その日、卍の招集に応じて7人の撃退士が教室に集まった。
いきなりぶっつけ本番というわけにもいかないので、まずは打ち合わせとリハーサルをしようというのだ。
「それにしても、卍さんって本当に友人がいないんですね……依頼でメンバー集めって……」
あわれむように雫(
ja1894)が言った。
「ダチぐらいいるっつーの! みんな同じフェスに出演すんだよ!」
「あ、そうですか。てっきり友人は亜矢さんだけかと」
「あれは赤の他人だ!」
「そうは見えませんが……」
「まぁまぁ。時間ないんやし、サクッと話まとめようや」
初手から話が脱線しそうになるのを、黒神未来(
jb9907)が止めた。
「そのとおりですわ。私はヒマではありませんの。とりあえずパートはギターを希望しますわ。それ以外演奏できませんし」
遠慮なく希望を口にする、咲魔アコ(
jc1188)
「えー、うちかてギターやりたいがな。なんちうても、あのレインの追悼祭やで? ギター以外ありえへんやろ」
「でしたらツインリードにすれば良いのですわ。音に厚みも出ますし」
「せやな! そんならうちはヴォーカル兼任で!」
「私はギターだけで結構ですわ。うっかりデス声が出てしまいそうですし……ファンの中にもデスは苦手な方もいるでしょうし」
「よっしゃ。そんならGとVは決まりやな!」
未来は議長気取りで、黒板にパートを書き始めた。
「私はこういう魔具を持っているので、うまく演出に利用できれば……と思ってます」
そう言って、御堂・玲獅(
ja0388)はClavier P1を見せた。
ピアノを模した魔法楽器だ。
「それから、Concerto B7というエレキヴァイオリンも手元にありますので、どちらかのパートを担当させていただければと」
「おぉ……でしたら、私がキーボードを受け持ちますのでぇ……御堂先輩はヴァイオリンを、担当していただけますかぁ……?」
月乃宮恋音(
jb1221)が提案した。
「承知しました。ではひとまずヴァイオリンで。のちのち足りないパートが出てきたら、そちらへ移行しましょう」
ということで、玲獅と恋音の楽器も決まった。
「僕は演奏中にマジックショーを披露したいので、楽器は無理ですね。黒神さんとかぶってしまいますが、一緒にヴォーカルをやらせてもらえますか?」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)も、希望を口にした。
未来は断るはずもなく、「大歓迎やで! 一緒に盛り上げようや!」と乗り気だ。
「どうやらリズム隊が足りないようですね……。では丁度良いので、私は打楽器を担当します」
ある意味最重要とも言えるパートに、雫が立候補した。
「おまえドラムなんかできねぇだろ」
すかさずツッこむ卍。
「いえ、いつぞやの依頼で打楽器をすすめられてからというもの地道に練習してますから……おもにドラム缶や鉄板を叩いて」
「そういうドラマーも実在するから、練習法としては間違っちゃいないが……」
とりあえず『D:雫』と黒板に書かれた。
「あとは……染井だけか、パート決まってないのは」
卍が言うと、皆の注目が彼女に集まった。
「……では、私は……照明を引き受ける」
最初から決めていたのか、染井桜花(
ja4386)は迷わず答えた。
「照明? そんなの会場のスタッフにやらせればいいんだぜ?」
「……では、ダンスパフォーマンスを……見せよう。……ただし、それ以外の時間は……照明を、引き受ける」
「OKOK。……てことは自動的に俺はベースだな」
こうして、順調に全員のパートが決定した。
「ところで、Mr.卍。HARAKIRYYYYY!の皆様に協力してもらうというのは、いかがかしら?」
