その日。タコ焼きの地位向上のため、盛大なパーティーが開かれた。
あつまったのは、タコ焼き愛好家およそ500名。
「それでは恋音、今日もよろしくお願いしますね。今日は色欲ではなく性欲……間違えました、食欲を存分に満たしますよー。ええ、まぁタコ焼きしかないですけどね」
袋井雅人(
jb1469)は、今日も元気だった。
作っているのは普通のタコ焼き。これをチーズフォンデュにして提供するのだ。
「はい……よろしくおねがいしますぅ……」
雅人の隣で、月乃宮恋音(
jb1221)も通常のタコ焼きを焼いていた。
が、一見ただのタコ焼きに見えるそれは、タコ焼き型ホットケーキとタコ焼き型シュークリーム。普通のソースの代わりにチョコソースを使い、マヨネーズをカスタードクリームで代用している。見た目は完全にタコ焼きそのままだ。
数少ないデザート系の屋台ということで、かなりの人気である。
くわえて仮設テントにドリンクバーを設置しており、これも需要が高い。なんせタコ焼きオンリーイベントなので、みんな喉が渇くのだ。烏龍茶や麦茶などを中心に各種ジュースやスポーツドリンクなども用意してあり、全方位に対応可。ただし撃退酒まで用意したのはやりすぎだ。
「これは忙しいですねぇ……」
由利百合華は、メイド姿で屋台を手伝っていた。
「えぇ……予想以上の盛況ですぅ……」
恋音も同じくメイド服。
ふたりとも、お約束どおり胸がパツンパツンだ。
「なにか、甘い匂いがするのですぅ〜」
ふらふらと、深森木葉(
jb1711)がやってきた。
スイーツたこ焼きの香りに誘われたようだ。
「「いらっしゃいませぇ〜」」
恋音と百合華の声がハモった。
「シュークリームたこ焼きとぉ〜……抹茶オレをいただくのですぅ〜」
「ごいっしょにチーズフォンデュたこ焼きはいかがですかっ!?」
雅人が強引に割り込んできた。
「では遠慮なくいただくのですぅ〜」
「毎度ありがとうございます! たいへん熱いので気をつけてくださいね! はふっ、ほふっ!」
とか言いながら、熱々のタコ焼きをほおばる雅人。
仕事しつつも、自分で食べるのは忘れない。
一方、木葉はタコ焼きをフーフーしてるばかりで、口に入れようとしなかった。
「猫舌だから、すぐに食べれないのですよぉ〜」
「おぉ……やけどしないようにしてくださいねぇ……?」
心配そうに声をかける恋音。
そこへヒョイと首を出してきたのは、三鷹夜月(
jc0153)
片手にタコ焼き、片手に撃退酒を持って、すでに酔っぱらっている。
「バカ言うな! タコ焼きは熱々のうちに食うのがうまいんだ! さあ食え!」
竹串にタコ焼きを5個ばかり突き刺すと、夜月は木葉に突きつけた。
「無理ですぅ〜! 猫舌さんなのですぅ〜!」
「心頭滅却!」
「ひにゃああああっ!」
焼きたてのタコ焼きをまとめて口に押し込まれ、悶絶する木葉。
まさか、こんな目に遭うとは……。
「これは俺に対する挑戦状か……? それとも『逆にハードル上げれば参加しにくいやろ?』的なやつか? ええやろ……受けて立ったるわ!」
たこ焼き神・ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は、その称号にかけて逃げも隠れもしなかった。
やることは、ただひとつ。『神』の技を見せることだけだ!
「これはこれは……神降臨ですね」
麗司が拍手した。
「この俺を挑発するようなマネしよって……。神の技、とくと見せたるわ!」
「しかし材料をお持ちでないようですが……?」
「食材? そんなのこだわらんわ! 神はそこらのものすら極上の逸品に変えるから神なんやで! 速い! うまい! 美しい! 全拍子そろった一品を……食うてみるがええわ!」
神の戯れが始まった。
焼けつく鉄板。
流れる生地。
踊る千枚通し。
それはまさに、神の所業!
