「クヒヒヒ、やっぱり普通に撮影するのは私らしくないわよねェ……♪」
よく晴れた午後、黒百合(
ja0422)は草原に来ていた。
彼女が狙っているのは、昆虫写真だ。
超小型の被写体を撮るための『虫の目レンズ』も写真部からレンタルし、準備は万全。
草むらに身を隠して、リンゴや蜂蜜に寄ってきた蜂や蝶を撮影だ。
背景には、太陽のきらめく青空。その中を飛びまわる昆虫たちを、臨場感ゆたかにカメラで切り取る。
基本はカラーで。たまにモノクロを織り交ぜて。
被写体は黒百合の思うとおりには動いてくれないので、シャッターチャンスはいつ訪れるかわからない。よさそうなタイミングで連続撮影し、うまく撮れたものを応募する作戦だ。
「さァて……うまく撮れてるかしらァ……?」
にやりと微笑む黒百合は、いつになく楽しげだった。
「おそらく誰もが、私はパンダを撮影すると思っているだろう。だがしかし……大正解! まさにそのとおりだ!」
妙な一人芝居をする下妻笹緒(
ja0544)は、すでに動物園にいた。
檻のむこう側には、一頭のジャイアントパンダ。
檻のこちら側にも、一頭のジャイアントパンダ。
「テーマフリーの写真コンテストで入選するためのコツはいくつかあるが……大前提として持っておかねばならないものがある。それは被写体への果てしなき愛! 愛なくして良い写真が撮れようか! 否! だんじて否!」
熱い意気込みを見せつつ、カメラを構える笹緒。
だが、相手は一日中食っては寝てるだけのパンダ。シャッターチャンスは滅多に訪れない。
そんな貴重なチャンスを逃すまいと、笹緒は授業も依頼もサボって動物園に通いつめていた。大丈夫だろうか、この人。うん、たぶん大丈夫じゃない。
だが、その甲斐あってチャンスはやってきた。
それは、ただでさえラブリーなパンダの最もキャワワな瞬間!
そう、でんぐり返しをしている時だ!
これはカワイイ!
結果はのちほど!
龍崎海(
ja0565)は、フェリーに乗って海を眺めていた。
久遠ヶ原島と本土をつなぐ船だ。
時刻は夕暮れどき。
水平線に日が沈み、空と海をオレンジ色に染めている。
文句のつけようもなく美しい眺めだ。
ちょうどヒマだったので軽い気分で投稿することにした海だが、これは比較的良い作品が撮れそうである。
デジカメなので、納得できる一枚が撮れるまで何度でも撮りなおし。
やがて完全に日が沈むころ、海はようやく満足の行く写真をものにすることができたのだった。
「うわあ……カメラがいっぱいです……」
写真部の部室で、胡桃みるく(
ja1252)は目を丸くさせた。
「どれでも好きなのをどうぞ」
「じゃあこれを……」
部員の言葉に、みるくは古くさいフィルムカメラを借りることにした。
それも、ごく一般的なオート機能付きのもの。
「それでいいんですか? もっと良いのが沢山ありますよ?」
「いえ、これでいいです。おじいちゃんが言っていたのです。必要なのは、技術と伝える気持ち……」
「そうですか。では頑張ってください」
「はい!」
そんな彼女が選んだ被写体は、動物だった。
野良猫やペットの犬、飼育部のウサギやハムスターなどなど。
しかし段々と目的を忘れてしまい、動物と戯れはじめてしまう。
しばらくして、みるくは我に返った。
見れば、ぐでぇんと腹を見せて伸び切った猫が目の前に。
「……寝込んだ猫」
無意識に駄洒落を呟きながら、シャッターを切るみるく。
そんな彼女を、壁の影から見守る者がいた。
電磁迷彩で姿を隠した、ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)である。
娘のみるくが気になるあまり久遠ヶ原に入学した過去を持つ彼にとって、最高の被写体はみるく以外ありえない! だが、やってることはただの盗撮であり、ストーカー行為そのものだ!