提案したのはアコだ。
「あァ? なんでだよ」
「あちらには優秀なドラマーがいらっしゃいますわ。そして残念ながら、いまだにギターは不在のご様子。おたがい助け合って勝率が上がるのなら、悪い話ではないはずですわ」
「あのバンドは本来なら乂が死んだ時点で解散してんだぞ。おまえがメアドとか教えて夢を持たせるから、ずるずると活動してんじゃねーか」
「それは知りませんでしたわ。でも……
「とにかく却下だ。これでおまえにフラれでもしたら、あいつら全員後追い自殺しかねねーぞ」
わりと友人思いな卍なのであった。
「とりあえず、パートは決まりましたねぇ……。曲はどうしますかぁ……? 個人的には、レインさんの曲をいくつか選んでメドレーにするのが、無難かと思いますけれどぉ……」
反応をうかがうように、恋音が提案した。
反対意見は出てこない。
「反対がないなら、それでいいだろ」と、卍。
「おぉ……では編曲は卍さんに一任しても……?」
「そりゃ構わねーがマトモに弾けるのか、おまえら」
「それは……本番まで練習あるのみ、ですねぇ……」
恋音の言葉に、一同うなずいた。
「んじゃ、これが一番重要だが……パフォーマンスはどうする? だれか名案はあるか?」
「あるで、名案!」
未来が勢いよく手をあげた。
「自信ありそうだな」
「もちのロンや! 観客にウォールオブデスやらせたるねん! どや?」
「名案だが、うまく煽らねぇと滑るぜ?」
「うちがMCやったるわ。でもな、ただのWODじゃおもろない。そこでや! 観客が左右に分かれたら真ん中に月乃宮クンを放り込むねん。そしたら、おっぱい目当てで男どもが殺到すること確実や!」
「俺は別にいいが、月乃宮が死ぬぞ?」
卍が恋音のほうを見た。
「えとぉ……私は構いませんよぉ……」
「正気か? 女に飢えた非モテ野郎ばかりだぞ? あの乂みてぇな」
「覚悟済みですぅ……」
恋音の決意は本気だった。
そこへ未来が助言する。
「なーに、いざとなったらおっぱいでみんな圧殺したればええよ。うちも協力してダンスマカブルでボコったるわ」
「待て黒神! 観客の99%は一般人だぞ!? 大量殺人犯になる気か!? これはコメディじゃないんだぞ!(注:コメディでもNGです)」
「あ、そういえばそやったな。まぁ手加減すればええやろ」
「アホか! 確実に傷害罪だ!」
「ええー、名案や思ったのになぁ」
「そういうことは久遠ヶ原の中だけでやれ」
久遠ヶ原でもわりと大事故だが、すくなくとも死者は出ないだろう。
というわけで、『WODおっぱい殲滅作戦』は見送られた。
「私にも、パフォーマンスの案があります」
ぽつりと雫が口を開いた。
「言ってみろよ」と、卍。
「卍さんの髪を筆に見立てて、人間書道というのはどうです?」
「俺たちは書道部じゃねぇぞ!」
「そうですか……卍さんが今回のフェスにかける情熱はその程度だったんですね。いままで優勝を逃してきた理由もわかった気がします」
「そんな挑発に俺が乗るとでも……」
「いえ、いいんですよ。卍さんの覚悟はその程度だったというだけの話ですから」
「こ、こいつ……わかったよ! やってやろーじゃねーか!」
「無理しなくていいんですよ?」
「無理してねーよ!」
基本的にミュージシャンというのは挑発に乗りやすい生きものである。メタル系は特に。
ともあれ、こうしてライブの内容は決まり、フェス本番まで毎日リハーサルが行われたのであった。
そして数日後。本番当日。
卍たちの出場順は29番目だったため、日が暮れてからの会場入りとなった。
すでに会場は完全なカオス状態。あちこちで酔っ払いが暴れ、浮浪者みたいな格好の野郎どもが楽器を掻き鳴らしている。警備員もほとんど職務を投げ出してる状態だ。