「なるほど、称号は伊達ではありませんね。すばらしい仕上がりです」
『神』謹製のタコ焼きをひとつ食べて、麗司は賞賛した。
「これは酒のツマミにも最高やで」
「ごはんのオカズにも最高ですね」
「おお、わかっとるやないかい」
「大阪では常識ですから。……職人スピード競争、がんばってくださいね」
「神が負けるわけないやろ!」
ゼロはどこまでも自信満々だった。
「新作のアイデアがあったので、ちょうど良かったです」
黒井明斗(
jb0525)は、慣れた様子で屋台に立っていた。
彼の作る創作タコ焼きは2種類。
まず一つ目は、ダシたこ焼き。
生地のダシをエビのカラで取り、具にもサクラエビを加え、ソースは使わずアオサと薄口醤油で作ったあんかけにする。
「これはいいですね。とても上品な味わいです」
と、麗司。
「ありがとうございます。これは『和』にこだわってみました」
そして2品目は、超ジャンボタコ焼きだ。
横浜キヨーケンのウェディング仕様ジャンボシウマイの、タコ焼きバージョンである。
直径30cm高さ30cmの特大タコ焼きをカットすると、中から30個ほどのタコ焼きがコロコロと。
「これはたのしいですね」
「シュウマイで良いなら、たこ焼きでも良いと思いまして」
巨大タコ焼きで人の目を引き、和風ダシたこ焼きで舌を惹きつける。
みごとな作戦に、客足も好調だ。
もっとも、今日のタコ焼きは全品無料だが。
「せ、せんぱい、たこやきの作りかた、教えてもらいたい、です」
茅野未来(
jc0692)は、今日が人生初のタコ焼き作りだった。
なのに、先生に選んだのは亜矢。
一度会ったことがあるからという理由なのだが……あいにく亜矢は料理など一切できない!
「いいわよ。教えてあげようじゃない」
よせばいいのに、見栄を張って引き受ける亜矢。
が──生地作りはもちろん、焼きも滅茶苦茶。
やがて完成したのは、炭化した小麦粉とタコの塊だった。
「教わったとおり、焼いたのに……」
「あんたがヘタなのよ!」
亜矢は責任逃れしようとするが、完全に彼女のせいだ。
見たところ捨てる以外なさそうだが、それでも未来は楊枝をつまむ。
そして、消し炭みたいなのをガリッと一口。
とてもタコ焼きの音とは思えない。味もしかり。
「うう……っ。でも、たべものをそまつにしたら、バチ?があたるのよって、お母さんが……」
涙目でタコ焼きをかじる未来。なんとけなげな。
もちろん亜矢は一個も食べない。ひでえ。
「さあ次よ! 今度こそうまく焼きなさい!」
「せ、せんぱい、たこやきの作りかた、しってますか……?」
「当然でしょ!」
「うぅぅ……」
未来の修行(苦行)は続く。
「タコをはじめとした具材の鮮度、質は問題ない。機材、調味料等の準備、その他もろもろ準備も申し分なく。……だからこそ、惜しい」
グラウンドの片隅で、千枚通し片手に下妻笹緒(
ja0544)は語りだした。
「これならば、たしかに上等のタコ焼きが出来上がるだろう。皆が笑顔になれるタコ焼きが仕上がるだろう。……だがしかし、それは果たしてこの学園で作る意味のあるタコ焼きなのだろうか。……否! 久遠ヶ原のタコ焼きである以上、ここでしか作れないものでなければ意味がない!」
断言すると、笹緒は鉄板上のタコ焼きめがけてフレイムシュートを放った。
鉄板の熱と魔法の熱の相乗効果で、久遠ヶ原式の新型タコ焼きを編み出す作戦だ!