いや、これはアレだ、被写体にカメラを意識させないためなのだ!
と本人は無言で言いわけしているが、これをストーカーと呼ばずに何と呼ぶのか。
「写真に必要なのは、技術と、伝える気持ち」
などと心の中で主張しながら、撮影テクニックを駆使しまくって盗撮をつづけるヴァルヌス。
アングルをつけたり絞りを変えたり、ここぞとばかりに腕を見せつける。
「あれから3年か……。少し見ないうちに、大きくなって……」
うるうると感慨に耽るヴァルヌスだが、電磁迷彩はとっくに切れている。
良い写真が取れたら妻に送ってあげよう……とか考えてる場合じゃない。はたから見れば、完全に不審者だ。
「いつも見かけるあの緑のロボな人は、いったい誰なんでしょう……?」
首をかしげながらも、まるで動じずウサギや猫をナデナデするみるく。
その視線が一瞬自分に向けられたことに気付き、ヴァルヌスはハッとした。
あわてて跳び上がり、全力で逃げだす緑のロボ。
その姿は、超絶不審者と言うほかなかった。
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、小等部の少女をつれて丘を上っていた。
夜。東の空には満月が浮かび、その高さを増そうとしている。
写真部から借りてきた超高性能望遠レンズつきのカメラを手に、エイルズは丁度良い高さまで月が昇るのを待った。
じきに、シャッターチャンスがやってくる。
「よし、いまです。行ってください」
「はーい」
エイルズの指示で、少女が走っていった。
そして、月と重なる形で、空中に落書きをはじめる。
暗くて見えないが、少女の前にはガラス板が立てられているのだ。
知らずに見れば、何もない空間で月の表面に落書きをしているようにも見える。
ちょっと不思議で、幻想的な光景だ。
奇術師のエイルズらしいトリックである。
「われながら、おもしろい作品が撮れたのではないでしょうか」
ふふっと微笑むエイルズ。
このあと彼は、かなりの額の食事を少女にごちそうするハメになった。
(そういえば、ちらっと思ったことあるんだよな『今の学園の全景写真撮って保存しておきたいな』って。でも、航空写真というわけにはいかないだろうし……)
そう考えて、礼野智美(
ja3600)は学園で一番高い校舎の屋上に足を運んだ。
「ここから四方を撮影すれば、学園の全景が……って、入りきらないじゃないか! それに、この校舎も入らない!」
ならばと、島で一番高い展望台へ移動。
しかし、それでも学園の全景は見渡せない。
「うぅん……駄目か……」
こうなりゃヤケだとばかりに、思いつくかぎりの高いところを片っ端から登り、撮影しまくる智美。
なかなか思い通りの写真は撮れないが、目的は『現在の学園』を記録として残すこと。芸術性は求めてない。
ともあれ、こうして足で集めた学園風景の中から、最も気に入った一枚を応募する智美だった。
その依頼は、大成功で終わった。
山中に出現したサーバントの討伐と、それ以上に本命の少々変わった依頼。
メンバーに恵まれ、どちらも完璧な結果をおさめたと言って良い。
「ふぅ、どうやらうまいこと行ったようやな」
「そうですね。ジュンちゃん、おつかれさま」
亀山淳紅(
ja2261)とRehni Nam(
ja5283)のカップルは、たがいの健闘をねぎらいあった。
すでに光纏を解いたRehniは秋物のワンピースに身をつつみ、和気藹々とケセランをブラッシングしている。
それを見た淳紅が、なにか思いついたようにデジカメを取り出した。
そのまま、自然な動作でシャッターを切る。
「……え? ジュンちゃん、いま写真撮りました?」
「ああ。ほら、写真コンテストの作品募集しとったやろ? あれに送ったろ思ってな」
「ええっ。だったら、ふたり一緒に撮りましょうよ」
「いやいや、だって『最高の一枚』やろ? せやったら自分はおらんほうがええなぁ。だって、自分の中の最高の一枚って、自分が見てるもんで映されるやつやん? でも自分で自分は見られへん。つまり、レフニーはレフニーを見ることができへんわけや。ほら、まわり見てみ? この紅葉、めっちゃんこ綺麗やろ? でも、レフニーのほうが鮮やかに見えたから……」
「そ、そうですか」
周囲の目も憚らず、平然とのろける淳紅。
まぁのろけ大会での活躍に比べれば、どうってことはない。
もっとも、Rehniは少し恥ずかしそうだが。
「でもせっかくですから、ふたり一緒の写真も撮りません? そうしたら、私も応募できるし……」
「ええな。そんなら、記念撮影や」
「はい。一緒の写真は、大佐に撮ってもらいましょう」
というわけで、ふたりは紅葉を背景に仲良く撮影会をはじめるのだった。
もう好きなだけイチャイチャしてくれ!
