「ふああ……ッ!? へ、変態さんおことわりって言ったですよ!?」
焼肉部の部室に集まった顔ぶれを見て、カルーアは震えだした。
無理もない。雫(
ja1894)、桜花(
jb0392)、月乃宮恋音(
jb1221)、袋井雅人(
jb1469)、そして咲魔アコ(
jc1188)の5名は、前回の焼肉パーティーのメンバー。あのおぞましい女体盛りの記憶が蘇る。
「こないだぶりね、カルーアちゃん。焼肉部設立おめでとう。入部届け出しておいたので、これからよろしくね。キヒヒヒ♪」
全身ピンクの悪魔が、ウインクを投げかけた。
「変態の入部おことわりなのです!」
「でも、もう受理されたし。部員は一人でも多いほうがいいでしょ?」
「そ、それはそうなのですけどぉ……」
「安心して、カルーア。今日の私はまじめモード! 健全な焼肉パーティーにしようね!」
桜花がニッコリほほえんだ。
「ウソつけなのです! そうやって油断させて、Hなことををを……!」
「私を信じて」
「ムリなのです!」
カルーアは、サッと木嶋香里(
jb7748)の背中に隠れた。
見た感じ、いちばん安全そうに見えたのだ。
「まぁまぁ、落ち着いてください。はじめまして、私は木嶋香里。今日はみんなで焼肉部のお手伝いにきましたよ♪」
「ネコつかまえるの、手伝ってくれるですか?」
「それはちょっと……。でも、もっとおいしいお肉を用意できると思いますよ」
「ネコよりおいしいですか?」
「はい。ですので頑張りましょうね♪」
「にぇこ……食べ……」
ネコを食べると聞いて、狗猫魅依(
jb6919)はプルプルしていた。
邪槍をかかえて涙目状態だが、かろうじて人格は保たれている。
あと一歩で別人格の『仙狸』が現れて邪槍をぶちこむところだが、どうにか抑えているようだ。
「最初に言っておきますが……犬や猫はペットを放し飼いにしている可能性があるので、極限状況以外ではやめておきなさい」
真剣な顔で雫が言った。
「極限状況なら食べていいのです?」
「そうなるまえに、野鳥や蛇、蛙など、食べられる動物はいくらでもいます」
「じゃあそれを食うのです!」
「よぉし、ではさっそく獲物を撲s……ちがう、一狩りしてこようではないか!」
Unknown(
jb7615)が、冷刀マグロや火炎放射器を取り出した。
どうやら魔具で狩りをするつもりらしい。
それは天魔と戦うための兵器だというのに……開発者が見たら泣くかも。
「待って! 野生動物を狩るには許可が必要だよね」
桜花がマトモなことを言いだした。
「狩猟法ですか? 大丈夫、見つかる前に食してしまえばいいんです。偶然捕まえて死なせて食べてしまっただけですから。なにも問題ありません」
まじめな顔で反論する雫。
「はい! だったら、おさかにゃをとればいいと思います!」
魅依が手をあげた。
「ダメ! この世には漁業法があるんだから!」
今日の桜花は別人みたいにマジメだ。一体どうした?