「私は挑戦を恐れない……。これこそ、21世紀の新時代タコ焼き!」
笹緒は信じていた。自分の想像力とタコ焼きスキルを。
だが、彼は忘れていた。タコ焼きを焼くのにそんな火力は必要ないということを。
結果は言うまでもなかった。
Lv30ダアトの魔法は、一撃で天魔を滅ぼし得る。いわんやタコ焼きをや。
こうしてここにまた、消し炭タコ焼きが誕生したのである。
礼野智美(
ja3600)は、妹の礼野真夢紀(
jb1438)に引っ張られてやってきた。
右を見ても左を見ても、タコ焼き屋台。たちこめるソースの匂いが香ばしい。
(そういえば、タコ焼き器は実家のどっかに眠ってるはずだけど、作ったことなかったなぁ。……今度連休で帰ったとき探してみるか。ちびどもとか珍しいだろうし)
もし見つからなければ買ってもいいな、と智美は考えていた。
「うーん……九鬼さん、どこだろう」
そんな姉を引っ張りつつ、真夢紀は麗司をさがしていた。
彼女はタコ焼き愛好家だが、麗司の言う『大阪風』『広島風』『神戸風』などは知らなかったのである。そこで一度味わってみたいというわけだ。
「私をお探しですか、お嬢さん」
真夢紀の独り言を聞きつけて、麗司が声をかけてきた。
「あっ、こんにちは。タコ焼きパーティー、すごくいいですね」
「ありがとうございます」
「それで、ひとつお願いがあるんですけど……神戸風とかのバリエーションの違うタコ焼きって食べたことがないので、作ってくれませんか?」
「いいですとも。では弟子の屋台を借りましょう」
無論、タコ焼きの弟子である。
「ではまず、神戸風からいきましょう」
麗司が千枚通しを手に取った。
そして、通常のタコ焼きと同じように焼いていく。
完成品も、普通のタコ焼きと変わりない。
「これをダシつゆとソースで食べるのが神戸風です」
「ダシつゆで食べるタコ焼きって初めてです。でも、ソースまでかけちゃうんですか?」
「ええ。そこが明石焼きとの最大の違いで……」
その後、麗司の講義は延々と続いた。
「ところで九鬼さん、タコ焼きにマヨネーズってどう思いますか?」
キャベツ入りの広島風タコ焼きを食べながら、真夢紀が問いかけた。
「好みの問題ですが、私は使いません」
「ですよね! なんでもマヨネーズかければいいってもんじゃありませんよね!」
めずらしく大声を出す真夢紀。
彼女は何でも食べる食いしんぼうだが、嗜好品に関しては好き嫌いが激しいのだ。
「俺もタコ焼きにマヨネーズは不要だな」
智美が同意した。
彼女も妹と同じくマヨ否定派らしい。
「マヨネーズは、葉野菜にかけるかポテトサラダ系に使うぐらいだな……。あとツナマヨとかには使うけど……。ただしカロリーハーフで」
減らせるものは減らさないと妹の体重が増えるばかりだしな……と、心の中で呟く智美。
ともあれ、ふたりは存分にタコ焼きを満喫するのだった。
「この香りは……熊本産有機小麦粉」
麗司の屋台の前で呟いたのは、樒和紗(
jb6970)
「さすがは樒さん。香りで小麦粉の産地を言い当てるとは……。おひとつどうです?」
「いえ、俺は少食なので……香りだけ堪能させてもらいます」
「それは残念」
「ところで、このパーティーは素晴らしいですが……九鬼は根本的なところをまちがってますね」
「といいますと?」
「いいですか。タコ焼きは愛すべきものですが、押しつけは言語道断。そんなことをせずとも愛されます。このような押しつけがましい催しなど開かなくとも、魂がタコ焼きを求めるはずなのですから」
疑いのない純粋な瞳で、和紗は言い切った。
「たしかに、大阪人の魂ならばそのとおりですが……」
「いいえ。日本人なら……否、人類ならば、魂がタコ焼きを求めるはずです」
これには麗司も脱帽だった。
ルナ・ジョーカー(
jb2309)と華澄・エルシャン・ジョーカー(
jb6365)は、仲良くタコ焼きを焼いていた。
カフェ『キャスリング』の宣伝を兼ねて、ルナの絶品コーヒーを無料サービス。紅茶も用意して、セルフで提供している。
「それにしても、タコ焼きが自作可能だなんて……驚きましたわ」
そう。華澄は今回のイベントまで、タコ焼きが自宅で作れることを知らなかったのだ。
おかげで今日の彼女は、人生初タコ焼きブラボー!な気分。
麗司や和紗が聞いたら耳を疑う話だ!
