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マスター:牛男爵
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/07/08


みんなの思い出



オープニング


 強い雨が降っている。
 梅雨の真っ只中の、土砂降りの雨だ。
 6月下旬の、地表を洗い流すような雨。
 ザンザンと、地面を叩く雨音がやかましい。

 いま、この瞬間。あなたは、その雨を眺めている。
 それは、ほんの一瞬のことかもしれない。あるいは数時間にも及ぶかもしれない。
 いずれにせよ、あなたは雨天の中にいて、それを眺めている。
 あなたのいる場所は屋外かもしれないし、屋内かもしれない。自室のベッドで惰眠を貪る者もいるだろうし、天魔相手に決死の戦いへ臨む者もいるだろう。趣味に没頭したり、勉学に励む者もいるかもしれない。最も幸せなのは、愛する人との時間を過ごすということかもしれないが──。
 なにをするにせよ、あなたは自由だ。
 または、その自由もなく何かを強制されているかもしれない。
 たとえば、恋人からキスを強要されるという具合に──。

 そう。これは、ただ一日の雨の日の話。
 どうということのない、ただ雨が降っているだけの、よくある一日の過ごしかただ。




リプレイ本文



 雨模様の日曜日。
 その日の朝、龍崎海(ja0565)は外を見て考えた。
 こんな日こそ、普段できない日常の雑事をかたづけようと。
 まずは、部屋の掃除。
 次に買い物。
 そのついでに、コインランドリーで洗濯。
 生活リズムが不規則になりがちな撃退士にとって、いつでも洗濯ができるというのはとてもありがたい。
 とはいえ、やはり自然の太陽光に勝てるはずはなく──
「今日は日曜日だし、ひさしぶりに普通に干せるかと思ったんだけどなぁ……」
 ランドリーの椅子に腰を下ろし、雨の景色を眺めながら海は吐息をついた。
 その空間に漂うのは、洗剤の匂いと乾燥機の回る音。
 だが、雨の匂いと音が全てを塗りつぶしてしまう。
 それを見るでもなく、聞くでもなく、海は洗濯物が乾くまでのあいだ医学書を広げている。
 撃退士としての任務で授業を欠席することが多いので、こうした自習は不可欠だ。
「撃退士としてもやっていくつもりだけど、医者になるって目標も捨てたわけじゃないし……」
 呟きながら、医学書を読み取り、ノートに書き込んでゆく。
 ここは、比較的理想的な勉強部屋。



 雨の休日。
 こんな日の下妻笹緒(ja0544)は、決まってコインランドリーへ行く。
 外の雨音と、大型洗濯機がゴインゴインと稼動する音。
 笹緒にとって、そのコラボレーションこそが至高であり、梅雨の時期の醍醐味なのだ。
 湿ったパンダちゃんスーツでは、魅力を十二分に発揮することはできない。だからこそのコインランドリーであり、業務用乾燥機だ。雑菌が繁殖したパンダボディなど言語道断。業務用乾燥機の圧倒的な熱風で、笹緒のパンダスーツは天日で干したかのようなぬくもりを得る。
 パンダちゃんが正しくパンダちゃんであるために、これは必要不可欠な儀式なのだ。
 乾燥機の駆動音。
 土砂降りの雨音。
 ときおり、本のページをめくる音がする。
 それは、笹緒が読んでいる文庫本の音であり、龍崎海が医学書をめくる音でもあった。
 おたがい知らぬ顔ではないが、あえて言葉は交わさない。
 そう、今日は休日なのだ。
 自分が自分であると認識されない静かな時間……撃退士という身分を忘れることのできる時間。
 日曜日のコインランドリーには、ゆるやかな時間が流れている。



「はぁ……今日も雨か……」
 音羽聖歌(jb5486)は、窓を見つめて溜め息をついた。
 長く振り続ける雨を見て溜め息をつく理由は人それぞれだが、聖歌の理由は深刻だった。
(この洗濯物どうするかな……)
 なにしろ、彼の家は5人家族。洗濯物の数も相当だ。
 おまけに昨日は家族全員が依頼に参加していたため、今日はいつも以上の洗濯物の山が積み上げられている。日ごろ全ての家事をひとりで切り回している聖歌だが、こんな日には愚痴のひとつぐらい言いたくもなろう。
(うーん……乾燥機能がある風呂場以外に干すと、匂いがなー。弟たちが暴れた場合、もういちど洗うことになるし……こんなとき協力あおぐ彼奴の家も、今日は姉が寝込んでるっていうから邪魔するわけには……仕方ない、コインランドリーに行くか)
 そこまで考えると、聖歌は再び溜め息をついて洗濯物の山をバッグやら何やらに詰めこむのだった。



