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マスター:牛男爵
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:15人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/12/27


みんなの思い出



オープニング



 斡旋所の掲示板には、日々さまざまな『おしらせ』が貼り出される。
 学園からの報酬が出る正式な『依頼』はもちろん、学生主催のイベントやゲームなど内容は幅広い。
 今日もまた、掲示板には新たなイベントの告知が貼り出されていた。


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 ◆ あなたもアーティストになりませんか? ◆

 この12月、久遠ヶ原学園に新たな専攻が開設されます。
 その名も『アーティスト科』!
 これを記念して、当学園広報部では年忘れアート大会を開催いたします。
 みなさん御存知のとおり、一口に『アート』と言っても色々ありますよね。
 だれもが思い浮かべるのは音楽や絵画などですが、漫画やアニメだって立派なアート。
 そこで今回は皆さんに、『これぞアート!』と思うものを披露してもらいます。
 あなた自身が『これはアートだ!』と思うものなら、なんでもOK!
 アーティスト科開講記念のイベントを、ぜひあなたの力で盛り上げてください!

 ●会場  :特設体育館
 ●日時  :12月XX日
 ●参加費 :無料

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リプレイ本文



 アーティスト科開講記念・久遠ヶ原アート展覧会。
 その前日。参加希望者たちは、それぞれ出演の準備に忙しかった。


「アーティスト、これほど僕に向いたジョブはありませんね。入学当初に設立されていたなら、迷わず選んだでしょう」
 自室で衣装を整えているのは、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)
 いつものタキシードにカボチャヘッド、そしてマントというスタイルだ。
 披露するのは当然マジック。トランプやボールなど定番の小道具を衣装のあちこちに仕込んだり、地味な作業が続く。得意の火吹き芸を見せるための消毒用アルコールも忘れない。どう考えてもロクでもない結果を生みそうだが、はたして。


「うぅん……」
 浪風悠人(ja3452)は難しい顔で考えこんでいた。
 大会への参加手続きは済ませたものの、肝腎の演目が思いつかないのだ。
 しかし欠場(白紙)は避けたい。なにか手近なアートはないだろうか──と考えたすえ、彼は唐突に閃いた。
 今かけている、このモイスチャーメガネ。これはアートではなかろうか、と。
 なに言ってるのかよくわからないが、それは悠人も自覚している。
「いや、自分でもわかってるんですよ? なんでやねんって自分にツッコミたい」
 どうやら彼は本気だった。本気でただのメガネをアートと言い張るらしい。
 いや仮にも魔装なので『ただの眼鏡』ではないが……。
 ──だが、そのとき。
 悠人の眼鏡がキラリと輝き、彼は天井を見上げた。
 と同時に、天井裏から微かな物音が。
「曲者ですか!」
 とっさに光纏し、練気を発動する悠人。
「キュゥ!」
 という声が、天井裏から返ってくる。
 もう自己紹介したようなものだが、その不審者に自覚はなかった。
 インラインスケートで天井裏を滑走し全力跳躍で隣家の屋根に飛び移ったのは、怪奇ラッコ男・鳳静矢(ja3856)
 御丁寧に忍面で顔を隠し、デジカメで盗撮していたのだ。
「誰ですか!?」
 もう正体はわかってるのだが、一応たずねる悠人。
 もしかしたら、よく似た野生のラッコという可能性も有り得るしな!
「キュウッ!(訳:おまえに名乗る名はない!)」
 某マシンロボみたいなポーズをとりつつ、決めゼリフを放つラッコ。
 これにはさすがの悠人も絶句だ。『いや鳳さんですよね』とか普通に言いそうになるが、ここまで頑張って(?)正体を隠そうとする相手に対して、そんな残酷なセリフは言えない。
 そうこうするうち、再びの全力跳躍で逃げ去る静矢。
 人、これを盗撮魔と言う!
 でもまぁ久遠ヶ原ではよくあることだ! ナイス無法地帯!


