2月14日の約2週間前。
とある調理実習室で、バレンタインデーを祝うためのチョコレートパーティーが開かれようとしていた。
冷静に考えれば頭おかしいイベントなのだが、幸いなことに久遠ヶ原では頭のおかしい生徒には事欠かなかった。なんせ2月に忘年会やるぜと言っても人が集まるぐらいだ。バレンタインなど、ぬるすぎると言って良い。
「……そう、なにごともスピードが重要なのは確かだ。矢吹亜矢も、ようやく物事の本質が理解できてきたようで何より。……だからこそ惜しい、と言わざるを得ない!」
調理室へ乗りこんでくるなり、下妻笹緒(
ja0544)はいつものように演説をはじめた。
「なにが惜しいのよ」
と、亜矢が聞き返す。
「いいかね。バレンタインだけを前倒しにするのでは、まだ足りない。節分も同時にこなすことで、二月を一気に先取りする。これこそが、正しい一月の過ごしかただ!」
「……っ! たしかに!」
「では、学園の誇る天才ショコラティエが、それらの要素すべてを取り入れた一品を作ろう。その名も、恵方チョコレート豆巻き! 好きな人の歳の数だけ豆をぶちこんだチョコレートを海苔で巻き、その年の恵方を向きながら想い人に無言で手渡すのだ。めでたさが重なり合うことで縁起も良く、恋愛運も向上すること間違いなしだろう」
一気にまくしたてると、笹緒は作業に取りかかった。
恵方チョコレート豆巻き……これは流行る!
わけないだろ!
だが、笹緒の言うことに間違いなどあんまりない!
おまけに、学園屈指の天才ショコラティエだぞ!
って、はじめて聞いたよ、そんな設定! 冗談なのか本気なのかわからないから困る!
「バレンタイン? 知らない子ですね。チョコレートは僕の主食です。1年365日、口にしない日は1日たりともありません。今日はチョコ系のスイーツを作りましょう」
なにやら凄いことを言いながら、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は巨大なチョコを作っていた。
「スイーツっていうか、ただのでかいチョコじゃない」
亜矢が普通にツッコんだ。
「え? ただのチョコレートですって? なに言ってるんです、チョコレートはそれだけで完成された究極のスイーツです。それ以外の不純物を混ぜたら、おいしくなくなっちゃうじゃないですか」
「まぁ一理あるわね」
「一理どころか千理ほどありますよ」
そして完成したのは、お盆に流し込まれて固められた、分厚く巨大な板チョコだった。
それは、チョコと言うにはあまりに大きすぎた。
大きく分厚く重く、そして大雑把すぎた。
それはまさにチョコだった。
……って、どこから見てもチョコじゃねーか!
ともあれ、完成したチョコを頭からバリバリかじるエイルズは、いつになく幸せそうだった。
「亜矢さん、私はこう見えてお菓子作りはわりと得意なんですよ。よかったら亜矢さんのチョコ作りを手伝わせてください」
めずらしく真面目な顔で、袋井雅人(
jb1469)が話しかけた。
今日の彼は、ラブコメ推進部部長として亜矢の純情可憐な乙女心を応援する予定なのだ。
もちろん、同じ部員の月乃宮恋音(
jb1221)も協力だ。
「よけいなお世話よ。チョコなんて、溶かして固めるだけでしょ」
言うや否や、沸騰した鍋にそのまま板チョコをぶちこむ亜矢。
これには雅人も恋音も唖然だ。
「亜矢さん、湯煎というものを知ってますか?」と、雅人。
「知らないわよ、そんなもん」
「これは深刻な事態ですね……しかし、それでこそ力を貸す甲斐があります! いいですか、まず……」
というわけで、雅人の指導が始まった。
しかしあまりに亜矢がひどすぎて、チョコフォンデュとか作ってるヒマがない。
一方、恋音は手順良くチョコレートを溶かして加工している。
まずは、百合華の作るチョコをお手伝い。バレンタイン本番で明日羽に渡すためのものだ。
次に、今回の参加者に配るためのガナッシュとボンボンを大量に作って試食コーナーへ。
さらに、洋酒たっぷりのハート型チョコは『いつもお世話になっております』とメッセージを添えて報告官へ。(ありがとうございます)
