この依頼を受けたとき、月乃宮恋音(
jb1221)は考えた。
玲汰にやる気を出させるには、どうすればいいかと。
ぶっちゃけ色仕掛けで迫れば(ry
だが、まじめな恋音の策は違った。玲汰と似た境遇の生徒は他にもいるはずなので、今回の家事指導をモニタリングという形で依頼にしてしまうことにしたのだ。
「なるほど。さすが『教授』とまで呼ばれる月乃宮さん。いいでしょう、その案を採用します。報酬は私が払いますので」
と、九鬼麗司。
「ありがとうございますぅ……。それで、玲汰さんへの報酬ですけれどぉ……金銭ではなく、冷蔵庫を譲ってあげてほしいのですよぉ……」
「ふむ……甘やかしてはいけませんが、依頼の報酬という形であれば納得です。さっそく手配しましょう」
という流れで、やすやすと冷蔵庫をゲット!
これはもう『教授』じゃなくて『詐欺師』だ!
さらには、V家電のモニタリングと称してV掃除機とV洗濯機まで入手するという荒技を披露。『アウルの訓練にもなりますよぉ……』などと、玲汰を焚きつけるのも忘れない。
そんなわけで、冷蔵庫、洗濯機、掃除機があっさり玲汰のものに! 楽勝だな!
って、恋音ぇぇ! コネ使いすぎぃぃ!
一方、シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)は、こう考えた。
実家だと、すべての家事は給仕や召し使いがやってくれた。おかげで家事は不得手だが、久遠ヶ原に入学して今年で3年目。フィアンセとの新婚生活を成功させるためにも、花嫁修業は欠かせない。玲汰君の私生活を改善させるついででも良いから、あわよくば私も一人前の女性として家事をこなせるようになりたい──
「ということで、私も玲汰君と一緒に学ぶことにいたしました。ご学友の皆さん、どうかご指導ご鞭撻よろしくお願いします」
あつまった学生たちの前で、シェリアはぺこりと頭を下げた。
「あの……お姉さんも家事が苦手なんですか?」
と、玲汰。
「苦手などというものではありません。……が、その前に玲汰君。まずは挨拶です。最低限のマナーですよ」
「あっ、ハイ! 初めまして。杜玲汰、小等部5年です」
「私はシェリア、高等部3年です。いいですか、玲汰君。全寮制の学園生活で一番大事にすべきは、なによりも交友関係。最初に出会う時と最後に別れるとき、校内でもそれ以外でも挨拶はしっかりすべきです。こういうのは心構えの問題でもあるから、周囲からの印象だけでなく自分自身のけじめにもなります。少なくとも根暗扱いはされません」
「はい!」
「あと、大人の女性に年齢を聞くのは厳禁。社交マナーとして当然ですね。逆もしかり。高等部3年のくせに身長が中学1年生の平均身長以下なのが原因で、同級生に下級生扱いされて泣いちゃった子もいるんです! 女性にデリケートな発言は控えること!」
「は、はい!」
お察しのとおり、シェリア自身のことである。
大丈夫、ロリコンにはモテる!
