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マスター:牛男爵
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/09/21


みんなの思い出



オープニング


 私の名前は川鶴綾菊。
 ごくふつうの、どこにでもいる小学校教師だ。
 学校では、国語・算数・理科・社会に加えて、音楽の授業も担当している。
 大変だが、とてもやりがいのある仕事だ。
 というのは建前で、実際のところ毎日のように辞表を書くことを考えている。
 なにしろ生徒は言うこと聞かないし、保護者は口やかましいし、教師はメンヘラみたいなのばかりだし……。
 しかも教師には夏休みもない。冬休みも、春休みもだ。
 もし悪魔か死神なんかが現れて何か願いごとを聞いてくれるとしたら、一日だけでいいから生徒と立場を入れ替えてほしいと願うだろう。ただ休みたいだけでなく、生徒にも教師の苦労を知ってほしいのだ。

 ──まぁ夢みたいなことを考えても仕方ない。
 とりあえず仕事終わりの大人の特権として、よく冷えた缶チューハイをあおりながら私は夜道を歩く。まちがっても生徒や保護者、同僚などに見つかってはいけないので、なるべく人通りの少ない道を選びながら。
 家に帰ってから飲めと良識のある人は言うかもしれないが、帰宅したあとも仕事が残っているのだ。いま飲まなければいつ飲むのかという話である。もっとも、持ち帰った仕事をかたづけたら寝るまで飲むのだけれど。今日はカフェ『Lily Garden』の新作スイーツを買ってあるから、それをつまみに秘蔵のブランデーを……

 と思いながら缶チューハイを口に運んだ、その瞬間。
 なにかが後ろからぶつかってきて、私はつんのめった。
 缶チューハイが路面に落ちて、カツンと音を立てる。
 あぁまだ半分以上残ってたのに……と思ったら、急に足から力が抜けた。
 なにか背中が痛いし、さわってみると包丁みたいなのが刺さってる。……いや『包丁みたい』じゃなくて、包丁そのものだ。
「え……!?」
 立っていられず、膝からアスファルトに崩れてしまった。
 見ると、若い男が私のバッグを拾って走り去ってゆく。
 そういえば最近このあたりで通り魔事件があったので気をつけるよう、生徒たちに通告したばかりだ。まさか私が巻きこまれるとは思わなかった。
 などと冷静に考えている間にも、路面には血の池ができて、急速に意識が薄れてゆく。
 スマホで119番……と思ったけれど、バッグごと持っていかれたばかりだ。
 悪いことに(というか私自身が選んだわけだが)人通りもない。
 ……あれ? 私このまま死ぬの?

「ねーちゃん、なにブッたおれとるん? 通り魔にでも刺されたんか?」
 妙に間延びした女の声が聞こえた。
 不幸中の幸いだ。助かるかもしれない。
「た、たすけて……救急車……」
「いやー、これは助からんで? こんな気前よく血ィ出してたらアカンわ。ナムアミダブツ」
「そんな……」
「まぁこれも何かの縁や。どうしてもっちゅーなら助けてやってもええけどな」
「たすけて……お礼なら、なんで、も……」
 そこまで言ったところで、ブレーカーが落ちるみたいに意識が途切れた。



 ──気がつくと、私は布団の上にいた。
 しかも、えらく質素な部屋だ。病院と間違えようもない。
「お、目ぇさめたみたいやな」
 キャミソール姿の女が顔を覗きこんできた。
 サラサラの金髪に、宝石みたいなブルーの瞳。
 ちょっと見たことがないぐらいの美人だ。
「あ、ああ……たすけてくれたのね。ありがとう」
 あれだけの血を失ったはずなのに、妙に意識がスッキリしていた。刺された背中にも、まるで痛みがない。
 体を起こしてみると、私は全裸だった。
 まぁそれはいい。あんな血だらけの服を着せたままにもできないだろう。
 しかし──なにか途轍もない違和感がある。
 なんだろう、この違和感は。
 そう思ってふと胸に手をやると、原因に気付いた。
 心臓が、動いて、ない!