「ふふふ……メイドは芸術ですわ」
 斉凛(ja6571)は純白のメイド服に身をつつみ、『お茶会』の準備をしていた。
 用意するのは本場欧州のティーセット。見た目にも美しい洋菓子と高級茶葉。テーブルを彩る花々。
 そして忘れてならないのは、磨き抜かれた釘バット。さらにプラズマメイド砲という名の狙撃銃。
「これで明日の準備は万端ですわ。ふふふ……」
 自慢の釘バットを見つめて、うっとり微笑む凜。その姿は『純白撲殺メイドクイーン』の異名にふさわしい。
 ええと……明日は何人死ぬのかな……。


「……というわけで……猫ちゃんを、お借りしたいのですよぉ……」
 月乃宮恋音(jb1221)は、猫カフェ『ミアン』に来ていた。
「それはいいけど……アート大会で猫なの?」と、店長の魅暗。
「はい……猫のかわいらしい造形とモフモフは、自然の作り上げたアートだと思うのですよぉ……」
「うんうん」
「それとぉ……こちらのお店の宣伝にもなると、思いますぅ……」
「それはありがたいかも……? じゃあ何匹か貸してあげる」
 という感じで、恋音は仔猫を入手したのだった。
 本当は仔犬もほしかったけど、入手経路がなかったよ!


 そのころ。袋井雅人(jb1469)は全裸で鏡の前に立っていた。
 ──否、全裸ではない。頭には女性用のパンツをかぶっている。紳士!
 いったい彼は何をやってるのか。
 ただ脱いだだけ? いや違う!
 彼は自画像を描いているのだ。なぜ全裸なのかといえば、全身の傷痕を正確に描くため。ただ脱ぎたくて脱いだわけではない! 何にせよ行動が意味不明だが、これが雅人流のアートなのだ。
 等身大のキャンバスに緻密な筆致で描き込まれる、無数の傷痕。
「これは巨大イカの触手にやられた傷……これは巨大エビに斬られた傷……これは動く海鮮丼で火傷した傷……」
 なぜか海産物にやられた傷が多い。
 これが彼の……雅人の歩んできた歴史!
 イヤな歴史だな!


「アート大会か……いいぜ、みんなをアーッと驚かしてやる」
 悲しい駄洒落を口にするのは、ラファル A ユーティライネン(jb4620)
 彼が用意したのは、学園長の銅像だ。
 なんと今回ラファルは『学園最強の爆破職人』の名を捨てて、得意の爆破芸を封印。まっとうにアートを楽しむことにしたらしい。
 そして爆誕したピエール・ラファル画伯が題材に選んだのは、学園長の像。
「こいつに色とりどりのペンキをぶっかけて、カラフルな学園長をたのしむぜー♪」
 なるほど、これはわりとアートかもしれない。どこがだ。


「そうだな……芸術、か。絵や彫刻でもいいが、ありきたりか。俺だからできる芸術となると……」
 ルーカス・クラネルト(jb6689)は真剣に考えこんでいた。
 元特殊部隊である彼にとって爆発物の扱いはお手のものだが、まさか本当に爆破するわけにもいかない。今回は一般人も来るのだ。一般人が来なくても爆破したらダメだけどな、普通。
「ふむ……カクテルの見た目、味などは芸術かもしれん。やってみる価値はある、か」
 というわけで彼が選んだのは、カクテルの提供だった。
 あれこれ作るのも手間なので、題材は一つに絞る。
 選んだのはレーゲンボーゲン。ドイツ語で『虹』を意味する言葉だ。その言葉どおり、赤から緑へのグラデーションが鮮やかな一品である。まるでフェアバンクスのオーロラのように。
「一応、未成年用のノンアルコール版も調整しておく、か」
 どうやら数少ない、まともなアートが見られそうだ。


「突然ですが……私、卒業しますっ!」
 本当に突然だが、川澄文歌(jb7507)は卒業を決意した。
 といっても卒業するのは学園でもアイドルでもない。メインジョブである陰陽師を卒業するのだ。当然次に選ぶのは、新学科アーティスト!
 だが一体これのどこが芸術なのか。
「卒業といえば卒業制作。私の披露するアートは、今まで培ってきた『陰陽術』です!」
 なるほど、戦闘技術もアートと呼べなくはない。
 でも文歌さん。あなた既に阿修羅になってるじゃないですか……。
「え、とっくに陰陽師ではないのではって? それだけ陰陽師が修羅の道だということです!」
 言ってることが意味不明だが、やりたいことはわかった。


「……どこかの引っ越しセンターでしょうか?」
 特設体育館の片隅で、雫(ja1894)は何やら大仕掛けに取り組んでいた。
 作っているのは、ピタゴラスイッチ的なトラップ群。しかも一般向けの安全な物と、撃退士向けの殺る気十分なやつの二種類を用意するというサービスぶり(?)だ。
 これまたロクでもない結果になりそうだが、撃退士向けに参加する人には『死んでも文句を言わない』と誓約書に一筆もらう予定なので大丈夫。──うん、大丈夫のはずだ!
 大丈夫じゃなかった場合は、凜と撃墜スコアを競ってくれ!


