久遠ヶ原には、日々さまざまな依頼が舞い込む。
多くは天魔に関するものだが、そうでない依頼も少なくない。
今回の依頼もまた、天魔とは無関係の代物だった。
「なんなのだ、この依頼は。よく意味がわからないのだ」
斡旋所の依頼書を見て、焔・楓(
ja7214)は首をかしげた。
『内容』は『ラノベ作家を励ます会の実行』とあるが、具体的に何をすればいいのか記されてない。すべて参加者まかせだ。
「そういえば、このお兄さんの名前は見覚えがあるのだ。あの人を元気にさせればいいのかな? かな?」
ひとり納得すると、楓は依頼を受けることにした。
時期も時期だしお祭りみたいなものだろうと解釈し、勘違いしたまま準備にかかる。
次に依頼書の前で立ち止まったのは、城前陸(
jb8739)
アニメ好きの彼女は、当然ギュー男爵の作品を知っていた。
「これはファンとして見過ごせませんね。絶対に成功させて続刊を書いてもらいます」
陸はやる気満々だった。
そうと決まれば、即作戦実行。
「作家や漫画家にとって一番うれしいのは読者の応援と決まってます。アンケート調査で男爵の評判や作品の感想を募りましょう。……もちろん女子中心で!」
なんてあざとい作戦!
「ギュー男爵先生を励ます会!? これは引き受けないわけにいきませんわ!」
依頼書を見るなり、桃々(
jb8781)は素っ頓狂な声を上げた。
『ゴミックマスター』を自称する彼女もまた、男爵の熱心なファンである。
「となれば……まずはサイン用の本が必要ですわね。もちろん読書用と保存用は購入してますが……そうそう、ギュー先生を知らない人のために布教用も必要ですね。さっそく人数分、全巻そろえませんと。ああ、急に忙しくなりましたわ」
そう言うと、桃々は書店へ走りだした。
そんな桃々の背中を見送るのは、シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)
貴族然とした佇まいは実にエレガントだが、中身はただの腐女子だ。
「ギュー男爵を励ます会ですか。私にうってつけの依頼ですわね」
依頼書を読みながら、シェリアはうなずいた。
男爵と同じく作家活動をたしなむ彼女にとって、この依頼は他人事ではない。ギュー男爵というフランス貴族っぽい名前も、シェリアには親近感が持てた。
「ここはひとつ、励ますだけでなく新しい道を提案するのが作家魂に火をつけることになるかもしれませんわね。……ふふ、私に妙案ありですわ!」
自信満々に微笑むシェリア。
その妙案とは!?
こうして募集7名のうち4人がそろった。
そこへタイミングよく3人連れがやってきて依頼書に目をとめる。
「おお、ギュー男爵を励ます会だそうですよ! 一緒に参加しませんか?」
迷わず言ったのは袋井雅人(
jb1469)
彼は男爵と面識があり、趣味や性格もある程度把握している。
「うぅん……創作意欲を失って引退宣言、ですかぁ……。できれば、力になりたいですねぇ……」
難しげな顔で、月乃宮恋音(
jb1221)は依頼書を見つめた。
彼女も男爵とは面識があり、作品もいくつか読んでいる。
「あ、あの、できれば私も参加して……は、励ましたいと思います」
玉笹優祢(
jc1751)がおずおずと告げた。
彼女は男爵と面識なしだが、作品は知っている。以前、恋音にすすめられて読んだことがあるのだ。もともとラノベには触れたことがなかったため、内容には目新しさを感じたし、作者にも興味がある。
「では決まりですね! これで依頼成立です! 力をあわせて男爵を応援しましょう!」
雅人が力強く言い、依頼書は壁から剥がされた。
それからの数日間、参加メンバーたちは好き勝手に作戦を進めていった。
相談はほとんどなく、まさに出たとこ勝負。
だが、男爵を知る者たちは楽観していた。
なんせ雅人以外全員女子! しかも小学生が3人!
