●War
昼休みの購買は地獄と化す。飢えた学生たちが好みのパンを手にしようと、血で血を洗う争いを繰り広げるためだ。とりわけ激戦区として知られるのが三種の手作りパン(コロッケパン、焼きそばパン、揚げパン)で、力無き者は争いの輪に入ることすらできない熾烈な争奪戦が日々おこなわれている。
そして、本日。チョッパー卍率いる『焼きそばメタリオン』の面々もまた、いままさに修羅への道を歩みださんとしていた。
そんな命知らずのメンバーは、以下九名。
・相馬カズヤ(
jb0924):ハープ
・並木坂・マオ(
ja0317):ドラム
・Rehni Nam(
ja5283):ヴァイオリン
・マイケル=アンジェルズ(
jb2200):指揮
・セラフィ・トールマン(
jb2318):キーボード
・ラウール・ペンドルミン(
jb3166):タンバリン
・レグルス・グラウシード(
ja8064):コントラバス
・カーディス=キャットフィールド(
ja7927):ベース
・チョッパー卍(metal4649):殺人ギター&殺人ヴォーカル
彼らの前には長い廊下が伸びている。めざすゴールは、その先だ。しかし、すでに廊下はパンを求める生徒であふれている。そのさまは、まさにゾンビ映画。
「行くぞ、野郎ども! メタル魂を焼きそばパン魂に変え、存分に戦うがいい! まずは俺からだ!」
いきなり吼纏すると、チョッパー卍(山田)はフライングVX40を掻き鳴らした。
強烈な爆音に鼓膜をつんざかれて、十人ほどの生徒がうずくまる。
それだけではない。バンドメンバーも全員、ふらふらしていた。
「失礼ながら、その武器はしまっておいてくださいませんか。正直、私たちのほうがダメージを受けるので……」
一般に三味線と呼ばれる『ベース』を手にしながら、カーディスは苦い顔で訴えた。
「それじゃ俺の出番がなくなるだろ!」
「あなたの出番はもう結構です。あとは我々が片付けますので」
そう言って走りだしたカーディスの全身を、緑色のオーラが覆ってゆく。ふわふわのオーラはすぐに動物の形をとり──緑色の虎(自称猫)と化したカーディスは、三味線片手に猛然と暴れだした。
吹っ飛ぶ生徒、逃げだす生徒、泣きだす生徒。それらを片っ端から殴り飛ばしてゆくカーディスは、まるでバーサーカーだ。
「おらおら、邪魔だぞ、ザコども! カーディス様ご一行のお通りだ! 道をあけろ!」
鈍器(三味線)を手にすると性格が一変するカーディスを止められる者は、ひとりもいなかった。
「行け行け、カーディスさん。このまま焼きそばパンゲットだよ!」
マオはコンガを小脇にかかえてポンポンたたいている。
この楽器を渡されたとき彼女は「これがドラム!?」と目を丸くしたが、無論コンガはドラムの一種である。だいたいチョッパー卍ひとりのクラブに、まともなベースやドラムなどあるわけがない。
「ふふ。威勢の良い子猫ちゃんだこと」
快進撃をつづけるカーディスの前に立ちはだかったのは、オペラ部の歌姫。
「貴様は……っ!」
「あら。わたくしをご存知?」
「ちぃっ」
あわてて耳をふさぐカーディス。しかし猫耳のほうをふさいでしまったのは彼らしからぬ失態だ。
「ららら♪ 焼き〜そばパ〜ン♪ それは、おお、すてきな炭水化物ぅぅ〜♪」
歌姫が両腕を広げ、高らかに歌いだした。
その歌声は、触れた者すべてを虜にする。邪悪な人魚のように。
呆然自失し、三味線を落とすカーディス。彼だけではない。男性陣はことごとく骨抜きだ。なんと恐るべき歌唱力か。だが、欠点もひとつ。
