「みなさん、本日はおあつまりいただき、ありがとうございます。おしらせしましたとおり、今日一日自由にイベントを満喫してください。なにがあろうと無礼講。ただし蔵倫にだけは、くれぐれもご注意を」
あつまったヒマ人たちの前で、九鬼麗司が挨拶した。
目立ちたがりの亜矢は、めずらしく後ろのほうでコロッケパンをかじっている。なにか心境の変化でもあったのだろうか。
「またぞろ、変なことを考えつきましたねえ」
雫(
ja1894)が、あきれ気味に亜矢へ問いかけた。
「変なこと? まぁそうかもね」
「なにか元気がありませんが……どうしました?」
「べつにぃ?」
「あ〜、今日は卍さんがいないから……」
「は……はァ!? なに言ってんの!?」
「えっ、相方がいないからという意味だったのですが」
「相方じゃないから、あんなの!」
やたらムキになって否定する亜矢。
だが、雫も別に掘り下げたいわけではない。
「ところで亜矢さん。ミステリー作品での被害者って、知らなくて良いことを知ってしまったせいで襲われるケースが多いと思いませんか? たとえば……酔って醜態をさらしたこととか……」
「な、なにそれ」
「とりあえず私のイベントは……節分と納豆の日(7月10日)で『大豆の日』にします」
「で、なにをやるのよ」
「節分で使用した大豆を納豆にして……投げつけあう?」
「納豆を投げるのって難しそうね」
「次は、節分と豆腐の日(10月2日)で『大豆の日その2』ですね。これは節分で使用した大豆を豆腐にして……やっぱり投げつけあうイベントでしょうか」
「投げる以外ないわけ?」
「では……裏切りの日(6月2日)と刃物の日(11月8日)で『犯人の日』とか……」
おだやかに微笑むと、雫は藁納豆と木綿豆腐を左右の手に取り出した。
いまここに、大豆の日戦争が始まる。
いや戦争っていうより、大豆の日殺人事件?
まぁ最終的には1人のこらず死ぬんだけどさ、このイベント。
「年中行事を組み合わせ、新たな祭りへと進化させる……。なるほど、言うのはたやすいが、なかなかどうしてこれはセンスが試される。コロッケとパンならうまいが、白米とパンではいささか主食度が高すぎる。つまりはそういうことだ」
下妻笹緒(
ja0544)が言うには、つまりそういうことらしい。
なるほど、たしかに『白米サンド』とか『食パン丼』を食べるのはキツイ。
いやしかし、『笹と竹』はどうなんだ? どうなのパンダちゃん。
「なにか空耳が聞こえた気がしたが……ともあれ、それらを踏まえて私が提案したいのは、『エイプリルフール+夏休み』の、フール休みになる。そもそも何故、4月1日しか嘘をついてはいけないのか。なぜ、夏にしか夏休みはないのか。以上の疑問点を解消すべく、生み出されたのがフール休みだ」
まぁ冬に夏休みを設けても、それ多分『冬休み』って呼ばれるしな……。
しかし、フール休みとは一体?
「フール休み! すなわち『体調が悪いので休みます』などの嘘を好きなタイミングでつき、1年365日、あらゆる時期に夏休みを創り出すイベントだ! これはもはやイベントという枠を超えた、新時代の行事と言えよう! 365日すべての年間行事を上書きするフール休みこそ、新たな世界のルール! ニューワールド・オーダー!」
単なるズル休みの日に、たいそうな名前をつけたものだ。
でもこれ、イベントの枠を超えすぎてて全然イベントになってないぞ!
「キャハァ♪ たのしいお料理教室になるといいわねェ……撃退士は中毒症状も心配ないしねェ♪」
案の定、黒百合(
ja0422)は物騒なイベントを企画していた。
彼女が考案したのは、『10月15日キノコの日+1月21日料理の日=キノコ料理の日(+α)』
どう考えても人を殺す気満々としか思えないが、なぁに撃退士に毒物は通じないから大丈夫だ! でもバステに『毒』ってあるけどな! あれって一体どういうこと!? つまり撃退士も毒で死ぬ!? ……や、やめろ! やめるんだ、黒百合ィィ!
