焼き芋大会当日。
矢吹亜矢は北風吹きつける校庭で、一人ぽつんと佇んでいた。
背後には山のようなサツマイモ。ほかに何もない。
「なんで誰も来ないのよ! それに卍のヤツばっくれやがったわね!」
地団駄踏みながら生の芋をかじる亜矢。
だが開催時刻より2時間も早く来たのでは無理もない。それだけ張り切っていたのだ。
そこへ最初にやってきたのは、鷹野あきら(
jc1550)
つるぺた胸にショートカットの髪と、まるで男の子みたいな風貌だが、これでも立派な女子中学生だ。なにしろおいしいものが食べたくて撃退士になることを決意したという、みごとなスイーツ女子!
「こんにちはー。好きなだけ焼き芋が食べられるって聞いたから来たよ。……って、サツマイモ以外、本当に何も用意してないの!?」
「最初に言ったでしょ!」
「んー……じゃあまずは焚き火の準備だね。ボク、落ち葉拾ってくる」
「言っておくけどホウキも何もないわよ。あんた持ってきたの?」
「ええっ!? 段取り悪すぎじゃ……」
「なにか言った?」
「いえ……」
次にやってきたのは、シェリー・アルマス(
jc1667)
前回のおでん大会で部活仲間がやらかした件について罪悪感を覚えての参加である。
「結局あのあと、サツマイモ残っちゃったんだね。持って帰れば良かったかも」
「同情は無用よ、このパンダ男!」
大声で怒鳴る亜矢。だれかと勘違いしてるのだ。
「!? 私は男じゃないよ!」
「ああ、妖怪豆腐娘ね。また着ぐるみ?」
「だってもふもふ大好きだもん! それに最近ちょっと肌寒いしね」
「あ、そう。……で、あんたは何を持ってきたの?」
「ええと……バターとマーガリンでしょ。あとアルミホイルと、念のために新聞紙」
「新聞紙?」
「うん。焼き芋を包むのに使うの」
シェリーがそう答えた、次の瞬間!
「あえて問おう! 焼き芋をおいしく食べるために最も重要な要素は何かと!」
いつものテンションで、下妻笹緒(
ja0544)が問いかけた。
今日もまたパンダ着ぐるみでの登場だ。現在会場のパンダ率は異常なことになっている。
「聞きたまえ。焼き芋をおいしく食べるための条件とは? サツマイモの品種? もちろんそれもある! ほっこりほくほくの一本を堪能するのに品種は重要!」
だれの回答も待たず、笹緒は持論をぶちまけ始めた。
「焼きかた? それもある。火の使いかたひとつで味がまったく変わるのが焼き芋だ。あるいは、どこで食べるか? 確実にそれもある。やはり冬の屋外で食べてこその焼き芋と言えるだろう。……だがしかし! 最も重要な要素は『焼き芋を包むものは何か』と言わざるをえない! すなわちこれだ!」
そう言うと、笹緒は懐から新聞を取り出した。
無論ただの新聞ではない! ただの新聞では、ない!
「いいかね諸君。熱々のサツマイモの黄金ボディが纏うのは新聞紙でなければならず、なおかつそのへんの三流新聞ではダメだ。ベストはやはり我がエクストリーム新聞部が発行している久遠ヶ原タイムズ! これがベストチョイス! おお……この芳醇なインクの香りが芋の甘さを引き立て、私を桃源郷へと誘うのだ……」
『久遠ヶ原タイムズ』を袋状に丸めて口に当て、スーハースーハー呼吸する笹緒。
はたから見ると、アンパンやってるようにしか見えない。
言っておくが、まだ焼き芋は始まってすらいないぞ!