「下調べどおり、ここのロケーションは理想的ですね」
駿河紗雪(
ja7147)は、山中を流れる渓流に来ていた。
岩肌から湧き出た清水がサラサラと流れ、頭上を覆う木々の枝葉からは柔らかな木漏れ日が落ちている。
水と緑の香りは清々しく、呼吸するだけで健康になりそうだ。
「さて、はじめましょう」
紗雪がここへやってきたのは、将来杜氏になったとき商品化する予定の清酒『雪華』の広告用写真を撮るためだ。そのついでに、コンテストにも応募してしまおうというのである。まさに一石二鳥。いや、この清涼感を味わえるのだから一石三鳥だ。
「お酒に大切なのは水ですし、美しい流水は人の心を癒す効果もあると思います。それを留めることで、きっと素敵な一枚になるはず……」
まずは、慎重に場所を選定。
水面から出た平らな岩の上に漆塗りの盆を載せ、雪華を満たしたぐい呑み、酒瓶、お銚子をバランスよく並べる。
それをできるだけ煽りのアングルで撮れるよう、川の中へ。
「光が足りませんね……」
呟くと、紗雪は『花蛍』を発動した。
黄色い花弁のエフェクトが、被写体の背景に舞い散る。
その光景を、紗雪は丁寧にフィルムへと収めるのだった。
「写真コンテストですか、いいですね。なにしろ普段は、偵察でロクなものを撮影してませんし……」
募集の告知を見た黒井明斗(
jb0525)は、すぐさま参加を決意した。
思い立ったが吉日。戦場で愛用している情報収集用のデジカメをひっさげて、被写体さがしに学園内をぶらつく。
見れば、おなじコンテストに投稿するつもりなのかカメラを手にした生徒も少なくない。
それぞれ風景や人物、動物などを撮っているようだが、どれも明斗の琴線には触れなかった。
仕方なく、購買でフルーツ牛乳とコッペパンを買い、屋上の端っこで足をプラプラさせながら、騒がしい校庭の様子を眺める明斗。
そこで、ふとシャッターを切る気になった。
「ん〜、これかな?」
すこし迷いつつも、明斗は部活動に励む生徒たちをカメラに収めるのだった。
タイトルは『理想』
人間、堕天使、はぐれ悪魔が、憎しみあうことなくスポーツに興じて青春を謳歌するシーンを切り取った作品だ。
まじめな明斗らしい一作と言えよう。
「へぇ、写真コンテストね……。いまの時期、沖のほうはホエールウォッチングの季節だからな、狙ってみよう」
天険突破(
jb0947)もまた、ポスターを見て3秒で応募を決めた。テーマを決めるのも3秒だ。
デジカメは持っているので、そのまま海岸へと向かう。
「三脚とかないけど、ちょうどここに大剣があるな、突き立てておけば安定しそうだ」
ザクッと砂浜に剣を突き刺して、三脚がわりにする突破。
ワイルドすぎるが、久遠ヶ原では普通のことだ。と思う。
しかし──
「……いないな」
沖合いに目をこらしても、クジラの姿はなかった。
1時間経過。
「……見えないな」
2時間経過。
「……あ、船。戻りガツオ漁かな?」
3時間経過。
「あっ! なにか跳ねた! しまった!」
あわててシャッターを切るが、時すでに遅し。
結局撮れたのは、どこまでも広がる大海原だけだった。
こうして突破は、心を落ち着けて平静に保つことの大切さを改めて学んだのである。
