「だがし? 駄菓子? ダメな菓子? なぜ、そんなのが人気あるんでしょう?」
ビラを見た黒井明斗(
jb0525)は、謎の言葉に首をひねった。
オヤツに畑のキュウリやトマトをかじっていた超田舎育ちの彼にとって、それは初めて耳にする言葉。
「これは、知らないといけないかもしれませんね」
たまたまヒマだった明斗は、決意すると開店前の店へ乗りこんだ。
模擬店とは思えないほど立派な駄菓子屋だ。
そして、亜矢に向かって唐突に切り出す。
「もしよければ、僕に店を手伝わせてください。バイト代はいただきません」
「いいわよ。あんたなら接客は大丈夫だし」
というわけで、明斗が店を手伝うことに。
働きながら駄菓子の知識を増やすのが目的だ。
それに何の意味があるのかと訊いてはいけない。
「おお……黒井先輩もお手伝いですかぁ……?」
店の奥から、月乃宮恋音(
jb1221)が出てきた。
色々あって、彼女も店を手伝うことになっている。
「はい。お手伝いがてら駄菓子の知識を深めようかと」
「勉強熱心ですねぇ……さすがですぅ……」
応じる恋音は、かなりのダガシストだ。
なんせ、駄菓子を使って軽食を作ってしまうほど。
たとえば、麩菓子をバターで焼いて香ばしさを加え、バニラアイスをそえた一品スイーツ。
のしイカを一口大に切って、バターと青のりとともに熱々ごはんへ混ぜ込んだ物などは、もはや立派な創作料理だ。
「では、一日はりきっていきましょう! 駄菓子と玩具を売って売って売りつくしますよ!」
無駄にハイテンションなのは、袋井雅人(
jb1469)
彼も恋音と一緒に、店の手伝いだ。
3人もの助っ人を得て、客を迎える準備は万全!
いざ開店だ!
「おー、お菓子がいっぱいなのですよ♪」
駄菓子と聞いて一番に駆け込んだのは、江沢怕遊(
jb6968)
スイーツ愛が高じて天界を去ったほどの過去を持つ、甘味大好き堕天使だ。
「いらっしゃいませ、江沢君!」
顔見知りの雅人が、チャイナドレスで応じた。
怕遊も女装だが、みんな見慣れててツッコミすら入らない。
「おー、あんこ玉! 5久遠チョコ! 串カステラ! そして駄菓子の王様、麩菓子なのです! 全部まとめて買うのですよ!」
おおはしゃぎで、片っ端から駄菓子を買いまくる怕遊。
「ちょっと! 1人300久遠までよ!」
亜矢が大声で注意した。
だがしかし、今日の怕遊はいつもの怕遊ではない。山のような菓子を前にして荒ぶりまくる彼を、だれが止められようか!
「ボクは客なのです! お客様は神様なのです! 駄菓子屋はお菓子を売るのが仕事なのですよ! きっちり仕事をするべきなのです! 1人300久遠? そんなの知らんです!」
今日の怕遊は別人だった。
駄菓子パワーで覚醒した彼は、容赦ない大人買いで菓子類だけを買いまくり、食べまくる。
その勢いは、開店10分で全てを買い占めんばかりだ。
え? 大人げない? いいえ子供なのです!
──数分後、怕遊は簀巻きにされて店の外へ放り出されたのであった。
「駄菓子屋さんて初めてだけど、こ、これは……! うめえ棒級お菓子いっぱいのパラダイスじゃない!」
蓮城真緋呂(
jb6120)は、大量の駄菓子を前に興奮を隠せなかった。
彼女もまた、いずれ劣らぬスイーツ大好き少女。
否、食いもん大好き少女!
「惜しむらくは、大人買いできない点……いえ、ここは純真な子供の心で、限られた予算で食いつくs……もとい楽しむわ!」
というわけで、まずは笛型ラムネを購入。
おいしくて遊べる駄菓子といえばコレだ!