「こんにちは。焼き芋大会と聞いて来てみたけど……まだ始まってないのかな?」
周囲を見回しながら近付いてきたのは、龍崎海(
ja0565)
「だれもホウキ持ってこないから落ち葉焚きもできないのよ!」
「それはどこかから借りればいいんじゃないかな」
「なに言ってるの!? たとえば戦闘依頼で全員が阻霊符忘れてきたらどうする!? そこらで借りろとか言えないでしょ!? みんな焼き芋を甘く見すぎよ!」
「一応アルミホイルと新聞紙を持ってきたので、あとは炎系の自然現象再現スキルが使える人に火を出してもらうとかすれば……」
「どこにそんな大量の新聞があるの!? あのパンダ男は完全にラリってるし! もとからラリってるようなヤツだけど!」
「これは困ったな……」
真剣な顔で考えこむ海。
「まぁ落ち着いてください、亜矢さん」
紳士的な口調で話しかけたのは、黒井明斗(
jb0525)
手にはキャンプ調理用の鍋を提げ、背中のザックには何やら詰めこまれている。
「あんたは何を持ってきたの?」
「そのまえに……おでん大会ではフォローが足りず失礼しました。サツマイモのおでんは全然おかしくなどありません。金沢では普通に使われる具材です。どうか自信を持ってください」
「そう! そうよね!」
「それを皆さんに知ってもらおうと、今日はおでん鍋を用意してきました」
そう言うと、明斗は鍋のふたを開けた。
現れたのは、サツマイモと馬スジだけの特製おでん!
「こんにゃくとはんぺんは!?」
と、シェリー。
「うどんが入ってない! やりなおし! そもそもおでんとは……」
ラリった笹緒の話は長いので割愛。
「話は聞きました! おでんに薩摩芋はアリです! いまから証明しますよ!」
焼き芋大会だというのに、山里赤薔薇(
jb4090)も土鍋を持ちこんできた。
さらには、携帯ガスコンロ、取り皿、割り箸、カツオと昆布と醤油と味醂の合わせダシ、下処理済みのおでんダネ一式!
「これ焼き芋大会だよね!?」
場の流れが理解できず、あきらは問いかけた。
が、答える者はいない。
「では始めましょう。コツはダシをしっかり作ることと、お芋を先にじっくり煮込むことです」
土鍋をコンロにかけて、ていねいにダシをとる赤薔薇。
そこへ大根やサツマイモなど煮えづらいタネをまず投入し、ゆっくり煮込み始める。
もはや場の空気は完全におでん一色だ。明斗の『馬スジ&サツマイモおでん』も大好評。
焼き芋は完全に忘れられてるぞ! なんだ、このイベント詐欺!
「おいしいですよね、おでんに薩摩芋って」
にっこり微笑む赤薔薇。
焼き芋大会とは一体……
「思ったんだが……さつまいもをそのままおでん鍋にぶち込んでも、かんすいイモになって食えないんじゃねーの?」
すっかりおでん会場と化した校庭を眺めて、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は呟いた。
基本的に彼女は無法者だが、たまにマトモなことも言う。
「ところで今回の依頼ってコメディじゃないんだっけ? 残念だなー。コメディだったらおならのガスで会場爆破なんてこともありえたんだが。ないなら仕方ない、普通にイモ食うか。うーん残念」
などとメタメタなことを言いながら、サツマイモおでんをほおばるラファル。
あぶねえ、コメディじゃなくてよかった。
「まぁ美少女は屁をこかない理論からすれば、久遠ヶ原の連中はおならしないんだけどな」
なるほど、たしかに見たことはない。
だがこのまま進むと、ラファルが最初のおならキャラに……!?
え、そもそもラファルって美少女なの!? ただのペンギンロボでしょ!?
