焼肉部存続の危機と聞いて、月乃宮恋音(
jb1221)と袋井雅人(
jb1469)は真っ先に部室へ駆けつけた。
「話は聞きました。部長のお兄さんが見学に来るそうで。これは部員一同大歓迎しないといけませんね!」
やけに張り切る雅人。
「それで……部長と、お兄様はどちらに……?」
恋音が室内を見回した。
「準備が済むまで学園を見学してくるって」と、亜矢。
「おぉ……では、早々に歓迎の席をととのえましょうかぁ……」
「ええ、今日ばかりはまっとうな焼肉にしましょう!」
久々にマトモな焼肉が食べられそうで、今日の雅人は真剣だ。
「話は聞いた! まずは打ち上げ花火の用意だ!」
スパーンと部室のドアを開けたのは、全身包帯姿の数李碑(
jb6449)
予想外のことに、亜矢も唖然だ。
「ちょ……どうしたのアンタ」
「たいしたことはない。先日の依頼で洗車しすぎてな」
「それも意味不明だし、花火もイミフなんだけど?」
「夏といったら花火! 焼肉花火だ!」
「まぁ……予算は預かってるから好きにしたら?」
「よし、すべてまかせろ!」
そう言うと、数李碑は現金片手に飛び出していった。
「……また、くだらない騒ぎですか」
「うわっ!?」
いつのまにか、雫(
ja1894)が亜矢の背後に立っていた。
「やれやれ、忍軍とは思えない鈍さですね」
「よけいなお世話よ! そんなことより協力してくれるの?」
「まぁ焼肉部設立には、私にも責任の一端がありますし……。無知な天使にも教育が必要でしょう」
「そのとおりよ! 教育してやって!」
そこで、ふと気付いたように亜矢は問いかけた。
「そういやアンタ、なんで入部しないのよ。活動記録見たら毎回参加してるじゃない」
「私にとって焼肉部の活動は日常生活の一部ですし、カルーアさんの狙う獲物は小物ばかりなので……。もし大物を狙う意思があるなら入部しますよ。ちょうどカルーアさんにパンジステークによる熊や猪の狩り方を教えたいと思っていたところですから」
「パンジ……? なにそれ」
「ブービートラップのことです」
「そう言いなさいよ!」
「あなたにも教育が必要ですね……では私も準備にかかります。またのちほど」
淡々と告げると、雫は部室を出て行った。
──数時間後。
参加者たちは食材や機材を持って部室に集まった。
恋音、雅人、雫、数李碑、亜矢の5人だ。
そこへ、パスティスとカルーアがやってきた。
「なんだ? 部員はこれだけか?」
冷笑するパスティス。
「うっさいわね! 少数精鋭なのよ!」
亜矢が怒鳴った。
それを見て、雅人が礼儀正しく歩み寄る。
「はじめまして。私は部員の袋井雅人と申します。特技は闇渡りと暗黒破砕拳。これらを習得できたのも焼肉のおかげと言えるでしょう」
「馬鹿を言え。焼肉にそんな効果はない」
「効果がないかどうか……いま証明しましょう! 恋音、焼肉の用意を!」
「はい!」
阿吽の呼吸で調理にかかる、雅人と恋音。
「待った! そのまえに、まず謝罪させてほしい。前回の依頼のことだが……」
唐突に数李碑が頭を下げた。
その言葉を聞いたとたん、恋音とカルーアの瞳から急速に光が失われてゆく。
「なんだ? 前回の依頼とは」
パスティスが訊ねた。
数李碑は当然のように答える。
「じつは前回、焼肉部の活動で俺はこの二人をウンコまみれに
スカーーン!