ステージ上では、半裸の男たちが客席以上の乱痴気騒ぎを繰り広げていた。改造バイクでメンバーを撥ねたり、火のついたギターで殴りあったりと、まさに体を張ったパフォーマンスだ。しかも彼らは一般人。だいぶイカれてる。
「これは……思った以上に激しいんですのね」
驚いたように玲獅が呟いた。
「うぅん……もうすこし派手にやっても、よかったかもしれませんねぇ……」
と、恋音。
「せやろ? だからやっぱり月乃宮クンのおっぱいでやな」
未来は諦めてないようだ。
でも実行すると本気で人が死ぬので(ry
ともあれ彼らは控え室に通され、そこで舞台の準備をしつつ出番を待つことに。
やがて時計が9時をさし、ついに卍たちの出番がまわってきた。
野次と声援の飛び交う中、照明の落とされたステージでメンバーそれぞれ楽器を手に所定の位置につく。
そして──いきなりアコの怒鳴り声が響きわたった。
「いまからテメエらにレインの名曲をくれてやる! 削岩機で脳味噌かっぽじって聞きやがれ! このギターで、ひとり残らずショック死させてやる!」
と同時にステージが照明で満たされ、アコと未来のギターがイントロを刻みだした。
雫のドラムと卍のベースが低音をささえ、恋音のキーボードと玲獅のヴァイオリンが音に厚みをあたえる。
ザ・ショックの代表曲『TNT』だ。
そのタイトルどおり、爆発するようなサウンドが観客を圧倒する。
イントロが終わると、ステージ中央にいきなりエイルズが出現。シルクハットにタキシードという、いつもの奇術師スタイルだ。
「おおーー!」と観客がどよめく中、彼は軽快に歌いだした。
さらに間髪入れず、影分身を発動してマイクを投げ渡す。
歌はそれなりだが、ボーイソプラノなので残念ながら迫力に欠ける。
その足りない部分は、未来が補う形だ。
演奏は全体的に不安定だが、ベースが安定しているので形にはなっている。
玲獅の魔具楽器によるサポートも、うまく機能していた。
最初のコーラスが終わったところで、さらりと次の曲へ。
すると、ステージの天井から何かが落ちてきた。
見れば、亀甲縛りにされたセーラー服姿の女子中学生!
しかも背中には蝋燭が立てられている!
そう、これは恋音の考えたパフォーマンス! 審査員はともかく、観客には大受けだ!
「さぁ……しっかりコーラスしてくださいねぇ……?」
黒のゴシックドレス姿でキーボードを弾きつつ、にっこり微笑む恋音。
「は、はいぃ……!」
梁から吊り下げられたまま、ドM中学生・三条は妙に艶めかしい声で歌う。
その間もエイルズは次から次へと手品を披露し、アコ、未来、玲獅のメロディ隊は激しい演奏バトルを繰り広げている。
曲は目まぐるしく入れ替わるが、基本的に走りっぱなしだ。バラードなど入る余地がない。
ここで突入したのは、さらなる疾走ナンバー『Fire Dance』
そのリズムにあわせて、桜花が客席から『全力跳躍』でステージへ飛び込んできた。
真っ赤なドレスをひるがえし、天井近くの高さから回転しつつステージ中央へ着地。
と同時にステージ左右の袖からバトンが投げ込まれ、桜花は観客に背を向けたまま両手で一本ずつキャッチした。
そのままクルリと振り返り、ポーズを決める。
「……さあ、照覧あれ!」
曲に乗って、Wバトントワリングが始まった。
縦ノリの曲調にあわせて、ステージ上を所せましと踊りまわる桜花。
メタル系では珍しい、ダンスパフォーマンスだ。
そのとき、突然照明が落ちた。
当然ステージは真っ暗だ。
しかし、そこで炎のような弧を描くのは、赤いLEDの輝き。
「……炎の演舞……照覧あれ!」