最後はもちろん、雅人にプレゼントするためのチョコケーキだ。『本番は、またご用意させていただきますね』とメッセージを付けるのも忘れない。
ちなみにこの特製ボンボンには撃退酒が含まれているのだが、大丈夫だろうか。
「ふんふんふ〜ん♪」
華子=マーヴェリック(
jc0898)は、上機嫌でチョコを湯煎していた。
うまく作れるかわからないが、いろいろ調べてきたからきっと大丈夫。
溶かしたチョコを流し込むのは、やっぱり基本の大きなハート型。
「簡単、簡単〜♪」
まぁ溶かして固めるだけなので、失敗することはないだろう。
(べ、べつに、これでどうこうしようとは思ってないけど、こう、うっすらでも気付いてもらえればなんて考えたり考えなかったり……ふふふふ……)
なにやら妄想アクセルが全開な、華子18歳。
このチョコを渡す相手のことを考えると、無意識のうちにその人が好きな激辛ソース──通称『死のソース』と呼ばれる調味料に、ついつい手ががが!
「ふふ……ふふふふふ……」
なんだか楽しい妄想に浸るうち、ドボドボドボッと大量に混入される激辛ソース。
やがて完成したのは、一口かじれば悶絶必至のデスチョコレート!
「これで良し、完璧よっ!」
ふんっ、と鼻息荒く『作品』をかかげる華子。
いったい誰に食べさせるつもりなのか興味は尽きないが、うっかり自分で食べそうだな、この子。
チョコレート作るよ! 自分用にね!
というわけで、パウリーネ(
jb8709)は一心不乱にチョコスイーツを作っては自らの胃に収めるという行為を繰り返していた。
大好きな林檎をチョコレートでコーティング→食べる(以下繰り返し)
大好きな林檎にハートモチーフのカービング→食べる(以下繰り返し)
以上繰り返し。
まるで機械だ。
チョコいらないんじゃないかと誰もが思うが、さにあらず。サクランボとかイチゴにチョコをかけてもおいしそうだとか、ちゃんと考えてる! なんなら、もっと洒落たのを作ったっていい!
ただ、脇目もふらずに林檎チョコを貪り喰う姿を見ると、バレンタインどうでもいい族にしか見えない。
だが、それもさにあらず! こう見えてもパウリーネ、脳内では真剣に恋人のことを考えてる恋する乙女なのだ!
淡々と林檎チョコを作って食べるという作業を続けながらも、まじめにバレンタインデー本番のことを考えるパウリーネ。
(うん、このぶんだと当日もちゃんと作れそうだね。……なにが一番喜んでもらえるかなぁ……?)
はたして、林檎チョコ以外の答えが出ることはあるのだろうか。
セレス・ダリエ(
ja0189)は、どこか遠い目をしながらやってきた。
他人との接触を避けたがる彼女にとって、バレンタインデーはあまり縁がない。
(そう言えば、ちゃんと誰かに、バレンタインに何かをあげるの……初めて、かも……)
などと、いまごろになって衝撃の事実に気付くセレス。
だが、本人は特に何とも思ってはいない。
(チョコレート……作るのは良いけど、もらってもらえるかが問題、かな……。とりあえず、本番?までに、味がおかしくないかだけ、チェック……。作るのは……ガトーショコラあたりが良い、かな……)
実習室を眺めながら、セレスは一人黙々と考えた。
(そうだ、せっかく大勢いるんだし……男性の参加者さんに、どんなチョコレートをもらえたら……あるいは、何をもらえたら嬉しいかを、訊いてみようかな……。チョコレートだけだと、ありきたりですし……)
しかし、考えるだけで実際に話しかけることはない。
はためには、ただぼんやりしているだけに見える。
(ほかの人からももらう可能性を考えると、チョコレート以外のほうが良いのかも、ですね……。でも、一応チョコレートもつけたほうが良いのかな……難しいモノですね……)
こうして結局、自問自答に終始してしまうセレスであった。
実習室で、なぜかナナシ(
jb3008)はチョコを作らず参加者たちの写真を撮っていた。
いつものように、参加した生徒たちの外見は幅広い。
巨乳枠、ロリ枠、(見た目)清純派枠、ショタ枠等々。
それらの写真をノートPCに移し、モデリングデータを作成する。
作業が終わったところで、取り出したるは3Dプリンタ!