「は……!? え……!?」
「そう驚かんでもええがな。一般人のねーちゃんでも、天魔は知っとるやろ? ウチは、その中でも最強の悪魔や! この世界で海魔カナロアいうたら、ちょっとした『顔』やで? 今日からねーちゃんには、ウチの手下として働いてもらうわ」
「いや……あの……ちょっと意味が……」
「まだわからんのん? あんたは人間やめて冥魔の一員になったんや。しかもディアボロじゃなくヴァニタスやで? よろこぶとええわ」
「な、なんで、そんな、勝手に……」
「ねーちゃんが頼んだんやで? それにあのままほっといたら、あんた確実に死んどったがな」
「そうかもしれないけど……」
「ちゅーわけで、まずは歓迎会や! 酒ならぎょうさんあるで!」

 わけのわからないままに、酒盛りが始まった。
 私も嫌いではないので、注がれた勢いでつい飲んでしまうが──
「……って、こんなコトしてる場合じゃない! 仕事! 学校! 出勤しないと!」
「はぁ? あんた、もう人間ちゃうねんで? のこのこ学校なんぞ行ったら、即撃退士よばれてオダブツやがな」
「えええ……!?」
「いやいや、そこは喜ぶとこやろ。もう仕事しなくてええんやで? わずらわしい人間関係とも、すっきりオサラバや。今日からたのしい冥魔ライフ!」
「でも……天魔は人間を襲うのが仕事でしょ? そんなこと絶対したくない!」
「べつに、やりたくなければやらなくてもええで。とりあえずアンタの仕事は、掃除、洗濯、料理、買い物……あとウチの遊び相手やな」
「遊び相手……?」
「夜になればわかるがな。待ちきれないなら、いまから遊ぶんでもええけどな?」
 そう言って、カナロアは缶ビール片手に唇を舐めた。
 止まっていたはずの心臓が、ドクンと脈を打ったような気がする。
 こうして、私の新しい生活が始まったのであった。



 一緒に暮らすようになって3日間。
 カナロアのダメ悪魔ぶりが把握できるまで、それで十分だった。
 なんせ朝から晩まで、部屋でゴロゴロしては惰眠を貪り、酒を飲み、お笑い番組を見るばかりという生活。たまにニュースで天魔が人を襲ったなどという報道が流れると、「おおー、がんばっとんなぁ」などと他人事みたいな感想をもらす始末だ。働く気はまったくないらしく、家事はすべて私の担当。
 酒代はどこから調達してるのかと疑問に思うが、どうやら金持ちのスポンサーがいるらしい。こんな役立たずの悪魔を囲っておいて何の意味があるのか、理解しがたい。まぁたしかに、美貌だけは大したものだけれど……。

 4日目の朝、私は部屋を出ることを決意した。
 このままカナロアとの爛れた生活をつづけていたら、確実にダメ人間になってしまう! たしかに仕事はイヤだし人間付き合いも面倒だけれど、それを乗り越えたあとの酒こそがうまいのだ! 朝から晩までダラダラして酒を飲むなんて生活、これ以上耐えられない!
『お世話になりました。探さないでください』という置き手紙を残して、私が向かったのは久遠ヶ原学園。
 ここの生徒たちなら……きっと親身になって相談に乗ってくれるはず。
 最悪の場合、冥魔として処刑されることも覚悟済みだ。
 まぁできれば……可能なかぎり……なにがなんでも……死にたくはないけれど!




