その日、カフェ『Lily Garden』に8人の撃退士が集まった。
開店前に色々と準備が必要だが、まずは制服に着替えるのが先だ。
「さて……特にこだわりがない人は、これを着てね」
佐渡乃魔子が見せたのは、やたらフリフリのメイド服めいた何かだった。
「お、おぉ……私のサイズに合うのも、ありますかぁ……?」
問いかけたのは、月乃宮恋音(
jb1221)
その巨乳ぶりといったら、ほかのパーツすべてがオプションに見えるほど。
「もちろん。うちにも『大きい』人はいるから」
魔子の手渡した制服は、計ったようにピッタリだった。
「うぅん……さすがですねぇ……」
「女の子の3サイズは見ただけでわかるのよ」
怪しげに微笑む魔子。
「あたしの体に合う制服はあるのです?」
次に深森木葉(
jb1711)が訊ねた。
なんせ身長90cm体重10kgという幼児体型なので、これまた普通の制服は着られない。
「もちろん。うちには子供のスタッフもいるから」
あっさり答える魔子。
たぶん何かの条例とかに違反してるが、摘発されないのだろうか。
「あっ、でも私服の袴でもいいですよ? 魔子ちゃんにおまかせです」
「じゃあ制服に着替えて。……理由? もちろん木葉ちゃんの生着替えが見たいから」
魔子は基本的に正直者である。
「えっと……自分は何でここにいるんですかね……?」
みんなの着替え風景を眺めて、十三月風架(
jb4108)はポツリと呟いた。
斡旋所で『なにか適当な依頼を』と言ったところ、今回の件を紹介されてしまったのだ。しかも内容をよく見なかったため、女性専用の店というのも今知ったばかり。
おそらく斡旋所の係員も、風架を女の子と間違えてしまったのだ。というより、まちがえないほうがおかしい。
「まぁ受けたからにはちゃんとやりますけど……」
溜め息をつきながらも、メイド服に着替える風架。
その姿は、どう見ても女の子だ。
「私はこだわりがあるので、いつものチャイナ服を着ますねー」
そう言って、袋井雅人(
jb1469)は藍色のチャイナドレスに着替えだした。
もしやラブコメ仮面に着替えたらどうしようかと思ったが、大丈夫のようだ。
大丈夫……だといいな……!
「ふふふ……やってみたかったのよォ、マスコット?キャラって奴をォ……命名はユリクマぁ♪」
突拍子もないことを言いだしたのは、黒百合(
ja0422)だ。
彼女が身に着けたのは、改造されたクマの着ぐるみ。
しかも『変化の術』で可能な限り体を小さくして、限界かわゆすアピールがうがう。
「あらカワイイ」
魔子が黒百合の頭を撫でた。
「がうがう」
「たまにはアニマルプレイもいいわね」
「が、がうがう!」
黒百合の貞操が危ない!