「レイター、おまえ……」
汚部屋の惨状を前にして、リリィ・マーティン(
ja5014)はワナワナ震えだした。
いままで何度か目をかけてきただけに、裏切られたかのようなショックだ。
これは厳しく接するしかないと判断し、海兵隊式新兵訓練モードに入るリリィ。
「Attention(気をつけ)!」
「Yes, Ma'am!」
「いいかレイター! この世で私が一番許せないのは、祖国を脅かすものと、決まった場所に決まったものがないことだ! よく考えろ、弾はどこに入れる!? マガジンはどこだ!? そのへんに散らばせていては、銃は撃てない!」
「はい!」
「口で言ってもわからんか? そうだろうな。貴様に人間の言葉が理解できるとは思えん! 口で言ってわからん者には、体で覚えてもらわねばならんな! 腕立て用意!」
「はい!」
あわてて腹這いになる玲汰。
だが、そこでリリィが彼の肩を叩いた。
「……と、私も昔よく母に怒られたものだ。……ん? なにを怯えている。ジョークだジョーク。HAHAHA!」
「はは……」
「しかしだ、レイター。粗末な食べ物しか手に入らない状況で何も行動に移さないのはいただけない。あらゆる動物は、生きるために食わなければならん。食料が買えないのなら、狩るしかない。蛙や鳥は貴重な蛋白源になる」
「それはちょっと……」
「別に狩猟生活をしろと言ってるわけじゃない。そうやってでも、生きることに貪欲になるんだ。兵士は死んでしまっては役に立たんからな。死ぬまで生きようともがけ。文明の中だけで物事を考えるなレイター。私の戦場は……水すら貴重な砂漠だった。いいかレイター、日常生活は全て戦場での生活にリンクしているぞ! がんばれ!」
「はい!」
家事の教育にはなってないが、精神的な教育にはなったようだ。
「さーて、家事の指導ね! まずは掃除の時間よ! あたいに続けー!」
玲汰の部屋へ駆け込んでくるなり、雪室チルル(
ja0220)は発破をかけた。
掃除の極意を叩きこむため、まずは掃除用具の準備だ。
「掃除機を買う予算なんかないはずだから、まずは室内用の箒と塵取りと雑巾を……って、掃除機あるじゃない! 聞いてた話と違う!」
走ってきた勢いのまま、スッこけるチルル。
「えとぉ……すみません……思ったより簡単に、家電品が……」
恋音が頭を下げて、掃除機のノズルを胸の谷間にギュッと挟んだ。
そのとたん。
ズドオオオン!
なぜか爆発する、V掃除機!
ついでに、洗濯機と冷蔵庫にも誘爆!
恋音の特異体質がアレでアレったせいだ!(説明放棄!)
「よくわからないけど、それなら予定どおり箒と塵取りよ!」
玲汰の腕をつかむと、チルルは走りだした。
そして、中古の掃除用具を求めて学園の倉庫へ。玲汰が使うものなので、彼自身に気に入ったものを選ばせる。壊れているものはガムテープで応急修理だ。なにしろ広大な学園なので、こういう中古の日用品はタダで手に入る。ただし雑巾だけは衛生面を考えて新品だ。
「これで最低限の掃除用具はそろったわ! さぁやってみなさい! 掃除自体は学園でやってるのと同じよ! ほら、気合入れて頑張る!」
「ひぃぃ〜」
箒で尻を叩かれて、玲汰はしぶしぶ掃除をはじめた。
まずは箒と塵取りで床掃除。その後、床やコタツを雑巾で拭いてゆく。
チルルの基本方針は『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』というスパルタ方針。ただしチルル本人が勢いだけでやってるので少々怪しい。
チルル自身も中等部に来た直後ひとりで色々と苦労したので、玲汰の境遇は他人事ではない。いつも以上に真剣だ。掃除に関する教訓を織り交ぜつつ、根気よく教えるチルル。……だが彼女の根気が尽きるのはわりと早い。
「まぁこんなものかしら。最初に比べたら綺麗になったじゃない? フフーン! 教えるあたいが天才だからこそ! ざっとこんなもんよね!」
かなりテキトーだが、チルルにしては頑張ったほうだ!
ちなみにシェリアも、箒で尻を叩かれながら掃除してたよ!
(そもそも、なんで寮母さんいない寮に入ったんだろ……)
素朴な疑問を胸に、礼野明日夢(
jb5590)は玲汰のもとへやってきた。
……あれ? 寮母のいる寮に引っ越せば全て解決じゃね? と頭の悪いMSは今ごろ気付いたが、なにもかも後のカーニバル!
というわけで、明日夢のターン!
まずは、玲汰にやる気を出させる作戦だ!