月乃宮恋音(
jb1221)は、写真部の部室を訪れていた。
作品は既に用意してあり、あとは提出するだけだ。
「あのぉ……私は、こういう写真を撮ってきましたぁ……」
恋音が見せたのは、なにやら怪しげな会合の席を写した写真。
いかにもな料亭の一室で、狸や狐などのかぶりものをかぶった男たちが酒を飲みつつ談笑している。船盛りや牛刺しなどの高級料理が並ぶ卓上には、これまた怪しげな書類が数枚。見れば、『入札額』『着工日』などの文字が書かれている。
そしてテーブルの脇には、札束の詰まったアタッシュケース。
「これは一体……?」
写真部員が首をかしげた。
「以前、バイト先の料亭で実際に見かけた、癒着取り引き現場ですぅ……」
「なるほど、スクープ写真ですか。しかし、これはコンテストではなく新聞社か出版社に持ちこむべきでは……」
「はい……このあと、警察と新聞社に持ち込む予定ですよぉ……」
「そうですか。とりあえず、応募作品として受理しておきます」
想定外の作品に驚きながらも、淡々と処理する写真部員であった。
各務与一(
jb2342)は、写真部で借りたアナログカメラを持って部室へ向かっていた。
部室というより自宅と言ったほうが正しい、創造図書『雲隠』
被写体としてそれを選ぶことに、迷いはなかった。
「この学園で見つけた、俺と妹……そして大切な友達の居場所。とても大事で、想い出の形で残したいからね」
そう言って、与一は裏庭にまわった。
そこには花壇があり、シクラメンやビオラなど季節の花が咲いている。
周囲には、赤く色づいたカエデやハゼノキ。
それらの草木をフレームに入れて、『雲隠』の外観をフィルムに収めるのだ。
そう考えてベストポジションを探していると、赤い瞳の黒猫がやってきた。
そして、開いた窓辺にヒョイと飛び乗り、招き猫みたいに腰を下ろす。
これは僥倖とばかりに、与一は舞い落ちる紅葉とタイミングをあわせてシャッターを切った。
「協力してくれてありがとう、ナナクロ。おかげで良い写真が撮れたよ」
礼を言う与一に、ナナクロは小首をかしげるのだった。
日が落ちて夜がふける中。ナナシ(
jb3008)は、フィルムカメラと三脚をかかえて歩いていた。
やってきたのは、時計台。巨大なアナログ時計の文字盤が、きれいにライトアップされている。
大通りには沢山の車と人が行き交い、一秒たりと同じ風景はなかった。
それらの被写体がうまく収まるよう、場所を選んで三脚をセットするナナシ。
やたらと手つきが慣れているのは、カメラが趣味だからだ。
レリーズで露光時間を150秒にセットしたら、おもむろにパサラン召喚。
全長2mの超モフモフ動物が、空中に出現する。
これを、背景の時計台や行き交う車と一緒に撮影。
ナナシの狙いは、150秒の間にずれる時計の針と、光の帯を描く車のヘッドライトを写し込み、そこへ150秒間まったく動かないパサランの姿を対比させることだった。
題して、『人の時間とパサランの時間』
パサランが手に入った記念&ただの風景写真ではありきたりなので、少し哲学に走ってみたナナシであった。
(写真か……たまには良いかもね……)
その告知を見たとき、片霧澄香(
jb4494)はすぐに思った。
