「話は聞きました。忍軍が空蝉だけの最弱ジョブとは聞き捨てなりませんね」
マントをひるがえして颯爽と馬鹿話に参戦したのは、たまたま居合わせたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)
「そのとおり! 言ってやってよ、最強ジョブは忍軍で、最強の忍軍はあたしだって!」
心強い味方を得て、亜矢は息巻いた。
「え、矢吹さんが最強忍軍? ……へー、すごいですね(笑)」
「なに笑ってんのよ!」
「おっと失礼しました。しかし忍軍には、空蝉以外にも強力なスキルはいくつもあります。たとえば、韋駄天斬り、闇影陣、隼突き、影手裏剣烈あたりは、他のジョブと比べても明らかに強力な壊れ性能。キリがないので割愛しますが他にも色々ありますよ」
「ほらね! だからアンタは黙って忍軍になればいいのよ!」
勝手に話をまとめて、綾菊の肩をつかむ亜矢。
だがエイルズは特に乗り気ではない。
「言っておきますが、僕は川鶴さんが撃退士になるかどうかには興味ありませんよ。矢吹さんみたいに忍軍最強と言い張る気もありません。それに、もし撃退士になるとしてもジョブなんかフィーリングで好きなのを選べばいいんです。いまの時代、必要なスキルはよそに研修に行って覚えれば済みますから。どれを選んでも同じことです」
理路整然と話を進めるエイルズ。『忍軍最強! あたし最強!』とか言ってるだけの亜矢とは説得力が違う。おまけに彼は、すでに全ジョブの研修を終えて10〜15Lvまでのスキルをすべて習得しているスキルマニア。説得力がまるで違う!
だが亜矢は一歩も引かない。
「どれも同じなら忍軍でいいでしょ!」
「折れない人ですねぇ……」
そこへ、不破十六夜(
jb6122)がやってきた。
綾菊とは斡旋所を通じての顔見知りである。
「相変わらず変なことに巻き込まれてるね。今度いっしょに御祓いでも行く?」
「人間にもどれる御祓いがあるならね……」
げんなりした顔で綾菊は答えた。
「ところでジョブ選びの話が聞こえたけど……やってみて合わないようなら転職すればいいんだから、最初は何でもいいと思うけどな〜」
「あんたもカボチャ野郎と同じこと言うの!? なんでもいいなら忍軍でいいじゃない!」
亜矢が怒鳴った。
「かもしれないけど、一応ボクのおすすめは陰陽師かな……マイナーだしね」
「陰陽師? なんでよ」
その問いに、十六夜は綾菊のほうを見て答える。
「よく考えて。もしここで他の人たちが推してるジョブになってみなよ。きっと弟子扱いされて色んな依頼に引っ張り出されて、事務の仕事なんてできなくなるよ」
「それは困るわね」と綾菊。
「その点、陰陽師はメインに選ぶ人の少ないマイナー職だから師匠になれる人なんてきっといないはず」
「そうなの?」
「うん。あと阿修羅もおすすめできないかな。ここにはいないみたいだけど、ひどい人がいるんだ。玉入れ競争の依頼を受けた時の話なんだけど、いきなり斬りつけられたんだよ! 信じられる? 『バトル』とかついてなかったのに……!」
「あの玉入れ大会で一番ひどい目にあったのはあたしよ!」
すかさず怒鳴る亜矢。
そもそも彼女が企画した大会なので完全に自業自得なのだが。
そんな不毛な議論の中、近寄ってきたのは染井桜花(