子供の心に返って、ラムネをピーピー鳴らす真緋呂16歳。
「なかなかわかってるわね、あんた」
亜矢がニヤリと微笑みかけた。
それに対して、真緋呂はモールス信号で返す。
「ピーピーピーピピー ピーピーピーピー ピピーピピーピ ピーピーピピ ピピ
「意味はわからないけど……あんたがほしいのはコレね!」
亜矢が手渡したのは、ずばり酢昆布!
「正解よ」
酢昆布をもぐもぐする真緋呂。
だが、この時点で予算の半額を消費。
「うぅ……さくらんぼ餅はかわいいし、あんず棒もおいしそう……でも予算が……。そうだ!くじで当てれば倍食べられる!」
完璧なロジックだと自画自賛して、サムズアップする真緋呂。
「当たれ……当たれ……」
彼女の食への執念は、判定ダイス(キャラメル)をも凌駕……できなかった。
「なら最後の手段よ。矢吹さん、当たり教えてくれたらバストアップの方法教えるわ!」
「乗った!」
こうして真緋呂は、大幅に予算を超えて駄菓子を満喫したのであった。
「駄菓子大好き。安くていっぱい食べれるし。ふんふ〜ん♪」
鼻歌を口ずさみながら、山里赤薔薇(
jb4090)がやってきた。
お菓子大好きな彼女だが、怕遊や真緋呂とは違う。
「たくさん食べるぞ〜〜。でも、ほかの人のことも考えて自重しなきゃだよね」
なんという気配り!
これぞ女子力!
「まずは桜大根! これは外せないんだ! もぐもぐ……。うひゃぁ〜〜! うめぇ〜〜!」
「お次は麩菓子! 魅惑の黒糖に包まれた小粋な存在。……パクパク! このふんわりとしつつ濃厚な黒糖風味! サイコ〜〜〜!」
女子力を存分に発揮して、駄菓子を食べる赤薔薇。
無論、周囲への気配りも忘れない。幸せは分かちあわなきゃねと、周囲の子供たちにお菓子を買ってあげる優しさだ。みんなにも見習ってもらいたい。
「んで、締めは一番大好きなあんず飴! ……うん、おいしぃ。故郷の村でも、よく駄菓子買って食べたな……お母さんからお小遣いもらって、兄ちゃんに手を引かれて……。でも、もう皆いないけどね……」
あんず飴を食べながら、ふと寂しげな表情を浮かべる赤薔薇。
彼女もまた、天魔に家族を奪われた過去を持っているのだ。
「天国の皆、私は今、幸せです……」
あんず飴をペロペロしながら、涙目で呟く赤薔薇だった。
「ふふ、駄菓子屋よ駄菓子やぁ……。きなこ棒にカリカリ梅! 4ちゃんイカに5久遠チョコ!! 果物もちに、占いプチチョコ!! 各種太郎さんシリーズに、麩菓子に、串ドーナツに、アイスもどきにラムネ菓子にシガーチョコにあああああもう駄菓子さいこおおおおおううううう!!!」
一体なにごとかというテンションで、拳を天に突き上げる少女がいた。
……少女? うん、駄菓子屋に来た時点でみんな子供に返ってるから。
少女の名は、田村ケイ(
ja0582)
高レベルの駄菓子ラーだ。
「だが、真の駄菓子ラーなら、それらを買いあさる前にやるべきことがある。まさに、勇者にしかできない仕事が……!」
独り言をつづけながら、光纏しつつ駄菓子屋に突入するケイ。
そして、猛然と物色開始。
「真の駄菓子ラーに課せられた仕事……それは、松●製菓アメリカンコークを水に溶かさず一気飲みすることだ……!」
なにかの中毒患者みたいなことを口走りながら、目的の駄菓子を買いあさるケイ。
しかるのち、アメリカンコーク(水に溶かして飲むアレ)を、粉末のまま袋から一気飲み!
「ゲフゥッ!」
当然のように、むせるケイ。
「だが負けぬ!」
体勢を立てなおし、次はメロンのソーダ粉末を一気!