空の写真を撮ろうと。それも、アナログで。
(空が好きなのよ……できることなら、全部私のモノにしちゃいたいぐらい、この広い空が大好きなの……。冥界にいたころは、こんな景色なんて考えたこともなかったから……)
そう思いながら、澄香は最高のシャッターチャンスを求めて空を眺め歩いた。
しかし、そう簡単に『今こそ最高の瞬間!』というのは訪れない。
結局、締め切りまでの数日間を澄香は空を眺め続けて過ごした。どうしても妥協できなかったのだ。
彼女には、深い熱意があった。冥界の暗い空とは違う地球の大空を、澄香は愛していた。この機会にもういちど真剣に向き合い、いつか自分の墓に添えられるほどの写真を撮る。無論、まだ死ぬ気はないが──。それぐらいの熱意だった。
最終的に選んだのは、日の出の空。
赤く染まりゆく、雲と空の写真だ。
だれにも渡したくないという思いで切り取った、彼女だけの空。
作品名も直球で、『私の空』
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)といえば『イコール爆破』だが、1人で爆破現場を撮るのは困難だった。
そこで色々なやんだ結果、彼女が選んだのは顔芸写真。
便利アイテム自撮り棒を駆使して、ガブフェイス変形シーンを撃殺もとい撃撮だ。
というわけで、まずは光纏。
そして発動! R式ガブフェイス!
「俺の名前を言ってみろォォォ!」
文楽人形みたいにフェイスマスクが変形して、頭にはツノが生え、口は耳元まで裂け、目からは真っ赤なレーザーが迸った。
グシャアアアッ!
当然のようにブッ壊れるカメラ。
でも大丈夫。安物の使い捨てカメラだ。
1枚撮るたびにカメラが壊れるって、それどこのジョースター家の人?
ともあれ、優勝めざして大迫力の顔芸を披露するラファルであった。
「写真コンテストですか……心に響くものを撮りたいですね」
ユウ(
jb5639)は少し考えて、いつも世話になっている学園の日常風景をカメラに収めることにした。
一見やさしい女の子だが、こう見えても悪魔なので、よけいな疑念を与えないよう前もって学園側に撮影許可を取っておく。提出する作品もチェックしてもらえば、なにも問題は起きないだろう。実際そこまでする必要はないのだが、これもまた性格というものだ。
ともあれ、ユウは校舎の屋上から闇の翼で舞い上がった。
そして、上空から学園の風景を撮影する。
下校時の校門の賑わいや、グラウンドで模擬戦闘したり部活で汗を流す生徒たち──
デジカメの機能を使いこなせない、ごく一般的(?)な腕前だが、思うままに写真を撮るユウ。
どれを応募するかは、あとで考えるつもりだ。
(写真って撮られることは多くても、自分で撮ったことはあまりないかもね。でもまぁせっかくの機会だし本格的にやってみようか)
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は、なんとなく本格派っぽい気がして、写真部から銀塩カメラとモノクロフィルムを借りてきた。
とはいえ、まったくの素人だからよくわからないままやっちゃうし、現像はおまかせだ。
ともあれ、まずは被写体を決めなければならない。