 そのころ、神谷託人(jb5589)も溜め息をついていた。
 雨に降り込められて溜め息をつく理由は色々あるが、託人の理由もまた深刻だった。
(……こまりましたね。いいかげん、この洗濯物の山を洗わないといけないんですけど)
 まるでコピペのようだが、実際これだけ雨が続くと家事をあずかる者としては同じ問題に直面するのも無理はない。
 しかもこんなときに限って、洗濯機が故障する始末。運が悪すぎる。
「仕方ありませんね。聖歌のところで洗濯機を借りましょう」
 そう言ったとたん、妹が強硬な異議を唱えた。
「ダメだよ、そんなの! 絶対にダメだからねっ!」
「いや、しかし……ほかの友人は軒並み依頼や何かに参加してますし……」
「とにかくダメなものはダメなの!」
「そうですか……。ではコインランドリーに行ってきますから、お留守番していてね」
 妹に聞こえないように溜め息をついて、託人は洗濯物をバッグに詰めるのだった。



 時をおなじくして、美森仁也(jb2552)も溜め息をもらしていた。
 その理由は、やはり洗濯物。
 家の中に洗濯物を干すスペースは確保してあるのだが、どうしたところで布団のシーツみたいな大物は無理がある。
 ならばコインランドリーを利用しようと即座に決めて、仁也は準備をととのえた。
 妻は起きる気配がないので、『ちょっと行ってくるよ』と小声で言い、車のキーを持って外へ出る。
 そして駐車場に向かおうとしたところで、おなじ悩みを共有する二人とバッタリ鉢合わせたのであった。

「その大量の荷物……もしかして洗濯物?」
 仁也の問いに、聖歌と託人はシンクロしながらうなずいた。
「え? 聖歌も? 私のほうは洗濯機の調子が悪くて……」
 驚いたように言う託人。
「ああ、なにしろずっと雨だからなぁ」と、聖歌。
「まぁそれなら丁度よかった。俺は車で行くから一緒に乗らないかい? どうせ同じ目的なんだし」
 仁也の提案に、聖歌と託人は思わず顔を見合わせた。
 もちろん彼らに断る理由などない。
「でも本当にいいんですか?」
 遠慮っぽく託人が訊ねた。
「もちろん。こまったときはおたがいさま。うちの妻も日ごろ仲良くしてもらってるしね」
「でも、洗濯ならあの娘のほうが来そうな気もするんですが」
 聖歌が疑問を口にした。
「いや……妻は疲れて寝てるし。今日は休みだからね」
 その言葉に何か意味深なものを感じたのか、パッと赤面する託人。
 聖歌までもが、なぜか目を泳がせている。
 なにか誤解されたっぽいな……と思いつつも修正するのも変だなと考えて、仁也は苦笑した。
 こうして、洗濯難民の3人は1台の車でコインランドリーへと向かうのだった。

 ──その後、無事に洗濯を終えて帰宅した託人が妹に怒られたのは言うまでもない。
「聖歌とお兄ちゃん一緒にしたくなかったから、洗濯機借りるの反対したのにー! どうしてそうなっちゃうのっ!?」
「……」
 洗濯難民の選択は難しい。



「……この雨では、外出はやめておきますか」
 窓の外に篠突く雨を見て、雫(ja1894)は小さく呟いた。
 外に出ないとなると特にやることもないので、まずは午前中の間に宿題を終わらせてしまう。
 そして、午後からの時間は趣味の読書に。
「晴れていれば、洗濯をして午後には外出していたのですが……」
 などと言いながら書棚を眺める雫だが、乱読家のため蔵書は無秩序だ。とりわけ目立つのは、『世界のトラップ大全集』とか『拷問の歴史』といった背表紙。オカルト系の雑誌も幅をきかせている。
「いや……そのまえに昼食ですね。撃退士のカロリー消費は激しいんですよ」
 ふと思い出したように、冷蔵庫へ向かう雫。
 だがそこで、彼女は見つけてしまった。しばらく前に買って忘れていた食パンを。
 やむなく始まる、冷蔵庫整理。
「むっ……中途半端に使ったジャムを発見」
「作りおきしていた煮物にもカビが……」
「……依頼で作ったチョコレートが、カビてないどころか作った当初の姿から変化してない……。乾燥もしてないけど、周囲のものが異常に乾燥している……除湿剤がわりに置いておきますか」
 こうしてすっかり、昼食のことを忘れてしまう雫であった。



