† 桜花(
jb0392)VS杜玲汰
仮想空間での戦闘訓練と聞いて、桜花は真っ先に依頼を受けた。
手加減無用の実戦形式で戦ってみたい相手がいるのだ。その相手の名は……
「私の相手は杜玲汰君! 君がどこまで成長したか、お姉さんが見てあげるよ!」
そう言うと、桜花はVRマシンを操作して玲汰のPC情報をエディットしはじめた。
なにやら実物よりかわいくなってるが、桜花の主観なので仕方ない。
「よし完成! いい戦いをしようね、杜君!」
主観入りまくりの玲汰を作ると、桜花は満足してバイザーをかぶった。
そして空中の仮想ディスプレイに表示されている『戦闘開始』アイコンをタップしたとたん──
桜花の意識はVR空間に没入(ダイブ)した。
「うわ、これ本当に仮想空間!?」
あまりにリアルな感覚に、桜花は驚きを隠せなかった。
目の前にあるのは見慣れた校庭。天からは強い日射しが照りつけ、風には砂埃の匂いが混じっている。身につけた儀礼服の肌ざわりも、靴底が地面に触れるジャリッという音も、なにもかもが実物そのものだ。
「まぁとにかく始めようか、杜君」
「はい!」
「カウントダウンはないのかな。……じゃあ、このコインを投げて地面に落ちた瞬間をスタートにしよう」
「はい!」
「じゃあいくよ。本気でやってね?」
桜花はポケットからコインを取り出すと、親指ではじいた。
コインが落ちると同時に、光纏する二人。
桜花は対戦ライフルをかまえ、玲汰は青いランタンを手に取った。
ふだん弱気な玲汰だが、この光による自己催眠をかけると一切の苦痛や恐怖を感じない狂戦士と化すのだ!
「そう来ると思ったよ」
容赦なくライフルをぶっぱなす桜花。
アウルの弾丸が玲汰の腹部を貫いた。
しかし玲汰はランタンをかざしながら突撃開始。
それを、桜花が冷静に迎撃する。
これも胸部に命中。
それでも玲汰は止まらない。
桜花は距離に応じて、散弾銃、拳銃と持ち替えて対応した。
全弾命中しているが、玲汰の足を止めることはできない。
「うォおおおおおッ!」
ランタンを投げ捨て、両手に拳銃を抜いて襲いかかる玲汰。
これこそ彼の戦闘法、近接拳銃術だ。
至近距離で発砲された弾丸が、桜花の肩や腕に食い込む。
「強くなったね……でも負けないよ!」
桜花の義眼がエメラルド色に輝き、曲刀が跳ね上がった。
玲汰はこれも回避せず、かわりに桜花の心臓に銃口を押しつけて引き金を絞った。
両者の体が、グラリとのけぞる。
その隙をついて、桜花が勝負に出た。
なんと、炸裂したのはフランケンシュタイナー。
予想外の攻撃を受けた玲汰は、そのまま地面に頭を打って失神KO。
銃弾や刃物に耐えた彼も、太腿の感触とパンモロの衝撃には耐えられなかったようだ。
「なかなか頑張ったけど、マダマダだね。私より強い人とか腐るほどいるから、おたがいもっと修行だね?」
「うぅぅ……」
「じゃあ敗者は……勝者の言いなりになってもらうよ?」
「ふわぁああ……!?」
玲汰に覆いかぶさってペロペロしはじめる桜花。
ふたりとも血みどろなので、えらい光景だ。
その直後。バツンという音がして桜花はVR空間から追い出された。
「……え? あれ? 勝者へのごほうびは!?」
我に返ってバイザーをはずす桜花。
「これは戦闘シミュレータだ。エロは無用」
平等院がきっぱり答えた。
その後ろには、玲汰の姿が。
「え、杜君!? じゃあ、いま戦ったのは……!?」
「僕です。急に平等院先輩に呼び出されて……」
「そうだったの!? じゃあ今から勝利のごほうびを!」
「ふぁあああ……っ!」
ふたたび押し倒される玲汰。