「ンドゥバッ!」
いや……ちょっと童心に返りすぎじゃないですかね、ケイさん……。
「駄菓子か。……懐かしいな。くくく……」
後藤知也(
jb6379)は、不敵に笑った。
かつて某駄菓子漫画の愛読者だった彼にとって、駄菓子屋はまさに母なる聖地。そこらの素人とはワケが違う!
そんな駄菓子マスター知也がまず選んだのは、ミニプリン。
ふたを開けたところで、たまたま持っていた(!?)魚型の醤油差しからポタッと一滴。
そして、パカッと口の中へ。
「おおお……オーマイ○ーンブ!!」
両手で頬を釣り上げ、絶叫する知也。
いかつい外見からは想像もつかないリアクション芸に、周囲の客も呆然だ。
「ほら、そこのチビッコ。よく見ておけ。昔はみんなこうして、菓子同士組み合わせてハイグレードにして食ってたんだぞ」
そんなことをしてたのは一部のマニアだけだが、いまの子供にはわからない。
知也は次にラムネを買い、麦茶とハーフ&ハーフにして爽快に一気飲み!
実際いけるらしいが、マジか。
「ぷはぁ〜〜! オーマイ○ーーンブ!!」
なにか食べたあとは必ずこれを言うのが決まりだ。
そうして知也は嫌がるチビッ子たちに麦ラムネを強引に飲ませると、麩菓子を巻物のごとく口にくわえ、ゴキブリのように壁走りして立ち去るのだった。
「ほう、りっぱな駄菓子屋ではないか」
小等部1年の築田多紀(
jb9792)は、やけに大人びた口ぶりで店内を見まわした。
だが、その口調と裏腹に気持ちは高ぶり気味。彼女もお菓子大好きなのだ。
無論、戦闘(ショッピング)の用意は万全。肩にはいつもの鞄ではなく大きな籠を背負い、上限300久遠と決められているにもかかわらず、500久遠を使いきろうと気合いを入れてきた。
第一目的はイタズラグッズ。ガムをあげると見せかけて指を挟むアレだ。
「幼いころ、よく兄にやられたな……」
と過去を思い出しながら、まずはバッチンガムを確保。
さらに、「チョコもあるかなぁ……」と呟きつつ店内を物色しはじめる。
そして、1個10久遠のチョコバー、ヨ=グルや笛型ラムネ、よく膨らむガムなど、駄菓子屋ならではの10久遠菓子を40個購入。
上限額を超えてるが、亜矢もそこまでうるさくはない。
こうして多紀は、籠に満載……とまで行かずとも、大量のお菓子をぎっしり詰めこんで意気揚々と帰路に着くのだった。バッチンガムで兄に報復することを考えながら。
食いしん坊の彼ならば、かならず食いつくだろう。もちろん、そのあとはお詫びにお菓子を渡すつもりだ。
「ふーん、駄菓子屋ねぇ……。そういえば駄菓子って食べたことないや……」
山本ウーノ(
jb8968)は、無表情で駄菓子屋を眺めていた。
興味はあるが、店が混んでいるので面倒なのだ。コミュ障にとって、人混みほど面倒なものはない。
しかし、そんなコミュ障天使に容赦なく声をかける、雅人inチャイナドレス。
「いらっしゃいませ! 当店は、自称最強クノイチ矢吹亜矢さんの経営する駄菓子ショップ! 豊富なラインナップでお客様を飽きさせません! どうぞ中へ!」
「いや、あの……」
抵抗できず、強引に連れ込まれてしまうウーノ。
こんなアグレッシブな駄菓子屋、見たことがない。
雅人の営業トークは続く。
「見てください、お客さん! じつは凄いんですよコレ! ホラこうすると指から煙みたいなのが出るんです!」
「あ、そう……」
「これはどうですか? 恐怖、心霊写真シール! まさにトラウマ級のヤバさですよ!」
