コミマ当日の朝。最寄り駅から会場までの間に、長蛇の列ができていた。
時刻は午前6時。開場までの4時間を、参加者たちはひたすら並んで待つのだ。
日射しはまだ弱いが、行列による熱気で既に気温は30度を超えている。
地獄の一日のはじまりだ。
「あっつい……。コレはホントに死人が出てもおかしくないレベル……」
スポーツドリンク片手に、六道鈴音(
ja4192)は天をあおいだ。
彼女が立っているのは、行列のまっただなか。コスプレ用の荷物は重いわ、周囲のヲタどもは汗臭いわと、かなり劣悪な環境である。意気揚々と参加したは良いが、開場前から既にバテぎみ。暑さ対策に珍しく白い服を着てきたのが、せめてもの救いだ。
「まぁ……水分補給さえしておけば、死ぬことはないはず……たぶん……」
つぶやく声は、セミの鳴き声に掻き消されて聞こえやしなかった。
そんな行列の向こうから、異様な姿の二人がやってきた。
普段着(ラッコ着ぐるみ)の鳳静矢(
ja3856)と、ペンギン着ぐるみの鳳蒼姫(
ja3762)だ。
ふたりは運営スタッフとして参加。この暑さをすこしでも涼しくさせようと、極地の動物スタイルで行列を整理しているのだ。
「こんなときこそ静ラッコとアキぺんぺんの出番なのですよぅ☆」
と言いながら、得意のダンスで場を盛り上げる蒼姫。
一方、静矢は『順序よく並んでください』と書かれたプラカードを肩に担いでいる。
本当は決められた場所以外でのコスプレは禁止なのだが……スタッフだからOK!
そもそもコスプレじゃなくて普段着だしね、これ!
うん、普段着じゃ仕方ないよね!
「体調の悪いかたはいませんか〜? 無理はしないでくださいね〜?」
深森木葉(
jb1711)は、ナース服で行列を見まわっていた。
本当は決められた場所以外でのコスプレは禁止なのだが……これは仕事服だからOK! うん、仕事服じゃ仕方ないよね!
「とても暑いので、水分補給は忘れないようにしましょう〜。持ってきてないかたには、こちらで用意してますよ〜。遠慮なく声をかけてくださ〜い。お水だけじゃなく、塩分も摂ってくださいね〜。健康第一なのですよ(にぱ〜)」
大きめのクーラーボックスを肩から提げて、声を張り上げる木葉。中身は、よく冷えたスポーツドリンクと麦茶、塩飴、おしぼりといったところだ。かなり重い。
いつもならクーラーボックスの重さでよろけてスッこける場面だが、今日はドジっ娘スキルを封印。人命を預かる医療班として、しっかり働いている。しっかり働いてるよ! だいじなことなので二度(ry
そうしたスタッフたちのおかげで参加者はおおかたマナーよく並んでいるが、ときには揉めごとを起こす者もいる。
この暑さの中で何時間も行列していれば、苛立つのも無理はない。
中には『赤城×長門だと!? カプが逆だろ!』などとワケのわからない口論から殴りあいをはじめる者まで出る始末だ。
そんなときは撃退士の警備員が役に立つ。
「そこの人たち、喧嘩しないでくださいね? どうしてもというなら、私がお相手しますよ?」
血のようなオーラをまきちらしながら、『咆哮』で一喝する雫(
ja1894)
一般人を静かにさせるには、これで十分だ。
──いや、相手が完全に漏らしてるので、少々やりすぎかもしれない。否、だいぶやりすぎである。
一方そのころ会場内では、参加サークルの人々がてんやわんやの作業をつづけていた。
搬入された物品の開梱・陳列。おつりの用意。行列対策。運営スタッフによる頒布物のチェックなど。
会場外で行列を作る人々が開場時刻までのあいだ暑さと煩悩に耐えることが仕事なら、サークル参加の人々は開場時刻までに場を整えるのが仕事と言えよう。こちらもまた、地獄の作業だ。
「さーて、今日一日がんばりますよー!」
学園の制服姿で張り切っているのは、袋井雅人(
jb1469)
イベントを盛り上げるため、『牛夫婦』なるサークルでの参加である。
「はい、袋井様。なんなりと私にお申しつけくださいね」
笑顔で応じたのは、黒髪和服美人の織神綾女(
jc1222)
彼女にとって、雅人は大変な恩義のある人物だ。今日は誠心誠意、雅人のために尽くすつもりである。もっとも雅人は過去の記憶を喪失しているので、その『恩義』とやらは見当もつかないのだが……。
ちなみに二人が扱うのは、成人男子向けの立派な(?)R18本。
綾女は尽くす相手をまちがってるのではないかと思うが、本人は幸せそうだ。
