「……なんでも屋か、俺たちは」
斡旋所で依頼書を見たとき、薄氷帝(
jc1947)は肩をすくめて溜め息をついた。
実際久遠ヶ原の学生は『なんでも屋』に近いところがあるが、それにしてもこの依頼はひどい。
「まぁ依頼である以上は尽力しますが……あまり気乗りしませんね」
おなじく溜め息混じりに言うのは、雫(
ja1894)
杜玲汰に戦闘技術を教えた一人として、今回の件は多少なりと責任を感じている次第だ。
『撃退士として、企業から誘いがあるのは悪いことではないが……』
鳳静矢(
ja3856)は、いつもの正装(ラッコ着ぐるみ)だった。
発声が不自由なため、会話はすべてホワイトボードでの筆談である。
「うぅん……では具体的に、どうしましょうかぁ……。私は関係者3人と顔見知りなので、それなりに考えがあるのですけれどぉ……」
様子をうかがうように言ったのは、月乃宮恋音(
jb1221)
その言葉どおり、彼女は幸子、玲汰、新一の3人を知っている。うまくやれば大きなアドバンテージだ。
「おおっ、さすが恋音! 今回もたよりにしてますよ!」
袋井雅人(
jb1469)が恋音の背後から抱きついた。
そのままおっぱい揉んだり、やりたい放題。今日はいつもより多めに揉んでおります!
「ふむ……俺も依頼人とは面識がある。個人的に試したい策もあるし、各自自由に動く方向でいいんじゃないか?」
クールに告げたのは、数李碑(
jb6449)
おしゃれな学生が多い久遠ヶ原では珍しい、一年中ツナギ姿の男だ。
こうして特に反対意見もなく、メンバーはそれぞれ好き勝手に行動することになったのである。
なにはなくとも、まず依頼人に当たろう。
そう考えて、静矢は真っ先に幸子とコンタクトを取った。
場所は学園内訓練所。今日も今日とて、幸子は好みのショタっ子を物色しているのだった。
『ちょっといいか? 依頼の件で話があるのだが』
静矢は礼儀正しく、正装(ラッコ着ぐるみ)で話しかけた。……というか白板を見せた。
「来たわね。話ってなに?」
『思うのだが、少年二人もいずれ成長する。婚姻してしまっては、子供と呼べない歳になったとき貴女にとって不利益にならないか?』
「大丈夫! かわいい子は永遠に歳をとらないの!」
『現実を見ろ。それに、まだまだ彼らは経験もスキルも積まなければならない段階だ。それには学園の設備等は都合が良い。いま雇用して育つ機会を減らすより、学園在籍のまま仮契約という形にしてはどうだ?』
「学園の授業より私の個人授業のほうが効率的よ!」
『よく考えてほしい。『小中学生』という地位は、一度卒業したら二度と手に入らないものだ。これを早計に潰して彼らの主要な属性を失っては大損失ではないか?』
「その点は同意だけどダメね。あの二人には我が社専属のアイドルになってもらうんだから」
『キュゥ……』
話の通じない幸子に、ラッコ静矢も言葉が続かなかった。
そこへやってきたのは帝。
手には薄いファイルを持っている。
「話は聞いた。おまえが依頼人だな?」
「あら、なかなかのイケメン。もう5歳若ければ……!」
「どうでもいい話はよせ。おまえは撃退士派遣会社のスカウトだそうだが、今回の勧誘は本気なのか? 個人的な趣味ではなかろうな?」
「趣味と仕事の両方よ!」
「なるほど正直だな。……俺なりに、そちらの会社について調べてみた。一応まともな会社のようだ」
「あたりまえでしょ」
「なので前向きに依頼を進めるが……これだけは言っておこう。少年たちのことを思うなら、言葉に耳を傾け意思を尊重すべきだ。そうすればこんな『依頼』などという手段を使わずに済んだだろう。今回は社会勉強だと思って諦めてもらうが、彼らと会うときは上手くやれ。大切なモノが何なのか見失うな」
「説教は無用よ。とにかく二人を説得してね」
そう言うと、幸子は話を打ち切って立ち去るのだった。
そこへ、偶然を装って現れたのは数李碑。
いつもの青いツナギを着て、ベンチに腰かけている。
髪はオールバックで、前髪がちょろっと垂れているところがどこかのゲイそっくりだ。というか、ほぼそのまんまだ。
そして彼は左腕をベンチの背もたれに置き、右手でツナギのホックを外しながら、無駄に凛々しい顔で言うのだった。
「やあ、薄木さん……。やらないか?」
「やるわけないでしょ! あんたみたいなオッサン!」
「いや待ってくれ。少年たちを勧誘するのにどうしたらいいか調べてみたんだが……今みたいなポーズで決めゼリフを言えば、ホイホイついてくると書いてあってだな。俺が着てる服も、たまたまそのセリフを言った人と似ていたからな。ほら髪形だってその人と同じで偶然にもオールバックだったんだぞ? イケると思ったんだが……なにかまずかったか?」
「あたしにツナギを着てオールバックにしろっての!?」
「いや、そこは適当に……」
「役立たずは死ね!」
幸子の手から巨大な火球が飛んだ。
「グワーッ!?」
ベンチごと吹っ飛ぶ数李碑。
その髪型は完全なアフロに!