リプレイ本文




 ヴァニタスの人生相談という珍妙な依頼を受けたのは、7名の撃退士。
 彼らは事前に打ち合わせもせず、当日いきなり互いの意見を戦わせることになった。
 まさに出たとこ勝負。戦闘依頼なら全滅しかねない!
 ──いや前言撤回。このメンバーなら何をやっても全滅しそうにないわ。


 それはさておき、相談日当日。
 最初に進路相談室を訪れたのは黒百合(ja0422)だった、
 この部屋は教師やカウンセラーが生徒の話を聞くための場所なので、机とイスとホワイトボードしかない。ひどく殺風景だ。
 そこで黒百合は、会話しやすい雰囲気を作ることにした。
 まず机を複数くっつけて、持参したテーブルクロスをかける。
 イスにはクッションを置き、カーテンには鎮静作用のあるカモミール・ローマンのアロマオイルを軽く吹きかけ。
 電気ポットに湯を沸かし、見映えのいいティーセットを用意。
 最後に手作りのクッキーや饅頭などの茶菓子を並べると、それなりに歓迎の場が出来上がった。

「おぉ……これは、素敵な席ができましたねぇ……」
 ドアを開けた月乃宮恋音(jb1221)が、驚いたように言った。
「さすが黒百合さん! 目のつけどころが違いますね!」
 一緒にやってきた袋井雅人(jb1469)も、諸手を挙げて賞賛。
 実際ふだんの相談室より遥かに雰囲気が良い。
「ところで恋音、今回の依頼は相談者の心のケアが重要です。私も記憶喪失で学園に保護されたので、彼女の不安はよくわかる気がします。どうか手厚いケアをお願いしますね」
「はい……できるかぎりのことは、いたしますよぉ……」
 答える恋音の手元には、参考資料がいっぱいだ。

「おー、こいつはうまそうじゃねーか」
 乗りこんできたラファル A ユーティライネン(jb4620)は、いきなり茶菓子に手をのばした。
「あらァ……依頼人が来るまで待つべきじゃなァい……?」
 やんわりと笑顔で止める黒百合。
 ただし目が笑ってない。
「冗談だってーの。せっかく席を作ったんだ、万全の構えで迎撃してやろうじゃねーか」
 ハハッと笑って、ラファルはイスにふんぞりかえった。

「おお、牢屋みたいな進路相談室が、ずいぶんおしゃれに……」
 佐藤としお(ja2489)も少なからず感心して、室内を見まわした。
 だが残念なことに、ラーメンはどこにもない。
「は……っ、しかし電気ポットはある……これで即席ラーメンを……!?」
 本当に作りそうで怖い。
 コメディならアドリブで食ってたな、きっと。

 次に雫(ja1894)がやってきて、とくに感想を述べるでもなく席に着いた。
 そして最後に、狗猫魅依(jb6919)が登場。今日は真面目な依頼なので、手枷と首輪を外して『仙狸』モードになっている。
 こうして7人が卓を囲んだところで、依頼人・川鶴綾菊が姿を見せた。
 一応もしもの場合に備えて、ベテラン教師の牛熊がついている。

「よーし、全員そろってるな。早速お茶にしよう!」
 ずっこけるようなことを言い出す牛熊。
 想定外のことに、綾菊は口をパクパクさせている。
「なにか深刻な相談みたいだけどォ……まずはリラックスしてねェ……? お茶でも飲みながら、たのしく相談しましょうォ♪」
 黒百合はティーポットに茶葉を入れると、お湯をそそいだ。
 菩提樹の花のハーブティーだ。かすかに甘い香りには、鎮静の効果がある。
 こうして全員の手元にお茶と茶菓子が配られ、心地良い芳香の中で相談が始まった。