一方ルナはタコ焼きぐらい普通に焼けるので、予習として華澄にひととおりレクチャー済み。
そんな彼女が作っているのは、キャスリングのテーマカラーである白と黒を使ったケーキタワー風タコ焼き。
甘口のタコ焼きは、タコの代わりにチョコとバナナを入れて焼き、チョコソースをかけた『黒』
さらに、イチゴとホワイトチョコを入れて生クリームを飾りつけた『白』
そして辛口のタコ焼きとしては、ウズラの卵を入れて焼いたものに自家製カレーをかけて、外側は黒、中身は白という一品を作り上げる。
「たこ焼きとコーヒーやお紅茶のマリアージュが成功すれば、お店も賑わうわ」
そんな彼女を横目に、ルナが焼いているのは普通のタコ焼き……プラス、死のソースを練り込んだ超激辛タコ焼き。
「タコ焼きといったら、ロシアンたこ焼きだろ?」
「なに? ロシアンたこ焼きって」
「見ればわかる」
というわけで、客を6人ほど集めてゲーム開始。
だがしかし──
「当たりはコレだああっ!」
1ダースほどのタコ焼きの中から、夜月は正確に『当たり(というかハズレ)』を楊枝に突き刺し、木葉の口へ突っ込んだ。
「からっ! からいですぅぅ〜っ!」
熱さと辛さで、のたうちまわる木葉。
芸人的にはおいしい役だ。
「ロシアンって、こういう意味ですのね……。おわびに、甘口のタコ焼きをどうぞ」
申しわけなさそうに、華澄が白と黒のタコ焼きを差し出した。
「ちょっと辛くしすぎたか……? とりあえず、これで口直しするといい」
ルナも、甘いアイスカフェオレを木葉に手渡す。
「えへへ〜。甘くておいしいですぅ〜♪」
なにやらひどい目に遭ったが、とりあえず嬉しそうな木葉であった。
そのころ、黒百合(
ja0422)もロシアンたこ焼きを実行していた。
ただし彼女の場合、当たりは本当に『当たり』だ。
なんとタコ焼きの中に抽選番号の書かれた紙切れが入っており、番号に応じた景品がもらえるという仕組みなのだ。
そのラインナップは、阻霊符や潮干狩りセットなどの生活必需品をはじめ、撃退士の興味を引くこと確実。
目玉賞品は、デビルブリンガーLV15だ! さすが黒百合! 気前がいい!
もちろん屋台のクジ屋と同じで、目玉賞品は当たらないようになってるけどな!
しかし当たらないと悟りつつも、ロシアンしてしまう撃退士たち。
ちなみに『ハズレ』も本当にハズレなので、中身はタダゴトではない。
噛んだ瞬間に炸裂する爆薬とか、トラフグの肝臓とか、生きたままのGとか……だいぶひどい。
しかも不正できないよう、『スキル禁止、お残し禁止、引いた物は必ず自分で食べること』など、厳格にルールが定められている。
おかげで周囲一面、死んだマグロみたいな撃退士たちでいっぱいだ。
今日のイベントは、タコ焼きの魅力を広めるためのものだというのに……。
「だぁぁぁ、なんでタコ焼きパーリーでラーメン食べちゃいけないんだぁぁぁっ!」
佐藤としお(
ja2489)は、頭をかかえて絶叫した。
昼飯にラーメンが食えないとは、なんというイヂメ!
だがしかし! そんな逆境だからこそ、彼の愛してやまぬラーメンは進化を遂げるのだ!