一方そのころ。雫は玲汰と新一に接触していた。
場所は屋外射撃場。
「あっ、雫先輩! ごぶさたしてます!」
玲汰が先に声をかけ、頭を下げた。
「ひさしぶりですね。ところで……」
「あ、察しはついてます。スカウトの話ですよね」
「話が早くて助かります。……しかし暗器ストーカーの次は、おばさんストーカーですか……。女性運が悪いようですから、いちど御祓いにでも行ったらどうです?」
「僕も本気で考えてました」
「まぁ依頼として受けてしまったので、一応は説得を試みますが……例の会社と雇用契約する気はありませんか? 契約内容を見る限りでは賃金も待遇もかなり良いですよ?」
「ありませんよ! 僕が未熟だってこと雫先輩も知ってるじゃないですか!」
「そうですね。しかし契約では半アイドル扱いのようですから、命の危険は低いはずですよ。……まぁ貞操の安全は保障できませんが……」
「冗談じゃありません!」
どうやら説得は失敗だ。
「状況は把握しました! この場は私にまかせてください!」
唐突に現れる雅人。
横には織神綾女(
jc1222)が立っている。
「あまりまかせたくない気もしますが……」
雫が冷静に呟いた。
だが、おかまいなしに雅人は進める。
「新一君、玲太君、はじめまして! 私はラブコメ推進部の部長・袋井雅人という者です!」
「あ、はい」
勢いに押されて、たじろぐ二人。
「聞きなさい、前途有望なる少年たちよ! 男のモテ期は有限なのですよ! このモテ期をモノにできたかどうかで、その後の人生が大きく変わります! 私はかつて非モテ王とか独身貴族とか言われて全く異性と縁のない生活をしていました……。ところが恋音と出会って私の人生は大きく変わりました! 私にも黄金のモテ期が訪れたのです!」
言うが早いか、雅人は綾女の腰に手をまわして抱き寄せた。
そして貪るように唇を押しつけ、着物の胸元に手を入れる。
「そ、そんな、袋井様……! 少年たちが見ています、こんな場所でお戯れはおやめください……!」
「これは戯れなどではありません! 依頼を成功させるための絶対確実な手なのです!」
「嘘……っ! 嗚呼、でも袋井様のおっしゃることなら信じてしまいそうです……!」
「私は嘘など言いません。いいですか、あの年頃の男子が心に秘めている願望といえば『異性とHしたい!』なのは明白! つまりこうして私たちの愛の営みを見せつけることで彼らの欲望をかきたて、プロ撃退士としての魂を覚醒させることができるのです!」
「さすが袋井様……! ああっ、どうしましょう、こんなことでも幸せを感じてしまいます! 私はいけない女ですわ……!」
周囲の視線も気にせず絡みあう二人。
辺りにはピンク色のオーラが漂い、妖しいムードのBGMが流れだす。
「……子供はこれ以上見てはいけません」
雫はそっと玲汰たちの手を引き、去って行った。
そんな具合に、恋人の雅人が愛人と戯れているころ。
恋音は幸子の務める会社に赴き、社長と直々に交渉していた。
「……というわけで、こちらが関連資料になりますねぇ……」
恋音が取り出したのは、独自にまとめたレポートだ。学園に登録されている玲汰と新一のプロフィール、これまでに二人が受けてきた依頼の報告書、そして恋音自身による所見などが記されている。
「ほう、これはよくまとめられている。みごとなものだ」
感心したように言う社長。
「いえ、事務作業は慣れてますので……。そこで資料を踏まえてのご提案を、最後にまとめてあるのですけれどぉ……」
恋音が資料のページをめくった。
書かれているのは、おもに以下のようなことだ。
・杜玲汰は早期に稼げるようになりたいはずなので、今回の条件は悪くない
・新美新一は経験を積むことを重視しているので、社会経験を積むのに良い
・ただし両者は義務教育期間で中退は難しく、緊急の際に責任の所在が厄介
・よって御社の希望を満たすため、両者を学園籍のまま契約することを提案
・両者とも在学期間を試用期間とし、卒業後は御社と優先的に専属契約する
・……etc
「どうですかぁ……? この条件なら、御社はもちろん、薄木さんもスカウトとして面目を保てますし、杜さんたちも収入が確保できて納得すると思うのですけれどぉ……」
「うぅむ……こちらとしては、24時間緊急出動できる正社員がほしいんだが」
「でも……義務教育というものが、ありますのでぇ……」
「そこだよ。なぜ薄木君はこんな子供に目をつけたんだ?」
「趣味、でしょうねぇ……」
そもそも彼女をスカウトにしたのが問題なのでは……と言いかけて、恋音は口を閉ざした。
そのとき。社長室のドアがノックされた。
秘書に案内されて入ってきたのは雫。彼女も社長を説得に来たのだ。
「キミも同じ用件かな?」と、社長。
雫は恋音の顔を見ると「そのようですね」と答えて続けた。