言うまでもないが、周囲のサークルはひとつのこらず成人向けの薄い本を並べている。表紙の肌色率といったら、ただごとではない。ここはまさに煩悩の集積所だ。雅人にはピッタリである。
そこからほど近い場所では、月乃宮恋音(
jb1221)が忙しそうに働いていた。
身につけているのは、無駄に胸を強調するデザインのメイド服。
頒布物はR18の薄い本……ならぬ分厚い本だ。内容はといえば、撃退士の少女たちが天魔に捕まって●●されたり、少女同士が××したりという、大変わかりやすいものとなっている。
サークル名は『久遠ヶ原学園・特殊文芸部』
部長の明日羽と部員の百合華も、おなじくメイド服で参加している。
なぜか恋音と百合華は首輪をつけられて鎖でつながれているため、周囲からの視線が物凄い。
おなじころ。成人女子向けのブースでも、似たような作業が進められていた。
『氷室真珠』なる名義でサークル参加しているのは、ペルル・ロゼ・グラス(
jc0873)
外見年齢14歳の美少女だが、その中身は色々な意味で残念なはぐれ悪魔だ。
テーブルに並んだ同人誌は、すべてBL。
しかも久遠ヶ原学園に実在する生徒や実際に起きたできごとをモチーフにしたR18本だ。
肖像権とか人格権とか大丈夫なのだろうか。
まぁそんなことは訴えられてから考えれば済むことだが。
そんな中、礼野真夢紀(
jb1438)は両手に段ボール箱をかかえて搬入作業を進めていた。
これまた外見年齢14歳の現役女子中学生なので、場違い感が凄い。
段ボールの中身は、舵天照の世界を舞台に撃退士が××するという……これまたR18本!
大丈夫! R18本を『買う』ことはできなくても『売る』ことはできるよ!
実際、運営スタッフには『お手伝い売り子です』の一言で、どうにかなった。
薄い本のうち何冊かは真夢紀が執筆しているのだが、まぁそんなことは黙っていればバレやしない。サークル主はネット友人の大学生だし、カモフラージュ用に真面目な『依頼』の体験談を書いたコピー誌も用意してあるし、無問題!
「ふ……ふふ……ふふふふふ……。ああ、この時をどれほど待ち望んだことか……!」
変態じみた微笑みを浮かべながら薄い本を並べているのは、シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)
今日の即売会のために半年も前から同人誌制作をつづけてきた、豪の者である。
もちろん中身はすべてBL!
表紙からして既にゲームやアニメの男の子同士がアレコレしてるという、一目で内容の把握できる代物だ。
貴族の婦女子? いいえ、どう見ても腐女子です。ありがとうございました。
R15の範囲内で抑えているあたりが、せめても貴族らしいところと言えようか。
こんな場所に来る貴族は、あまりいないと思うけどな……しかもサークル参加で。
ともあれ──売り手側と買い手側、両者の力によって今年のコミマ(夏の陣)が始まった。
午前10時。カウントダウンと同時に会場の扉が開かれ、いまやおそしと待ち並んでいた人々の行列が津波のように動きだす。
ここから先は戦場だ。
とりわけ人口密集度が高いのは、成人男性向けブースと成人女性向けブース。
これ以上ないほどわかりやすい構図だ。
「いい新刊ありますよー! どうですかー。まずは見本を見てってくださいねー」
自作の同人誌を並べて、雅人は呼び込みをしていた。
ラインナップはこんな感じだ。
・『とある撃退士の発禁目録』
雅人自身がこれまでに撃退士として経験してきたことを漫画化した、変態度MAXの問題作。
・『男だけど愛がなくても問題ないよね』
女装した雅人が種族性別年齢問わず食いまくる、衝撃の問題作。
・『マジカルレンネ』
自在に大きさを変えられるオッパイで敵を薙ぎ倒す魔法少女が主人公の、肖像権とか完全に無視した問題作。
・『コープスカーニバル』
雅人を含む死体仲間が裸で歌い踊る、謎のコラボ問題作。
「あらためて気付きましたけれど、問題作ばかりですね……」
感心したように、綾女が言った。
まぁ作者自身が問題作なので無理もない。
綾女は一体この男に、どんな恩義があるというのか……。
「たしかにネタはギリギリですが、絵には自信があります! がんばって売りつくしましょう!」
「はい。この命を投げ打ってでも、売り切ってみせましょう。あなたは私の体と心と命と……いえ、私の全てを救ってくれた、かけがえのない恩人なのですから」
クールな顔で、並みならぬ意志を見せる綾女。
いったい彼女と雅人の過去に、なにがあったのか!?
