この日。『撃退士刑事』の無謀なスタントを決めるため、命知らずの撃退士八名が集結した。
正確に言えば命知らずなのはスタント役五名のはずだが、監督の意向(そのほうが面白いという理由)によりスタント会場のあちこちに爆薬が仕掛けられているため、裏方や解説役、監督本人といえども身の安全は保証できないという、恐るべき仕様となっているのだ。この任務の最中、いつどこで誰が死んでもおかしくはない。
そんな命知らずの撃退士たちを、まず紹介しておこう。
七種戒(
ja1267)
一番手のバイクスタントに挑戦するチャレンジャー!
ぶっちゃけ、一番死ぬ可能性の高いスタントだ。さて、どうクリアするのか。
エナ(
ja3058)
かわいい顔して、水中ドラム缶からの脱出に挑戦! いや顔は関係ないけど。
種族は人間! 透過能力は使えない! ……え? 配役これでいいの!?
ミハイル・エッカート(
jb0544)
四方からの対戦車ミサイルをキャッチ&スロー!
かなりの殺人スタントだが、ピーマンを食うよりはラクなはずだ!
睦月芽楼(
jb3773)
高層ビル屋上からの200mダイブに挑む!
種族は悪魔だ! ああよかった! しかし闇の翼でどうにかなるのか!?
マクセル・オールウェル(
jb2672)
ダイナマイトかかえて火災現場につっこむぜ!
天使だから透過能力でOK! ……のはずだ!
ライアー・ハングマン(
jb2704)
トレーラーを運転したりロケット砲を撃ったりと、地味においしい裏方役!
合法的に(?)人を殺せるチャンスだ!
小田切翠蓮(
jb2728)
じつは一番むずかしい解説役を担当!
依頼人とは面識があり、解説スキルは高いぞ!
下妻笹緒(
ja0544)
ただでさえ難しい依頼をさらに難しくしてしまった鬼畜ディレクター!
プレイングに『爆発』と書いた回数、のべ12回! どんだけ爆発させたいんだ!
ではさっそく、最初のスタント会場へ。
場所は、封鎖された高速道路。このスタントのためだけに建設した──わけではなく、国によって建設中のものだ。それを一日借り切ってしまった鐘持家のコネと財力おそるべし!
しかも、笹緒監督の提案で、大道具係、小道具係、撮影班、消防班、医療スタッフ、メイク係……と、一分の隙もない制作陣を招集。それだけで映画が一本撮れてしまうほどのハリウッド体制である。たりないのは役者だけ。無論、それを務めるのは命知らずの撃退士どもだ!
「……ふ。私が、かの有名な撃退士刑事である……あ、サインは事務所通してな!」
トレンチコートにサングラス。だれが見ても刑事かスパイというスタイルで登場したのは、七種戒。女性ながら、洗練されたハードボイル度は相当なもの。兄弟ふたりは大喜びだ。
だが、彼女の人気も笹緒が登場するまでだった。
「すべてのスタントを爆発で解決! 撃退士監督(ブレイカーディレクター)!」
「うわあ! パンダだ! かわいい!」
「マジ!? パンダがいる! さわってもいい?」
子供にウケまくる笹緒。
たしかにかわいいパンダだが、忘れてはならない。彼が12回も『爆発』と書いたことを! あんなの初めて見たよ!
「よし行こうぜ、役者さん」
戒の肩をポンと叩いたのはハングマン。野性的な容貌に反して子供好きな彼は、心から兄弟を喜ばせたいと思っている。彼の細工でスタントの仕掛けは万全だ! たぶん!
そして、轟然と動きだす大型トレーラー。運転手はハングマンだ。見た目の派手さを優先して、サイズは全長25m。最大積載量50t。積んでいるのは発泡スチロールだが、車両だけでも6t超だ。轢かれたら、だいたいの撃退士は死ぬ。
その威容を前にして、さすがに緊張する戒。だが、子供の前では飽くまで格好良く。
「さて、かるく片付けてくるとしよう。見ていろ、少年たちよ」
颯爽とコートの裾をひるがえし、モンスターバイクにまたがると、戒はいきなりアクセル全開で走りだした。子供達が喚声をあげて見送る。
さぁ、たのしいスタントショーの幕開けだ!