……いや最初からなかったわ、そんなもの。
ともあれ事前の打ち合わせや各人の方針などの確認も無事に終了。
黒百合の指示で『不審者を見かけた場合はスタッフに連絡を』という貼り紙を出し、さらに全員がインカムを装着して即時連絡がとれるよう準備を整えたところで、開店時刻が訪れた。
ふだんは実施してない食べ放題イベントということで、店の前には開店前から大行列。
オープンと同時に、飢えた女子たちが雪崩のように押し寄せた。
そんな狼どもを、ホール係のメイド姿(クマ含む)撃退士たちが並んで出迎える。
染井桜花(
ja4386)、ユウ(
jb5639)、木葉、黒百合の4人だ。
みんな素敵な笑顔である。
とりわけ桜花の笑顔は男女問わず一発で落とすほどの威力なので、実際ヤバイ。
「あら、いつもの子たちと違う」
「撃退士よ。ブログに書いてあった」
「お持ち帰りしてもいいのかしら」
「私はあの子が……」
「それはアタシのよ!」
「みんな落ち着いて! まずはスイーツ! 次に女の子よ!」
「「おう!」」
などと、たいへん乙女な会話をかわす常連たち。
店内は瞬時に満席だ。
本来はバイキング形式の食べ放題を考えていた魔子だが、脅迫コメントを受けて注文を聞く形に切り替えての営業。こうすれば客を一人一人チェックできるし、食品に異物を投入される危険も少ない。そのぶんスタッフは大忙しだが、訓練された撃退士なら多分どうってことはない。客の注文がマトモな間は。
「……ご注文をうかがいます」
必殺確殺滅殺スマイルで、オーダーをとる桜花。チャイナカフェ『赤猫』の店員なので、接客は慣れている。
だが、その間も客に不審な点がないか観察するのは忘れない。
無論、客には気付かれないよう慎重に。
ただ、客がみんな桜花にハートを奪われてしまうため、ある意味全員が不審者のような感じに。
「いらっしゃいませ、お姉さま」
木葉も天真爛漫な幼女スマイルで接客対応。
「なに、この子! かわいい!」
「ありがとうございます〜。ご注文は何にいたしますかぁ〜?」
「あなたがほしい!」
「そ、それはちょっとぉ〜」
「じゃああなたの好きなものを注文して。私が食べさせてあげるから!」
「え、ええ〜?」
うろたえる木葉。
特殊な趣味の客が多いと聞いてはいたが、まさかこういう趣味だとは。
「わ……わかりました。お客様にご満足いただけるよう、がんばらせていただきます〜!」
これも依頼だと、木葉はシリアスモードで応じた。
おお、いつものドジっ娘モードとは違う! 仕事もテキパキと──
びたーーーん!
なぜか、なにもないところでスッ転ぶ木葉。
たちまち周囲の客が群がり、先を争って介抱をはじめる。
これまた紛れもなく、全員そろって不審者だ。
そんな中、マスコットキャラ(自称)を演じつつ、ニンジャヒーローで注目をあつめたり、ダンスで愛想をふりまく黒百合。
風架は出来るかぎり客に触られたりしないよう、テーブルの片付けや床掃除など接客以外の雑務を中心にこなしている。ときおり男か女か訊かれても、やんわり否定するだけだ。
「見えちゃいますかね〜? まぁ違うので安心しておたのしみくださいね〜」
そういった仲間たちと密に連絡をとり、業務がスムーズに進むよう配慮するユウ。
今日のイベントをお客様全員にたのしんでもらおうと、彼女は誰より一生懸命だ。
笑顔での接客はもちろん、不審者への警戒も忘れない。
ただ、このカフェの客は特殊な趣味の女性ばかりなので不審者との区別が難しい。
いまのところ、確実に怪しいと思える客は見当たらないようだが──
「おぉ……ホール以上に、キッチンは地獄ですねぇ……」
恋音は魔子の調理補佐を買って出ていた。
事前の段階ではホールでの接客も検討していたが、先日の依頼で牛乳を飲みすぎて重体になってしまったため、裏方に回った次第だ。以前の依頼で魔子と一緒に調理したこともあり、呼吸はつかんでいる。
そんな恋音の隣で、咲魔アコ(
jc1188)はマイペースに働いていた。
彼女も魔子のサポート役だ。基本的には、完成したスイーツを皿に盛りつけたりデコレーションしたりという仕事である。
が、ここでアコは思いついた。
「そうだ! いま気付いたけれど、食べ物に何か混入される可能性もあるのよね。……よし、ならば毒見よ! 毒見するわよ!」
これは名案とばかりに、できたてのマカロンを口に放りこむアコ。