「へぇ……」
売れない商品を何とか売ろうと、必死な雅人。
だが、ウーノはまったく興味を引かれない。
「ならばこれです! 当店一番の不人気商品! ゲテモノグミ!」
出てきたのは、ゴキやミミズそっくりのグミだった。
あまりにリアルすぎて、ネタで食べるのも遠慮したいレベルだ。
「なんと……この世には、こんな菓子があったのか!?」
驚いたのは、ウーノではなく明斗だった。
わざわざゴキ型のグミを製造販売する意味がわからず、カルチャーショックを受けている。
「だれか教えてください。なぜこんなものが売られているのか」
しかし、その問いに答えられる者はいなかった。
作ってる人にも答えられないかもしれない。
「ゲテモノ……もとい珍味は置いといて、軽食はいかがですかぁ……?」
恋音が、甘のしイカと黒糖麩菓子を持ってきた。
「これはうまい! さすが恋音ですね!」
客をさしおいて、マッハで食べる雅人。
それを見たウーノも、ものは試しと一口。
「これはなかなか……」
料理上手の彼には、なにか感じるところがあったようだ。
「よろしければ、レシピのコピーをお配りしていますよぉ……?」と、恋音。
「じゃあもらおうかな……いや、でも自分で作るのは面倒かな……」
迷うウーノだが、ともあれ駄菓子の味を知ることはできたようだ。
「おー、結構本格的じゃねーか」
棚に並ぶ駄菓子の数々を眺めて、小田切ルビィ(
ja0841)は感心したように言った。
亜矢はドヤ顔で、「ふふん」などと胸を張っている。
「ちょっと取材させてもらってもいいか? 校内新聞の記事にしてえんだ。まぁ謝礼は出せねえけどな」
「取材? 面倒ねぇ」
「そう言うなって。こんなにかわいい女の子がやってる駄菓子屋、そうそうないぜ?」
「当然よ! 好きなだけ記事にしなさい!」
なんと単純な。
ぶっちゃけ、天魔の舌とか無用だった(ぉ
てことで、取材開始。
「おお、なつかしいな……。うめえ棒、酢昆布、梅ジャムせん、カラーとんがりは、小坊時代の遠足四天王だったぜ……」
撮影しながらノスタルジーに浸るルビィ。
駄菓子菓子! 素朴な疑問が脳裏をよぎる!
「つーか。実際すごい品揃えだよな? 一体ドコから仕入れてんだ?」
「企業秘密よ!」
説明する時間(字数)など、あるはずなかった。
「そうか、秘密か。……まぁいい、最後に店をバックに撮影させてくれ」
「いいわよ」
こうしてルビィは取材を終え、せっかくなのでと300久遠分の駄菓子を亜矢にセレクトしてもらって帰るのだった。
「駄菓子屋……行ったことのない所ですが……菓子屋……?」
かくーりと首をかしげて、セレス・ダリエ(
ja0189)は店の前に立った。
「そう。いろいろなお菓子を売ってるんだ。さぁ入ろう」
さわやかに答えたのは、陽波透次(
ja0280)
なんと! ぼっちLv99の彼にも、ついに友人が!?
「なんだか、雰囲気がとても……不思議ですね」
駄菓子屋独特の内装に、セレスは興味津々だ。
それを見て、おもわず微笑む透次。
だ、だれだコレ!
だれだコレ!?
だいじなことなので二度(ry!
どうやら、自分を気にかけてくれる人がいると自覚して心が浄化された透次。
ついにぼっちを返上し、彼は生まれ変わったのだ!
もっとも、透次はセレスを大切な友人だと思っているが、セレスは彼のことを大切な不思議な人だと思っている。微妙な関係だ。
とはいえ、ぼっちを返上したのは事実。
やったね! これでもう、ソロ百人一首とかしなくて済むよ!
