その日、杜玲汰の悩みを解決するために8人の撃退士が集まった。
いずれも、玲汰から見れば格上の先輩ばかり。
だが、その顔ぶれを見たとたん彼は顔を真っ赤にさせた。
(うぅん……やはり、予想どおりでしたねぇ……」
と、心の中でうなずく月乃宮恋音(
jb1221)
事情を察していた雫(
ja1894)とリリィ・マーティン(
ja5014)も、どこか納得の表情だ。
ところがどっこい、肝腎の桜花(
jb0392)は何も気付いちゃいなかった。
(そうか、森君も恋をしたのか……少し寂しいような、うれしいような……?)
などと、見当外れなことを考えている。
これはひどい。漢字まちがってるよ!
というわけで。ぶっちゃけると、玲汰の好きな相手は桜花なのだ。大丈夫か、この少年。
「では、会議をはじめましょう」
教壇に立つ九鬼麗司が、司会役だった。
その横には玲汰が立ち、8人の撃退士たちは席に着いている。
「ではまず、調査報告を……」
かるく手をあげて、恋音がしゃべりだした。
その手元には、大量の書類。
「えとぉ……釘緒さんが、自分をフッた相手を殺害しているのでは……という噂ですが、私の調べたところ確たる証拠は見つかりませんでした……。さすがに味方殺しはシャレにならないので、慎重に調べたのですが……」
「ふむ……月乃宮さんの調査であれば、信用に足りますね」
麗司がうなずいた。
「ボクは釘緒さんに直接会ってきました」
ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)は、大胆なことを口にした。
今日は緑のロボではなく、セーラー半ズボンの美少年姿だ。
「行きすぎた恋愛観はともかく、さすがに嫉妬で闇討ちするなんてことはないと思いますが……。ピグマリオン効果というのもありますからね。噂が現実にならないとも言い切れませんし。仮に黒であれば、学園からの処罰がくだるでしょうし……ね」
にっこりと、黒い笑みを浮かべるヴァルヌス。
「それで、結果はどうでした?」
麗司が続きを促した。
「幸か不幸か、殺人の証拠は見つかりませんでしたね」
「そうですか。おつかれさまでした」
「オラァも、釘緒のこと調べてきたっぺ」
いつもの口調で話しだしたのは、御供瞳(
jb6018)
「案外、こげな噂話はー、捏造だったり、偶然の積み重ねだったリーして、真実とはかけ離れてたりするもんだべからなー。実際、釘緒がコクった相手で死んでる人とか、行方しれずになっとる人ばいるかどうか確認したっぺさ。そーしたら、ほんとに1人死んでたべ。んだども、釘緒がやったとは断定できねぇだ。降霊会で死んだ男から直接話を聞こうとしたけんど、うまくいかなかっただぁ」
「降霊会ですか。ふむ……うまく行けば強力な証拠になりますね」
無茶なことを言う麗司。
「それにしてもはァ、初等部にして両手に花とは末恐ろしい子だべ、玲汰。……んだども、オラァも昔はあつこつの山神様からぁ生贄にほすいって言われたもんだべ。こう見えて、オラァもモテモテだっぺ」
などと、変な過去を持ちだして無駄に対抗する瞳。
「というわけで……みなさんの報告をまとめると、噂は噂に過ぎなかったようですね。杜くん、安心してください」
麗司が玲汰の肩を叩いた。
「命の心配は減りましたけど、交際を断らなきゃいけないのは変わりませんよぉ」
「ごもっともです。ではみなさん、助言をどうぞ」
「ええと……それじゃ、ボクから」
礼野明日夢(
jb5590)が、そっと手をあげた。
「前の依頼のとき、たしか杜さん『恋人なんて、まだ早いです』って言ってましたよね? クラスでも、そんな感じだったんじゃないですか?」
「あ、大体そんな感じです」