セリフの途中で、雫の投げた中華鍋が数李碑の後頭部に命中した。
「食事の席で、下品な言葉は慎みましょう」
血まみれで倒れる数李碑から、返事はなかった。
重体中だってのに……。
「なんだ、おまえら。ちょっと目を離した隙におもろいことやってんじゃねーか。俺もまぜろ」
威勢よく部室に乗りこんできたのは、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
学園でも有名な奇行種だ。いままで彼女が焼肉部でなかったのが不思議なほどである。
「ところでカルーアはどこだ? あの、でかいカニに胴体まっぷたつにされてた馬鹿」
ラファルは一同の顔を見まわした。
が、記憶にある顔が見当たらない。
「カルーアはここなのです」
おずおずと手をあげる部長。
「なに? 俺の記憶と違うぞ。さては変化の術か?」
「そんなことしてないです!」
「じゃあ何だ? 俺の勘違いか? そういや微妙に名前が……まぁいいか。いまからおまえを輪切りにすれば同じことだ」
「そ、そんなことしたら、焼肉がおなかから……!」
「ダイエットに丁度いいさ。ここに物干し竿(刀)があるから、こいつで一刀両断に……」
にやりと微笑むラファル。
「なんだ、この茶番は。俺にうまい焼肉を食わせるんだろう?」
パスティスが鼻を鳴らした。
しかしラファルは動じない。
「はは……っ。話には聞いたぜ、自称人間界に詳しい天使サンよ。そんな戯言、田舎天使に自慢するならともかく人間相手に豪語するとは、お里が知れる。望みどおり食わせてやろうじゃねーか、真の焼肉を」
ラファルにとって、こういう無知な相手こそ大好物。
せいぜい派手にいじって歓迎してやる構えだ。
「ふ……どうせ期待外れさ」
「さーて、そいつはどうかな?」
ここでラファルは考えた。
西洋の故事にちなんで天使か悪魔の肉を食わせてやるのが礼儀ってもんだが、さすがに入手できねぇな……と。ならば、かわりに飛びきりのゲテモノを食わせてやろう。世にもレアな珍味と称して!
……うん、いつもやってることだった。
というわけで、宴の準備は整った。
並んだ大皿に盛られているのは、牛、豚、鶏、羊、馬、猪など種類豊富な肉、肉、肉。
内臓系や脳味噌などのレアな食材もある。
つけだれや調味料も和洋中と揃い、見た目にも圧巻だ。
「さぁはじめるわよ! 焼肉部定例会を!」
なぜか場を仕切る亜矢。
だがそこへ、新たな闖入者が!
「待ったぁー! みんなに焼肉を食べる前に知ってほしいことがある!」
現れたのは、佐藤としお(
ja2489)だった。
「なに? だれもラーメンなんか頼んでないわよ?」と、亜矢。
「そうではありません! みなさんがいつも食べている焼肉、タンだロースだカルビだと何気なく注文していると思いますが……そのお肉、牛さんのどこの部分か知ってますか? これ、意外と知らない人が多いんですよね! そこで今日は俺が教えてあげましょう!」
言うが早いか、としおは韋駄天羽織りを脱ぎ捨てた。
すると羽織の下から出てきたのは、股間を葉っぱで隠しただけの原始人みたいな服装!(服装?)
そして、どこからともなく(持参したラジカセから)流れだす蛮族的な太鼓のリズムに乗ってファイヤーダンス開始!
