「まぁまぁ、ソコのヤンキー。落ち着くネ。怒るとおなかが減って損だし、エネルギーの無駄ダヨ」
とおりすがりの長田・E・勇太(
jb9116)が、鏡子に呼びかけた。
「あァ? なんだてめえ」
鬼のような形相で振り返る鏡子。
「撃退士の力は、天魔を倒すためにあるネ。仲間を殴るためではないヨ」
「こんな変態ども、仲間じゃねぇんだよ!」
「彼らと同じ戦闘依頼に参加したとしても、そんなコトが言えるのカナ?」
「こんなヤツら、いねぇほうがマシだっつーの」
「それはいけないネ。戦場では、仲間との連携が大切ヨ。ミーを拾ってくれた、元軍人のおばあさんも言ってたネ。戦場で生き残るには
「グダグダうるせぇ野郎だな。一発殴れば静かになるか?」
「ほぉう……説得はイラナイノネ。なら、スタンド・アンド・ファイトね」
勇太は光纏すると、スレイプニルを呼び出した。
さらに、金属糸を取り出して身構える。
「ほー。話が早ぇじゃねーか」
「説得が通じないのでは仕方ナイネ。サンダーボルトをくらうがいいヨ!」
見かけによらず、好戦的な勇太。
はやくも説得失敗かと思われた、そのとき。
「やあ、鮫嶋さん。これはクラブ活動の一環か?」
剣呑な空気をものともせず、月詠神削(
ja5265)が声をかけた。
「ん? おまえは……?」
「おぼえてないのか? 4月に、ファイトクラブの部員集めで……」
「ああ、そうだ。小学生の小娘にKOされてたヤツだ」
「いやなことを覚えてるな……。まぁいい。あれから、例のクラブはどうなった? すこし気になってたんだ」
「おう、あれから何人か集まってな。毎日殴りあってるぜ。おまえも入れよ」
「考えておこう。それはともかく……」
と、雑談をはじめる神削。
こうして鏡子の気を引いておいて、変態2名は他の生徒に任せる作戦だ。
(これで、だれかが説得してくれれば良し。駄目だったら……俺は知らん)
鬼畜策士として名高い神削だが、今日はずいぶん投げやりだ。
まぁ気持ちはわかる。
しかし鏡子の気が逸れたことで、「パンツを売ってくれ」「売りません」問答が再開。
そこへ、月丘結希(
jb1914)が呆れ顔でやってきた。
(……ったく。この学校の変態率は高すぎよ。本土と比べたら、あまりに異常な確率じゃない。やっぱりアウル覚醒の要因には、一般人を超越した思考や思想が大きく影響するとしか思えないわ)
心の中で呟きながら、結希は瀬野の前に立った。
そして、蔑むような視線を向ける。
「アンタ、そんなに女の子の下着が欲しいの? なかなかの変態ぶりだけど、なっちゃいないわね。下着を得るために金銭を支払うのは、変態の道に外れた行動よ。あなたも変態なら、もっと変態らしく行動することね」
「なにを言う! 私は変態ではない!」
「だれがどう見ても変態よ。自覚したなら、変態は変態らしく下着ドロでもやってなさい。ゲスな犯罪者だけど、久遠ヶ原で変態をやるならソレくらいの覚悟を持つのね。今のままじゃ中途半端よ。せいぜい依頼掲示板をにぎわすくらいの変態をめざすのね」
「私は変態ではないと言ってるだろう!」
あくまで否定する瀬野。
これでは説得にならない。
「話は聞いたわ! あたいにまかせて!」
いつもどおり自信満々で、雪室チルル(
ja0220)が登場した。
「瀬野! あんたは、この子のパンツが手に入ればいいのね?」
「そのとおりだ!」
「じゃあ、パンツがもらえたら退散するって約束しなさい! ちゃんと誓約書も書いて、カメラの前で宣言してもらうわ!」
「よかろう!」
提供者である絵夢をほったらかして、勝手に話を進める二人。
「ちょ……イヤですよ、私は!」
当然、絵夢は拒絶した。
が、チルルには策がある。