直後、ふたりは平等院に蹴り飛ばされて研究所の外へ追放されたのだった。
† 雫(
ja1894)VS一郎二郎
「なるほど……殺る気全開で問題ないのですね」
1戦目の様子を見学していた雫は、淡々とうなずいた。
その後ろには、一郎と二郎の姿がある。
「そのとおり。さぁ学園最強級の戦闘データを提供してくれ」と、平等院。
「相手はどうしましょう。平等院さんがお相手ですか?」
「私は非戦闘員だ」
「では丁度ここに実験台……ではなく弟子をつれてきたので、訓練の成果を見せてもらいましょう。一郎、二郎、出番ですよ」
「え!? 見学するだけじゃ……!?」
「あわてることはありません。舞台は仮想空間なのですから。どれだけ怪我をしても……手足や首が飛んでも死にはしません。ハンデとして、ふたり同時に相手しますので。さぁかかってきなさい」
「ひぃぃ……」
こうして今日も、雫教官の狂育実習が始まった。
雫たちを迎えたのは、『教会裏の墓地』だった。
しかも深夜。空には赤い満月が浮かんでいる。
戦場設定を『おまかせ』にしたら、偶然こうなったのだ。
「絶対わざと選んでる……!」
がくがく震えだす二郎。
「おちつけ二郎。この数ヶ月間の地獄の日々を思い出せ。俺たちは強くなってる! 今日こそ、あの鬼に復讐するときだ!」
「そ、そうだな。やろう、兄貴!」
「おう! 目にモノ見せてやれ!」
勝手に盛り上がる兄弟。
それを雫は興味なさそうに眺めている。
「では始めますよ? 手加減は無用ですからね? もちろん私も『全力で』殺らせてもらいます」
「いくぞ、二郎! 先手必勝だ!」
一郎は闘気解放して拳銃を抜いた。
二郎がウィンドウォールを使って、兄を支援する。
それを見て、雫も太陽剣を抜き放った。
そして初手から『神威』発動。赤く光る禍々しいオーラが剣に宿り、背後には魍魎の群れが現れる。
「くらえ、マジックショット!」
できるだけ近付きたくないので、遠くから魔法攻撃をしかける二郎。
白い光弾が飛び、雫の足に命中する。
つづいて一郎の銃撃が雫の腕をとらえた。
しかし、雫は慌てず騒がず距離をつめる。
「左右に分かれるぞ、二郎! 挟み撃ちだ!」
「おう!」
兄弟は二手に別れて遠距離戦をしかける作戦に出た。
「特訓の甲斐あって、すこしは頭を使うことを覚えたようですね。しかし……」
兄弟の実力を熟知している雫は、全力疾走で二郎へ肉薄した。
「うわああっ!」
滅茶苦茶に杖をふりまわす二郎。
そこへ、容赦なく雫の『荒死』が叩きこまれた。
真っ赤な大剣が、一瞬のうちに四つの軌跡を刻み上げる。
「あひいいい!」
斬り飛ばされた四本の手足が、血煙とともに夜空へ舞った。
芋虫みたいになって倒れた二郎の背中へ、とどめの一撃が突き下ろされる。
この無慈悲な連続攻撃の前に、二郎は何もできずに死んだ。
「実戦に則して相手の部位を破壊できる……良い鍛錬になります」
変わり果てた弟子を見下ろして、雫は淡々と呟いた。
「わ、わかりました! 俺たちの負けです! 降参します!」
あとずさりながら、必死で両手を振る一郎。
「降参? そんなものはありません。さぁ弟の仇を討ちに来なさい」
「無理だ! 2対1でも勝てないのに!」
「そうですか……これからは主に精神面を鍛えることにしましょう」
剣を引きずるようにしながら、雫は一郎に近寄っていった。
そして再び、残忍な剣が振るわれる。
「ぎゃああああ!」
一郎の両脚が斬り飛ばされ、つづいて胴体が真っ二つに割られた。
びしゃびしゃと墓石に飛び散る血液。
こうして本日の狂育は終わり、夜の墓地に静けさが戻るのだった。
† 秋姫・フローズン(
jb1390)VS由利百合華