これを使って、実在のモデルを型にしたフィギュアチョコを作ろうというのだ!
なにやら変態じみた行為だが、そうではない! これは純粋な痴的好奇心……もとい痴的好奇心を満たすための実験なのだ! なにか間違ってる気もする!
もちろんチョコの味にもこだわって、ホワイト、イチゴ、抹茶などを用意! 完璧だ!
──というわけで、爆乳娘からつるぺた幼女、パンダに至るまで、バリエーション豊富なチョコフィギュアが作成された。
これをペロペロしたり、ぺろんぺろんしたりするのだ!
そんなもの、売れるに決まってるだろ!
こうして匿名で購買に置かれたフィギュアチョコは、その日のうちに完売。収益金は恵まれない撃退士向け義理チョコ基金に全額寄付された。
「……まぁ、ときには友情よりも知的好奇心の方が大切よね」
友情が優先される場面を見たことがない!
「御菓子系は苦手ですが……死…いえ、試食をお願いします」
卍に声をかけたのは、雫(
ja1894)だった。
彼女の料理の破滅ぶりと言ったら有名だ。
当然のように「冗談じゃねえ!」と叫んで逃げだす卍。
「亜矢さん、捕らえてください」
「がってん!」
亜矢が素敵な笑顔で『影縛の術』を発動した。
「ぐはっ!?」
派手にスッ転んで動けなくなる卍。
「これで、家族以外からチョコをもらえたと自慢できますね」
と言いながら、雫は手作りチョコを手に近付いてゆく。
「おい! やめろコラ!」
「遠慮は無用です。さぁ」
雫がチョコを押しつけた。
その名状しがたい異形の物質は、まるで生きているかのように恐ろしげな声を漏らしており、見るだけで正気を奪われそうだ。
「ぐわーっ!」
無理やりチョコを食わされて、卍は倒れた。
「試作ナンバー52、摂取直後に泡を吹く……失敗です。そして、試験体が気絶しましたか……仕方ありません、だれかに教えを乞いましょう」
淡々と呟きながら、雫は卍を放置して立ち去った。
それを見送ってから、亜矢は卍のポケットへチョコをつっこんで逃げるのだった。
「いらっしゃいませ。撲殺天使のお茶会へようこそ」
実習室の一画で、斉凛(
ja6571)は純白のメイド服に身を包んでいた。
そう、メイドと言えばおもてなし。おもてなしと言えばお茶会!
最高の『重手那死(近接物理)』で、お客様を満足させますわ!