いろいろ考えた結果、ジェンティアンは最近覚えた召喚獣の鳳凰を撮ることにした。
場所は、夕方の浜辺。
光の方向を意識して、ななめから差し込む夕陽が良い感じに映えるように。
構図はあおりで、鳳凰が凛とした雰囲気に見えるよう工夫する。
「この子まだ幼体で、威厳不足な気がするし、ね……。とりあえず、この海風の中を好きに羽ばたいてごらん」
言われるままに、鳳凰は夕焼けに染まる砂浜を自由に飛んだ。
召喚獣的にどうだろうと思いつつも、束縛されない自由さを表現したかったのだ。
ジェンティアン自身が、そういう性質だから。
「残したい風景、心情写真ですか……」
木嶋香里(
jb7748)は少し悩んだすえ、何人かの参加者と同じ選択をした。
日常の風景を、テーマに選んだのだ。
ただし彼女が被写体にしたのは、学園の風景ではない。街中の風景だ。
手持ちのデジカメを持って、いつもの街をいつものように歩く。
そして、さまざまな人々の日常を、淡々とカメラに収めてゆく。
「見る人の心に残る写真が撮れるといいのですが……」
スナップ写真は、とにかく数を撮らなければ話にならない。
目に留まったシーンは、すべて撮っておく。
その中から、最も自分の琴線に触れた写真を選んで提出する作戦だ。
「この笑顔を護るために、これからも頑張っていきますよ♪」
行き交う人々の笑顔を撮影しながら、香里は微笑むのだった。
「写真のコンテスト、か……」
興味なさげにポスターを眺めているのは、剣崎・仁(
jb9224)
彼にとってコンテストはどうでも良いが、この機会に撮ってみたい写真があった。
まずは、可能な限り高感度のデジカメを写真部から借りてくる。F値は最小値に設定。
撮影するのは、夜の空だ。
しかも、できるかぎり暗くて高い場所を選ぶ。
街の光が届かず、高い場所。それは夜の山しかない。
空に月はなく、周囲は真っ暗だ。
しかし、インフィルトレイターの知識と経験が彼をささえる。
やがて山頂に辿りついた仁は、夜空に向かってカメラを掲げた。
苦労して足を運んだだけあり、星がよく見える。
天頂に陣取るのはアンドロメダ。北の空にはカシオペアがあり、東の地平からはオリオンの三つ星が上ろうとしている。
冬の始まりの星空だ。
(星空は……俺の最も好きなモノのひとつ、だ……。どこまでも続く星たち。だれがどこで見ても、星はその頭上で輝いている。幻想的な秋から冬にかけての星空。願わくば……この写真を見て、だれかが何かを感じ取ってくれたら……嬉しいかも、な)
そう思いつつ、仁はシャッターを切った。
ここは、料理屋『蛍』
料理屋とは謳っているが、ホールにはグランドピアノが置かれており、内装はカフェに近い。
そのカウンター席で、神ヶ島鈴歌(
jb9935)は一大テロリズムを画策していた。
それは、たった一枚の写真で全校生徒および全学園関係者をレモネードジャンキーにする、通称レモネードテロ計画!
「ふんふんふ〜ん♪ これは先生で〜こっちは蛍メンバーで〜♪」
鼻歌を歌いながら、おそるべきテロ計画を着々と進める鈴歌。
その内容は、ふつうのレモンに友人たちの似顔絵を描き、鈴歌特製レモネードと一緒に撮影するというものだ!