 おなじく体育館の中央では、雪ノ下・正太郎(ja0343)と桜庭愛(jc1977)がリングを設営していた。
 ふたりが選んだアートは、ずばりプロレス!
 理由をこじつけてプロレスしたいだけにも見えるが、たしかに美しいムーブは芸術的と言えなくもない。
 プロレス部の仲間たちにも手を借りて、着々とリングを組み上げる正太郎と愛。
 やがてリングが完成するころ、日はとっぷり暮れていた。
 月明かりを背景に、盗撮魔静矢が夜を走る!
 やってることがアーティストというより鬼道忍軍……というより犯罪者だよ!
 ……うん、まぁ犯罪も極めれば芸術だよな! どこかの怪盗とかみたいに! 盗撮ってのが少々アレだが……。



 さて、一夜明けて展覧会当日。
 特設体育館には多くの参加者が集まり、より多くの観覧者が訪れた。
 在校生はもちろん、卒業生や一般客も少なくない。
 参加者たちはそれぞれ己の信じる『アート』を見せて、新学科の開設を祝っている。
 演劇を上演する者、ゲリラライブを企む者、絵画や写真を展示する者……まさに十人十色だ。

「……なにか、色々とすごいですね」
 数々の芸術パフォーマンスを眺めて、宮鷺カヅキ(ja1962)は呟いた。
「だよね! わざわざ来た甲斐があったよ!」
 応じたのは、弟の宮鷺時徳(ja7995)
 今日は学生寮に篭もっていた姉を強引に引っ張り出してきたのだ。
 無論ただ見学に来たわけではない。こんなときこそ姉弟の得意技を披露するチャンス。
「力が全部その作品に表れる、ってのは良いなぁ……これは負けてらんないよね!」
 会場の熱気に触れて、時徳は張り切っていた。
「……気合い、入れ直さなくてはね」
「よーし! 俺らも頑張っちゃおーぜ、姉ちゃん!」
「もちろん。やるからには全力を尽くしますよ」
 ふたりが考えているアートは、音楽に乗せて揮毫する──いわゆる書道パフォーマンスだ。
 これは誰が見ても確実に芸術! 『みんなをアーッと言わせてやる』とかドヤ顔で言ってるロボットとはワケが違う。アートと称して盗撮してるだけの海獣ともワケが違う。お茶会と銘打って釘バットを磨いてるメイドともワケが(ry