「しかし、よく降るなぁ……」
 傘をさして歩きながら、佐藤としお(ja2489)は吐息をついた。
 今日は華子=マーヴェリック(jc0898)との勉強会。いまから彼女を迎えに行くところだ。
 待ち合わせ場所は、ちいさなカフェ。
 としおが到着したとき、すでに華子は待っていた。
「ごめん、待った?」
「いいえ〜。いま来たばかりですよぉ〜」
「そっか。ところでいま、ちょうどお昼だけど……ここで何か食べてく? それとも、うちでラーメンでも食べる?」
「そんなの、としおさんのラーメンを食べるに決まってます!」
「じゃあ昨日作ったスープがあるから、それでいこう」
「やったぁ〜♪」

 というわけで、ふたりはとしおの自宅へ。
「お邪魔しまぁ〜す」
 華子は男の子の部屋に入るのは初めてだ。
 なんだかちょっと恥ずかしいなぁ〜と、いささか緊張気味である。
 だが、緊張してるのはとしおも同じ。
 こんなときは『ポーカーフェイス』が役に立つのだが、あいにく彼は未収得。おかげで緊張ダダ漏れだ。
(こういうのは慣れてないから、どうしていいかわからないな〜)
 すっかりうろたえながらも、とにかく普段どおりにしようと早速ラーメン作りに取りかかるとしお。
「わ〜、醤油ラーメンですね。いい匂い♪」
 作業するとしおの横から、華子が覗きこんだ。
「うん。しばらく前に麺料理コンテストで優勝したレシピを改良したんだ」
「優勝! さすがですね!」
「麺は既製品だから、すぐできるよ。……あ、ドンブリふたつ取ってくれる?」
「は〜い♪」

 ──数分後、としおの部屋で向かいあって座り、ラーメンをすする二人がいた。
「これ、すっごくおいしいですよ! いままでで一番かも!?」
「そりゃよかった。……ところで、勉強会って何の勉強するの? まさかラーメン?」
「ちがいますよぉ〜。ほら、私ってあんまり戦闘依頼に入らないじゃないですか? なので、大先輩のとしおさんに戦闘のイロハを教えてもらおうと思ったんです」
「ああ、なるほど。でも依頼は一件一件ちがうからなぁ……。僕の経験からでよければ、なんでも教えるけれど」
「それでいいんです! 是非としおさんの話を聞かせてください!」
 華子の狙いは、とにかく理由をつけてとしおとの距離を縮めることだった。
 こうして彼の部屋に来たのだし良いムードにでもなればなぁ……と企んでいるが、としおは気付く気配もない。
 そもそもラーメンすすりながら戦闘依頼の話をして、ムードが盛り上がるわけないんだ!
 とはいえ、ふたりでゆっくり時間をすごせるだけでも華子は満足なのであった。



「雨、すごいねー……今日はおでかけやめよ?」
 おさまる気配のない雨を見て、黒田紫音(jb0864)は残念そうに言った。
 今日は久しぶりのデート予定だったが、この土砂降りではデートどころではない。
「ま、天気には逆らえねぇな。今日は家でのんびりしようや」
 応じる黒田京也(jb2030)はソファに腰を下ろし、拳銃の分解整備をしていた。
 どう見ても実銃にしか見えないが、おそらくモデルガンだ。発砲できて人を殺せるかもしれないが、モデルガンだ。
「じゃあ今日は、おうちデートに切り替えねー♪」
 おでかけ用のキャミソールとホットパンツ姿で、紫音は京也の膝に倒れこんだ。
 が、京也は驚きもせずに淡々と整備をつづける。
「むぅ〜」
 反応がなかったのが不満で、拳銃のスプリングをビヨンビヨンさせる紫音。
 その間も、京也は機械のように作業をつづける。
 整備が終われば、インテリ893らしく情報誌のチェック。これだけは毎日欠かせない。
「にゃあ〜」
 京也の膝に乗っかったまま、脇腹を狙ってくすぐる紫音。
「……っ!」
 あやうく噴き出しそうになりつつも、京也はこらえた。
 もちろん男のメンツにかけて、やられた分はやりかえす。
「ひぁぁぁぁぁ!」
 脇腹をおさえて、必死で逃げだす紫音。
 京也は、なにごともなかったような顔で情報誌に目を向けている。
 久方ぶりのデートは、おおよそこんな感じだ。



