結局、卍の依頼に応じて集まった女子は6人だけだった。
しかも、そのうち2人は亜矢と百合華である。
「なんで、てめぇが来てんだよ!」
「べつに来たくなかったわよ! 恋音が無理に誘うから来たんじゃない!」
早速ケンカをはじめる、卍と亜矢。
「そのぉ……すみません……すこしでも場が盛り上がればと、思ったんですよぉ……」
月乃宮恋音(
jb1221)が、頭を下げた。
ちっ、と舌打ちする卍。
「まぁ呼んじまったものはしょうがねえ。さっさとオーディションするぞ!」
「あのぉ……そのまえに……厳正な審査をしてもらおうと、面接室と待機室を用意いたしましたぁ……。どうぞ、こちらへ……」
恋音の手招きで、全員が待機室へ移動した。
そこには大きな円卓と人数分のイスがあり、卓上には軽食とスイーツ、コーヒー紅茶などが並べられている。
「あら、おいしそうですわ。お酒はありませんの?」
咲魔アコ(
jc1188)は、遠慮なくマカロンに手をのばした。
「えとぉ……酔っぱらうと、演奏に支障がありますのでぇ……」
と、恋音。
「ほふほふ……食いもんだけやのうて、立派なステージまで用意されとるわ。さすがやなぁ、月乃宮クン。はふはふ」
黒神未来(
jb9907)はタコ焼きを食べていた。
いくつもの軽食の中から迷わず選ぶあたり、さすが大阪原人。
「ずいぶん、おおがかりですね……。私はギターをもらいにきただけなんですが……」
そう言って、雫(
ja1894)はステージを見上げた。
ズラリ並んだ、照明とスピーカー。中央にはスタンドマイクが立てられている。
ここまでセットするのは相当の手間だが、恋音の優秀な事務能力がそれを可能にしたようだ。
しかしここで、卍が当然の質問をする。
「わざわざステージまで用意してくれたのはありがてぇが、そもそもおまえらギター弾けるのか?」
「えとぉ……私は、ギターはちょっと……」
恋音は両手を横に振った。
「私もギターは初心者です」
と、雫。
「うちはバッチリやで! 将来はバンド組んで世界ツアーするのが夢や!」
未来は無駄に張り切って答えた。
「私もギターは弾けませんわ。……けれど、今回の依頼にかける熱意は誰にも負けませんのよ!」
妙に張り切っているのは、アコも同じだった。
そんな彼女たちの回答を聞いて、卍は肩をすくめた。
「なんだ、おまえら。まともに演奏できるのは黒神だけかよ」
「ですが、依頼書には『演奏できなくてもOK』と書いてありましたわ! ギターに賭ける情熱こそが最重要なのだと!」
アコが反論した。
「たしかに書いたが……じゃあ見せてみろよ、その情熱とやらを」
「ええ、存分に語らせていただきますわ! 私の絶大なるギター愛を!」
というわけで、面談のトップバッターはアコに決まった。
場所は変わって、面接室。
まるで採用試験みたいな形で、面接官に扮した卍が机をはさんで座っている。
「さぁ聞かせてもらおうか。その熱意ってヤツを」
「では語らせていただきますわ。……見てのとおり私ははぐれ悪魔なのですけれど、長いあいだ人目を避けて暮らしてきたので音楽にはあまり詳しくありませんの。……そんな私ですが、ふと依頼を見ていて目に留まったこのギターに……ゾッコン惚れ込んでしまいました!」
「この悪趣味きわまるギターを……? 正気か?」
「もちろんですわ! 色も形も私好み! 魔界を連想させる装飾も、気合いが入っていて素敵ですわ!」
「正気か否かはともかく、本気なのはわかった」
「そんなわけで今回の依頼に参加するにあたって、私は初めてデスメタルというものを聞いてみました。そして気付きましたの、これこそが私の求めていた音楽だと! 心臓どころか内臓までつかんで揺さぶるような低音、うっとりするような退廃的な歌詞、神の声を思わせる濁った歌声……クソみたいなポップスや生ぬるいロックなんて、もう聞いていられませんわ。私、このギターにふさわしいギタリストになるんですの! 嗚呼、モーラー乂さま……ご存命のうちにお会いしたかったですわ……」
うっとり顔で呟くアコ。
これはもう、だれが見ても正気ではない。
「お、おお。たしかに、熱意は伝わったぜ」
「ご理解いただけて嬉しいですわ。ところでチョッパーさん、ひとつ相談があるのですけれど……」
「相談?」
「ええ、できることなら、HARAKIRYYYYY!メンバー皆様の連絡先を頂戴したいんですの。もちろん私のは皆様に差し上げますわ」
「メンバーは全員、非モテ非リアのブサメンばかりだぞ?」
「外見など関係ありませんわ! 私のまわりには、デスメタルに詳しい知り合いがいなくて……皆様がよかったら、その……色々と教えていただきたいんですの。もし応えていただけるのでしたら……手製のカスタードパイで、おもてなしさせていただきますわ」
そう言って、アコはポッと頬を染めた。
これには卍も唖然だ。
「まぁアイツらに断る理由はねぇだろうから、教えてやるけどよ……」
