その日の午後。依頼を受けた5人が会議室に集まった。
上は大学部から下は小等部まで、年齢は幅広い。
おまけに幸か不幸か、全員が女子だ。
「これで全員ですのね? 思ったより少ないですが少数精鋭で頑張りましょう」
集まった顔ぶれを見て、琴ヶ瀬調(
jc0944)が言った。
身につけているのは白いワンピース。切りそろえられた黒髪も相俟って、見るからにお嬢様風だ。
「女子高生の失踪事件……。ことは一刻を争うわね。無事だと良いのだけれど」
よく響く声で言うのは、ケイ・リヒャルト(
ja0004)
物腰は非常にクールだが、口ぶりからは失踪人を心配していることが感じられる。
「あの……私こういう依頼は初めてなんだけど、どうすればいいのかな」
率直に問いかけたのは、凛々しい武者袴姿の不知火あけび(
jc1857)
その言葉どおり久遠ヶ原に入学して日が浅く、依頼の経験も少ない。
だが眼光は力強く、臆した様子はまるでなかった。
「……人手が少ないから……手分けしたほうが、いい」
無表情で答えたのは、経験豊富な染井桜花(
ja4386)
黒い着物と、それ以上に黒い髪。肌は雪のように白く、人形のようだ。
「なにはとまれ、行方不明の女子高生を見つけるのであります。情報収集とか、百合カフェダンジョン探索とか色々やってみるのです」
独特のしゃべりかたで、桃々(
jb8781)が言った。
彼女の外見的特徴は、なんといっても背中のバッグ。
『ゲレゲレさん』と名付けられたそのバッグには、古今東西あらゆるゴミ漫画が詰めこまれているのだ! ……が今回の依頼ではまったく無意味!
こうしてとりあえず顔合わせを済ませた5人は、まず互いの連絡先を交換しあうことから始めた。この手の依頼ではメンバー間の密な連絡が欠かせない。『報告・連絡・相談』は基本!
さらに相談の結果、まずは桜花とあけびがバイトとしてLily Gardenに潜入することが決まった。
ケイは元々の依頼人である高校生(黒石耀子)および失踪した少女(甘井香織)の身辺調査を担当。
桃々は客としてLily Gardenを訪ね、隙を見て店内を調査。
調は人脈を利用しての情報収集を受け持つことになった。
さて結果やいかに──?
平日午後3時。
桜花はあけびをつれて、カフェの扉を開けた。
すると目の前に広がるのは、店員から客まで女の子ばかりの百合百合ワールド。ただ女の子だけの空間というわけではない。同性同士あっちこっちでハグしたりキスしたりしている。
「こ、これは……なんだか凄いな……うん。神秘的っていうか何ていうか……」
見慣れぬ光景に、あけびは驚きを隠せなかった。
古風な家の出身であり、一人前の侍ガールをめざしている彼女は、当然こんな店に入ったことなどない。種族を超えた愛があるなら性別を超えた愛もあるかと理解は示すが、正直ついていけない世界だ。
「……大丈夫……すぐ慣れる」
そう言うと、桜花は店の奥へ。
以前バイトしたことがあるので、勝手は知っている。
「あら、いらっしゃい」
声をかけたのは店長の佐渡乃魔子。
天才パティシエにして、この百合百合空間の支配者だ。
「……いまバイト……募集してない?」
「ん? お金がほしいの?」
「……お金じゃなく……情報がほしい」
「なんの情報?」
魔子の問いに、桜花はコピー用紙を手渡した。
紙面には『契約書』とあり、少々変わった文面が続いている。
「ん……? 『労働報酬として賃金の代わりに甘井香織に関する情報。……労働時間に応じて質問回数が増える。……就業期間は甘井香織を発見確保するまで。……なにこれ」
「……その条件で……契約したい」
「そっちの子も?」
魔子の問いに、あけびは「はい」とうなずいた。
「ふーん。でも残念、こんな契約できないわね」
魔子の指先に火が灯り、紙切れを一瞬で灰にした。
「あ……っ」
思わず声を上げるあけび。
「よく考えて。私がお客さんの個人情報を流すわけないでしょ?」
「たしかに……」
「でもお客さんから情報を得るのは自由よ。バイト代は出さないけど働く気があるなら使ってあげる」
「あ、はい!」
こうして魔子は、タダで使えるバイトを2人確保したのであった。
「いつも和服だから、こんなフリフリの服はじめてだよ! かわいいね」
更衣室から出てきたあけびは、絵に描いたようなメイド衣装に身を包んでいた。
白とピンクを基調にした配色。スカートの丈は短く、やたら胸を強調するデザインだ。どこかのアンミラみたいな制服である。それでいいのか侍ガール!