「あなたは、その歌で今までどれだけの男子生徒をたぶらかし、焼きそばパンを手に入れてきたのですか? 歌は人を想って謡うもの。我欲を満たすためだけの歌など、認めません!」
恐るべき歌姫の力も、同性には通じない。ましてや、恋人が歌謳いであるRehniにとって、目の前の敵は醜悪な雑魚にすぎなかった。
「持てる技能を使うことは否定しません。でも、歌を悪用するなんて……。歌謡いの風上にも置けません」
Rehniはヴァイオリンをつかんで駆けだすと、アウルをこめて振り下ろした。
バィィィンン、と良い音を立てて倒れる歌姫。
「自業自得です。二度と歌をそんな風に使わないでください」
楽器をそんな風に使うのは良いのかと誰もが思ったが、それを口にする勇気のある者はいなかった。
「くくく……。オペラ部がやられたか。だがヤツは焼きそばパン四天王の中でも最弱……」
ぶつぶつ言いながら姿を見せたのは、怪しげな神官服に身をつつんだ男。デスメタル部のデビル斉藤である。
「えっとぉ、四天王ってぇ、ほかに誰がいるんですかぁ?」
やけにギャルっぽい口調で話しかけたのは、セラフィ。Iカップの胸を見せびらかすように腕組みしながら、斉藤へ近付く。
「おい、近寄るな! 吾輩はデビルだぞ! おまえごとき、指一本で……」
「その羽根ってハリボテですよね? もしかしてデビルに憧れて自分で作っちゃったとか? うわぁ……」
痛々しいものを見るような目を向けるセラフィ。
デビル斉藤はたじろぐばかりで、なにもできない。
「だいたい、デスメタルって何なんですかぁ? そんなにデスが好きなら、死ねばいいのに。ねぇ、どうして生きてるの? いい年してデビルのマネとか……あははは」
天使のような外見をしたIカップの悪魔、セラフィ。その鬼畜ドSっぷりは、比類のないレベルである。ちなみに彼女の『キーボード』は、いわゆるピアニカ。ひどい誇大広告だ。
「マネって言うな! 僕は悪魔に憧れてデスメタルを始めたんだ。ただそれだけだ! なにが悪いっていうんだ……!」
泣き崩れるデビル斉藤。
セラフィは満足げに微笑みながら、その姿を見下ろしている。まさに女王!
「Oh……立ち上がってください、斉藤殿。貴公のメタル魂は本物と拙者はお見受けしまシタ」
やさしく手をさしのべたのは、怪しいアメリカ人マイケル。
「拙者に名案がありマース。山……チョッパー殿。デビル斉藤殿をバンドの一員に……」
マイケルが最後まで言うより早く、哀れなデビルは逃げていた。「そんな鬼畜女とバンド組めるかー!」という捨て台詞を残して。だが、その『鬼畜』という言葉こそ、セラフィにとって最大の賛辞なのであった。まさにドS!
「もしかして、メタルってカッコ悪いのかなぁ」
言ってはならない一言をさらりと言いだすカズヤ。怖いもの知らずである。
「あの人が個人的にカッコ悪かっただけかもしれないよ」
悪気なしに言い放つマオもまた、怖いものなどない。
そこへ、前触れもなく突っ込んでくるグランドピアノ!
「うわっ!」
「にゃっ!」
あわてて跳びのく二人。間一髪である。こんなものに衝突されたら、ただではすまない。
「おや。なかなか素早いね」
ポロポロと鍵盤を叩くのは、管弦部のエース。自称ピアノの貴公子。
一瞬でブチ切れたのはラウールだ。
「ふざけんなーッ! てめェはミュージシャンだろうが! 命より大事なはずの楽器で他人をブン殴るたァどういう了見だ!」
タンバリンで往復ビンタをくらわすラウール!
シャンシャンシャンシャン!
「音楽ってのはなァ! てめェの体から魂から手に持った楽器から、全部ひっくるめて奏でるもんだろーがッ! それをなんだコラ! てめェの命ぶち壊すような真似しやがって!」
シャンシャンシャンシャン!
