よく晴れた日曜日の、午前10時。
久遠ヶ原学園第3グラウンドで、フリーマーケットが開催されようとしていた。
集まったのは、約250組400人の出品者たち。
および、その数倍の入場者。
レジャーシートや仮設テント、ワンボックスカーなど、出品者たちの『店構え』もさまざまだ。
コスプレや着ぐるみ姿の生徒も多く、その光景はまさにカオス。
だが、久遠ヶ原では日常的な風景だ。
「ではただいまより、歳末恒例チャリティフリーマーケット2014を開催いたします。ご来場の皆さん、今日一日たのしんでいってください」
主催者のあいさつが放送されると、会場全体から拍手が湧いた。
同時にゲートが開かれて、待ちわびていた客たちが入場してくる。
たちまちのうちに、会場は熱気に包まれた。
「思った以上に盛況だな」
会場を見渡して、龍崎海(
ja0565)は呟いた。
彼が持ってきたのは、防災用の非常食。
ちょうど賞味期限が迫っていたのと、天魔被害の支援金のためのイベントということで入場者にも非常食の大切さを理解してもらいやすいのではないかと考えたのだ。
「実際に必要になったとき、自分の口に合わないってなったら悲惨でしょ? 実際に試食してみたほうがいいんじゃないかな」
と言いながら、いくつか試食してもらう海。
非常食の試食会とは珍しいと、興味をひかれた客が寄ってくる。
売れ筋商品は、特売で買いすぎたカップメンだ。安かったので大量に買ったが、思ったより消費しなかったのである。このペースだと賞味期限前までに食べきれないため、力を入れて売りつくす構えだ。
もっとも、非常食を利用するような境遇にならなかったのは良いことだが……。
「おじいちゃんが言っていたのです。『物を大切にする』とは、しっかり使うということ。ただ捨てずに取っておくことではない……と。ちゃんと大切にしてくれる人のもとに行くのが、道具にとって一番の幸せなのです!」
と熱く語るのは、胡桃みるく(
ja1252)
彼女が持ってきたのは、古い家電品や家具、アナログ時計だ。空き缶や金属部品などのゴミを加工して作ったアクセサリー類も置いてある。こういった不要品を修理/加工して別のモノに作り替えるのが、みるくの趣味なのだ。
ついでとばかりに、家電や家具の修理も良心価格で受け付けている。
年配の客には、なかなか好評だ。
が──
「どうしてこうなった……」
みるくの横で、ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)は膝をかかえて体育座りしていた。
なぜか、販売スペースが隣りあってしまったのだ。無論、正体がバレないよう悪魔の姿になってはいるが……。
そんな彼が持ってきたのは、娘(みるく)が小さかったころの古着やベビー用品。それと、古い洋楽の入ったカセットテープとレコードだ。なんとタイミングの悪い。
(あのテープとか、どこか見覚えがあるような……)
当然のごとく、怪しむみるく。
だが、まさかこのロボ悪魔が育ての親とは気付きもしない。
とにかく気付かれる前に売ってしまえと、ヴァルヌスは必死に客引きする。
「レコードも根強い人気があるけど、カセットも再燃の兆しがあるね。聴いた数だけ状態が変わるし、ノイズが心地良いって人もいるくらいで。どうですか、そこのお兄さん。安くしますよ」
「いや……カセットテープとか、再生できないし」
「だったら、隣でラジカセを売ってますよ。セットでどうですか」
わりと強引に売りさばこうとするヴァルヌスだが、なかなか売れやしない。
それを横目に、みるくは鉄鍋を修繕していた。
えらく手慣れた様子に、思わず見とれてしまうヴァルヌス。
(しばらく見ないうちに、アーク溶接まで覚えて……)
などと感慨に浸りながら、我が子の成長ぶりを心の中で喜ぶ馬鹿親。
そんなこんなで、父と娘のアンティークショップはわりと繁盛するのだった。
ふたりの物語は、第3話『娘はやらん編』へと続く(何
そんな中。大量の刃物や鈍器を売っている所があった。
スペースいっぱいに並べられ、あるいは吊り下げられた凶器類が、異様な雰囲気を醸し出している。中には血糊のこびりついた物もあり、久遠ヶ原生はともかく一般客にはちょっとしたホラーだ。
