「ほんっとに冗談じゃないわ。なんで、この私の華麗なるデビュー戦が、よりにもよってゴ……連中なのよ!」
やってられっかと言わんばかりに大声を張り上げたのは、陰陽桃色颱風・赤星鯉(
jb5338)。
それを聞いてコクリとうなずくのは、桐原雅(
ja1822)だ。
「正直、ボクも戦いたくはないんだけど。でも……逃げるわけにはいかない。だってボクらは撃退士だから、ね」
たのもしい言葉だが、心なしか足が震えているようだ。
「ゴキブリなど山でよく見かけたでござる。ぜんぜん平気でござるぞ!」
元気いっぱいに宣言する静馬源一(
jb2368)も、おなじく足がぷるぷるしている。無理にテンションを上げて恐怖をごまかそうとしているのだ。
「……こ、怖いというよりも、その、気持ち悪いですねぇ……」
月乃宮恋音(
jb1221)もまた、声が震えていた。
そんな源一と恋音の頭をなでなでしながら、桜花(
jb0392)は強気に言い切る。
「大丈夫! いざとなったら私が全部かたづけるから!」
「おお。たのもしいですね。しかし無理は禁物です。年齢的にもジョブ的にも、俺が皆さんの盾になるつもりですから。……恐ろしい敵ですが、しっかり守りますのでおまかせください」
キリッと断言したのは、樋熊十郎太(
jb4528)。
だが、じつはこの男。前回のゴキブリディアボロの報告書を見たため敵が貧弱貧弱ゥなことを把握しており、ストレス解消にやりたい放題やる予定である。ヨーヨーとバット持ってくればよかったのに!
「ごきぶり……。にがして寮の食堂にきたらたいへんだねー。みーんなやっつけなくっちゃね」
おっとりした口調の天月楪(
ja4449)は、やけに目がすわっている。小学生主夫として、厨房の敵は許せないのだ。
「ふふふ、古来より対策が完成しているゴキなぞを使うとは! お湯、洗剤、新聞ソードの三種の神器にて成敗してくれるわー!」
はっはっはと哄笑するのは伊藤辺木(
ja9371)。こちらはこちらで、インフィルトレイターのくせに銃器を持たず、おまけに防具いっさいナシという裸装備で参戦。……って、おい、死ぬぞ!? これは海水浴イベントじゃないんだぞ!?
そんな感じで、やる気があるのかないのか判別しにくい彼ら八名は、二十匹のゴキボロ軍団と正面から向かいあった。
二本足で直立し、ビシッと整列するゴキボロたち。手にはアサルトライフルやロケットランチャー。まるで訓練された軍隊そのものだが、中にはピコピコハンマーや対象年齢五歳ぐらいの魔法少女ステッキを持つ者もいる。この軍団を作り上げた悪魔は、ちょっと、だいぶ、かなり、アタマがパーなのだ。
とはいえ、ロケランは本物。まともに食らえばタダではすまない。裸同然の辺木が食らったら、まちがいなく即死する。さらば辺木!(殺す気満々)
けっこうシャレにならない相手だが、なにより恐ろしいのは『二メートルのゴキブリ』という、その事実。なにしろキモい。見ているだけで背筋が寒くなるほどだ。
雅と源一はすっかり萎縮し、恋音も表情がひきつっている。
しかし、いちばん様子がおかしいのは桜花だ。
「だ、だ、だいじょうぶ、たぶん、だ、だいじょうぶ、だよ……」
ついさきほど『いざとなったら私が全部かたづける』と息巻いていた彼女は、どこへやら。二メートルのゴキブリを目にして、やはり怖くなったらしい。さりげなく小学生二人組の楪と源一の手をにぎりしめているのは、助けるつもりなのか、助けてもらうつもりなのか。それとも単なるショタコンなのか。はい、ショタコンでした。
「「「デュワッ!!」」」
ゴキボロたちが一斉に雄叫びをあげ、突撃を開始した。
反射的にアイマスクを取り出し、装着する雅。
見た目がキモいなら見なければいいという、とても正しい理論にもとづく行動だ。──いや? あの? 雅さん?