ja4386)
チャイナカフェ赤猫の制服に身をつつみ、デリバリーの炒飯セット(餃子+中華スープ)を手にしている。
「……お待たせ。……注文の品だ」
「あぁ、ありがとう。そこに置いといて」
と綾菊。昼食に出前を注文していたのだ。
「……すこし話が聞こえた。……この人を弟子にしたいようだが……『責任』は持てるの?」
「責任?」
「そう……弟子にするということは……『その者の未来と命』を背負うということ。……もう一度聞く。……『背負える』の?」
シリアス調で淡々と問いかける桜花。
だが亜矢は笑って応じる。
「背負うわけないでしょ! ぜんぶ自己責任よ!」
「……なんて、無責任……」
「あたしの辞書に『責任』なんて言葉はないのよ!」
「……まぁ、撃退士になることを勧めるなとは言わない。……でもそれは、修羅の道に引き込むことに他ならないことを……忘れないで」
「修羅の道! カッコイイじゃない!」
だが次の瞬間。
「話は聞かせてもらった!」という宣言とともに、緋打石(
jb5225)が天井から落ちてきた。
隙を突かれた亜矢は空蝉を使うヒマもなく、頭を踏みつぶされている。とても最強忍軍とは思えない。
「どこから出てきたのよ、あんた!」
脳天から血を噴き出しつつ、亜矢は立ち上がった。
「遁甲の術と闇の翼で華麗に登場しただけじゃ。こまかいことを気にするな、禿げるぞ」
「だれがハゲるってのよ!」
「落ち着くのじゃ。いまはそんな些末なことを論じている場合ではあるまい。最強のジョブは何か……いまこそ決めねばなるまい! 題して『チキチキジョブ対抗障害物競走』開催じゃ!」
「え。なんか知らないけど面白そう!」
「じゃろう? 自分はうまいことが言えないからのう。実際にジョブの性能を目の当たりにしてもらうのが一番じゃて。その上で川鶴氏に自らジョブを選んでもらうのが良かろう」
「具体的にどうやるの?」
「うむ。簡単に言えば、障害物競走と模擬戦闘を組み合わせた訓練じゃ。どんな状況にも応用できるよう、バリエーション豊富な障害物と大量のトラップをコースに設置し、フレンドリーファイアも想定した上で、どのジョブが最後まで生き残るか……または最も早く規定ポイントに辿り着くかを競うバトルロワイヤルじゃ! なお自分は実況解説を希望させてもらう!」
「いいわね! そういうお祭りは大好きよ!」
亜矢が断る理由はなかった。
だいいち障害物競走みたいなのは忍軍有利だ。
「話は聞きましたよ! 障害物競走と模擬戦闘の合体! 面白そうじゃありませんか! 撃退士の戦いがどういうものか、肌で感じてもらいましょう!」
緋打石の提案を聞いて、袋井雅人(
jb1469)が走ってきた。
この学園には盗み聞きを趣味にしている生徒が多すぎる!
が──
「残念ながら、それは開催不可能です」
さらりと麗司が告げた。
「何故じゃ!」「何故ですか!」
緋打石と雅人の声が重なった。
「レースの公正さを期するならば全てのジョブを集めなければいけませんし、準備が必要です。それ以前に川鶴さんは撃退士になると決めたわけではありませんし。……もっともレース自体は面白そうなので、後日そのようなイベントを開催することは大いに有り得ますが」
残念。障害物競走とかやってる時間(字数)はない!