だがしかし。美しくセッティングされたテーブルにも、色とりどりの手作り菓子にも、なかなか出番は来なかった。
というか、客が一人も来なかった。
きっと、恐らく、カフェの片隅に血染めの釘バットが置いてあるのがまずいんじゃないかな……。普通のお茶会に釘バットって必要ないし……。
「きっと、みなさん遠慮してるんですね。ここはまず、主催者のチョッパー様においでいただきましょう」
言うが早いか、凜の釘バットが一閃した。
気絶から復活した直後、ふたたび倒れる卍。
それを髪芝居でイスへ縛りつけると、凜は強制的にお茶会を執行した。
「はい、あーん」
と言いながら、天使の笑顔でコーヒーを飲ませる凜。
どろっとした液体は形容しがたい異臭を放ち、毒の沼地のようだ。
「アバーッ!」
こうして、凜と雫のOmotenashiコンボをくらった卍は、当然のごとく病院送りになったのであった。
「きゃはァ……たのしい実験……じゃなかったァ、料理の開始だわァ♪」
黒百合(
ja0422)は、いつものように邪悪な笑みを浮かべていた。
彼女が作るのは、市販のチョコに少し手を加えただけのものだ。
たとえば、強力な媚薬をまぜた香水風味のチョコ。
たとえば、ごく少量で体細胞を破壊して酩酊状態にする蒸留酒をまぜたチョコ。
あるいは、破傷風菌やボツリヌス菌、フグやテングダケの毒成分をまぜたチョコ。
そして最後に、蛋白質を分解しておっぱいを小さくする香水をまぜたチョコ。
とどめに、それらすべてをブレンドした特製カクテルチョコ。
見た目はかわいいハート型だが、一般人が食べたら即死確実だ!
完成したチョコは女の子っぽくラッピングして、校内で無料配布!
念のため『変化の術』で外見を偽装し、無差別チョコレートテロ開始! ……って、おい! なんつーことするの、この人!
まぁ撃退士に毒は効かないはずだから大丈夫だ……うん、大丈夫だ……! チョコ食べた男子生徒たちが床に這いつくばって血ィ吐いてるけど、死にやしないさ!
「まァ、厄介なことになる前にィ、さようならァ……」
実験結果に満足して、立ち去る黒百合。
一歩まちがえたら大量殺人事件だよコレ!
いやあ、みんなが撃退士でよかった(
「バレンタインはまだ先だが、練習には丁度いい。がんばるかな」
三鷹夜月(
jc0153)はエプロンの紐を締め、バンダナを頭に巻きつけた。
いかにも、やる気満々だ。
今日は、友チョコ作りの練習のために参加したのだ。
作るのはガトーショコラ。こだわりぬいた材料と、クッ○パッドで調べた人気レシピで、究極のショコラを作るぜ!
──で、レシピどおりに作って完成したのは、謎の暗黒物質。
「初めて作ったものは、なんでいつもこうなるかな……」
苦笑する夜月だが、久遠ヶ原ではよくある現象だ。
「でも、ここの生徒なら平気だよな。このまえの闇鍋は、もっとひどかったし」
そう言って納得すると、夜月は暗黒物質を皿に盛って試食コーナーへ並べてしまうのであった。
このまま行くと、試食コーナーが処刑場に……。
だって、雫や黒百合の作ったチョコも並んでるからね……。
そんな殺人チョコを作る連中をよそに、染井桜花(
ja4386)は真面目においしいチョコレート菓子を作っていた。
ラインナップは、チョコ羊羹、チョコ蒸しパン、チョコドラ焼きの3種類。
料理自慢の腕を生かして、テンパリングなどの下ごしらえをしっかり丁寧におこない、着々と作業を進めてゆく。
どこかの誰かみたいに暗黒物質が出来上がったり、見ただけでSAN値が削られる物体が出現したりはしない。いたってマトモなチョコレート菓子だ。
おお、これで試食コーナーの平和と秩序は保たれ……てなかった! でも、死亡率が減ったのは確かだ!