そんなMSの叫びを無視して、野外キッチンを借り切った黒百合は、事前に準備した食材と調理器具を使ってクッキング開始。
キノコの日イベントなので、食材にはキノコ類をふんだんに使う。
用意したのは、カエンタケ、ドクツルタケ、タマゴテングタケ、ドクササコ等々。
その他、クサフグ、アオブダイ、ソウシハギ、ブラックマンバ、ヤドクカエル等々の、普段は滅多に口にできない食材が勢揃い。
『食材は自由に調理してください。店頭販売もございます』
などという看板が出ているが、この料理教室は一体どういう層に需要があるのだろう……。
あと、撃退士は毒で死ぬよね……?
「おー、イベントなのですか? つまり女装者による女装者のための女装者の祭りなのですね♪」
江沢怕遊(
jb6968)は、だいぶテンション高めだった。
亜矢が「はぁ……?」と首をかしげる。
「五穀豊穣の祭りをするから、コロッケパンの材料のために手伝うのです♪」
「いや、わけわからないけど……?」
「やればわかるのです! さぁ祭りの始まりなのです♪」
「ったく、まともなイベントをやる人はいないの……?」
文句を言いながらも、主催者として仕方なく付き合う亜矢。
そして二人は校内を練り歩き、男子生徒を見かけては強引に女装させていった。
しかしながら、さすが久遠ヶ原。自分から率先して女装する生徒の多いことったら! 女装ってそんなにたのしいの!?
「女装はとても楽しいのです。さからう人には、天のおしおきなのです♪」
というわけで、女装を拒む男子には怕遊のおしおきが下された。
具体的に言うと、御輿にくくりつけて学園中を引き回し、最終的には崖の上から御輿ごと海へ投棄するのだ。一見リンチみたいな行為だが、そうではない。これは五穀豊穣を祝うための、立派な供犠なのだ。
「ちなみにこれは、お御幸祭りという女装して御輿をかつぎ練り歩く祭りと、大原はだか祭りが混じったものなので、りっぱな年中行事なのです♪」
と、無理やりなことを言い張る怕遊。
その眼下では、罪もない男子生徒たちが真冬の荒波に揉まれて悲鳴をあげているのだった。
「ははははは! イベントの王と言えばハロウィン! そして正月ですよ!」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、いつもの恰好(タキシード+カボチャマスク)で会場内を走りまわっていた。
正月と言っても彼の場合は中国流の祝いかたなので、基本は爆竹。
これとハロウィンを組み合わせて、『トリック(爆竹)orトリート(手作りカボチャプリン)』を無理やりねじこんでいくというイベントだ。
名付けて、南瓜爆竹祭り!
直球すぎるだろ!
「おっと、あけましておめでとうございます。淑女のあなたには、甘いトリートをどうぞ」
とおじぎしながら、女性や子供にはカボチャプリンを提供。
これはポイントが高い。
「あけまして、おめでとうございました! トリックをくらえー! はははははは!」
と高笑いしながら、おっさんには高火力爆竹をプレゼント。
これもポイントが高い(え?
おかげでエイルズの走り去ったあとには、消し炭状になった男どもと、ダイエットに悩む女性の姿が!