「な……! なにも見えない!?」
愕然とする雅をゴキボロたちが取り囲み、分厚い事で定評のある作家の文庫本やバールのようなもので袋だたきにした。これは痛い。最後にロケット弾がぶちこまれ、十メートルぐらい吹っ飛んで動かなくなる雅。
「馬鹿な……たとえ目が見えなくても、心眼で見切れるのがお約束のはず……(ガクッ)」
残念ながら修行が足りなかったようだ。あと、理論も正しくなかったかもしれない。
「よくも仲間を! ゆ゛る゛さ゛ん゛!」
変身(光纏)せず生身のまま突進してゆくのは、十郎太。
やめてください死んでしまいます。
「ぐわああああ!」
予想どおり、銃弾の雨を浴びて返り討ち。コメディじゃなければ重傷判定だ。
「おのれ、G!」
立ち上がり、手刀を目の前にかざす十郎太。
p(o・へ#)ギリギリ……
。(・\#) c(・へ#)/
コウ…\(・へ#\…テンッ!
バッタライダー黒RXの変身ポーズを決め、ヒーローマスクを装着!
「俺は太陽の子! 十!郎!太!」(語呂悪すぎ)
「「おお……!」」
仲間たちの間から、どよめきが湧いた。
桜花と源一が、たよるような視線を向ける。
そんな彼らをサックリ裏切って、「みんなスマン!」と言い残し小天使の翼で逃走するヒーロー!
「だってキモイし!」
汚いな、さすがモテないディバインナイト汚い!
傷つくことを恐れたら、地球は悪の手に沈むんだぞ!
仲間を見捨てて真っ先に逃げるという画期的なヒーローを目の当たりにして、唖然とする撃退士一同。
そんな彼らをよそに、バーサーカー赤星鯉はふつふつと怒りをたぎらせていた。
「ほんとうにキモい連中ね……。でも、なにより気に食わないのはGの強みをすべて失っていることよ。Gはシャカシャカ走るから怖いの。武器など持っていないからこそ恐ろしいのよ。人とは遠くかけ離れた存在。なにを考えてるか、わからない恐怖。そこが奴らの強みにも関わらず、よりによって人に似せてしまうという愚行。……ならば、この天才陰陽師たる私が教えてやらなければ。醜く愚かな存在に、そのアイデンティティを!」
カッと瞳が輝きだし、鯉は言い放った。
「そっちが人のまねをするなら、こっちはGの動きを模倣した陰陽形意拳で勝負よ!」
地面に腹ばいになり、カサカサッと四つ足で走りだす鯉!
おお、まさかゴキブリの動きをまねる拳法とは! 形意拳の創始者が見たら卒倒しそうな光景だ!
そして、見よ! この完成された動きを! 一挙一動にいたるまでゴキブリの動きをトレースした動作は、もはや職人芸! 一体どこで身につけたのだろう。通信講座か。はたまた独学か。夜な夜なゴキブリのまねを練習する女子中学生とは、新機軸にもほどがある! いや昼間練習したっていいけど!
「さぁ、Gの誇りを取りもどしなさい!」
心までゴキブリになりきった鯉は、本物よりも本物らしい動きで急発進&急停止。そして、バサッと飛翔(ただのジャンプ)!
ドカカカカ!
ダダダダダダ!
パキューン! チュイーン!
蜂の巣になって倒れる鯉!