「それなら……とりあえずの先延ばしとして『まだ誰かを守れるほど強くないから、それまでは恋人を作らない』という返答はどうでしょう。これなら釘緒さんも、『自分のものにならなくても、まだチャンスはある』と思うでしょうし」
「でも僕には好きな人が……」
「それについては、『お世話になってる先輩にお返しするのは当然』で済むと思います。それから、ちょっと気になるのが……杜さんは学園に来てまだ日が浅いのに、『愛してる』ですか? 『今までも色々な人にチョコ渡したことあるみたいだけど、その人たちはどうしたの?』とか訊いてみるのは?」
「そんな直球を!?」
「それで身の危険を感じるなら『ボクを助けてください』って依頼を出したらどうでしょう。杜さんは知り合いが多いようですし、皆助けてくれると思います」
「でも、つねに護衛してもらうわけには……」
そもそも玲汰は貧乏なのだ。
「まぁとにかく……彼女には、正直な気持ちを伝えるのが一番ですね」
諭すように、雫が告げた。
この『彼女』には、釘緒と桜花両方の意味がある。
が、やはり桜花は気付かない。
溜め息まじりに、雫が続ける。
「彼女……釘緒さんの気持ちが真摯であるか否かは不明ですが、へたに誤魔化したりせず正直に話すほうが良いでしょう。いただいたチョコについてはわけを話して、友人として付き合っていけるなら受け取る。それが無理なら返却ですね」
「でも、呪い殺されるって噂が……。できれば釘緒さんも傷つけたくないし……」
基本的に玲汰は小心者なのだ。
「レイター、少しは顔つきが男らしくなったかと思ったが……まだまだだな」
リリィが教官口調で言った。
「うぅ、すみません」
「そう落ち込むな。私は今まで恋をしたことがないからな。恋愛経験で言えばレイターのほうが先輩だ」
「僕だって初めてですよ」
「まぁともあれ……なにごともまわりくどく伝えるのが日本人の美徳なのかもしれないが、私ははっきり伝えたほうがおたがいのためだと思うぞ。たとえどれだけ遠回しに伝えても、ことわられた相手は傷つく。傷つけないように断るのではなく、あとのフォローが大切ではないか?」
「はい……」
正論をつきつけられて、グウの音も出ない玲汰。
「はっきり伝えるのもいいけど……釘緒の疑惑が晴れてない以上、安全な手も考えたほうがいいんじゃない?」
不破十六夜(
jb6122)が提案した。
「なにか策があるんですか?」と、玲汰。
「簡単だよ。きみが釘緒から嫌われるように仕向ければいい。たとえば、幼稚園児しか愛せない変態だってカミングアウトするとか」
「僕の人生が破滅しますよ!」
「まぁさすがにペドフェリアってのはまずいから……自分は年増……じゃないや、年上の人が好きだって伝えたら? 容姿や性格なら好みに合わせられるけど、年齢は無理だからね」
「たしかに、それなら嘘もつかずに済む……」
「待って。どうせなら徹底したほうがいい」
桜花が口をはさんだ。
「というと……?」
「こういうのって、たいていは相手が勝手に幻想を抱いてるだけだから、その幻想をぶちこわせばいいのさ。たとえば、森くんは汚部屋に住んでる超ダメ人間だとか、三股四股してて何人もの女子を泣かせてるとか、じつは男の子が好きだとか……どう? あとに行くほど相手のショックは大きく、森君のダメージも大きく……あ、じつは女の子だった! なんてネタも良いかも? 女装して写真を見せれば一発さ」
「それ、僕のダメージが半端ないですよ!」
この鈍感な変態を、だれかどうにかしてくれ。
「オラァ、釘緒の好きなタイプと嫌いなタイプを調べてきただ。それを利用すれば、うまくことわれっぺ?」
おお、瞳が珍しくマトモな発言を!