「なるほど……ゲームで訓練も……悪くない……ですね……」
いまの残酷ショーを画面で見ていたにも関わらず、秋姫はそんなことを言いだした。
「ゲームではない。あくまで実戦なのだよ。さてキミの対戦相手は誰かね?」
と、平等院。
「では、おまかせで……」
「じゃあアタシ! アタシ!」
亜矢が勢いよく手をあげた。
「きみのデータはもう採った」
平等院が一言で却下した。
「じゃあ誰が相手するのよ! そこの変態野郎だってデータ採ったでしょ!」
「ん? なら後輩呼ぼうか?」
変態野郎と呼ばれた佐渡乃明日羽が、スマホを取り出した。
こうして百合華が呼び出され、無理やりバイザーをかぶせられることに。
「……これは……なかなかに、すごい……ですね……」
仮想空間に飛び込んだ秋姫は、皆と同じように驚いた。
彼女が戦場に選んだのは、高層ビルの屋上。ヘリポートだ。
日射しと風が強く、コンクリートの輻射熱で背景が揺らめいている。
身につけているのは、おしゃれなアーマースーツ。戦闘用の魔装だが、そうは見えないほど優雅だ。
「あのぉ……お手柔らかにおねがいします……」
対する百合華は通常の制服姿。
だがこれでも、奥義まで使いこなす熟練の陰陽師である。強敵だ。コメディモードでなければ。
「では……はじめましょうか……」
そう言うと、秋姫は静かに光纏した。
銀色の髪が赤く染まり、そのせいか気温が上がったようにさえ見える。
「仮想空間とはいえ、怖いですねぇ……」
対応して百合華もアウルを纏った。
つづいて鳳凰が空中に現れ、百合華の頭上を旋回しはじめる。
一方、秋姫は即座に攻撃に出た。
雷のような形の弓を手に、ジグザグ移動しながら矢を放つ。
強い風のせいで矢の軌道が読みにくい。
「この横風は厄介ですぅ……」
よけるのは諦めて、両手の符を投げつける百合華。
これも不規則な軌道を描いて飛び、たがいの攻撃が同時に命中した。
その瞬間! なぜかダメージを受けて破れる衣服!
「ふぇぇ……っ!?」
ひと昔前の対戦格闘ゲームか『かんこれ』みたいな演出に、おもわずしゃがみこむ百合華。
その隙を見逃さず、秋姫は一気に間合いをつめた。破れたスーツからチラチラ覗く黒いレースの下着が、妙に艶めかしい。
そのまま弓矢を双剣に持ち替えて、秋姫は斬りかかった。
胸をおさえてしゃがんだままの百合華に、双剣の切っ先が突き刺さる。
そして、ダンサーのようにクルリと一回転。
突き刺された二本の剣が赤い飛沫を水平に飛ばし、回転の勢いを受けて百合華は横ざまに倒れた。
「……円舞・雀蜂二閃」
「うぅ……」
かろうじて治癒膏を使う百合華。
だが、いまのダメージで着衣はさらに乱れている。
「交代だ……秋姫……!」
すかさず、修羅姫が表に出てきた。
獲物は双剣から双斧に。
「ほどほどにですよ……?」
応じる秋姫は、どこまでも冷静だ。
「こんなルール、聞いてませんよぉぉ……!」
左腕で胸を隠しながら、右手に符をにぎる百合華。
だがマトモな戦いになるはずもなく、容赦なく双斧が叩きこまれる。
「ぁう……」
「どこを見てる……?」
修羅姫の足が突き出され、ブーツの底が百合華の顔面を蹴り抜いた。
ごろごろと屋上を転がり、フェンスにぶつかる百合華。
修羅姫は一直線にタックルをぶちかますと、フェンスを突き破って屋上から落下した。さらに百合華を抱きかかえたままキリモミ急降下し、落下の勢いを利用してアスファルトに叩きつける。と同時に、修羅姫は陽光の翼で上空へ離脱。
「砕けろ……!」
グシャッという音をたてて、百合華は脳天から路面に激突した。
もちろん即死だ。
とてもコメディと思えない。