「あのぉ……カルーアさん。佐渡乃先輩にバイトを紹介していただいて、その収入を食材にあてるというのは、どうですかぁ……?」
恋音が明日羽のほうを見た。
「ん? 時給2万円のバイト紹介しようか?」
「おぉ……それは、ただごとではないバイトになりそうな……」
「なにもしなくていいよ? 寝てるだけで2万円。それとも恋音、あなたがやる?」
「そ、それは……遠慮させていただきますぅ……」
震えながら後ずさる恋音。
「はいはい、雑談は終わりよ」
アコがパンッと手を叩いた。
そして、カルーアに向かって指をつきつける。
「やっぱりあなた、ひょっとしなくても馬鹿ね。仮に獲物を捕らえたとして、毛皮つきのまま食べるつもり? それともあなたに処理ができて? どんな動物でも食肉に加工できる人なんて、そういるものではなくてよ?」
「そ、それは誰かに……」
「考えが甘いわね。いくら久遠ヶ原でも、そんな人材が毎回見つけられるワケじゃないわ。だいたいね、お金がないなら稼げばいいのよ。あなたに食中毒の心配があるか知らないけど、野生には恐ろしい病原体がうようよしてるのよ。部活のたびにいちいち狩りをするところから始めるのも効率悪すぎ。私たちには授業も依頼もあるの。部活に割ける時間は、そう多くないわ。衛生面でも、手間を考えても、プロがさばいたものを買うほうがずっと現実的よ。あなた学園生でしょう? 依頼には出てるの?」
「ぁうぁう……」
「……まあいいわ。もっと手っ取り早い方法は、いくらでもありますもの。あなた明日羽ちゃんと親しいみたいだし、彼女のお願いを聞けば焼肉部の活動費ぐらいは快く出してくれるはずだし、そうしたら?」
「い、いやなのです! オモチャはイヤなのです!」
「やれやれ、ぜいたくねぇ……。よし、だったら私と来なさい。私のバンドで一緒に路上ライブで稼ぐのよ! 大丈夫、懇意にしていただいてるバンドの皆さんが『手取り足取り』教えてくださるから!
「ふえええ……っ!?」
強引に拉致られそうになるカルーア。
「あの、ちょっと待ってください」
香里が声をかけた。
「たしかにアコさんの言うとおり、部活のたびに狩りをしたり肉を処理したりするのは大変です。そこで考えたんですが……地元の猟友会と交流をとって、おたがいにサポートする体制を作りませんか?」
「りょーゆーかい?」
首をかしげるカルーア。
「狩りのプロ組織です。こちらからは撃退士として駆除作業の戦力を提供し、かわりに狩りの情報や技術を提供してもらおうかと。ついでにカルーアさんの狩猟免許も取ってしまいましょう」
「なんだか、すごく面倒そうなのです」
「でも、うまくいけば毎回安定してお肉が手に入るようになりますよ? それにカルーアさんが処理方法や保存方法を身につければ、ひとりでも焼肉ができます。たしかに準備や勉強など、大変な面もありますが……私がサポートしますので、焼肉部存続のために頑張ってみませんか?」
「カルーア、勉強は嫌いなのです」
「そうですか、無理にとは言いませんが……焼肉部の活動を長く続けるためにも、お肉の入手経路と保存手段は確立しておきたいですねぇ……」
「ええい! いつまでグダグダやっておるのだ! 我輩は一人でも狩りに行くぞ! 狩猟許可? 知らん!」
話が進まないのに業を煮やして、Unknownは冷刀マグロ片手に教室を飛び出していった。
「ミィも、おっさかにゃー♪」
つづいて魅依が廊下へ走ってゆく。
「ではカルーアさん、ついてきてください。狩りの技術を伝授しましょう」
雫は返事も待たずにカルーアの腕をつかむと、強引に引きずっていった。
残されたメンバーは、たがいに顔を見合わせるばかりだ。
すると、恋音が小さく手をあげた。
「えとぉ……こんなこともあろうかと、必要な書類をそろえておきましたので……のちほど部長にサインしてもらえば、おそらく大丈夫でしょう……」
「おお、さすが恋音! ぬかりありませんね! では始めましょう、焼肉部の定例活動を!」
雅人が言うと、それを合図に参加者たちはそれぞれ思い思いに狩りを始めたり、調理の準備に取りかかったりするのだった。
「いいですか、蛇は首元をつかみなさい。捕らえにくいなら木の枝を差し出せば上ってきますから。食べる際は、少々匂いが強いので香辛料を強めにすると良いでしょう」
「こうなのです?」
雫の言うとおりにシマヘビを捕まえるカルーア。
雑草の生い茂った、池の畔だ。
「あっちに牛蛙がいます。動きは遅いので簡単に捕らえられるでしょう。こちらは後脚の皮を剥いで下味をつければ大丈夫です」
