寒風吹きつける晩秋の午後。
久遠ヶ原学園第2グラウンドにおいて、おでん大会が開催された。
主催者は矢吹亜矢。当初はサツマイモだけのハードコア芋煮会みたいなことになる可能性も危ぶまれたが、有志の協力によって一応はおでん大会の様相を保てたようだ。
グラウンドにずらりと並んだ仮設テントでは、料理自慢の生徒たち(または殺人料理自慢の生徒たち)が、早くも腕を競いあっている。
中でもとりわけ良い匂いをさせているのは、月乃宮恋音(
jb1221)の鍋だ。
しかも彼女の鍋は、ひとつだけではなかった。
おでんの魅力とは『地方ごとの特色』や『好みで色々できること』と考え、濃口醤油(関東風)、薄口醤油(関西風)、黒出汁(静岡風)の3種類の出汁を用意したうえ、これまた地方色ゆたかな『生姜醤油』や『ねぎだれ』といったトッピングも複数そろえてある。
タネは一般的なところがひととおり。
文字どおりの変わりダネとしては、薩摩揚げのコチュジャン炒めがある。
「なにこれ。薩摩揚げ?」
亜矢が鍋の中を覗きこんだ。
「えとぉ……韓国では、薩摩揚げという固有名詞が、おでんを意味する言葉になっているのですよぉ……」
「へー。ところでアンタの好きな具は?」
「うぅん……コンニャク、はんぺん、あたりでしょうかぁ……」
「普通すぎる!」
「ふ、普通が一番ですよぉ……?」
「いい匂いをさせてるのはここね!」
颯爽と現れたのは、食いしんぼう万歳・蓮城真緋呂(
jb6120)
「出たわね大食い妖怪! あんたの好きな具はなに?」
まるで天魔と対峙するかのように、亜矢が構えた。
「おいしければ何でもOKよ」
「それじゃ調査にならないでしょ!」
「そう言われても自分に嘘はつけないわ。選り好みしてたら食いっぱぐれるじゃない!」
真緋呂の目つきは真剣そのものだった。
それをなだめるように恋音が言う。
「えとぉ……そんな大食いさんのために、具材は多めに用意しましたぁ……。さぁどうぞぉ……」
というセリフの間に、すでに真緋呂は食べはじめていた。
ダイヤモンドダストで気温を下げ、炎焼でおでんをぐつぐつと。
「これこそ、おでんを100倍おいしく食べる秘技よ。アカレコ万歳!」
スキル的に不遇とされるアカレコだが、おでんをおいしく食べる分には最強だ!
そんな依頼めったにないけどな!
「このおでんはなかなかね。良いダシが出てるわ。知ってのとおり私は大食いだけど、味音痴ってわけじゃないの。『食べられればいいんでしょ?』とか甘くないわ。……そういえば甘い具材ってあるのかしら?」
「あるわよ、ここに! サツマイモが!」と、亜矢。
その瞬間、白野小梅(
jb4012)が光の翼で突っ込んできた。
「あーやーちゃーん!」
天使の微笑とともに亜矢の背後からブチかまされる、光速タックル。
「ぐはっ!?」
「ボクも、おでんでんでんするー♪」
勢いよく地面を転がって、恋音のキッチンに激突する二人。
その拍子に、ガスレンジから鍋が落っこちた。
「「熱っっつぅぅぅぅ!」」
炊きたておでんを全身にかぶって、悶絶する二人。
真緋呂の炎焼のおかげもあって、ひどいことに。
「なにすんのよ!」
「亜矢ちゃんとおでんしようと思っただけだよぉ。だって黄色で甘いのはぁ、おいしいんだよぉ。だから。亜矢ちゃんのサツマイモも正義ぃ!」
答える小梅の頭には大根が乗っかっていた。
「そう、そのとおり! おでんにはサツマイモよね!」
「うんうん! あとはトウモロコシとかぁ、甘い玉子焼きとかぁ」
「え……?」
「甘いものは正義! いくよぉ、トウモロコシ、玉子焼き爆弾投下ぁ♪」
光の翼で舞い上がると、小梅は持参したトウモロコシ(生)と玉子焼きを鍋に放り込んだ。
周囲に飛び散る、おでん汁。
恋音の特製おでんが、たちまち黄色く染まる。
これはひどい。
「食べ物を粗末にする輩は許さん! 変身! リュウセイガー!」
陰影の翼をひるがえして、雪ノ下・正太郎(
ja0343)が飛び込んできた。
そして繰り出される、必殺パンチ!