武器の山の向こうで、眼鏡をかけて読書しつつ店番しているのは、雫(
ja1894)
じつはこれらの武器は、すべて彼女のおさがりなのだ。
死蔵されるよりは誰かに使ってもらったほうが良いでしょう、という発想である。
そこへ、新入生が恐る恐るやってきた。
「あの……なにかオススメはありますか?」
「おすすめ、ですか」
本を閉じて立ち上がり、雫は手近の剣を指で示す。
そして、淡々と説明をはじめた。
「こちらの武器は切ることに特化しており、獣系の天魔に対してストレスなく切れます。扱いやすく、初心者にもおすすめです」
「は、はあ」
「こちらの鉄槌は相手の装甲ごと叩き潰す感触を確かめられますが、切るときの爽快感がないのが欠点ですね」
「そ、そうですか」
「爽快感という点では、この血染めの大鎌で敵の首を一刀のもとに刎ね飛ばしたときなど……おや、お客様?」
説明の途中で客が逃げたことに気付き、雫は首をかしげるのだった。
会場の片隅に、人だかりができていた。
その中心にいるのは、鉢巻姿のエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)
台の上には、バナナが山のように積まれている。
これは不要品じゃないだろと客からツッコミが入るが、そんなの関係ねえとばかりにエイルズはハリセンで台をブッ叩きながら口上を切りだした。
寄ってらっしゃい見てらっしゃい ごぞんじバナナのたたき売り
はるか比律賓(フィリピン)で大きく育ち 褐色娘に収穫された
船に揺られてやってきて 遠き故郷を懐かしむ
……くうっ 可哀想じゃありませんか
ここで、わざとらしく涙をぬぐうフリをするエイルズ。
さらに調子を上げて、ハリセンをバンバン叩きながら後を続ける。
こんな可哀想なバナナちゃん せめて買っておあげなさい
売れずに腐って捨てるより おいしく食べておあげなさい
これも一種のボランティア 高い安いは言いっこなし
ああ、奥さん、まいどあり はいよ一房
……ちょっと奥さん、ものほしそうに見ないでよ
しょうがない もう一本、二本……ええい、もってけ泥棒、もう一房おまけしちゃう!
この叩き売りは好評を博したが、規定違反ではないかとの声もあったそうな。
まぁ売れれば勝ちなんだよ!
鳳静矢(
ja3856)鳳蒼姫(
ja3762)夫妻は、『よくもらう土産物屋』というコンセプトで商品を並べていた。
静矢が売っているのは、木彫りの熊。
蒼姫は、無地のハンカチ。
どちらも、100個ほどある。
いや、ハンカチはともかく木彫りの熊100個って……静矢さん、友達選んだほうがいいんじゃないですかね……。今朝まで、家の中は木彫りの熊だらけだったんだろうな……。
「なぜか旅行の土産でよくもらうのだよねぇ」
と静矢は言ってるが、100個ってあなた。商売できますよ。いや実際、こうして商売してるんだけども。
とはいえ、ただ並べても売れないので熊には加工が施してある。
コサックダンスを踊る熊。
ブレイクダンスを踊る熊。
皿回しをしている熊。
さらには、鳳夫妻に似せた熊まで!
すべて静矢が彫ったのだ。
のみならず、現在進行形で新たなクマが掘られてゆく(誤変換
「名工作の彫刻刀に不可能はない! つまり彫刻刀無双!」
静矢の発言は、ときどき意味がわからない。
「いらっしゃーいなのですよぅ☆」
なにか別の世界へ行ってしまった静矢の横では、蒼姫がカラフルな刺繍糸でハンカチをデコっていた。
無地のハンカチでは面白くないので、客のリクエストどおりの動物を刺繍してあげるのだ。
「お客さんは、どんな動物が好きなのです? そうですか、ペンギンなのですねぃ☆」
「え、あ、はい」
「ちょっと待っててくださいねぃ。すぐできますよぅ☆」
という感じで、得意のペンギン柄をササッと刺繍する蒼姫。
「ほら、ペンギンさんの出来上がりなのですよぅ☆」
実際うまくできている。
ほかの動物だって、リクエストされれば応えられるよ。たとえばラッコとかラッコ男とか。
「完成だ……! ついにできたぞ、世界にひとつだけの熊が!」
ドジャアアアン!という効果音をバックに、静矢が見せたのは合計8体の熊を合体させたキング木彫り熊!
