ここは番組製作会社の制作室。
イスにふんぞりかえっているのは、鬼と呼ばれるディレクター。
壁際で小さくなっているのは、四人の製作スタッフたち。
「今度こそマトモなもん撮ってきただろうな、おまえら。またロクでもねぇもんだったら明日から青森送りだからな? 覚悟しとけよ?」
人事権など持っていないはずのディレクターだが、彼はやると言ったらやる男だ。スタッフたちは震えながら「はい」と答えるしかない。
「よし、流せ」
そうして、インタビュー映像がモニターに映しだされた。
最初に登場したのは、天野天魔(
jb5560)。
銀色の髪と、白黒反転した瞳が目を引く天使だ。
「こんな外見ですが、彼は人間です」と、スタッフが言った。
「まぁ撃退士は人間離れしたナリのヤツが多いからな」
わりと簡単に納得するディレクター。
そして天魔のトークが始まった。
「皆様は悲劇を見たことがありますか? 目の前で友を殺された人。魂を奪われ化け物に変えられた子。その子に泣きながら喰われる母。一部始終を見ながら何の反応もしない父。魂を奪われる前にと崖から身を投げる恋人たち……。そんな悲劇を見たことがありますか?」
そこで一呼吸おいて彼は続ける。
「私はあります。これは作り話ではなく全て私の目の前で起きたことです。……いえ、はっきり言いましょう。これは私の身に起きたことなのです。私の弟は化け物に変えられて両親を喰い殺し、友人は私を助けるため自らを犠牲にしました。その仇をとるために、私は撃退士になったのです」
なにもかも作り話だった。
舞台芸術に長けた天魔の演技力が冴えわたる。
「番組をご覧の皆様、これは昔話ではありません。いつ皆様を襲ってもおかしくないことなのです! 想像してください。あなたの友人が、家族が、恋人が、無残に奪われるさまを! これを避けるには、戦うしかありません! たいせつな人を守るため、手を取りあって戦いましょう! 戦いとは、なにも武器を持つだけではありません。避難民を助けることや寄付なども立派な戦いです。すべての人が戦うことができるんです!」
その後しばらく熱弁をふるった天魔は最後に「繰り返します。これは私たち全員の戦いです。皆の力をひとつにしなければ勝てません!」と締めくくり、一礼した。
ディレクターは手をたたき、「いいじゃねぇか。こういう絵がほしかったんだよ。おまえらにしちゃ上出来だ」と、高評価。スタッフたちの間に、ほっとした空気が生まれる。
「よし、次を見せろ」
「久遠ヶ原学園高等部、藤井雪彦(
jb4731)です」
映されたのは、軽い感じのギャルっぽい男子高校生。
「皆さん、守りたいモノはありますか? 僕にはあります。そして守れなかったモノもいっぱいあります。……僕がアウルに目覚めたきっかけは母の死でした。大切な人を守れなかった悲しみが僕を撃退士にさせた。……正直、いまさらこんな力を手に入れても……と思ったものです」
これは実話だった。
感情たっぷりに涙ぐみながら、雪彦は話をつづける。それは、四国で繰り広げられた冥魔との戦いでのこと。人手が足りず仕方なしに参加した彼は、一般人の親子を救うという活躍を見せたのだ。
「そのとき初めて、この力があってよかったと思えた。その子からの『ありがとう』が僕の誇りになった。……それから数々の依頼をこなしました、中には力が及ばなかったこともあります」
ここで声を落とす雪彦。
本当は依頼を失敗したことなどない。一部作り話である。
「僕は立派な撃退士ではありません。未熟な自分に腹が立ったりもします。でも、だからこそ絶対に諦めない! 皆さんにおねがいがあります。どんなときも、かならず僕が……いえ、僕たち撃退士が駆けつけます! なにがあろうと諦めないでください! 不甲斐ない僕だけど、もう守れなかった……はイヤなんだっ! だから皆さんの諦めないという協力が必要なんです。いまは苦しいときですが、ともに頑張りましょう!」
見終わると、ディレクターはニヤリと笑った。
「応援メッセージでかぶせてきたな。悪くないぜ」
ふたつ続けての高評価に、スタッフたちの表情にも余裕が出てきた。
「次はどんな話だ?」
三番手は片霧澄香(
jb4494)。
「彼女は、はぐれ悪魔です」と、スタッフが一言添えた。
「人間の女の子にしか見えねぇな」
たしかに澄香は可愛らしい少女にしか見えないが、中身はかなりの悪魔。
「私が冥界を抜け出した理由は、生活のつらさからでした。あちらでは、私みたいなのは使い捨てのコマぐらいの扱いで……。ずっと虐げられてきたんです……。でも、こっちで人々の『優しさ』に出会って、『この優しさを守りたい』って思うようになったんです」
涙まじりに語る澄香は、演技力抜群だった。天魔、雪彦に続き、彼女もまた舞台芸術センスの持ち主なのだ。