 ──さておき、宮鷺姉弟による書道アートが始まった。
 しかし、ここは久遠ヶ原。そして二人は撃退士。ただの書道のわけがない。
 カヅキが手にしているのは、Recital M1。立派なV兵器だ。小型スピーカーを内蔵したマイク型の魔具であり、歌い手の声を魔力に変換して衝撃波で攻撃するという……ちょっと危険な気がしてきたぞ?
 一方、時徳が構えるのは背丈ほどもある巨大な筆。
 バケツには黒と赤の墨を用意し、2mサイズの紙を壁に吊る。
 一体なにが始まるのかと、見物客が集まってきた。
「……ただいまより、書道パフォーマンスをおこないます」
「ひまな人は見ていってねー!」
 姉弟の声がそろい、前奏が流れだした。
 西洋風ではない、雅な曲調。
 そこへカヅキの歌声が優しく入り込む。
 と同時に、時徳が動きだした。
 流れるような筆致。筆も紙も巨大だが、それを感じさせない軽やかさだ。
 一筆一筆ていねいに。曲のイメージを崩さないように。
 カヅキのほうも、時徳の筆遣いにあわせて一つ一つの音を置きに行く感じで歌う。
 じきに書き上げられたのは、『神韻縹渺』の四文字。
 会場に集まったすべてのアートを讃える作品だ。
 ギャラリーから拍手が湧く。
 が──拍手にはまだ早いとばかりに、カヅキが轟音を打ち鳴らした。
 今度は打って変わってロック調のナンバーだ。8ビートで疾走する、ドラムとベース。そこにエレキギターが切り込み、カヅキのハイトーンボイスが乗っかる。
 雅な雰囲気は一瞬で塗り替えられ、観客たちの間に熱気が生まれた。
 時徳もガラリと筆遣いを変え、たたきつけるように文字を刻んでゆく。
 やがて完成したのは、『力戦奮闘』の書。
 そして演奏が終わると同時に、カヅキのマイクから魔法の衝撃波が放たれる。
 それは赤い墨で書かれた『力』の文字に命中し、炎のような模様を飛び散らせた。
 おもわぬ演出に、観客から歓声とどよめきが湧く。
「……見てのとおり、これは『全力を尽くして戦う』という意味の言葉です」
 と、カヅキ。
「これから大きな戦いがありそうじゃん? みんな全力を尽くして頑張ろう!」
 巨大な筆を肩に担いで、時徳はグッとポーズを決めた。
 そう、これは彼らなりのアートであると同時に、学園の皆を鼓舞するメッセージでもあるのだ。
 実際、天界の王が動きだしたという知らせは学園にも届いている。
 これから先、撃退士たちには厳しい試練が待ち受けることだろう。
 正直、アート大会とかやってる場合ではないぞ!


 そんなロック書道で会場のボルテージが上がる中。ここぞとばかりにプロレスをはじめようとする二人がいた。
 正太郎と桜庭愛だ。
 昨夜組み立てた仮設リングの上。青コーナーに、まずはガウンを羽織った愛が登場する。
 腰まで伸びた黒い髪が印象的だ。リングシューズもサマになっている。
「みなさん、私は撃退士レスラーとして冥魔と闘います。そして、故郷・群馬を守っていこうと思ってます!」
 マイクパフォーマンスと同時に、ガウンを投げ捨てる愛。
 その下から現れたのは、目にも鮮やかなブルーの水着! これには観客も大喜びだ!
 次に、青いパーカーを羽織った正太郎が花道(?)をダッシュしてきた。
 その勢いのままロープを跳び越え、空中で一回転してリングイン。
 すかさず某ライダー的な変身ポーズをとり、光纏する。
「我龍転成リュウセイガー、後輩に胸を貸しに見参っ!!」
 青い稲妻のようなエフェクトとともに、正義のヒーローへ変身する正太郎。立つのはもちろん赤コーナーだ。
 部活の仲間たちがリング下で動画撮影する中、早々にゴングが鳴らされる。
 まずは相手の出方を見るため、距離をとって様子をうかがう両者。
 最初につっかけたのは愛だ。
「いきます!」
 堂に入ったシュートスタイルから放たれるのは、切れの良いハイキック。
 正太郎は一歩もさがらず、腕で受ける。
 そのまま足関節を取りにいこうとするが、愛の戻りが早い。バックスピンキックが正太郎の脇腹に刺さり、次いで掌打が心臓に撃ち込まれた。
「ぐ……っ!」
 もろに攻撃をくらって、よろける正太郎。
 美少女レスラーの活躍に、観客から声援が飛んだ。
 愛はすかさず追撃に出る。
 撃退士の力で繰り出される打撃技は、いずれも破壊的だ。
 が、鍛え抜かれた正太郎の肉体にはロクにダメージが通らない。
 しかし、そこはプロレスだ。きっちりダメージを受けたふりをして、舞台を盛り上げる正太郎。もちろん受けてばかりではなく、要所要所で反撃を返してゆく。
 たがいに反則行為のない、クリーンな戦いが続いた。
 戦況は一進一退。華麗なプロレス技が次々と披露され、両者とも正面からそれを受ける。
 経験による地力の差を、根性で埋めようとする愛。
 そんな後輩に、正太郎は容赦なく技を叩きこむ。まさに先輩からの強烈な愛の鞭。
「うぁ……っ!」
 何度目かの打撃を受けて、愛はマットに倒れた。
 が、正太郎はフォールに行かずコーナーポストへ駆け上がる。
 そこから繰り出されるのは、滞空時間たっぷりの必殺ムーンサルトプレス!
 リュウセイガーの青いスーツが空中に美しい弧を描き、そのまま愛を押しつぶした。
 ──と思いきや、その攻撃をがっしり受け止める愛。なんと正太郎の体を両腕で抱え上げているではないか!
 愛のボディスラムが決まり、正太郎はマットへ背中を打ちつけた。間髪入れずに彼の足をとり、両腕でロックする愛。目にも止まらぬ鮮やかさで、テキサスクローバーホールドが完成した。リング中央で完全に極まっている。外しようがない。完璧なフィニッシュムーブだ。これぞ関節技の芸術!
 この攻撃に、正太郎はギブアップ。
 試合終了のゴングが鳴り、観客は沸き返った。
「ナイスファイト、愛ちゃん。また機会があれば戦りたいね」
「ありがとうございました。でも次は全力でお願いします」
 立ち上がり、握手を交わす正太郎と愛。
 この試合の動画はのちにネットにアップされ、かなりの再生数を得たという。


