その日の放課後。
ショッキングピンクの毒々しい服に身をつつむ女子高生が、調理実習室へ向かっていた。
彼女の名は、咲魔アコ(
jc1188)
アコには、この依頼に参加する明確な目的があった。
それは一ヶ月前のこと。そう、バレンタインデーだ。その日、従兄に義理チョコをプレゼントしたアコは、『食材を粗末にするなああ!』と理不尽にもブチギレられ、腹パンをくらったうえ顔面に膝を入れられ、何コンボかのあと綺麗な巴投げで失神KOされたのだ。
「ああ……せっかく丹精こめて作った、毒入りチョコレート……」
完全に自業自得である。
「ですが、アコはめげませんの。月末に迫る従兄様のお誕生日には、特製スペシャル毒入りお菓子でブッ殺……あの世行……こほん、懲らしめて差し上げてよ! キヒヒヒヒ! 喜びのあまり血ヘド吐いてのたうちまわる従兄様の姿が、目に浮かびますわ!」
のっけから、こういう参加者だよ……。
はたして、今日のスイーツ会は無事に終わるのか?
そのころ神ヶ島鈴歌(
jb9935)は、自然食品の店で大量のレモンと蜂蜜を買っていた。
その量たるや、まさに持ちきれないほどだ。誇張ではない。
「……ぁれ? 運べないですぅ〜? 店員さ〜ん! 調理室まで、宅配おねがいしますぅ〜!」
驚愕の事実に気付いた鈴歌は、ためらいなく宅配してもらうことにした。
ついでにトラックの助手席に乗せてもらい、荷物ごと調理室まで直行。10分ほどで、目的地に到着。
「はぅ……お兄さん、ありがとうございますぅ〜♪ さぁ……これだけあればいけますねぇ〜♪」
レモンと蜂蜜を山ほどかかえて、鈴歌が堂々の会場入り。
そこには早くも、スイーツ作りに励む生徒たちがいた。
「まぁ、のんびりやりましょうか……」
お茶を飲みながらアップルパイを作っているのは、只野黒子(
ja0049)
手順は、ごく普通のレシピどおりだ。ただし、ちょっとだけリンゴを減らしてミントを加えるのが黒子流。これで、スッキリした甘さが演出できるのだ。
甘味が足りない分は、アイスをトッピングして調整。こうすれば、個人個人で好きなように甘さを加減できる。なんという気配り。ただ単に自分がアイス大好きだからという理由ではない!(←
「昨日作った餡子と白餡を使って、と……」
礼野智美(
ja3600)は『お彼岸が近いから』という理由で、おはぎを作っていた。
『この時期だと”ぼた餅”じゃないの?』と、妹には言われたが……。
もともとは自宅で作ろうと小豆を水につけていたら、妹に『ちぃ姉、白インゲンとささげ豆もおねがい』と言われ……なにが食べたいのか理解したため、妹を喜ばせようとここで作っていくことにしたのである。
「純粋なお菓子作りなら妹のほうが得意なんだけど、ね……」
と呟きながら、ごはんを炊く智美。
それと平行して、ささげ豆を塩で味付けしながら柔らかく煮ていく。
この空間だけ、完全に和風だ。
「れんねー、今回の依頼も大いにハメを外して……、いや、外さないで存分に楽しみましょうねー」
などと言ってるのは、袋井雅人(
jb1469)
彼にとって調理実習室は、ラブコメの原点とも言える場所。
『調理実習室よ! 私は帰ってきた!』という気分なのだ。
いまとなっては懐かしい『調理実習室のなんたら』という依頼を思い出しつつ、今日の雅人はエロを忘れて純粋にスイーツ作りに取り組む。