「まずは『タン』! いわゆる牛さんのベロです! あっかんべーってやってから食べると一層おいしいよ!(ドンドコドコドコ♪)」
「次は『ロース』! これは肩から腰あたりにかけての背中のお肉の総称! 肩ロースやリブロースとか色々あるから好きな名前を選んで頼もう! そのお肉が高いか安いかはあなた次第!(ドンドコドコドコ♪)」
「そしてモウ〜1個! 『カルビ』! 焼肉といったら、このお肉! 肋骨のまわりのお肉、いわゆるバラ肉だよ! 霜の入りかたで上、特上なんてランクが上がってくぜ!(ドンドコドコドコ♪」
炎の踊りをつづけながら、肉の部位を紹介するとしお。
ホルモン系を紹介しないのは、個人的に苦手だからだ。いくら噛んでも口の中にあるため、いつ飲みこめばいいのかわからないらしい。
「さぁこれで勉強は終わりです! あとは心ゆくまで焼肉をたのしんでください!」
華麗な踊りで話を〆るとしお。
言われるまでもなく、みんなとっくに焼肉はじめてた。
あまり広くない部室に、所狭しと並んだ肉と鉄板。
室内は焼肉の匂いに包まれ、参加者たちは自由気ままに舌鼓を打つ。
「……で? この部活動のどこに価値があるんだ? 肉を焼いて食ってるだけではないか」
パスティスが眉をしかめた。
「やれやれ……単純なものほど奥が深いと知らないようですね」
と、肩をすくめてみせる雫。
「ほう……口だけではなかろうな?」
「まぁ、黙ってこれを食べ比べてみてください」
雫が差し出したのは、3種類の肉だった。
それぞれ、畜産で育てられた豚、半野生化したイノブタ、野生の猪である。
パスティスは言われたとおり3種の肉を焼いて食べると、「これがどうした?」と訊いた。
「わかりますか? もとはどれも同じ種の生物ですが、育った環境によってここまで味に違いが生まれるんですよ」
「俺にはどれも同じ味に思える」
「は……?」
雫は絶句した。
そんなまさか──と思いながら彼女は続ける。
「では、これを試してください。狩ったばかりの猪肉と、熟成させた猪肉です。さすがに、この違いはわかるはず。きちんと温度管理された場所で肉を寝かせることで、タンパク質をアミノ酸に分解させ……
「やはり同じ味だ」
雫の説明をばっさり打ち切るパスティス。
その瞬間、全員が理解した。
『こいつ絶望的な味覚音痴だ!』と。
(うぅん……これでは、せっかくそろえた肉も無意味ですねぇ……)
焼肉そのものの魅力を伝える気でいた恋音は、路線変更を余儀なくされた。
だが、まだ策はある。
「あのぉ……これを見てください……」
恋音が見せたのは、V家電シリーズのホットプレートだった。
「なんだそれは」
「こちらは、V兵器と家電品を組み合わせた商品で……焼肉をしながらアウルの訓練ができるという、すぐれものですぅ……。つまり、栄養補給と訓練を同時に……
「それを組み合わせる必要があるのか?」
「そ、それはそのぉ……」
妥当すぎる指摘に、口ごもる恋音。
だが、まだ策はある。
「えぇとですねぇ……焼肉は、とても有用な交流手段だと思いませんかぁ……? こうして皆が集まって食べることで、カルーアさんの人界知らずをなおすことも……」
「こんな面倒なことをする必要はない」
「うぅ……」
これまた妥当すぎて何も言い返せない恋音。
(いまこそ私の出番ですね!)
恋人の窮地を見て、雅人は計画を実行に移した。
まずはパスティスの横に忍び寄り、耳元へ囁く。
「ここだけの話ですが……焼肉には、本能を刺激して男も女もエロエロにしてしまうという裏効果があるのですよ」
「だれもそうなってないぞ」
「じつは今まで我慢してましたが……これが焼肉の効果です! うおおおお、恋音ぇぇっ!」
箸と皿を放り出して、恋音を押し倒す雅人。
そして始まるSMショー。
パスティスは白い目でそれを眺めるだけだった。
「よーし、俺の出番だぜー!」
ナイスバディの巨乳娘が、両手に皿を持ってやってきた。
その正体はラファル。変化の術による色仕掛けで籠絡する作戦だ。
「はい、あーん♪」
などと言いながら、食べさせるのは牛の脳味噌をミ=ゴの生体コンピュータみたいに薄切りにしたもの。
さらに「こいつは超珍味だぜ?」とか言いつつ、カビの生えた貴腐牛肉のカビ部分だけを焼いたものをアーンさせる。
だが、舌バカのパスティスに言わせると『ただの肉を焼いただけ』で済んでしまうのだった。
「こいつは本格的にヤベー!」
さすがのラファルも驚愕だが、考えてみれば久遠ヶ原にもこの程度の味覚音痴はいるよなと考えて妙に納得。
「だから俺に任せろと言ったんだ」
ここでついに数李碑(重体中)が動いた。
手にしているのは、直径30cmの打ち上げ花火。
背後には『焼肉花火はじめました』という暖簾が出ている。
「焼肉花火?」
「ああ、この尺玉には牛肉が仕込まれている。これを打ち上げ……空中で肉をキャッチする!」
「何の意味があるんだ?」
「まず、炸裂した肉の中から瞬時に食べごろを見分ける『判断力』
次に、判断した肉をキープする『行動力』
必然的に空中戦になるため『空間把握能力』
そして複数人で行うことで鍛えられる『駆け引き』
それら全てが同時に鍛えられる……これぞ撃退士流焼肉だ!」
「まぁやってみろ」
「見ていろ。これが……真の焼肉!」
数李碑は窓の外に向かって花火を打ち上げた。
と同時に、背中から血を噴き出しつつ花火を追って跳躍!