「この木彫りの熊を家に置けば、一族繁栄間違いなし!」
「まちがいなしですよぅ♪ へいへいー☆」
「はぁーはははは!」
なぜか踊りはじめる鳳夫妻。
熊を彫りすぎて精神がゲシュタルト崩壊してしまったのか。
まぁ木彫りの熊が自宅に100個もあったら、精神に異常をきたすのも無理はない。
しかも、今回持ってきたのが100個というだけで、自宅には更に多くの熊が眠っていても不思議はないのだ! きっと近所じゃ『木彫り熊屋敷おおとり』とか呼ばれてるに違いない!
ちなみにキング木彫り熊は、前衛芸術として好事家に売れた。
寄付のためのフリマと聞いて、黒井明斗(
jb0525)は喜んで協力していた。
商品に選んだのは、古本と古着。
本は、生物・自然関連のハードカバーに、小・中等部用参考書。少々マニアックな、武将の戦術解説書など。
服は、小等部から中等部1〜2年のころ着ていた私服だ。
これは、一部のショタコンに大人気!
しかも温かいお汁粉のサービスつきで、腐った女子のハートわしづかみだ! 大・勝・利!
「いらっしゃいませ、寒くなりましたね。温まってゆっくりごらんになってください」
このお汁粉サービスは、女性だけでなく子供にもウケがよかった。
おかげで明斗の古着も、ただしい使用目的で購入する人たちに『も』売れている。
が、明斗にとってそんなことはどうでもよかった。
いまの彼が一番に考えているのは、この善意のイベントを成功させることだ。
東に迷子の子供がいれば、行って親を捜してやり
西に疲れた客がいれば、行って荷物を預かり
南に死にそうな者がいれば、行ってヒールしてやり
北に喧嘩や訴訟があれば、つまらないからやめろと言い
常に、フリマの人たちが気持ちよく過ごせるよう気を配る明斗であった。
礼野真夢紀(
jb1438)と礼野明日夢(
jb5590)は、共同でひとつのスペースをとっていた。
商品は、真夢紀の私物が多い。
持っているのを忘れて買ってしまった文庫本数冊。
クリアして再プレイする気になれないゲームと、その攻略本。
短針が欲しかったのに、セット販売しかなくて仕方なく買った縫い針の長針。
5個組で買ったけど、1個しか使わないまま3年たったキーホルダー名札。
つきあいで買ったけど使わなかったハンドメイドの財布。
みごとに不要品ばかりである。すべて真夢紀の出品だ。
もう少しマシな商品としては、もらいものの来年のカレンダーと、おなじくもらいもののタオルがある。
「でもお姉ちゃん、よくこっちの家に売る物あったね?」
「この時期にチャリティフリマがあるのはわかってるからねー。実家から、もらいもの送ってもらったよ」
「さすがお姉ちゃん。ボク、こっちの家に不要品なんてないからなぁ……不要なおもちゃなんてないし、小さくなった服は洗って実家にしまっちゃうし……」
そんな会話をする、明日夢と真夢紀。
基本的に、どれもバラ売りだ。
カレンダーは中が見えるようにしてあり、縫い針は一本ずつ横差しにして袋に梱包してある。
タオルだけは数枚を1セットにまとめてあるが、いずれも捨て値だ。
商品はいずれも地味だが、子供ふたりで店番しているせいか年配客が多い。
孫を見るような目で商品を買っていく老人も何人かいた。
売れ行きはあまり良くないが、来場者をたのしませるという点で真夢紀たちは貢献しているようだった。
そのころ。最上憐(
jb1522)は、食料を求めてさまよっていた。
彼女は、『不要な物を持ち寄ってください』というのを聞いて、こう考えたのだ。
『不要なもの=空腹』と!
ならば、『空腹』」を売るしかない!
だが、どうやって!?
簡単なことだ。不要な食料を、少々の代金をいただきつつ、自分の胃袋に引き取るのだ!
タダ飯を食わせてもらった上にカネまでいただこうとは恐るべき発想だが、そんなことができるのか!?