というわけで、持参した鶏白湯スープに変わりタコ焼きを浸して食べるとしお。
中身の具材は、焼豚、うずら玉子、メンマ、海苔、そしてネギ……。
「あえて言おう、『是』であると!」
だが、肝腎の麺がなかった。
「馬鹿な……! ラーメンたこ焼きがないだとぉぉぉっ!?」
膝から崩れ落ち、茫然自失するラーメン王としお。
だが、この厳しい環境が彼を進化させるのだ!
「タコ焼きにタコが入っているものと、いったい誰が決めたのでしょう」
そう言って、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は変わりタコ焼きを作りはじめた。
具材に使うのは、チーズや明太子、キャビア、エリンギ、牛肉の時雨煮といった普通においしそうなネタから、イチゴ、パイナップル、氷砂糖などのスイーツ系?まで、バリエーション豊富。
ソースも通常のものではなく、チョコソース、カスタードクリーム、タバスコ、オレンジジュースなど、やりたい放題だ。
「変わりタコ焼きいかがですか。度胸試しにどうぞ」
と、笑顔で客を呼び込むエイルズ。
見た目はどれも同じなので、食べてみるまで中身がわからない仕組みだ。
ちなみにエイルズ本人にもわかってないので、完全に闇鍋ロシアン状態。
そこへ、夜月がフラフラとやってきた。
もう完全に出来上がっているようだ。
「なんだこれ? 食べたらヤバそうだなwwwよし、ためしに他の奴に食わせてみるかwww」
ニヤリ微笑むと、夜月は大量の変わりタコ焼きをかかえて走りだした。
見つけたのは、ラーメン王としお。
「佐藤さーん、変わりタコ焼きだよ! もしかしたらラーメンが入ってるかもwww」
「おおっ! それは食べるしかない!」
「食べさせてあげる! はい、あーん!」
夜月はタコ焼き10個をわしづかみにすると、としおの口にねじこんだ。
「ぐほっ!?」
激辛タバスコ明太子やら、イチゴチョコやら、イナゴの佃煮やら、多種多様なネタのタコ焼きがとしおを襲った。
「どう? ラーメンあった?」と、夜月。
「いや、なかった……」
「じゃあ、おかわりねwwwはいアーンwwww」
「おぼおおっ!?」
この厳しい環境が、彼を進化させるのだ!
「まあ、おいしければ何でも良いと思うのですがね……」
周囲の喧騒を眺めながら、雫(
ja1894)はタコ煎餅を焼いていた。
タコ焼きに向かない胴体部分をもらってきて、下処理してから小麦粉をまぶしてプレスしながら焼き上げるのだ。
「たしかにコイツは『タコ焼き』だな」
感心したように卍が言った。
このイベントはタコ焼き以外禁止だが、タコ煎餅ならルール違反ではない。タコ焼きの屋台ばかり並ぶ中で、これは口直しにピッタリだ。行列までできている。
「すみませんが、人手が足りないので手伝ってもらえませんか? 卍さんと……ついでに亜矢さんも」
「『ついで』ってなによ!」
「ふむ……やはり卍さんが一緒だと元気ですね、亜矢さんは」
「は……はァァ!?」
「まぁとにかく、おねがいします。この二人だけでは手が足りないので」
雫の言う『この二人』とは、現在スパルタ指導中の一郎・二郎兄弟。
元撃退士の前科者である。
「教官……昨日から俺たち一睡もしてません。休憩を……」
「なにを言ってるんです? 再狂育が嫌だと我儘を言うのなら、しっかり手伝ってください。今日の頑張りしだいで、免除するか考えますから」
「うぅ……死ぬ……死んじまう……」
そんな哀れな兄弟の犠牲で、タコ煎餅屋の行列は途切れることなく続くのだった。
「これは、かなりの盛況ですね」
会場を眺めながら、ユウ(