「あわぁぁぁああああ……!」
トウモロコシと玉子焼きの雨をばらまきながら、小梅は地平線まで飛んでいった。
べつに食べ物を粗末にしてたわけではないのだが……自業自得!
「それで、あんたの好きな具材は?」
なにごともなかったかのように、亜矢が訊ねた。
「好きというか、持ってきたのは餃子巻きだ」
「聞いたことないわね」
「ふむ、知らないか。本場福岡では餃子天とも呼ばれる、少々マイナーな具だ。餃子を魚のすり身に包んで揚げたもので、関東、東北そして福岡でよく食べられている。一説によると、東京の蒲鉾店が発祥らしい」
「へー。普通においしそう」
「ついでに牛すじも持ってきた。これはまぁ普通の具だろう。悪いが月乃宮さん、鍋に加えてくれないか?」
「おぉ……わかりましたぁ……」
快く引き受ける恋音。
ちなみにこの間、真緋呂は黙々とおでん食ってたよ!
「サツマイモや玉子焼きは、おでんには甘すぎませんかね?」
一連の騒ぎを眺めていたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、ふと呟いた。
当然の疑問だが、ここで彼に天啓が。
「いや、案外甘い具材もいけるのかも……そうだ! チョコレートも多分いける!」
突拍子もないことを言い出すと、エイルズは購買へ走っていった。
そして大好物の板チョコを山ほど購入して戻ってくる。
「月乃宮さん、鍋をひとつ借ります」
言うが早いか、おでん鍋にチョコレートを投入するエイルズ。
溶けたチョコが、静岡風の黒出汁をより黒く染め上げる。
「思ったとおりおいしそうですよ。みなさんも遠慮なくどうぞ」
ドロドロになったチョコを取り皿に乗せると、エイルズは躊躇なく口に入れた。
どう考えてもおいしいはずはないのだが、「これは絶品ですね」などとエイルズは満面の笑顔だ。味覚音痴にもほどがある。
当然、周囲からはブーイングの嵐だ。
「なぜですか。こんなにおいしいのに」
エイルズは本当においしそうに食べながら、首をかしげる。
が、もちろん誰も手を出さない。小梅がいれば支持してくれたかもしれないが、あいにく地平線の彼方だ。
しまいには、「ああ、もったいない。完全に溶けてしまいました」と鍋ごとチョコレート出汁をすするエイルズ。
まぁチョコレートフォンデュだと思えばこれもアリ……なわけないだろ!
「おでんでんででん♪ おでんでんででん♪」
なにやら口ずさみながら登場したのは、下妻笹緒(
ja0544)
いつもどおりのパンダ姿で、彼は力説する。
「話は聞かせてもらった! おでんに何を入れるかを論じるのであれば、そもそもおでんとは何か、ということについて考えなければなるまい。しかしこれは矢吹亜矢が口ずさんでいたフレーズに、ほぼ答えが出ている!