相談などするまでもなく、この時点で依頼は成功したようなものだ!
そして当日。
小学校のお誕生日会みたいな感じで飾りつけられた教室に、7人の撃退士がそろった。
並んだ机の上には、恋音たちの作ったパーティー料理が置かれている。もちろん酒の用意も抜かりない。
以前男爵が学園を訪れたときの記録やネットからの情報で、好みの酒や料理は把握済み。
もちろん雅人はチャイナドレスで女装し、全員一丸となって男爵をもてなす構えだ。
そのとき。教室のドアが開いて、本日の来賓が姿を見せた。
手には酒瓶。完全に酔っぱらっており、編集者に肩をささえられての登場だ。
「ん? なんだここは。キャバクラか?」
「久遠ヶ原学園ですよ! 見てください、みんな先生のファンです!」
「ふん。どうせサクラだろ」
男爵はすっかり人間不信に陥っていた。
「そんなことはありません! 私たち全員、男爵のファンですよ!」
チャイナドレスの雅人が、真っ先に前へ出た。
「おまえには見覚えがあるな」と、男爵。
「はい。以前お会いしたことがあるのですよ。ギュー男爵、またまた久遠ヶ原学園へようこそ! 今回も楽しんでいってくださいねー♪」
「べつに遊びに来たわけじゃないが……」
次に、楓が元気よく飛び出した。
「ようこそ、いらっしゃいなのだー♪ お出迎えに来たのだー♪」
「キミも見覚えがあるな。なぜ浴衣なんだ?」
「ハロウィンだから浴衣を着てきたのだ。知り合いのおねーさんの浴衣だから、ちょっとぶかぶかだけどー」
と、浴衣の袖をひらひらさせる楓。
実際まるでサイズがあってない。おかげで、つるぺたの胸元が良い具合に覗けている。当然、下着は着けてない。
「いいねぇ。そういうのは嫌いじゃないよ、おじさん」
男爵の気力が1回復した!
「えとぉ……おひさしぶりですぅ……。私も愛読者の一人として、駆けつけましたぁ……」
恋音が身につけているのは、『一般人の俺が〜』に登場する女性キャラのコスプレ衣装だった。
しかも『巨乳に悩む非戦闘員(だけど滅茶苦茶つよい)』という設定のキャラなので、恋音にぴったりだ。というより、ずばり恋音をモデルにしたキャラなのである。男爵も意味なく取材しているわけではない。
「おお、キミか! 『アウルを使えば使うほど胸が成長する』って設定は良かったよ。……しかし、また成長したようだな。ちょっと見せてみろ」
男爵が躊躇なく恋音の胸に手をのばした。
「はわぁぁ……っ!?」
赤面しつつ、あわてて胸を隠す恋音。
「先生! 立場を考えてください! 事件になってしまいます!」
あわてて止める編集者。
「ぱーんぱかぱーん♪ 本日超絶人気ラノベ作家をお招きして励まし会という名のオフイベに参加しているのは、ぼくこと撃退士の桃々(タオツー)なのですわ。みなさん、よろしくなのですわ♪」
だれに向かって言ってるのか、カメラ目線で桃々がポーズを決めた。
突然のことに、全員の視線が集まる。
すると桃々は背負っている謎のバッグ『ゲレゲレさん』を机に置き、中から何冊もの文庫本を引っ張り出した。すべて男爵の作品だ。
「ぼくは大陸出身だけど、日ノ本の漫画文化に傾倒しまくっているのですわ。だれが呼んだか、その名も『ゴミックマスター(自称)』!」
「「ゴミックマスター!?」」
皆が一斉に訊ねた。