それは近い将来いずれ明かされる……といいな! このままじゃ何が何だかわからんよ!
というか売れるのか、この本。
客引きという点で言うと、恋音も相当だった。
なんせ、やたら露出度の高いメイド服やバニースーツ、アニメキャラの半裸に近いコスなど、次々と着替えては呼び込みしているのだ。しかも百合華と二人そろって首輪でつながれている。まるで風俗店の呼び込みだ。……いや、風俗店でもここまでしないぞ。
「恋音? もっと必死でやらないと売れないよ?」
ちょっと一息ついたとたん、恋音の尻に明日羽のチェーンが叩きつけられた。
「ひぃぃ……っ!?」
痛みで跳び上がり、その場に倒れる恋音。
すると鎖でつながれた百合華の首が絞まる。
「ぐえ……っ!」
喉を詰まらせて恋音の上に倒れる百合華。
「なにやってるの? 客が来てるよ?」
百合華の背中にチェーンがぶちこまれた。
明日羽はイスに腰かけたままで、接客も何もする気はないらしい。
だが、この『見世物』は一部の客に評判で、売り上げには非常に貢献したという。
そんな中、ペルルは魔具やスキルを使って客引きしていた。
たとえば、妖怪絵筆で呼び出した妖怪で客寄せ。
奇門遁甲で群衆の方向感覚を狂わせ、意志疎通で誘導。
さらには悪魔の囁きを用いて、購入するよう説得。
おお、これは撃退士にしかできない売りかただ! 規定にも反してない! 人道には反してるかもしれんがな!
「立ち止まれ、そして読め、あわよくば目覚めよ! 開け新世界の扉! 日本の夜明け! 文明開化!!」
謎のテンションで叫びつつ、薄い本を掲げるペルル。
ちなみに内容は、久遠ヶ原の人々や出来事やらを繊細に、かつ濃厚に描いた、勇気と劣情と禁断の愛の物語である。
ページをひらけばほとんど┌(┌^o^)┐なのだが、性別迷子な人々が多い久遠ヶ原が舞台だから仕方ない。
「みんないらっしゃいませなの! ノーマルなあなたも今日から好きになったらいいなの(はぁと」
これぞまさに悪魔の囁き。
反則じみた手口で客を集めるペルルは、午前中のうちにすべて売り切ってしまいそうだ。
ところで、コミマは薄い本やグッズを売買するだけの場所ではない。
もうひとつの目玉と言えるのが、いわゆるコスプレ。
常日頃から学園でコスプレしてる撃退士たちも、ここぞとばかりに参加していた。
場所はコスプレ広場。基本的に、ここ以外の場所ではコスプレしてはいけない決まりになっている。
中にはペンギンとかナースとかハロウィンっぽい衣装でうろついてる輩もいるけど、あくまで例外! 例外だから! みんなルールは守ろうな! 『解説』に書くの忘れた俺が悪いんだけど!
「やっぱり、こんな場所に来たからにはコスプレしないとねェ……? せっかくの機会だし、たのしませてもらうわねェ……」
そう言って着替え室に入っていったのは、黒百合(
ja0422)
『こんな場所』とは、どんな場所のことなのだろう。
「……まァ、ふだんの久遠ヶ原学園もコスプレ集団みたいなものだけどォ……」
ぼそりと呟く黒百合の、まさに言うとおりだった。
コスプレなんて、学園でいくらでもできるのに!
