燃えていた! 大事なことだから2度言ったけど、べつに大事なことでもなかったぜ!
というわけで、船内を走りまわりながら壁や床にペイントしまくるラファル。
いつもにも増して理解不能な行動だが、これが年末補正というやつか。
同時刻。
黒百合(
ja0422)は、船の最上部に位置するレーダーマストに腰かけていた。
ちょっとした休憩がてら、パーティー会場から頂戴してきたリブサンドをかじっている。
そして当然のごとく、ホッケ男の接近を最初に見つけたのは彼女だった。
なんと、このホッケ。普通に海を泳いで来るではないか。まぁホッケだしな。
しかし、黒百合はまだ手を出さない。もしかすると人間界に下った天魔かもしれないからだ。
「なんか面倒そうなのが出たわねェ……」
リブサンドを食べ終えて、黒百合は迎撃体勢を整えた。
ホッケ男がデッキに乗りこみ、チェーンソーを振りかざす。船上はたちまち大パニックだ。
「わかりやすく敵だったわねェ……まァ適当にやっちゃおうかしらァ……」
巨大な槍を肩に担いで、黒百合はニヤリと微笑んだ。
そのとき。
蒔絵は襲撃に気付かず、満面の笑顔でパスタをテーブルに運んでいた。大食いの聡一のためにと、富士山級のギガ盛りだ。
その背後から走ってきた乗客が、蒔絵を突き飛ばす。
「あっ!?」
蒔絵の手から皿が落ち、パスタが甲板にこぼれた。
「そ、そんな……。せっかくみんなで食べようと思って、シェフを褒めに褒めちぎって手に入れた地中海産オマール海老のトマトクリームソースパスタ(3800久遠)が……」
涙目で呆然とする蒔絵。
その背中にホッケ男が迫る!
「リア充ゥゥ!」
あわや重体判定かと思われた、その瞬間。
レーダーマストから一直線に降りてきた黒百合が、ホッケ男の脳天にドロップキックを叩きこんだ。
「リァアアアッ!?」
下駄で蹴られてデッキを転がるホッケ男。
「こんばんわァ。クリスマスに舞い降りた、かわいいかわいいサンタクロースよォ。面倒事をしている悪い子はいねーかァー♪」
問いかける黒百合は生き生きしていた。
たよれる美少女撃退士の登場に、避難中の乗客たちから歓声が湧く。
その声援を背に受けて、黒百合がホッケに襲いかかった。
ロンゴミニアトLv19のスラスターが火を噴き、抉り込むような一撃がホッケの股間に叩きこまれる。
コカァーーン♪
いい音をたてて、ふたたび床を転がるホッケ。
「このおもちゃ、たのしいわねェ……ほらァ、どれくらいでイっちゃうのかしらァ……きゃはァ、きゃはァ♪」
素敵な笑顔で、股間を集中攻撃する黒百合。
だが──生前一度も使用されたことのないホッケのマグナム(自称)は、完璧なガードに包まれていた!
「DTパゥワァァ!」
えげつない急所攻撃をものともせず、平気で立ち上がるホッケ男!
そして繰り出されるのは、必殺!チェーンソーキック!
「それチェーンソー関係ないんじゃないのォォ……?」
抗議の声を上げながら、黒百合は海に落ちていった。
おお、学園最強の噂もある黒百合をキック一撃! DTの逆恨みパワーおそるべし!
「ダメだこりゃああ!」とか叫びながら、乗客たちは再び逃げだす。
「蒔絵さん! 大丈夫ですか!」
避難する乗客をかきわけて、聡一がデッキに上がってきた。
そこにあるのは、無惨にブチ壊されたパーティー会場。
「うぅぅ……聡一さぁん……」
床にこぼれたオマール海老のパスタを見つめながら、蒔絵は涙を流していた。
まるで『オマール海老=聡一』みたいなセリフだが、そういうことではない。
取り乱す恋人の姿を見て、聡一は瞬時に状況を理解した。
「蒔絵さん。この場は僕にまかせて、君は乗客の安全を確認してきてくれ」
「わかったわ、聡一さん。オマール海老の仇を討って!」
「もちろんだ! 蒔絵さんを泣かせる者は許さん! 食べ物を粗末にする者もだ!」
怒りとともに光纏し、突撃する聡一。
その手にあるのは悪魔の腹話術人形!
「Jソンみたいな天魔め……! 貴様、『食べ物を粗末にしてはいけない』と教わらなかったのか!?」
冥界にいたとき魂を十分に得られず常に飢えていた聡一にとって、食事は未だに特別なもの。それを踏みつけにされては激昂するのも当然だった。
「いもしない神にでも祈るがいい……貴様をミンチにしてスパイスやつなぎと混ぜて焼き上げ、同じように踏みつけにしてくれる!」
「リア充ゥゥ!」
今ここに、リア充への恨みvs食べ物の恨みという最強の戦いが勃発!