「本当ですか!? 感激ですの!」
本気で喜ぶアコ。
これは、ある意味高評価かもしれない。
次に面接室へ入ってきたのは、恋音だった。
卍とはだいぶ打ち解けているはずだが、『面接』というシチュエーションのせいか少々緊張気味のようだ。
「この部屋をセッティングした本人が緊張してどうすんだよ」
「そ、そうですねぇ……。この場はやはり、どれだけギターがほしいかをアピールすべき、でしょうかぁ……?」
「そのための面接だろ?」
「ええ……ですが私は、他の皆さんほど乂さんのギターに執着があるわけでは、ないのですよぉ……」
「じゃあ何のために立候補したんだよ」
「それは……依頼書の内容を見て、乂さんが気の毒だと思ったから、ですねぇ……。聞けば、悲しい最期だったようですし……なんとか、無念を晴らしてあげたいと思いますぅ……」
「なるほどな。それで、あんなステージやらを用意したわけか」
「はい……ギターが誰の手に渡るか、わかりませんけれど……そのまえに一度だけでも『女性の手で弾いてもらった』という事実があれば……乂さんも、すこしは浮かばれるのではないかと考えましてぇ……」
「その発想はなかったな……たしかに、乂にとってはそれが一番の供養かもしれねえ」
感心したように、卍がうなずいた。
恋音にギターが渡されることは恐らくないが、この気遣いは好印象だ。
三番手には、雫がやってきた。
まずは卍が問いかける。
「さっき、ギターは初心者だって言ったよな? すこしは弾けるのか?」
「いえ、まだ始めたばかりで……ろくに弾けませんね」
「とりあえず弾いてみろよ」
と、強引に乂のギターを押しつける卍。
だが、ここでひとつ問題が。
ときどき忘れるけど、雫は身長120cmの小学生なのだ。ストラトのWネックとか、まともに手が届かない!
「これは、ちょっと厳しいな……」
卍が呟いた。
が、雫は諦めなかった。
「こう、がんばって腕をのばせば……なんとか……」
ジャラーン、と音が出た。
「おお、よし弾いてみろ」
「ギターのサイズはともかく……初心者なので、上手には弾けませんが……」
ともあれ、演奏が始まった。
しかし、雫自身の言ったとおり腕前は完全に素人レベル。本人は頑張ってるのだが、曲になってない。しかもやたらと肩に力が入っており、ギターのあちこちからミシミシという音がする。
「おいおい! ギターをブッ壊す気か!?」
卍が慌てて止めた。
「え……? 呪われたギターなら、私の握力程度で潰れることはないですよね?」
「どこかのRPGと違って、この世界の呪いは物理で破壊できるんだよ!」
「そうですか……。私が思いきり弾いても壊れないギターが手に入るとばかり、思っていたのですが……」
「ギターじゃなくてパーカッションやれよ。鉄琴とかトライアングルとか銅鑼とかなら、ゴリ……いや怪力で叩いても簡単には壊れねぇぞ?」
「いま、なんと言いかけました?」
「なんでもねーよ。それより、なんでギターを始めたんだ? ほかにも楽器はあるんだぜ?」
卍は強引に話題を切り替えた。
以前よけいなことを言って酷い目にあったのは、まだ記憶に新しい。
「ギターを始めた理由、ですか……。こう毎日毎日闘争に明け暮れるのも、どうかと思いまして……たまたま目についたのがギターなだけで、たいした理由ではないのですが」
「ベースとかキーボードとかあるだろ? その中から、なんでギターを選んだんだよ」
「それはですね……友人に勧められた漫画の中で、ギター担当になった主人公がロクに練習もしないうちに上達していたので、簡単な楽器だと思ったのですよ……」
「そりゃギターの練習風景なんて、漫画で見せられても面白くねーだろ」
「まったく理不尽ですね……漫画では、あっというまに弾けるようになっていたのに……」
ぶつくさ文句を言う雫。
それでもギターをはじめた動機は微妙だが、現在は意地になってマスターしようと努力しているようだ。
「そうだ、卍さん。もしよければ、この依頼が終わったあとギターを教えてくれませんか? コードっていうものがあるらしいのですが、よくわからなくって」
「そのレベルか……。いいぜ、教えてやる。ギターの上達に必要なのはなァ……練習、練習、そして練習だ! 今月中に、CからBまで全て弾けるようにしてやる! 覚悟しろ!」
今月はあと一週間もないのだが……はたして雫の運命やいかに。
さて、面接は以上で終了。
抗議する亜矢を無視して、場面は待機室へ。
するとステージ上には、キュートな衣装に身をつつむ未来の姿があった。
アイドル部から借りてきた(ヒント:勝手に拝借してきた)バリバリフリフリのアイドル服である。
手にしているのは、乂のギター。左利きなので弦を上下逆に張り替えて弾くという、ジミヘンみたいなことをやっている。
未来はスタンドマイクをつかむと、卍しかいない客席に向かって声を張り上げた。