恋音と魔子が、一体なにをやってるのかという目で見つめる。
「な、なに? べつにスイーツが食べたいわけじゃなくてよ! ……え? マカロンばっかり減ってるですって? 気のせいね! 錯覚よ、錯覚!」
と言いながら、マカロンをかじるアコ。
「つまみ食いぐらいはいいけど……営業に支障が出ない程度にね?」
「大丈夫、仕事はちゃんとするわよ! 私たちが来たから味が落ちただなんて言わせるものですか!」
たしかにつまみ食いしながらも、アコは真面目に手を動かしていた。
魔子のレシピを遵守し、下ごしらえからデコレーションまで手を抜かない。イチゴひとつさえ、宝石のような扱いだ。
「ところで最近、ミアンのほうはどうですの?」
「わりと順調みたい」
「あー、まあ、つぶれてないなら良かったわ。従兄のせいでお店が立ち行かなくなってたらどうしようかと思ってましたの」
ほっと胸をなでおろすアコ。
一方そのころ。雅人は店の前の大通りでビラ配りに専念していた。
ただビラを配るだけではない。脅迫コメントを書き込んだ犯人にそなえ、事件を未然に防ぐべく最初の砦として動いているのだ。
「ドウゾー。淑女専用の高級カフェ、Lily Gardenをヨロシクねー」
チャイナ姿で笑顔を振りまきながらも、雅人は警戒を怠らない。
とはいえ、いくら警戒したところでそんなあからさまに不審な人物など──
「あ、明日羽さん!?」
これ以上ないほどの最有力容疑者が、堂々とやってきた。
「あら、ビラ配り? この炎天下に? まぁがんばってね?」
「明日羽さんは来ないと聞きましたよ」
「スタッフとしてはね? 客として来ないとは言わなかったよ?」
ふっ、と笑って雅人の横を通り抜ける明日羽。
一瞬、その背中にマーキングを撃ち込もうかと雅人は考えた。
が、そんなことをすれば気付かれるに決まってる。
結局、明日羽が正面から店に入っていくのを見送る以外なかった。
明日羽が来店したとたん、否応なく高まる緊張感。
いつ何をやらかす気かと、スタッフたちは警戒を強める。
しかし皆の予想に反して、明日羽は黙々とケーキを食べるだけだ。
じきにテレビや雑誌の取材が来るも、とくに動きはない。
桜花や恋音は取材クルーの中に脅迫犯がいる可能性も考えて対応したが、完全に空振り。
そして何も起きないまま、やがて日が暮れる。
もしやこれは、来るはずもない犯人を警戒して無駄骨を折る撃退士たちを眺めて嘲笑うという、ヒマをもてあました明日羽の悪趣味な遊びか──?
そんな空気も流れはじめるが、スタッフは閉店まで気をゆるめない。
ところで、この店は夜になると客層が変わる。
色気より食い気が先行する学生や貧乏OLは姿を消し、いかにも裕福そうな淑女たちの社交場と化すのだ。
人目も憚らず、堂々とイチャつく女性客。
当然、撃退士たちもその標的だ。
オーダーを聞いたり、注文の品を運ぶたびに、さわられたり口説かれたりする撃退士たち。
だが、木葉以外みんな慣れた様子だ。
アコなど実に平然としたもので、お尻を撫でられながら「あら、エッチなお手ですこと」などと笑っている。内心では、さわるだけで済ませるなんて許せないと思っているほどだ。彼女にマトモな貞操観念はない。
その点、ユウは比較的まともな対応をしていた。特殊な趣味の客が多いと聞いていたし、そういう店なのだと納得して依頼を受けている。客に満足してもらえるよう、なんでも受け入れる覚悟だ。ただし、公共の福祉に反しない行為の範疇で。
だが、『公共の福祉に反しない行為』とは、どこからどこまで……? AからCまで……?
さておき、時計は9時をまわった。
店内のあちこちからアハンウフンイヤンイヤンという喘ぎ声が聞こえる中、バアンと騒音をたててドアが蹴り開かれる。
そして現れたのは、見るからに異様な風体の客だった。
真っ白なフードに、丸いサングラス。大きなマスクで完全に顔を隠している。脇に抱えてるのは、一本の丸太。完全に、どこかの島の住人だ。これが不審者でなければ誰を不審者と認めればいいのかというレベルの超不審人物である。
無論、雅人のマーキングもブチコミ済み。っていうか、こんなのマーキングしなくても見逃しようがない。
おもわず、無言で顔を見合わせる撃退士たち。
あまりのことに、客も静まりかえっている。
まさかこれほどまでに堂々と乗りこんでくるとは、だれも予想してなかったのだ!