「さて最初に訊くけどよ。ヴァニタスのくせして久遠ヶ原に来るなんて、よほど死にたいんだよな?」
 脅すような口調で、いきなりラファルがふっかけた。
 もしや戦闘を仕掛ける気かと、一同の間に緊張が走る。
 中でも鋭く反応したのは雅人だ。
「まさかラファルさん、川鶴さんを殺すつもりですか!?」
「えー? だって冥魔じゃん。殺しちまえば後腐れねーだろ? 本人も死ぬ覚悟はできてるみたいだし」
「なんてことを……! いままでラファルさんとは数々の依頼をともにしてきましたが、今回ばかりは賛同できません! もしも川鶴さんを殺すというのなら、全力で阻止します! 私には天使も悪魔も人間も撃退士も関係ありません! 弱きを助け強きを挫く……その信念を貫くのみ!」
 イスを蹴って立ち上がると、雅人は躊躇なく光纏した。
 打ち合わせもなく依頼に臨むと、こういうすれ違いはよく起きる。
 が、ラファルはイスに座ったまま──肩を震わせて笑いをこらえていた。
「どうしましたラファルさん。来ないなら私から行きますよ?」
「ははは、冗談だっつーの。いい金づるになりそうな依頼人を殺すわけねーだろ。あんまりくだらねー依頼だから、からかっただけだ」
「くだらなくはありません! 川鶴さんにとっては死活問題です!」
「だってこの自称ヴァニタス、なんにもわかってねぇからよー」
「……といいますと?」
「だってこいつ、主の悪魔に絶縁状たたきつけて来たんだろ? 早晩エネルギー供給断たれて死ぬのがオチじゃん。身のほどを知れっての」
 そう言ってラファルは冷たく笑った。

「え……!? 私死んじゃうの!?」
 綾菊の顔が青ざめた。
「まぁ生きてるか死んでるかで言えば、ヴァニタスになった時点で死んでるんだけどな」
 ラファルは徹底して容赦ない。
「でも、こうして動けるし! 生きてるでしょ!?」
「そんなのは死んだときの記憶の残りカスみてぇなものさ。おまえはもう人間やめちゃってるから、この先ずっと人間特有の学習も成長も発展もないわけ。ようするに動く死体と大差ねえってこった」
「ウソ……ウソよ……!」
 ゾンビ扱いされて半泣きになる綾菊。

「あのぉ……言いにくいのですけれどぉ……このままだと死んでしまうのは確かですぅ……」
 追い討ちをかけるように恋音が口を開いた。
 綾菊は「ぁぅぁぅ……」などと意味のない言葉を呟くばかり。
 それでも現状を知ってもらおうと、恋音はレポート用紙をテーブルへ広げた。
「えとぉ……ここに、冥魔の生態に関する資料をまとめてきましたぁ……。ごらんのとおり、主人となる悪魔からのエネルギー供給が断たれると、ヴァニタスは生きていけません……。資料によると、長生きしても一ヶ月ほどですねぇ……」
「でも、あんなレズ魔の部屋に戻るなんて……」
「え……?」
「あっ、そうじゃなくて! 違うのよ!」
 必死で失言をごまかす綾菊。
 だが全然ごまかせてない。

「まぁ悪いこと言わねーから、ご主人様に侘び入れてもっかい世話になったほうがいいぜ? なんなら一緒に頼んでやってもいい」
 珍しく優しいことを言うラファル。
 もちろん目的は悪魔の住処を探ることだ。
「ここには私にエネルギーをくれる悪魔はいないの?」
「いるわけねーだろ」
 いたら大事件だ。
 恋音も資料を開いて、裏付けを証明する。
「これは私の調べた範囲の話ですけれどぉ……現状、学園には冥界や魔界とつながりを持つ悪魔は確認されてませんねぇ……。やはり、もとの『主』のもとへ帰るべきかとぉ……」
「もう私は元の生活に戻れないのね……」
 綾菊はガクリと肩を落とした。
「社会復帰したゾンビなんて聞いたことねーよ」
 ラファルがひどい。