「トリック・オア・トリート! ただし、あなたに選択権はありません。選ぶのは私です!」
やりたい放題だが、負傷者が出ないよう配慮しているだけマシである。
なにも考えず(あるいは熟考した上で)無差別に爆破する人が多いからね、この学園。ちゃんと相手に配慮して爆破するエイルズは、撃退士の鑑だよ。最初から人間を爆破するなっつー話だけども。
「1月15日は『なまはげの日』! 8月21日は『バニーガールの日』! てことで、みんな仲良く鬼ごっこしない? これをきっかけに、カップル誕生とかさ!」
ポチ(
jc1189)もまた、わけのわからないことを拡声器でわめいていた。
しかもバニーガール姿に女装したうえ、背後で盛大に燃えているのは、どんど焼きキャンプファイヤー。
よくわからないので、行事の内容を説明しよう。
まずは女性がバニーガールに扮装し、男はなまはげに扮装する。
なまはげは『悪い子はいねーがー!』と叫びながらバニーガールを追いかけ、つかまえることができたら告白の手紙を渡す。『こんな悪い子は俺が責任とってやるよ!』みたいな感じでだ。
ここでバニー側が受け入れれば、どんど焼きで手紙を燃やしてカップル成立。
ついでに2月8日の『針供養』を兼ねて、女性の柔肌にピアスを通して針供養するのだ。
これまた、かなりアタマのイカれた……もとい常人にはハードルの高いイベントである。
しかし、ここは久遠ヶ原! アタマのおかしい連中には事欠かない!
でも、参加する男子生徒が女装癖のある連中ばかりなので、女装した男をナマハゲの男が追いまわすという、それはそれはキモ……壮絶な光景が繰り広げられたのであった。
……まぁ主催者が女装してるのでは無理もない。
『雪中行軍総合火力雪合戦』
それが、雨宮アカリ(
ja4010)とリリィ・マーティン(
ja5014)の企画したイベントだった。
ただの雪合戦ではない。麗司のコネを利用して、USMC(米海兵隊)およびGCP(仏外人部隊)の協力を得てある。
会場には、FA-MASを装備した屈強な兵士がぞろぞろと。
でも心配無用。銃に装填されているのは、何発くらっても何故か死なないコメディー弾だ。便利だな!
参加者は、東西ふたつの陣営に分かれていた。
攻撃側は、USMC。
防御側は、GCP。
リリィとアカリは双方に分かれて参加している。
「ごきげんよう。GCPの雨宮アカリよぉ。護衛につかせてもらうわぁ」
と、アカリは亜矢に声をかけた。
「護衛なんか無用よ。雪合戦には自信あるんだから」
「あら、たよりになるわぁ。でも気をつけてねぇ? 撃退士としては弱そうに見えたかもだけれど、実銃を持ったリリィは……恐ろしいスナイパーよ」
「ふん。コロッケパンを持ったアタシは、その100倍恐ろしいわよ!」
無駄に張り合う亜矢。
その手にあるのは、コロッケパンLv15という狂気じみた兵器だ。
そんな悠長な二人だが、戦闘はとっくに始まっている。
その直後、自陣のどこかから砲声と爆音が轟いた。
「あらあら。派手に始めたわねぇ」と、肩をすくめるアカリ。
「よーし、あたしたちも参戦よ!」
「待って、あれは陽動よぉ。おそらくリリィたちは……」
ステルス行動をしていると読んで、交戦地帯とは逆の方向へ進むアカリ。
「レイター、身を低くしてゆっくり動け。急な動きはするなよ」
リリィは玲汰をつれて、慎重に敵陣へと忍び寄っていた。
「は、はい……。でも、相手は本物の軍人ですよね……?」
「大丈夫だ。ほんの少し距離が遠いことを除けば、いつもと変わらん」
軍人の顔で答えるリリィ。玲汰には見せたことのない、ガチな兵士の表情だ。
さらに数十メートル前進すると、リリィはハンドサインで玲汰を制した。
「動くな、敵だ。12時方向。私が仕留める……よし、行こう」
しずかに距離をつめる二人。
「……これで私の射程だ」