そして彼女の狙いは撃退士のイメージアップではなく、はぐれ悪魔のイメージアップだった。広い視野で『戦後』まで見越してのことだ。『下手すりゃ殺される立場』と自らを認識している澄香にとって、悪魔のイメージ改善は重要なのだ。
「ただ、天魔に恨みを持つ人は少なくありませんから、私たちはぐれ悪魔に対する世間の目は厳しいです……。でも私、思うんです。私たちも人も同じで……生きているんです。だから、同じ『命』として、きっとわかりあえるって」
そこで涙をぬぐい、澄香は笑顔を作った。
「天魔との戦いは、まだ続くでしょう。でも、どうか皆さん『優しさ』を忘れないでください。わかりあおうとする『優しさ』を、どうか忘れないで……」
「おう。忘れねぇとも。忘れやしねぇさ……」
ディレクターは涙声になっていた。
じつは彼もまた天魔に家族を奪われた一人なのだ。ちょうど澄香と同じぐらいの歳の娘を殺されたのである。これは相当に心を打っただろう。
「あの……次へ行ってもいいですか?」と、スタッフが声をかける。
「あ? ああ。そうだな。次を見せろ」
次に登場は、おなじくはぐれ悪魔の立夏乙巳(
jb2955)。
「拙者は悪魔でござるが、昔からフラフラと流れ流れて、悪魔らしい仕事はしてなかったでござるよ。で、撃退士になったキッカケでござるが……。やはり一番は仕事の後の充実感でござる! 人を助けたときの達成感! 難解な事件を解決したあとの達成感! この達成感は普通の仕事では得られないでござるね。あの、命を張った仕事をくぐり抜けたときの達成感! しびれるでござるね!」
蛇みたいな舌をチロチロさせながら、乙巳はハイテンションで語った。
言っていることは実にまっとうだが、次の展開を知っているスタッフの顔には緊張が走る。
「そしてもうひとつ、忘れちゃならないのは仕事のあとのお酒が最高にうまいということでござるよ! 撃退士になった一番の理由はコレかもしれないでござる。とくに今は京都、四国、東北が大変なことになっているでござるな。あの辺はおいしいお酒が多いんでござるよ! もし有名な酒蔵が襲われたら……と思うと、いてもたってもいられないんでござる! コレを断固として阻止するためにも、がんばるでござる!」
ちらりとディレクターの様子をうかがうスタッフ一同。
「なるほど。感動的な話ばかりじゃ疲れるだろうってか? こいつだけなら使い物にならねぇが、まぁアクセントとしてはさむのは悪くねぇな。……しかし、変わった悪魔もいるもんだ。さっきの清楚なお嬢ちゃんとは大違いだ」
すっかり澄香にだまされきっているディレクター。
無事ひとつめの山を乗り越えて、スタッフたちは胸を撫で下ろす。
「残り半分か、よし次いけ」
「撃退士になった理由ですか……」と言いながら斡旋所の前で顔を見せたのは、龍崎海(
ja0565)。
「もともとは医者をめざしていたのですが、高校生活最後のときに適性が判明したんです。最初は悩みましたが、アウルによる治療術があることもわかりましたし……学んでおいて損はないってことで、ここに進学しました。そんな経緯なので実戦に出るつもりはなかったんですが、ここへ入学してから初めて、小学生ぐらいの子供たちが戦っているのを知って……。戦える力を持っている自分が戦わないでいいのかと思い、実戦の場に出ることを決めました」
とくに感情に訴えるでもなく、作り話をするわけでもなく、冷静に語る海。
「今後は、生徒会長みたいに単身で天魔と戦えるようになりたいですね。そして、その力で故郷を天魔から守りたいと思っています」
そのとき、彼の後ろで大勢の生徒が斡旋所へ駆けこんでいった。
「なんですか、あの騒ぎは」と、スタッフがたずねる。
「ああ。あれはですね、学園名物の『旗取り』です」
「旗取り……?」
「ええ。おそらく東北からの緊急要請がきたのでしょうね。それに応じようと集まっているのかと」
「あなたは参加しないんですか?」
「いまは療養中の身でして……。インタビューはこのあたりで結構ですか?」
「はい。どうも。ありがとうございました」
見終わったディレクターは「うーん」とうなったあとに一言。
「地味すぎる」
「だ、だめですか?」
「ダメってほどじゃねぇが……。まぁいい。次だ、次」
綿貫由太郎(
ja3564)は、よれよれのコート姿で登場し、のっけから話を作りはじめた。
「私、かなりの年輩でしてね。若い者にまじって学校行くとか夢にも思いませんでしたよ。そんな私がなぜ撃退士になったかといえば……もう昔のことですが、故郷を天魔に襲われましてね。幸か不幸か私だけが助かったんですが、すべてを失い途方に暮れていました。そんな矢先、アウルの素質があることがわかり……久遠ヶ原学園を紹介されたのです」
深刻な過去を飄々とした物腰で語る由太郎。
電子タバコをくわえながら、彼は淡々と言葉をつなげる。