おでんでんででん おでんでんででん♪
おどんどんどどん おどんどんどどん♪
おうどんとうどん おうどんとうどん♪
……そう、おでんとはすなわちうどんなのだ!」
わけのわからない主張に、周囲一同は言葉もなかった。
が、笹緒は気にせず続ける。
「地域ごとに多様な種が存在するのも、関東と関西で出汁が違うのも、すべてはうどんだからと考えれば辻褄があう。であればこそ自分は麺を投入しよう。これですべてが完成するのだ。もはや具材を巡る議論をする必要もなく、平和な時代が訪れる。幸せに満ちた冬がやってくるのだ……!」
こうして恋音の鍋にうどんが投入された。
笹緒の主張はともかく、このおでん出汁うどんは好評だ。
そのころ。染井桜花(
ja4386)も、うどんをゆでていた。
持参した土鍋には、八丁味噌と赤味噌の合わせ味噌スープ。
その中で、スーパーのおでんセットと一緒にうどんが煮込まれている。
だが、ただのうどんではない。巾着に詰められたそれは、食べてみるまで中身がわからない仕組みだ。同様に、『自然薯の摩り下ろし+鶏肉』と『牛肉、人参、椎茸などが入ったすき焼き風』といった巾着も並んでいる。いずれも実食するまでわからない。つまりは福袋的なアレである。
日ごろからクジ引き大好きな久遠ヶ原生にとって、この手の遊びはウケが良い。
そこへ颯爽と現れたのは、元海峰(
ja9628)
全盲の彼は光纏しないと何も見えないのだが、おでんの匂いに釣られて参上。
「おでんが食えると聞いて来た。おでんダネ論争とかどうでもいいし、食材は何も持ってきてないが、My箸だけは持ってきたぞ。さぁ食べさせてもらおうか、久遠ヶ原流おでんとやらを!」
やけに上から目線の海峰だが、食べ歩きを趣味としている彼は味にはうるさい。
桜花の味噌スープおでんを食べながら、
「うむ、どれもうまいぞ。ダイコンが一番うまい。よく出汁がしみている。玉子もなかなかだ。唯一の不満は肉系が少ないことだな。もっと増やしてほしい。いっそのことすき焼き鍋にしたらもっとおいしいんじゃないか?」
などと感想をつけたり文句を言ったりしながらも、すごい勢いで食べまくっている。
でもまったく目が見えてないから、せっかくの福袋巾着が意味を成してない!
「さながら演歌歌手のごとく……美食の女王、久しぶりに降臨ぢゃ!」
闇の翼で舞い降りてきたのは、美食を求めてさすらう悪魔・Beatrice(
jb3348)
日本全国のコンビニおでんを制してきた彼女にとって、味噌おでんなど珍しいものではない。
地辛子、かんずり、柚子胡椒などの各種調味料を用意。さらにMy箸を携えての参加だ。
「味噌煮込みおでんといえば名古屋が有名ぢゃが(はぐはぐ)じつは青森や鹿児島でもよく食べられておるのぢゃ(もぎゅもぎゅ)とくに青森の生姜味噌おでんは絶品でのう……」
海峰に負けぬ勢いで食べながら、マニアックなグルメ蘊蓄を語るBeatrice。
ひさびさに姿を見せたと思ったら、なにも変わってない!
「ほう……これが『おでん』というものか」
好奇の目を向けながら、ローニア レグルス(
jc1480)は桜花の味噌おでんを覗きこんだ。
「……おでんにも……色々ある」と、桜花。
「ふむ……じつはまだ人間界の食い物には疎くてな。見たところ煮物の一種なのか。とりあえずオリーブオイルを入れると良い」
「……それは……ありえない」
「なに? どんな料理でもオリーブオイルで一層おいしくなるだろう? 健康にも良い」
「……そういう問題ではない」
「食えばわかる。俺にまかせろ」
ローニアは手術に挑む外科医のように白手袋をはめると、オリーブオイルを両手に取り出した。
が、そんな蛮行を黙って見過ごす桜花ではない。
「……強行するなら……仕置きも辞さない」
光纏し、ローニアの前に立ちふさがる桜花。
「そうか……。ならば俺もおでんを作ってやろう。ここに携帯闇鍋セットがある。俺の正しさを証明してみせよう」
そう言うと、ローニアは仮設テントのキッチンに入っていった。
そしてガスレンジに鍋を置き──豪快にオリーブオイルをIN!
闇鍋セットの具材(魚介系)を鍋にぶちこみ、一気に煮込む!
ここですかさず、追いオリーブオイル!