リリィが足を止めたとき、彼我の距離は1kmもある。
「ここから狙撃ですか?」
「そのとおりだ。レイター、おまえは迂回して敵陣に突っ込め。敵は私を警戒している。私が討たれたとき、おまえは奴等の意識から消えるだろう……そこがチャンスだ」
「は、はい」
「よし、行け」
玲汰の姿が消えると、リリィは狙撃銃のスコープで亜矢をとらえた。
そして、ゆっくり引き金を絞る。
その瞬間。アカリが身を挺して亜矢をかばった。
当然、リリィの位置は丸バレだ。
「そこよ! 迫撃砲発射!」
亜矢の命令で、砲火が叩きこまれた。
「リリィさん!」
おもわず叫ぶ玲汰。
直後、彼も砲撃を浴びて沈んだのであった。
「レイター……何故そこで大声を出す……」
がくりと倒れるリリィ。
こうして総合火力雪合戦は、防衛側の勝利に終わった。
そのころ。
咲魔聡一(
jb9491)は、学園長の銅像のまわりを笛(アルトサックス)を吹きながら踊り歩いていた。
これまた意味不明な行事だが、どうやら聡一の地元である冥界の行事らしい。
その名も、『ダマスカス鋼の日』
ダマスカス鋼の加工法が確立された記念日である。
が、村人にハブられていた聡一は行事の内容をよく知らなかった。そのため、すべてがうろ覚え。
「ずっと……遠くで見ながら、参加したいって思ってた……! ありがとう! 本当にありがとう……!」
とか言いながら、ぶわっと泣きだす聡一。こんな素っ頓狂な祭りに参加できたのが、そんなに嬉しいのだろうか。あと、参加したっつっても踊ってるのは聡一だけだからね? 見ようによってはハブられてるとしか思えない。
だが、祭りの本番はここからだ!
像のまわりを踊り歩いたあと、ダマスカス鋼に見立てた模様の菓子を手当たり次第食べさせてまわるのが祭りの仕上げ。
残念ながら本物の菓子は手に入らなかったので、模様が似ているバウムクーヘンで代用だ。
「よし……! 大体こんな祭りだった……はず! とりあえず……バウムクーヘンを喰らええええ!」
意味不明なことを言いながら、両手にバウムクーヘンを持って無差別に襲いかかる聡一。
やってることは完全に『バウムクーヘンの日』だが、これでいいのだろうか。
「イベントといったら……まずは酒がなけりゃ始まらねぇだろ! やろうぜ、オクトーバーフェスト!」
というわけで、赭々燈戴(
jc0703)は改造スクーターを馬に見立てて、酒とソーセージを売り歩いていた。
扱っているのは、ワインに日本酒、ウイスキーにリキュール。そしてもちろんビールと、よりどりみどりだ。
未成年者のために、ソフトドリンクも置いてある。
さすが、酒屋『梵天』の経営者。その経営手腕に隙はない。趣味で店をやってるのは秘密だ。
「おう聡一。カレー飲むか?」
知人を見つけて、声をかける燈戴。
だが、今日の聡一はいつもの聡一ではなかった。
わりと頻繁にいつもの聡一でなくなってるような気もするが、まぁそれはそれだ。
「カレーなんか飲んでる場合じゃない! バウムクーヘンを喰えええええ!」
「むぐううううっ!?」
バウムクーヘンを一本まるごと口に突っ込まれて、目を白黒させる燈戴。
おお、なんと恐ろしい攻撃か。もしも一歩まちがえれば、
「該当キャラクターは『依頼『好き勝手にイベントしようぜ!』において、異物を喉に突っ込まれて窒息死した』という理由により、力尽きその人生を終えました……」
とかいう死亡判定が出るところだった。
危ない危ない。バウムクーヘンに穴があいてて良かったな。あいてなかったら死んでたよ。ドイツ人に感謝しよう。
「さあさあ、ワクワクでドキドキのラブコメイベントを始めちゃいますよー!」
袋井雅人(
jb1469)は張り切っていた。
ラブコメ推進部の部長として、今日は無理やり『ラブコメの日』に決定! 全力でラブコメ祭りを開催だ!