 この日。染井桜花(ja4386)は家庭教師として鐘持邸を訪れていた。
 生徒は、猛と隼人の小学生ふたり。
 今日の授業は将棋だ。
『将棋かチェスで状況判断&分析能力の強化!』という授業を提案したところ、兄弟そろって将棋を選んだのだ。
「……将棋やチェスは、思考力と発想力、そして分析能力の訓練に良いのです」
 と言い放つ桜花。
 だが、しかし──
 ここで、弟の隼人が意外な才覚を見せた。
 最初は『わかりにくい隙』などをわざと作って鐘持兄弟の進歩を促していた桜花だが、隼人の進化速度は尋常なものではなかったのだ。初戦を余裕で勝利した桜花は、わずか3戦目にして敗北した。
「……おみごとです」
 おどろきながらも、教え子の意外な才能をたたえる桜花。
 隼人はまだ小学2年生。その進化速度も凄まじいが、桜花のような『綺麗なお姉さん』に評価されれば、舞い上がるのも無理からぬことだ。
「やった! にいちゃん、桜花先生に勝ったよ!」
「すごいな、隼人……」
 賞賛しながらも、わかりやすく落ち込む猛。
 彼にとって、弟に負けるのも、桜花の関心を奪われるのも、我慢ならないことなのだ。
 無理もない。所詮ただの小学生なのだから。
 ヒビの入った兄弟の間を修復できるのは、桜花しかいないが。はたしてどうなることか──



「雨か……」
 自宅の窓から外を眺めつつ、月詠神削(ja5265)は「ふ……」と息を吐いた。
 こんな雨の日、彼がやることは決まっている。
 ──そう! 釣り具の手入れだ!
 わりと釣りキチな神削は、だれも聞いてないのに一人で語りだす。
「では説明しよう……。雨の日は釣りに向かない。水が濁って魚たちも周囲が見えなくなるからだ。そんな状態では、魚も餌に食いついてはくれず、釣果も期待できない……。だが逆を言えば! 雨の間はそんなありさまで、まともに動けなかった魚たちは餌がとれず腹をすかせている。……つまり、雨があがれば途端に餌をもとめて動きだすわけだが、そのときなら警戒心も薄く、釣り針にも食いつきやすくなってるんだよ! そこを狙うのが俺のやりかた。雨があがれば、絶好の釣り日和が待ってるぜ……!」
 自分ひとりの部屋の中。ドヤ顔で薄笑いを浮かべる神削。
 彼にとって、雨天の日イコール釣行の前日なのだ。
 ──というわけで、【流星】釣竿を丹念に手入れする神削。
 さて──この釣竿で、次は何を釣り上げるのか。
 もしかすると、この夏には釣りイベントが開かれたりするかもしれない。



「むぅ……ひどい雨なのだ……」
 焔・楓(ja7214)は、外の景色を見て頬をふくらませた。
 今日は思いきり外で遊ぶつもりだったのだ。
 というのに、この雨である。不満顔になるのも無理はない。
 が、それでも。遊ぶことは放棄しない。
 濡れようが何だろうが、まずは外でお遊びだ!
 というわけで、傘もささず、雨合羽も羽織らず、シャツと短パンで外へ飛び出す楓。
 もうこうなったら雨をたのしもうと、むやみにはしゃいでいる。
「あはははは……! すごくいい天気なのだ!」
 激しい雨に打たれて、テンションMAXで声を上げる楓。
 そのまま、豪雨の中をどこかへ走って行く。
 どこへ行くのか、だれにもわからない。
 おそらく、楓本人にもわかってない。