ともあれ、まずは注文だ。
シノビの端くれとして、忍語で書いた注文を亜矢に渡す透次。
『ねるねるねろねをください』
「なんで忍語なのよ」
『暗号会話は忍者の嗜みゆえ。そういえば射撃場ではすみませんでした』
紙切れと一緒に、透次はコロッケパンを差し出した。
「あら、いい心がけじゃない」
たいていのことはコロッケパンで許してしまう亜矢。
この機転により、透次は無事に商品を入手したのだった。
「さぁセレスさん。食べてみてください」
「ねるねるねろね……? 初めて見ます。……こうやって回すモノなのですね。回して回して回して回して……」
指定の作りかたどおり、粉末に水を加えてクルクルするセレス。
一方、透次はサイダーで練る練るしている。
「昔はココアや青汁で作ったりしたなぁ……」
「なにか、色が変わってふくらんできましたが……。透次さん、これは食べ物なのでしょうか」
「おぉ、セレスさん良い練り具合。もちろん食べ物だよ。こう、トッピングをつけて食べるんだ……うまい!」
『てーれってれー♪』とか言い出す透次。
本当に誰だよ。
「水以外でも……微妙な味、かもですね……」
言葉どおり、微妙な表情になるセレス。
その後も、ふたりは600久遠で餅菓子やシガレット、ミニラムネなどを買って食べた。
「本当に色々あるのですね……ちょっとした、宝探し気分です……おもしろい……。透次さんと一緒だからかな……透次さんが楽しそうで、なんだか……嬉しい……」
微笑むセレス。
それを見て、透次も微笑み返す。
「セレスさんのおかげで、今年の文化祭は楽しかった……一緒してくれてありがとう」
「こちらこそありがとう、です。文化祭があって良かったです……」
なにやら良い雰囲気を漂わせながら、ふたりは仲良く並んで帰るのだった。
そんな中、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は一人モリモリ食べていた。
見かけによらず痩せの大食いで、チョコ系の駄菓子を全制覇する意気込みだ。
そのとき、彼はふとイタズラを思いついた。
「亜矢さん、これをいただきますね」
と、30久遠のチョコバトンを買うエイルズ。
その際、きっかり30久遠を渡しておく。
次に、「あ、やっぱりモナカチョコにしていいですか」と、チョコバトンを返品。
「いま返したチョコバトンと、さっき渡した30久遠で計60久遠。モナカチョコは50久遠だから、10久遠のおつりをください」
「ええと……そうね。はい」
言われるまま、モナカチョコと10久遠を渡す亜矢。
「ああ、やっぱり引っかかりましたか。かわいらしい方ですねえ。……いやいや、ほんの冗談ですよ」
エイルズは、笑いながらトリックを説明した。
が、亜矢は納得しない。
「え、待って。チョコバトンと30久遠で……あってるじゃん。なにトリックって。……はっ、そうやってあたしをだまそうとしてるのね!」
「あの……いま説明しましたよ?」
「いや、あんたの説明はおかしい!」
「おかしくありませんから!」
おかしいのは亜矢の頭なのだが、それを説明するのはさらに難しい。
結局、恋音と明斗が図に描いて説明することで、亜矢は納得した。
「はぁ、みごとにだまされた。エイルズ、あんた詐欺師になれば?」
「こんなのにだまされる人、いませんよ」
「なにそれ! あたしがアホみたいじゃん!」
「いえ、まぁ……」
妙なことをすると、こういうややこしい目に遭うのである。
駄菓子屋の看板を見つめながら、下妻笹緒(
ja0544)は哲学者めいた顔で思案していた。
(300久遠もの莫大な金額を使えるとなると、素人はあれこれ買いたがるもの。やれデリシャス棒だ4ちゃんイカだと、手当たり次第無節操に頬張ってしまう。そこには美学がない。駄菓子に対するポリシーなくして、真のダガシストは名乗れないのだ。となれば……)
笹緒の出した答えは、300久遠すべてガムに突っ込むというものだった。1箱に6粒入った、丸いフルーツガムだ。
そして、そのすべてを豪快に口の中へぶちこむ。
すぐに後悔が押し寄せてきた。
口の中を埋めつくすガムの苦しみもさることながら、駄菓子を選ぶ子供たちの姿を見て己の行為が間違っていたと気付いてしまったのだ。
(嗚呼、なぜ全額ガムを買ってしまったのか。失敗したらまた買えば良い、そんな贅沢は許されないのが、ちびっこにとっての駄菓子選び。そんなことも失念していた私は……私は……!)