† 川澄文歌(
jb7507)
「これ、完全にエログロゲーじゃないですか……!」
秋姫と百合華の戦闘を見ていた文歌は、急に怯えだした。
なにしろ衣服を引き裂いたあと剣や斧で滅多打ちにして高層ビルの屋上から突き落としたのだから、死体は凄まじいことになっている。モザイク処理が必要なレベルだ。
「まぁリアルなVR戦闘が売りだからな。エロは余計だが」
と、平等院。
「恋人が心配するので、バーチャルでもエログロNGです><」
「それは相手次第だが……さっきの小僧を呼びもどすか」
亜矢と明日羽では平穏な結果になりそうもないと判断して、平等院は玲汰を呼びもどすことにした。
「ええと……はじめまして。よろしくおねがいします」
「こちらこそ、よろしくおねがいしますね! おたがい本気でやりましょう!」
戦場で向かいあった玲汰と文歌は、礼儀ただしく挨拶した。
ステージに選ばれたのは、ドーム球場。
しかも観客席は満員だ。もちろん全てAIだが、無駄に盛り上がる演出である。
おまけに審判まで出てきて、ふたりの間に立っている。
「では両者、所定の位置について。……レディー、GO!」
審判の合図でバトルが始まった。
ふたりの距離はかなり離れている。文歌がそういう設定にしたのだ。
とにかく距離をとり、マイク武器の射程を生かして戦う作戦だ。
「おいで、ピィちゃん!」
まずは青い羽根の鳳凰を呼び出し、バステ攻撃にそなえる文歌。
一方玲汰は、さきほどの教訓を生かして零距離射撃は封印。ふつうに近接拳銃格闘を挑む。
しかし文歌の移動力が地味に高く、容易には接近できない。一直線に間合いをつめようとする玲汰に対して、文歌はうまく足を使いながら徹底して遠距離魔法攻撃を浴びせる。まるでインファイターとアウトボクサーの試合だ。両者に観客の声援が飛ぶ。
「こうなれば……全力移動です!」
防御を捨てて、玲汰は突撃することを選んだ。
遠くから撃ち合うのを選ばないのは、それが彼の信念だからだ。単なる馬鹿とも言う。
「きましたね……!」
文歌は冷静に状況を判断すると、スタンエッジを撃ち込んだ。
「う……っ!?」
あっさりと行動不能に陥る玲汰。
やはり馬鹿である。
そこへ追撃のスタンエッジ。
動けないまま、玲汰の体力はガンガン削られてゆく。
「高射程の魔法使い系はインファイトが苦手だなんて思わないことですね。一瞬の油断が命取りですよ」
ふふっと微笑む文歌。
その笑顔は素敵だが、豊富なバステ攻撃で一方的に相手を封殺する姿は無慈悲としか言いようがない。
だが、玲汰はかなり打たれ強いほうだ。
激しい攻撃を耐え抜き、一瞬の隙をついて再接近。二丁拳銃から繰り出すのは、精密殺撃!
コカァーーーン♪
銃撃が火を噴く直前。文歌の右足が玲汰の急所に叩きこまれた。
そのまま泡を吹いて、どさりと崩れ落ちる玲汰。
「ヒィィ!」とか「うへえええ!」などという悲鳴が、球場全体から湧き上がった。
そう、こう見えて文歌は急所をきちんと狙ってゆくスタイルなのだ!
そこまでしなくても楽勝だったはずだが、けっして油断しないのがアイドル道!
「みなさーん、応援ありがとうございましたー!」
AIだとわかってても、まわりに向かって律儀に頭を下げる文歌。
客席は大盛り上がりだが、一部の客は引いている。
「では、おたがいの健闘を讃えて一曲歌います! 聞いてください!」
ギターの弾き語りで、朗々と文歌は歌いだした。
その後ろのほうでは、尺取り虫みたいな格好になった玲汰が股間をおさえて悶絶してるんだが……まぁVRだしな! ノープロブレム! ちょっとトラウマになるかもだけど、どうってことないさ!