「そうですねぇ……けっして、ハメを外さないようにしましょう……」
応える月乃宮恋音(
jb1221)は、どこか不安げだった。
というのも、撃退酒と撃退酒βを持ちこんでいるのだ。あと、謎の胃腸薬も持っている。自爆する気としか思えない。
ちなみに雅人が作ってるのは、アップルパイとタルトタタン。
恋音は、マカロンとミルクプリン。甘い物ばかりで飽きないよう、『チーズソースとしらすのクレープ』という変化球も用意してある。
だが、洋酒のかわりに撃退酒を使うのは少々(?)問題だ。
ふたりとも真面目に取り組んでいるだけに、結果はより悲惨なことになりそうな。
「おー、たまには女装関係ないこともやるのですよ♪ ガトーショコラとか作るのです♪」
江沢怕遊(
jb6968)は、わりと普通にスイーツを作っていた。
が、不意に『ただ作るだけじゃつまらない!』と思い立ち、作成中のガトーショコラやフルーツケーキに大量の撃退酒を投入。さらには、撃退酒入りのクッキーやトリュフを作りはじめた。
「おー、すごくおいしそうなのです♪」
この時点で、もはや悲劇的な結末は不可避となった。
まぁ……みんな覚悟の上だろう。明日羽が主催って時点で、最初から詰んでたんだ……。俺は悪くないんだ……。
「……存在とは何か。ここでは客観的世界の実在性を前提に置かず、主観的世界での現象を問題にしよう。そして、このへんで飽きてきたからやめにしておこう」
パウリーネ(
jb8709)は何か語りだしたと思ったら、唐突に話を打ち切った。
その手にあるのは、大好物のリンゴ。
これでリンゴのチーズケーキを作っ
「ところでリンゴと爆発物は、なぜ似ているのだろうね。たとえば『アップルパイの形をした爆弾』と『爆弾の形をしたアップルパイ』なら、どちらが嫌われるのだろうね?」
地の文を遮って、意味不明なことを口走るパウリーネ。
一体どうしたんだ、この人。
「……あぁ、絶対コレ私疲れてんな。うん。よーし、そんなボロックソにどうでも良いことは置いといて、明るく楽しいお菓子作りだー。チーズケーキ作るぞー」
なにか言ってるが、ぜんぶ棒読みだ。
パウリーネ、あなた疲れてるのよ……。
「しかし、ついこの前まではオーブンで暗黒物質を錬成していたというのに……今はなかなか上達したと思う。なるほどこれが(リンゴに対する)愛の力か。興味深い。……うん、もう気付いてるだろうね。さっきから我輩の言ってることは多分きっと恐らく、この世の一切合切なにもかもに影響を与えないさ。……まぁ、まぁ、いいから早く食そう」
と言って、リンゴを飾り切りして食べるパウリーネ。
当然だが、ケーキはまだできてない。
背後の人、ちょっと疲れすぎでは……。
さて、冒頭で物騒なことを言ってたアコだが、今日は練習ということで無毒なスイーツを作っていた。
3月14日は『パイの日』なので、ほかの参加者とかぶらないようカスタードパイを選択。レシピに忠実に製作する。
「……あら? もしかして本を見て作ってるの私だけ? みなさん、その道のプロですの……? い、いえ、だとしても私は見ながら作りますわよ。お菓子は初心者が勘で作れるものではありませんもの」
言いわけしつつ、持参したレシピ本を手にパイ生地を作るアコ。
それはともかく、今日は3月10日ですが……。
この人も疲れてるのか……?