「うちは、面接なんてかったるいことせぇへんで! ギターへの情熱は、ギターで語らせてもらうわ!」
「おー、よく言ったな。じゃあ聴かせてもらおうか」
「ええで。よお耳をかっぽじって聞きいや。……でも、そのまえに! どうしてうちがこんな格好しとるんか、説明しとかなアカンな!」
「ただの個人的な趣味だろ?」
「ちゃうわ! いや、ちょっとばかし趣味も入っとるけど! ……ええか? うちはモテるためだけに音楽やるナンパな連中が大嫌いなんや。せやさかい、乂みたいなんは嫌いやない。女になんぞ目もくれず、音楽のみに魂を捧げて死んだ男……カッコええやないかい!」
「あいつはモテなさすぎて、アタマがイカれちまっただけだぞ」
身も蓋もない指摘をする卍。
たしかに乂はモテようとしてバンドをはじめたわけではないが、もしも彼女ができて「デスメタルなんてダサいからやめて」とか言われたら、あっさりやめてたに違いない。その程度の男だ。
「まぁこまかいことはええわ! とにかく乂はデスメタラーとして生き、デスメタラーとして死んだわけや! せやったら、この場で演奏するのはメタルナンバー以外ないやろ! んでもって、女の子にモテたいっちう無念を残したまま死んだんやさかい、せっかくやからカワイイのがええやろ。ちゅーわけで、今ここにデスメタルアイドルグループ結成や!」
未来が右腕を振り上げると、まばゆい照明がステージを照らし上げた。
と同時に舞台の袖から、アコ、恋音、雫、百合華、亜矢の5人が、アイドル衣装で登場する。
中には無理やり着せられた百合華みたいなのもいるが、アコや亜矢あたりは無闇に楽しそうだ。
「ほな行くでぇー! ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、フォー!」
未来のカウントで、デスメタルポップスが始まった。
ギターは未来。キーボードは恋音。ドラムは亜矢だ。
ほかのメンバーはヴォーカル兼バックダンサーである。
「バックダンサーつきのデスメタルとは、斬新だな……」
あっけにとられる卍。
だが未来の熱意と誠意だけは、ステージングを通じて伝わったようだ。
「さて、これで全員のPRが終わったわけだが……」
「ちょっと! あたしにもPRさせなさいよ!」
亜矢が卍のセリフを妨害した。
だが、いくら字数に余裕があるとはいえ、本来いなかったはずのNPCに出番などない。
「アホは無視して審査結果を言おう」
「あのぉ……そのまえにひとつ、提案があるのですけれどぉ……」
今度は恋音が卍を止めた。
無論これは無視できない。
「提案? なんだ?」
「えとぉ……乂さんは、ステージダイブして死んだのですよねぇ……? その無念を晴らすため、卍先輩にギターを抱いてダイブしてもらうというのは、いかがでしょうかぁ……? もちろん私たちが、しっかり受け止めますのでぇ……」
「そうやって俺をダイブさせておいて一斉に逃げるとかいう、ビックリ企画じゃねぇだろうな?」
「そ、そのようなことは、しませんよぉ……」
「まぁダイブぐらいやってもいいが……6人だけの観客に向かって飛び込むのは初体験だな……」
「あたしは参加しないから5人よ!」
亜矢が怒鳴った。
まぁ5人でも6人でも、シュールなのは変わりない。
そんな次第で、卍によるステージダイブが実行され──無事、成功に終わった。
一般人女性5人で受け止めるのは難しいが、撃退士なら造作もないことだ。
とくにアコの張り切りようは別格で、たいせつなギターに傷など付けさせまいと重体をも辞さない必死さだったことを特筆しておく。
まぁいくらなんでも、そんなことで重体になるはずはないが。
「よし、これで全部終わったな!? もう提案はないな!? では審査結果を発表する! このギターを預けるにふさわしいのは……黒神! おまえだ! Congratulation!」
強引に話をまとめると、卍は祝砲(ファイアワークス)を打ち上げた。
「え、うちかいな! なんでなん? 理由あるんか?」
「ああ。やはりギターが弾けるのは有利だったな。みんなをまとめて……というか、無理やりアイドルに仕立ててステージに上げたのもナイスだ。メタラーには、そういう突進力が不可欠だからな。それからもうひとつ……おまえならわかると思うが、メタラーにはプロレスファンが多い! 乂もその一人だ! 以上!」
「なんやて……!? まさかプロレスの部分を評価されるとは思わへんかったわ」
「ともかく、こいつは今日からおまえのものだ。たいせつに使ってくれ」
「おお、まかせとき!」
卍の手から黒神の手へと、悪趣味なギターが手渡された。
参加者たちの間から、パチパチと拍手が湧く。
きっと乂も、草葉の陰で歓喜の涙を流していることだろう。
こうして、非業のメタラー・モーラー乂の遺したギターは、黒神未来の手に委ねられた。
すっかり怨念の祓われたそのギターは、いまでも夜な夜な気色の悪いノイズと汗臭い匂いを漏らすという──。