† ミセスダイナマイトボディー(
jb1529)VSイスルイェーガー(
jb1632)
「なんか自分と戦えるっちうんで見に来たで。これがそのVRなんとかいう機械やな?」
ミセスはVRマシンの画面をぺしぺし叩いた。
165cm158kgという、『女オーク』の称号に恥じぬ豊満な肉体の持ち主である。
彼女が現れただけで、研究室が狭くなったように感じられるほどだ。
「シミュレーターとはいえ、戦闘は久しぶりだな。まぁリハビリには丁度いいか」
と、クールに微笑むイスル。
こちらはいたってスマートな外見だ。
「では二人とも、自分のコピーとタッグで戦うということだな?」
平等院が確認した。
「ああ」と、イスルがうなずく。
「でもせっかくやし、ゲームみたいな要素も追加したら面白いんちゃう? たとえばやな……」
ミセスがVRマシンのコンソールをいじりだした。
どういう設定を追加しているのか、イスルからは画面が見えない。
「……よし、こんなもんやろ。明日のため、食欲魔神となるために……ガチバトル開始や!」
VR空間にダイブすると、そこは見慣れた久遠ヶ原学園のグラウンドだった。
ミセスのいでたちは、食欲魔神第一段階の豚鼻オーク。ビキニアーマー装備。
イスルのほうは、スーツにコートというクールな戦闘スタイルだ。
すこし離れたところに、ふたりのコピーが立っている。
が、ミセスのほうは完全に豚化して四つ足で立ってるし、イスルは雑な作りのロボみたいな外見だ。
「……自分の動きを改めてみて相手にするというのは、一種のいい訓練かもだけど……なんだか色々ちがうね……」
「『コメディ成分マシマシ』にしたのがマズかったかもしれへん。まぁええわ、フードファイト開始や!」
「……え?」
困惑するイスルをスルーして、よくわからないバトルが始まった。
まずは4人いっせいに光纏。
四つ足歩行のミセスが陰影の翼を広げるも、飛べない豚なので地面を走って突撃してくる。
イスルロボは、「ギィーガシャン」とか口に出して言いながら機械剣で襲いかかってきた。
迎え撃つミセスは、どこからともなく取り出した磯辺餅をほおばっている。……そ、それはいかん! のどに! のどに!
「やはり何か色々と間違ってるな……」
と言いながらも、真剣な表情で前に出るイスル。
だが、いざ激突してみると戦闘は意外なほどシリアスだった。
どちらのタッグも、イスルが壁役をつとめてミセスが攻撃するスタイルだ。
「ブヒィィィッ!」
雄叫びをあげながら、双剣を口にくわえてスタイリッシュに斬りかかるミセスコピー。
狙いはミセスの磯辺餅だ!
「そうはさせない!」
イスルが割って入り、シールドバッシュをぶちかました。
「ぶひっ!?」
よろけるミセスコピー。
そこへ、流れるような連携でミセスのクロスグラビティが決まった。
「ぶひぃぃぃ……」
「盾は守るだけじゃない……さっ……!」
カメラ目線で前髪をかきあげるイスル。
あとは残ったイスルロボを二人がかりでかたづければ戦闘終了──と思いきや! なんと、倒れたミセスコピーはモリモリと巨大化! たちまち体長5m以上の巨大猪に!
「こ、これは一体……!?」
驚愕するイスル。
「あかん! 摂取カロリーが足らんかった!」
「え……!?」
「これはリアルフードファイトや! 食べれば食べるほど強くなる設定やで!」
「な、なんだってー!?」
まじめに戦闘リハビリするつもりだったイスルは、大幅に路線変更せざるを得なかった。
そこへ突進してくる、猪ミセス!
どこぉぉぉん!
「「ぐわーーッ!」」
ビリヤードの球みたいに転がる、ミセスとイスル。
「く……っ! うちにカロリーを……もっともっとカロリーを……!」
よろけながら立ち上がるミセス。
するとなぜか、グラウンドの片隅にメガ盛り牛丼が!