jb5639)もタコ焼きを作っていた。
しかし初めてのことなので、どうもうまく焼けない。
一応レシピは用意して予習してきたのだが……ほかの料理と違って、タコ焼きには独自のコツが要求されるのだ。
とりあえず不格好なものは自分で食べつつ、うまく焼けたものだけ舟に移していく。
「うーん……。きれいに作るのは、なかなか難しいですね」
と言いながらも、数をこなすうち段々うまく焼けるようになってきた。
ある程度焼いたところで、ユウは自作のタコ焼きを持って屋台めぐりの旅に出ることに。
「せっかくの機会ですし、みなさんのタコ焼きも味わってみたいですからねぇ」
ただでもらうのは気が引けるので、自分のタコ焼きと交換する形だ。
オーソドックスなタコ焼きが多いが、中にはスイーツ風のものがあったり、ロシアン風のものがあったり、消し炭みたいなものがあったり……処刑場みたいな光景が繰り広げられる屋台まである。
さすがに毒物や昆虫を食べる気はしないので、黒百合の屋台だけは避けて通るユウ。
じつに冷静な判断だ。
「ではここで、タコ焼き職人スピード競争をはじめたいとおもいます」
会場が盛り上がる中、麗司のアナウンスが流れた。
エントリーしたのは、20人あまりの撃退士たち。いずれも腕に自信のある実力者だ。
「タコ焼きの経験は真夏のビーチでバイトで作った程度っすケド、勝負には負けないっすよ!」
元気いっぱいの笑顔で千枚通しを掲げたのは、強欲萌音(
jb3493)
彼女はこの競技が始まる前に麗司を『シンパシー』してタコ焼きの知識と技術をいただこうとしていたが、あいにくレベルが足りずに失敗していた。おしい。もし読み取ることが出来れば、相当なアドバンテージが得られたのだが。
「スピード競争? そんなもの鉄板さえあれば何ぼでも作れるやないか。俺の移動力とINIを見てみい。素早さなら誰にも負けんわ!」
声援とともに、ゼロが登場した。
さすがは『神』だが、INIはともかく移動力って意味ない気が……。
「ルールがなんや! 俺は神やで! なんとかしろや!」
神とは思えないことを言い出す神。
なんとかなるといいな……。
「俺は職人ではありませんが……そもそも職人って必要ですか? タコ焼きを焼くなど呼吸をするに等しく、呼吸に職人は要りませんよね?」
全選手に喧嘩を売るようなセリフを、和紗は平然と言い放った。
どよめく会場。
だが、大阪原人の血を引く者たちの中にはうなずく者も。
ともあれ、戦いの火蓋は切られた。
選手たちは一斉に鉄板へ生地を流し、千枚通しや竹串などで形を整えてゆく。
さすがに腕自慢たち、全員横一線だ。
──が、徐々に和紗がリードをつけはじめた。
さすがは、生まれたときからMy千枚通しとMyチャッキリを持ち、一人に一台タコ焼き器という環境で育った大阪民。なんの気負いもなく自然体で淡々と焼き続ける姿は、洗練の極みと言えよう。ゼロが神ならば、和紗は菩薩か。
「リードされてるっすね……生粋の大阪人にはかなわないっすよ。しかし……!」
萌音は逆転の一手を狙って、賭けに出た。
タコ焼きがまんべんなく焼けたところで、左手にボウルを持ち、右手で鉄板の端を握る。
そしてなんと──鉄板を『透過』!
これで鉄板をすりぬけて落ちてくるタコ焼きをボウルを受け止めれば、一個ずつ舟に取っていく手間が省けるのだ! これぞ、秘技・タコ焼きすくい!
……だがあいにく、これも失敗だった。
透過とは『自分に触れられるものを選択できる能力』であって、物質を自在に通過させる能力ではない。つまりどうなったかというと──
ガシャアアアン!