煮込み終わったら器に盛り、さらに追いオリーブオイル!
「さあ、特製おでんだ。食え」
油まみれで湯気を立てる何かを、得意げに差し出すローニア。
普段からお茶代わりにオリーブオイルを飲んでいる彼にすれば、まぎれもない絶品料理だ。
「こ、これは……!」
海峰とBeatriceが顔を見合わせた。
なんと予想に反しておいしかったのだ。
「決してまずくはない……が、これは完全に別の料理だ」と、海峰。
「うむ。これはいわゆるアヒージョぢゃな。おでんではないのう」
Beatriceがうなずいた。
まぁオリーブオイルで食材を煮込んだらそうなるというか……これはこれでアリかもしれない。
そんな喧騒から少し離れたところで、ユーラン・アキラ(
jb0955)と櫻木ゆず(
jc1795)は寄り添いながらベンチに腰かけていた。
冷たい風の吹きつける中、寒がり屋のふたりは長いマフラーを一緒に巻いている。
手にしているのは、ジャスミンティーの紙カップ。
それ以外なにもない。ふたりの間には言葉もなく、たがいの息づかいと体温だけが感じられる。
(うぅ……おでん大会と聞いてアキラと一緒に参加しましたけど、もう心臓がドキドキなのです……!)
会場の様子を眺めながらも、ゆずの意識にあるのはアキラの存在だけだった。
その頬は微かに赤く染まり、吐息は白く流れ、高まる拍動はアキラに伝わりそうなほど。
だが、その心配を打ち消すように──あるいは鈍感なのか、アキラはこう言うのだった。
「せっかく来たんだし、おでん食べないか?」
「あ、うん。食べる。食べます!」
「よし。じゃあ俺が適当に取ってくるから、ゆずはここで待ってろな?」
そう言うと、アキラはマフラーをゆずの肩に巻きつけてベンチを出ていった。
ちょっとだけ緊張から解き放たれて、「ふぅ……」と息をつくゆず。
すぐにアキラは戻ってきた。
手には二つの皿。大根、ソーセージ、かき揚げなど、まるきり統一性のないタネが並んでいる。
「本当に適当に取ってきたけど、苦手なものがあったら言えよ? 俺が食べてやるから」
と言いながら、アキラは皿を手渡した。
熱々のおでんは、良い香りとともに真っ白な湯気を立てている。
「うん、ありがとう。でも大丈夫です〜」
アキラの気遣いに再びドキドキしながらも、笑顔で箸を手にするゆず。
つまんだソーセージをやたらとフーフーしてるのは、猫舌だからだ。
アキラは豪快にかき揚げをかじりつつ、そんな彼女の横顔をそっと見つめている。
完全にお祭り騒ぎと化した会場の中で、アキラとゆずの周囲にだけは何かゆったりした空気が流れているようだった。
「冬と言ったらおでんですよね! 特に練り物大好きなのです!」
カーディス=キャットフィールド(
ja7927)はベンチに腰かけて、おでんに舌鼓を打っていた。
今日は珍しく黒猫着ぐるみではない。すべて洗濯してしまったので、中の人仕様だ。
おかげで少々寒そうだが、熱々おでんを満喫するにはそれぐらいのほうが良い。
取り皿に並んでいるのは、はんぺん、がんも、鯛ちくわ。
「ふむ。どれもうまそうじゃのう」
にやりと微笑むのは、ザラーム・シャムス・カダル(
ja7518)
褐色の肌に白衣が似合う、エキゾチックな美女である。
その手にあるのは、いかにも和風な湯飲み茶碗。
膝に置かれた皿の上には、餅入り巾着、鶏つくね串、白滝……そして大量のカラシ。
「そんなにカラシをつけて平気なのです?」
カーディスが訊ねた。
「もちろんじゃ。おぬしも試してみんか?」
「遠慮しておくのです。私は普通に、この鯛ちくわをいただくのですよ」
ちくわを箸でつまむと、カーディスは端っこにかぶりついた。
はふはふもぐもぐ言いながら、熱そうにちくわをかじるカーディス。
そこへ、反対側からザラームが噛みついた。
「!?」
おもわず赤面するカーディス。
だがザラームは気にもせず、ポッキィゲームみたいにちくわをかじってゆく。
そのまま二人の唇が接触し──そうになった瞬間、ザラームがちくわを噛みちぎった。
「な……なななな……なにをなさるのです!? ハレンチですのーー!」
真っ赤になって抗議するカーディスだが、ザラームは涼しい顔だ。
「いや、おぬしが随分とうまそうに食っておったからの。少し魔が差したのじゃ、ゆるせよ。ニャハハ」
「むむむ……ならば反撃ですの!」
カーディスの右手が素早く動き、ザラームの皿から餅巾着を奪い取った。
そして取り返される前に、一気に口の中へ──!