え? レモンとレモネードだけ? 気にしない♪ だってこれはレモネードテロ(ry
「……神ヶ島、いったい何をしてるんだ?」
問いかけたのは、店長の蒼月夜刀(
jb9630)
「レモネードテロなのですぅ〜♪ この写真で一位をとって、みんなみんなレモネード中毒にしてあげるのですよぉ〜♪」
「まぁこれからの季節、風邪の予防にビタミンCいっぱいのレモネードは良いかもな」
「そのとおりですぅ〜♪」
「じゃあ俺は、そんな神ヶ島を撮影して応募することにしよう」
「おおっ、競争ですねぇ〜? 負けませんよぉ〜?」
という次第で、ふたりの撮影会が始まった。
「このレモンは笑顔ですし〜こっちにして〜♪ レモネードはここですねぇ〜♪」
歌うように言いながら、笑顔で被写体のレイアウトを整える鈴歌。
構図や明るさにも気を配り、右手に一眼レフ、左手に特製レモネードで撮影に挑む。
いっぽう夜刀は、そんな鈴歌を含め常連客でにぎわう店内の様子を写真に収めていた。
入賞すれば客が増えるかもしれない。そんな淡い期待をしながら。
紅葉に囲まれたカフェテラスで、3人の少女が談笑していた。
顔ぶれは、ナナシと黒百合、只野黒子(
ja0049)
黒子が他の2人に声をかけて、集まってもらったのだ。
「私たちを撮りたいなんてぇ……どういう風の吹きまわしィ……?」
血のように赤いグラスを傾けながら、黒百合が問いかけた。
「いい機会だから、3人とも無事なうちに写真でも……と思っただけだ。黒百合たちは、いつも無茶するからなぁ……」
「それ、おたがいさまじゃなァい……?」
「否定はしない」
答える黒子の表情は、前髪に隠れて見えない。
「被写体になるのはいいけれど、具体的にどうするのかしら」
と、ナナシ。
「構図は決めず、適当に撮ろうかと」
答えるのと同時に、黒子はカメラをかまえてシャッターを切った。
ごく普通の、スナップショットだ。
「せっかくだし、3人一緒の写真がほしいわね」
「で、真ん中に写った人が一番最初に死ぬわけねェ……♪」
ナナシの提案に、黒いジョークを返す黒百合。
まさか、これが彼女の死亡判定フラグになろうとは!
「私は言いたい! 撃退士の鍛え上げられた肉体と、全身に残る天魔との戦いの傷跡! これこそが真の芸術なのではないかっ!」
マイク片手に、袋井雅人(
jb1469)はグラウンドで演説をぶちかました。
彼を知らない生徒は「なんだありゃ」と奇異の目を向け、知っている生徒は「またか……」みたいな目を向ける。
「そこで私が提案するのは、ずばり『男も女も水着撮影会』! さぁみなさん、水着に着替えて今すぐ参加ですよ!」
だがしかし。
そんないかがわしい撮影会に参加する者はいなかった。
「く……っ。なんということですか! こうなれば恋音! 私たちの力で水着撮影会の素晴らしさを世に伝えましょう!」
「うぅ……できるかぎり、がんばりますぅ……」
真っ赤になりながら、服を脱ぐ恋音。
その下から現れたのは、もはや恒例のスクール水着!
「恋音、もうちょっと寄せて胸の谷間を深くしてもらえませんか? そうそう、いい感じですよー」
などと言いながら、水着姿を連撮する雅人。
そこへ、ラファルが乗りこんできた。
「水着撮影会? よーし、俺が手を貸してやるぜー!」
「おお、これは素敵なまな板ビキニですね!」
「おおっと、うっかり手が滑ってミサイルが!」
「アバーッ!」
ラファルの全火力をくらって、吹っ飛ぶ雅人。
その隣では、なぜか水着だけにダメージを受けた恋音が、胸元をおさえながらペタンと地面に座っているのであった。
よし、それでこそラファルだ!