「げこげこ〜♪」
「亀はカミツキガメを狙いましょう。駆除して喜ばれますから。ただし、ひとつ気をつけてください。外来生物法の適用動物なので、持ち帰る際はその場で絞めないと違法ですから。さばくときは皮を剥いでくださいね。防衛機能として臭いを発するので、残すと台無しですよ。料理法としてはスッポンと同じですね。ダシをとって雑炊にしても絶品です」
「スッポン食べたことないのです」
「ではいずれ、獲りに行きましょう。この付近にはネズミやアライグマなどもいるようですが、病気や寄生虫を持っている可能性が高いので禁止です」
「病気こわいのです」
「あとは先日話した野鳥ですね。このあたりは自然が多いですから、キジバトやハシボソガラスが狙い目でしょう。このバナナブーメランをどうぞ。投げる際は、相手の動きを読んで見越し射撃の要領で当てるように」
「難しいのですぅ〜。でも焼肉のためなのですぅ〜!」
わりと楽しそうなカルーアだった。
その近くでは、Unknownが「我輩の中におかえりなっさーい★」とか言いながら、手当たり次第に野生動物や野生植物をとっつかまえていた。釘バットや万能包丁まで使いこなして火炎放射器でヒャッハーする姿は、じつに生き生きしている。
その背景では、魅依が水着に着替えて池に飛び込み、鯉やドジョウをつかまえていた。
その姿を、桜花はしっかり見守っている。もちろん、幼女の水遊び姿を堪能しているわけではない。今日の桜花はマジメなのだ。「小さい子は保護者と一緒にいないと危ないからね!」などと、けっして趣味ではないことをアピール。でもやけに視線がギラついてるのはなぜだろう。
そんなふうにみんな自由に食材を調達する中、雅人はひとり台所にこもって作業していた。
一体なにをしているのかといえば──
「変態も出てこなければ撃たれまい……ということで今回は、台所にこもってひたすら野菜を肉へ加工しますよー!」
というわけで、野菜を肉に見せかけて食べさせようとしているのだった。前回あんまり野菜を食べてもらえなかったことへのリベンジである。
もちろん、外見だけを肉に見せかけても仕方ない。あらゆる調味料や油を使って、ジューシーな肉汁を再現。煮る、焼く、炒める、蒸すなど、あらんかぎりの調理法を駆使して肉の食感へ近付ける。
そして完成したのは──
キャベツとレタスを豚の三枚肉に見立てた、ポークソテー。
エリンギを鳥の胸肉に仕立てた、チキン南蛮。
大根を牛肉っぽく仕上げた、ビーフステーキ。
どれも見た目は本物そっくりだ!
「……で、なんだよ。急用って」
「あ、肉だ」
卍と亜矢がやってきた。
「卍君、亜矢さん、わざわざ来ていただいてすみません! じつはですね、焼肉部というものが最近できまして……」
経緯を説明する雅人。
「わかった。つまり……一緒に焼肉すればいいのね!」
「そのとおりです」
「そうと決まったら突撃よ!」
というわけで、参加者が無駄に増えた。
夕方になって、ハンターたちが獲物を手に次々と部室へ帰ってきた。
「いっぱい獲れたよー♪」
魚をいっぱい抱えてビチョビチョの水着姿で帰ってきたのは、魅依。
その後ろには、ストーカーさながらに桜花が張りついている。
「私は……畑を荒らしている豚を2頭、つかまえてきましたぁ……」
さりげなく、一番良い食材を獲ってきた恋音。
だがじつはこの豚、ただの豚ではない。食うと胸がアレするんだ。恋音限定で。
「さー、色々狩ってきたぞぉー! アー……まだ動いてるけど、焼けば止まるだろう」
そぉーいとばかりに、生きたままの虫や動物を放り投げるUnknown。
みんなで食べるものなので、一応イッパンテキ(悪魔基準)な食材を集めてきたのだが……トカゲとかムカデとかコウモリとか、黒魔術の儀式に使うのかという代物ばかり。
「こ、これを食べるのですかぁ……!?」
恋音がフルフルと震えた。
「うむ。じつに美味だったぞ。狩りの間に腹へったから何匹か喰ったけど、生きが良かったからなー」
「うぅぅ……」
そこへ、カルーアが犬を引きずって戻ってきた。
「犬猫は捕らないよう言ったはずですが……」と、雫。
「極限におなかが減ったのです!」
そのとき。カルーアの背後で、魅依がユラリと立ち上がった。
「……そうですか、ご注文は邪槍ですか。……では、存分にお召し上がりください」
『仙狸』と化した魅依の手から、邪槍『イルエンレヴィアス』が放たれた。
CRは-15! カルーアは3なので、CR差18!