だがやはり、コミマという空間は特別なのだろう。なんだかんだで、黒百合もいつもより気合が入っているようだ。
じきに更衣室から出てきたとき、彼女は紺と白のミニスカメイド服に身を包んでいた。
さらに『変化の術』で身長をのばし──扮しているのは、東方シリーズの吸血メイド。いわゆる瀟洒なPAD長だ。もちろん黒百合もしっかりと胸にパッドを……これ以上はやめておこう。
装備しているのはパッドだけではない。太腿に巻いたベルトには無数のナイフ。胸元には懐中時計。完璧なコスプレだ。
その完成度を目の当たりにして、すぐにカメコが集まってくる。
すかさずニンジャヒーローや『魔笑』でポーズを決めてサービスする黒百合。
だが、極端なローアングラーには容赦しない。
といっても、黒百合が冷たく微笑んでみせるだけで血相変えて逃げてゆくのだが……。
「あの衣装すごいな。自作かな?」
黒百合のPAD長……もといメイド長コスを眺めながら、鈴音は呟いた。
恐ろしい炎天下の行列の中を大荷物持参でやってきた彼女が扮しているのは、いま話題沸騰中のブラウザゲーム『宇宙戦艦コ●クション』から選んだ、某宇宙戦艦コス!
この春にはアニメ化もされた、いま最も熱いゲームのひとつだ。
そのいでたちは、巫女風の衣装に三連装主砲2基、波動砲1基をかつぐというスタイル。しかもかなりの完成度だ。
「あ、暑い……重い……」
かなりバテぎみの鈴音。
だが、「あのー撮影いいですか?」とか言われると、急に元気をとりもどす。
「大マゼラン星雲まで、片道14万8千光年の距離を往復シマース!!」
とか、
「対ショック、対閃光防御! 波動砲、発射デース!!」
などと、満面の笑顔で頑張る鈴音。
一体なにが彼女を動かしているのだろう。
「な、なんなんですか、この人混みは……」
コミマ会場の前で、樒和紗(
jb6970)は遠い目をして立ちつくしていた。
引きこもりの彼女は、この即売会でしか手に入らないレアなゲームをGETしようと意気込んで乗りこんできたのだが……見れば戦場のごときありさま。想定をはるかに超えている。
「俺としたことが、コミマを侮っていたようですね。なんという人の壁……引きこもりの身にはつらすぎる状況。……ですが、このまま帰っては引きこもりのプライドが許しません。……よって突入します!」
引きこもりの身を押して、ゲームのためだけに突撃する和紗。
しかもコミマ経験者の友人から『コスプレしないと入場できないわよ』などとデタラメを吹き込まれて信じきってしまった彼女は、イタリアが主人公の『国家擬人化アニメ』から日本を選んでコスプレしているのだ。
真っ白な軍服に無骨な軍刀。自前の黒髪がよく似合う。
だが何度も言うように、特定の場所以外でのコスプレはNGなのだ。
「……ここでのコスプレは……禁止です」
警備スタッフの染井桜花(
ja4386)が、やんわり声をかけた。
「え? でも……」
和紗が言い淀むのも当然だった。
なにしろ桜花自身がコスプレしているのだ。
しかも『B&S』に登場する、旅館の巨乳女将。そこらのレイヤーと比べても、かなり目立つ。とくに胸部が。とくに胸部が!