しかし、桜花の腕の見せどころはここからだ。
「……準備はできた」
まずは、卵を使ったときにあまった卵白で、メレンゲクッキーとマカロンを作成。
クッキーにはココアパウダーをふりかけ、マカロンには同じく、あまったチョコで作ったクリームをはさむ。
そう、これは材料を無駄なく全部使い切るためのテクニック。
「……これで良い」
ひとり無表情にうなずくと、桜花はそれらのスイーツを試食コーナーへ並べるのだった。
だが、試食コーナーの救世主は桜花だけではなかった。
秋姫・フローズン(
jb1390)も、おいしいチョコレート菓子を作っている1人だ。
作成するのは、トリュフチョコ、ザッハトルテ風ケーキ、チョコムースの3種類。
もちろん、テンパリングなどの基本は丁寧にしっかりと。見た目も味も、最高品質をめざして取り組む。
彼女もまた、料理の腕前は抜群だ。
「下ごしらえは……これで、いいですね……」
おおよそ出来上がったところで、ここからがプロの技を見せるところ。
ザッハトルテ風のケーキに、隠し味としてアプリコットジャムを加える。これによって、ほどよい酸味が与えられるのだ。
「隠し味……です……」
ひとり呟いて、最後の仕上げをする秋姫。
こうして、試食コーナーのカオスレートは更にLAW側へ近付いた。
まぁ焼け石に水なんだけどね……。
そんな具合で、自由気ままにチョコ作りをたのしむ参加者たち。
その中で、木嶋香里(
jb7748)はお菓子作り教室を開催しようとしていた。
コーティング用のチョコレート、トッピング用のドライフルーツやナッツ類など、準備に抜かりはない。
だがしかし。ここで不運なことがあった。事前に参加を約束していた日向響(
jc0857)が、なんらかの事情で欠席してしまったのだ。
おっと、これではソロお菓子教室になってしまう!
と思いきや、幸か不幸か(?)雫が参加!
「いくら試作してもうまく作れないので、教えてください」
「大歓迎です! 一緒においしい物が作れるといいですね♪ いろいろ挑戦して、本番に向けて準備しましょう♪」
香里は大喜びだ。
というわけで、1対1の個人授業開始。
「ではまず、基本的な湯煎の方法を……」
しばらくして、ふたりの試作品が完成した。
香里が作ったのは、ドライマンゴーやドライキウイを使ったコーティングチョコ。
雫も、ちゃんとした暗黒チョコを完成させている。
「な、なぜ……? おなじように作ったはずなのに……!」
目を疑う香里。
「お菓子系は苦手です……」
雫に甘いものを作らせたら駄目だということが、これで完全に証明された。
そのころ。胡桃みるく(
ja1252)は、愛する人のためチョコ作りに取り組んでいた。
テンパリングをしっかり行い、口どけ滑らかなチョコを実現。なかなかの腕前だ。
「ふわー。チョコ作りって繊細なんだなあ……」
感心したようにみるくの手元を覗きこんでいるのは、藍那湊(
jc0170)
「あ、湊くん。冷蔵庫からサクランボを取ってもらっても良いですか?」
「了解。サクランボだね」
湊は二つ返事で応えると、冷蔵庫のドアを開けた。
その瞬間! なんと冷蔵庫がロボットに変形!
そう、これは冷蔵庫に擬態したヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)だったのだ! もうなんでもアリだな!
「お、お義父さん!?」
「かかったなアホが! おまえを湯煎してメルティにしてやんよぉ!」
などと言いながら、地味に痛いV1アームロックをかけるヴァルヌス。
「いたたたた! 降参です! 降参します!」
タップしようとして、湊はヴァルヌスの背中を軽く叩いた……つもりが、なぜか手が滑って『痛打』をぶちこんでしまった。家電の扱いは難しいな! 義父を家電扱いってどうなんだ!?
「く……っ! 今日のところは引いてやるが、娘はやらんぞ!」
悪役っぽい捨てゼリフを吐き捨てると、ヴァルヌスは早々に撤収した。
だが、この襲撃はカムフラージュ!
撤収したと見せかけ、透過&電磁迷彩を駆使して、ラッピングされていたみるくの手作りチョコをハバネロ激辛チョコにすり替え! な、なんというチョコ泥棒! せこい!