殺人ショーにならないといいな!
「これが今のトレーラーの内部だ」
と言いながら、翠蓮がモニターを指した。
車載カメラで運転席の様子がわかるようになっているのだ。
「速度計を見てみるが良い。時速200kmと出ておろう?」
「ほんとだ!」
実際には100kmしか出ていないのだが、速度計をいじって二倍の数値が出るようにしたのである。遠くからでは100も200も区別できない。ナイスアイディアだが、時速100kmというのも結構な速度だぞ。大丈夫か?
ちなみにこのスタント、リハーサルは万全だ。一時はぶっつけ本番でおこなう予定もあったが、さすがに危険すぎるということで入念なリハーサルがおこなわれることとなった。おかげでリハ中に死にかけそうにもなったが、その甲斐あって今日は完璧だ!
「うらうらうらァァァ!」
ふだんの五割増しぐらいのテンションで、戒はバイクを駆りながらトレーラーの車体を蹴りつけていた。どう見ても、刑事というよりチンピラだ。
「ちっ。うっとうしい刑事(デカ)め」
ハングマンもノリノリで演技しながら、窓から身を乗り出して拳銃を発砲。
それに応えるように、戒も自前の拳銃で応戦。クロスファイアの二挺拳銃で、インフィルトレイターの本領発揮だ! かつて狙撃専門だった彼女からは想像もつかない勇姿! しかし果たして、この人生は正しかったのだろうか!
「そろそろ遊びは終わりにしようかね……。ふっ」
言うや否や、戒はアクセルグリップをひねり、一気にトレーラーを抜き去った。
さぁ、ここからが見せ場だ!
ギャギャッとバイクをドリフトさせる戒。後輪が滑り、黒々としたタイヤ痕を路面に刻みつける。と同時に、袖口に仕込んだ透明ゴム紐を防音壁にひっかけて減速。
「たぶんできる……っ!」
ほとんど速度の落ちていないバイクから、華麗に飛び降りる戒!
時速100kmの速度を生かして、くるくるっと空中で五回転!
決まった!
受け身をとりながら路上をころがり、むくりと立ち上がる!
そこへ迫りくるのは、殺人マシーンと化した大型トレーラー!
ここでお勉強。古典的なニュートン力学によれば、運動する物体の運動エネルギーは、質量と速度の二乗に比例する。──すなわち、こういうことだ。
『トレーラーに轢かれたら死ぬ』
だが、リハーサル中に何度も死にかけたおかげで、いまはもう完璧な対策が立ててある。
なんと、このトレーラーには前面から後部まで人が通れる空洞が仕込まれているのだ。それで走れるのかよと思うが、現に走っているので問題ない。金さえあれば何でもできる! 世の中カネだ!
まさにトレーラーに轢かれる、その寸前。戒はキラッと微笑み、空洞めがけて渾身の正拳突きを繰り出した。
「くらえ! 撃退士(ブレイカー)パンチ!」
なんのひねりもない決め台詞とともに、にぎりこんだ起爆装置をポチッとな。
チュドォォォォォンンン!!
笹緒の指示によって仕掛けられた大量の爆薬が炸裂!
耳をつんざく轟音。吹き荒れる爆風。
ハリウッド映画顔負けの大迫力だ。鬼畜ディレクターの狙いどおり!
「これぞ、至高のエクスプロージョン!」
メガホンをバンバンたたきながら自画自賛する笹緒の見つめる中、キノコ雲がもうもうと立ち上がった。
爆煙が晴れたとき、そこには巨大な鉄塊と化したトレーラーの姿。
はたして、戒は──?
「すべての事件を暴力で解決! 撃退士刑事!」
灰と煤まみれになりながらも、戒は立っていた。
もちろん、ハングマンをしっかり捕まえている。
「やったぁぁぁぁ! さすが撃退士刑事!」
ぴょんぴょん跳びはねて喜ぶ、鐘持兄弟。
だが、あれほどの爆発に巻きこまれてなぜ戒は平気だったのか。タネは簡単だ。笹緒の仕掛けた爆薬は、戒の周囲を囲むように配置されていたのである。最初はトレーラーにぎっしりと仕掛けておく案もあったが、どう考えても死人が出るので廃案となったのだ。残念。
「これぞ、トリック・エクスプロージョン!」
スタント成功を祝うように、戒の背後でとどめの爆発!