そんな疑問はともかく、次にやってきたのは黒百合(
ja0422)だった。
事前にサツマイモを確保していた彼女は、自作した芋パウダーを使ってパン生地を持参。各自で自由にちぎって焼くという企画だ。もちろんバターやジャムも用意済み。
「サツマイモパンの生地を作ってきたわァ。好きに焼いて食べてねェ。……って、なぜかおでん大会になってるけれどォ……来る場所まちがえたかしらァ……?」
とても素朴な疑問を口にする黒百合。
何人かがうなずくが、まぁおでんでもいいかという空気が支配的だ。
「おでんにパン……和洋折衷ね!」
などとテキトークをかます亜矢。
「そうそう、芋焼酎も作ってみたかったんだけどォ、さすがに熟成期間とか確保できなかったわァ……というわけで、こんな物を持ってきたわァ、さぁ飲みましょうォ♪」
黒百合が取り出したのは、高級芋焼酎の一升瓶。
たちまち酒盛りが始まり、状況はますますおでん大会に!
「あのぉ……これは一体どういう……」
おでんをむさぼり芋焼酎をあおる一同を目にして、月乃宮恋音(
jb1221)は唖然とした。
「見てのとおり! おでん大会2ndよ!」と亜矢。
「えとぉ……焼き芋をするという、お話でしたよねぇ……?」
「だれもホウキ持ってこないから、こうなったのよ!」
「ホウキなら、持ってきましたよぉ……?」
そう、恋音が手にしているのは紛れもなくホウキ!
あと調理セットとか料理の具材とか色々あるけど、なによりホウキ!
「さすが恋音! これで芋が焼ける!」
「おぉ……まさか、私が来なければずっとおでん大会に……!?」
ふるふると体を震わせる恋音。
まさかそんなことはないと思うが、ないと言い切れないのが恐ろしい。
ともあれ、恋音のMVP級の働きによってようやく焼き芋大会が始まるのであった。やっとかよ!
さて、ホウキさえあれば落ち葉を集めるのは簡単だ。
おでんに夢中な数名を除くメンバーによって、あっというまに落ち葉の山が出来上がる。
あとは芋を焼くだけという段になって、タイミングよく登場したのは蓮城真緋呂(
jb6120)
「なるほど、状況は把握したわ。まずは燃やせばいいのよね?」
キリッとした顔で言い放つや、真緋呂は即座に光纏した。
「今日は焼き芋の会と聞いて、ファイアワークス、炎焼、アンタレスと火炎系スキルをたくさん準備してきたわ。燃やすのは任せて」
淡々と言いながら、落ち葉の山にスキルをぶちこむ真緋呂。
当然ものすごい勢いで落ち葉は炎に包まれる。
スキル的に不遇とされるアカレコだが、焚き火では最強だ! 真緋呂がいればマッチもライターも不要! 今日はアカレコじゃないけどな!
てな具合にキャンプファイヤー……もとい焼き芋大会が始まったのだが、ここで唐突に場面は替わる。一体いつになったら芋が食べられるんだろう。とりあえず酢昆布で凌ごうか。
──というわけで、ここは家庭科室。
4人の美女が集まって、なにか作業に取り組んでいる。
そう。大量のサツマイモを使ってスイーツを作ろうとしているのだ。
なにはなくとも、まずは芋の皮を剥く。量が量なので、かなりの作業だ。
「「………」」
無言で皮剥きを続けるのは、染井桜花(
ja4386)と秋姫・フローズン(
jb1390)
一方アメリア・カーラシア(
jb1391)は「にゃはは〜」などと笑いながら、器用に芋を剥いている。
やがて山のように積み上げられる、丸裸のサツマイモ。
これを3人がかりで切り刻み、釜ゆでにして、磨り潰す。
文字だけ見ると残酷ショーだが、ただ芋をマッシュしてるだけだ。
ひととおり潰し終えたら、ここからは別作業。それぞれ持参した材料を使っての調理が始まる。
「さ〜て、腕の見せどころだよ〜」
アメリアが持ってきたのは、ふだん自分のカフェで出している中華まんの材料。おまけとして蒸しパンの材料も用意してある。