「月乃宮さんがいるということは、話はおわかりですね? 私も依頼を受けた以上は二人を説得するつもりですけれど、戦いかたを教えた一人としての本音は契約を諦めてほしいのですが」
「どうやら二人とも勘違いしてるようだが、我が社としては特に子供と契約する理由はないよ」
「少年アイドルの需要があると聞きましたが?」
「なくもないが、それは薄木君の個人的な希望……いや野望だ」
「何故そんな人をスカウトに……」
「わからないかね? それほど深刻な人手不足なんだよ!」
「ああなるほど……」
深く納得して、雫と恋音は同時に溜め息をついた。
さて、そのころ。
帝は校門前で玲汰たちと話をしていた。
「今回は色々と災難だったな。ことの経緯は依頼書で読んだ。これも何かの縁と思って依頼を受けたが……俺は何も強要するつもりはない。ただ、これは俺なりの考えなんだが聞いてくれないか?」
丁寧な口調に、玲汰と新一はうなずいた。
そこで帝が話したのは、中立的かつ真摯な内容だった。
幸子と話して今回の勧誘が趣味半分仕事半分であったことも、正直に告げる。
会社の資料も揃えて、わかりやすくまとめて手渡した。
さらに自身の過去について、味方もおらず日々の食事代すら困窮する生活だったことをありのまま伝え、安定した収入と友好的な後ろ盾の大切さを説く。
そして最後に、こうまとめた。
「あの女性の態度には思うところがあるだろうが、良い経験にもなる。先に話した時に態度を見直せとも言っておいた。物事を見極める目を養う、良い機会だと思うぞ。決めるのはお前たち自身だ。礼儀として、ちゃんと女性に会って伝えると良い」
「でも正直あまり会いたくないんですけど……」
無理もない答えだった。
そこへ近寄ってきたのは、ラッコ静矢。
「キュゥ」と言いながら、彼は白板にマジックペンを走らせる。
『経緯はともあれ、先のことを考えれば民間企業との繋がりを持つのは悪いことではない。要は君たちに有利な条件で契約を交わしてしまえば良いわけだ。学園に在学したまま企業と契約できれば、実戦に参加できる機会も増える。そう考えれば、言い方は悪いが利用しない手はないと私は思う』
「うーん……」
考えこむ玲汰と新一。
たしかに相手を利用すると考えれば、契約内容自体は悪くないのだ。
「そのとおりよ! 思う存分あたしを利用して!」
静矢の後ろから幸子がやってきた。
本能的に怯えだす、玲汰と新一。
すると次に、幸子の背後からアフロ姿の数李碑が。
「聞け、少年たちよ。若いうちは買ってでも苦労をしろと言う。早いうちから色々経験することは、将来きっとプラスになるぞ。若いうちに結婚するのも大いに結構。まぁ真面目な話、おたがいの気持ちが大事だからな!」
「あら、いいこと言うわね!」
幸子は満面の笑顔だ。
玲汰たちは必死になって両腕で×を作っている。
「では私のターンですね!」
様子をうかがっていた雅人が、綾女を引きつれて登場した。
強制的にターンエンドさせるカードがほしいと切実に思う、玲汰と新一。
だが容赦なく始まる、雅人のターン!
「よく考えてください、君たちにとって幸子さんは救いの女神かもしれませんよ! 後悔する前に勇気を出して彼女の手を取ってみてもいいのでは? そう思いますよね、綾女」
「はい。薄木さんは同性の私から見ても、とても素敵な包容力あふれるエロい女性だと思います。年齢差なんて気にしてはいけません。愛があるならば、そんなことは些細な問題です」
「そう、なによりも重要なのは愛! 少年たちよ、己の欲望に忠実になるのです! この私のように!」
うおおおお、とか雄叫びを上げながら綾女を押し倒す雅人。
いつものことながら、いつも以上にひどい!
前回の白紙プレイングの反省がこれかよ……オーケーもっとやれ。
「さぁ、そろそろサインする気になったでしょ?」
幸子が玲汰たちに詰め寄った。
「「なりません!」」
「サインすれば、あたしにああいうことしてもいいのよ? 婚姻届もあるし!」
と、雅人たちを指差す幸子。
「「遠慮します!」」
なんかもう完全に話がグダグダだ。すべて雅人のせいだぞ!
あわや依頼失敗かと思われた、そのとき。
「そこの人、いい加減にしましょうね」
幸子の後頭部に、雫の太陽剣がブチこまれた。
「〜〜〜〜〜ッッ!?」
血まみれになって地面を転がる幸子。
ひどい! これコメディじゃないのに!
「えとぉ……私と雫さんとで、社長さんと交渉をまとめてきましたぁ……。改めて、この条件でどうですかぁ……?」
恋音が見せたのは改訂版の契約書だった。
内容は玲汰たちにかなり有利で、在学しながら勤務できる。おまけに業務内容はアイドル活動がメインだ。
思わず顔を見合わせて嘆息する、玲汰と新一。
そしてついに、彼らは契約書にサインするのだった。
その理由の大半は『もうこれ以上先輩たちに迷惑かけたくないから』だったという。