ともあれ、参加者は皆こぞって菓子作りの腕をふるっていた。
そんな中、明日羽だけは何も作らず皆の手元を見てまわっている。
「これって、お赤飯?」
ふと、明日羽は智美の横で足を止めた。
「ええ。……もっとも。これってお葬式とか法事用のささげ御飯ですので、家ではおやつ専用ですけど……。塩味ですから、甘い物ばかりの口直しには良いんじゃないんでしょうか」
答えながら、智美はボウルでごはんとささげ豆を混ぜ合わせ、手際よくおにぎりに仕上げてゆく。
「ふぅん。……こっちは大福と、ぼたもち?」
「お彼岸が近いので……。白餡でイチゴを包み、正月の残りのお餅を柔らかくして包みました。……いわば、簡易イチゴ大福です」
「ふーん」
明日羽は断りもせずに大福をつまむと、一口かじった。
「どう、ですか?」
「ん? おいしいよ? 今日はゆっくりしていってね?」
なにか意味ありげに微笑みながら、明日羽は舌を出して指を舐めた。
それを見た智美は、完成したら即座に帰ろうと改めて思うのだった。
「うぅぅぅぅ……」
百合華は、苦しげな顔でチョコレートを湯煎していた。
昼休みに無理やり食べさせられたケーキが、まだ胃に残っているのだ。
「あのぉ……特製の胃腸薬が、ここにあるのですけれどぉ……飲みますかぁ……?」
百合華の手伝いをしながら、恋音が訊ねた。
「特製ですかぁ……とてもイヤな予感が……」
「えとぉ……桁違いの大食いの方たちの体質を研究して、開発したものなのでぇ……効果は確かですよぉ……? ただ、食べた分のカロリーは摂取されますし……量に応じて、おなかが膨らみますけれど……」
「絶対に遠慮します……! おなじ失敗は繰り返しません……っ!」
断固として拒否する百合華。
恋音は残念そうだが、その薬はどうせ自分で飲むことになる。
そんなこんなで、スイーツも次々と出来上がってきた。
実習室には甘い香りが立ちこめて、卓上には色とりどりの和菓子と洋菓子が並ぶ。
アップルパイ、ガトーショコラ、マカロン、ぼた餅……etc
圧巻は、鈴歌の作ったレモン菓子だ。
レモンタルト、レモンクッキー、レモンロールケーキ、ハチミツレモンゼリー、レモンマカロン……すべて一口サイズで、見た目にもかわいらしい。
そしてとどめは、いつもどおりのレモネード!
しかも、この人数では飲みきれないほどの量だ。
「ちょっと作りすぎたのですぅ〜。でも、学園の皆さんに配れば問題なしですねぇ〜♪ これでレモネードテロ完璧なのですぅ〜」
鈴歌は、校内放送で全校生徒にレモネードをくばる作戦に出た。
一人一人に手渡しなど不可能なので、廊下にサーバーを置いて『ご自由にどうぞ』という形式だ。
これぞ、無差別レモネードテロ!
どこがテロなのか、よくわからんけど!
「おお、どれもおいしそうですね。なにげに料理の得意な面々が集まっているので、期待できそうですよ!」
と言いながら、雅人は手当たり次第にスイーツを貪っていた。
今回はエロ禁止なので彼にとっては完全アウェー状態だが、ラブコメモードで頑張るぜ!
どこがラブコメモードなのか、よくわk(ry
「アップルパイ、いかがですか?」
黒子は、アイスを添えたアップルパイを明日羽と百合華に差し出した。
「ああ、ミントが入ってるヤツだね?」
と、明日羽。
作業をすこし手伝ったので、知っているのだ。
「うん、アップルパイにミントって合うかも?」
「でしょう?」
そこから、軽い日常会話が始まる。
とはいえ、軽い話だけでは終わらない。昨今世情が怪しいので、黒子としては注意を促しておきたいのだ。
「そういえば最近、アウル覚醒者の活動が活発化してるみたいですね」
「そうなの?」
「ええ。なので、変な甘言に乗ったり、人のいない場所に行ったりしないほうがいいですよ。もしよければ、いざというときのために連絡先を交換しませんか?」
「ん? 私と百合華の? いいよ?」
というわけで、黒子は二人のTEL番をゲットした。