「ええ。『ゴミック』とはゴミのような内容の漫画という意味ですわ。風邪先生の『痴情最強の男』とかあれ系の奴。世にいう名作でもなくベストセラーでもなく、売れない、面白くない、つまらない、と世間で揶揄されるものこそ文化的かつ深遠な欲望とか人間的発露に興味津々。ようするに駄作好きなんです」
「俺の作品が駄作だと!?」
「それは早とちりですわ、ギュー先生。ゴミック好きから入ったラノベではありますが、見てのとおりそこらのファンには負けない愛を注いでいると自負できます」
「たしかに、ここまで俺の作品を集めてる読者はそういない……」
「ですよね! そこで本日は、ぜひ先生の生サインをいただきたいのですわ!」
「ふ……JCに頼まれちゃ仕方ないな」
まんざらでもなさそうにサインペンを手にする男爵。
そこへ、優祢が恥ずかしそうに近寄ってきた。
「あ、あの、はじめまして。私もファンです。で、できれば、私にもサインを……」
おどおどと文庫本を差し出す優祢もまた、恋音と同じく作中キャラのコスだった。
黒髪に和服姿のお嬢様キャラだ。しかも巨乳である(重要)
「おお、キミもJCか! 本などと言わず体にサインしてあげよう! さぁ服を脱いで!」
「え、えええ……!?」
「先生、落ち着いてください!」
編集者の仕事は大変である。
「とりあえずサイン会は後回しにしてー、まずはおいしい飲み物と食べ物で楽しむのだー♪」
これ以上のおあずけは勘弁とばかりに、楓が炒飯を掲げた。
単に自分が食べたいだけにも見えるが、実際そのとおりだ(
ともあれ乾杯が交わされ、激励会は始まった。
「さぁ飲むのだ、飲むのだ♪」
早速、浴衣姿でお酌をする楓。
「いいねえ。合法的にJCに接待してもらえるのは久遠ヶ原だけ!」
男爵は己の欲望に正直である。
「あ、そうそう。これ、クラスの子からのファンレターなのだ♪」
楓が浴衣の胸元から封筒を取り出した。
その表紙に帯が解けて浴衣がはだける。……が、楓は気付かない。無論、男爵はガン見だ。
「……あや? なにかスースーする……はやややや!?」
ようやく気付いて、帯を締めなおす楓。
「いま見たのは忘れるのだー! 本とかに書いたらダメなのだ、絶対にダメなのだー!」
そう言うと、楓は走り去っていった。
だが、書くなと言われれば書くのが作家魂!
ともあれ、やさぐれていた男爵も女の子の接待とおいしい料理や酒に囲まれて、上機嫌になりつつあった。
が、それだけでは引退宣言をくつがえせない。
重要なのは創作意欲をかきたてることなのだ。
「さぁみんな、男爵に引退されたら困るよね? 力をあわせて引退を撤回してもらおう!」
編集者がさりげなく……というか露骨に、今日の目的を催促した。
もちろん引退されたら一番困るのは彼である。
「では、まず私からのプレゼントを!」
言うや否や、雅人は謎のチャイナさんからラブコメ仮面へ変身した。
と思いきや、次の瞬間にはノーマル雅人に変身! よくわからない宴会芸だ!
「お渡しするのはこれです。ずばり『男爵の作品に実名登場承諾券』」
「なんだそりゃ」
「ふふ……こう見えても私は、いろんな作品に実名で登場しまくってるので物凄いコラボ効果が世界線を超えて期待できるのです! ココとは別の世界では私が変熊の英霊アッチャーとして召喚されているかもしれません!」
「おまえの名前、某ホラーゲームのキャラと完全一致してるから使いにくいんだよ」
「ガァーーン!」
雅人撃沈!