「……それはともかく……なんにせよ、体力はあったほうが良い」
会話の流れを見て、桜花がポツリと言った。
そして、なにやら書かれたメモ帳を綾菊に手渡す。
どうやらトレーニングメニューと桜花の連絡先が記されているようだ。
「……これなら、無理なくできる。……わからなかったら……電話して」
「ああ、うん」
だが綾菊が自主トレに励むかどうかは疑問だ。
「ふーん……なんだかみんな色々言ってるけどォ……重要なのは本人の意思じゃないのォ……?」
溜め息まじりに、黒百合(
ja0422)が口をはさんだ。
「そう、そのとおり! べつに私は撃退士になりたいわけじゃないの! そりゃ確かに天魔を撃退するのは世界の平和につながると思うけど……」と、綾菊。
「あら。撃退士じゃないと世界を救えない、なんてことはないわよォ……? あなたたちみたいな一般職員がいなければ、私たちはスムーズに依頼を受けられないんだからァ……。たとえば戦闘依頼のときの後方支援とか……大規模作戦に必要な資材の確保とか……負傷者への対応や、食料の調達だって、一般職員がいなければ回らないのよォ……?」
「ああ、すごくマトモな意見!」
「ようするにィ……あなたたち一般職員がいるからこそ、私たちは後ろを気にせず天魔と戦えるわけェ……。つまりあなたたちも、私たちと一緒に天魔と戦っているのと同じよォ……? 事務職なんて私たちにはできないことだしィ……それは誇ってもいいことだわァ……。だから撃退士じゃないと世界を救えない、なんて言葉は気にする必要ないんじゃなァい……?」
「そんなの詭弁よ!」
亜矢がビシッと黒百合を指差した。
「なにが詭弁なのォ……?」
「事務員と撃退士、両方やればいいだけのことでしょ! あたしの友達だってそうしてるし! ちょっと言ってやりなさいよ、そこの変態仮面!」
「私は変態仮面ではなく、ラブコメ仮面ですよ!」
反論する雅人。
だがあまりにどうでもいいことなので、皆スルーだ。
「……ええまぁ、矢吹さんの言いたいことはわかります。私の恋人のおっぱいさんは撃退士と事務員の仕事を両立させてますからね。しかし彼女はいつも言ってます。戦うばかりが撃退士にあらず、と! この学園には天魔退治以外の依頼もたくさん来ますし、撃退士の資格をとっておくだけなら何も損しません。大規模作戦のときも、学園に残留して事務仕事の後方支援とか色々できますよ!」
「たしかに資格を取っておくだけなら悪くないかも……?」
納得する綾菊。
実際、『撃退士』の資格は便利だ。取れるものなら取っておいて損はない。
だがここで、なりゆきを見守っていた仁良井叶伊(
ja0618)が重い口を開いた。
「『戦うばかりが撃退士にあらず』というのはもっともですが、久遠ヶ原で生活する以上どうしても天魔の危険が伴います。戦闘依頼を避けていても、いきなり天魔に襲撃される可能性はあるわけですし。撃退士になるのならば、やはり最低限の戦闘技術と経験が必要でしょう。あなたはヴァニタスだそうですが、いままでに戦闘の経験はありますか?」
「実戦はないけど訓練なら……」
そう言って、綾菊は黒百合のほうをチラッと見た。
以前彼女の『訓練』を受けて、死にかけたことがあるのだ。
「訓練と実戦とではまったく違います。とりあえず、あなたが事務員として撃退士を見たときどう思うのか……それが全てです」
「難しいわね。撃退士にも色々なタイプがいるし……」
「中途半端な好奇心などで撃退士の資格を取ろうと考えているなら、私としては反対ですね。仮に撃退士になったとして、戦闘技術を身につけるのも、魔具魔装をそろえるのも大変な時間と労力がかかりますし。たとえ万全の体勢を整えたとしても、死ぬときは死ぬわけです。その覚悟はありますか?」
「うぅん……ほら、私って、一度死んでるし……」
「そのヴァニタスとしての経験は戦場でも役に立つかもしれませんね。それに加えて死ぬ覚悟もあるならば、いつかは優秀な戦力になれるかと思います。……ただ現在の撃退士事情からすると、あなたが一人前になるころには『撃退士不要の時代』になっているかもしれませんが……」