「では私は……スイートポテトを……作りましょう」
秋姫は牛乳と卵を持ってきた。
もちろんアルミカップは忘れない。
「……私は和菓子を……作ろう」
桜花が取り出したのは、ホットケーキミックスと生クリーム。これでドラ焼きを作るのだ。
が、潰した芋に生クリームを加えたところで、お茶の準備をしていたユキメ・フローズン(
jb1388)が声をかけた。
「その芋餡、すこし分けてもらってもいいかしら?」
「……好きなだけ持っていくと……良い」
「じゃあ遠慮なくいただくわね。ありがとう、桜花」
こうしてサツマイモ餡を手に入れたユキメは、おもむろに鯛焼きの『型』を取り出した。しかも養殖物の型ではない。天然物の型である。意味がわからない人はググろう。
「これでよし……ですね……」
一番に完成したのは、秋姫のスイートポテトだった。
それも、トッピングや焼き方を変えたものが数種類。さらに各種紅茶の茶葉と、ポットに入れた熱湯を用意。
「……できた」
次に桜花のドラ焼きが完成。
生地の間に芋餡をはさんだ特製品だ。
「ん〜、こんな感じかな〜?」
蒸し器の中を覗きつつ、蒸しパンの出来具合を確認するのはアメリア。
サツマイモとレーズンがトッピングされた蒸しパンは大変よくできているが、横に並んだ真っ赤な中華まんは見るからに辛そうだ。
それもそのはず、この中華まんは激辛マニア・アメリア専用の『超激辛中華芋まん』。生地にたっぷり唐辛子が練り込まれた一品は、常人が食べれば悶絶必至だ。
「甘いのも良いけど、辛いのもね〜」
アメリアは素敵な笑顔だが、どう見ても激辛テロを画策してるとしか思えない。
ともあれ、サツマイモをメインに使ったスイーツ4品が和洋中と揃った。
「それじゃ〜、会場のみんなの所に持っていこ〜」
とアメリアが言ったところで、桜花が止めた。
どうしたのかと、3人の視線が集まる。
すると桜花は出来たてのドラ焼きを1個だけ皿に置いて、どこにともなく言うのだった。
「……これは牛のぶん……いつもお疲れ様」
それを見た3人も、先を争ってマネをする。
「では私からも……です……牛様……」
と、秋姫がスイートポテトを。
「うんうん。いつもありがとね〜。これは私からだよ〜」
アメリアは蒸しパンと激辛中華芋まんを。
「では私からは鯛焼きを。それに飲み物も必要ですね」
喉に詰まらせないようにと、気を使うユキメ。
ごていねいに、緑茶、ほうじ茶、鳩麦茶と揃っている。
こうして4人は牛へのお供え物をテーブルに置くと、仲良く並んで家庭科室をあとにするのだった。
冷静に見ると何だか仏前にそなえるお菓子みたいなことになってるが、実際激辛中華まんで牛は死んだので、やってることはある意味ただしい。
それはともかく、牛への捧げ物は酒と決まっていてだな(以下50000字略)
その4人と入れ替わりに家庭科室に入ってきたのは、雫(
ja1894)
手には大量のサツマイモと、いくつかの食材が抱えられている。
これでスイートポテトと栗金団を作るのだ。
「私が菓子類を作ると、少し変わった物が出来るのは自覚しています。……なので、今日は菓子と料理の境界を見極める実験をおこないましょう」
なにやら不穏なことを言い出す雫。
そう、彼女は料理の腕こそマトモだが、甘味系を作るとなぜか人外の産物が生まれてしまうのだ。
「焼き芋は恐らく料理、スイートポテトは確実にお菓子ですが、栗金団は怪しいので境界になると思います」
などと言いながら、暗黒の儀式に取りかかる雫。
だれが考えても栗金団はスイーツだろうに。確信犯か、この人。
「もしかすると天魔めいた何かが出来てしまうかもしれませんが……あれだけ人がいれば大惨事にはならないはず」
真顔で呟く雫だが、すでに家庭科室にはドス黒い瘴気が渦巻いている。