子供のころの胸の痛みを思い返しながら、笹緒はただ巨大な風船をぷうと膨らませるのだった。
しかし、どんなにシリアスを気取ってもパンダはパンダ。
周囲の子供たちから無闇にモフモフされて、とても哀愁を漂わせるヒマなどなかった。
「今日も屋台がいっぱいだね、ちぃ姉」
「そうだな。なにかほしいものあるか?」
「うーーん……」
文化祭で賑わう学園内を、礼野真夢紀(
jb1438)と礼野智美(
ja3600)が歩いていた。
彼女たちも部活で焼きそばの屋台を出しているのだが、いまは休み中。せっかくなのでと、散策に出たところだ。
(うちの出店は今年も焼きそばだし、卍さんも焼きそばだったら味の参考に購入して……)
と考えながら歩く智美。
そのとき。真夢紀が「わぁ、駄菓子屋さんだぁ!」と駆けだした。
「駄菓子屋?」
妹のあとについていってみれば、智美の前に現れたのは亜矢の店だった。
(あの忍者の店……。商品はまともなのか?)
いぶかしげな表情で店内を見まわす智美。
だが、見れば妹はたのしそうだ。
ならば水を差すわけにいくまいと、ひそかに商品をチェック。
(……よかった、普通の駄菓子屋だ)
意外とまともな店だったことに、智美はホッと息をついた。
「あ、これ本で見たことがある。たしか糸引飴って言うんだよね? こっちはカタヌキ?」
商品棚を眺めながら、きらきらと目を輝かせる真夢紀。
田舎の出身なので、かえって純粋な子供向けの駄菓子屋には行ったことがないのだ。
ただ、どういう店なのかは本で読んだことがある。なので、人一倍関心が強いのだ。
「えーと、これと、これと、あと……」
とりあえず本で見たものを、次から次へカゴに入れてゆく真夢紀。
玩具類は買ってもゴミになりそうなので、買うのは菓子類だけだ。
「……あ、もう300久遠だ。予算が足りないなぁ……。ちぃ姉、おねがい」
「待った! 1人300久遠までよ!」
亜矢が止めた。
「姉は何も買わないみたいなので、2人あわせて600久遠で……良いですよね?」
「それならOK」
「600久遠分買ったらさっさと帰るよ。まゆ」
亜矢が絡むとたいていロクなことにならないので、せかす智美。
「あ、うん。あと少しだから」
どこか挙動不審な姉に首をかしげつつも、てきぱきと商品を選んで清算する真夢紀。
このあと姉妹はいつもの部室に戻り、お茶とお菓子をたのしむのだった。
「いいわねェ、駄菓子かァ……懐かしいわねェ、豚メンとかミニコークとか、店の前で買い食いしたわァ……♪」
黒百合(
ja0422)は懐かしそうに呟いた。
およそ駄菓子屋が似合わない彼女だが、そんな幼少時代もあったらしい。
ともあれ、適当に安い駄菓子を買って店の前で食べる黒百合。
ヒリュウを召喚して食べさせたり、わりと楽しんでいる。
「日頃おつかれさまァ、今日は戦闘なしだからのんびりしてねェ……今後はちょっと厳しい戦いになりそうだから、しっかり鋭気を養いなさいねェ♪」
と、やさしくなでなで。
300久遠を使い切って周辺のゴミをかたづけ、さぁ撤収。
──と思ったところで、ふと店内を見ると楽しそうな雰囲気だ。
それなら、と手伝いを申し出る黒百合。
「ねェ……お店の手伝い、させてくれるゥ……?」
「あんたが!? これ天魔退治の依頼じゃないけど!?」
亜矢も仰天だ。
「わかってるわよォ……お店を壊さない、お客を殺さない、っていう点にだけ気をつければいいでしょォ……?」
「うん、まぁ……」
「じゃあ決まりィ……よろしくねェ……?」
にんまりと微笑む黒百合。
疲れたら『吸血幻想』で客の血を吸って疲労回復……などと考えているので、今後訪れる客は要注意だ。
「駄菓子屋……記憶にはないですが、なにか心惹かれるものがありますね」
雫(
ja1894)は神妙な面持ちでやってきた。
はっ! まさか、駄菓子に彼女の記憶を取りもどすヒントが!?