「……とりあえず……こちらへ」
「あ、はい」
桜花に先導されるまま、コスプレ広場へ向かう和紗。
このときもう既に、彼女はコミマに来た目的を忘れかけているのだった。
そのころ。焔・楓(
ja7214)は何だかよくわからないままコミマ会場を訪れていた。
夏休みでヒマなので、お祭りっぽい雰囲気につられてここまでやってきたのだ。
「なにかお祭りでもやってるのかな? かな?」
興味津々で人混みの中を歩き、コスプレ広場を覗く楓。
無論、お祭りどころではない。広場はアニメやゲームのキャラに扮した男女でいっぱいだ。
「な、なんなのだ? おかしな格好した人ばかりなのだー!?」
ふだんの久遠ヶ原も大概おかしな格好した人ばかりなのだが、さすがにこれほどではない。
そこへ、見知らぬ男が声をかけてきた。
「お嬢ちゃんカワイイね。ちょっとコレ着てみない?」
手渡されたのは、露出多めの某魔法少女コス。
貧乳キャラなので、楓にはうってつけだ。
「これを着ればいいのだ? わかったのだー♪」
と、その場で着替えはじめる楓。
たちまち周囲のカメコが集まってきて、撮影会が始まる。
楓は言われたとおりにポーズをとるので、あっというまに大人気だ。
さらには他の衣装を着せられたり、ヅラをかぶせられたりと、まるで着せ替え人形状態。
しかも衣装の露出度は、どんどん上がってゆく。
「あ、これなら涼しくていいのだ♪ 今日は暑いし、こういうのならあたしはラクなのだ♪」
と言いながら着ているのは、ほとんどビキニみたいな魔法少女のコス。
だが楓本人は満足そうだ。もちろんカメコたちも大満足である。これはもうカネを取っても良い。
場面は替わって、ふたたび館内。
雫は警備の休憩時間を利用して、友人に頼まれた本を買いに来ていた。
「それにしても、BLやら薄い本って何なんでしょう?」
彼女自身はBLにも同人活動にもまったく関心がないので、知識はゼロである。
もしかすると会場内で唯一の、腐ってない女子かもしれない。
「薄い本が厚くなるというのも、まるで意味がわかりませんね……。暗号かなにかでしょうか……」
首をひねりつつ、友人から聞いてメモっておいたサークルのスペースをさがす雫。
じきにたどりついたサークルでは、比較的おとなしめの表紙の本を頒布していた。
「ええと……この新刊を一冊、もらえますか?」
「ありがとうございます!」
預かっていた現金を渡して、雫は目的のブツを手に入れた。
しかしBLには興味ないので、中を見たりはしない。とりあえず済ませるべきことを済ませて、雫は警備に戻った。
──その後、警備を終えて何となく『ブツ』を開いた彼女はあまりに濃厚なBL描写に赤面し、友人への殺意を抱くのであった。
「よ……よくも、こんなハレンチな物を私に……覚悟はできてるんでしょうね、あの人……」
ズゴゴゴゴゴ……と真っ黒なオーラをあふれさせる雫。
はたして彼女の友人とやらは、明日の朝日を拝むことができるのか──。
「いやあ、大盛況ですねぇ」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、ジャック・オー・ランタンのコスと称していつものカボチャタキシードで会場をうろついていた。
ただうろついているだけではない。飛行スキルでほんのすこしだけ体を浮かせて空中を歩いたり、おばけの絵を描いた袋の中に召喚獣を呼んで動かしたりと、普通の手品でも可能な技を披露している。合間合間に通常の手品をはさんだりもするので、はためには撃退士か一般人かわからない。
エイルズが何か芸を見せるたび、周囲からは拍手が湧く。
それに気を良くしたエイルズは、おもむろにポケット瓶を取り出した。中身は消毒用アルコールだ。
それをグイッとあおり、霧状に噴き出したところへライターで火をつける。
ボンッと爆音が上がり、火炎放射器のように炎のブレスが飛んだ。大道芸の火吹きパフォーマンスだ。
同時にスプリンクラーが作動して、あたり一面にシャワーが降りそそぐ。
その瞬間、何人もの警備スタッフが駆けつけた。
「一般人に迷惑をかけたら駄目なのです! おしおきなのですよぅ☆」
ペンギン蒼姫が、異界の呼び手を発動させた。
しかしエイルズは、自慢の回避力でこれを超絶回避!
「キュゥ!」
相手は撃退士だとわかっているので、遠慮なくホワイトボードで殴りかかるラッコ静矢。
しかしエイルズは、これもラクラク回避!
「……当館での狼藉……ご遠慮くださいな」
次に、旅館の女将と化した桜花が扇子で打ちかかった。
だがエイルズは、これもギリギリ回避!
「……おとなしくしてください」
なりゆきを見守っていた雫は、ナチュラルに太陽剣で斬りかかった。
さすがに4人の撃退士に囲まれては、エイルズも回避しきれない。
「グワーッ!」
一発芸と引き替えに、イタズラ好きなジャック・オー・ランタンは血を噴き上げて倒れた。
周囲の被害を考えると、イタズラってレベルじゃないけどな!