爆風が戒の髪とコートの裾を吹き上げ、スタイリッシュに演出!
やっぱり生きて帰れるとカッコイイな!
「さすがよのう。あれこそ撃退士の鑑というもの」
うむうむと、もっともらしくうなずく翠蓮。
「あれって、撃退士なら誰でもできるの?」と、兄のほうが問いかける。
「無論よ。あの程度のことは、撃退士にとって児戯のようなもの」
「すげえーー!」
目をキラキラさせる兄弟。
その喜びようを見れば、きびしいリハーサルに耐えた甲斐もあろうというものだった。
ともあれ、第一のスタントはクリアー!
二番目のスタント会場は、封鎖された波止場。
いままさに、スタント役のエナに手錠がかけられたところである。
この手錠はハングマンの用意したもの。見た目は頑丈そうだが、じつは簡単に切れるよう細工してある。全身を縛り上げるチェーンも同様だ。
しかしまぁ、十五歳の美少女を手錠とチェーンで拘束する図というのは、ちょっと、なんというか、アレですね。ひゃっほう!(おちつけ)
そんなわけで、容赦なく縛られてしまうエナ。なんと、ご無体な。
ちなみに緊縛する役を担当しているのはハングマンだ。やはり、どう考えても一番おいしい役である。MSと交代してほしい。
「悪いが、ちっとばかしキツめに縛らせてもらうぜ? まぁ簡単に切れるようにしてあるから心配すんな。いざとなったら救急班もいるしな」
鼻歌まじりにチェーンを巻きつけていくハングマン。やけにたのしそうなのは、そういう性癖だから──ではなく、単にいつでもそういう感じなのだ。そういう感じなのだ! だんじて緊縛趣味があるわけではない! それはMSだけだ!
「もちろん皆さんを信じてますけど……。いざ本番となると不安ですね……」
心配そうに声を震わせるエナ。いまさらながら、こんな依頼を受けてしまったことを後悔しているのかもしれない。せめて裏方に回っていれば良かったのに。
やがて全身がんじがらめにされたエナは、ドラム缶に詰めこまれてしまう。
そこへコンクリートを流し込み──はしないけど、冷静に見ればかなり犯罪臭ただよう光景である。だって、十五歳の少女を緊縛してドラム缶に押し込むんですよ? だれだよ、こういう背徳的なこと考えたのは。すみません、私でした。モヒカンマッチョな天使あたりがやってくれれば、こうも犯罪めいた絵にはならなかったんですけどね。
だがしかし、ドラム缶に入ってチョコンと顔だけ出してるエナかわいい。
そこへ無慈悲にフタをするハングマンたのしそう。
そして手早く溶接されるドラム缶。
ところが、溶接が終わる寸前に笹緒がやってきて、いきなりこう告げた。
「言ってなかったような気がするので言っておくが、今回は本番なのでドラム缶に爆薬を仕掛けてある。せいぜい気をつけることだ」
「え……!? えええっ!?」
ドラム缶の中から驚愕の叫びが響いた。
おそるべし! 鬼監督下妻笹緒! 盛り上げるためなら命の危険も厭わない! 他人の命だけど!
