麺の日記念・料理大会。
その特設会場(調理室)に、7名の料理人が集まった。
一番手は、御料理姫の名を持つ水無月沙羅(
ja0670)
これまでにも数々の料理イベントに参加しており、腕は折り紙つき。
「姉さまも参加しているので、引き立て役として頑張りますね」
発言は控えめだが、優勝の可能性は十分だ。
その隣に陣取るのは、水無月葵(
ja0968)
料理をはじめ、茶道に華道、日本舞踊と、多彩な技能を持つお嬢様だ。
「たまには沙羅さんと対決するのも悪くないですね。今日は姉の偉大さを見せましょう♪」
優雅に微笑む葵が、最大の壁として沙羅の前に立ちはだかる。
「気合入れて優勝めざすぞ!」
お嬢様ふたりと対照的に気合をたぎらせているのは、佐藤としお(
ja2489)
ヤンキーみたいな外見だが、ラーメン作りの腕は確かだ。
ラーメンへの愛情も深く、友人からは『今日の昼飯なに?』ではなく『今日の昼飯のラーメンなに?』と訊かれるほど。生活習慣病が心配だ。
「おぉ……強敵ぞろいですねぇ……。私も頑張りますよぉ……」
弱気そうに言うのは、月乃宮恋音(
jb1221)
だが彼女もまた、『歩くキッチン』の称号を持つ料理人だ。
これまでに依頼で作った料理は数知れず。確実に優勝候補だ。
そんな強敵たちを眺めながら、袋井雅人(
jb1469)が笑顔を見せた。
「いやあ、このメンツで優勝とか、ちょっと無理ですね。どうやら今回も『おっぱい!』とか言ってる余裕はなさそうです。けれど、あきらめてはいませんよ。全力で行きます!」
ふだんの依頼でも『おっぱい!』などと叫んでるヒマはないはずだが……。
次に登場は、コックコートに身をつつんだBeatrice(
jb3348)
「ふっふっふ……いままで料理の解説や審査をしていたのは、それだけ料理に精通しているということ! 当然、料理の腕もあるのぢゃ! ココで優勝して、次回コンテストの審査員の権利をいただくのぢゃ!」
次回があるかは不明だが、意気込みは感じられる。
そして最後に、山本ウーノ(
jb8968)
料理上手にもかかわらず後片付けが面倒という理由で滅多に料理をしない、残念な堕天使だ。
「面倒だし、僕は簡単なのを作るよ。手のこんだ料理は他のみんなが作ってくれるだろうから、そっちを期待しておけばいいんじゃないかな」
やる気のない発言だが、問題は料理の出来だ。優勝の可能性もなくはない。
「さあ、いまここに7人の料理自慢たちが揃いました! 本日のテーマは『麺』! はたして、どのようなバトルが展開されるのか! アレ・キュイジーヌ(調理開始)!」
ドジャーーン!
九鬼麗司が、巨大なドラを無駄に鳴らした。
料理人たちが一斉に作業をはじめる。
テーマが『麺』なので、小麦粉で生地を練る者が多い。
当然のように、水無月姉妹も生地を作りはじめた。
沙羅が選んだのは中華麺。葵はうどん生地だ。どちらも基本に忠実に、奇をてらわずに生地を練る。
かたや奇をてらいまくる雅人は、イカ、タコ、エビや白身魚のすり身をうどん生地に練り込むという飛び道具を発動。
Beatriceは、デュラム小麦のセモリナでパスタ生地を作っている。
そして恋音は、中華麺、パスタ、うどん、そば、冷麦と、5種類の麺を用意していた。
「それ反則じゃない? 1人1品でしょ?」
明日羽が訊ねた。
「えとぉ……バイキング形式ですのでぇ……」
「でも反則でしょ? 失格だよね?」
「うぅ……だめですかぁ……?」
涙目で訴える恋音。なんと、まさかの失格か?