いやいやいや。待て待て待て。たしかに笑いを取りに行ってくださいって言ったけど! 言ったけども! ここまでしてくれとは言わなかった! ゴキブリに誇りを取りもどさせる前に、あなたは女子中学生の誇りを取りもどしてほしい!(切実)
これで三人が脱落。裸装備の辺木は戦力外なので、残りは実質四人だ。
いっぽう、ゴキボロは一匹も減ってない。……だいじょうぶか、これ。行き当たりばったりで書いてるから不安だ。
「とにかく作戦どおりいこうぜ!」
辺木の言う『作戦』とは、罠を使って敵を一箇所におびきよせ、一網打尽にするというものだ。
この作戦のために辺木が用意したのは、『ゴキのバカ や〜いや〜い』と書かれた看板。
──すまん、辺木。キミの生きて帰る姿が、どうやっても想像できない。
「……でも、作戦って言っても最初から集まっちゃってるんですよねぇ。意味なかったかもしれません、これ……」
そう言って、恋音は誘引剤を取り出した。
そのとたん、怒濤の勢いで押し寄せてくるゴキボロ軍団!
「「「デュワァッ!!」」」
「……っ!」
気色悪さのあまり、恋音は立ちすくんだ。あわててファイヤーブレイクを放つと、至近距離で命中。爆発と同時に飛び散った体液が、ビチャッと顔にはねた。
「…………!!」
顔面蒼白になり、ふらつく恋音。
チャンスとばかりに、桜花がそれを抱きとめる。鼻息が妙に荒いのは、どういうことだろうか。
「えーい! もう、やるしかないよー!」
楪がアサルトライフルを掃射した。
「「デュワァァァ……!」」
何匹かのゴキボロが吹っ飛び、あわれな声をあげた。そして、そのまま立ち上がらない。
楪が目をぱちくりさせ、ほかの撃退士たちも口をあんぐりさせた。
「もしかして、すごく打たれよわい……?」
「そうみたいでござるー!」
源一の『火蛇』が、数匹のゴキボロを焼き払った。
またの名を『油虫』とも呼ばれるとおり、全身ギトギトの油で覆われたゴキ。たいへんよく燃える。現実に、燃えながら走りまわるゴキブリが家屋を全焼させた事例もあるほどだ。
しかし、このゴキボロはそれほどの耐久力を持ちあわせてはいない。二本足で立つことを最優先に作られた彼らは、その代償としてゴキブリ最大の特徴たる生命力や素早さを捨てなければならなかったのだ!
なにもかもが間違った存在、ゴキボロ! はっきり言って弱い! ただキモいだけ!
だが、持っている火器はやっぱりシャレにならない!
ズガァアアアンンン!
グレネードランチャーで放りこまれた榴弾が炸裂し、撃退士たちはまとめて吹っ飛んだ。
コメディじゃなければ全員死んでいる! 最近、コメディって書けば何でも許されると思ってるな、このMSは!
もうもうと立ちこめる煙幕。そして血と火薬の匂い。まるで戦場だ。いや最初から戦場なんだけども。
その煙幕の中、ゆらりと立ち上がる影があった。
「ふ……。ふふ……。ふふふ……」
瞳の光を失い、バーサーカーと化した恋音。その手から放たれるのは、ファイヤーブレイク、ライトニング、そしてエナジーアロー。とどめに中性洗剤!
一匹、また一匹と、ゴキボロが倒れていった。どう見ても死んでいる者にまで魔法を打ち込む恋音は、もはやゴキブリを退治するために生まれてきた殺戮マシーンだ。ゴキブリ殺すべし! 慈悲はない!