さて、審査当日。
写真部室の壁に、300あまりの応募作が貼られていた。
すでに一般生徒50名による審査は終わっており、あとは写真部員による審査だけだ。
「しかし、思った以上に風景写真が多いわね」
「ええ。もっと撃退士らしい派手な作品が集まると思いましたが」
「戦闘場面の写真がほとんど見当たらないのも驚きだ」
「写真ぐらいは平和に撮りたいんでしょう、きっと」
「で、本題に移るが……風景写真では、この『お月様に落書き』というのが面白いな」
「ガラス板を使ってるのがユニークね」
「女の子と月の構図もいい」
「風景写真なら、俺は『人の時間とパサランの時間』を推すね」
「たしかに、これも創意工夫が見られる」
「撃退士ならではという点で、こっちが上か」
「撃退士ならではというなら、この『悪い子はいねがー』のインパクトも相当ですよ」
「インパクトだけでは……自撮りのせいでピントもあってないし……」
「インパクトなら、このおっぱい……もといスク水少女だろ! 俺は断じて、これを一位に推薦する!」
「おい、公正な審査をしてくれ」
「俺は公正だ! おっぱい以上の被写体があるか!」
「まぁ、そこの変態は置いといて……この星空の写真と夕焼け空の写真には、なにか思い入れを感じるわ」
「星空を撮った人は、それなりにカメラを理解しているようですね」
「これで、ひと工夫あればねぇ」
「言うのは簡単だよ」
「しかし、このレモネードテロ……見てるだけで口の中がすっぱくなってくるな」
「この人、なにを訴えたいんでしょうね」
「テロって書いてあるじゃん」
「いや、意味がわからんし」
「お店の宣伝でしょ? こっちに、そのお店の写真が投稿されてる」
「レモネード専門店なの?」
「さあ……。気になるなら行ってみれば?」
「そうするわ」
「宣伝といえば、この日本酒の作品はそのまんまですね」
「うん、これは飲んでみたいという気分になる」
「あんた未成年でしょ」
「気分だよ、気分」
「ところで、この酒席のスクープ写真どうするの?」
「さぁ……本人はマスコミに公表するって言ってたけど……」
「でもこれ、加工画像だろ?」
「評価が難しいな……」
「その点、これは非常にわかりやすい」
「ああ、パンダか」
「パンダね」
「パンダだな」
「うん、パンダだ。パンダとしか言いようがない」
「こっちは猫ですね」
「ああ、猫だな」
「寝転んだ猫ね」
「……」
「……」
「スルーはやめて!」
「でも、猫とかパンダとか卑怯じゃない? そんなの、カワイイに決まってるじゃん。だれにだって撮れるよ」
「いや……すくなくとも、このパンダ写真には異様な愛を感じる。俺には撮れない」
「そいつ、授業サボって動物園通いしたらしいぜ」
「もはや、愛というより狂気のなせる業ですね」
「狂気といえば、これもかなりのレベルだ」
「ああ、なにしろ自分の娘にストーカー行為だからな……」
「でも、題材自体はかわいいのよ」
「女の子とウサギ……ある意味反則級と言える」
「しかも、作品全体に被写体への愛があふれているという……」
「なにか間違った愛のような気もしますが……」
「こっちに、ただしい愛にあふれた作品もありますよ」
「恋人同士で山へハイキング、ですか……」
「ぶっちゃけ、爆発しろと言いたい」
「けっ。どうせ俺たち写真部は、現像室に閉じこもってばかりの非リアだよ」
「ちょっと! 公正な審査! 公正な審査!」
「こういうの見てると、風景写真もいいなぁって思えるよな」
「ああ、きっとモデルになってくれる恋人とかいないから風景写真にしたんだぜ。親近感が湧くじゃねぇか」
「こらこら。なんてこと言うのよ、あなたたち」
「この昆虫の写真もいいよな。絶対に恋人いないぜ、こいつ」
「本人に聞かれたら殺されるわよ、あなた」
「……というわけで、おおむね評価も定まったでしょうし、そろそろ投票に移りましょう。1人3票を与えますので、好きなように割り振って投票してください」
「よし、みんな! スク水おっぱいに投票だ!」
「くれぐれも、公正な審査をおねがいしますよ? 写真部の名を汚さないように」
──1時間後、一般生徒の投票分との合計票が、ホワイトボードに貼り出された。
結果、最多票を獲得したのはヴァルヌス・ノーチェの『愛娘と白兎』
少女と動物という外しようのない題材に深い愛情を注ぎこんだ、まさに入魂の一作だ。
これを含めた上位入賞作品は、しばらくのあいだ学園内の掲示板に展示されることになる。
ヴァルヌスには金賞の栄誉とともに、しかるべき称号が贈られるだろう。
どういうわけか(?)それは『超絶不審者』という不名誉きわまる代物だったが──