「あれや!」
全速力で駆けつけ、牛丼をかっこむミセス。
赤く点滅していた体力ゲージが、一気に緑色まで回復した。
が──
どごぉぉぉん!
ぐわーっ!
「あかん! まだカロリーが足りへん!」
どんぶりを頭にかぶりながら、ミセスは再び立ち上がった。
「こうなれば……おまえを焼いて食うたる! もう我慢するのはやめや! リミット解放! ……変!身!」
手にしたどんぶりが高く掲げられると、そこから真っ白な光がほとばしった。
次の瞬間、パッと画面が切り替わり、集中線を背景に巨大化するミセス!
そして地面に降り立ったのは、身長40m体重35000tと化したミセスの勇姿だった。
これぞ彼女の超必殺技! 真・メタボルフォーゼ! あくなき貪婪な食欲のみが成せる技だ!
だが、負けじと巨大化するミセス猪!
たがいに駆け寄り、がっぷり四つの取っ組み合いが始まる!
どうでもいいことだが、すでに学園の施設は半壊。イスルは踏みつぶされて紙切れみたいになっている。(注:これはVRです)
「ヘアッ!」
掛け声とともに、ボディスラムで敵を投げ飛ばすミセス。
ズズゥゥゥン!
校舎が三つぐらい崩壊!
だがミセス猪はさらに巨大化して、真正面から体当たり。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
なにか色々ぶっこわしながら、ミセスは海岸まで吹っ飛ばされた。
しかし、そこにはなぜか巨大なカレー丼が!
「デュワッ!」
飲み物みたいにカレー丼を一気飲みするミセス。
するとさらに肉体は巨大化!
姿もクジラのようになり、タンカーさえ一呑みにできるサイズへ!
だが、コピーもさらに巨大化!
地球の支配権を賭けた、リヴァイアサンVSベヒモスみたいな大怪獣決戦がはじまる!
こうして最終的に、二頭の怪獣と化したミセスたちは地球はおろか太陽系のすべてを食べ尽くし、たがいの尻尾を食らいあうウロボロスとなって銀河の彼方に消滅したのだった。
「いやー、最後のほう雑なB級パニック映画みたいになってもうたな」
VR空間から離脱したミセスは、どこか疲れた顔でバイザーをはずした。
「仮想空間とはいえ、無茶苦茶すぎたような気が……」
相棒の暴走ぶりに、イスルは苦笑するばかりだ。
「良いデータが採れた。コメディモードの限界突破として有用なサンプルになるだろう。ご苦労」
満足げに微笑む平等院。
実際、ここまでやったのはミセスが初めてだ。
「なんちうか……なにかが吹っ切れた気分やな。あれだけ食ったのに、もうおなかが鳴っとるわ」
きゅるるっと、案外かわいい腹の虫を鳴かせるミセス。
それを見て、イスルは苦笑いしながら言う。
「食べたのは仮想空間だからねぇ……」
「せやった。こらアカン。なんか食わんと死んでまう!」
「……まぁとりあえず……ごはん食べて帰ろうか」
「せやな!」
そう言うと、ミセスたちは研究室を出て行った。
† ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)VS十三月風架(
jb4108)
ふたりの戦場は、深い森の中。
強い雨が木々を叩き、昼なお暗い森を霧で煙らせている。
ぬかるんだ地面はすっかり泥濘化し、そこかしこに大きな水溜まりができていた。
このような場所を戦場に選ぶとは二人そろってよほどの酔狂に違いないが、そも酔狂でなければ仮想空間での殺しあいになど興じるはずもなかった。
そのうえ彼らは、戦いかたまでそっくりだ。戦闘開始と同時におたがい全力で距離をとり、ワイヤーや木の枝などを利用してブービートラップを仕掛け、相手の接近を待つというスタイル。雨音に紛れて完全に気配を断ち、まるで深海魚のように雨の中を動く。
そんな駆け引きが始まって、すでに一時間が過ぎようとしていた。
(どうやらジェラルドさんも同じ狙いのようですね……)
仕掛けた罠に囲まれて、風架は今さらのように考えた。
手にしているのは、赤黒い光を放つ鋼鉄の操糸。ずぶぬれになったコートは体に張りつき、雨に打たれるままの髪は文字どおりの濡れ羽色になっている。じっと前方を見据える瞳はいかなる木々よりも鮮やかな緑色に輝き、氷のように冷めていた。
もとより、ジェラルドのことはよく知っている。撃退士としての経験も実力も及ばないのは事実だ。
が──負ける戦いを挑んだとは思ってない。知恵と機転、そしてなにより運の要素は大きい。
くわえて、この大雨だ。うまく利用すれば、かならず味方につけられる。
(ここは打って出るべきでしょうか……ジェラルドさんも罠を仕掛けて待ちかまえているはずですが、それだけに自分が突撃してくるとは想像していないはず……)
風架はそう考え始めた。
しびれを切らせたわけではない。合理的に考えて、それが正解だと思えてきたのだ。
(思ったとおり。ぜんぜん攻めてこないね?)