「……ん。不要なモノで。些細なモノで。良いとのことなので。空腹を。売る。買って」
飲食スペースに乗りこむと、憐は無差別に話しかけた。
「なんじゃ。おなかがへっておるんかの?」
人の良さそうな老婆が答えた。
「……ん。食べられる。モノなら。なんでも。引き取るよ」
「そうかいそうかい。めんこい子じゃのう。こっちおいで。なんか食べさせたげよう」
「……ん。できれば。可能ならば。カレーが。いい」
「よしよし。たんとおたべ」
こうして憐はカレーにありついた。
老婆の財布がどうなったかは知らん。
「いらっしゃいー、いらっしゃいー!」
「いらっしゃいなの! カマキリグッズいかがなの!」
「きさカマは客引きをする! カマキリ普及のためにお客を呼ぶ!」
けたたましく楽器を鳴らしながら、私市琥珀(
jb5268)と香奈沢風禰(
jb2286)は、いつものカマぐるみ姿で呼び込みしていた。
学園生には見慣れた光景だが、一般人はビックリだ。
犬や猫はわかるけど、なぜカマキリ!?
そんな驚きを隠せない。
「僕はきさカマ! 皆よろしくね!」
「フィーはカマふぃなの! よろしくなの!」
とまどう客たちと、握手ならぬ握鎌する琥珀&風禰。
そんな二人が売っているのは、当然カマキリグッズだ。
ぬいぐるみ、キーホルダー、クリアファイル、オリジナルコップなど、さまざまな品がグリーンシートの上に並べられている。
来場者の誰ひとりとして、これほどのカマキリグッズが集まったのを見たことはないだろう。
なんだか知らんがこりゃスゲェという感じで、琥珀と風禰の勢いに乗せられて意味もわからずカマキリグッズを買ってしまう一般客たち。なにか怪しいスキルでも使ってるんじゃないかという光景だが、すべては二人のカマキリ愛がなせる業だ。
「お買い上げありがとうなの! カマキリをこれからも愛してなの!」
「ありがとう! カマキリはいつでもどこでも皆を見守ってるよ! カマキリだから!」
商品が売れるたびに、風禰はホイッスルを吹き、琥珀はシンバルとカスタネットを打ち鳴らす。
さらに『星の輝き』でライトアップしつつ、風禰はカマふぃのポスターにサインして手渡し&握鎌。
なにがなんだかわからないが、とにかく勢いだけは凄かった。
このスペースを訪れた客は、しばらくのあいだ脳裏にカマキリの姿がこびりついて離れないだろう。
しかしそれこそが、カマふぃ&きさカマの狙いなのだ!
計画どおり!
そんな騒ぎから離れたところで、蛇蝎神黒龍(
jb3200)は商品を並べていた。
見かけによらず、売っているのはぬいぐるみと編み物だ。
作っただけで満足したので、今日こうして処分がてらチャリティに協力しているのだ。
しかも編み物は客が見やすいようにサンプル写真を置き、ナンバリングしてパック詰めしてある。
なんという気遣い。これが女子力だ!(
さておき、当然のことながら客層は女子ばかりだった。
ぬいぐるみも編み物もよく売れるが、ひっそり売り上げを伸ばしているのがぬいぐるみをアレンジするための小物類。
かわいらしいリボンやら、クリスマスシーズンのサンタコスやらが、じつによく売れる。無料で名前を刺繍するサービスも好評だ。
本人は器用貧乏を自称しているが、そんなことはないだろう。
このペースなら、完売は確実だ。
そんな風に庶民たちが頑張る中。
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)は、えらく場違いなものを売ろうとしていた。
彼女が卓に並べたのは、年代物のオルゴールと宝飾品。銀細工のブローチ、ブレスレット、ネックレス等々。
「換金用に使おうと思って、家出したとき持ってきたんですよね……結局使わずじまいだったけれど……」
軽い感じで呟くシェリア。
鑑定してないので値段は良心的……というか、プロが見たら卒倒する価格だ。
しかし、一般客や学生にも目の利く者はいる。
シェリアのもとにプロっぽい客が集まるまで、そう時間はかからなかった。
とくに注目を集めたのが、小物入れにもなるオルゴール。
シェリアも詳しくは知らないが、パリの有名な職人が作った一品らしい。
「これはもしや……」
「そんな馬鹿な……」
「だとしたら……」
などと呟きながら、たがいに牽制しあう客たち。
そこへ、「というか、これ全部ちゃんと売ろうとしたら家一軒建てられるかも……」と、シェリアが独り言をぼそり。
聞こえないように言ったはずだが、いまの客たちは地獄耳と化していた。
たちまち騒然となり、事態は一触即発の様相を呈することに。
結局、全商品が競売にかけられることとなり、シェリアは大金を手にしたのであった。
「フリーマーケット……? よかろう、僕の持ち物を売ることで誰かの助けになるというのならば……売ってやろうではないか! 僕の所持した品だ、皆ほしがるに違いない!」
というわけで、シェリアと同じく貴族出身のカミーユ・バルト(
jb9931)も、フリマに参加していた。
商品は、貴族らしく全身金ピカのパンダの置物だ。
これはカワイイ! 売れる!