「大丈夫だ。時間内に脱出できれば問題ない」
キリッと断言する笹緒。脱出できなければ大問題である。
「もし失敗したらどうするんですかぁぁぁ……!」
「そんなことにはならないと信じている。では、はじめよう! イッツ・ショータイム!」
すっかり監督気分で現場を仕切りまくる笹緒。この配役は最高に間違っていたとしか思えないが、最高に面白いのでMS的には問題ない。なんせプレイング見た瞬間にMVP三つあげたかったぐらいですからね。
さて、ここで登場するのはクレーン車。
エナの入ったドラム缶を宙吊りにして、ゆっくりと海上へ運んでゆく。
「だいじょうぶかなぁ、あのおねえさん」
「信じろよ、撃退士を。ドラム缶ぐらい、楽勝だって」
そんなやりとりをする兄弟。
たしかに、阿修羅なら楽勝かもしれない。だが、エナはダアトだ。しかも、唯一の攻撃魔法として、なぜか『異界の呼び手』を装備している。──とても不安だ。
そんな周囲の不安を無視して、ドバーンと海に放りこまれるドラム缶。ちゃんと沈むよう、底には鉄塊がくくりつけられている。
「うぁあああ……! いま、海の中? 海の中ですね!? は、はやくしないと……!」
ごぼごぼ沈んでゆくドラム缶の中では、エナが身動きの取れないまま魔法を行使していた。
なんと、異界の呼び手を使ってチェーンを引きちぎろうというのである。これは名案! ふつうのチェーンならとても切れるものではないが、これは細工済みのチェーン。『呼び手』で引っ張っただけでラクラク切断できてしまう。
同様に、手錠も切断。自由になった手で、ふたをこじあけるべくエナジーアロー三連発!
「うぷっ!」
ふたがブチ抜かれたとたん、海水が流れこんできた。
エナは慌てず騒がず、用意しておいた小型呼吸器をくわえる。そして、ドラム缶から脱出。海面めざして浮上。
「あっ! もどってきた!」
「やったぁぁぁ!」
エナが波間から顔を出したとき、兄弟が歓声をあげた。
一時は病院送りかと思われる展開だったが、無事スタントを成功させたエナ。素敵な笑顔での帰還である。
彼女が陸にあがった直後、祝福するように爆発するドラム缶。
ドバアアアアアアンン!!
盛大に水柱が立ち、周囲に水しぶきが降りかかる。
「わーー! すごーい!」
無邪気に喜ぶ、お子様ふたり。
これは申し分のないスタントだ。
「カーーット! ふふっ。まさに究極のエクスプロージョン!」
命を賭けた笹緒の爆破演出がみごとに冴えたシーンであった。(賭けたのは他人の命です)
完璧にスタントを成し遂げたエナは、子供ふたりから握手責め。しかし、緊張と心労による彼女の消耗は激しく、数分後だれの目も届かないところで倒れているのを医療班に発見されたという。
さて、三つめのスタント会場は、自衛隊の演習地。
挑むのは、ハードボイルドの申し子、ミハイル・エッカート。
「俺、この戦いで生き残れたらピーマン食えるような気がする」
四挺の対戦車ロケット砲に前後左右を囲まれながら、彼にはそんな冗談を口にする余裕さえあった。
そう。逆境のときほどユーモアを忘れない。これぞハードボイルド魂!
しかし、実際にはさほど逆境でもない。入念なリハーサルをかさねてあるので無問題だ。たぶん。笹緒監督が変なところに爆薬仕込んだりしてなければ。
「まぁリハどおりにやりゃあOKだろ。万が一しくじっても、骨は拾ってやるさ」
他人事みたいに笑うハングマン。まぁ実際他人事なのだが。
ちなみに、ロケット砲をかまえているのは彼を含めた撃退士四人。芽楼、マクセル、戒という顔ぶれだ。傭兵にたのむという案もあったが、このほうが絵的に面白いという理由でこうなった。
だいいち、どう考えても殺人者になってしまう仕事など、まっとうな人間は引き受けないだろう。だって、人間に向かって対戦車砲を撃つんですよ? 戦車をスクラップにする兵器を人間に撃ちこむんですよ? アタマおかしいとしか言いようがない。殺す気か。
「いいぜ、まとめてかかってこい。俺がおまえらの熱い思いを受け止めて、はるか彼方へと投げ飛ばしてやろう」
よくわからないことを言いだすミハイル。いざ本番を前にして、ガラにもなくロマンチストになっているのだろうか。
もちろん、ミハイルはこのスタントを失敗させる気などない。弾頭はゴム製にしたし、信管も抜いた。弾体は迫力を失わないギリギリのところまで軽量化し、速度も極限まで落としてある。ぬかりはない。