具体的に何をするのかといえば……そのものズバリ、ラブコメっぽいシチュエーションをみんなで演じるのだ。
「さあ、みんなでラッキースケベ……じゃなくてラブコメしましょう!」
おのれの欲望が隠しきれてない雅人。
しかし、ラキスケもまたラブコメの定番であることは否定できない。雅人は正しい。
「おぉ……ラブコメ祭りですかぁ……。おなじ部員として、協力いたしますよぉ……」
月乃宮恋音(
jb1221)が同調した。
「ラブコメ祭り? たのしそうね〜♪」
と微笑むのは、満月美華(
jb6831)
恋音の姉である彼女は、若い二人をくっつけようと考えている。
しかも、それと平行して開催するのは『特異体質週間』
どういうイベントかというと………お察しください!
首謀者の恋音いわく、
性の健康週間(11月25日〜12月1日)に、19日(とく)+1日(い)を加えて、12月15日〜12月21日を『特異体質週間』と設定するらしい。
「はぁーはははは! おもしろい! ならば私が全面協力しようではないか!」
マッドサイエンティスト平等院が、両手に薬瓶を持って高笑いした。
「うぅ……とてもイヤな予感が、するのですよぉ……」
恋音がフルフルと震えた。
自分から言い出しておいて、これである。
「なんでアタシが、こんな馬鹿げたことにつきあわなけりゃならないのよ……」
ぶつぶつと亜矢が呟いた。
「それはそのぉ……この機会に、亜矢先輩の体質を検査しておくべきだと、思うのですよぉ……」
と、恋音。
ちなみに百合華も強引に参加させられている。
いつものことだが、恋音の『内気で引っ込み思案』って絶対に嘘やろ……。
しかも、『検査』と称しておいて、やることは『撃退酒βなどのアウルに干渉する薬品を摂取すること』だ。
それ、忘年会でやったよ! メンバーまで同じだよ!
ところが、ここで雅人が主張した。
「巨乳で圧死はやりまくったので、今度はまな板で粉砕死を狙いたいですね!」
おお、これはもしかするともしかするかもしれない!
亜矢は最強のまな板だし、恋音と美華と百合華は超巨乳だ!
……うん、結果は明白だが、とりあえず飲んでみよう!
というわけで、雅人を含めた5人は「いっせーのー!」で同時に撃退酒βを試飲。
ずどおおおおおん!!
予定どおり、雅人は3人の巨大おっぱいに押しつぶされた。
亜矢も一緒に潰されてるけど、まぁどうでもよかろう。
「あら〜。ダメよ、袋井。恋音以外のおっぱいにさわったら」
美華がたしなめた。
雅人は恋音の未来の旦那。美華にとっては、義理の弟となる。ラブコメ祭りとはいえ、こんなハプニングは見過ごせない。
だが、このとき既に雅人は息をしてなかった。
恋音ひとり分だけでも人が死ぬレベルなのに、その3倍近い重量が彼の上にのしかかったのである。病院どころか霊園直送でもおかしくない。
「それにしても、こういうのをラキスケって言うのかしら。まったく大胆ね〜」
なぜか嬉々としている美華。
最愛の妹と一緒に遊べるだけで幸せなのかもしれない。
「ふむ……予想以上の反応だ。まったく、アウルの力は面白い……くくく……」
平等院は不気味に笑った。
どうやら彼にとっては、この検査結果に満足のようだ。
それはともかく、これのどこがラブコメなんだろう……。
「さぁーて、あたしの出番ね!」
歌音テンペスト(
jb5186)は、ボクシンググローブでスーツケースを提げながらやってきた。
そして会場に着くやスーツケースをパカッと開けて、取り出したるはパンケーキ。それをグローブで鷲づかみにしながら、もぐもぐ食べ始める。
一見意味不明な奇行だが、歌音だから仕方ない。
……というわけではなく、これは海外では定番の年越し行事なのだ。
パンケーキを食べるのはフランスの行事。
スーツケースを持ち運ぶのは、コロンビア。
そして殴りあうのはペルーの行事だ。
さすがは、国際色ゆたかと評判の歌音。
ていうか、南米の連中はデフォルトでアタマおかしい。
ここにベルギーの年越し行事である『牛のことを忘れない』というアクセントを加えたら、いざイベント開始。
持参したゴングを鳴らして、矢吹亜矢に殴りかかるぜ!