「心配無用よ。いまから新品のパンツを買ってきて、この変態に渡せばいいの。これで解決! あたいったら天才ね!」
「待ちたまえ! 私がほしいのは、彼女のはいたパンツだ! 新品など価値がない!」
と、瀬野。
「約束を破るつもり!? あんたにはパンツへの愛が足りないわ!」
「馬鹿を言え! パンツを愛するからこそ、私はこうして嘆願しているのだ!」
この男を説得するのは、容易ではない。
「それなら……まずはみんな落ち着いて。そして三条は、みんなの分のお茶を買ってきて」
チルルが、唐突なことを言い出した。
「お茶? なぜですか?」
「あんたは、鮫嶋にお礼がしたいんでしょう? でも鮫嶋は受け取らない。だったら、お茶やお菓子を買ってきてみんなで食べればいいじゃない。鮫嶋も、それぐらいなら納得するでしょ?」
「アタシが、そんなおままごとに付き合うワケねぇだろ」
「まぁまぁ。お茶を飲んで甘いものでも食べれば、きっと気分も落ちつくはずよ。よく考えると、あたいたちが一番得してる気もするけれど。多分きっと気のせいね! 三条の目的も達成できるし、これぞ一挙両得ってやつよ!」
「そもそもアタシは、甘いモンが嫌いなんだよ!」
「ウソ!? 甘いものが嫌いな女の子なんて、いるはずないわ!」
「本人が、嫌いだって言ってんだよ!」
「は……っ! もしやあんたは、カレー教の信者!?」
「なんだそりゃ」
「甘いものが嫌いだなんて、それ以外考えられないわ!」
信じがたい事実を前にして、妙な方向へ話を進めてしまうチルルちゃん。
「ああ、もう。お茶とかパンツとか、どうでもいいんです。私は鏡子お姉様にお話が……」
どうでもいい話を打ち切って、絵夢は鏡子のもとへ走ろうした。
その首根っこを、結希がグイッとつかむ。
「ちょっと待ちなさい、アンタ」
「なんですか! 止めないでください!」
「ぶっちゃけ、あたしはただの通りすがりだし、アンタの性癖は勝手にしろって感じけど、鮫島についていきたいならアンタのジョブじゃダメよ。あたしのデータによると、彼女は阿修羅至上主義者。だから、仲良くなりたければとっとと阿修羅にジョブチェンジしてくることね」
「そうなんですか! それはいいことを聞きました! さっそく今日中に変えてきます」
「ただ、あんたが鮫島目当てじゃなくて、ただMの欲求を満たしたいってだけなら佐渡乃明日羽って女を紹介するわよ?」
「いいえ、私は誰でも良いわけではありません。鏡子お姉様がいいんです!」
「あ、そう。まぁ好きにすれば?」
「はい! 好きにします!」
こうして、学園に阿修羅が1人ふえた。
だが、事態は何も解決してない。
「さぁそこをどけ、中坊。変態ふたりブン殴ってオシマイだ」
神削の小細工も通じず、鏡子が絵夢に近付いてきた。
「まぁすこし落ち着きなさいよ」
と、結希が止める。
「あァ? オマエにゃ関係ねぇだろ」
「あんたの場合、もう単に誰でもいいから殴りたいってだけなんじゃないの? アタシは遠慮しておくけど、野次馬の中にはそれなりに強い人間もいるだろうからソイツとでも殴りあってれば? あんたの性癖なら、それで十分ストレス解消になるんじゃない?」
「わかってねぇな。アタシは、この変態どもに鉄拳制裁をくらわしてやりてぇんだよ」
「それ、ただのストレス解消と何が違うのよ」
「うるせーな。気分の問題だ」
鏡子はボキボキと指を鳴らした。
ここまでの説得で、状況は何ひとつ変わってない。
そこへ、月乃宮恋音(
jb1221)がおずおずと出てきた。
「あのぉ……お話をうかがうかぎりでは、鮫嶋先輩が三条さんからのお礼を受け取れば、解決するのではないかと、思うのですけれどぉ……」
「んなモンいらねぇって、何度言わせる気だ!」