「はぁーはははは! チョコはいただいた! こんなものを、どこの馬の骨ともしれぬ男に食わせてやるか! なになに? 『最愛の人へ みるくより感謝をこめて』だと? ふ……、あんな若造に、このチョコはもったいない!」
メッセージカードを投げ捨てると、ヴァルヌスは走りながらチョコにかじりついた。
「こ、これは……すばらしい! 素晴らしいぞ! 見ろ、この創意工夫を! なんと、カカオを水で煮出したジュレをセンターに仕込んでいる! 外側のチョコも凄くなめらか! これは……チョコの旨味を純粋に楽しむ、究極のチョコ! 成長したな、娘よ……!」
感涙にむせびながら、盗んだチョコで走りだす……じゃなくて盗んだチョコを食べるヴァルヌス。
娘は成長してるというのに、この親父ときたら……。
さて、そんな茶番のあと。
制作中だったチョコが完成した。
一個だけではない。中央部に、サクランボの砂糖漬けや塩キャラメル、ラムレーズン、木苺を裏ごししたガナッシュ等を仕込んだ、バリエーション豊かなアソートだ。
「湊くん。すこし早いのですが、ハッピーバレンタイン……です。……なにかこう、疲れた顔してますけど、どうしました?」
例によって、みるくは作業に夢中でヴァルヌスに気付かなかったのだ。
「いや、なんでもないよ。……それより、あっちでライブやるみたい。見に行かない?」
「いいですね。行きましょう」
そんな感じで、騒ぎは収まった。
ちなみに明朝、ヴァルヌスの自宅に激辛チョコが配送されることになる。もちろん彼自身のすりかえたブツなのだが、あの最高のチョコが自分宛てだったことを知ったヴァルヌスは感動のあまり激辛チョコを食べてしまい、壮絶に爆死するのだった。
以上! 第4話『荒野の決闘! ヴァルヌス、暁に死す!』完!
……え、どこが荒野なんだって? ヴァルヌスの自宅が荒野なんだよ!
次回、第5話『禁断の恋! 義父と接吻!?』
おたのしみに!
そんな中。実習室の一画では、なにやらステージの準備が進められていた。
中心になって動いているのは、咲魔聡一(
jb9491)
使われてないイスやテーブルをどけてスペースを確保し、照明機材や舞台装置を配置してゆく。いずれも、彼の治める『久遠ヶ原学園第三演劇部』から持ちこんだものだ。衣装やメイクなど、小道具の用意もぬかりない。
「子鹿さん、スピーカーはそこへ。ピアノはあっちに置いて」
「はわわ……!」
聡一の指示に従って、小鹿あけび(
jc1037)はコマネズミみたいに働いていた。
高校生には見えないほど小さいが、これでも立派な撃退士。グランドピアノを担いで運ぶぐらい楽勝だ! たぶん楽勝だ!