嗚呼、平和な焼き芋大会は一体どうなってしまうのか──
暗雲せまる本会場からやや離れたところで、浪風悠人(
ja3452)と浪風威鈴(
ja8371)は仲良く焚き火に当たっていた。
とくに何もない広場。寒さのせいか、ふたりの他には誰もいない。
パチパチと炎の燃える音。その匂い。
白い煙がたなびいて、空へ昇って行く。
(あったかい……もう秋も終わりなんだなぁ……)
煙に手をかざしながら、威鈴は晩秋の空を見上げていた。
漁師の家に育った彼女は常に自然と共にいたこともあって、季節の移り変わりに敏感だ。──が、いまは山や森の少ない場所で暮らしているため、今回のような催しは季節を感じられるのが嬉しいらしい。
そんな威鈴を眺めながら、悠人は焚き火の番をしている。
「なつかしいな……。実家では、よくこうやって焚き火しながら芋を焼いて食べてたよ。久遠ヶ原に来てからは初めてだけれど」
故郷の山を思い出して、ふと遠い目をする悠人。
威鈴も昔のことを思い出したのか、同じような目で風景を見つめている。
「……っと。そろそろ焼けたかな?」
悠人が火バサミで芋を取り出すと、みごとに食べ頃だった。
「おいしそう……」と威鈴。
「芋自体は良いものらしいからね。はいどうぞ」
焼きたての芋をふたつに割ると、悠人はその一方を威鈴に手渡した。
芯まで火の通った黄金色の断面は、見るからにおいしそうだ。
二人そろって芋を吹き冷ましながら、まずは一口。
「うん、おいしい」
「おいしい……ね」
笑顔をかわす二人。
実際これはよく出来たサツマイモだ。
「小さいころ……にぃに…とこうやって……一緒に食べたんだ」
熱々の焼き芋をかじりながら、頬を赤くさせる威鈴。
それを見て、悠人は幸せな気分に包まれる。
「そうそう。こういうのを持ってきたんだ。せっかくだし色々ためしてみない?」
悠人がバッグから取りだしたのは、何種類かの蜂蜜とバターだった。
「なんか……色々ある……」
「うん。バターで塩気を出して食べるのもおいしいし、蜂蜜かけてスイーツ風にするのもおいしいよ」
「そんなの……おいしいに……決まってるよ」
威鈴の答えはもっともだ。
悠人は微笑で応じながら、次の芋を焼くための作業に移る。
もうしばらく、この時間は続きそうだ。
そのころ。影野恭弥(
ja0018)は一人黙々と落ち葉を集めていた。
彼もまたソロ焼き芋プレイヤーだが、寂しげな雰囲気はどこにもなく、むしろ孤高の空気を纏わせている。大きな熊手で要領よく落ち葉を掃き集める動きもまた、じつに洗練されていた。
ある程度落ち葉を集めたところで、持ってきたサツマイモとジャガイモをアルミホイルに包み、落ち葉の山の中へ埋める。
そして『トーチ』発動。
燃え移った炎が落ち葉から白煙を噴き上げ、パチパチと音を立てる。
さらに自ら持参したマシュマロを串に刺して、慎重に火で炙る。
火が通ってプルプルのゼリー状になったマシュマロは、そのまま食べても上等のスイーツのような味わいだ。
サツマイモとジャガイモが焼けたら、ホイルを解いてバターを乗せて食べる。
単純ながら、これまたうまい。
「……ふむ、美味い」
ひとり静かに焚き火に当たり、焼き芋を堪能する恭弥。
このときばかりは、彼も天魔のことを忘れているかのようだった。
そんな会場のすみっこで、ひとり寂しく背中を丸めながら芋を焼く男の姿があった。
陽波透次(
ja0280)である。
かつて『ひとり百人一首』という、名前からしてどうかしてる闇のゲームに手を染めた経験を持つ彼にとって、ひとり焼き芋など児戯に等しい。
そう、本来焼き芋とは一人でおこなうもの。みんなで和気藹々と芋を焼いたり、手作りスイーツを持ってきたり……ましてやカップルでイチャつきながら芋を食うなんて、芋神に対する冒涜なのだ!