「楽器ぶんまわしてる段階で、てめェに音楽家を名乗る資格なんざねェ! なにが天才ピアニストだコラァ!」
シャンシャンシャンシャン!
ラウールがぶんまわしているのも楽器だが、彼はミュージシャンでも音楽家でもないので発言に矛盾はない。
「く……っ。なかなか良いことを言う悪魔じゃないか。そこまで言うなら、キミは音楽家の魂を持ってるんだろうね?」
「ンなもん、持ってるワケねぇだろが!」
シャンシャンシャンシャン!
「ま、まて。こう見えても僕はれっきとしたピアニスト。焼きそばパンを賭けて、演奏バトルを挑みたい。受けてくれるな?」
「ざけんな! 俺はミュージシャンじゃねェんだよ!」
シャンシャンシャンシャン!
大活躍するタンバリン。今回のMVPはタンバリンで確定だ。が、そのとき。
「待ってください。演奏で勝負ということなら引き受けます」
実家から持ってきたコントラバスを引きずりながら、レグルスが前に出た。
「ピアノとコンバスで勝負になるとでも?」
「だれが僕ひとりで勝負すると言いました?」
レグルスの後ろには、『焼きそばメタリオン』のメンバーがずらり。
「いいだろう。勝負だ!」
貴公子が勝負のはじまりを告げ、そして双方の演奏が始まった。
課題曲はベートーヴェン『英雄』。指揮はマイケル。
マオのコンガがリズムを刻み、カーディスの三味線とレグルスのコントラバスが低音部をささえる。主旋律を奏でるのはRehniのヴァイオリンとセラフィのピアニカだ。そこへカズヤのハープが彩りを添え、MVPのタンバリンがシャンシャンシャン!
しかしバンドの要となるはずのチョッパー卍はこの曲を知らず、ほかのメンバーは大半が素人。レグルスだけはみごとな腕前を披露したが、ベースラインしか弾けないコントラバスでは勝負にならなかった。
こうなれば鈍器的な用法をとレグルスが思いはじめた、そのとき。マイケルの手から指揮棒がすっぽ抜けた。
「Oh! ソーリー!」
自らの腕に酔いしれる貴公子の側頭部に、サクッと突き刺さる指揮棒。
ばったり倒れる貴公子。
意外すぎる結末に、呆然とするメンバー。
「えええ。どうしよう」
おろおろするマオ。
「しかたありませんね」
Rehniが「ちちんぷいぷい」と唱えるや、がばっと起き上がる貴公子。
「そうか、僕は負けたのか……。いさぎよく焼きそばパンはあきらめよう。いい勝負だった」
一人で勝手に納得して去ってゆく貴公子。片手でグランドピアノを引っ張るその腕力は、ただごとではない。彼はなぜピアニストになったのか。そこには波瀾の物語が隠されているのだが、本編と関係ないので割愛する。
ともあれ強敵との勝負にケリをつけ、意気揚々と購買へ突き進む九人の前に、最後の砦が立ちはだかった。
「皆さーん。おいしいお菓子はいかがですかー?」
甘い香りとともに登場したのは、軽音部の令嬢。周囲をとりかこむキーボードスタンドには、クッキーと紅茶が山のように積まれている。
「自家製のクッキーと紅茶でーす。ご自由におもちくださーい。そちらのメタルな方たちも、いかがですかー」
「えっ。タダ!?」
反射的に走りだそうとするマオを、レグルスとRehniが慌てて止めた。彼ら三人は同じクラスで、こういう対応には慣れている。
「でも、タダだよ? タダでクッキー食べられるんだよ?」
「それがあいつの作戦だ。クッキーで足止めしつつ、おなかまでいっぱいにしてしまおうというわけさ」
説明するレグルスのおなかも、きゅるきゅる鳴っている。
「そ、そんな卑怯にゃ……」
じゅるりとよだれを流すマオ。
そんなマオを手で制して、カズヤが前に出た。
「ここはボクの出番だな」
「カズヤ君、一人占めする気じゃ……」
「しないって! まぁ、ここはボクにまかせて、みんな先に行くといい」