……わけがなく、客は「なにこれ。クマ?」などと言っている。
「……ん? 全身金ピカでパンダだか熊だかわからないだと……? そんなことはない。断じてない! よく見るがいい! これはパンダだ! この僕がパンダだと言うんだからな!」
断言して、えっへんと胸を張るカミーユ。
だが無論、パンダは売れない。
「ならば、これはどうだ! これもなかなか面白いぞ? 蝶ネクタイ柄のネクタイだっ!」
光り輝くスマイル(無料)とともに、これまた微妙な商品を見せつけるカミーユ。
売れたかどうかは、お察しください。
ここは久遠ヶ原学園。貴族も色々だ。
『あなたにピッタリの本、探します』
そんなPOPの横で、蓮城真緋呂(
jb6120)は淑やかに座っていた。
大正浪漫を漂わせる、いかにも文学少女っぽい袴姿。
いつも食べてばかりの彼女からは想像もつかない、淑女然とした出で立ちだ。
売り物は、段ボール10箱分の古本。
不用品というわけではないのだが、いいかげん置く場所に困ってたし古本屋に持ち込むよりはと思って処分することにしたのだ。ジャンルは多岐にわたり、ラノベからエッセイ、コミック、詩集に純文学……と幅広い。
この中から、客の趣味に応じた作品を選んでおすすめするわけだ。
客ひとりひとりの話を聞くため、効率はよくない。
が、本好きの真緋呂にとっては楽しいひとときだった。
「んー……これと、これと、これなんかも面白いかも」
と笑顔で本をチョイスする彼女は、生き生きしている。
そのせいか、客足が途切れることはない。単におしゃべり目的のナンパ野郎も多いようだが。
ともあれ、これを機会に一人でも多く本好きになってくれるといいなと願いつつ、蔵書を売る真緋呂だった。
着れなくなった服でも出せば良いかなと考えて、不破十六夜(
jb6122)はそのとおりに実行した。
というわけで、彼女の販売スペースに並んだのは、(胸が)きつくなって着れなくなった私服の山。
「安めに設定したから、売れると思うんだけど……」
不安げな十六夜だが、そんな心配は無用とばかりに客が押し寄せてくる。
なぜか男性客が多いが、どういうわけだろう。さっぱりわからない!
「ひとつ訊くけど、この服を買ってどうするの?」
十六夜が問いつめた。
「それは、その……」
「答えに詰まるって、おかしくない?」
「お、おかしくないっす!」
「服って、着る以外ないよね?」
「は、はい! そのとおりです!」
「なら、買った服をこの場で着て帰ってね。なにか問題でもある?」
「ノープロブレムです! すぐ着替えます!」
鼻息荒く、半裸になって十六夜の古着を身にまとう男。
無論サイズは合わない。ピチピチの服を羽織りながら、彼はハァハァ言いつつ去っていった。
その後、女子小学生に言葉責めしてもらえるブルセラショップとして、十六夜の店は大繁盛したという。
……これでよかったのか、十六夜ちゃん。
(すこしでも、お役に立てると良いのですが……)
木嶋香里(
jb7748)は、和服姿で参加していた。
扱っているのは、色とりどりの茶巾袋やリボン。
すべて香里の手作りだ。着物生地(反物)の裁断時に出来る端切れ布の中から、一辺が30センチ以上の布きれだけを使って作ったのである。丹精こめて作られた品々に同じデザインのものは一つとしてなく、訪れた客の目をたのしませることに成功している。
「どうぞ心行くまで、お好きな柄を探していってくださいね♪」
と、香里。
しかし、これほどたくさん並んでいると客が選ぶのも大変だ。
そういう客には、香里がさりげなく声をかけて客の好む柄や似合う柄を探してゆく。
これだけバリエーションゆたかなら、どれかは似合うはずだ。
手間を考えると儲けは少ないが、こういう店もあって良い。
そんな女子向けの甘々スペースと正反対に、川内日菜子(
jb7813)の周囲はムサ苦しい野郎どもで溢れかえっていた。
彼女が売っているのは、なにやらオールドテイストただようガラクタ……もといインテリアの数々。
たとえば、海外のナンバープレート。
見るからにオールドアメリカンな品々だ。
あるいは、おみやげのペナント。
地名が大書されているアレだ。ナンバープレートとの組み合わせが、ノスタルジックなシナジーを発揮する。
さらには、ハンドクラフトの王冠バッジ。
いずれも古くさいコーラやビールのロゴが刻まれており、この空間だけが半世紀前にトリップしたかのごとき光景を醸し出している。
どれも安物だ。
本当ならバイクを買う足しにしたかった日菜子だが、チャリティなら仕方ない。どうせ売れても手元には何も残らないのだし気楽にやらせてもらおう……と考えていたのだが、甘かった。こういうグッズには、熱心な(ムサ苦しい)コレクターが多いのだ!