「このシーン、撃退士刑事はどうやって切り抜けるか知ってる?」
期待に満ちた笑顔で、兄のほうが翠蓮に問いかけた。
「知っておるとも。DVDを見たからのう。四方から同時に発射されたミサイルを、両脇、股間、口で捕獲。さすがの一言に尽きるというものよ」
「そうそう! そうなんだよ! すごいよね、撃退士刑事! あの人も同じことできるかな!」
「……口というのは少々難しいかもしれんのう。しかし受け止めることはできるはずよ」
はじめてリハーサルに臨んだときは、ミハイルも口でキャッチしようと挑戦していた。しかしそれは人類にとってあまりに険しいチャレンジすぎたので、やむなく別の手段をとることにしたのだ。というか、撃退士刑事が規格外すぎた。そりゃアニメのキャラだしな。
そんなこんなで、周囲の不安と期待を乗せつつ、本番へのカウントダウンがはじまった。
5、4、3、2、1……
「ファイアーーー!」
こぼれる笑顔でトリガーを引くハングマン。なんでそんなにたのしそうなの。
同時に、ほかの三人も躊躇なく発射している。コメディとはいえ、わりとひどい。対戦車砲のマニュアルに、『たいへん危険なので人に向けて発射しないでください』って書いてあると思うんだけどな。
ともあれ、弾は発射されてしまった。あともどりはできない。
ミハイルの前後左右から、猛スピードでロケット弾が襲いかかる。
さぁ、Mrハードボイルド。これをどうさばく?
「ロケット砲が怖くて撃退士なんてやってられるかぁぁー!」
あくまで強気のミハイルだが、ふつうの撃退士はロケット砲で撃たれた経験ないと思う。しかも四発同時に。
ここで言っておくと、彼はこのロケット弾四発を『最初の二発は両手で受け止めて脇にかかえ、三発目は足で蹴り上げ落ちてきたところをキャッチ。四発目は『急所外し』で体に当てて受け止める!』という手段でクリアしようと考えていた。
しかしどうやっても三発目と四発目がキャッチできなかったため、彼は人間をやめて腕を二本生やすことに──というのは世界観的に不可能だったので、ふつうに両脇で四本かかえることにした。というか、どこの世界でも不可能だろ、それは。
この単純きわまる解決法には、なんだよそれでいいのかよというツッコミが聞こえそうだが、サイズ的に片腕で二本ぐらいは抱えられるのだ。なんなら、あと四本ばかりサービスしてもいいんですよ? あ、いりませんか。失礼しました。
余談はさておき、ミハイルはせまりくるロケット弾四発に対して、くるっと回転するようにキャッチ。まとめて小脇にかかえ、もういちどスピンして勢いをつけると、遠心力を利用して投擲!
軽量化してあるためとても100mは投げられないが、遠近法を利用したインチキな距離表示で100mブン投げたように見せかける策だ。
投げつけた先には、もちろん(?)戦車が置かれている。
そしてロケット弾が命中したとたん、大爆発!
当然、戦車と関係ないところもだ!
せっかく予算があるのに爆発させないのはもったいないだろ!by笹緒。
ズドォォォォォォォンンン!!
「カーーット! くくっ。これぞ、タンク・エクスプロージョン!」
満面の笑顔でメガホンをふりまわす、ボンバーマン笹緒。
「うわあ、すげえ! すげえ爆発!」
夢あふれる爆破演出に、鐘持兄弟は大興奮。夢って何だよ。
「ふ……。造作もない仕事だったな……」
サングラスをキラリと輝かせ、コートをはためかせて帰還するミハイル。実際には手に汗をかいていたのだが、そんなことはカケラも感じさせない余裕である。
達成困難と思われたスタントショー、これにて三件クリア!
さて、全勝で迎えた、四件目のスタント。会場は高層ビルである。取り壊しになる予定のビルを丸ごと買い取ったのだ。無限の予算では、こういう芸当も可能である。
「こ、この高さからダイブですか……?」
高さ200mの屋上に立ち、下を覗きこみながら芽楼は呟いた。
ダイブと言えば聞こえは良いが、ようするに飛び降りである。一歩まちがえれば、単なる自殺だ。まぁたいていのスタントは一歩まちがえたら自殺なのだが。にしても、飛び降りスタントは特別わかりやすい自殺行為と言えよう。はたして芽楼は生きて帰れるのか?