制服の裾をひるがえして歩きだしたカズヤの肩から、ヒリュウが舞い上がった。
その肩を、チョッパー卍がバシッとたたく。
「よし、この場はまかせる。焼きそばパンまであと一歩だ。かならず手に入れるぞ。こいつの犠牲を無駄にしないためにも……。さぁ俺に続けぇぇッ!」
「勝手に殺さないでほしいなぁ」
購買めざして走ってゆくメンバーたちを見送ると、カズヤは軽音部の令嬢と向きあった。
「お姉さん。このクッキー、ほんとにタダなの?」
「もちろん。いくらでも食べてね」
「じゃあ遠慮なく」
ひとつつまんで口に入れると、サクッという音。ほどよい甘みが口の中に広がる。
紅茶も絶品だ。なにしろ英国王室御用達の最上級品。そんなものを無料で配ってまで焼きそばパンを手に入れようとするこの令嬢、ただものではない。
ひとつ食べたら先へ行こうと思っていたカズヤも、もう一つ、あと一つ、と食べてしまう。
「おいしい? でもこうしてる間に焼きそばパンは売り切れたでしょうね。あれは、お一人様一個まで。メンバーの中で、あなただけ任務失敗しちゃった?」
「そう思う? このクッキーより甘いね、お姉さん」
カズヤがニッと笑ったとき、ヒリュウが帰ってきた。足には焼きそばパンをしっかりつかんでいる。
「なるほど。テイマーだったのね、あなた。……今回は私の負け。でも覚えておいて。焼きそばパンを求める者は必ずや」
「クッキー、おいしかったよ」
令嬢の話を最後まで聞かず、カズヤはクールに背を向けた。そしてヒリュウを肩に止まらせると、ハーモニカ(ブルースハープ)を吹きながら喧噪を後にした。
●Rooftop Concert
「よし、おまえら。全員無事に生還し、焼きそばパンをGETしたようだな。俺はうれしいZEEE!」
ズギャーーーーンンン!
景気づけに掻き鳴らされるV兵器。
「ですから、それはしまっておいていただきたいと……」
執事の風貌に戻ったカーディスが、今度はちゃんと人間の耳を押さえながら言った。
すでに全員学習しているので、チョッパーがギターを出したときには耳を押さえていた。被害者ゼロ。
場所は屋上である。晴れた空の下、焼きそばパンを食べるには絶好のロケーションだ。
「これで、部の存続の危機は免れたんだよね?」と、セラフィが問いかけた。
「もちろんだ! おまえたちはこれからも部の一員として……」
「あ、私は今日でやめるから」
「なに! おまえはたしか、父親がメタラーで……とか言ってただろうが!」
「あれ間違い。メタルじゃなくてロックだったみたい」
「ロックとメタルじゃ全然ちがうだろうが!」
「うん。だからやめるの」
「FUUUUCK!」
頭をかかえるチョッパー卍。
そこへ、ラウールが声をかける。
「俺も入らねぇぞ、こんな部」
「ボクもやめておこうかな」と、カズヤが続き、
「私も遠慮させてもらいます」と、Rehniが続く。
あっという間に、残ったのはマイケルひとり。
「おい、メリケン野郎! おまえは残るよな?」
「あー、拙者はNOTメタラーなノデー。Oh、デビル斉藤殿を勧誘するとGOODデス!」
「いらねえよ、あんな痛いヤツ!」
おまえも相当だよと誰もが思ったが、口にはしなかった。皆大人である。
シンと静まりかえってしまった場に、ポンポンとコンガの音が響いた。
「でもさぁ、すごくたのしかったよ。焼きそばパンもおいしいし」
マオはすでに戦利品を開封して半分以上かじっていた。
「Shit! 抜け駆け良くないデース!」
勢いよく袋を破るマイケル。
つづけとばかりに全員が一斉に焼きそばパンを開封し、そして口をそろえた。
「「「うまーーい!」」」
ズギャーーーーンンン!
「「「うるさーーい!」」」