結果として売り上げは上々だったが、同じことをもう一度やれと言われたらゴメンだなと思う日菜子であった。
会場の片隅に、怪しげなスペースがあった。
売られているのは古本なのだが、ジャンルが特定方向に片寄りすぎているのだ。
新興宗教関連の本、黒魔術の書、UMAやUFOの本もある。オカルト関連の書物ばかりだ。
店番をしているのは無表情なビジュアル系美男子、僅(
jb8838)
そのルックスに釣られた女子が商品を覗いて行くのだが、なんせオカルト本ばかりなので声がかけずらそうだ。
このままではいつまでも売れないので、やむなく接客に挑む僅。
「本が必要、か?」
「あ、はい!」
「そう、か。読書は心が潤うから、な。ここにある本は、どれもなかなか興味深い、ぞ。たとえばこの本だと……」
そこから、僅は延々と本の内容を語りだした。
それはもう懇切丁寧に。いつもの無口ぶりはどこ行ったのかという勢いで。
──1時間後。
僅はまだ話し続けていた。
聞き疲れて青い顔になった少女が、「わかりました。買いますから!」と根負けする。
「そう、か。……では同じ作者の、この本はどうだ? 内容を説明すると、だ……」
こうして僅のトークは続き、一度入ったら買わずに出られない電波ビジュアル系オカルト古書店として恐れられるのだった。
(フリー……マー、ケット……? なんだかよく、わかんないし……興味もない、けど……僕のいらないモノを、ほしがってくれる……そんな奇特な人、がいるかもしれない……そんな、催し……なの、かな……)
そう考えて、一ノ瀬・白夜(
jb9446)は参加を決めたのだった。
しかし、売っているものは普通ではない。
「これ……魔界にいた、ころ……拾った。トーテムポール……って言うのかな? ……小さい、けど。……凄い邪気のある顔つきだよ、ね。……こんなの、いる人、いるのか……な? 厄除け、にはなりそう………?」
かくーりと首をかしげる白夜。
「あと……これも、魔界にいたとき拾った、モノ。なぜか、捨てられなかった……全部黒く塗り込めてあるマトリョーシカ。なんのまじない……に、使ったんだろ。入れ子自体、は……無駄に可愛いんだ、けど……ね」
ふたたび首をかしげる白夜。
彼自身にも価値はわからないのだが、なにしろ魔界の産物なので特定のコレクターにとっては大金を積んででも手に入れたい代物だった。
といっても白夜には値段がつけられないため、オークション開始。
そのころ。黒神未来(
jb9907)は、手ぶらで会場へやってきた。
「チャリティかあ……それはええんやけど、うちには売るものあれへんのよね。……よっしゃ、そんなら決めたで! うちは自分の体を売るわ!」
自慢のDカップをバーンと叩いて、未来は凄いことを言い放った。
体ひとつで金が稼げる、これぞまさにスプリングセール!
懐の温かそうな男を見つけて、いざ突撃だ!