「……前より……丈が短くなってる」
ぼそりと呟く桜花は、同じ制服でアリスブルーのカラーリング。
少々子供っぽいが、みごとに着こなしているあたり流石だ。
「ふたりとも似合ってるわよ。じゃあ接客よろしくね」
当然のように命じる魔子。
桜花は姿勢を正し、楚々とした足どりでホールへ向かう。
一方あけびは初体験なので、ひどく及び腰だ。
「こういう仕事したことがないので、できれば裏方にまわしてもらえませんか? 掃除とか皿洗いとか」
いたってノーマルで貞操観念が強いあけびにとって、このバイトはハードルが高すぎた。見方によってはヘタな戦闘依頼より厳しい。
「なにごとも経験よ。さぁ行きなさい」
魔子があけびの背中を押した。
「ぁわ……っ!?」
つまずきそうになりながら、ホールへ押し出されるあけび。
あらためて見てみれば、やはり異様な空間だ。が、内装は至って上品で、高級そうな調度品やグランドピアノなどが置かれているあたり、一流カフェの趣は十分である。
「こうなれば腹をくくるしか……。でも接客なんてしたことないからなぁ……こんな素敵なカフェが最初ってのは難易度高いよ」
ぼやきながらも、あけびは歩きだした。
そう、これも依頼の一環。桜花や他のスタッフを見て、接客スキルを身につければいいのだ。
その一方、桜花は実に慣れたものだった。
日ごろからチャイナカフェ赤猫で鍛えたバイトスキルは伊達ではない。
『一撃確殺』の微笑を武器に、片っ端から客を虜にする腕前だ。
もっとも客が全て女子というのが、じつに何ともアレだが……。
「……ついでだから……売り上げアップに貢献」
などと無闇に張り切る桜花。
魔子からすれば、とんだ臨時収入だ。
一方そのころ。
ケイは全力で情報収集に取り組んでいた。
一口に失踪といっても色々な可能性が考えられる。
たとえば、家出、事故、誘拐、殺害、自殺……etc。
それら全てを考慮して慎重に調査しなければならない。
すでに矢吹俊彦からは必要最低限の話を聞き、黒石耀子と甘井香織の顔写真や住所などは入手済み。あとは裏付け調査をするだけだ。
ケイの考えでは、耀子には少々不審な点があるように思われた。いくら友人のためとはいえ、一介の高校生が10万円もの大金を出すだろうか。もしかすると何らかの目的を持った自作自演の狂言かもしれない。最悪の場合、友人を監禁しておいて自分を容疑からはずすための工作という線もありえる。
もちろんそうとは決めつけず、すべての可能性を含めた上での聞き込み調査だ。
幸いなことに耀子と香織の住所はすぐ近くで、近辺での聞き込みはスムーズに進んだ。
つづいては学校での聞き込み調査。
だが、その大半は空振りに終わった。耀子に関して不審な証言は得られなかったし、香織は実際にスイーツの食べ歩きを趣味としており、そこに疑いをはさむ余地もない。
「これは無駄骨だったかしら……。でも黒石耀子の容疑は薄くなったわね」
入手した情報をメールにまとめると、ケイはメンバーたちに一斉送信するのだった。
「うーん。男子禁制のお店とか、現代日本でそんな治外法権があるとはついぞ存じなかったのであります。えーーと、そもそも何のお店でしたっけ? カフェなんでしたっけ?」
桃々は興味津々といった様子で、店内を見まわしていた。
夕刻過ぎのLily Gardenは、昼と比較にならないほど妖しい空気が漂っている。
しかし一切気にせず、『今日のおすすめスイーツ』をパクつく桃々。
さらにゲレゲレさんから好みのゴミック『痴情最強の男』を取り出し、読みふけるフリをしながら店員や客の動きを観察。不審者がいないか目を光らせる。桃々が一番の不審者だとか言ってはいけない。
同刻、調も客としてLily Gardenを訪れていた。
この店には知人の紹介で何度か来たことがあり、多少は内情を知っている。
彼女の記憶によれば、つい最近までスタッフの中に覚醒者はいなかったはずだ。が、矢吹探偵の話では覚醒者の店員に追い出されたという。そこから考えれば、なんらかの理由で警備を強めている可能性が高い。
「どこか以前と異なる点があるはずですわ」
呟きながら慎重に店内を観察する調。
だが、見たところ何も変わった部分はない。
そこへ、ケイからのメールが届いた。
「どうやら依頼主は潔白のようですわね」
文面をたしかめると調はうなずいた。
最悪のケースは免れたと見て、調は次の手を打つ。
「すみません。店長さんに会わせてほしいのですわ。ここに紹介状がありますので」
2通の紹介状を店員に渡すと、調は微かに微笑んだ。
「紹介状? 私に何の用かしら」
そう言うと、魔子は調の正面に腰を下ろした。
調は最低限の挨拶を済ませ、思い切って『依頼』の内容を告げる。
「こちらとしては、魔子さんのことはまったく疑ってませんの。ただ何か事情を御存知であれば、と思いまして……。無論ただでとは言いません。バイトでも何でも相応の対価を払いますわ」
「いまバイトは必要ないのよねぇ」
ちらと店内に視線を向ける魔子。
その先には桜花とあけびの姿がある。
「バイト以外でも……体で払うのもやぶさかではありませんわ」
「つまり? あなたを好きにしていいの?」
「はい。手足切断などの不可逆なものでなければ」
「ふーん。じゃあ教えてあげる。犯人は私よ」
「え!?」
「あなたの推理に反して、私が香織を拘束してるの。さぁどうする?」
「!?」
予想外の展開に、調は絶句した。
「いまなのです!」
その会話が聞こえていたわけではないが、魔子の注意がそれたと見て桃々はトイレに駆け込んだ。
そして忍法響鳴鼠を発動。
スタッフオンリーの事務所や倉庫に向けて、ハムスターを飛ばす。
が──所詮ただの齧歯類。鍵のかかったドアを開けることなど不可能!