「がんばれー!」
無邪気に応援する、鐘持兄弟。
その後ろでは、鬼監督笹緒が爽やかな笑顔でなりゆきを見守っている。
「ええい! 重体上等! やってやるのですよ!」
覚悟を決め、ダッと走りだす芽楼。
そのまま、思いきりよくダイブ!
「飛べる! 私は飛べる! アイキャンフライ!」
一見するとラリった麻薬中毒者みたいな発言だが、彼女ははぐれ悪魔。立派な翼を持っている。これを使えば飛べるはずだ! だんじて幻覚や妄想などではない!
ただ問題は、『闇の翼』がそれほど強力な飛行スキルではないという事実だ。なにしろ高度30mまでしか飛べないのである。一応滑空はできるが、ななめに飛び降りたら不自然すぎるので垂直落下を敢行。
はじめてリハーサルしたときには死にかけたが、いまはもう大体だいじょうぶだ。
きりもみ回転しながら、まっさかさまに落ちてゆく芽楼。170m落下したところで不可視の翼を大きく展開し、迫力が消えないギリギリのところまで減速。そして、全体重をかけた右ストレートをアスファルトの地面に叩きこむ!
「これが撃退士の……フルパワーーーッ!」
ゴゴゴゴゴ……という地響きとともに、地面が真っ二つに割れた。破裂した水道管からは盛大に水が噴き出し、仕掛けてあった爆薬が次々と炸裂する。完璧だ。仕込みどおり!
地割れに落ちる犯人役はハングマン。ものすごい勢いで爆発に巻きこまれているが、透過能力で万事オーケー! いまさら言うのも何だけど便利すぎるよ、透過スキル。
しかし、透過を持っていない芽楼は爆風であっちこっちに吹っ飛ばされていた。ちょっと爆薬仕込みすぎですよ、監督!
そんなこんなで一連の爆破演出が終わり、たちこめる煙が晴れたあと、芽楼は路上に倒れていた。
「あああっ!?」
絶望の声を上げる鐘持兄弟。
まさか、スタント失敗か!? ちょっと爆薬を盛りすぎたか!?
ついに嘘解説の出番かと翠蓮が口を開きかけた、そのとき。芽楼はゆっくり立ち上がり、煤だらけの顔で微笑んだ。
「犯人確保なのです!」
と同時に、祝福の大爆発!
芽楼の背後でビルが崩れ落ち、みるみるうちに瓦礫の山となってゆく。
買い取ったビルを丸ごと破壊とは、なんというハリウッド的手法! ハリウッドでこんなことしてるかどうか知らないけど!
「カーーット! これぞ、パーフェクト・エクスプロージョン!」
やりたい放題だな、この監督。いやアドリブなんだけど。でも多分こうするはずだ。
そして迎えた、本日最後のスタント。
会場はガソリンスタンドだ。おお、スタンドでスタント!
駄洒落はさておき、これまたつぶれた店を丸ごとお買い上げしたものだ。すでに現場は火の海で、近付くことなどできない状況。
「見ろよ! 火事だよ! 火事!」
目を丸くする鐘持兄弟。見た目の派手さで言えば、このスタントが一番かもしれない。
そこへヌッと姿を見せたのは、自称イケメンのマッチョ天使。
「我輩はマクセル・オールウェル! どこにでもいる、ごく普通の撃退士である!」
「すっげえ! すげえ筋肉! さわってもいい?」
「自由にさわるのである!」
全身をベタベタさわられまくるマクセル。第一印象は抜群だ! パンダには負けるけど!
「では少年たちよ、撃退士の力をその目に焼きつけるのである!」
無駄にポージングをとりながら、のしのしと歩いていくマクセル。
「シメのスタントだ。派手にやってきな。筋肉の加護があらんことを」
ハングマンがニヤニヤ笑って敬礼しながら、細工済みのダイナマイトを手渡した。
「うむ。我が筋肉に不可能はないのである!」
言い放つや、マクセルは躊躇なくダイナマイトに点火! 真っ白な歯をキラリと輝かせ、「I'll be back」と言い残してガソリンスタンドへ突入!