ゲリラライブなので、準備に時間はかけられない。ほかのメンバーも手伝って、手早く舞台がセットされる。
じきに形が整うと、聡一は皆に指示を出した。
「衣装も小道具も欠けてないね。メイクも済んだし装置も無事設置できた、と。OK、じゃあ照明の位置を調節するから、みんな実際の位置に立ってみて」
すると、メンバーたちは所定の位置へ散っていった。
聡一を除いて、ぜんぶで4人。
皆そろって、制服をアレンジした衣装を身につけている。
1人目は、ショートパンツにニーハイソックスの桜椛(
jb7999)
白のベレー帽をかぶり、イメージカラーのオレンジ色のリボンが胸元を飾っている。
手にした楽器は、ソプラノサックス。
「みんな、今日は来てくれてありがとう! さあ、ボクたちと一緒に踊ろう! 歌おう!」
元気いっぱいの呼びかけに、参加者全員の注目が集まった。
2人目は、ギター担当の雪之丞(
jb9178)
ふだんは男装しているが、今日は皆とおそろいの女子制服だ。
リボンは水色で、クールな外見によく似合う。
「自分はギターの雪之丞、今日はよろしく頼むな」
どこか恥ずかしそうなのは、ほかのメンバーが可愛い子ばかりだからだ。実際、彼女だけが大学生で他は全員高校生なので、アウェー感ただよってる。
3人目は、ピアノのあけび。
リボンの色はピンクで、かわいらしい帽子をかぶっている。
譜面台には、FVGと書かれたカバー。それを囲むように、ハートのマークが刻まれている。
「バ、バレンタイン当日に向けて、音楽で皆さんの気分を盛り上げたいです!」
緊張気味に言うと、あけびはピアノの前に腰を下ろした。
しかしピアノに触れたとたん、スッと落ち着きを取りもどす。
そして最後にステージ中央に立ったのは、川澄文歌(
jb7507)
このゲリラライブを計画した発起人である。リボンは青。楽器は持ってない。
「みなさん、こんにちはー! 私たちは、フライング・バレンタイン・ガールズ! 略してFVGです!」
文歌がマイクを取ったと同時に聡一が照明を操作して、ピンライトをあてた。
客席──というか実習室のあちこちから、「おおー!」という歓声が湧く。
「恋する乙女の応援歌,いっくよー!」
文歌の号令で、演奏が始まった。
まず入ってくるのは、軽快なピアノのリズム。
そこへギターが切りこんできて、ポップなメロディを作り出す。
追いかけるようにソプラノサックスがユニゾンを刻み──走りだしたアンサンブルの上に、文歌のヴォーカルが乗っかった。
♪気になる彼は いるけれど
見守るだけでいいって思ってた
あの子が彼を 気になるって
聞くまでは
とにかく恋活 はじめなきゃ
デパチカで想う 恋のヒ・ト・ト・キ
彼の心臓を 射抜く
恋の戦場☆バレンタイン♪
サビの部分では、椛もサックスの手を止めてコーラスに参加。
用意したバラの花束から一輪ずつ観衆へ放り投げ、得意のダンスで盛り上げる。
一方、雪之丞が投げているのはチョコレートだ。
そのパフォーマンスのあいだ、あけびがピアノソロでつないでいる。
ソロが終われば、曲は二番へ。透きとおるような文歌の歌声が、恋する少女の応援ソングになって響きわたる。
そして、クライマックスへ。
聡一の召喚したパサランがメンバーたちの頭上から花びらをまきちらし、椛の「ハッピーバレンタイン!」という掛け声で全員が光纏。華やかに煌めくアウルがステージを染める中、3種類の楽器が同時に最後の音を刻んで、曲はきっちり終わった。
一瞬遅れて、拍手と歓声。
雪之丞がギターをかかげて、「みんな今日はFVGのライブに来てくれてありがとうー!」と声を張り上げた。
椛は「皆と歌えて楽しかったよ!」と、笑顔で他のメンバーとハイタッチしている。
最後に裏方役の聡一もステージに呼んで、5人そろって締めのお辞儀。
そして、聡一の主導ですばやく撤収!
『上演前より綺麗に』が撤去の基本だ!
べつに、早くかたづけてチョコレートを食べたいとか思ってるわけではない!(
そんな感じで、FVGの初ステージは無事終了。
そこへ、湊が花束をかかえてやってきた。
「みんなおつかれさま。すごくよかったよー」
おなじアイドル仲間として、文歌たちをねぎらう湊。
しかしメンバー5人に花束を手渡すと、あとには赤白2輪の椿が残ってしまった。
じつはこれ、みるくのために用意したプリザーブドフラワーの髪飾りなのだ。
「椿の赤の花言葉は、気どらない優美さ。白は、至上の愛らしさ。……きみの髪色の椿は『恋しく思う』だってさ。僕のアイドルは君だから、ね」
キザなことを言って、みるくの髪に触れようとする湊。
普段あまり触れないからって、機会をうかがってたりするわけじゃないよ!