食べ物を粗末にされた憎しみで、聡一の能力は30倍に! 魔法攻撃力は約6000! 移動力240!
「うおおおお! これはオマール海老の分! これはパスタの小麦の分! これは丹精こめて料理をこしらえてくれたシェフの分! これは(中略!) そしてこれは! 仲間のためにパスタを手に入れてくれた蒔絵さんの分だアアア!」
憤怒の炎を上げ、腹話術人形でホッケを滅多打ちにする聡一。
その勢いにホッケも防戦一方だ。
「踏み潰される気持ちを知るがいい! くらえ、ロードローラーだッ!」
とどめとばかりに、聡一は腹話術人形を放り上げた。
すると人形はロードローラーに変化して、ホッケ男の頭上から──
ドグオオオオン!
猛烈な爆煙が巻き起こり、ホッケ男は挽き肉みたいになって死んだ。
と思いきや、いつのまにか聡一の背後にホッケ男が! これぞ13式瞬間移動術!
「リア充ゥゥゥ!」
「アバーーッ!?」
チェーンソー型投げ捨てジャーマンをくらって、聡一は海に落ちていった。
最初からカップルがホッケ男に勝てるわけなかったんだ!
──と言ってるそばから、次のカップルが登場!
薄氷帝(
jc1947)と薄陽月妃(
jc1996)の兄妹だ。
しかもホッケ男をガン無視してクリスマスパーティーなう!
「メリークリスマス、お兄ちゃん♪」
最高の笑顔を浮かべて、帝の腕に抱きつく月妃。
その背景ではホッケ男が暴れまわったり乗客が逃げまどったりしてるのだが、お兄ちゃんLOVEな月妃の目には何も見えてない。
「ああ、メリークリスマス」
帝の手にはフルートグラス。注がれているのは最高級のシャンパンだ。
ふたりはグラスを触れあわせ、ムード漂うディナーをはじめる。
周囲のテーブルには国際色豊かな料理が並び、よりどりみどりだ。
「手つかずの物はもったいないな。俺達も見せつけられていたわけだし、いただくとしようか」
「うん! ……あっ、お兄ちゃん。すごく高そうなお肉があるよ!」
「ほう、神戸牛か」
「私が焼いてあげる! ミディアム、レア、ウェルダン? お兄ちゃんは昔からしっかり派だよね♪」
「昔はな。今は良い肉ならどれでもだ」
「じゃあ『炎焼』で焼くから、お兄ちゃんの好きなところで『ストップ』って言ってね」
そう言うと、月妃はフライパンと炎焼スキルで分厚い肉を焼き始めた。
『改めてお兄ちゃんの好みを把握するチャンス!』と、月妃は最高に張り切っている。
そんな妹の姿を温かい目で見守る帝。
念のため言うけど、ホッケ男はまだデッキで暴れてるからな!?
「お兄ちゃーん! ウルトラ上手に焼っけましたー♪」
ステーキとワインがテーブルに置かれる。
「うまく焼けたな。いい火加減だ」
「えへへ♪ じゃあ私が切ってあげるね。それで食べさせてあげる。はい、あーんして♪」
「お、おい」
思わず周囲を見回す帝。
だが、すでに人の姿はない。いるのはホッケ男だけだ。
ならば良いかという感じで、仲睦まじい兄妹の食事風景が展開される。
豪華客船のパーティー会場は、いまや帝と月妃ふたりだけのものだった。
「そうだ、月妃。クリスマスプレゼントを忘れていたな」
心を許した相手にだけ見せる笑顔で、帝がバラのミニブーケを差し出した。
「素敵! ありがとう、お兄ちゃん!」
ブーケを手に取り、思いっきり帝に抱きつく月妃。
あまりの神聖ラブラブオーラに、ホッケ男は近付くことさえできない!
「うぅん……なにか色々と予想外な展開ですが……まずは、ご挨拶ですねぇ……」
騒ぎを見て駆けつけた恋音は、躊躇なくホッケ男に近付いていった。
この非モテ天魔の事情はよく知っている。攻略法は完璧だ!
「あのぉ……この改造ハマグリを食べてみてください……。うまく女体化できれば、モテるかもしれませんよぉ……?」
おそるおそるハマグリを差し出す恋音。
豪華客船の甲板でメイド服の少女がホッケーマスクの殺人鬼にハマグリを手渡す構図は、あまりにシュール!
「食えねェェェ!」
絶叫するホッケ男。
見てのとおりマスクが邪魔で、なにも食べられないのだ!
「こ、これは迂闊でしたぁ……」
恋音痛恨のプレイングミス! なんなんだ、この作戦!
そこへ追い討ちをかけるように……というか自分で立てたフラグどおりに、巨大なイカ天(イカ型天魔)とウニボロ(ウニ型ディアボロ)が襲いかかる!