名前がジョーぽいので、うってつけだしな!
「いくよ、亜矢ちゃん!」
左右のシフトウェイトを繰り返し、『∞』の軌道を描きながら殴りかかる歌音。
必殺のデンプシーロールが、亜矢へ迫る!
コツは親指の付け根で強く地面を蹴ることと、インパクトの瞬間に肩を入れることだ!
「「アバーッ!」」
おっぱいに潰されて意識不明のまま、抵抗もできずに吹っ飛ぶ亜矢&雅人。
なにか無関係の人まで巻きこんでるが……雅人よ、これがラブコメだ!
「好き勝手にイベント……てことは、何やってもええんやな?」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は、とてもわるい顔で微笑んだ。
彼が開催するのは『亜矢会』
その内容は、ただただ亜矢をいじm……じゃなくて遊ぶ会。別名ドS会だ。
まずは、おっぱいとデンプシーロールとバウムクーヘンと納豆でズタボロになった亜矢を正月飾りのごとく注連縄で縛り上げ、祝詞をあげて褒め称える。
次に、豆まきの要領で豆(鋼鉄製)をぶつけまくる。
つづいて雛祭りの菱餅を投げつけ、
桜の枝を仕事人みたいに延髄へブッ刺し、
鯉のぼりを着せて、
雨のように冷たい塩水をかけ、
スイカを丸ごと脳天に叩きつけ、
いつぞやの意趣返しで火薬マシマシのロケット花火を雨あられと撃ち込む。
さらにススキの穂を全身へ突き刺し、
紅葉型手裏剣を投げつけたら、
雪で固めてフィニッシュ!
「よっしゃ。これで12か月分たのしんだやろ」
ひと仕事終えて、満足げなゼロ。
ちなみに一連の残虐行為のあいだ、亜矢はずっと死んでいた。
というか、おっぱいに潰された時点で死んでいた。
しかし、ゼロの仕置きはまだ終わってない。
最後の締めに、生贄を炎の中へ奉納するのだ。
「ふぅ……一年の終わりに飲む酒は最高やな」
こんがりローストされる生贄を眺めながら、うまそうに酒をあおるゼロであった。
ちょっとやりすぎちゃいますか、カラスさん。
「せっかく面白そうなことやってんだ、参加しないともったいないよな」
三鷹夜月(
jc0153)は、持ち前の好奇心で会場内をあちこち見てまわっていた。
だがすでに、どこもかしこもパニック状態だ。
たとえば、無差別に納豆を投げてくる少女、きっちり男女差別して爆竹を投げる奇術師、バウムクーヘンを無理やり食べさせてくる男、パンケーキを食べながらデンプシーロールで殴りかかってくる変態少女……etc。
ちょっと絡みかたをまちがえただけで、たちまち病院送りにされそうだ。
「それにしてもまぁツッコミどころ満載なことになってんな……さすが久遠ヶ原ってとこか? まあ誰が何をやるかは自由だし、カオスなのも奇天烈なのも大いに結構。おもしろいのが一番だ」
うんうんとクールにうなずく夜月。
「よお。飲んでるか、夜月ぃ。サービスするぜぇ?」
話しかけてきたのは、燈戴だ。
「いや、酒は遠慮しておく。このまえ、ちょっとな……」
「なんだなんだ? よくわからねぇけど、こまけぇこたぁ気にすんな! いいから飲め! 健康になるから! ははははは!」
馬鹿みたいに笑いながら、無理やり酒を押しつける燈戴。
しかも撃退酒だ。酔っぱらうのも無理はない。