「……ぐふっ!? かっ、辛ぁーー!です!! 。゜(゜´Д`゜)゜。 」
壮絶な辛さに目を白黒させながら、せきこむカーディス。
「巾着の中にたっぷりカラシを仕込んでおいたのじゃが……まさかおぬしに食べられてしまうとはのう(棒読み)」
「猫に刺激物は厳禁なのです!」
「まぁ、この茶でも飲むが良い」
と、飲みかけの緑茶を渡すザラーム。
カーディスは慌ててそれを飲み干して──すぐに気付いた。
「い、いまのは……間接キs……!?」
真っ赤になって再びせきこむカーディス。
「まったく、いちいち照れおって……ほんに愛いやつじゃのう」
けらけら笑いながら、ザラームはつくね串をかじるのだった。
礼野智美(
ja3600)は、すこし遅れて会場へやってきた。
本日は友人の美森あやか(
jb1451)、音羽聖歌(
jb5486)を引きつれての参加である。
聖歌は智美の家から持ってきた大鍋を3つ背負い、智美とあやかは大量の食材を抱えている。
下茹での必要なものは前もって火を通してあるので、あとは仮設テントのガスレンジを借りて軽く煮込むだけだ。
というわけで3人ならんでキッチンに陣取り、それぞれ自己流のおでんを作りはじめる。
智美が作るおでんは、いつも具材が決まっている。牛スジ、大根、玉子、コンニャク、餅巾着、ちくわ、ちくわぶ、しらたき……どれも定番のおでんダネだ。こだわりとして、牛スジはスーパーでなく精肉店のものを使っている。そして串には刺さず、バラバラの状態だ。智美の姉が串1本分を食べきれないための配慮である。
出汁は昆布多めで、今回はちょっと冒険してロールキャベツを入れてみた。
その隣では、聖歌が鍋を煮込んでいる。
こちらは、牛スジ、骨付き鶏肉、ソーセージ、つくね、ウインナー巻きと肉類多めだ。さらに、ジャガイモ、ニンジン、大根、キャベツといった野菜類。そして、ちくわ、魚のすり身揚げ、ごぼう巻き、はんぺん、つみれ等の練り物。しらたき、コンニャク、厚揚げ、焼き豆腐、がんもどきに玉子と餅巾着……etcと、定番どころは外さない。もしかすると今日一番の具沢山か。
「……あたしが作るとき、そんなに入ってませんけど……」
聖歌の鍋を覗きこんで、あやかが言った。
寒さ対策に、やや厚着の服装。いかにも女子的なエプロンと、髪をまとめる三角巾がとても家庭的な雰囲気を醸し出している。
そんなあやかの鍋は智美の出汁と聖歌の具材をあわせたような感じだが、自分で言ったとおり具の種類は少なめだ。
「そりゃ、あれば入れる、なければないで済ますのが家の流儀だし。……あ、でも大根と、なにか肉類、あと玉子は鉄壁かな」
そう言って、聖歌は続けた。
「冬になると、おでんは部活込みでよくやるな。うち人数多いから」
「あたしは部活で作るぐらい? 家で作ると3日ぐらい食べ続けることになっちゃうし」と、あやか。
「ああ、2人暮らしだとそうなるよなぁ」
納得したようにうなずく聖歌。
実際問題、おでんは大家族で大量に作るほうがおいしいと決まっている。
「おまえの家、5人に加えて従兄妹2人のもほぼ込みで作成だもんな」
こちらも納得したように、智美がうなずいた。
そんな3人の鍋はいたって普通な感じのおでんに仕上がっており、よけいな刺激を求めない参加者たちには好評だった。
なにしろここは久遠ヶ原。中には魔界風のおでんとか、一口で病院送りのデスおでんとか、危険物であふれかえっているのだ。そんな中、智美たちの提供するおでんは至って平穏なオアシスと言えよう。
双城燈真(