「ねぇ、お兄さん? うちを……買ってくれへん?」
制服のボタンをはずして胸の谷間を強調しながら、上目づかいで問いかける未来。
「ほぉぉ……いくらなの?」
「松、竹、梅の3コースがあるで。料金は時価や」
「じゃあ松で!」
「よっしゃ、これが松や!」
未来は男の背後にまわると、いきなりチョークスリーパーをきめた。
締め上げられながらも、背中に押し当てられるおっぱいの感触に、男は喜悦の表情だ。
そして男の意識が飛びそうになったところへ、未来のバックドロップが炸裂。
「ワン、ツー、スリー!」
通りすがりのレフェリーが3カウントをとり、未来の腕を上げた。
そして未来は男の懐から財布を抜き、5000久遠をいただくのだった。
まるで強盗みたいな商売だが(というか強盗そのものだが)、このあと未来のプロレスSMクラブは大好評を博したという。
そのテントは、会場の片隅にひっそりと設置されていた。
看板には『天使の恩返し』と書かれ、テントの前に置かれた畳には羽毛布団や枕が並べられている。
桜野咲耶(
jc0968)の販売スペースだ。が、本人の姿はどこにもない。天魔被害者のためのチャリティということで、堕天使の自分は表に出ないほうが良いかもと考えて、テントの中へ引きこもることにしたのだ。
だれにも姿を見られてはなるまいと、看板の横には『テントの中を決して見ないでください』と貼り紙がしてある。
完璧な対策だ。中を見ないでくださいと言われたら、だれも見るはずがない。
……わけがなく、結局は昔話と同じ展開に。
無理もない。久遠ヶ原で『決して見ないでください』と言ったら、『ぜひ見てください!』と言ったも同然だ。
こうして姿を見られてしまった咲耶は、光の翼で空へ飛び去っていったのでした。めでたしめでたし(
赤髪赤眼のイケメン悪魔・蓬莱蓮夜(
jc0975)は、自宅にあった本や楽器、使わなくなった食器などを売っていた。
奇抜な行動をとる参加者が多い中、彼の販売スペースは至ってマトモ。
血染めの刃物を売ったり、DカップSMクラブを開いてる人たちにも見習ってもらいたい。
しかしながら、蓮夜の店はあまりに普通すぎた。
はぐれ悪魔で、撃退士で、かつイケメンという要素をまったく生かしきれてない。もったいなさすぎる。
が、そんな普通の店構えだからこそ、客も気楽に覗いて行ける部分もある。
いたってまっとうに品物を売る蓮夜は、地道に寄付金をかせぐのであった。
こうして、とくに波乱もなく(?)時間が過ぎていった。
完売した所もちらほら見られるようになり、来場者数は5000人の大台に。
やがて、日も落ちた午後5時。好評のうちにフリーマーケットは閉会の時刻を迎えた。
「みなさん、おつかれさまでした。本日、出品者の皆さんと、ご来場いただいたお客様のご協力で、計828万久遠の寄付金が集まりました。告知しておりましたとおり、こちらは天魔被害者への支援金として、全額寄付させていただきます」
主催者の放送が流れると、会場全体から拍手や口笛が湧いた。
「それでは僭越ながら、売り上げランキングTOP3を発表いたします。みなさま、拍手をどうぞ。……では、第3位! 一ノ瀬白夜君! 魔界のレアグッズを売り切って、堂々のランクインです!」
「え……? 僕が、3位……? いらないものを、売っただけなのに……ね」
周囲からの拍手を受けて、白夜は少し意外そうな表情を見せた。
「つづいて、第2位! 自分の体ひとつで多くの変態……もとい利用者を虜にした、黒神未来さん!」
「なんやて!? うちが2位!?」
予想外の結果に、未来は眼を丸くさせた。
その周囲には、なぜか半裸状態の男や女がマグロみたいに転がっている。
「なお黒神さんには、風紀委員から出頭命令が出ています。のちほど必ず顔を見せてください」
ドッと笑い声が湧いた。
「さて、おまたせしました。本日の売り上げ第1位は……」
無駄にドラムロールが鳴り、サーチライトが会場を照らし出した。
「シェリア・ロウ・ド・ロンドさん! 貴重な宝飾品や骨董品を売って、ダントツの1位! おめでとうございます!」
「あら……わたくし、本当に不要なものを処分しただけですのに……」
とくに驚いた様子もなく、優雅に微笑むシェリア。
ちなみに彼女ひとりで、総売上の3分の1を叩き出している。これぞ貴族パワー!
「では以上をもちまして、歳末恒例チャリティフリーマーケット2014、閉会とさせていただきます。みなさま、本日はまことにありがとうございました。来年もよろしくおねがいいたします」