「しかしですよぉ……? 『恩を受けて返さないのが嫌』という気持ちは、鮫島先輩も同様ではありませんかぁ……?」
「そいつの気持ちなんぞ知ったことか! アタシがいらねぇっつったら、いらねぇんだよ!」
「うぅん……これでは、話が平行線のままですねぇ……。ここはひとつ、学食の食券とドリンクを三条さんがおごるという形で収めては、いかがですかぁ……?」
「しつけぇな! アタシはメシをおごってもらうために助けたワケじゃねぇんだよ!」
「う……うぅん……そうですねぇ……」
攻めあぐねて、口ごもってしまう恋音。
なんでも理詰めで考える彼女にとって、理屈が通じない相手は非常に厄介だ。
こうなれば説得の矛先を替えようと、恋音は忍法霞声で絵夢に話しかけた。
「あのぉ……さきほどから見ていると、どうやら三条さんは少々特殊な趣味に目覚めてしまったのではないかと思うのですけれどぉ……いかがですかぁ……?」
「そ、そんなことありません!」
「失礼ながら、私も同じような趣味を持っているので、見ればわかりますぅ……。そこで、ですねぇ……もしよろしければ、私がお相手しますよぉ……? さきほど月丘さんが言っていた、佐渡乃先輩直伝の責め技術もありますしぃ……。ものたりなければ、佐渡乃先輩もご紹介しますよぉ……?」
「私は……私は、鏡子お姉様にいじめてもらいたいんです!」
ついにぶちまけてしまった絵夢。
これには、恋音も言葉がない。
だが、ここで救世主が現れた。
外見の奇っ怪さでは学園でも屈指の怪人、パンダ男・下妻笹緒(
ja0544)だ!
「話はすべて聞かせてもらった。どうやら……このパンダちゃんの出番のようだな。ともかく皆おちついて、この状況をよく見てほしい。まず一人目は、何発顔面にいいのをもらおうとも屈することなく立ち上がる『パンチドランカー』三条絵夢! 次に二人目は、自らの求める布きれのためには引き際知らずの猪突猛進、『パンツマン』瀬野! さらに三人目は、挨拶がわりにぶっとばす狂気のメリケンサック『パンクナックル』鮫嶋鏡子!」
ひとりずつ順番に指差しながら、笹緒はノリノリで続けた。
今日はまた一段と、頭のネジがブッ飛んでるようだ。
「パンチ、パンツ、パンク、そしてこのパンダちゃん……。パンを冠する者たち。久遠ヶ原パンの使徒4名がこの場に集結したのは、はたして偶然だろうか。……否! この出会いは必然にして宿命! ここから物語が始まるのは間違いない! ならば些細な揉めごとで、この奇跡の邂逅を台無しにするわけにはいくまい! ここはどうか、パンダヶ原学園長たる私に仲裁させてもらえないだろうか。さぁ皆、これを食べてくれ。そして、これをもって手打ちとしてもらいたい!」
怒濤の勢いでまくしたてると、笹緒は鏡子たち3人にアンパンを手渡した。
だが、彼の一人舞台はまだ続く。
「諸君には、このアンパンを食べることで、パンの名を持つ者としての自覚を持ってほしい。さらには、各々の興味好奇嗜好趣向に関しても、より熟成させるべきだ。パンツを欲する心を、殴りたい衝動を、そして殴られたい気持ちを。……そう、パンは生地を発酵させるからこそうまくなるというもの。己の心を即座に発散、解消するのではなく、我慢し蓄積することによって見えてくるものもある。さながら、こねあげた生地がふわりと膨らむように、得られる満足度もひとまわり大きくなるだろう。そして、あんぱんを食べれば牛乳も飲みたくなるはずだ。どうだね、このあたりで一旦休憩をはさもうじゃないか」
すべてを言い切って、ドヤ顔で提案する笹緒。
その直後、鏡子の喧嘩キックが笹緒の土手っ腹にブチこまれ、彼は遠くへ転がっていった。
おお、なんということか! 笹緒の演説をもってしても、事態が収束しないとは! というか、むしろ悪化してる!