「あーめー♪」
 こんな雨の日でも、狗猫魅依(jb6919)はいつもどおり陽気だった。
 身につけているのは、耳猫つきの雨合羽。
 傘のグリップは猫の尻尾みたいになっている。
 場所は久遠ヶ原商店街。
 といっても、とくに何か用事があるわけではない。ただ雨に浮かれて何となく散歩に来ただけだ。
 つい魚屋の前で足を止めてしまうのは、本能に惹かれてのことかもしれない。
「お刺身おいしそうにぇ……」
 なにかのセールで、刺身盛り合わせが半額になっていた。
 大変お買い得だが、あいにく財布を持ってきてない。
「残念にぁー」
 後ろ髪を引かれる思いで、魚屋をあとにする魅依。
 かと思えば、次は肉屋の前で立ち止まったり、食堂を覗きこんだりと、大層せわしない。
 よほどおなかが減っているのだろうか。
 なんにせよ、たのしそうなのは確かだ。
 そんなふうにして商店街を端から端まで見てまわると、魅依は最後に公園に立ち寄った。
 ここには、たくさんの紫陽花が咲いている。
「綺麗だにぇー♪」
 この季節にしか見られない紫陽花畑を眺めながら、魅依は笑顔を浮かべるのだった。



「こんな日に試験運用なんて、技術屋どもめ……」
 土砂降りの雨に打たれながら、ラファル A ユーティライネン(jb4620)は毒づいた。
 彼女が立っているのは、とある工学研究所の走行試験場。
 この大雨を利用して、雨天時の耐久走行試験データを採るために呼びつけられたのだ。
 もとより、ラファルに休業日はない。平日は依頼をこなし、長期休暇はオーバーホール。以前であれば活動不能日とされていた荒天時でも、試験に駆り出されるようになってしまった。
 それもこれも、今年初めに実用化された水陸両用義体のせいだ。最長20分間の水中戦闘が可能になる優れもので、ラファルのように義体化された撃退士たちの活動範囲を大いに広げることには成功したものの、『超』がつくほどダサいデザインのせいで評判はあまりよろしくない。ラファルの審美眼からすれば、『クソ』の一言だ。最近は変化の術を併用することで外見のお粗末さは緩和されてきたとはいえ、根本的なデザインセンスの欠如ぶりには諦念すら覚える。
 そんなフラストレーションを発散させるべく、ラファルは河のようになった道路をライジングホイールで疾走する。
 爆発するように舞い上がる水しぶき。
 アスファルトを削るホイール音。
 これで少しは溜飲を下げるラファルだが、表情は不機嫌なままだ。
 それはそうだろう。こんな生暖かい雨の中を走りたがる人間など、どこにもいない。
 もっとも、ラファルが100%人間であるか否かには審議の余地ありだが──



 午後になってますます雨足の強くなる中、黒井明斗(jb0525)は猫カフェ『ミアン』を訪れた。
 以前ここでバイトをしたことがあり、店長の魅暗とは顔見知りだ。
「こんにちは。最近お店はどうです? 繁盛してますか?」
「そ、そうね……まぁまぁね」
 かるく挨拶して、明斗は一番奥の席に腰を下ろした。
 ランチメニューから、ミックスサンドとブレンドコーヒーを注文する。
 そしてバッグから取り出したのは、分厚いハードカバー。『ローマ人の物語』と題されている。ここへ来る途中、図書館で借りてきたのだ。
 その前にはジムで汗を流してきたし、午前中には教会のミサにも顔を出してきた。
 やるべきことをきっちりこなした上での、コーヒーブレイクというわけだ。
 雨の日だからといって、彼の行動にブレはない。
 運ばれてきたランチをゆっくり味わいながら、明斗は本のページをめくる。
 視線は常に活字の上に注がれて、コーヒーカップを取るときも視線は動かない。
 かるいBGMの流れる中、明斗は黙々と物語を読み進める。
 そんな彼のもとへ、猫が一匹、また一匹……と、集まってくる。
 どうやら、彼の周囲は猫にとって居心地が良いようだ。
 やがて日が暮れて、本を半分ほど読み終えたとき、明斗は膝から頭まで猫にまとわりつかれて猫達磨状態と化しているのだった。
「あれ? 体が重い……ていうか、動けない……!?」
 こうしてモフモフ地獄に墜ちた者が、またひとり──。