「オラァの調査によると、釘緒は男らしいタフガイが好きっつー話だぁ。嫌いなのは、女みてぇな軟弱野郎だべ。んだから、女装癖は名案だべな。ついでに、年上の変態女と同棲してるとかぶちまけちまえばいいべさ。うまくいけば、桜花が排除でき……げふんげふん」
一体なにを企んでるんだ、瞳。
「ではとりあえず、女装の線で行きましょう。いいですね、杜くん」
麗司が強引に話をまとめた。
「まぁ、それぐらいなら……」
「では、次の件です。杜くんが好きな女性からいただいたチョコのお礼をどうすべきか、みなさんアドバイスしてください」
「よけいなこと考えないで、すなおに伝えればいいよ」
十六夜が答えた。
「でも……」
言いよどむ玲汰。
「無理に背伸びしても、ろくなことにならないよ。たどたどしくても良いから自分の気持ちを伝えるのが一番。玲汰君が好きになった人は、一生懸命なことを馬鹿にする人ではないでしょ?」
「それはまぁ……」
「自信がないのか、レイター。男なら男らしく、想いをまっすぐ伝えればいい。きっと自然に言葉は出てくるさ。自信を持て!」
リリィが後押しした。
「教官……」
声を震わせる玲汰。
「これはボクの想像ですけど、」
と前置きして、明日夢が語りだした。
「チョコをくれるぐらい親しいってことは、その人たぶん杜さんの経済事情を理解してると思うんですよね。だから『背伸びせずに、できる範囲のお返し』でどうですか? ホワイトチョコとかキャンデイとか。……あ、マシュマロはだめですよ。一説には『嫌い』って意味があるそうですから」
「え、そうなんですか。ヘタしたらマシュマロを贈るところでした」
ホッと息をつく玲汰。
「えとぉ……そもそも送り主は、『程度はどうあれ、好意をもってチョコを贈っている』わけですから……たとえ玲汰君が子供っぽいことをしたとしても、悪いようにはとらないでしょう……。むしろ、そういう部分込みで好意を持っている可能性も……。ですので、真剣なことさえ伝われば、喜んでもらえるはずですよぉ……」
恋音も玲汰の背中を押した。
「まったく……そんなふうに悩んでるヒマがあったら、さっさと告白しなさい。遅かれ早かれ告白するのでしょう? ならば早々にコトを進めて、その後の困難は二人で解決するほうが効率的です」
雫の発言は合理的だ。
玲汰は顔に汗をかきながら、「ですよねぇ」などと呟いている。
それを横目に、雫は恋音とリリィに囁いた。
「……しかし、想い人を目の前にお礼の相談って、一種の罰ゲームでは?」
うんうんとうなずく、恋音とリリィ。
「チョコのお礼なんて、ぶっちゃけ何でもいいと思うよ。相手も、お礼がほしくて渡したわけじゃないだろうし」
ここまで来ても、まだ桜花は気付いてなかった。
「じゃあ先輩なら……なにがほしいですか?」
勇気を出して、玲汰は直球で訊ねた。
「私? 私だったら……定番のクッキーでも、お礼のお手紙でも、ありがとうの笑顔だけでも、森君が喜んでくれたってわかれば何でもうれしいな。……あ、相手に抱きついたりするのは私は喜ぶけど相手によっては引かれるから注意ね? ところで、森君が御礼したい人って誰? こっそり教えてよ、ね?」
「そ、それは……」
玲汰はゴクリと唾を飲んだ。
そのとき──
「玲汰くーん!」
教室のドアを開けて、金髪少女が飛び込んできた。
フリフリのドレス姿で、見た目はとても可愛らしい。
「釘緒さん!?」
とっさに光纏する玲汰。
同時に他の撃退士たちも光纏し、釘緒の前に立ちはだかる。
「斡旋所で依頼を見かけたの。玲汰くんの好きな人って、あたしだよね?」
「いや、あの……」
「照れないで。あたしまで恥ずかしくなっちゃう」
ポッと頬を染める釘緒。
「正直、意外な展開だが……クギオ、ひとつ訊きたい。おまえをフった男を戦場で殺したというのは本当か?」
リリィが問いかけた。
釘緒はキョトンとして答える。
「あたし、そんな怖いコトできないよ?」
「二言はないな?」
「うん。だから玲汰くんとお話させて?」
「そうか……すまなかった。クギオを誤解していた。許してくれ。……レイターも謝れ。偏見で人を見るのは良くない」
わりとあっさり信じるリリィ。
「ダメよ、玲汰くんが謝るのなんて見たくない。だって玲汰くんは、どんな天魔も恐れない、男の中の男だもの!」
突拍子もない発言に、一同は顔を見合わせた。
ただ雫だけが、なにか心当たりのある顔をしている。
「なにか盛り上がってるけど、玲汰君には好きな人がいるんだよ?」
地味に『先読み』しながら、十六夜が話しかけた。
「あたしのことだよね」
「いや、ちがうから。むしろ怖がられてるし」
淡々と告げる十六夜。
釘緒は目を丸くしている。
「玲汰君は、年上の女性が好みらしいですよぉ……?」
恋音が不意にしなだれかかった。
いままで何人もの撃退士を(圧)殺してきた巨乳が、玲汰の腕に押しつけられる!