「んと、作品を作るところからが作品……ということで、いまから氷で彫刻しまーす。暖かくしてご覧くださいませ」
 ここは体育館の外。藍那湊(jc0170)が運んできたのは、巨大な氷の塊だった。
 これを彫って氷の彫刻にするのが彼のアートだ。
 うむ、こいつはどう見てもアートだ。『みんなをアーッと言わせてやる』とかドヤ顔で言ってる人とは(ry
「ただ彫刻するだけじゃないよ。僕は撃退士だからね」
 言うや否や、湊は『蒼の翼』で舞い上がった。
 氷の結晶がキラキラと飛び散る中、魔法書『アーイズビルク』を手にする湊。
「いくよー。てい!」
 拍子抜けする掛け声とともに、氷の刃が撃ち出された。
 それらは次々と氷塊に命中し、真っ白な冷気を噴き上げる。
 続いて上空から急降下し、直刀『雪村』を抜き放つ湊。
 ガシガシバキバキと、派手な音をたてて氷塊が削られてゆく。
 その動作は、まるで優雅な舞いのようだ。
 やがて完成したのは、クリスマスツリーをかたどった氷のツリー。
「まだ終わりじゃないよ」
 次に湊が発動したのは『霧氷の大樹』だ。
 氷に似たアウルの結晶が樹木のように天へ伸び、鋭い棘が生える。
 そこへ氷のツリーを投げれば、みごとなオブジェの完成だ。
 氷尽くしな一連の行動に、周囲から拍手が寄せられる。
 が、これでもまだ終わりではない。
 ふたたび蒼の翼で飛翔し、完成したツリーに赤い布きれをかける湊。
 せっかく作った作品を隠してどうするのかと、皆が疑問に思う。
 そこですかさず奇術師のようにステッキを取り出し──
「un・deux・trois」
 湊が言うのと同時に、氷のツリーが眩しく輝きだした。
 彫刻の際、氷塊の中に電飾を仕込んでいたのだ。芸が細かい。
 さらに『氷伽藍』で赤い布を吹き飛ばし、氷の結晶を舞い散らせる。
 最初から最後まで氷にこだわった、これぞ藍那湊渾身のアート。
「氷だから長持ちはしないけれど、みんなの記憶に残ればいいなぁ」
 にこりと微笑む湊は、すべてをやりつくしたように満足げだった。


 ところで、奇術といえばエイルズだ。
 昨夜そろえた衣装と小道具を携えて会場入りした彼は、いつもどおり自由にスタンドアップマジックを披露している。
「どうぞ見て行ってください。ただし僕は撃退士なのでタネも仕掛けもありますよ」
 芝居がかった物腰で、マントを翻すエイルズ。
 演じるのはトランプやコインを使う簡単なマジックだが、洗練された手さばきから繰り出される『芸』はみごとだ。これはまぎれもなくアートと言えよう。エイルズの場合、通常のマジック技術に加えて撃退士のスキルも併用するので、一般人はもちろん撃退士が見ても驚きの連続だ。
 が、いつまでも無難な手品で満足している彼ではない。
 観客が集まってくるに従って段々と演目が派手になり、火や刃物を用いたマジックが多くなってくる。彼の観客には一般人が多いので、かなり危険だ。
 そのうち火吹き芸を見せるところまでエスカレートすると、あわてて警備員が飛んできた。
「中止、中止! 危険なパフォーマンスはNGと言っただろ!」
「なんと! 芸術を解さないとは困った人たちですねえ! 爆発しないだけまだ手加減しているというのに! しからば、ごめん!」
 忍軍らしく、捨て台詞を吐いて煙玉で逃走するエイルズ。
 その華麗な逃げっぷりもまた、芸術的だった。