暗闇の中で、疑似ファイヤーバトントワリングが展開された。
演奏もさらに熱を帯び、原曲の3割増しぐらいの速度で疾走する。
その勢いにあわせて、ステージは徐々に光を取りもどしてゆく。
稲妻のように激しく点滅を繰り返すライト。
桜花は最後にバトンを高く放り上げると、優雅に一回転してそれをキャッチ。
歓声の湧く中、ふたたび全力跳躍で彼女は素早くステージを立ち去った。
「よっしゃ、おまえらー! 左右に別れるんやー!」
いまが好機と見て、未来はWODを敢行すべく平泳ぎジェスチャーで観客に命令した。
知らない人のために説明すると、Wall Of Deathとは左右に分かれた観客たちが互いに突進して体当たりするという実に馬鹿げた……もといメタル魂あふれる行為だ。
さっそく左右に分かれ、『人の壁』となってぶつかりあう観客たち。
「これがうちのパフォーマンスやー!」
未来はすかさずダイブしようとするが、ほかのメンバーが慌てて止めた。一般人に向かって飛び込んではいけない。
ともあれ客席側は、暴動みたいな状態に。
ステージでは、途切れることなく激しいナンバーが演奏されている。
メンバーの中でも、いちばん熱い演奏を見せているのはアコだ。
細いチューブトップにショートパンツ、鋲つきブーツという服装なので、ヘドバンするたびに胸が揺れる。
が、彼女は気にしてもいない。むしろ見せつけるかのようだ。
全身に施されているのは、レインへの追悼と心からの敬意を込めた雨雲のボディペイント。顔の星マークも、雨滴のマークに描き換えられている。
「私には恋音ちゃんや雫ちゃんのような撃退士としての実力はないし、Mr.マステリオや桜花ちゃんのように目立つ特技があるわけでもない。玲獅ちゃんみたいに良い楽器も持ってない。ギタリストとしても未来ちゃんのように長い研鑽を積んだわけでもない。……でも、それが何? 私はメタルが好き。Mr.レルフやモーラー乂様の愛した音楽が好き。それは観客(ブタ)どもも同じはず。だから私は舞台に立つことを恐れたり緊張したりはしない。私はただ大好きなギターを楽しく演奏しにきたのだから!」
呟きとともに、渾身のギターソロを決めるアコ。
そう、音楽は心で弾くものだ!
ソロが終わると、エイルズが床の下からヒョッコリ姿を見せた。
そしてドラゴンのぬいぐるみを飛ばしたり、空中を歩いたり……撃退士スキルと通常の手品を織り交ぜつつ、かたときも観客を退屈させないようマジックを次々に披露する。
その後ろでは、雫と玲獅による書道パフォーマンスが始まろうとしていた。
筆になるのは、星の鎖で縛り上げられた卍。
雫がそれを逆さまに持ち、墨の入ったバケツに浸す。
そのまま大きな紙に向かって、太陽剣のごとく卍を一閃!
それと同調して、玲獅は妖怪絵筆で魑魅魍魎を描いている。
具現化したアウルの妖怪は、客席の上空へと漂っては消えてゆく。
これで『成仏』を演出しようというのだ。
やがて雫が書き上げたのは、そのとおりの二文字。
と同時に演奏も終了し、いまだにWODを続けている観客たちからは拍手と声援が湧いた。
最終的に、彼らは16位という結果におさまった。
急ごしらえのバンドにしては頑張ったほうだ。
「今年もダメだったか……」
ガクリとうなだれる卍。
「なぁに、来年も挑戦すれば良いのですわ」
アコは前向きだ。
「しかし、縛られて水責めのような仕打ちを喜んで引き受けるとは……もしかしてマゾというやつですか?」
真顔で問いかける雫。
「おまえが挑発するから仕方なく引き受けたんだろーが!」
「べつに無理にとは言いませんでしたよ?」
「そういう態度がだな……! いやもういい。次こそ! 来年こそ優勝するぞ! それまで腕を磨いておけ、てめーら!」