言っておくが、コメディ版のウニボロは屈強な撃退士10人ぐらい余裕で轢き殺すぞ!
「あのぉ……三条さん、囮になってもらえませんかぁ……?」
「あれに轢かれたら、すごく痛そう……♪」
ハァハァ言いながらウニボロを見つめる絵夢。
「それから……百合華さんは、この撃退酒を飲んでもらえますかぁ……?」
「イ、イヤですぅ!」
「そう言わず、すこしだけでいいのでぇ……」
一升瓶をかかえて迫る恋音。
その背後からイカ天の触手が伸びてきて、猛スピードでウニボロが突っ込み、とどめのチェーンソーミサイルで、恋音たち3人は海の藻屑と消えたのであった。
【教訓】NPCは思い通りに動いてくれない。
そんな次第で、天魔は3匹になった。
黒百合、聡一、恋音は海に落下して戦闘不能。
ラファルはお絵描きして遊んでる。
帝と月妃は完全に二人だけの閉鎖空間を作って、ケーキを食べたりカクテルを飲んだりしていた。
まともに戦える撃退士は、あと2人だけ!
「……実験、開始」
ここで登場したのは、染井桜花(
ja4386)
右手に日本刀、左手に散弾銃という八つ墓村みたいなスタイルで、気配を消しながらホッケ男の背後に迫る!
「よい子も悪い子も真似しないでね!」
というセリフと同時に、桜花の日本刀がホッケ男の尻に突き刺さった。
「リアアアアッ!?(後ろ)」
ケツに刀が刺さったまま、跳び上がるホッケ。
そこへ、桜花の連続攻撃がヒットする。
曲刀、斧槍、散弾銃。すべてが尻穴に!
「……次々……行く」
尻に突っ込まれた散弾銃が炸裂し、ホッケ男の後ろの処女を奪った。
そしてそのまま全弾射撃(フルバースト)
「……たらふく……食べると良い」
「リアアアアアッ!」
立ったまま悶絶するホッケ男。
だが桜花の攻撃は止まらない。
次に繰り出されたのは、対男性に特化した最強の攻撃。
その名もゴールデンクラッシャー!
「……絶技・砕玉(さいたま)」
桜花の右手が、ホッケ男の股間を握りつぶした。
その瞬間、ホッケの愚息が激しく昇天!
謎の白濁オーラが迸り、桜花は海に転落したのであった。
残る戦力は蒔絵のみ!
ところが肝腎の蒔絵は、まったく戦う気がなかった。
というのもホッケ男は初対面で、たいして強そうにも見えないため『あれは陽動で本命の天魔は別にいるはず』と思い込んでいるのだ。
もちろん遊んでいるわけではない。乗客の避難誘導したり、負傷者の手当てをしたりと忙しい。まぁ負傷者といっても、避難中に階段でコケたとか、ビックリして餅を喉に詰まらせたとか、そういうのばかりなのだが。
「みなさん大丈夫ですかー? ホッケーマスクのおじさまにやられた人はいませんかー?」
怯える乗客たちを見てまわる蒔絵。
それより聡一の容態を見てやってくれないか。
そのころ、ラファルは依頼を無視してアートに勤しんでいた。
乗客が避難したのをいいことに、やりたい放題。
スプ○トゥーンよろしく超ド派手原色ばりばりのペンキを持ち出し、壁から天井までばばーんと塗り替え。さらには巨大なローラー刷毛を持ってきて、コンダラを転がすがごとく縦横無尽に駆けまわる。
これはもはやアートテロ。略してアートロ。寿司ネタみたいだな。
「はーはははは! これぞアート! 学園に解放された13番目の金曜日の力!」
有機溶剤の匂いで完全にラリってるラファル。
重いコンダラで床を塗り替えながら、ペンギン帽のアートロリストがデッキに登場!
その勢いのまま、ホッケもウニもイカも撃退士も乗客も、すべて轢☆殺!
ラファルの走り抜けたあとには、赤やオレンジやぴんくになった肉片めいた何かが残されるだけだった。
そう、アートの前にはすべてが無力! アートこそ無敵! 新ジョブアーティストをみなさんよろしくおねがいします!
「はーはー、いい仕事したぜー。……はっ、ここは誰? 私はどこ?」
すべてを片付けて、ふと我に返るラファル。
見れば、あたり一面ペンキだらけの極彩色地獄絵図だ。
が、ともあれホッケ男の恐怖は去った。
ウニとイカも、コンダラに挽きつぶされた。
撃退士たちもほとんど海の藻屑となった。
その背景では、帝と月妃が延々イチャイチャしてる。
聖夜を祝う豪華客船ナイトクルーズは、こうして無事に再開。アーティストの実力を、広く知らしめたのであった。