午前5時。
まだ陽も昇らぬ早朝から、黒井明斗(
jb0525)は『もしゃす』の厨房で料理の下ごしらえに取りかかっていた。ほかの参加者たちとは事前に連絡を取り、どんなメニューを出すのか把握している。
「お寿司は下ごしらえが大事ですからね」
と呟きつつ、手際よく作業を進める明斗。
彼に抜かりはない。
しばらくして、礼野智美(
ja3600)が顔を見せた。
彼女は事前に『もしゃす』と提携している食堂に話を通して、柿の葉寿司や恵方巻きを提供してもらう約束を取りつけてある。もっとも食堂は昼からなので、朝は無理だが。
とりあえず、寿司に合わせるための『赤だし』と茶碗蒸しの下ごしらえだ。
なにごとも、前準備が大切である。
ちなみに店長は自宅で寝てる。
さて。午前7時になろうかというころ、雫(
ja1894)と店長がやってきた。
ここ最近、変な店名からの依頼を受け続けてる気がする雫だが、受けたからには任務を果たさねばならない。
最近キャラが変わったなどと知人に言われたので、今日は入学当初の気持ちを思い出して冷静に仕事をする所存だ。とはいうものの、背後さえ当時のことを覚えてないので果たしてどうなることやら。
「みんな、今日は犬の日! というわけで、これを着てね!」
やたら元気な声で、店長が指示した。
押しつけられのは、犬のコスチュームだ。
雫にはシベリアンハスキー。
智美には柴犬。
明斗は四国犬。
どれもこれも、無駄によく出来ている。
智美に至っては、柴犬に合わせた巫女衣装だ。GJ!
「……え? カフェの一日アルバイト……ですよね?」
わたされたコスを見て、冷や汗をかく明斗。
「そう。今日一日、犬になってもらうわよ!」
「「……」」
店長のセリフに、おもわず顔を見合わせる3人。
なんでこんな依頼を受けてしまったのかという疑問が、彼らの脳裏をよぎった。
ともあれ、午前7時開店。
智美と明斗の仕込みのおかげで、まずは全員がホールへ。
開店と同時に、10人ほどの客が訪れた。
事前の宣伝のせいか、最初から犬のコスプレをしている客が多い。
店員も含めて、店内はワンコだらけだ。残念ながら(?)寿司のコスプレをしている者はいない。
「えー、本日は犬の日ということで、犬種当てクイズを実施しております。僕たちの犬種を一発で当てた方には、無料コーヒー券を進呈。はずれても割引券をさしあげます。お気軽に挑戦してください」
明斗が声をかけると、客はこぞって参加しはじめた。
ハスキーは、まぁまぁわかりやすい。
柴犬も、当てずっぽうで大体当たる。
が、四国犬は難しかった。中には、『オオカミ?』とか言う客もいる。
「……これで、犬種を当てられるものなのでしょうか?」
疑問を口にする雫。
まぁクイズは参加することに意義があるんだ。
ふだんのメニューに加えて、今日は犬の日と寿司の日にまつわる料理が提供されていた。
雫が用意したのは、関東風稲荷寿司と番茶のセット。
「狐はイヌ目で、おおまかに分けると犬の仲間なので犬の日はクリア。寿司の日はそのままでOKですね」
などと、強引に犬の日をクリアする雫。
だが和食だけではバランスが悪いので、洋食も用意。
米粉パンで魚肉ソーセージをはさんだホットドッグを、コーヒーとセットで提供だ。
「米+魚介類で、お寿司と言えるはず……」
雫が初心を取りもどす日は遠い。
一方、智美と明斗は寿司を雫に任せて、通常のメニューを担当していた。
いつものモーニングセットには、明斗のチョイスしたコーヒーが付いてくる。
「今朝のコーヒーはマンデリンでございます。苦味が強く酸味の少ない、目の覚める品種を選びました」
と、ていねいに説明する明斗。
四国犬のハードルは高いが、接客は完璧だ。
そんな調子で、昼時になった。
早朝から出ていた智美と明斗は、一時休憩。
かわりに、鳳静矢(
ja3856)、ドーベルマン(
jc0047)、藍那湊(
jc0170)の3人が入る。
静矢は、自前の料理服と紫色のスーツに柴犬コスプレセットを持参して登場。
100均で買った調理器具を手に、厨房へ。
料理自慢の彼が作るのは、『犬のちらし寿司』と『柴犬巻き』の二種類だ。
ちらし寿司は、客の注文どおりに犬の顔や全身図などをかたどったデコレーションをほどこすという一品。
巻き寿司は、金太郎飴みたいな要領で寿司ネタを巻き、断面に柴犬の顔が出てくるという演出だ。
しかも、ボウルに氷水を張って手を冷やしながら寿司ダネを扱うという気遣い。
「熱が伝わると味が落ちるからな……」
冷たさに耐えながら淡々と仕事を続ける静矢は、まさに職人であった。
さすが静矢! ルインズ最強!