「玲汰さん、家事できるようになったほうが絶対に良いですって! だって、この学校で恋人できたら絶対共働きでしょ? 家事できる人のほうが好感度高いって、お姉ちゃんも言ってます。それに戦闘依頼だけが撃退士の仕事じゃありません。僕のお姉さんとか、姉さんの親友とか、大規模以外は戦闘依頼1度も受けたことないのにLV上がってるんですよ」
「恋人なんて、まだ早いです」
「そんなことありません。いざというときのためにも、新しい出会いのためにも、家事を身につけましょう。……というわけで、僕の担当は洗濯です」
「汚れたら新しい服を買えば……」
「洗ってまた着るほうが、毎回新しいもの買うより遥かに経済的ですよ。それに復興地域の警護依頼なんか受けたら、毎回新しいもの買うなんて無理。依頼直後でもない限り、清潔に保っておかないと病気流行しちゃいますよ?」
「うーん……他人に迷惑はかけたくないですけど」
「お洗濯って、寮の皆どうしてるんですか? 部屋小さいし洗濯機置けそうにないかな?」
「洗濯機は爆発してしまったので……」
「は……?」
「え……?」
という会話が交わされるのを、川内日菜子(
jb7813)は複雑な表情で見守っていた。
久遠ヶ原に来て以来すっかり感覚がマヒしていたが、家事ができない小学生なんて普通だ。この学園はハイスペックな小学生が多すぎるが、そもそも戦闘と家事はまったく違う。
「確認するが、共用の洗濯機はないんだな?」
「あ、はい」
「それにしたって、いちいち服を買い捨てる金があるなら、コインランドリーを利用したほうがマシだ。毎日洗う必要はない。一人暮らしなら、2、3日分ためて洗うくらいがベターだろう。一度の洗濯でも、コインランドリーでは料金が馬鹿にならないからな。たいてい乾燥機もあるから、外干しで雨に濡らしたり部屋干しで臭いがつく心配もない。おすすめだ」
「コインランドリー、使ったことないので……」
「なら、使いかたを教えよう。いますぐにだ」
「はい!」
──1時間後。人生初の洗濯を終えた玲汰は、ぐったり顔で部屋に戻ってきた。
手には大量の洗濯物。
日菜子は、百均で買った深底のカゴを持っている。
「いいか。タンスがなくとも、洗濯物をたたんでここにまとめれば整頓できるぞ。それからコインランドリーでの注意点だが、ほかの客にも配慮すること。洗濯が終わったのに長々と洗濯物を放置するのは厳禁だ。終わるまで待つか、終わるころには戻るように」
「はいぃ……」
玲汰はすっかり疲れ切っていた。
が、指導はまだ終わらない。
「では、洗濯物の畳みかたを教えます」
ぐちゃぐちゃに突っ込まれた玲汰の服を、明日夢が取り出した。
「このまましまえばいいんじゃ……」
「そんなことしたら、シワだらけになっちゃいますよ」
「シワだらけでいいよ、もう……」
「駄目です。簡単だから覚えてください」
「うぅ……」
しかし、やりはじめればコツをつかむのはうまい。
洗濯物の畳みかたを覚えた玲汰に、明日夢は用意しておいた段ボール箱を手渡した。
「ズボン、シャツ、下着ぐらいに分けて、段ボールに詰めてください。中身をマジックで書いておけば、わかりやすいですよ。タンスがないうちは、これで」
「うむ。お洒落に目覚めて服が増えたら、すなおにタンスを買うのだな」
日菜子が締めたところで、洗濯指導おわり。
しかし、このハイペースぶりにシェリアはついていけたのか……?
「駄目だな〜、ボクでも料理ぐらいはできるんだよ」
調理教習担当は、なぜか不破十六夜(
jb6122)だった。……って、なにゆえ!?