鉄板は萌音の手をすりぬけて、タコ焼きごと地面へ落下。無惨な結果となってしまった。
「そ、そんなのナシっすよおおお!」
抗議の声を上げる萌音。
ていうか……鉄板を持ち上げて、そのままひっくりかえせば……。
──30分後。
会場には、山のようなタコ焼きが積み上げられていた。
優勝は、いつのまにか凄まじい数のタコ焼きに囲まれていた和紗。
これぞ、無我の境地がたぐりよせた勝利と言えよう。
ちなみにゼロは途中から酒かっくらって、自分のタコ焼きをツマミにしてた。
神ってそういうもんだよな。
「人を笑顔にできるのは芸だけではない……食もそのひとつだ……!」
金鞍馬頭鬼(
ja2735)はタコ焼き道を極めるべく修行しようと考えて、会場へやってきた。
服装はエプロンにコック帽。そして馬のマスク装備の馬人スタイル!
さらに『九鬼版・タコ焼き辞典』を熟読し、予習は万全だ!
一口にタコ焼き道と言っても色々あるが……馬頭鬼の目標は『より速く、より美しく、よりおいしく』というものだった。すなわち王道!
彼はいま、職人スピード競争を見学することで得られた情報を整理しつつ、新たな一歩を踏み出そうとしていた。
それは、一般のタコ焼き技術と撃退士スキルの融合!
無論、口で言うほど簡単なことではない。が──
「……ここでスキルを使えばッ!」
焼き加減を見計らって、馬頭鬼は『フェンシング』を発動した。
まさに針の穴を通すがごとき精密無比な一撃が、あざやかにタコ焼きをひっくりかえす。
つづけざまに、もう一撃。
さらにもう一撃。
いずれも完璧なタイミングだった。
が──
「ハッ……! フェンシングは3回しか使えない……!?」
おお、馬頭鬼ともあろう男が、そんなことを見落とすとは!
「く……っ。アウルディバイドがあれば……!」
そういう問題ではないはずだが、動揺しているのだろうか。
ともあれタコ焼き3個分、彼は確実に成長したのであった。
そんな中、黒神未来(
jb9907)は黙々とタコ焼きを作っていた。
いつもと違って、やけに殊勝な態度だ。
「ん? そんなことしてるヒマあるの?」
佐渡乃明日羽が問いかけた。
「タコ焼きパーティーやしな……」
焼きたてのタコ焼きを次々ふるまう未来。
本当はこんなことしてるヒマないのだが、関西人の血がどうしてもタコ焼きを作れと訴えるのだ。
が、今日の未来には目的があった。
そう……やられたことは倍返し! そのためにわざわざ明日羽に相談して手に入れたのだ。
凶悪無比な極太●●●を!
「……よし、これだけ作れば気が済んだわ。さぁいまこそ……復讐のときや!」
未来はウェディングドレスに着替えると、極太●●●片手に突撃した。──MSのもとへ!
……って、おい! メタはやめろと! 言っただろ!
「牛さん、話があるの。私、赤ちゃんできちゃったみたい。『誰の子?』なんて言わないでね。おなかの赤ちゃんのパパは牛さんだけなんだから。……あっ、誤解しないでね。私、結婚してなんていわないから。ただひとつだけお願いがあるの。私のお願い聞いてくれる?」
いやです。
「んな……っ!?」
MSの尻は守られた!
「かつて貧しかった僕にとって、食べるということは最高の贅沢だった……」
タコ焼きをもぐもぐしながら、咲魔聡一(
jb9491)は語りだした。
「だから今でも、食べるという行為には特別なものを感じるんだ(もぐもぐ」
「咲魔君は食事に対して哲学を持っているのですね」と、麗司。
「ん? きみは誰?」
「失礼しました。私は九鬼麗司と申します」
「ああ、きみがクッキーくんか。はじめまして(もぐもぐ」
「ところで咲魔君は大食い競争に出るようですが……」
「出るけど、それがどうかした?(もぐもぐ」
「……いえ、なんでもありません。ところで、そろそろ始まるようですよ」
「おっと。じゃあ行こうかな(もぐもぐ」
最初から最後までタコ焼きを食べてる聡一だが、大食いは大丈夫か。
「男は度胸、めざせ優勝! 大食いタコ焼キングに! 自分はなるで御座る!(どどん!」
静馬源一(
jb2368)は両手に串を持ち、赤いマフラーをなびかせて登場した。
この豆柴ワンコに大食いのイメージはまったくないが、30分という短期決戦ならやれる! やれるといいな!