そんなG専用殺戮マシーンの背中には、桜花がピッタリ貼りついている。最初の勢いはどこにもなく、いまにも漏らしそうなほどだ。みごとな足手まといぶりである。
「ぅえぇぇぇ……もう、やだよぉ……」
彼女たちの周囲は、巨大ゴキブリの死体だらけだった。
どこを見ても、ゴキ、ゴキ、ゴキ。しかも、バラバラになった脚や頭部があちこちに転がり、ぶちまけられた内臓がドバッと地面に広がっている。無駄にグロい。
「あはははは! ゆずのお城には入れたげないんだよー!」
いつも『ほやや〜ん』としている楪も、恋音と同じく瞳のハイライトを失って機械のように銃を撃ちまくっていた。
そのとなりでは、源一が震えながらも必死に応戦。
よく見れば、まともに戦っているのは、恋音、楪、源一の幼い三人だけだ。
最年長の十郎太は、けなげにがんばる年下連中を眼下に眺めながら「それはGの罠だ!」とか「Gに違いない!」などと意味不明なことを叫ぶばかり。(注:彼は反抗期です)
そして辺木はといえば、戦場のまっただなかで新聞紙を丸めている。マイペース! ──いやマイペースって次元じゃないけど、これ。
やがて完成した新聞ソードをしげしげと見つめた彼は、「だめだ! こんなもん効くわけねえ!」と最初からわかりきっていることを言いだし、新聞ソードを放り捨てるや、今度は段ボールブレードを作りはじめた。(注:彼は自殺志願者です)
元運送業の辺木、配達員の友である段ボールにすべての運送魂(エクスプレス・ソウル)を注入!
「完成だ! いくぞぉぉぉ!」
運送業の誇りを胸に、段ボールブレードをふりかざして突撃!(注:彼はインフィルです)
迎え撃つのは、対戦車ロケット砲をかついだゴキボロ!
すべての描写をすっとばして、辺木は死んだ!
ありがとう! キミの芸人魂は忘れない!
そのころ、『起死回生』で意識をとりもどした雅は、ひとつの真実に気付いていた。
Gの姿を見ただけで、人間の魂に刻まれた太古からの恐怖の記憶が甦ってしまうということに。つまり、人間のままではヤツらに対抗できない。人間の限界を超越しなければ……。
そして導かれた答えは、これだ!
「ボクは人間をやめるぞ! ニャニャーッ!」
ねこみみカチューシャ、ねこのしっぽ、にくきゅうブーツを装備!
シャキーン! という効果音とともに魔具を換装! キャットクロー!
さらに「シャーッ!」と威嚇音をあげながら『闘気解放』!
そして『死活』!
一匹の獣と化した雅が、躊躇なくゴキボロに襲いかかる!
「「「デュワァァァ……!!」」」
一方的な殺戮劇が展開され、あっというまにゴキボロ軍団は壊滅!
雅が本気で戦ったら、そうなるに決まってる!
──そしてすべてが終わり、地獄絵図のような光景の中、恋音はハッと我に返って周囲をきょろきょろ見回した。ゴキボロ軍団は完全消滅。その三割ぐらいは彼女がぶちのめしたものである。
「……だ、だれがここまでひどいことをぉ……?」
殺戮マシーンと化していたときの記憶はないらしい。あなたが殺ったんですよ?
その背中にぴったりくっつきながら、桜花は完全に茫然自失。楪と源一になぐさめられている。どちらが大人だかわからない。
しかし、それよりひどいのは十郎太と辺木の成人ふたり。
「いくらなんでも、もうすこしマジメにやってほしいですね! まったく!」
「いやあ、つい遊び心が……」
鯉に怒られて、しょんぼりする十郎太。
辺木は返事がない。ただのしかばねのようだ。とりあえず病院に運んだほうがいいと思います。病院が逃げるかもしれないけど。
ともあれ、コメディ依頼にもかかわらず重傷者をひとり出して任務は成功をおさめた。まともに判定してたら重傷者の山だが、ひとりだけで済んだのは奇跡と言うしかない。なんてやさしいMS!
だが、しかし。人類とゴキブリ……じゃなかった、人類と天魔の戦いが終わったわけではない。むしろ、戦いは始まったばかりなのだ。撃退士たちの戦いは続く。──よし、うまくまとまった。
そんな彼らを遠くから見つめる悪魔がひとり。
ふむふむとうなずきながら、こんなことをつぶやいている。
「なかなかやるな、人間ども。……だが、計画は順調に進行中だ。今回の実験でゴキボロの弱点はよくわかった。次こそ完全なるゴキボロ兵団を作り上げ、報復してみせようではないか。くっくっくっく……」