「……一応確認しますが、ブログに脅迫文を書き込んだ方ですか?」
ユウが礼儀ただしく確認した。
まさかの可能性だが、ただの無害な客ということもありえる。
「あたりまえでしょ! こんな丸太かかえてカフェに来る客がいる!?」
逆ギレする脅迫犯。
「あの、なにか要求があれば聞きますが……?」
「魔子を出しなさい! この丸太で心臓ブチ抜いてやるから!」
「……」
ふたたび顔を見合わせる撃退士たち。
これ殺っちゃっていいのかな……という空気だ。
この喜劇を前に、明日羽だけが笑いを噛み殺している。
「ええ〜い! とりあえず魂縛符ですぅ〜!」
最初に仕掛けたのは、意外にも木葉だった。
犯人が現れたときの対処を、まえもって魔子に聞いていたのだ。
一般人なら眠るはず。眠らなければアウル覚醒者だ。
──結果、丸太女は眠らなかった。
「……じゃあ、おやすみ」
すかさず桜花が死角から忍び寄り、女の首に手をかけた。
と思いきや、丸太の殴打を浴びて吹っ飛ぶ桜花。
「お客様、暴れるとお客様にも危険が及びます。少し、失礼しますね」
つづいてユウが間合いをつめ、関節技で押さえ込もうとした。
が、これまた丸太の一撃でKO。
「あはははは! 最強の近接兵器・丸太! どいつもこいつもコレでおしまいよ!」
高笑いしながら、女は黒百合に襲いかかった。
しかし、所詮ただの丸太。物質透過の前には無力!
「あら、お気の毒ゥ……これでオシマイよォ……?」
黒百合の口が開き、雷光砲が発射された。
客に当たらないよう、しっかり標的は識別してある。
「アバーッ!」
無惨に吹っ飛ぶ丸太女。
こうして事件は解決したのだった。
そんな騒動のあと、店は早仕舞い。
あわれな犯人を縛り上げてからのスイーツタイムとなった。
今夜のスペシャリティは、季節限定・白桃のタルト。
「おいしい〜。これ、すっごくおいしいですぅ〜♪」
満面の笑顔でほおばる木葉。
労働のあとは甘いものを摂って疲労回復だ。
「……うん。これは、いい」
桜花も淡々とフォークを動かしている。
風架は完全に興味をなくして店の隅っこで寝てるし、アコは売れ残りのマカロン食べてるし、犯人完全放置プレイ。
「ちょっとアンタら! あたしの話を聞かないの!?」
丸太女が半泣きで怒鳴った。
「えとぉ……あなたが気絶してる間に、すべて魔子さんから聞きましたぁ……。恋人を奪われ、カフェをつぶされたことの、逆恨みだとかぁ……。事前の予想どおりでしたよぉ……」
無慈悲な言葉を浴びせる恋音。
「大丈夫! あなたへのオシオキというか調教は、魔子さんがそりゃもう念入りにしてくれると思いますよ!」
雅人も容赦ない。
「そうね。両脚を切断して厨房に監禁して、死ぬまで生クリームのホイップしてもらおうかしら。もちろん手作業で」
魔子が残忍な笑みを浮かべた。
「イ、イヤ! それだけは勘弁して! 生クリームのホイップだけはァァ!」
「脚は切ってもいいの?」
「そ、それもイヤ! ゆるして! もうこんなことしないから!」
「さぁて……どうしようかしら」
フォークで丸太女の頬をつっつく魔子。
その後、丸太女の姿を見た者はいない。
文字どおり丸太にされてしまったのだと、風の噂は告げる。