「ところで夜月ぃー、そろそろお兄ちゃんと呼んでくれてもいいんだぜぇ?」
そのとたん。夜月の拳がうなり、燈戴を殴り飛ばした。
「ご、ごめん。レモネードです」
言ってることがよくわからないが、酔っ払いなので仕方ない。
「閏日は、俺の恋人の誕生日なんだ。無理でも嫌でも祝うんだ。呪い? いえ祝いです。すべての催しものが祝福のようだよ! ありがとう世界!」
酔っ払いみたいな独り言を発しているのは、藍那湊(
jc0170)
しかし、酒を飲んだわけではない。なにか悪いものでも食べたのだろうか。
「……え? 今年は閏日がないだけにエア彼女? ……ちょっと表へ出ろ。よけいなことに勘付かなければ、きみも無事に春を迎えることができたというのに……」
冷たい朔風が吹き荒れた。
くりかえすが、ぜんぶ湊の独り言である。
そこへ、すっかり泥酔した燈戴が千鳥足で歩いてきた。
こちらも、泣きながら独り言を言っている。
「うぅぅ……だれか聞いてくれよぉ……去年から孫に着信拒否されててよ……って、孫!?」
湊の背中にぶつかって、反射的に跳びのく燈戴。
だが、あわてたのは湊も同じだ。
「燈戴さん、なぜここに……って、ちが! ぼk……俺は湊じゃない! 人違いです!」
必死に否定して、紙袋をかぶる湊。
どう見てもバレバレだが、さいわいなことに相手は酔っ払い。ギリセーフだ。
「そうだ、ここに氷の城(かまくら)を建てて引きこもろう……ようこそ……氷の世界へ……」
そう言うと、湊はありったけの氷系スキルをぶっぱなした。
えらい迷惑である。
「べつにファーストなんとかが義父に奪われたからって気にしてな……」
どうやら、ファーストキスを義父に奪われたことを気にしていたようだ。
ちなみに燈戴は完全に凍りついて氷像みたいになってるけど、まぁほっとけば解凍されるだろう。ノープロノープロ。
──という具合に、参加者たちは文字どおり好き勝手にイベントをたのしんでいた。
言うまでもないことなので今まであえて言わなかったが、これらはすべて同じ場所で行われている。
つまり、怕遊はそこらへんの男子生徒をつかまえては女装させてるし、聡一は老若男女問わず片っ端からバウムクーヘンを喉に押し込んでいる。
歌音は牛のことを考えながら手当たり次第に殴りかかり、湊は悲しみと絶望のあまりエターナルフォースブリザードしてる。
雫は誰彼かまわず納豆を投げつけてるし、エイルズは爆竹とカボチャプリンをばらまいている。
亜矢と雅人は死んでるし、巨乳姉妹は自重で起き上がれずにいた。
そんな中を走りまわる、バニーガールとナマハゲたち。
会場はかなり混沌としてきたが、そうした参加者たちのことなどおかまいなしに、アカリとリリィは『第三次・雪中行軍総合火力雪合戦』を繰り広げていた。──そう、彼女たちは特別なフィールドで戦闘していたわけではない。最初から、みんなと同じ空間で戦っていたのだ。
飛び交う銃弾、炸裂する砲撃。飛び散る血しぶき。
もちろん、あたり一面は雪景色だ。まるで酷寒のスターリングラードみたいな状況である。
そんな中、冷静に蛇や蛙をさばく黒百合。
なにもかもが狂っているとしか思えない光景だ。
え、狂ってるのはMSだって? ……うん、正直すまんかった。まさか、こんなんなるとは思わなかったんだ!