ja3216)も、そのひとり。
皿に盛られた大根をぱくつきながら、だれにともなく彼は言う。
「おでんはシンプルが一番! 関東出汁に大根竹輪! 入手もしやすくお手軽!」
「カラシも一番合うよね……、あのツーンとくる辛さが癖になるよ……」
一人芝居をやっているように見えるが、さにあらず。
二重人格の彼は、ちくわが好きな燈真と、大根が好きな翔也との間で会話しているのだ。
「ちなみに俺たちはコンニャクと玉子が嫌いだ! コンニャクは味がしみにくいし、玉子は味がシンプルすぎるからな!」
「そのとおりだよね……」
一人芝居をやっているように見えるが(ry
ちなみにこのあと、コンニャクと玉子をめぐっての戦争を引き起こすのは彼である。
「ふぅ……老体には秋風が染みるねえ……」
おっさんくさいことを言いながら、狩野峰雪(
ja0345)はおでんを肴に一杯やっていた。
会場の片隅にポツンと置かれた、一軒の屋台。
そこには、峰雪と似た感じの中年男が背中を丸めながらイスに並んでいる。
顔ぶれは教師と職員が大半で、若者の姿は見当たらない。完全にオッサンたちの憩いの場だ。
「サツマイモとかトマトとかいう単語が聞こえたけど、やっぱり僕は大根とか玉子とかの鉄板どころが好きだなぁ……それに芋類ならジャガイモだよね」
お銚子をかたむけながら、ぼそり呟く峰雪。
その言葉に、両隣のオッサンたちがうんうんとうなずく。
「サツマイモとかトマトとか、女子供の食べ物ですよ」
「おでんの味が一番わかるのは大根で、次が玉子だよねぇ」
「おでん屋台で昼間から飲む酒は最高ですな」
などと、すっかり意気投合して飲み交わすオッサン一同。
ここだけ完全に別の時間が流れている。
「……お、ここにはロールキャベツなんてのもあるんだね、知らなかったなあ」
峰雪が何気なく発した言葉に、おっさんたちが反応した。
「それは案外いけるんですよ」
「そうそう。女子供だけに食わせておくのは勿体ない」
言ってることがさっきと違うようにも見えるが、酔っ払いの会話などそんなものだ。
おっさんたちの幸せな時間は、まだまだ続く。
「というわけで……うっかり主旨を忘れかけてたけど、このイベントの目的は人気のおでんダネを調べること! それからサツマイモのおいしさを知ってもらうことだから! さぁ食べてって! そしてアンケートに答えてね!」
会場の真ん中で、大鍋を煮込みながら亜矢が声を張り上げた。
鍋の中身は、恋音に無理やり作らせた関東風の出汁。大根、玉子、はんぺんなどの定番ネタも入っている。サツマイモの存在だけが異様に場違いだ。
「あいかわらず、よくわからないイベントですね……。というより、なぜ屋外なのですかね。室内で良いと思うのですが」
あきれ顔でやってきたのは、雫(
ja1894)
「おでんをより満喫するためよ! 真緋呂を見習いなさい! スキルまで使って寒さを演出してるのよ!?」
亜矢の指差す方向には、延々とおでんを食べ続けるアカレコの姿があった。
彼女にとっては、おでんなどわんこそばと同じだ。
「なにか努力の方向をまちがってるのでは……?」
冷静に答える雫。
「あれが正しい努力よ! ……で、雫。あんたの好きなおでんは?」
「とくにありませんが……玉子と大根が入っているなら文句は言いません」
「普通すぎる!」
「普通で何が悪いんです?」
「そうだけど……サツマイモはどう?」
「それは煮るより焼いたほうがおいしいと思いますよ」
「ぐぬぬ……」
サツマイモはおでんにするより焼き芋にするほうがおいしい──!