 ここで、魅依が話に入ってきた。
「依頼書に書いてありましたけど、綾菊さんは天魔のことについてはほとんど知らないのでしたっけ? 一応ですが、主人の悪魔からはどんな感じに聞いてますか?」
「ほとんど何も聞いてないし……撃退士に見つかったら殺されるってぐらい?」
「それは少し違いますね。たとえ学園に在籍してない天魔でも、なにも問題を起こしてなければ問答無用で殺したりはしません。それに天魔の能力を使わなければ、ほとんどの人には人間と見分けられませんよ。私みたいに一目でわかる異形でもないかぎり」
 そう言って、魅依は耳をぴこぴこさせた。
 彼女ははぐれ悪魔なので、そのあたりはよく知っている。
「じゃあ私は元の生活に戻れるの?」
「とりあえず学園に籍を置けば、復帰できると思います。仕事を休んでいた期間については、天魔に襲われて学園に保護されていたことにすれば何とかなりますし」
「ほ、本当……?」
「はい」
 魅依はうなずいて、ハーブティーを一口飲んだ。

「まぁ簡単に言えば、力を悪用せず一般常識と良心に則って暮らしていけば問題はありません」
 フォローするように雫が言った。
「悪用なんてしないから! それで私は助かるのね!?」
「犯罪等を行わないのであれば少なくとも私は討滅する気はありませんし、保護申請にも協力します」
「保護申請? どうやるの?」
「それは自分で調べてください。学園の一員になるのは、そう難しくはありません。……ただ、先にこれだけは言っておきます。お願いですから、学園に来ても普通の人格のままでいてください。どこかの誰かみたいに焼肉中毒になったり、ランタンで凶暴化したりするようにならないでください。約束ですよ?」
「意味がわからないけど……」
「久遠ヶ原に来ると、みな少なからず人格が変化してしまうのです。それも大体は悪い方向に……」
「私は大丈夫よ。それで手続きってどうやるの?」

「あのぉ……よければ、私が手続きしましょうかぁ……?」
 恋音がそっと手をあげた。
 こういう事務作業は彼女の十八番だ。
「おねがい! 助かるわ!」
「ただ……いずれにせよ、主の悪魔と和解する必要がありますよぉ……?」
「でも……!」
「依頼書によると……その悪魔は、川鶴さんが通り魔に刺されたのを助けたという話ですよねぇ……? でしたら、人間に友好的なのではありませんかぁ……?」
「あれは奴隷がほしかっただけよ!」
「うぅん……そのあたりも含めて、いちど話しあってみてはいかがでしょうかぁ……」
「うぅぅ……」

「悩むだけ時間の無駄よォ……? エネルギーが切れたら死んじゃうんだからァ……余命一ヶ月でいいのォ……?」
 黒百合がクスッと笑った。
 綾菊は深い溜め息をひとつ。
 そして、意を決するようにスマホを手に取った。
「わかったわ。あの変態悪魔に電話してみる!」
「万が一のために、通話を聞かせてもらってもいいかしらァ……?」
「ダメよ、ダメ! 聞かせられるわけないでしょ!」
 そう言うと、綾菊は廊下へ出ていった。


 ──数分後。彼女はやつれた顔で相談室に戻ってきた。
「とりあえずエネルギー供給は続けてもらえることになったわ……。それ以上のことは聞かないで」
 事情を察して、心の中でうなずく撃退士一同。
「となると、あとは今後の身の振りかたですね。もし今の仕事を続けるつもりなら、ひとつだけ忠告を。天魔の場合、比較的軽い犯罪でも最悪死刑になりかねないので注意してくださいね」
 いきなり脅すようなことを言う魅依。
「えええ……!?」
「まぁそこまでびくびくする必要もありませんが……。不安でしたら学園で能力のコントロールができるようになるまで訓練すれば良いですしね。わたしたちも手を貸しますよ」