そんな砲火の嵐が吹き荒れる狂乱の中、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)はいつものイベントを企画していた。
「年中行事をイベントに……ってのなら、せっかくだから春節を祝おうぜ。つまり爆破……もとい爆竹だ。日本の行事じゃないが、むしろ俺のためにあるような祭りじゃねーか」
やると思った、爆破魔ラファル。
だが実際問題、このカオスな状況を一発で終わらせるには彼女の力が必要だ。
──が、それはもはや過去の話。いまの久遠ヶ原には、『とりあえず爆破しとけばいいんだろ』という世紀末思想に取り憑かれた者が少なくないのだ。どうしてこうなった!?
うん、きっと全部ラファルのせいだ。あと、おっぱい教授とパンダ園長とパンツイーターのせいだ。俺は何も悪くない!
「よし、そうと決まったらやることはひとつ。ありったけの爆発物を投入して、すべてを吹き飛ばしてやるぜー! なにか違う気もするが、そんなこと気にしなーい♪」
超たのしそうな笑顔で、最終解決用の爆薬を持ってくるラファル。
いつも疑問に思うけど、この爆薬どこから調達してるんだろう。……まぁそんなことは気にしなーい♪
だがしかし!
時を同じくして、爆薬をあつめている者がいた。
「これって、好き勝手やっていいんだよな? だったら、なにもしないのもアレだし……最後にひとつ、派手にやっておかないとな! 一度でいいからやってみたかったんだよ、爆破オチ。ちょっと危険が危ないデンジャーかもだけど、久遠ヶ原の連中なら大丈夫だよな!」
ラファルみたいなことを口走りながら、ニヤリと笑ったのは夜月。
って、おい! また爆破魔が一人ふえちまったよ! このままエスカレートすると、そのうちイベント参加者全員が『すべて爆破する』とか言い出す事態になりかねないぞ! やべえ、すげえたのしそう!
よしわかった! これはもう『TVチャンピヨン爆破職人選手権』みたいなイベントをやればいいんだな! よしやろう、いますぐやろう!(錯乱
というわけで、爆破職人選手権エントリーナンバー1・三鷹夜月の挑戦だ!
「よし、やるぞ。この魔改造した超火力手榴弾2ダースで、いまこそ悲劇を終わらせてみせる……!」
もちきれないほどの手榴弾をかかえながら、夜月は真剣な顔で会場を見つめた。
どう考えても新たな悲劇の幕開けだが、いまはとにかく混乱を鎮めなければならない。それができるのは──『☆爆☆破☆』だけだ!
「行けえっ!」
掛け声とともに、ひょいひょいひょいっ、と手榴弾を投げ込む夜月。
その直後、会場のあちこちから爆炎が上がり、絶叫と悲鳴が交錯した。
これは、なかなかの爆破芸!
「へ……っ、甘いな。爆破オチで決めるなら、一発で片付けねーと」
すでに優勝したかのような口ぶりで言うのは、エントリーナンバー2・ラファル A ユーティライネン。
彼女が持ってきたのは、春節で使う爆竹だ。
何十本もの爆竹が数珠つなぎにされたコレは、鳴らすことで魔除けの効果があるとされる。
もっともラファルが作った爆竹は一本一本がドラム缶サイズなので、魔除けとかいうレベルじゃない。高層ビルの解体工事に使うぐらいの火薬量だ。こんなものを平然と会場に持ちこむラファルもどうかしてるが、それを見て逃げようともしない参加者たちもどうかしてる。すくなくとも、納豆とか投げてる場合じゃない。
「いくぜー! 点火10秒前! 9、8、ゼロ!」
ズ ド ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ……!!
猛烈な爆風がすべてを吹き飛ばし、吹き荒れる炎と煙が大気を焼き尽くした。
そして黒煙が晴れたとき、そこにはペンペン草一本生えない焼け野原だけが残っているのだった。
もはや結果は言うまでもないだろう。
『第1回・爆破職人選手権』優勝はラファル!
なお彼女自身も爆破に巻きこまれて、どこかへ吹っ飛ばされた模様。
爆竹に魔除けの効果があるというのは真実だった。
『第2回・爆破職人選手権』が開催されるか否かは、さだかでない。