だが、その瞬間!
「娘にぃぃ! さわるんじゃああ、ねええええ!!」
緑の悪魔ロボが光の速度で走ってきて湊を吹っ飛ばし、だれにも気付かれぬうちに駆け抜けていったのであった。
……うん。色々ひどいな。
まぁそんなこんなで騒動も一段落つき、試食コーナーに人が集まってきた。
並んでいるのは、見るだけで頬がとろけそうな絶品スイーツから、見るだけでSAN値直葬の暗黒スイーツまで、じつにさまざま。
「皆様……紅茶が……入りました」
平静を保ったまま、秋姫がティーカップを運んできた。
甘いチョコレートにあわせて、すこし濃いめの紅茶である。
「紅茶wwwウケるwwwwチョコにはレモネードだろwwww」
いきなり草を生やしたのは、夜月だ。
どうやら恋音の撃退酒ボンボンを食べたらしく、べろんべろんに酔っぱらっている。
「いいえぇ……チョコには牛乳ですよぉ……」
張本人の恋音も、すでに泥酔状態だった。
しかし、その両手に握られているのはまぎれもなくチューブ入りバター。
彼女は激しく酔っぱらうと、牛乳と乳製品の区別がつかなくなるのだ。
「落ち着いてください、恋音! それはバターです!」
雅人が慌てて止めた。
「バターは牛乳ですよぉ……?」
「正気にもどってください!」
パンパンと恋音の頬をはたく雅人。
だが、真性Mの恋音には逆効果でしかない!
「ああん……先輩ぃ……もっとぉぉ……♪」
「フオオオオ……ッ!?」
それはラブコメ仮面に変身するときの掛け声ではなく、恋音の超質量おっぱいに押しつぶされて窒息する断末魔の悲鳴だった。
まぁ久遠ヶ原ではよく見かけられる光景なので、たいして驚く者はいない。
というか、気付けば大半の参加者が試食コーナーでブッ倒れていた。
コズミックホラーに登場する呪物みたいなものを口に入れたら、そうなるのも無理はない。
なんだ、ぜんぶ雫のせいか。……いや、夜月と黒百合のチョコも大概だ。
そんな死屍累々の試食コーナーで、鷺谷明(
ja0776)は平然と……というより、むしろ愉しげにチョコレート菓子を食べていた。
なにしろ三度の飯より三度の闇鍋が好きな男なので、たいていのゲテモノは問題ない。
殺人チョコをぼりぼり食べながら、明は饒舌に語る。
「いいか。バレンタインといえば、あれだろう。聖ヴァレンティヌスの殉教。だが、ほとんどの人はそれを知らない。由来も知らずして祝うなんて、きっと製菓会社の陰謀だよ。巷でよく言われてるあれ。真相なんてどうでもいいけど、そっちのほうが面白いから多分きっとそうなんだ。……まあいいや。おいしいものは食べるが吉だから、いただきます」
おお、この男には雫のスイーツ攻撃が効かないのか!? 雫の手作りスイーツといったら、神器アドベンティ以上の破壊力があるんだぞ! 『詳細』には、『食べたら死ぬ』って書いてあるんだぞ!?
「なにか色々言われてるような気がするけど、相談卓を見てて思ったんだ。まじめにやってる人が多いから、あんまりはっちゃけるのも悪いかなっと。……うん、だから爆破オチで済ますことにした。だいたいさ、牛さんのコメディなんだからさ、これでいいんだよ、これで。……それ、ぽちっとな」
どこかから取り出した謎のスイッチを明が押した瞬間。
轟音とともに大爆発が起こり、あたり一面を木っ端微塵に吹き飛ばした。
遠くから眺めれば、そこに立ち上るのはドクロ型のキノコ雲。
こうして、フライングバレンタインデーは炎と爆煙の中で無事に閉幕したのであった。
鷺谷明がいるかぎり、この世に撃退士は栄えない!