「今後天魔として生きてゆくなら、たしかに訓練は必要です」
 雫が後押しした。
「戦う気なんてないんだけど!?」と、綾菊。
「学園には天魔を目の仇にしている撃退士もいますし、そもそも天界の者は冥魔の宿敵ですから、襲われる可能性は十分あります。最低限の護身術は身につけたほうが良いでしょう」
「そんなの、やったこともないのに……」
「大丈夫ですよ。私なんて10歳で、しかも記憶のない状態で天魔との戦いに放り込まれましたけど、いまも元気に生きてますから」
「ああ、人間に戻りたい……」
 綾菊は頭をかかえた。

「まぁまぁ、そう悲観しないでください」
 としおが優しく声をかけた。
「こんな災難にあって悲観しないでいられる!?」
「気の持ちかた次第ですよ。あなたがどういう人生を送ってきたのかは知りませんが、これからはヴァニタスとして生きていかなければなりません。これは変えようのない事実です。しかし悪いことばかりではありません。メリットもあります」
「こんな化け物にされて何の得があるのよ」
「それは色々ありますけど……なにより大きいのは『与えられた時間』でしょうね。天魔の寿命は人間より遥かに長い。その時間を活かして、人として生きてるときにやりたかったことや、やりたくても出来なかったことなど……いろいろ挑戦してみても良いのでは? 長い時間を生きられる天魔だからこその生きかたもあると思います」
「この歳になって『挑戦』とか言われても……」
「よく考えてみてください。あなたの人生はリセットされたんです。過去に縛られる必要はありません。たとえば社会人学生として何かを学びなおしてもいいし、行きたかった場所に行って見聞を広げるのもいいでしょう。悪魔からのエネルギー供給さえあれば飲まず食わずでOKですから、働かなくても大丈夫。365日がバケーションなんですよ! 正直うらやましい……だって……だって、その時間で世界中のラーメンを食べ歩くことも出来るじゃないですか!?」
「まぁラーメンは好きだけど……」
「おお、同志ですね! では手始めに、ラーメン食べ歩きブログとか始めてみては? 微力ながら応援しますよ!」
「か、考えておくわ」
 としおの勢いに押されて、綾菊はイスごと後ずさった。

「なんにせよ長い人生になるんだからァ……よく考えるべきよォ……?」
 と、優雅にティーカップを傾ける黒百合。
「そうね、ラーメンブログは考えなおすわ」
「えっ! やりましょうよ、ラーメン全国食べ歩きブログ!」
 としおは本気だ。
「ラーメンブログもいいけれどォ……私みたいに人間を辞めて、人類がどんな進化……または破滅の道を進んでいくかを観測するのも、たのしいと思うわよォ♪」
「そうですよ! ラーメンがどんな進化をするか僕と一緒に見守りましょう!」
 としおは本気だ!



 ともあれ相談の結果、綾菊は学園に保護・監視されることになった。
 恋音の提案で斡旋所の事務を務めつつ、『護身術のレクチャー』という名の猛特訓を受ける日々だ。
 コーチは、雫、恋音、黒百合。
 こんな学園最強クラスの撃退士に鍛えられれば、いやでも強くなるに決まってる。

「ふむ……さすが現役のヴァニタス。三人がかりで教えても余裕がありますね。まるで砂が水を吸い込むように、技術を習得していきます。これならタチの悪い撃退士や天魔に襲われても大丈夫ですね」
 淡々と告げる雫だが、綾菊はボロ雑巾みたいになって地面に転がっている。雫が太陽剣でボコボコにしたのだ。
「死ぬ……死んじゃう……」
「その程度では死にません。ヒールをかけるので立ってください」
「こんな護身術ないわよぉぉ……!」
「受身は基本です。さぁもう一本いきますよ」
「ひぃぃぃ……!」
 こんな目にあって人格が変わらないほうがおかしいと思う。


 ──まぁそんな訓練の甲斐あって、彼女たちはあっさりと通り魔を捕まえることに成功したという。
 このメンツで一般人の通り魔一人に本気出すとかヒドイ。




依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
諸刃の邪槍使い・
狗猫 魅依(jb6919)

中等部2年9組 女 ナイトウォーカー