そこへ、麗司が助け船を出した。
「大丈夫ですよ、月乃宮さん。失格にはしません」
「お、おぉ……ありがとうございますぅ……」
「明日羽も、失格にする気はなかったと思いますけどね」
「そ、そうなのですかぁ……?」
問いかける恋音だが、明日羽は微笑み返すだけだ。
ともあれセーフ。
そんな風に、皆が生地作りに向かう中。
としおは、既成の麺を使うことでスープ作りに全力を注いでいた。
「ラーメンの命はスープ! まずは材料を綺麗にするところからだ!」
彼が用意したのは、鶏ガラとゲンコツだ。
これを綺麗に掃除して肉片を取り除き、骨だけにする。
大きな寸胴鍋に放りこんで強火で炊けば、酸化した骨髄液から上質のスープが取れる。
そこへ、香味野菜と宗田節を投入。味に深みを出す作戦だ。
しかし、これだけではない。としおのラーメンは、いわゆるWスープ。
返しに、煮干しとアゴとドンコを使ってダシをとり、薄口醤油と塩で味を整える。
平行して、別の鍋では鶏皮を弱火で熱して鶏油を作成。
「濃すぎず薄すぎず、ていねいに……」
汗を拭きながらスープを仕立てるとしお。
自慢の焼豚はスープで2時間煮込み、煮玉子とともに返し醤油へ漬け込む。
「この中でお互いに味を染み込ませてっと……」
としおの目は、完全にラーメン屋のそれだった。
そのころ、Beatriceもパスタのスープ作りに取りかかっていた。
「今回の料理はスープパスタ! しかも世界三大スープのひとつ。ブイヤベースなのぢゃ!」
まずはニンニクとタマネギを鍋に入れ、オリーブオイルで炒める。
そこへ伊勢エビや白身魚をブチ込み、焼いた海老殻と魚の骨からダシをとったトマトスープを投入。白ワインを加えて煮込む。
ダシが出たところで伊勢エビを取り出し、スプーンで海老ミソを掻き出す。
これを裏ごしして香味野菜とともに煮込み、生クリームと塩胡椒で仕上げれば、濃厚なエビの風味ただようアメリケーヌソース完成。ブイヤベースに混ぜ込んで、さらなる風味の充実を狙う。
隠し味には、スパイスがわりにカレー粉を少々。
本格的だが、沙羅に教えてもらったのは秘密だ。
その沙羅は、刀削麺を作っていた。
直方体に整形した生地を左腕に乗せて、右手の特殊な刃物で生地を削り飛ばす。
削られた生地は放物線を描いて、ぐらぐら煮え立つ大釜の中へ。
シャッ、シャッ、とリズムよく飛んでいく麺生地は、見ていて小気味良い。
文字どおり荒削りで簡単そうに見える技法だが、一本一本の形をそろえるのは難しい。かなりの修練と技術が必要だ。
「なにあれ。おもしろ」
亜矢が興味を引かれたようだ。
そこで麗司が蘊蓄を披露する。
「ごぞんじありませんか、矢吹さん。あれは刀削麺と言いまして、中国元朝時代に漢民族の反乱を恐れた皇帝が
「アンタの話は長いのよ!」
さて、いよいよ調理も佳境。
なんせ麺料理なので、のびたらおいしくない。
というわけで、完成した者から順に実食だ。
まずは、優勝筆頭候補の葵が一番手で料理を提供。
和服姿の葵が上品な動作で審査員の前に料理を置く姿は、それだけで高評価だ。
「このところ寒くなって参りましたので、皆様に身も心も温まってもらおうと、おうどんを作りました」
卓に置かれたのは、少々変わったうどんだった。
ぷるんと弾力のあるうどんに、色鮮やかな野菜と鶏肉。やや少なめに張られたダシ汁は真っ白に輝いている。
「これは、ただのうどんではありませんね?」と、麗司。
「はい。奈良の郷土料理である飛鳥鍋の技法を応用しました。名付けて『飛鳥うどん』です」