「とりあえず……このスモモ漬けとやらをいただいてみましょう」
目にも鮮やかな赤色に染まったスモモを食べる雫。
だがしかし
「っ!? のどに……!?」
すっぱさのあまり、むせてしまう。
これでは記憶を取りもどすどころではない!
「単品では刺激が強すぎたようです……次は、これとこれを……」
雫が選んだのは、うめジャムとソースせんべーのセット。
このジャムもまた、ドギツイ色をしている。
「なにか体に悪そうなほど鮮やかな色ですが……本当に体にいいのですか?」
「もちろん! 赤は縁起のいい色でしょ?」
と、亜矢。
納得しかねる雫だが、次は糸引飴に挑戦だ。
一般スキル『感知』で、当たりを狙うぜ! ……って、そんなコトできないよ!
「亜矢さん、さきほどから当たりが一向に出ないのですが……イカサマしてませんか?」
「なによ! 証拠でもあるの!?」
イカサマしてる人の典型的なセリフだ。
まぁ10久遠ぐらいでうるさく言うのも大人げないですし……と引き下がる雫。どっちが子供かわからない。
そして次に麩菓子を食べたとき、雫は少しだけ過去を思い出した。
「一口ほしいと言われて上げたらほとんど食べられて、だれかに腹パンを入れてた記憶が唐突に頭に浮かんで来ました……」
「どんな記憶よ、それ」
「さあ……」
「ふぅん、駄菓子屋ですか……。すこし見てみましょう」
前が見えにくそうな髪型で、只野黒子(
ja0049)がやってきた。
このところ四国や静岡のほうが慌ただしくなってきたので、その前の息抜きだ。
まず目についたのは、カレーせんべー。名前そのまんまの、安直な駄菓子だ。
じつはカレーとアイスが大好物の黒子にとって、これはマストアイテム!
ほかにもカレー味のスナックをいくつか買って、ぽりぽり食べる。
「しかしカレー味ばかりでは、さすがに飽きますね」
ほかに何かないかと棚を見れば、目を引く品があった。
ゴム底みたいに平べったい、アレなカツだ。
さらにイカソーメンを買い、水に溶く粉末ジュースも買って、店の外で一杯はじめる。
するとそこへ、手伝いをしていた黒百合が近付いてきた。
「あらァ……こんなところで会うなんて珍しいわねェ……?」
「まぁちょっと、息抜きにね」
そうして二人は、駄菓子片手に雑談をはじめた。
どちらも生粋の戦闘狂だが、話題にするのはあえて近況報告や進級試験のことだったり。
せっかく息抜きに来たのだから、戦争の話は避けたいのだろう。
ともあれ、ふたりの黒ちゃんは文化祭の一日を気楽に過ごしたのであった。
「駄菓子屋とは懐かしいなー。俺はあれが好物なんだが、あるっかなー♪」
いつもは爆破魔のラファル A ユーティライネン(
jb4620)も、今日は童心に返っているのか、どこか遠い目になっていた。
彼女が言ってるのは、スモモ飴だ。
毒々しい赤の酢に漬け込んだスモモを割り箸に刺して水飴でくるみ、ソーダせんべーに載せた駄菓子。何度か両親にねだったのに買ってもらえず、ねーさんがこっそり買ってくれたのを懐かしく食べた記憶が……
……そう、いまは爆破魔と堕したラファルにも、そんな時代があったのだ!
いまは爆破魔のラファルにも!
いまは爆弾テロリストのラファルにも!
いまは無差別爆破実行犯のラファルにも!
いまは(ry!