 だが。一般人が大勢来るから配慮するようにと告知したにもかかわらず、エイルズ同様ダンゲロスなパフォーマンスに手を出す者は少なくなかった。
 アイドル文歌も、そのひとり。
 陰陽師を卒業して一介の阿修羅と化した彼女がおこなうパフォーマンスは、陰陽術への別れを告げる挨拶だ。
 ステージに立ち、マイクを前にして、白紙の紙切れを広げる文歌。
「宣誓! このたび私は陰陽師を卒業し、普通の女の子(阿修羅)になります!」
 ここで文歌は、卒業生答辞という名の『祝詞』をあげた。
 そして魔法能力をUPさせたところで、陰陽師の代名詞スキル『呪縛陣』を発動!
 術者自身をも巻きこむ大爆発が起きて、周囲の観客すべてを吹き飛ばした。
「ふぅ……やはり危険な技ですね。私が阿修羅でなければ死んでいるところでした」
 全身黒こげになりつつ、『アイドルの微笑み』でごまかす文歌。
 すぐさま警備員に連行されていったのは言うまでもない。
 たまたま一般人はいなかったからセーフ!


 そのころ。体育館の裏庭では、斉凛がカフェを開いていた。
 そこにあるのは、手入れされた緑の園庭。
 美しく整えられたテーブル。
 白く輝く陶磁の食器。
 見た目にも楽しい、色とりどりの洋菓子。
 純白の衣装をまとう、瀟洒なメイド。
 その腰に差された釘バット。
 背中にはスナイパーライフル。
 完璧。完璧なメイドカフェだ。
 が、ひとつだけ足りないものがある。
 それは『ご主人様』
 そう、ご主人様がいなければメイドはメイドたりえない!
「……というわけで。ようこそ、ご主人様」
 そこらへん歩いてた学生を拉致して、髪芝居で椅子に縛りつける凜。
 って、おい! 犯罪! 犯罪!
「ンンンンン〜〜〜ッ!」
 必死の形相で暴れる、哀れな学生。
 もちろん猿ぐつわを噛ませてあるので、まともにはしゃべれない。
「少々おまちください。ただいまお茶をお出しします」
 ごく自然な感じで、流れるように紅茶を淹れる凜。
 冷静に見ると完全にサイコだが、冷静に見なければ問題ない!
「おまたせしました、ご主人様。お茶菓子もどうぞ」
「ふぐぅぅぅぅ〜〜ッ!」
「暴れてはいけませんわ、ご主人様」
 躊躇なく薙ぎ払われる釘バット。
 血だるまになりながら、『ご主人様』は椅子ごと地面を転がってゆく。
 その行く先には、すでに手厚い『重手那死(近接物理)』を受けたご主人様たちの山が!
「こんなところで寝ては風邪をひきますわ。さぁお茶会をはじめましょう」
 凜の『幻想茶会』が起動し、次々と回復されてしまうご主人様。
 なんなの、この血みどろ茶会……。


 だが、それ以上の流血沙汰を見せているのは雫だった。
 この日のために彼女が作り上げたのは、ピタゴ■スイッチ的痛快アトラクション。
 体育館周辺に張りめぐらされた数々の殺人装置が観客をお出迎えだ。
『殺人』とか言っちゃったけど、一般向けのは安全設計だから大丈夫。
 撃退士向けのも『死んでも文句言いません』と念書を書かせたから大丈夫!
 まぁそもそも死んだら文句言えないけどね!
 当然ながら、このアトラクションは地獄のアビスと化した。
 一度トラップにかかったが最後、綿密に配置された殺人装置の連鎖によって永久コンボみたいに吹っ飛ばされ続ける参加者。
「私の仕掛けたトラップから阿鼻叫喚の叫びが聞こえてくると……こう、たぎるものが……。一から十まで全てのトラップに引っ掛かり吹き飛ばされる姿って、ある意味神々しいですよね……」
 安楽椅子に揺られつつ、うっとり顔を浮かべる雫。
 警備員仕事しろ、おい。