 月乃宮恋音(jb1221)は、朝から学園の事務局で働いていた。
 もともと戦闘依頼を受けない彼女にとって、こうした仕事のほうが本職。
 長い大雨ゆえに外で行う任務の類がはかどらないことから、いまのうちに時間のかかる事務作業を片付けておこうということで援護に呼ばれた次第だ。
 恋音の担当は、普段なかなか手のつけにくい『書類の整理/分類』という地味な作業。
 人によっては大変ストレスの溜まる仕事だが、恋音にとってはむしろこういう作業がストレス解消になるらしい。
 紙の書類が湿気で傷まないよう空調は万全なので、仕事をする環境としても申し分ない。外で雨が降っていることさえ忘れそうなほどだ。
 ときおり休憩をはさみ、麦茶などを飲みながら、恋音はふと考える。
(いまごろ袋井先輩は、なにをしてるのでしょうねぇ……)
 だが同じころ、雅人もまた恋音のことを考えている。
 雨は二人を分断するが、その想いまでをも分かつことはできない。
 ──やがて日が落ちて、恋音はすべての作業に片をつけた。
 外へ出てみれば、あいかわらず雨は降りつづけている。
 おそらくこの雨は、明日まで降るだろう。
(でしたら……今夜は袋井先輩と一緒に、自宅でまったり晩御飯ですねぇ……)
 そう決めると、恋音は傘をさして歩きだした。
 向かう先は、行きつけのスーパーマーケット。
 つくころには、今夜の献立も決まっているだろう。



「ふー、今日も雨ですか。せめてテンション上げていきましょう!」
 言うや否や、袋井雅人(jb1469)は自慢の『銃』を抜いた。
 こんな梅雨の長雨の日には……恋音のことを思い浮かべながら、ひたすら溜まりに溜まった××を●●するに限る!
 まずは最近出番の少ないマグナムを、そっと優しく両手で包みこみ──
 恋音のことを無双しながら、一心不乱にしごく!
 だが、そんなことをしていても雑念が頭を離れない。
「ああ……私も最初は大切な人たちを守るため必死に戦っていたのに、いまでは戦っているときにこそ生きていることを実感していますね……。戦いそのものに喜びを感じる私は、どこか狂ってるんでしょうか……」
 なにか深刻なことを悩んでいるように見えるが、彼の言う『戦い』とは、焼肉しながら天魔と戦ったり、女装しながらおっぱい揉んだり、女性用のパンツを頭にかぶって校内を徘徊したりすることである。
「思い返してみれば、いままで色々な変態プレイをしてきましたね……。さて、次はどんなプレイをしましょうか……。とりあえずラブコメは外せませんね……。つまり……ラブコメSM! これしかありません! そうと決まれば、恋音! いますぐあなたを拉致しますよ!」
 この独り言のあいだ、ずっと己のマグナムをしごきつづける雅人であった。
 言っておくけど、べつに変な意味はないからな! 魔具のメンテしてるだけだぞ!
 ていうか、せっかくシリアスにしようとしてるのに! すべてブチ壊しだぞ、雅人! よくやった!(おい



「雨か……いやな思い出ばかりが出てしまう、な」
 ブラインドカーテンを指で押し下げながら、ルーカス・クラネルト(jb6689)は嘆息した。
 軍人あがりの彼は、雨に対して良い印象がない。一般市民の中には雨を見て何らかのロマンを感じる者もいるが、軍人にとって雨は敵でしかないのだ。中には例外もあるかもしれないが、すくなくともルーカスにとって雨の日にはロクな記憶がなかった。
「こんな日には……酒でも飲むだけだ、な」
 憂さ晴らしにと、ブランデーをあおるルーカス。
 その飲みっぷりは堂に入っている。なにしろ、雨を肴に酒を飲むほどだ。つまみさえ口にせず、ルーカスは雨音だけを聞きながら延々とブランデーを飲み続ける。どれだけ飲んでも、まったく顔色が変わらない。そもそも撃退士は多少のアルコールごときで酔っぱらうことはないが、それにしても相当なアルコール量だ。
 ──やがて酔いが回ったのか、あるいは何か心情の変化でもあったのか。ルーカスは、傘をさして散歩に出た。
 右手には傘、左手にはスキットル。
 とびきり強い酒をあおりながら、ルーカスは雨の中を歩く。
 それはまるで何かを忘れようとするかのごとき努力だったが、あいにくどんなに強いアルコールも彼の記憶を消すことなどできない。そう知りつつも、ルーカスは飲み続けるのだった。