「……撃退士になってから、この手の依頼しか受けてない気がするな」
ふと気付いたように言うのは、ドーベルマン。
もちろん、コスはドーベルマンだ! 人間界で一番好きな犬がドーベルマンだから、名前もドーベルマン。ちなみに本名ではない。それはとっくに捨てたのだ。いまの彼は、身も心もドーベルマン!
外見が凶貌な彼は、とりあえず自粛して厨房へ。
料理の腕に覚えはあるが、握り寿司や巻き寿司は見様見真似のレベルなので、半人前の腕で作ったものを客に出すのは気が引けると考え、ちらしと稲荷を作ることに。
みごとに静矢のちらし寿司と雫の稲荷寿司がかぶったので、ふたりの調理をお手伝い。
通常メニューの注文には率先して対応し、マニュアルどおりに作り上げる。
「うむ。マニュアルどおりなら大抵まちがいない。ここは自分の店ではなく『しゃもす』だ。『郷に入れば郷に従え』とも言う。すくなくとも人間界で、自分はそうして生きてきた」
うんうんとうなずくドーベルマン。
店名まちがってるけど、わざとだろうか。
「犬好きのための依頼かと思ったら、犬と寿司の依頼だったのか〜」
湊は、依頼書をよく見ないまま参加していた。
実際、現場に行ってみたら『思ってたのと違う!』というケースは、よくある。今回もそれだ。
ともあれ、彼のコスはダックスフント。
半ズボンに垂れ耳&垂れ尻尾という、ショタコン悩殺スタイルだ。いや、むしろロリコン悩殺(略
彼の『寿司の日』アイディアは、自分で具を選べる手巻き寿司コーナーだった。
具は定番から変わり種まで。選んでもらった具をその場で巻いて提供するシステムだ。
手先だけは器用なので、飾り包丁で作ったニンジンの花や星を飾りつけて、かわいく仕上げる。これも子供に大人気だ。テイクアウトにも向いている。
ちなみに、ランチタイムのクイズ景品は湊お手製のお菓子。朝より正解者は多いようだ。
そのころ。雫は太巻きに挑戦していた。
静矢と同じ手で、金太郎飴的な犬の絵を作る作戦だ。
が、絵心ゼロの雫には、荷の重い作戦だった。
工作は得意なのでかろうじて犬らしき絵は見えているが、ほかの動物と間違われてもおかしくない。
「……おなかに入れば全て一緒です。問題ありません」
と言い張る雫。
たしかにそのとおりだが、それを言ったらオシマイなのでは……。
するとそこへ。ちょうどいいタイミングで(?)クレーマーが登場。
「おう、ねえちゃん。これのどこが犬やねん。こりゃどう見ても、シマハイイロギツネやんけ!」
やたらマニアックなクレームを入れる客だった。
「申しわけありません、お客様。こちらでOHANASHIいたしましょう」
と言って、店の裏側へ連れ出す雫。
あとは、お察しのとおりである。
「……たしか以前は、用心棒をメインにやっていましたよね? ……ああ、自分のことなのに確信が持てない……大丈夫、まだ自分はイロモノキャラじゃないはず……」
自信なさげに、自分に言い聞かせる雫。
大丈夫wwイロモノキャラじゃないよwww
大繁盛のまま、日は暮れていった。
ディナータイムになると、客足は更に増える。
ここで雫は帰宅し、智美と明斗が復帰。入れ替わりに静矢とドーベルマンが休憩に入り、ユウ・ターナー(
jb5471)とヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)が加わって、店長を含めた6人体制になった。
さて、ここで本日初めて寿司職人が登場。
ヴァルヌスが、半ズボンセーラー服に垂れ耳バンドを装着し、シュナウザーがプリントされたエプロンを着けて颯爽と厨房入りだ。当然のように装備した首輪がメニアック!