そんな真面目な黒子をよそに、スイーツパーティーは段々と盛り上がりを見せてきた。
パウリーネは巨大なリンゴチーズケーキを切り分けてはみんなに配り、鈴歌は更にレモネードを増産している。
恋音は撃退酒入りのマカロンでいつもの体型変化を引き起こし、かたや雅人は撃退酒の影響でクソ真面目になりながら、「私にとってスイーツは、ラブコメな思い出がいっぱい詰まった大事な宝石箱なのですよ!」とか、よくわからないことを主張していた。
ちなみに智美は、「最後まで居座ったら、ろくでもないことになるのは明白なんだから……」と言い残して、とっくに脱出している。じつに賢明な判断だ。
「おー、これはもはや完全にスイーツパーティーなのです♪」
けらけら笑いながら、怕遊はジュース代わりに撃退酒をガブ飲みしていた。
しかしこのままだと酒ばかりなので、仕方なく女装する。
なにが仕方ないのか本人にもわかってないが、まぁ酔っ払いのやることだから仕方ない。
きみ、ただ女装したいだけちゃうんかと。
「むぅ、さすがに皆さんおいしいですの……こんなにおいしいスウィーツが食べられる環境なら、従兄様も私の手作りなんて食べないですわね……」
アコも、かなりの勢いでスイーツを食べていた。
が、彼女の目的はスイーツを食べることではない。あくまでも、従兄の誕生日に懲らしめてやることだ。
「作戦変更、次は従兄様の好きなもふもふアニマルに毒針を仕込みますわ!」
もはやスイーツまったく関係ないが、それでいいのか。
「うああああ……なんですかコレぇぇ……! 撃退酒入りじゃありませんかぁぁ……!」
マカロンをいくつか食べたところで、百合華は絶叫した。
彼女はひどい酒乱なので、それを飲ませてはいけない。
「絶対わざとやってますよね、月乃宮さぁぁん……!」
犯人の胸倉をつかんで詰め寄る百合華。
「でも、あのぉ……ほんの少しだけですよぉ……?」
「しりませんっ! 責任とって、ぜんぶ食べてくださいぃ……っ!」
百合華はマカロンを10個ばかりわしづかみにすると、恋音の口に無理やり押し込んだ。
昼休みに明日羽からされたことを、お裾分けしようというのだ。
「むぐふぅぅぅ……っ!?」
喉までマカロンを詰めこまれて、悶絶する恋音。
それを見た明日羽が、いい笑顔で近寄ってくる。
「たしか胃薬持ってきてたよね? これ飲めば?」
そう言うと、明日羽は恋音の鼻から胃腸薬を流し込んだ。
「んぐふっ! ごふっげふっ!」
顔を真っ赤にさせて、むせかえる恋音。
薬の副作用でおなかは膨らんで相撲取りみたいになるし、ひどい災難だ。
わざわざアイテムを改造してまで、こんな目に遭いたがるとは……マゾすぎる。
「恋音! いま助けますよ! 私たちのラブコメ力は無敵です!」
キリッとした顔で、雅人が走ってきた。
直後、明日羽の投げた鎖で全身を縛り上げられ、百合華の炸裂符を浴びて吹っ飛ぶ雅人。
「アバーッ!」
無念! SM力の前には、ラブコメ力など無意味だった!
「おー、それではそろそろ時間なのです。おひらきなのです♪」
怕遊が、フリフリドレスの胸元に爆弾を詰めこんだ。
どうやら、前々から爆破オチをやってみたかったらしい。
怕遊いわく、これぞ『おっぱい爆弾』!
って、そのまんまだな!
ちゅどおおおおおおんん!!
みずからの肉体ごと、怕遊は自爆した。
まえもって逃げてた人(智美)以外の参加者は、全員餌食だ。
レモネードをもらいにきてた生徒たちも、否応なく巻きこまれている。なんて迷惑!
「……まったく。これって絶対に誰かさんの影響だよね?」
瓦礫の山の中から、明日羽が『神の兵士』で立ち上がった。
周囲には、動かなくなった女の子が何人も転がっている。
「うん、これは早急に手当てしないといけないよね?」
にこっと微笑む明日羽。
ちなみに彼女のヒールは、傷口を舐めることで発動する仕組みだ。
というわけなので、あとはお察しください!
まったく、とんだスイーツパーティーになっちまったな!