「ほほう。早速いただきましょう」
麗司が箸を取る横では、亜矢が凄い勢いでうどんをすすっていた。
「うまっ……あつっ……うまっ!」
ゾンビみたいな感想しか出てこない亜矢。
だが無理もない。かつお昆布ダシと鶏ガラのWスープに、牛乳と白醤油で調味したうえ、水溶き片栗粉でトロみをつけたダシ汁は、完璧な仕上がり。手打ちうどんはモチモチとコシがあり、喉越しはツルッと爽やか。
おまけにダシ汁にはコラーゲンボールが隠してあり、お肌はツヤツヤ。
豆乳も混ぜ合わされており、イソフラボンも自然に吸収。
薬味のおろし生姜で、体も内側からポカポカだ。
そう、これは風邪の予防も兼ねた、健康と美容のための一品なのだ。
「おかわり! おかわりよ!」
たちまち完食して、勝手なことを言い出す亜矢。
無論、ダシ汁も飲み干してドンブリはからっぽだ。
それを見た葵は、微笑みながら答える。
「おかわりは用意してありますが、まず他の方のお料理をどうぞ」
【点数】
麗司 8
卍 8
亜矢 9
明日羽10
ウェン 8
次に料理を出したのは、Beatrice。
「妾はスープパスタを作ったのぢゃ! 日本人はスープに浸かった麺が好みだからのう。名付けて『太陽のスープパスタ』ぢゃ!」
「これは豪快ですね。肝心の味は……うん、なかなかです」
と、麗司。
「そう? エビの臭みが強くない?」
明日羽が口をはさんだ。
「それは好みの問題でしょう」
「まぁ8点ぐらい?」
「私は7点ですね」
「あなたのほうが厳しいんだけど?」
「まぁ厳正な審査ですので」
【点数】
麗司 7
卍 8
亜矢 9
明日羽8
ウェン 6
三番手に、沙羅が挑戦。
出されたのは、清湯スープを張った木桶に刀削麺を泳がせたものだ。
「麺そのものを味わってもらおうと、シンプルな料理にしました。タレをいくつか用意しましたので、お好みでどうぞ」
5色のタレが、小鉢で出てきた。
赤いタレは、唐辛子とラー油、胡麻の風味タップリの坦々麺風。
緑は、グリーンスムージーをベースに漢方と白味噌で味付けした薬膳タレ。スダチの風味が爽やかだ。
黄色は、溶き卵に薄口醤油を混ぜただけの釜玉うどん風。
黒は、黒酢に醤油とラー油。餃子のタレに近い。
そして、スイーツ仕様のタレも用意。緑の薬膳タレにバナナ、ヨーグルト、ハチミツを加えたものだ。スムージーの青臭さを打ち消し、爽やかな甘さが口に広がる奇跡のタレ!
「これこれ! 気になってたのよ!」
亜矢が真っ先に手を出した。
そして再び「うまっ、うまっ!」とゾンビ化が始まる。
だれだよ、こいつを審査員にしたの。すまん。
【点数】
麗司 7
卍 8
亜矢 9
明日羽9
ウェン 9
ここで再び、うどん登場。
雅人の出番だ。
「私の作った麺は、ずばりコレなのですよー! 一見するとただの『きつねうどん』ですが、まずは食べてみてください!」
出てきたのは、カツオと昆布でダシをとった関西風の透明スープうどん。
具は、ハンペン揚げとワカメ、かまぼこ、細葱に七味。
「なるほど。麺に魚肉を練り込みましたね?」
と、麗司。
「そうです。これは麺もスープも具も全て海産物という、海の旨味をギュッと凝縮した『関西風きつねうどんにしか見えない創作海鮮うどん』なのですよー! 正直、自分が食べてみたかっただけでインパクトがなくて申しわけありません!」
「いえいえ、よくできてますよ」
麗司は淡々とうどんをすすっていた。
残念ながら、味王化して口からビームを吐いたりしない。インパク値が足りなかった!