「えとぉ……では、私からもひとつ……」
倒れた雅人を横目に、恋音が話しだした。
いつのまにか、ハロウィンっぽいワーキャットの衣装になっている。
「聞いたところですと、書店の女子高生も最初は楽しく読んでいたそうですねぇ……?」
「ああ」
「それは、過去の取材をもとに書いたためではないでしょうかぁ……? つまり最近の情勢についていけておらず、現役撃退士から見ると違和感があるとか……」
「ふむ」
「ということでぇ……最近久遠ヶ原で起きた事件やイベントを、資料にまとめてきましたぁ……」
「ほお……よくできてるな」
レポート用紙をめくって、男爵は続けた。
「だが引退を撤回するほどではない」
「うぅん……そうですかぁ……」
「あ、あの、私は友達や先輩たちに寄せ書きを……」
優祢が手渡したのは、応援メッセージが寄せられた色紙だった。
が、男爵は反応が薄い。
「ちがう! 俺がほしいのはこういうのじゃないんだ! キミのおっぱいは何のためにある!? それを活用しようと思わないのか!?」
「え、ええ……!?」
「大体けしからんぞ! なんだその凶器は! ロリ巨乳フェチの俺を殺す気か!?」
「そ、そんな……。これは、もともと発育が良くて。た、ただ、学園に来て、ある場所に出入りするようになってから……」
「ごたくはいいから揉ませろ!」
「ひぁあああ……っ!?」
優祢の貞操が危機一髪というところで、編集者が男爵の後頭部をブン殴って事なきを得た。
「なにか微妙な空気ですが……私はアンケートをとってきました」
なりゆきを見守っていた陸が、ここで動いた。
コピー用紙にまとめられた資料が、皆の手に配られる。
題名は『学園におけるギュー男爵の功績について』
内容は以下の5点だ。
・男爵の経歴、過去作品の振り返り
・結果1:学園における男爵と作品の知名度、印象
・結果2:作品を読んで得たもの
・考察 :男爵と作品の素晴らしさ、功績について
・おまけ:男爵への応援メッセージ
100人以上の生徒から得た調査結果が、こまかく記載されている。いずれも高評価だ。
「学園でもこれだけの好評なんです。ぜひ次回作を出してください。私もファンなので生殺しは勘弁です」
「これ、対象者は無作為に選んだのか?」
「当然です。そうでなければ公正な調査になりません」
堂々と嘘をつく陸。
実際は少しでも良い結果が出るように質問項目や回答方法を工夫してある。調査対象者も読書家や男爵のファンを多めに選んだのは言うまでもない。だが、依頼の目的は男爵にやる気を出させること。だからこれでいいのだ。バレなければいいのだ!
そして、ここでついにシェリアが動いた。
いままで沈黙していたのは、硬いフランスパンを食べてたから……ではない。すべて『布教』のためだ!
「先生。私も同人作家の端くれとして、あなたのご悲嘆は察するに余りあります。作品は私も拝読してますので、是非お耳にお入れしたいことがございますの」
「ほう、キミも小説を書くのか」
「ええ。そこで先生にひとつ問いますわ」
いつのまにやら掛けた眼鏡をくいっと押し上げ、身を乗り出すシェリア。
そして彼女はこう訊ねた。
「ずばり、BL小説について関心のほどは!?」
「なに!?」
「BL、すなわちボーイズラブですわ!」
「それはわかるが……」
「先生のファンは男性が多いですね? ならば女性ファンを獲得するため、男性キャラをもっと取り入れてみてはいかがでしょうかっ! 先生はGLが好きですよね? これも、ノーマルカプが前提としてあるからこそ成り立つ、背徳感的なホモホモしい関係もあるじゃないですか!」
「なに言ってんだこいつ……」
「わかりやすく言うと、フランスパン×ドイツパンみたいな感じです! でも露骨すぎてはいけませんよね! こういうのは恋愛未満だからこそ妄想のし甲斐があると言いますか……」
これを皮切りに、シェリアのBL論は数時間にわたって続いた。
あまりの剣幕に止める者は一人もおらず、最終的に「わかった。BLを書く。書けばいいんだろ」という男爵の降伏宣言をもってシェリアの布教戦争は完全勝利!
これぞフランス系貴腐人の実力だ!