「いいだろう……かつてアイス大食い大会で優勝した実力を見せてやる」
月詠神削(
ja5265)は、めずらしく闘志を漂わせていた。
なるほど、冷たいものと熱いもの双方で優勝すれば、ひとまず大食いを制したと言える……かもしれない。やる気を見せる理由としては十分だ。
この2名のほか、聡一やUnknown(
jb7615)を含めた30人ほどが大食い大会にエントリーしていた。
じつはUnknownの姿を見て急遽参加をとりやめた選手が大勢いるのだが……まぁ勝負はやってみなければわからないよな!
「では30分1本勝負、タコ焼き大食い選手権……開始!」
麗司が号砲を鳴らし、勝負が始まった。
「タコ焼きの大食いのポイントは、いかに食べやすい温度まで迅速に冷ますかだ。……が、水をかけたりするのは邪道。ゆえにこれだ!」
神削は両手に楊枝を持つと、2個同時にタコ焼きを刺した。
そして、1個目を食べてる間に2個目のタコ焼きを振って空気に触れさせる。こうすることで、1個目を食べ終わる頃には2個目が適度な温度まで下がっているのだ。さらにこの2個目を食べつつ3個目を刺して宙で振り、同様に冷ます。あとは、この行動を繰り返すだけだ!
「……ふ。撃退士として、両手に武器を持って戦うなど日常。それで両利きになった俺に死角はない!」
これは地味だが有効な作戦だ!
「忍軍の意地にかけて! 優勝をもぎとるで御座る!」
源一は号砲と同時に光纏すると、猛烈な勢いで食べ始めた。
大食いの技術とか、焼きたてで熱いとか、すべて無視!
なにも考えず、ただ食べる! ひたすら食べる! それこそが漢気!
「熱いとか強烈な味がするとか、関係ないで御座る! なぜならば! 最後まで食べ続けた者にこそ、栄冠は輝くからで御座る!……けどなるべく美味しいのを所望するで御座る!」
切実な顔で訴える源一。
だが、この競技のタコ焼きは職人選手権で大量生産されたもの。
さらに明斗と麗司の極上品も加わっており、味は申し分ない。
しかし──
開始30秒で、すでにUnknownと他の選手の間には絶望的な差がついていた。
なんせ、すべてが一口なのだ。舟も爪楊枝も、タコ焼きと一緒に丸呑み。
温度とか硬さとか、まるで意に介さない。まさに人間ディスポーザー。……いや、人間じゃなくて悪魔だけど。本人はこれでもゆっくり味わってるほうらしい。
あっというまに、Unknownの前からタコ焼きの山が消えた。
「タコ焼きマダー? まだ100人前しか喰ってないのだがー」
競技開始から、まだ3分たらずだ。
休憩していた職人たちが、あわてて追加のタコ焼き作りにかかる。
「ん? 職人が腱鞘炎? 知らんな、次はよ」
机をばんばん叩くUnknown。
その隣では、聡一が一舟一気飲みで追いすがる。
優勝などどうでもいいが、だれより多く食べることを目標にしているようだ。
もちろん、源一も神削も諦めてはいない。
重体覚悟で食べ続ける源一。
あくまでも冷静に試合を進める神削。
だが──Unknownは圧倒的だった。
タコ焼きを飲み物と認識していた彼と、食べものと認識していた者たちとの間では、埋めようのない差があったのだ。
もはや、結果は言うまでもない。
Unknownを含む一部の人には、真剣にハンデが必要だ。
ともあれ。このようにして、タコ焼きパーティーは大いに盛り上がりを見せた。
麗司の願いどおり、タコ焼きの認知度も上がったことだろう。
そのことに何の意味があるのかは不明だが──