一方ジェラルドは、余裕の笑みで草むらに身をひそめていた。
雑草を結んだだけの罠や、足で引っかけると木の枝が跳ね上がる罠など、手軽なトラップが四方八方に仕掛けてある。まるでトラップの要塞だ。しかも彼は、自分から打って出る気は一切なかった。何時間でも……否、何十時間でも待ちつづける構えだ。
(臆病さは、とっても大事な要素だよね☆)
実力と経験で勝る上に臆病さと狡猾さを備えているのだから、これほどタチの悪い相手もいるまい。
しかしさすがに土砂降りの森の中で一時間以上もじっとしていれば、多少なりと注意力は落ちてくる。
そこへ、突然。
なんの前触れもなしに、黒い颶風が襲いかかった。
「え……?」
振り向く暇もあらばこそ。
音もなく振り抜かれた忍刀が、ジェラルドの背中を切り裂いた。
完全に不意を突かれた形だ。雨が風架の足音を消し、気配を覆い隠したのである。
「トラップがたくさん仕掛けてあったと思うんだけどなぁ……?」
手痛い初撃をもらいながらも、ジェラルドはヘラヘラ笑って軽く身構えた。
武器は得意の金属糸だ。この雨では、ほぼ視認できないほど細い。
「ジェラルドさんの『手』は、大体わかってますから」
「イイねぇ……まぁこの一撃はハンデってことで。じゃあ始めようか☆」
ジェラルドが両腕を広げると、全身から赤黒い闘気があふれだした。
Sweet Dreams──甘い夢の裡に速やかな死を与える、自己強化スキルだ。
が、風架は怯むことなく突撃を敢行した。
瞬風で得た脚力を利して側面へ回りこみ、狙い澄ました一撃を放つ。
刀ではない。拳による打撃だ。血風を纏った手甲がまっすぐに伸びて、ジェラルドの胸板を打ち抜いた。
「つぁ……っ!」
バシャッと水しぶきをあげて、真後ろへ吹っ飛ぶジェラルド。
しかもそこには、襲撃前に風架の仕掛けたトラップが控えていた。
地面に隠されたワイヤーが足首を縛り上げるだけの、簡単な罠だ。外そうと思えば、すぐ外せる。だが、その数秒間で風架はもう一撃決めることが出来るだろう。すでに阿修羅の攻撃力で二発入れている。次の攻撃で命を刈り取れる可能性も低くはない。
だが、ここで風架は慎重な手を選んだ。
敵が動けないうちに『瞬風』をかけなおし、あくまでも一撃離脱の方針を貫くことにしたのである。風架の知るかぎり、ジェラルドは決して俊足ではない。ならば常に相手の射程外に陣取り、ヒット&アウェイを繰り返すほうが安全かつ確実だ。
「慎重だねぇ……☆ もう一発くらったら、ボクたぶん死ぬよ?」
とぼけたことを言いながら、ジェラルドは手早くワイヤーを外した。
「臆病さは大事なのでは?」
「あはは、これは一本とられた☆」
かるく笑ってから、ジェラルドは足下に血を吐き捨てた。
さきほどの拳撃で、肋骨が数本折れている。斬られた背中から流れる血液は止める手立てもなく、雨水と一緒になってブーツの中でぐちゃぐちゃと音を立てていた。もう一発いいのをもらったら、まちがいなく沈むだろう。
「では行きますよ。勝敗の行方は死神の審判にゆだねましょう」
どうやらハッタリではなさそうだと判断して、風架は勝負を決めにいった。