「ちょっと待って。将来撃退士が必要なくなるなら、いまのうちに資格を取っておいたほうが得じゃない?」
ふと気付いたように、綾菊は手を叩いた。
「そのとおり! そうと決まったら今すぐ忍軍になるのよ!」
亜矢の主張は一貫している。
「まぁ待つのじゃ!」
緋打石が天井から落ちてきて、ふたたび亜矢の脳天を踏みつぶした。
「なにすんのよ!」
「矢吹殿はせっかちじゃなあ。川鶴殿が撃退士になるか否か、いずれのジョブを選ぶかは本人の自由じゃ。強制はよくないのう」
「強制は良くないけどォ……暴力も良くないわねェ……♪」
口元に手をあてて、黒百合はクスッと笑った。
「ほら矢吹ちゃん、こっち来なさいよォ……ヒールしてあげるからァ……」
「あんたの手当てなんか受けないわよ!」
亜矢は黒百合に対して何か偏見があるようだ。
すると雅人が手をあげた。
「では私のヒールをどうぞ! こうして全身をくまなくマッサージすることで、身も心も癒され……
「変態は死ね!」
「アバーッ!?」
巨大な手裏剣が眉間に突き刺さり、雅人は血を噴いて倒れた。
「じゃあ、この変態ちゃんをヒールしてあげるわねェ……♪」
黒百合は妙に楽しそうだ。
そこで、ふと思いついたように彼女は言う。
「そうそう川鶴ちゃん。もし撃退士になるなら、アストラルヴァンガードがおすすめよォ……? どうも戦うのは苦手みたいだしィ……治療や防御に特化した職が向いてるんじゃなァい……?」
「言われてみれば……アスヴァンで回復要員ってのはアリかも」
答えを見つけたとばかりに、瞳を輝かせる綾菊。
だが──
「盛り上がっておるところに水を差すようじゃが、ヴァニタスはCR的にアスヴァンにはなれぬと思うがのう」
緋打石が残酷な事実を突きつけた。
「そ、そんな!」
うなだれる綾菊。
その背中を、十六夜が優しく叩いた。
「だからボクのおすすめどおり陰陽師になればいいんだよ。回復も召喚もできるし、後方支援にぴったりだよ?」
「そうね……その選択もアリかも」
「あとさぁ、撃退士になるなら何か目標があったほうがいいんじゃない? たとえば……亜矢さんより強くなるとか、訓練で死にそうな目にあわせてくれた人たちに復讐するとか」
「どっちも無理!」
亜矢はともかく黒百合に復讐とか無理ゲーすぎる。
そこへエイルズが提案した。
「ところで川鶴さん、バハムートテイマーはどうです? 通常なら召喚獣は召喚したターンには行動できませんが、テイマーにはこれがありません。活性化できるスキルも1個多いし、修行すれば2体同時召喚もできます」
「でも別に戦闘したいわけじゃないし……」
「ふふ……テイマーの真価はこれです! 必殺『和気藹々』!」
エイルズは小さなヒリュウを呼び出すと、頬ずりしながらモフりはじめた。
それを見た新一も、すかさずケセランとパサランを多重召喚! 和気藹々!
「どうですか、川鶴さん。こんなことができるのはテイマーだけですよ!」
新一が得意げに告げた。
「ねー♪」
「ですよねー♪」
妙に意気投合して、肩を抱きあいながら召喚獣をモフモフしまくるエイルズと新一。
これは強烈! 魅惑のモフ空間が見る者すべての心を破壊……もとい癒しまくる!
「こ、こんなの見せつけられたら……もうテイマーになるしかないじゃない! 私もモフりたい!」
綾菊の決心は早かった。
が──
「あいにくヴァニタスはCR的にテイマーにもなれぬぞ」
「そげふ……っ!?」
緋打石の一言で、綾菊は吐血しながら倒れた。
「そんな……! だれか、だれか私を人間に戻してぇぇッ!」
「悲痛な叫びじゃのう」
他人事みたいに呟く緋打石。
でも実際他人事なので仕方ない。
──結局、本日の議論で綾菊が得たのは『自分はアスヴァンにもテイマーにもなれない』という残酷な事実だった。
エイルズのテイマー推しはこれを失念していたのかどうか、さだかでない。
いずれにせよ綾菊は撃退士の資格が取れなかったので、どうでもいいことではあるが。
ともあれ、ここにまたひとり哀れなモフラーが生まれたことは間違いなかった。
彼女の受難劇は続く。