「おい、だれかどうにかしてくれ!」
教師臼井が、生徒たちに呼びかけた。
一般人である彼は、鏡子が暴れたらとても止められない。
そのとき。たまたま目が合ってしまった山本ウーノ(
jb8968)は、面倒くさそうに前に出てきた。
「ええと……僕、帰りたいんだけど」
「そう言わずに、先生を助けてくれ! このままだと死人が出る!」
「めんどいなぁ……できれば関わりたくないんだけど……」
と言いながらも、しぶしぶ説得に加わるウーノ。
無理もない。どこからどう見ても面倒ごとだ。我関せずの姿勢を決め込みたくなるのも当然と言えよう。
だが、無関心でいたくてもそうさせてくれないのが久遠ヶ原。
ともあれ、まずは殺人事件の元凶になりそうな鏡子を説得だ。
「あのさぁ、もう気が付いてると思うけど、この子……三条さんだっけ? 完全な変態みたいだよ? これ以上手を出しても、よけい絡まれるだけだろうし、鮫島さんが困ることになるんじゃないかな。どうしても殴りたりないなら、この人殴ってもいいから」
まるで他人事みたいに(実際他人事なのだが)、瀬野を指差すウーノ。
「まてまて! それでは何の解決にもならん!」
臼井が慌てて止めた。
「そこ! そこの女子! どうにかしてくれ!」
臼井が呼びかけたのは、蒼月夜刀(
jb9630)
どう見ても二十歳過ぎの女性だが、これでも小等部の男子だ。
久遠ヶ原には性別や年齢が行方不明な生徒が多いが、彼女……もとい彼もまた、その一員だった。
「一応訂正しておくが、俺は男だ。それに、状況がよくわからないんだが……?」
「状況は……見てのとおりだ。女子のパンツをほしがってる変態と、殴られたがってる変態と、仲間を撲殺しそうなスケバンを止めてくれ」
「どうしろと言うんだ……」
一目見て、これは無理だろと判断する夜刀。
だが、教師に泣きつかれた以上は駄目元で説得するしかない。
とはいえ、とくに有効な説得材料があるわけでもなく……。
「もういいじゃないか。鮫嶋さんの好きにさせて変態を殺そう?」
すべてをあきらめた顔で、神削が提案した。
全員の視線を浴びて、彼は続ける。
「……というわけにもいかないのがつらいな。万が一のことがあれば、臼井先生に迷惑がかかるし……」
ここからは、胸の内での独り言。
(というか……瀬野はいずれ捕縛依頼が立てられそうな変態だし、三条って娘も将来的に佐渡乃明日羽に匹敵しそうな変態性を感じる。そんな二人を今のうちに片付けておくことが悪だろうか? いや、そんなことはない。だから鮫嶋さんがこの二人をぶっ殺しても別にいいんじゃね? ……ただまあ、ここは校内だしな。血の雨が降るのはまずいか……)
そこまで考えて、神削は一計を案じた。
ようするに、教師の目がないところでカタをつければいいのだ。
そこで彼は、ひそひそと絵夢に耳打ちした。
「よく聞いてくれ。じつは鮫嶋さんは、見かけによらずシャイなんだ。こんな人目の多いところでは……その、困るんだよ。わかるだろ?」
「つまり……こうすればいいんですね?」
絵夢は振り返ると、考えたとおりのことを実行した。
すなわち、すべての流れを無視して走りだしたのだ。
「あっ! 私のパンツが!」
瀬野が血相を変えて追いかける。
「逃がすか、この変態野郎ども!」
鏡子も猛然とダッシュ開始。
──数分後。
無人の校舎裏で、全身血まみれの絵夢と瀬野が発見された。
こうして今日もまた、在校生たちの知恵によって学園の秩序と平和は守られたのである。