彼が提供するのは、本格創作寿司だ。
まず一品目は、レタスとカイワレ、低温の油でじっくり揚げたエビを巻いて芥子マヨネーズで仕立てたサラダロール。
次に、鮭の皮を炙って巻いた裏巻き。
そして、アボカドとニンジン、照り焼きチキンを巻いた太巻き。
さらに、ソーセージとクリームチーズを粒マスタードで仕上げた巻き寿司。
トドメに、フランスで噂のフルーツ寿司だ!
それだけでなく煮切り醤油にトマト出汁を使ったりと、生魚を避けたグローバルかつ見た目にも楽しい、これぞ『SUSHI』!
「わずかな変化、淡いの中に見出すのが日本の美。寿司とは、それを象徴するもの……」
クールに呟きながら、オリジナル寿司を作るヴァルヌス。
その腕前は、ただごとではなかった。
「いらっしゃいませー! 寿司カフェ『もしゃす』へようこそー☆」
ユウは、パピヨンのコスプレ衣装でローラースケートをはきながら店内を縦横無尽に動きまわっていた。
輝く笑顔は店の空気を明るくして、客にも笑顔を伝染させる。
客に呼ばれれば瞬速で駆けつけ、持ち前の明るさで元気よく接客。
調理場との連絡もスムーズで、夕食どきの忙しさを大幅に軽減している。
注文が入れば、お菓子作りの腕を生かした手鞠寿司を提供。握りのような技術はいらないが、見た目のかわいさは特筆ものだ。いろいろとアレンジをほどこせば、子供から老人まで喜ばせることの出来る寿司である。とりわけ、女性客には人気が高い。お持ち帰りOKとしたのも、人気の秘密だ。
とはいえ、この時間帯は一日で最も忙しい。
厨房の主戦力はヴァルヌスと店長に任せて、ほかの4人は接客や片付けに必死だ。
早朝から仕込んでおいた智美の赤だしと茶碗蒸しが、ここで良い働きをした。
カフェとはいえ、やはり寿司には味噌汁や緑茶が合う。
提携している食堂からの料理も、彼女たちの負担を抑えていた。
一方、通常メニューのサンドイッチなどを注文する客には、明斗の出番だ。
朝とは違う品種の豆を選び、ていねいにサーブする。
「午後のコーヒーはグアテマラでございます。香りが強くリラックス効果がありますので、一日の疲れを癒してくれるでしょう」
それはいいけど、四国犬を当ててくれる人がなかなかいない!
そのころ、湊は湊で「えーと……ホーランドロップ?」などと答える客に遭遇していた。
たしかに、ダックスフントとロップ種のウサギは似てる!(え?