 そんなバイオレンス派と対照的に、雅人は自筆の絵画を持ってきた。
 すでに言ったとおり、全身の傷痕を詳細に写し取った自画像だ。
 だがキャンバスには幕がかけられており、だれもそうとは気付かない。
「みなさん、よくおいでくださいました。いまから私のアートをお見せします」
 ある程度観客が集まってきたところで、雅人はおもむろに服を脱ぎ捨てた。
 そしてピチピチの海パン一丁で、キャンバスにかかっていた幕を取り払う。
 いきなり現れた水着姿の男+モザイクなしの全裸画像という衝撃に、あちこちから悲鳴が轟いた。
 無理もない。久遠ヶ原では日常的な光景でも、一般人には計り知れないショックだ。
「みなさん落ち着いて! 驚かないでください! これはアート! 芸術です!」
 ブーメラン水着で釈明する雅人。
 だが既に観客の大半は逃げ去り、残ってるのは特殊な趣味を持つゲイばかりだ。
「ごらんください。このキャンバスに描き込まれた色鮮やかな線の乱舞、これが私の体に刻み込まれた傷跡の全てです! 記憶を失う前の傷跡もあるので、まさしくこれこそが今まで自分の生きてきた人生そのものなのですよ!」
 だが主張むなしく、公序良俗に反するということで雅人は警備員に引っ張られていったのであった。
 凜と雫を先に連行すべきと思うんだけど……怖いから手が出せないんだよな。仕方ない。


「みんな浮かれすぎだぜー。ちゃんと俺みたいに、イベントの趣旨に沿ってアートしないとな!」
 巨匠ラファルが持ってきたのは、学園長の銅像1ダース。
 学園が予備として保管しているのを持ってきたとかナチュラルに書いてるが……立派な窃盗だぞ、それ! まぁいままでさんざん学園の施設を爆破してきたラファルに、いまさら窃盗とか言っても虚しいが……。
「なにか聞こえたが空耳だな! よーし、俺の芸術家魂が炸裂するぜー!」
 言い放つや、銅像にペンキをぶっかけるラファル。
 どこがアートなのかわからんが、本人は楽しそうだ。
 まわりにはペンキが飛び散って大迷惑だけどな!
「ヒャッハー! これぞ芸術! どいつもこいつも俺色に染めてやるぜ!」
 調子に乗って黄色のペンキをぶっかけた、そのとき。
 銅像と思っていた学園長が動いた。
「あ、あれ? こいつ……動くぞ!?」
「…………」
「ま、まさか……! 本物の学園長!? アーーーッ!」
 スキルを駆使して逃げるラファル。
 もちろん即座に捕まり、長編小説級の反省文を書かされたそうな。
 アーッと言わされたのは自分のほうだったな!


 そんな騒ぎから離れたところで、悠人は自らのアートを披露していた。
 それは昨晩苦悩のすえに選んだとおり、ずばりモイスチャー眼鏡!
 なんの変哲もない装備品を来場者に見せながら、悠人は説明する。
「いいですか、この眼鏡はただの眼鏡と違います。目の保湿効果は日常生活でも非常に役立つうえ、すぐれた防塵効果のおかげで風が強い場所で大活躍。顔に密着するので、花粉・埃・砂塵などは完全に防げますし、雨や雪にも強い。砂漠や水中など、いかなる環境でも装着できるというわけです」
 熱く語る悠人だが、「あぁ、はぁ……」みたいな気の抜けた感想しか返ってこない。
 それでもこれをアートと信じて、悠人は主張する。
「もちろん視力矯正の効果もありますし、かけ心地も良好。戦場でも日常生活でも付けていられる点も高評価で、造形と機能性の兼ね合いはある意味アートと言えるでしょう。極めつけは、科学室で強化改造してもこうして壊れずに存在しているという事実です。これはもはや完全なアートではないでしょうか!」
 その後数時間にわたって彼の解説は続いた。
 賛同者が見つかったか否かは、彼のみぞ知る。