ほかならぬ透次だけは、そのことを理解している。
そんな彼は、うつろな目で芋をむさぼりながら何事か呟き続けていた。
やきにく、おいしいな
すべてのみちはやきにくにつうず
このよのすべてはやきにくである
つまり、やきいもは、やきにくだった
やきにく、おいしいな……
くりかえすが、彼が食べてるのはサツマイモである。肉などどこにもない。
だからといって彼の手にしているものが肉でないとは誰にも断言できまい。もしも透次が焼き芋を焼肉であると心から信じており、実際に焼肉の味を感じているとしたら──それはもう芋ではなく肉であるのだと言っても良いのではないか?
つまり焼き芋は焼肉であって、やきにくはおいしいということなんだよ!!
以上!
……って、なんなの、このプレイング! おィいいい! 透次ィィィ!
この日、礼野智美(
ja3600)は普段より少々早めに会場を訪れた。
芋自体はおいしいと噂を聞いての判断である。
「珍しいじゃない。あたしのイベントじゃ、いつも遅く来て早く帰るのに」
いきなり喧嘩腰で、亜矢が話しかけた。
「おまえのイベントに長居すると、大抵ろくなことにならないからな」
「あたしのせいじゃないでしょ! そういうことするのはラファルとか恋音とか黒百合とか……ほかにも何人かいるけど! あたしはイベント会場を爆破したり、校舎まるごとおっぱいでブッ潰したり、闇鍋にゴキブリ混入したりしないわよ!」
「べつにおまえのせいだとは言ってないが……とりあえず芋の味見をさせてもらえるか?」
「言っとくけどおいしいから!」
「だといいな」
どこまでもクールに告げると、智美は会場の中心へと歩いていった。
などと場面が替わってる間に、会場はおでん大会から焼き芋大会へとすっかり変貌を遂げていた。
いたるところで焚き火が焚かれ、皆それぞれ好きなように芋を焼いて食べている。
(サツマイモも秋の味覚ですね……)
おだやかな表情で焚き火を眺めているのは、北條茉祐子(
jb9584)
その手には、アルミホイルで包まれたサツマイモがひとつ。
「ホイルで蒸し焼きにしたのね、やるじゃない!」
亜矢が話しかけた。
「ええ。あとはここにバターを足すと、おいしくなるんですよ。バターと言うとジャガイモを思いつきますが、サツマイモにもバター、合うんですよ。矢吹先輩はご実家がサツマイモを栽培されているそうなのでご存知かもしれませんが」
「御存知じゃないわよ、そんなの!」
「あ、そうでしたか。私は好きなんです。サツマイモをバターで食べるの。よかったら矢吹先輩も召し上がりませんか?」
そう言うと、茉祐子は焼き芋を二つに割って片方を亜矢に手渡した。
その断面にバターを乗せると、たちまち溶けて染みこんでゆく。
亜矢は豪快にかじりつくや、「熱っ! うまっ!」と騒ぎだした。
一方、茉祐子は持参した割り箸で上品に食べている。
「聞いたとおり、良いお芋です。昔からサツマイモは『栗よりうまい十三里』とか言うらしいですね。私は栗のほうが好きなんですが、サツマイモのほうが手軽に食べられるからそこはポイントが高いと思います」
「あたしだって栗のほうが好きよ! でも皮を剥くのが死ぬほど面倒なの! わかるでしょ!」
「ええ……それはたしかに」
「こんにちは、矢吹さん。この前のおでん大会は楽しかったですねえ」
と亜矢に話しかけたのは、奇術師エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)
「あんたの場合チョコレート大会のほうがよかったんじゃないの?」
「それはバレンタインデーにでも実行してくれると期待してます。……しかし改めて考えても、おでんにサツマイモというのは盲点でしたね。おかげでおでんにも甘いモノが合うということがわかりました」