「バニーじゃないですし! 犬ですし!」
ニコリと応じる湊の笑みは、やや引きつっていた。
「では、残念賞でフローズン寿司をどうぞ!」
氷結晶で凍らせた寿司を差し出す湊。
「いやいやいや!」
「ショリショリして、意外とおいしいですよ」
「いやいやいや!」
「いえいえいえ!」
以下エンドレス。
という感じで、夜も更けていった。
OUT:智美、明斗、湊
IN :静矢、ドーベル
この時間帯になると客も減ってきて、4人でも手が足りる。
夕方から引きつづき、ユウは絶好調だ。
ホールと厨房を行ったり来たり、よっぱらいを『悪魔の囁き』で言いくるめて追い返したり、さらにはテイクアウトの手鞠寿司を作ったりと、三面六臂の働きぶりだ。
そんなステキ笑顔あふれるユウと正反対に、ドーベルマンはヤーさん顔負けの目つきで接客していた。
客が来れば、「っしゃいませェ〜ッ」とドスの利いた声でスマイル。
ちいさな子供にも、「お待たせいたしましたァ……」と三白眼で微笑みかけ。
迷惑な客にも、「恐れ入りますゥ……」とメンチきりながら対応。
そう、接客の基本は笑顔だ!
「……わるいけど、洗い場やってくれる?」
見かねて、店長が指示した。
「そうか、皿洗いか……。よかろう、これも修行だ」
最後まで怖い笑顔で、キッチンの奥へ消えてゆくドーベルマンだった。
ところで、寿司職人ヴァルヌスは夜になって本気モードへ移行していた。
カフェの中央にイスとテーブルを出して、仮設のツケ場を設置。そこに立って、客の目の前で寿司を握っているのだ。
夕方の創作寿司とは打って変わって、外連味一切なしの本格派『THE寿司』である。
その立ち姿は洗練され、包丁の入れかたにしても、握りかたにしても、まるで淀みがない。
でも服装は半ズボンセーラー服。おまけに首輪!
大人の女性……というか特殊な趣味の女性を、メロメロのコロコロ瞬殺KOである。
外見だけではない。みごとな技で握られた江戸前寿司は、しっかりと形を保ちつつも口に入れれば柔らかくほどける絶妙な握り具合。シャリには、風味の良い千葉県産多古米を使用するというこだわりようだ。
煮穴子やシメ鯖は、とくに職人の腕が出るところ。
「鯖は、塩と酢で締める前に砂糖で水分を抜くんですよ。そうすることで、しっかり水分が抜け、生臭さがなくなって濃縮された旨味になるんです」
すらすらと説明するヴァルヌス。
女性客のハートわしづかみである。
「料理の決め手は、下準備と手際の良さ……ですかね」
ふ……とヴァルヌスが微笑むと、女性客たちは黄色い歓声をあげるのだった。
この一画だけ何の店だかわからない空気になってるが、もともとよくわからん店だったので問題はない。
そんなホストクラブ寿司みたいなのを横目に、静矢はデザートをふるまっていた。
食後の口直しにと、作ったのは『ワンダフルデイズ』&『和犬饅頭』
無論、オリジナルだ。
デイズは、ガラスの器にバニラアイスを盛り、犬の形に型抜きしたチョコを乗せて、ソルティドッグをふりかけるという大人向けの一品。
饅頭は、少量の砂糖で煮詰めた小豆を包んだ饅頭に、溶かしたチョコで犬の顔を描いたもの。
このデコレーションを、客の目の前で仕上げるのだ。
しかも、ビシッと決めたスーツ姿に、柴犬コスで!
これは、ヴァルヌス以上の女性人気だ!
まさに、ルインズ無双! 柴犬料理人無双!
ふたりのおかげで、店内はすっかり夜のお店だ!
というわけで、ちょっと怪しい空気の漂う中、もしゃすは無事に閉店時刻を迎えた。
見れば、売り上げは普段の倍以上。
依頼の費用を差し引いても、店長丸儲けである。
「これはもしかして……業態をホストカフェにシフトするべきじゃない!?」
札束をかぞえながら、そんなことを口走る店長。
そして、ハッと気付く。ホストカフェが成功するか否かは、スタッフ次第だと。
「ねぇ、そこのふたり。よかったら、撃退士なんか辞めてうちで働かない?」
静矢とヴァルヌスがどう答えたか、言うまでもない。