「……事務所まで……ご同行を」
倒れたエイルズの目を見下ろして、うっすらと微笑む桜花。
こうして彼は旅館の座敷牢に送られたのであった。
よくやってくれた、エイルズ! みんなの暴徒鎮圧プレイングを一身に引き受けてくれた彼に敬礼! 重体にならなくてよかったね!
ちなみに彼の行動の一部始終は画像や動画になって後日ネットにアップされ、一部で話題を呼んだという。
奇術師としてエイルズはとても満足だったが、学園にばれて反省文の刑に処せられたのは言うまでもない。
「……なんだか騒がしいですね」
カボチャの紳士が倒れた場所から遠く離れたスペースで、真夢紀はメイドコスに身をつつみながら薄い本を売っていた。
さっきも言ったが扱ってるのはR18本。表紙からして、えらいコトになっている。
売り子は真夢紀ひとり。友人たちはみんな戦場へ行った。中学生の真夢紀にはR18物件を買うことができないので、調達は友人たちに任せて店番というわけだ。
そこへ、一仕事終えた蒼姫ペンギンがラッコとともにやってきた。
もちろん警備の巡回だ。薄い本を買いに来たわけではない。断じてない!
が──
「おおっ、なにか面白そうな本があるのですよぅ☆」
『舵天照の世界で撃退士が●●●!?』というフレーズに惹かれて、つい本を手にしてしまう蒼姫。
開いてみれば、そこには実在の撃退士をモチーフにしたイケメンたちが、あられもない姿で以下略!
「こ、これは……あなたが書いたのです?」
真剣な顔でページをめくりながら問いかける蒼姫。
真夢紀は顔を赤らめつつ、「は、はい……」とうなずく。
「おおお……ぐへ、ぐへへへへへへへへ……☆」
別人のような顔で、ウハウハ言いながら薄い本を読みふける蒼姫。
自分の書いたエロ物件を目の前で読まれる真夢紀の心境やいかに。
『うむ、通常運転のアキぺんぺんである』
そんな妻の横顔を生暖かく見つめながら、ホワイトボードに書き記す静矢であった。
「自作のBL本を年上のお姉さんに熟読されて赤面しちゃう女子中学生……これはネタになるネタになる! ネタになるなのー!」
真夢紀たちの様子を眺めていたペルルは、売り子をしながら猛然とペンを手に取った。
そして真っ白な原稿用紙に、思いつくまま妄想を走らせる。
もちろん性別は逆転済み。みんなに秘密でBL本を売っていた男子中学生が男子大学生に本を見られて、じっくりねっとり熱い視線を向けられ──という内容だ。
その筆の勢いは凄まじく、あれよあれよという間に作品が形になってゆく。
妄想したら即創作! これぞ腐女子の鑑!
「あら、これは凄いですわね。完成したら一冊くださるかしら?」
銀色の髪を掻き上げて、シェリアがペルルの手元を覗きこんだ。
ちなみにシェリアの本はとっくに完売。収益目的ではなく値段を低めに設定したため、またたくまに売り切ってしまったのだ。というわけで、いまは戦利品と戦友を求めて会場を散策しているところだった。
「あなたもBLが好きなのなの!?」
「ふふふ……BLが嫌いな女子なんかいませんわ!!」
背景にベタフラッシュが入りそうな力強さで断言するシェリア。
これにはペルルもペンを止めて、握手を求めるしかなかった。
「同志なの!」
「ですわ!」
力強く握手をかわす、腐女子2名。
よし、ここからGLをはじめようぜ!
コミマは恐ろしい戦場だが、このような交流はあちこちで生まれている。
もとよりこの場に集まった者たちは多少の趣味の違いこそあれ、根本的には皆『同志』なのだ。
しかし、開場から時間が過ぎるほどに環境は過酷さを増してゆく。
会場に充満する熱気と湿気は熱帯雨林をも凌駕するほどで、とても人間の生活できる状態ではない。
やがて体力と気力の尽きた者から、一人また一人と倒れてゆく。
そうなると、医療スタッフの出番だ。
「はわわわ……目がまわるほど忙しいのですぅ〜!」
ナース服の木葉は、一般人のスタッフと一緒に救護室で働いていた。
館内放送では絶え間なく『熱中症に気をつけるように』と放送しているのだが、にもかかわらず次から次へと熱中症で運ばれてくる患者たち。これではドジっ娘スキルを発動するヒマもない! ヘタすると死人が出る!