「ぶはっ!?」
鼻血を噴く玲汰。
その直後、恋音の眉間に五寸釘が突き刺さった。
釘緒がネイルガンで撃ったのだ。
「闇討ちどころか、正々堂々すぎますよ!?」
ヴァルヌスが魔銃を抜いた。
唐突な展開に、あわてて戦闘態勢をとる撃退士たち。
無論ひとりで勝てるはずもなく、たちまち釘緒は捕縛された。
「嘘よ、嘘……玲汰くんが、あんなおっぱい女に……!」
釘緒は呆然自失状態だった。
「クギオ、なんでも自分の思い通りになると思うな。手に入らないものだってある。努力すれば、いつかおまえの欲しい恋は手に入るはずだ。……それから、人をネイルガンで撃つのはやめろ。撃退士といえども危険だ」
真顔で言葉を告げるリリィ。
だが、釘緒は聞いてない。
「この恋は本物なの! 玲汰君、好きだと言って!」
「ごめん、僕には好きな人が……」
「嘘よ! あんなおっぱい女!」
「いや、あの人じゃないんだ」
「じゃあ誰なの!?」
「うう……っ」
ここで告白すれば、桜花を危険にさらしてしまう。
だが──
そこへ、雫がそっと近付いた。
手には青白いランタンを持っている。
「良いですか? このランタンを灯している間、あなたは自らの想いをその人にぶつけるのです」
と言いながら、洗脳をはじめる雫。
そう。もとをただせば、これがすべての原因なのだ。
──数分後。洗脳作業は終了した。
これでランタンが灯っている間、玲汰は命知らずの特攻野郎と化す。
「うおおおおっ! 桜花先輩ィィィッ!」
近接拳銃術による胴タックルで、桜花を押し倒す玲汰。
「そうか、訓練がしたいんだね。よし、稽古をつけてあげるよ」
って、桜花さん。なんで今日に限って、こんなストイックなの。
「ううう……玲汰くんん……そんなおっぱいに……!」
釘緒が泣きだした。
その肩に、そっとヴァルヌスの手が置かれる。
「『諦めろ』なんて、ボクは言いません。嫉妬してもいい。その気持ちが本当なら、それは自然なことだから。……でも、これは覚えておいて。『愛とは、相手を思いやること』だって。かなわないからって誰かに復讐しても、君は何も得られない。……そう、君が愛したものを否定して、得られるものはないんだ。君の気持ちが、『本物』ならね」
柔らかく微笑むヴァルヌス。
その横顔に、おもわず釘緒は一目惚れ……したかどうかは不明!
「まぁ時間も押してきましたし……これにて一件落着としましょう」
麗司が強引に話を締めた。
このあと釘緒は指導室送りに。
玲汰は夜までみっちり稽古をつけてもらったという。