【点数】
麗司 6
卍 7
亜矢 8
明日羽6
ウェン 7
「主食ばっかりだと飽きるし、僕はデザートを作ったよ」
ウーノが持ってきたのは、あんみつうどん。
冷たいうどんに、アイス、フルーツ、あんこを乗せて黒蜜をかけただけの料理だ。
「あんみつうどんは初めてだぜ……」
卍が、おそるおそる箸を取った。
そして一口。
「これはこれでアリだが、うどんいらねぇよな」
「テーマが麺だったので」と、ウーノ。
「白玉にすればよかったんじゃね?」
「なるほど」
などと会話する二人の横で、ウェンディスは一人ガツガツうどんを食うのだった。
【点数】
麗司 4
卍 3
亜矢 7
明日羽2
ウェン 9
依然、トップは43点の葵。
ここで逆転をかけて、としおが登場だ。
「これが僕の全身全霊をこめた……醤油ラーメンだ!」
出てきたのは、いたって普通の──しかし精魂こめられたラーメンだった。
重くなりがちな豚骨系をすっきり食べられるよう、麺は中太ストレート。
トッピングには、特製ダレに漬け込んだ焼豚と煮玉子。ネギ、メンマ、水菜と海苔。
前もってドンブリも温めておくという気遣いもある。
それだけではない。卍が焼きそば好きだと聞けば、特製スープをベースにソースで味付けした焼ラーメンでおもてなし。
甘党のウェンディスには、有名スイーツ店の箱でラッピングしておもてなし。
麗司には、全身全霊をこめたマジうまラーメンでおもてなし!
これには、だれも文句なかった。
なぜかデスソースを食わされた明日羽だけは、文句を言ってたが。
【点数】
麗司 10
卍 9
亜矢 10
明日羽6
ウェン 9
計44点で、トップ逆転!
さらなる逆転劇をめざして、最後に恋音が挑む!
「そのまえに……内装を変えたいのですよぉ……」
恋音の狙いは、立食パーティー形式による、つけ麺バイキングだった。
テーブルを並べ替えて、5種類の麺と12種類のタレを自由に食べるというもの。
無論、理由がある。
まず、最高の麺料理とは当人がそのとき一番食べたいものであること。どんな極上料理でも、好みや体質で合わないものはある。よって、一品だけに絞ることは不可能。ならば、複数の選択肢から気分に応じて好きな選択をできるほうが『最高の麺料理』に近いはず。
用意したタレは、このとおり。
ヴィシソワーズ
魚介ダシの醤油ダレ
完熟トマトとオレガノのソース
カレーソース(好みでとろけるチーズ)
カルボナーラ風ソース
豚骨ラーメン風たれ
雪塩、天海の塩、岩塩をブレンドした塩だれ
豚バラとシメジ入りの豆乳味噌だれ
担々麺風ソース
牛肉と舞茸のダシ醤油味
鴨南蛮風
ざらめ、醤油、味醂の甘口だれ
どれも、簡単に作れて安価な材料で代用可能だ。
だれにでも手の届く、これぞ究極の麺料理!
「なるほど素晴らしい思想です。しかし……私は、佐藤君のように『これが最高の麺料理だ!』と断言するほうが好きですね。まるで、どこぞの究極の鍋料理対決みたいな感想ですが」
コンセプトを聞いて、麗司は言った。
「そ、そうですかぁ……」
「気を悪くしないでください。お気遣いはよくわかります」
「うぅん……」
【点数】
麗司 7
卍 8
亜矢 9
明日羽9
ウェン 8
「てことは……僕が優勝!?」
としおが自分を指差した。
「おめでとうございます。あなたには『ラーメン王』の称号を進呈しましょう」と、麗司。
同時に、周囲から拍手が湧いた。
「ありがとう、みんな。これからもラーメン道を
「うおおお! もう我慢できないのぢゃ! こんなおいしそうな料理、食べずに帰れぬのぢゃあああ!」
としおを遮って、Beatriceが叫んだ。
「では、みなさんで立食パーティーにしましょう」
麗司が言うと、みな待ってましたとばかりに箸や小皿を手にした。
「こんなこともあろうかと、デザート用の刀削麺を用意してあります。生クリームにマスカルポーネを混ぜたクリームチーズソースに、アイスクリームとフルーツを添えたものですが、いかがでしょう」
にっこり微笑む沙羅。
それを見た参加者たちが、負けじとキッチンへ走る。
こうして麺料理対決は幕を閉じ、撃退酒まで出てきてドンチャン騒ぎが始まるのだった。