そんな当たり前のことを指摘されて、歯噛みする亜矢。
そこへ、さわやかな笑顔で黒井明斗(
jb0525)が歩いてきた。
「こんにちは。このところ急に寒くなってきましたし、おでん大会というのは良いですね」
「でしょう? みんなもっとあたしに感謝すべきよ! で、あんたは何が好きなの?」
「とくに好き嫌いはありませんが……今日は少し珍しい食材を持ってきました。馬スジです」
「馬スジ?」
「ええ。一般には牛スジが広まってますけど、味わいで言えば馬スジの方が数段上ですよ。流通量が少ないのでメジャーにはなれませんけどね。ちょっと鍋の一部を借りますよ」
そう言うと、明斗は下ごしらえ済みの馬スジを大鍋に投入した。
あらかじめ一口大にカットされており、見るからにうまそうだ。
そんなプレミア食材に釣られたのか、わらわらと人が集まってくる。
「これはおいしいね……カラシをつけると最高だよ……」
「ああ。カラシにあう物は歓迎するぜ! それ以外は許さん!」
燈真と翔也は、どちらも馬スジが気に入ったようだ。
「カラシも悪くはないですけど……よければこちらを試してみてください」
明斗が勧めたのは、こだわりの柚子胡椒。
燈真と翔也は飽くまでカラシのほうが好みのようだが、一部の参加者には大好評だ。
馬スジ+柚子胡椒という物珍しさもあって、大鍋のまわりはにわかに活気づく。
「おでんでんででん♪」
と口ずさみながら登場したのは、シェリー・アルマス(
jc1667)
だが、その異様な姿にたちまち視線が集まった。
というのも、シェリーは『豆腐の着ぐるみ』を身につけているのだ。
が、着ぐるみと言っても『真っ白な直方体に手足が生えてるだけ』という不気味な代物なのでインパクトは絶大。泣く子も泣きだす恐怖のゆるキャラだ。どこからどう見ても、『怪奇! 妖怪豆腐娘!』としか言いようがない。
「ちょっと待って! おでんに豆腐を入れるつもり!?」
すかさず亜矢が呼び止めた。
「そんなことしないよ。私はおでんを食べに来ただけ」
「ならいいけど……。ところでアンタの好きなネタは?」
「コンニャクとはんぺんかな。どっちもあの『ダシが染みてる』感じが好きなの」
「ふーん」
「とくにはんぺんはこだわりがあるの。三角とか四角のはんぺんはダメ。かまくらが一番! コンビニで買うとカップにぴったり収まるのがいいんだけど……なによりもあの、ずっしりしたボリューム感! それに一口食べたときのふわふわ感もいいんだ! 三角はんぺんだと物足りないんだよね。この大鍋も三角はんぺんで残念」
「まぁ気持ちはちょっとわかるかも」
「でしょ?」
妙に張り切るシェリー。
豆腐のコスプレではんぺんを語る姿は、かなりシュールだ。
が、そのとき──
「待て……いま気付いたが、この鍋にはちくわが入ってない……」
重大な問題を指摘するかのような口調で、御剣正宗(
jc1380)が言った。
「うん……ちくわは重要だよね……」
大きくうなずく燈真。
「はんぺんが入ってるのは評価するが……おでんにちくわは欠かせないだろう……常識的に考えて……」
無論こんなときのために、正宗はちくわを持参していた。
ほかにも、いざという事態に備えてトマトとチーズケーキ(!?)を持ってきてあるが──いまのところ出番はなさそうだ。
ともあれ、ちくわとはんぺんを投入する正宗はとても楽しそうだった。
そんなこんなで皆の協力の甲斐あって、亜矢のサツマイモ鍋はかなりマトモなおでん鍋へと進化していった。
開催前には闇鍋化の懸念もあったが、ふたを開けてみれば比較的マトモな食材ばかり。というか、マトモじゃないやつ(チョコとかオリーブオイルとか)は慎重に隔離されたので、ディザスターを引き起こさずに済んだのであった。
が、しかし──!