これはいくら天界の使徒でも死ぬ!
「アビャーーッ!?」
それこそ肉塊みたいになって吹っ飛ぶカルーア。
「いけない! すぐ手当てしないと! 責任ある大人として! 大人として!」
まじめモードの桜花が、即座に駆けつけた。
回復スキルなんか持ってないので、人命救助の基本! 人工呼吸&心臓マッサージ!
人工呼吸のとき舌が入ってるけど、これが正しいやりかたなんだ!
「んにゃああああ……っ!」
「はぁはぁ……幼女……私は幼女を助ける……!」
今日の桜花は徹底的にマジメだ!
まぁそんな大人の時間に没頭してる人は置いといて。
結局、部室に持ちこまれた食材は──
豚、蛇、蛙、トカゲ、コウモリ、鯉、鰻、ドジョウ、タニシ、亀、カラス、スズメ、ハト、ムカデ……その他もろもろ昆虫や雑草など。
とても焼肉が始まるとは思えない光景だが、天然の鰻など当たりもある。
ほかの食材も、別の意味で『当たる』かもしれない。
でも撃退士なら大丈夫だ。死ぬことはない。多分。
というわけで、桜花とカルーアを無視して焼肉パーティーが始まった。
下ごしらえは、香里と恋音、雅人が担当。
「みなさん、おいしく食べて行ってくださいね♪」
と爽やかな笑顔を見せる香里。
だが食材がエグいので、なにか別の意味にしか聞こえない。
「野菜で作った肉料理も食べてみてくださいねー」
前回にひきつづき、どうも雅人は野菜を食べさせたいようだ。農協の回し者か。
「そうだぞー。野菜も魚も昆虫も、バランス良く喰えよー」
特に良いこともうまいことも言ってないのに、集中線がつくほど無駄にイキイキしてるUnknown。
なにやら正体不明の肉に『死のソース』をぶっかけて、無茶苦茶な勢いで貪り喰っている。
「お刺身おいしい! 鶏肉もおいしいにぇ!」
カルーアを血祭りにしたことなどコロッと忘れて、魅依は鯉の洗いや鳩のササミを生のまま食べていた。
って、おい! これ焼肉部! 焼肉部!
やがて宴が盛り上がってくると、お約束のように酔っぱらいが現れる。
だれかれ構わず絡み酒モードになる雫。
雅人にしなだれかかり、巨大化おっぱいで押しつぶす恋音。
アコは爆音ギターを掻き鳴らしてるし、Unknownは相変わらず何だかわからない肉を喰ってる。
そんな中、ひとり淡々と肉を処理したりする香里。マジメ!
「焼肉部、いいじゃない。あたしも入部しよっと!」
酔った勢いで、亜矢は入部届を書いていた。
「俺は入らねーぞ」と、卍。
「だれも誘ってないでしょ!」
「そうか。ならいいんだ」
というわけで、焼肉部にアコと亜矢が加わった。
新たな部員を得て、焼肉部は今日も夜遅くまで盛り上がったという。
そのあいだ部長のカルーアは肉の一切れさえ食えないまま、ずっと桜花のオモチャにされてたけどな!