「うぅん……これは、予想外の盛況です……にゃあ」
 会場の一角で、恋音は『ふれあい猫広場』なるものを開園していた。
 ストレートかつわかりやすい名前によって、猫好きの心を確実にゲットする狙いだ。
 おまけに自ら黒猫コスの衣装を身につけ、お手伝いに呼んだ百合華には白猫のコスプレをさせるという徹底ぶり。
 これがアートか否かはさておき、猫好きには大好評だ。
 久遠ヶ原にモフラーが多いことは昔から周知の事実。受けないわけがない!
 あと一般客の男性には、恋音のおっぱいがががが! 百合華も相当な代物を持っているので、ふたりそろって客を迎えると破壊力がやばい。おまえら猫広場なんかやってないで、おっぱいふれあい広場をやれと!(注:風営法違反です)
 ……いや久遠ヶ原に風営法とか適用されるのか?
 まぁそれはいいとして。仮設ステージでは、黒猫恋音が『猫はアートにゃあ!』という主張を繰り返していた。
 そんなことわざわざ主張しなくても、客は例外なく猫フェチなのだから賛同するに決まってる。それより『おっぱいはアート!』と主張したほうが(ry
 いずれにせよ広場は盛況だった。
 恋音と百合華の可愛らしい(あざとい)ダンスパフォーマンスも大好評。雅人はちょっと見習うべきだ。
「えとぉ……皆様ありがとうございます、にゃあ……。ミアンというお店に行けば、この仔猫ちゃんたちといつでも会えますので……よろしくおねがいします、にゃあ……」
 きっちり宣伝も忘れない恋音。
 効果のほどは不明だが、やらないよりは良いはずだ。


「ふむ……芸術にも色々あるものだな」
 体育館の片隅に設営した簡易バーで、ルーカスはカクテルを振る舞っていた。
 丁寧に調酒された虹色のカクテルは見るからに美しく、大人の女性やカップルに大人気だ。
 そのクールな仕事ぶりに、女性客たちの目は釘付け。ノンアルコール版のほうも、未成年の女子に大受けだ。いっそバーテンダーかホストにでも転職すればという勢いである。
 日が傾いて夕刻になると、客の年齢層はぐっと上がる。
 仮設スペースの外には行列ができてるほどなので、ルーカスは休むヒマもない。
「これなら、もっと手間のかからないカクテルを選ぶべきだったか……? いやしかし、これぐらいでなければアートとは呼べなかろうし……」
 淡々と呟きながらも、機械のように仕事をこなすルーカス。
 むしろ彼の仕事ぶりこそアートと呼ぶにふさわしい。


「キュゥ!」
 そんな数々のパフォーマンスをひとつ残らず写真におさめてゆくのは、ラッコ静矢。
 途中、呪縛陣で吹っ飛ばされたり、釘バットのメイドに襲われたり、殺人ピタ■ラスイッチに巻きこまれたり、おぞましい全裸画像を見せられたり……と色々あったが、ルーカスのバーで取材は最後だ。
 ストゥールに腰かけ、虹色のグラスを口に運ぶ静矢。
 命がけの一日だったが、この一杯が全ての疲労を洗い流す。
「おつかれさん、だな」
 グラスを磨きながら、ルーカスが言った。
「キュゥ」
 あくまでもラッコを貫く静矢。
 だが彼にはまだ作業が残っている。すべての写真をアルバムにまとめ、『久遠ヶ原の日常風景アート』を編纂するという作業が。
 どう考えても今日中には完成しそうもないが……酒飲んでる場合だよな!


 ともあれ、日没とともに大会は無事閉幕。
 あとは猫フェチとかゲイとか重度のマゾとかが、お気に入りのパフォーマンスを気が済むまで堪能するのだった──




依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

蒼き覇者リュウセイガー・
雪ノ下・正太郎(ja0343)

大学部2年1組 男 阿修羅
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
狙い逃さぬ雪客の眼・
宮鷺カヅキ(ja1962)

大学部9年19組 女 インフィルトレイター
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
遥かな高みを目指す者・
宮鷺時徳(ja7995)

大学部4年69組 男 鬼道忍軍
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
暁光の富士・
ルーカス・クラネルト(jb6689)

大学部6年200組 男 インフィルトレイター
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
蒼色の情熱・
大空 湊(jc0170)

大学部2年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
天真爛漫!美少女レスラー・
桜庭愛(jc1977)

卒業 女 阿修羅