「先立つものもなく、将来……もう老後とか言っちゃったほうが良いですかね? まぁそんな展望も見えなくなっていた私には渡りに船でしたし、撃退士となって人々を守ることで、私のような目にあう人が少しでも減るのならと、私は学園の門をたたいたのです。さいわい、この学園は懐が深く、私のような年配者も暖かく迎えてくれました。……もっとも、十数年ぶりの勉強には少々てこずりましたがね」
徹底して猫をかぶりつづける由太郎。もし彼が本音をぶちまけたなら、インタビューはたちまち打ち切られるだろう。
「いまは依頼に参加することで経験を積んでいるところですね。将来どのような形で撃退士としての力を活かすかはまだ決めていませんが、人を守る事に活かせたらと考えております」
ディレクターは再び「うーん」と苦い顔。
そしてやはり「地味すぎる」の一言。
「あの、次は大丈夫です。地味じゃありません。絶対に」
「ほー。期待していいんだな?」
「もちろんです」
きっぱり言い切ったスタッフを、ほかの三人がどやしつける。
「おいバカ。最後はあれだろ?」
「地味じゃないのは事実だ」
「そういう問題じゃない」
「どういう問題だってんだ」
「もしダメだったら、おまえが四人分青森に行け」
「無茶言うな!」
そんなスタッフたちをよそに、最後のインタビューが始まった。
歌音テンペスト(
jb5186)と黄秀永(
jb5504)。二人そろっての登場である。
「どうも〜。歌音テンペストです〜」
「黄秀永です〜」
あきらかに漫才が始まる空気だった。
「あたしさぁ、最近疑問に思ってることがあって」
「へぇ。なんなん?」
「あたしの名前って、どっちが姓でどっちが名なの?」
「知らんがな、そんなん! 自分の名前やろ!」
「そんなこと言って、あなたもどっちが姓でどっちが名かわからないくせに」
「わかっとるがな。いや、そんな話どうでもええねん。今日は撃退士になった理由とかしゃべらなアカンねんで?」
「あなたは世界一のタコ焼き師になるために撃退士になったんだよね?」
「なんやねん、タコ焼き師て。撃退士と全然関係あらへんがな。ちゃうくて。俺が撃退士になったんはなぁ、ヒーローになるためや! わかるか? ヒーローやで?」
「うんうん。ああ今日は疲れたわ〜。タコ焼き検定の実技試験きっついわ〜、みたいなアレね」
「それは『疲労』や! あとタコ焼き検定て、なんやねん!」
「え? 韓日ハーフのクセにタコ焼き検定知らないの?」
「韓国カンケーないがな! それ言うなら、関西人のほう言うてくれへん?」
「ウソ。あなた関西人だったの?」
「さっきからバリバリに関西弁しゃべっとぉやろ! いや、もうええわ。時間ないから、ちゃっちゃとしゃべってや。撃退士になった理由とか目的とか、そんなん」
「いいの? 聞くも涙、語るも涙、感動のあまり全米が震撼するほどの過去が、あたしにはあるのよ?」
「そういう前フリはええから。時間ないねん。はよしてや」
「あれは、ずっと昔……カンブリア紀のころ……」
「ツッこまん! ツッこまんでえ!」
「そのころ一般人だったあたしは、仕事は失敗続き、大病を患い、チョコボールを大人買いしても銀のクチバシひとつ出てこないと、不幸のズンドコでした……」
「チョコボール、えらいロングセラーやな」
「そんなときに出会ったのが撃退士でした。撃退士になってからのあたしは幸運続き! 爪楊枝のミゾを彫る事業に成功し、金のクチバシを当てまくってオモチャの缶詰を販売する事業に着手! 13mmしかなかった身長は280cmに! ステキな百合彼女もでき、持病の仮病も治りました! それもこれもあれもどれも撃退士のおかげです! ありがとう撃退士!」
「ええかげんにせえ!」
スパーンと秀永のチョップが炸裂。
はっと我に返った歌音テンペストは突如まじめに。
「こんなおバカなあたしだけど、ともに戦ってくれる仲間ができたんです。そんな素敵な仲間が、きっとあなたのところにも行ってくれるはず。いまは大変なときだけど、あきらめず、がんばって!」
「せや。悪い冥魔は俺ら撃退士がやっつけたるで!」
「……あれ? オチは?」
「オチとかええねん!」
「韓国人はすべての話にオチをつけるんでしょ!?」
「だから韓国人カンケーない言うたやろ!」
「……以上で全部です」
スタッフ四人は全身に冷や汗をかいていた。最後の二人はカットしておくべきだったな……という後悔の色が、あきらかに見て取れる。
「たしかに、地味じゃなかった。そこは認めよう」
意外と柔らかい声に、スタッフたちはホッと息をついた。
「とりあえず、最初の三人をメインにして、あとの三人をはさむように編集しろ。それから、最後の二人は別の番組で使う。わかったな?」
「青森送りの件は……?」
「今回は大目に見てやろう。学生たちに感謝するんだな」
そう言って、制作室を出ていくディレクター。
携帯電話を取り出すと、彼は話しはじめた。
「おう、ちょっと面白い芸人を見つけた。いまから見せに行く。ああ、掘り出しものかもしれん」