炸裂する花火。
飛び散る七色の火花。
そして焼け焦げた肉。
「アバーッ!?」
爆発に巻きこまれた数李碑がどうなったか、言うまでもなかった。
「ところで、おまえは食ってばかりだが……それでいいのか?」
パスティスが問いかけたのは、陽波透次(
ja0280)だった。
そう、いままで描写がなかったから誰も気付かなかったと思うが、彼は最初から部室に潜りこんで焼肉してたのだ。
「そうですね……皆いろいろ言ってましたが、僕に言わせれば焼肉は宗教なんです」
「宗教?」
「ええ。以前の僕は、焼肉をただの食べ物だと……飢えを満たすためだけの存在だと思ってました。けれど、あるできごとが僕の認識を改めたんです。……そう、あの命をかけた弾幕STGが……」
「おまえは何を言ってるんだ?」
「わかりませんか。つまりこういうことです。焼肉こそ撃退士最強の武器! それを日々研究する焼肉部こそ、撃退士最強の集団!」
「おまえは何を(ry」
「では焼肉の偉大さを証明しましょう! さぁ僕を攻撃してください!」
透次は焼肉を口に詰めこむと、両腕を大きく広げた。しかも光纏すらしてない。
こんな無防備な状態で天使の攻撃を受けたら、よくて重体、悪けりゃ即死だ。
「正気か?」
「もちろん! 焼肉を通して出る力が僕を守る!」
透次の目は完全に狂信者のものだった。
焼肉への信仰に目覚めた男が、いま覚醒する!
「ならばくたばれ」
パスティスの手から、巨大な火球が撃ち出された。
まるで小型の太陽みたいな、すさまじい熱波と閃光。
ああこれは死んだなと、だれもが透次の冥福を祈った。
──が、しかし!
「この程度の炎では……僕の焼肉への信仰は燃え尽きない!」
仁王立ちで火球を受け止める透次を、謎の焼肉バリアが包んだ。
「な……!?」
息を呑むパスティス。
次の瞬間、バリアと同時に火球は消え失せた。
「焼肉の偉大さ……わかって、いただけ、ましたか………?」
全身黒こげになりつつも、透次は立っていた。
「……たしかに、焼肉には謎の力があるようだ。認めよう」
「信仰こそ力。力こそパワー。すなわち焼肉最強! 焼肉部の長たるカルーアさん、マジリスペクトです! どうか焼肉部の存続を!」
そこまで言うと、透次は前のめりに倒れた。
──結果、焼肉部は廃部を免れた。
おもに透次の活躍によるものだ。宗教コワイ。
「みんなありがとうです! これからもよろしくなのです!」
カルーアは大喜びだ。
「ところで……パスティスさん、久遠ヶ原に入学しませんかぁ……?」
撃退酒で接待しながら、勧誘する恋音。
「馬鹿を言え。俺は忙しいんだ」
「そうですかぁ……残念ですねぇ……」
もちろん天界の天使が学園に入学できるはずなどない。
だが、もしも彼が焼肉の真の魅力に気付いたとき──それは現実になるかもしれない。