(土砂降りの雨……何だか全て流してしまいそうで……少し、怖いやも知れん……)
 自宅の窓辺で外を眺めながら、アヴニール(jb8821)は物思いに耽っていた。
 昔──こんな雨の日には、おつきの執事と一緒に本を読んだり話を聞いたりして、人間界の勉強をしたものだ。
 しかし、その執事も、家族も──今となっては誰ひとりアヴニールのもとにはいない。戦火が全てを引き裂いたのだ。
(未だ会えぬ家族は元気じゃろうか……。こんな雨の中、傘は持っているじゃろうか……)
 取り留めのない思考が、濁流のように流れだす。
 無論アヴニールは今でも家族の無事を信じて再会を願っているが、それでも不安に苛まれるときはある。
(いつかは会えると信じてはおる……信じておるが……。嗚呼……久遠ヶ原に来てどれほど経つじゃろうか。我が皆を心配しているように、皆も我の心配をしておるじゃろうか。……それともこの土砂降りの雨のように、雨が上がれば全て流されてしまっているじゃろうか……)
 不安は募る一方で、アヴニールは小さく体を震わせた。
 自らの肩を強く抱きしめながら、彼女は願う。
「早く会いたい。一刻でも早く……。この雨が、上がってしまう前に……何もかもが流されてしまう前に……」
 その呟きも、すぐに雨音で掻き消されてしまう。



 降りしきる雨の中、夕闇が落ちた。
 空気は冷たさを増して、地面を叩く雨の音は更に強くなる。
 門音三波(jb9821)は、薄暗い和室で文庫本に目を落としていた。
 不意に、前触れもなく轟く雷鳴。
 すぐ近くに落ちたようだ。
 その音で、三波は辺りが暗くなっていることに気付いた。どうやら読書に集中しすぎていたらしい。
 開け放したままの障子戸から庭に目をやると、そこかしこに大きな水溜まりが出来ている。
 そこでふと、三波は少しばかり昔のことを思い出した。
 雨に濡れるのが心地よいのだと、雨は生命の源なのだと言っていた人。……あれは誰だったか。
 でもこの季節、雨に当たりすぎると体調を崩さないか心配だな……とも、ぼんやり考えてしまう。
 思考に脈絡がないのは、急に押し寄せてきた睡魔のせいだ。
 集中力もぷっつり途切れて、もはや読書の気分ではない。
 三波は座布団を枕がわりにすると、畳の上に寝転がった。
 庭から流れてくる風は心地良く、雨音のリズムは子守歌のようだ。
 慣れ親しんだ雨の匂いに包まれながら、三波はまどろみに落ちていった。



 愛するあなた
 今何処にいるの?この雨に濡れていない?
 あなたがいなくても私はまだ生きてる
 左手にくれたくちづけは鮮やかなのに
 あなたがいないわ
 紫陽花に溶けそうな雨の中
 迎えにきてくれた
「輝くような未来をあなたに」
 濡れるのも気づかず祈っていた私の髪にあなたの指
 濡れるだけ濡れたら今日の涙も消えるかな

 そこまで書いたところで、手紙の上に涙が落ちた。
 もとより出せない手紙だったが、これで完全におしまいだ。
「っ……!」
 嗚咽を噛み殺すと、華澄・エルシャン・ジョーカー(jb6365)は勢いよく立ち上がって部屋を飛び出した。
 ここは想月邸。
 しばらく前まで、最愛の夫と暮らしていた場所だ。
 雨に濡れるのも厭わず、華澄は園庭へと走り出た。
 そして、叩きつける雨の音に潜ませるように、愛する人の名を訴える。
 そうすれば、いつかのように彼が現れて肩に手を置いてくれるかもしれない。暖炉に火を入れて、暖かい時間を取りもどせるかもしれない……
 そう信じて、華澄は祈る。

 私は何故見送るとき、愛してたと言ってしまったの
 雨だけが本当の言葉を隠してくれる
 言葉にさせて
 遠く離れても愛してる
 always with you
 心はお前のそばに
 信じてるから
 独りの闘いの向こうに、あなたの明日がある