「でしょ? みんなそれがわかってないのよ!」
「久遠ヶ原には味覚音痴が多いですからね。亜矢さんのように『味のわかる人』は貴重です」
「ふ……あんたなかなかわかってるじゃない」
おだてられると弱い亜矢。
だが全てはエイルズの策略である。
良い笑顔を浮かべながら、彼は近付く。
「ところで……じつは前回のあれ以来、僕も甘いおでんにはまってましてね。これは僕のオリジナルのおでんダネなのですが、是非おひとつ」
エイルズはおもむろに水筒を取り出すと、中の液体をカップに注いで亜矢に押しつけた。
「なにこれ」
「ああ、タネが溶けてしまってますね。まあ、ちょっと味見してみてください」
「どうせ前回のチョコおでんでしょ!」
「矢吹さんには主催者として食べる義務があるのでは?」
「ないわよ!」
「まぁそう言わずに是非!」
「いらないから!」
このあと二人の間では仁義なき忍者バトルが勃発し、サツマイモとチョコレートの嵐が吹き荒れたという。
そんな騒ぎから離れたところで、久慈羅菜都(
ja8631)はのんびりと芋を焼いていた。
事故が起こらないよう、焚き火は小さめ。バケツには水を汲み、火バサミも用意して、安全管理は万全だ。もっとも、特大キャンプファイヤーみたいなことしてる連中がいる中では、どれほど意味があるか不明だが……。
しかし、そんな菜都は見かけによらず(あるいは見かけどおり)食欲旺盛。焚き火の中には、アルミホイルにくるまれた芋が1ダースほど転がっている。野生児である彼女にとって、サツマイモは立派なごちそうなのだ。
「えっと、そろそろ焼けたかな」
最初のほうに入れた芋からは、香ばしい匂いが立ち始めていた。
頃合いを見計らって取り出し、やけどしないよう気をつけながらかじる。
「うん……おいしい」
どこまでものんびりと焼き芋を満喫する菜都。
進級試験を忘れて欠席してしまうのも納得のマイペースぶりだ。
ただ、動作はゆっくりでも食べるペースはただごとではない。もしかすると全参加者中2番目ぐらいの食べっぷりか。
え、1番は誰かって? まぁ本人が自覚してるだろうから、あえて言うまい。
そのころ焚き火に当たりながら焼き芋を食べていたのは、音羽千速(
ja9066)
芋が無料で食べ放題と聞いて参加した、ただの食いしんぼうだ。
かなりの大家族で育った彼にとって、食糧の確保は死活問題。そうでなかったとしても、育ち盛りの中学生にとって『食べ放題』という言葉は魅惑的だ。
とはいえ、しょせんはただの焼き芋。2本も食べれば飽きてくる。
「たしかにおいしいけど……ちょっと……いやだいぶ飽きてきたかな……」
と思った矢先、部活の先輩でもあるご近所さん(智美)が歩いてくるのを見つけた千速。
「こんにちは! 先輩も焼き芋食べに来たんですか?」
「あぁ、まぁな」
「ちょっと待ってください! その手にあるのは……バターと紅茶!」
「そのとおりだが……?」
「ぜひ貸してください! そろそろ味に飽きてきたので……でもそれがあれば、もう1本いけると思うんです!」
「それは構わないが……あちこち危険人物もいるし、火を使ってるから早めに退散したほうが身のためだぞ。俺はもう帰る。千速も早いとこ帰れよな」
「あ、はい!」
こうして焼き芋3本をたいらげると、『んー、親友や兄貴いないし……』と考えて千速は早々に帰宅するのだった。おみやげ用に焼き芋を4本かかえて。
智美のほうはといえば、もうとっくに退散している。
こちらは焼いてないサツマイモの持ち帰りだ。
ただしその量は、両腕と背中に括り付けても持ちきれないほどだったが──