「鍵がかかってるなんて怪しいのであります! きっと誰かが監禁されてるに違いないのです! ならば……『猥・褻・物・皆・陳・列・罪・斬!』」
なにやら凄い名前のスキルだが、ようするに『明鏡止水』だ。
仙道と陰陽道と修験道と刑法の融合による秘呪がアレコレして、『覚醒』と『潜行』が付与される。桃々無双!
でも『透過』も『開錠』も持ってないから施錠されたドアを抜けられない! 無念!
こうして結局打つ手が見つからず、調からの連絡で5人はLily Gardenに集まった。
「……ええと、ちょっと待って? 言葉どおり受け取ると、あなたは香織を監禁してるのよね?」
理解不能なものを見る目で、ケイは魔子を睨みつけた。
「監禁とは人聞き悪いわね。ただ香織の居場所を知ってるだけよ」
「とにかく解放してくれる? 拒否するなら実力行使よ。さもなくば普通に警察を呼ぶわ」
「まぁ聞きなさい。そもそも香織が姿を消したのは何故だと思うの?」
「色々考えられるけど、あなたが監禁してると判明した以上は本人に話を聞けばすむことよ」
「べつに監禁してるわけじゃないわよ。香織自身が帰りたがらないだけ」
「そんな言葉を信じろと? とにかくこれは立派な事件よ。少なくとも香織の安否を確認するまで引く気はないわ」
「ふーん。じゃあどうするの? 武力行使?」
魔子が微笑むと、店内の空気が変わった。
まさに一触即発の状況だ。
「みなさん落ち着いてほしいんですの。いまは甘井さんの無事を確かめて、依頼人に連絡するのが先決ですわ」
場を収めるように、調が言った。
「香織は無事だと言ってるでしょ? 私が信じられない?」と、魔子。
「信用しないわけではありませんの。でも証拠もなしでは……」
「じゃあ証拠を見せてあげる。そのかわり今日一日あなたは私の奴隷になること。いいわね?」
「とうに覚悟してますわ」
「ふふ……」
魔子は舌なめずりすると、近くの店員を呼び止めた。
そして突拍子もないことを言い放つ。
「紹介するわ。この子が甘井香織。数日前から働いてもらってるの」
だが、そのメイド少女は『甘井香織』の写真とは似ても似つかない別人だった。
予想外すぎる成り行きに、ケイと調は顔を見合わせる。
桜花とあけびも、さっきまで一緒に働いていた少女が甘井香織本人だったと明かされて少なからず衝撃を受けていた。
桃々はあまり驚いた様子もなく、黙々とケーキを食べるマイペースぶり。
「なんの冗談? 完全に別人じゃない」
ケイが詰め寄った。
魔子は無言のままだ。
かわりに『香織』が口を開く。
「たしかに私は甘井香織です。おさわがせしました。でも私は家に戻る気はないので、お引き取りを」
「『はいわかりました』とは行かないわ。説明してくれる?」
「つまり……こういうことです」
直後、香織の姿が一瞬で変化した。
そこに現れたのは、たしかに顔写真どおりの少女。
「変化の術!? あなた覚醒者だったの!?」
ケイは目を丸くさせた。
「そうです。何日か前に覚醒して……魔子さんに相談に乗ってもらってたんです」
「でも自宅に連絡ぐらいできるでしょう?」
「そんなことしたら連れ戻されちゃいます。うちの親は厳しいので……こういうお店で働くなんて、とんでもない」
「だからってこのまま失踪するわけには……」
「いえ、このまま失踪します。私は死んだことにしてください」
強硬な態度を貫く香織。
一体どうすべきかと、撃退士たちは顔を見合わせるばかりだ。
ちなみに誰も気付いてないが、矢吹俊彦を病院送りにしたのは彼女だ。……いや正確には通りすがりのトラックが原因だが。覚醒して数日のわりに香織強すぎと思うかもしれないが、単に俊彦が弱すぎただけ!
「……とにかく……依頼人には伝えないと」
当然のように桜花が告げた。
「依頼人って、もしかして耀子ですか?」
香織の問いに、桜花と調がうなずいた。
「わかりました。その子にだけは私のことを伝えて構いません。でも他はダメです」
「特別な方なのですね?」と、調。
「はい。……でも今の私にとって特別なのは魔子さんだけです」
そう言うと、香織は人目も憚らず魔子に抱きついた。
どうやら完全に骨抜き状態である。つまりこれが真相だったのだ!
結局、香織から耀子にメールを書かせることで『依頼』は完了した。
しかし完全に魔子の従順な奴隷と化した香織は、覚醒者として今後どうなるのか。
そして今夜一晩魔子の玩具にされてしまう調の運命やいかに──!?