「は……っ、たわいもない味だが、生身のころの味覚が蘇っちまった」
スモモ飴をくわえながら、感傷に浸るラファル。
そうして腹ごしらえが済んだら、マシンガン風銀玉鉄砲の出番だ。
ドラムマガジン式で、通常の3倍も弾が入る代物。
そんなものは売ってないので、無論ラファルが自分で改造したのだ。
スプリングは強化して、数十倍の威力に。銃身も金属製にして、弾丸もパチンコ玉にした。
「当たりどころが悪いと死ぬかもしれねーが、久遠ヶ原だし大丈夫だろ。これと火薬マシマシ爆竹で、客どもを狩り……もとい脅かしてやるぜー!」
うん、これでこそラファルだ。スモモ飴とか食ってる場合じゃない。
でも店内には一般人もいたので、出撃5秒後には周囲の生徒たちに取り押さえられてしまったのであった。無念!
商売繁盛の中、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は少々遅れて姿を見せた。
いつになく深刻な表情の彼は、亜矢に近付くと小声で告げた。
「マズイで亜矢。この店の売り上げを妬んだ奴らが、チョコに毒仕込んだって情報が入った」
「ええ……っ!?」
「表沙汰にしたらマズイからな。プロを呼んどいた。チョコレート刑事! 出番です!」
ゼロが呼ぶと、強烈な逆光を背景にして、かつぎを翻した華桜りりか(
jb6883)が颯爽とドアの前に立った。
「どS刑事さん、ご協力感謝なの……あぶないチョコさんを探すの、ですよ?」
「なんなの、あんたら」
あきれ顔で亜矢が問いかけた。
「このおかたはな? たとえ毒入りチョコでも平気で食べることができる、最強の刑事なんや!」
「りりかでしょうが。何度か顔見てるし」
「それは捜査のための仮の姿や。刑事が真の姿やで!」
「まぁいいけど。ちゃんとカネ払ってよね?」
いくらなんでも、こんな茶番に騙される亜矢ではなかった。
ゼロには、いままで何回もひどい目にあわされているのだ。
「では……毒入りチョコを探すの、です……。ゼロさん……いえ、どS刑事と2人分あわせて、600久遠……。これで、5久遠チョコ120個は大丈夫なの、ですね……」
チョコレート中毒のりりかは、これが目的だったのだ。
代金払うなら普通に来店すれば良かったような気もするが……。
やがて、りりかは120個の5久遠チョコを完食した。
満足げな笑顔を浮かべて、「はふぅ……」と息をつくりりか。
それから、思い出したように言う。
「あ、はんにんは……んと、矢吹さんなの……です」
うっかり捜査を忘れかけるも、予定通りにりりかはビシッと亜矢を指差した。
「意味わからないけど?」
「つまり、矢吹さんの手が……よごれていたよう、です」
「毒入りチョコの犯人は、亜矢! おまえやったんか! 汚物は消毒やな!」
待ってましたとばかりに、ゼロが火炎放射器を取り出した。
「バカね! いつも思い通りに行くと思ったら大間違いよ!」
最初からこうなると予想していた亜矢は、奥義影分身から神速の隼突きを繰り出した。
これは、くらったらタダじゃ済まない。ゼロ大ピンチ!
しかし、彼は慌てず騒がず透過を発動。
床下に潜りこんだゼロの頭上を、亜矢とその分身がスカッと走り抜けた。
「ホンマ阿呆やな。俺が悪魔だっちうこと忘れたんか? ほな消毒やな」
「アバーッ!?」
火炎放射器から吐き出された炎が、分身ごと亜矢をBBQにした。
これはひどい。
「んぅ……ゼロさん、ほどほどになの……ですよ?」
りりかが、残っていたチョコをゼロに手渡した。
「大丈夫やって。ちゃんと手加減しとるさかい」
チョコを食べながら、笑顔で消毒をつづけるゼロ。
こうして、ふたりの活躍によって久遠ヶ原の平和は今日も守られたのだ! ありがとう、ドS刑事&チョコレート刑事!
その後駄菓子屋は、明斗、恋音、雅人、黒百合の4名によって支障なく運営された。
亜矢なんて最初からいらなかったんだ!