そうこうするうち、会場には多くの生徒が押し寄せてきた。
基本的に、久遠ヶ原の学生は食いしんぼうが多い。焼き芋だろうと何だろうと、タダ飯とあらば即あつまってくる生きものなのだ。
もちろん食べるだけではない。イベントを手伝ったり、自作料理をふるまったりする者も少なくない。
木嶋香里(
jb7748)も、その一人だ。
ふだんから和風サロン『椿』を切り盛りしている彼女にとって、お茶や茶菓子の世話など慣れたもの。最近は『秋の新メニュー』として、スイートポテトや大学芋なども提供している。つまりプロなのだ。
彼女だけではない。
ホイップクリームでデコレーションした『パフェ風』や、芋を角切りにしてキムチと混ぜた『韓国風』の焼き芋をふるまっているのは恋音。
缶詰のパイナップルとヨーグルトを混ぜたスイートポテトサラダを配っているのは明斗。
桜花のドラ焼きや、ユキメの鯛焼きも好評だ。
アメリアの超激辛中華まんは、あちこちで死者を出している。
「うんうん。どれもおいしいわね。みんな、もっと持ってきていいのよ?」
ここぞとばかりに(というかいつもどおりに)食べまくってるのは、大食い妖怪真緋呂。
蜂蜜やジャムなど持参したトッピングを駆使して、じつにバリエーションゆたかな一人焼き芋パーティーを繰り広げている。
しかも恐るべきことに、彼女は焼き芋をおかずにごはんを食べているのだった。
芋ごはんと言ってしまえば確かにアリだが……。そのうち『ごはんはおかず♪』とか言い出しかねない。
「ホクホクの焼き芋っておいしいよね〜。甘いから大好き!」
あきらは、ごく普通に焼き芋を食べていた。
会場に一番乗りしたにもかかわらず落ち葉が集められなくて落胆していた悲しみの影は、もうどこにもない。
「そのとおりよ! どんどん食べて強くなりなさい!」
相撲部屋の親方みたいなことを言って、焼き芋を押しつける亜矢。
「こんなに食べられないよ……! あ、そういえばサツマイモにバニラアイスのっけて食べるとマロンぽい味がするって聞いて持ってきてたんだ。ためしてみようっと」
口直しに丁度いいよねと、手元のクーラーボックスを開けるあきら。
だが──
「と、溶けてる!?」
「ずっと焚き火のそばに置いてあったしねぇ」
「うぅ……こうなったら溶けたアイスに浸して実験してみよう……ぐすん」
半泣き状態で、焼き芋に溶けたバニラをつけて食べるあきら。
「あ、これはこれで……」
ドガシャーーーーン!
突然のできごとだった。
会場に芋型ディアボロが乱入してきたのだ。
「ちょ……! 雫ゥゥ! これアンタが作ったスイーツでしょ!」
血まみれで怒鳴る亜矢。
「ま、まさか。私は無実です! 仮に私の犯行だとして……それがどうだというんですか!」
きっぱり開きなおる雫は、芋焼酎の一升瓶を小脇に抱えていた。
「あらァ……すっかり出来上がっちゃってェ……♪」
くすくす笑う黒百合も、焼酎をあおっている。
これは大変よろしくない流れだ。端的に言うと全滅エンドだ。
が、ここでラファルのターン!
「ん……? 芋を食べ過ぎたせいか腹が張ってきたか? ……馬鹿な、俺のような美少女は屁などしないはず! だがこれは……屁が、屁が出るだと?!」
なるほど、おならに引火して爆発エンドか。
ますます状況が悪化したぞ!
こんな連中ばかりだから、智美はいつも早退するんだよ!
だが、ここで真緋呂の怒りゲージが発動!
「騒々しいわね! 食事は静かにしなさい!」
右手に焼き芋、左手にごはん茶碗を持ちながら、彼女は器用にアンタレスを発動した。
この一撃でディアボロは瞬殺。
ラファルは自爆。
あとは特に犠牲もなく、のどかな焼き芋大会が続くのであった。
──なお、これだけ頑張っても芋は残ったという。