ここで満を持して登場したのは、学園最強の忍軍とも噂される黒百合(
ja0422)
戦闘依頼ではないので実力はどうでもいいのだが、彼女には恐ろしい前科がある。
「ふぅん……真夏の闇鍋を思い出すわねェ……あれはたのしかったわァ♪」
その闇鍋会で黒百合が持ちこんだのは、生きているGだった。
まさか今回もその黒い害虫を──!?
過去の災害を知っている者たちの間に、戦慄が走った。
「あらァ……みんなどうしたのォ……? 今回はちゃんとした食材を持ってきたから大丈夫よォ♪」
「一応訊くけど、なに持ってきたのよ」と、亜矢。
「おでんの〆に雑炊を作ろうと思って、ごはん持ってきたわァ♪ あと専門店で取り寄せた最高級の昆布巻きねェ♪」
いたって普通の食材に、ほっと胸を撫で下ろす一同。
だが、約一名の撃退士がぴくっと反応した。
「待ってください。まさか、その大鍋に昆布巻きを入れようとしているんですか?」
静かに問いかけたのは雫だった。
「そのつもりだけどォ……?」
「私は他人の好みについてあれこれ言いませんが……昆布巻きだけは別です。まったく、他の具材は煮込めばおいしくなるのに、あれだけは全体を駄目にする……ろくでもない代物です」
「それって、食わず嫌いじゃないのォ……?」
「食べた上で言ってるんです。もしもその昆布巻きを投入するというのなら……凶行手段も辞さない覚悟ですので」
「雫ちゃん、それ本気なのォ……?」
「もちろんです」
たちまち両者の間に緊張が張りつめ、剣呑な空気が溢れ出した。
まさか、おでんの話で学園頂上対決勃発か!?
「待った! そんなことを言うなら、俺だって言いたいことがある! おでんにコンニャクと玉子は不要だ!」
燈真ならぬ翔也が、とんでもない火種を投げ込んだ。
よりによってコンニャクと玉子。愛好家の数からして、議論の結果は明らかだ。
「コンニャクが不要って、おかしいでしょ! おでんの中で一番か二番においしいのに!」
豆腐娘シェリーが、すかさず反論した。
「うむ。玉子が不要というのも理解できんのう。おでんは卵が王様! 大根が女王様なのぢゃ! 反論は認めぬ!」
玉子を擁護するのはBeatrice。
「みんな落ち着け。うどんを食べれば争いは避けられる。うどんどんどどん♪」
笹緒は真顔で言いながら、大鍋にうどんを投入。もしや香川県民か?
「そんな勝手なことをしていいなら……ボクも勝手にやらせてもらう。あとは知らないぞ……」
責任転嫁しつつ、ついに正宗が伝家の宝刀(チーズケーキ)をぶちこんだ。
この瞬間、大鍋のおでんはおでんではなくなったのである。
「「うわあああああっっ!!」」
正宗の凶行を目の当たりにして、一同は絶望の悲鳴をあげた。
嗚呼、おでんにチーズケーキ!
これにくらべたら、昆布巻きやコンニャクなど些細な問題だ。
「そんな……」
「チーズケーキだと……!?」
「馬鹿な……!」
「俺たちは何を言い争ってたんだ……?」
「まだ馬スジ食べてなかったのに……」
あまりの衝撃に、茫然自失する撃退士たち。
こうして彼らは身をもって学んだのであった。
争いは何も生まないということを。
おでんにチーズケーキは合わないということを。
あと大量に残ったサツマイモどうすればいいんだろ……