『味付けを除けば料理はできる!』らしいが……。
「まずは、魔具と魔装を全部外してナイフ一本で樹海を行こうか」
とんでもないことを真顔で言い出す十六夜。
玲汰は「樹海!?」と言ったきり固まってしまう。
「大丈夫。極限状態まで陥れば、調理の一つや二つできるようになるし、なんでも食べれるから」
「その前に死んじゃいます!」
「いや、あの……冗談だよ? いくらなんでもそんな非人道的なことはしないし、サバイバル知識を得ても一般生活で役に立たないでしょ」
「そ、そうですか。よかった」
玲汰の気分をほぐそうと冗談を言った十六夜だが、これは逆効果では……。
「それじゃ本番ね。ご飯さえ炊ければ、料理の幅は広がるよ。無洗米っていうのもあって、お米と水の量をまちがえなければ炊飯器に入れてスイッチONするだけだから。自炊の良いところは自分好みに味付けできることだよ」
肝心の炊飯器は、恋音がV炊飯器を入手済みだ。
というわけで、チルルの指導によって綺麗になったキッチンへ。
「おかずは干物系に限定ね。いろいろ種類があって飽きないし、調理も簡単だから。まず、お手本を見せるよ」
十六夜はアジの干物を用意すると、フライパンをコンロにかけた。
そして、説明しながら焼いていく。
「身に油が染み出てきたら、ひっくり返すタイミングだからね。多少は生でも平気だから、焼き過ぎには気をつけて」
「はい!」
メモをとる玲汰。
「野菜はお漬物で良いかな? 自分で作るには上級すぎるから、市販品で大丈夫」
「はい!」
「いや〜、家だと台所を出禁にされてるから、久々にお料理できたよ。まったく横暴だと思わない? ボク好みの味付けしただけなのに」
どう考えても役割分担が……。
ちなみに、補佐役だった恋音はV掃除機で死んでる。
無論、十六夜の手料理を試食した玲汰とシェリアも恋音の後を追った。
「話は聞いたよ、杜君。家事が得意な子は他にいるから、私は経済的な面をサポートしてあげる」
桜花(
jb0392)は、いつになく真面目な顔で玲汰の部屋を訪れた。
「おねがいします!」
「まずは、家財道具をそろえるためにお金をためないとね。杜君、家計簿はつけてる?」
「いえ、全然」
「収入と支出は把握しておいたほうがいいよ。実家に仕送りしてるって話だけど、けっこう無理してるんじゃない?」
「それはまぁ……」
「最低限の家財がそろうまで、一時的に減らせない? 杜君の生活が成り立たなくなったら仕送りだって出来ないんだし」
「そうですね……親に相談してみます」
玲汰はそう答えたものの、実際は難しそうだ。
そこで桜花はニヤリと笑う。
「でもね、杜君。じつは一番安く生活できて、家事スキルも高められるという素晴らしい方法があるんだ」
「え、どんな方法ですか?」
「それは……私と同居することだよ!」
「どっ、どーきょ!?」
「そう! 一部屋で生活すれば家賃も減らせるし、一緒にお風呂に入れば水道代も減らせる! 食費だって二人分いっぺんに作れば節約になるし、洗濯も一度に二人分やれば水道代も電気代も減らせる! 掃除だって一部屋なら電気代を減らせるし……なにより二人で一緒に家事のお勉強ができる! 完璧な案だよね!」
「あの、ちょっと話が飛躍しすぎで……」
「遠慮しないで。私も最近変なストーカー(妹)に少し恐怖を感じ始めてたから、男の子の同居人がほしかったんだ。これも一つの依頼だと思って……さあ! 報酬も(体で)払うから!」
「そんな強引な……ていうか、なんで光纏してるんですか!?」
「気にしないで! さ、一緒に布団買いに行こう!」
有無を言わせず話をまとめると、桜花は玲汰の腕をつかんで引きずっていった。
「なるほど。そういう手がありましたか……みごとです」
引きずられていく玲汰を見て、麗司はうなずいた。
その後、桜花たちの同棲生活がどうなったかは、当事者のみぞ知る。