「みなさ〜ん、ちゃんと水分と塩分を摂ってくださ〜い! 薄い本のために命を賭けないでくださ〜い!」
必死な声で言いながら、倒れた患者たちに保水液を飲ませたりアイスパックを当てたりする木葉。
その働きぶりは、まるで別人のようだ。
実際、木葉のおかげで他の救護スタッフたちも大幅に助かっている。
これでは『ドジっ娘LV99』の称号を返してもらわないといけないな……。
熱気と湿気のこもる館内も地獄だが、炎天下に晒されるコスプレ広場も相当なコトになっていた。
あとになってわかることだが、この日は2015年夏の暑さのピーク。午後3時ともなれば、照りつける日射しは殺人光線のようだ。
「あ、暑い……コレは本気で人が死ぬっていうか、私が死ぬレベル……」
弱音を吐きながらも、鈴音は宇宙戦艦のコスプレをつづけていた。
この暑さにもかかわらず、見物人やカメコは引きも切らずに押し寄せる。
そのたびに決めポーズをとってみせる鈴音。撃退士でなければ、まちがいなく熱中症で死んでるだろう。
「さすがに、この格好では暑さに耐えられなくなってきましたね……」
軍服姿の和紗は、全身汗だくになっていた。
色が白なのでまだマシだが、なにしろ風通しが悪い。汗を拭くのも一苦労だ。
「あと一時間ですか……ではもうひとつのコスに切り替えましょう」
そう言って、和紗は更衣室に向かった。
そして取り出したのは、アル○ラーン戦記のファ○ンギースコス。アニメが絶賛放映中の現在、じつにタイムリーな選択である。『日本』のコスと比べれば、露出面積も多い。
「これなら、あと一時間いけそうですね」
そう考えて広場に戻る和紗を、熱烈なカメラ小僧たちが待ちかまえていた。
黒髪の弓使いという、和紗がコスプレするために存在するようなキャラなので、まさに大反響。
イチイバルを装備してポーズを決めれば、もはや完璧だ。
「……暑さが増したのは気のせいでしょうか……?」
ボルテージ上がりまくりの観客と、四方から注がれる視線とで、和紗の体感温度は上昇する一方だった。
「そもそも俺は、なぜこんな撮影会の場にいるんでしょう……」
首をひねる和紗だが、いまさら引っ込むわけにもいかなかった。
コミマに来た目的は、もう完全に忘れているようだ。
そのとき、広場の片隅からどよめきが湧いた。
瀟洒なメイド長の黒百合がニンジャヒーローをぶっぱなしたのだ。
観客のほぼ全員が一般人だから、注目度100%。
まるで記者会見みたいに、カメコたちのシャッター音が鳴りまくる。
「あたしだって負けないのだー!」
ほとんど全裸みたいなアニメキャラのコスで、楓は光纏した。
残念ながらニンジャヒーローなどの『注目』を浴びる技は使えないが、天真爛漫な元気さは視線を集めるのに十分だ。だいいちコスの露出度が危険すぎる。しかも言われるがままにポーズをとるので、その絵面はもはや犯罪級だ。というか犯罪じゃないのか、これ……。
そんな撃退士たちの活躍で、コスプレ広場は例年以上の盛り上がりを見せた。
さすがに普段からコスプレみたいなことをしてるだけあって、彼女らのレベルは高い。
コスだけでなく元の素材も良いから、受けるのも当然と言えば当然だ。
──やがて午後4時。祭りの終わる時間がやってきた。
「これをもちまして、コミマ2015を終了します。みなさまおつかれさまでしたー! お帰りの際は忘れものにご注意くださーい!」
全館放送が流れるのと同時に、参加者たちの間からいっせいに拍手が湧いた。
これがコミマのお約束。戦いの終わりを告げる音だ。
売り手も買い手もレイヤーも、たがいの労をねぎらうように笑顔を交わす。
だが、本当のところ戦いはまだ終わっていない。
そう、手に入れた大量の戦利品を引きずって、無事に自宅へ帰り着くまでが戦いなのだ!
そして半年後のコミマにそなえ、戦士たちは牙を研ぐ──。