 だが祈りはどこにも届かず、雨は冷たく降りつづけるだけ。
 神は一介の人間の祈りなど聞きとどけはしない。
 それは愛する本人にこそ告げるべき言葉なのだ。



 黒田邸にも、ひとしく夜が訪れた。
 今日一日じゃれあっていた紫音と京也だが、デートはこれからが本番。
 夕食にはケータリングをたのみ、広大な屋敷の一室にレストランを展開してしまう。
「うわぁー、雨に感謝だよ」
 食べきれないほどの料理を前に、紫音は目を輝かせた。
「ああ、雨見酒ってぇのも悪くないな」
 と、食前酒の盃をかたむける京也。
 紫音は飲めないので、ノンアルコールカクテルだ。
「たまには悪くないねー、こういうのも」
 すっかり自宅デートが気に入ったのか、紫音は満足げだ。
 が、まだイベントは終わってない。
 食後には、京也からのサプライズで薔薇の花束が渡される。
「ええっ!? 今日って何かの記念日だっけ?」
 突然のことに、とまどう紫音。
「いや、なんの記念日でもねぇが……今日を一緒にいられることに乾杯、だな」
 クールに微笑むと、京也はお気に入りのウイスキーをあおった。
 これには紫音も大喜びだ。
 こうして雨の日の自宅デートを満喫した黒田夫妻は仲良くベッドに入り、照明を落とすのだった。
 あとの睦言は、雨音に溶けて聞こえない。



 医師。弁護士。牧師。心理士……
 彼らは人の悩みを解決するプロだが、いずれも恋の痛みを癒すことはできない。
 それができるのは、バーテンダーという職種だけだ。
 この夜、柳田漆(jb5117)は少々厄介な客と対面していた。
 3年間つきあった男にふられたという女性客。
 最初から酔っぱらっていた彼女は、カウンターに座るや愚痴と泣き言と繰り言の雨を漆に浴びせかけた。
「そうかぁ……それは大変だったねぇ……」
 あくまでも聞き役に徹して、笑顔を返す漆。
 女は酒も注文せず、延々と男への罵詈雑言を繰り返す。
 だが、漆にとっては慣れたものだ。
 女の愚痴は、ただうなずいて聞いてやればいい。おいしい酒を添えれば完璧だ。
「まぁ一杯どうぞ。僕のおごりです。濡れてなお綺麗な貴女への、ね」
 さらりと言って、漆はブラックレインをコースターに置いた。
 すこし落ち着いたのか、女はそれを飲んで「おいしい」と笑顔を見せる。
 その後いくつかのカクテルを作り、漆は最後にサンセットドライバーを調酒した。
「やまない雨はない。……次は笑顔で来てね?」
「はい……」
 そうして女は帰っていった。
 客のいなくなった店内で、漆は煙草をくわえ、オールドラムをストレートで傾ける。
 すると、すぐに扉が開かれた。
 見れば、全身ずぶ濡れの男だ。
 これまた厄介そうな……と思いながらも、漆はいつもの言葉を投げかける。
「いらっしゃいませ。ようこそ、フェリチタへ」




依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

撃退士・
鈴木悠司(ja0226)

大学部9年3組 男 阿修羅
パンダヶ原学園長・
下妻笹緒(ja0544)

卒業 男 ダアト
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
花々に勝る華やかさ・
染井 桜花(ja4386)

大学部4年6組 女 ルインズブレイド
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
パンツ売りの少女・
焔・楓(ja7214)

中等部1年2組 女 ルインズブレイド
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
ご注文はうしゃぎですか?・
黒田 紫音(jb0864)

大学部3年2組 女 陰陽師
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
月の雫を護りし六枚桜・
黒田 京也(jb2030)

卒業 男 ディバインナイト
最愛とともに・
美森 仁也(jb2552)

卒業 男 ルインズブレイド
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
ジャパネットやなぎだ・
柳田 漆(jb5117)

大学部6年173組 男 インフィルトレイター
撃退士・
音羽 聖歌(jb5486)

大学部2年277組 男 ディバインナイト
撃退士・
神谷 託人(jb5589)

大学部2年16組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
ロジー・ビィ(jb6232)

大学部8年6組 女 ルインズブレイド
愛する者・
華澄・エルシャン・御影(jb6365)

卒業 女 ルインズブレイド
暁光の富士・
ルーカス・クラネルト(jb6689)

大学部6年200組 男 インフィルトレイター
諸刃の邪槍使い・
狗猫 魅依(jb6919)

中等部2年9組 女 ナイトウォーカー
家族と共に在る命・
アヴニール(jb8821)

中等部3年9組 女 インフィルトレイター
『魂刃』百鬼夜行・
門音三波(jb9821)

大学部3年170組 男 鬼道忍軍
その愛は確かなもの・
華子=マーヴェリック(jc0898)

卒業 女 アストラルヴァンガード