これを冷静に見ると、両手にダイナマイト持ったモヒカン野郎が燃えさかるガソリンスタンドへ突撃するというクレイジーきわまる光景なのだが、書いてるうちに感覚が麻痺してきたのかごく日常的な風景に見えてきた。「ちょっとコンビニ行って肉まん買ってくるわ」ぐらいの感覚で「ちょっとガソリンスタンド行って爆発してくるわ」みたいな。なにを言ってるのかよくわかりませんね、このMSは。
それはさておき、猛然とスタンドへ突入したマクセル、子供から見えないところでパンプアップ!(『オーラ』のことです)
準備は整った!
彼の計画では、こうだ。
まず火力をおさえたほうのダイナマイトを爆破。『シールド』を大剣にかけて防御することでダメージを負ったように演出し、次に大火力のダイナマイトを爆破させて透過で乗り切る。なかなかのパフォーマンスだ。
もちろん、このスタントも前もってリハーサルしてある。そのとき彼は一本目のダイナマイトが爆発した瞬間に二本目のダイナマイトを誘爆させてしまうという失敗を犯して負傷したのだが、どういうわけか『次はうまくやれる!』と自分を納得させ、ふたたび同じチャレンジに挑むことにした。なんというポジティブ思考! いやポジティブとかいう次元の話じゃないけど。
そういうわけで、演出のために透過せず一本目のダイナマイトを爆破させたマクセル!
その瞬間! 予想どおり二本目のダイナマイトに誘爆!
「またしても、しくじったのである……っ!!」
チュドォォォォォォンンン!!
このミスは悲劇的な結果をまねくこととなった。
というのも、このスタントは透過でOKだろという気楽なミッションのつもりでいたため、これでもかとばかりに超大量の爆薬をセットしていたのだ。
結果、それはもうドッカンドッカン、いたるところで爆発に次ぐ爆発。ぷよぷよの全消し連鎖みたいな状態が発生。まさに地獄絵図だ。ばよえーん!
その爆破演出に鐘持兄弟は大興奮だったが、すべての仕込みが終わってマクセルが帰ってこないことがわかると、一同騒然。
「もどってこねぇな。透過で楽勝のはずだろうに」と、ハングマンがケラケラ笑った。
「なにか手違いがあったかもしれないのです」
ハングマンと対照的に、芽楼は心配そうだ。
「これぞ、モストマスキュラー・エクスプロージョン!」
笹緒監督は、ちょっと変なスイッチ入っちゃってる。エクスプロージョン・ハイというやつだろうか。
そんな彼らをよそに、翠蓮は淡々と嘘解説中。
「さすがは忌むべき金神の方角“金神奈落”よ。……忌むべき金神と、畏るべき大地の底(地獄)。すなわち最も忌み畏るべき場所……『鬼門』なだけはある」
うん。まったく解説になってなかった。しかし『悪魔の囁き』で思考回路を乱された兄弟ふたりは、熱心に聞き入っている。
その後ろには、大わらわで出動する医療班と消防班の姿があった。
最後のスタントで失敗とは、芸人的においしい役どころである。
さてさて。
終わってみれば、四つのスタントを成功。重体になりかけた者約一名。
そりゃリハーサルすればうまくいくに決まってる。ひとりだけうまくいかなかった人もいるけど。
ともかく任務はだいたい成功。とりわけ、笹緒ディレクターの爆破サービスは鐘持兄弟に大好評だった。もうスタントとか抜きで爆発だけ見せておけばいいんじゃね? というレベル。まぁだいたいの男の子は爆発が大好きなものである。(そうか?)
「どうだい? 今日はたのしかったかな?」
エクスプロージョン笹緒が、兄弟に問いかけた。
「うん! すっごいたのしかったよ!」
「それはよかった。撃退士はすごいだろう?」
「うんうん。ぼくも撃退士になれるかなぁ」
「きっと、なれるとも」
「僕も撃退士になったら、トレーラーぶん殴ったり、ビルから飛び降りたりしてみるんだ!」
「それは……よく考えてからにしたほうがいいな」
さすがの笹緒も言葉に詰まった。
はたして、この兄弟が撃退士の真実に気付くのはいつのことだろう。