木々の間を縫って走り抜け、一陣の凶風と化した風架が再びの『血拳』で殴りかかる。
「うん、その攻撃は読んでたよ☆」
嘘か真か──どちらにせよ、ジェラルドはその攻撃を紙一重でかわすことに成功した。
となれば、カウンターの一手だ。
「ボクのターン☆」
ジェラルドの右手が動き、金属糸が雨滴のスクリーンを切り裂いた。
Hit That。命中すれば相手の意識を混濁させ、一時的に無力化する。ジェラルドの得意技だ。
もちろん風架は、この攻撃をつねに警戒していた。
だが、警戒しすぎていた。
この一手を警戒されることなど、ジェラルドも当然予想済み。右腕の動きはフェイントだ。
次の瞬間、風架の首筋をジェラルドの犬歯が抉った。
噛みついたのだ。まるで肉食獣のように。
「ああ……ッ!?」
噛みつかれたまま、びくんと体を震わせる風架。
ジェラルドは噛みついたまま離さない。まるで血と肉の味を堪能するかのように、恍惚とした表情で風架の首筋にギリギリと歯を立てている。
無論、風架にとっては反撃のチャンスだ。
が──血拳はもう使えない。スキルを入れ替えている時間もない。ふりほどいて逃げたところで、瞬風もすぐに切れる。──ならば、いますぐ使える血針に賭けるしかない。
「赤の風は死神の力……」
祈るような囁きとともに、風架の足下から鮮血の槍が突き上げられた。
が、それも読まれていたのか軽く回避されたうえ、抱きしめるほどの至近距離からHit Thatが炸裂して風架は水溜まりの中へ崩れ落ちた。
その泥水の中へ顔をつっこみ、もう一度首を噛み裂くジェラルド。
「くぁぁ……ッ!」
風架の腕が宙をつかんで震えた。
次に、ゴギッという音。
頸椎が折れる音だ。
同時に風架の腕がバシャリと泥の中へ落ち──凄惨な殺しあいは幕を閉じた。
が、しかし。
ジェラルドにとってはこれからが本番だ。
彼はワイヤーを取りだすと、すでに死体となった風架の首に巻きつけていった。
そして、微笑みながらワイヤーを引き絞る。
バヅッ!
太い肉の切断される音がして、ぬかるみの中へ風架の頭部が──
「あれ……?」
唐突に現実へ戻されて、ジェラルドは周囲を見回した。
「それ以上の残酷ショーは無用だ」
と、平等院。
「えぇー。せっかくコレクションがひとつ増えると思ったのに☆」
「良い趣味をしているな」
「ボクのライフワークだからねっ☆」
ジェラルドはやけに楽しそうだ。
一方、風架は疲れきった顔でベッドに寝転がっている。
「はふむ……肉体的な疲労はあんまりですけど精神面ではけっこう疲れますね、これ。首を噛まれた感触が、まだ残ってますよ……」
「首を斬られた感触は?」と、ジェラルド。
「そのときもう、死んでましたから……」
「うぅん……これ使いかた次第で大儲けできるね。権利関係どうなってるの? 安ければ一台ほしいな☆」
「私は金儲けになど興味がない。さぁキミらはもう無用だ。さっさと帰るがいい」
とりつく島もなく、平等院は二人を追い払った。
こうしてVRBSのテストは終了。
全世界の撃退士を支配するという平等院の野望は、また一歩実現に近付いたのであった。