読書週間初日の放課後。
百合華の依頼に応じて、7人の学生たちが図書室に集まった。
「ありがとうございますぅ。みなさんの知恵を貸してください」
百合華がペコリと頭を下げた。
「大船に乗ったつもりでいてください! 今回はまじめに頑張りますよ!」
胸を叩いて答えたのは、袋井雅人(
jb1469)
だが、いつもの彼を知っている百合華は少々不安げだ。
「えとぉ……大船とまでは行きませんが、できるかぎり協力しますよぉ……」
月乃宮恋音(
jb1221)が、自信なさげに言う。
だれよりも下準備は整えてあるのだが、それが彼女の性格なのだ。
「しかし、本当に利用者がいないんだな。俺たちだけじゃないか」
室内を見回すのは、千葉真一(
ja0070)
実際、この図書室は1日の利用者がゼロという日もある。需来の言葉どおり、開けている意味がない状態だ。
「こういうひっそりした図書室は、それはそれで隠れスポットの古書店のようで心踊るものがありますが……うん、背に腹はかえられませんね」
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)は、どこか残念そうにうなずいた。
だが、『久遠ヶ原のライブラリ親善大使』を自称する彼女は、いつにも増して真剣だ。
「では早速、みなさんの知恵を拝借しましょう」
事務的な態度で、需来が話を促した。
全身黒ずくめの、喪服みたいな格好だ。どこか近寄りがたい。
「そのまえに訊きたいんですが」と、真一。
「なんでしょう」
「そもそも、この図書室は生徒からの需要があって設置されたんですよね? いまはこんな状態でも、以前は利用者がいたはずです。こうなってしまったのは、なにか理由があるのでは? 需来先生、心当たりはありませんか? たとえば、近くにもっと立派な図書室ができたとか」
「そういう話は聞いてません」
「そうですか。これは仮定の話ですけれど……ここを維持するのと、閉鎖して蔵書の処理をするのと、どっちが手間が掛かります?」
「後者ですね」
淡々と答える需来。
「仮に閉鎖した場合、この部屋の使い道や蔵書はどうなるんです?」
ふと思いついたように、龍崎海(
ja0565)が訊ねた。
「それは私の関知するところではありません」
「もしこのままにするなら、どのみち蔵書の維持とかしないといけないわけで、閉めるほうが損なんじゃありませんか?」
「損得の問題ではありませんが、閉鎖せずに済むならそれが最善です」
「そのためには利用者を増やさなければならない、というわけですね。まずは、この図書室を広く認知してもらうことが重要だと思うんですが」
「そうですね」
「では、実際にこの図書室を使ってもらうことで、リピーターを生み出そうと思います」
「策があるのですか?」
「策と言うほどでもありませんが……クイズ大会なんかどうでしょう。ここで質問を出して、ここで正解を探してもらう形で」
「なかなか面白そうですね」
「ハロウィンでもあるし、最初に正解を出した人には賞品としてお菓子をプレゼントしたらどうでしょう。予算の問題もありますから、一日何回か時間を決めて。掲示板やネットで告知すれば、それなりに人は集まるんじゃないかと」
「ためす価値はありますね」
「問題制作は、百合華さんに協力してもらおうと思います」
唐突に話を振られて、百合華は「ええっ!?」と叫んだ。
「ふだんからこの図書室を使ってるという話だし、どんな本があるかよく知ってるよね? どの本がクイズに使えるか、すくなくとも俺たちよりはわかるんじゃないかな?」
「うぅ……クイズなんて初めてですけど、やれるだけやってみますぅ……」
ことわる理由もなく、百合華は引き受けた。
実際、彼女以上の適任者はいない。
「では……ほかに何かありますか?」
だれにともなく、需来が問いかけた。
「戦うわけじゃないんだから、ほかの図書館を最大限利用するってのはどうだろう」
提案したのは、桜花(
jb0392)だ。
皆の視線が集まる中、彼女は続ける。
「この学園も結構広いし、位置だけならこの図書室も需要がないわけじゃないんだ、たぶん。さっき真一も言ったように、需要があるからこそ設置されたわけだし。さびれた理由はわからないけど、ここにも図書室があるってことをアピールしたり、ほかの図書室と連絡を取ってここにはない本を借りれるようにしたら多少は需要も出てくるんじゃない?」
「そのためには、学園すべての……とまでは行かずとも、多くの図書室の蔵書をデータベース化しなければなりませんね。わたくしに、そのような力はありません」
「いまどき、どこの図書館もパソコンで蔵書管理してるんじゃないの? ……って、よく見たらこの図書室、一台のパソコンもないし」
「すみません。わたくし、機械音痴でして」
「そういうことは最初に言ってくれないと」
「そうですね。失念していました」
他人事みたいに応じる需来。
利用者が減ったのはこの司書のせいじゃないのかと、桜花は思った。
「う〜ん。そうですねぇ〜。絵本をたくさん用意して、低学年の子たちをターゲットにしてはどうでしょう?」
そう提案したのは、深森木葉(
jb1711)
需来は無言で続きを促す。
「え〜とぉ〜、週1くらいで朗読会を開いて、絵本を読み聞かせてあげるとかぁ。その日は図書室で騒いでも怒られないようにしちゃうとかぁ……? この学園には、親元を離れて生活してる子が多いし、両親がいない子もいますよねぇ……? そんな毎日をおくってる子たちに、ちょっとだけ、親御さんや、お兄さん、お姉さんみたいなことをしてあげたらどうかなぁって、思うのですよぉ〜。強がってても、やっぱり寂しいこともあると思うのです。どうですかぁ〜?」
「名案ですが、わたくしはそういうことが不得手でして」
「あたしたちがやりますよぉ〜」
「でしたら、やらない理由はありません。よろしくおねがいします」
「はい。がんばりますぅ〜。いっぱい人が集まるように、あたしも同学年の子たちに声をかけてきますよぉ〜」
というわけで、木葉の案は採用された。
「では、私からのプレゼンです! 図書室の前に屋台を出して、軽食を飲み食いしながら本について談話できる場所を作るのはどうでしょう!」
自信満々に提案する雅人。
だが、需来は首を横に振る。
「飲食物を提供するには、それなりの手続きと許可が必要です。屋台にまわす人員もありません」
「それは私たちがやりますよ!」
「読書週間の間だけ実行しても、意味がないと思いますが」
「う……っ、たしかにそうですね!」
いつものノリで軽く屋台を開こうとする雅人だが、今回は相手が悪かった。
そこへ、恋音が助け船を出す。
「あのぉ……屋台ではなく、軽食スペースを設置して飲食物の持ち込みを許可するというのは、どうですかぁ……?」
「本を汚す恐れがあるので、歓迎できません」
「はい……ですので、汚損の影響が少ない雑誌類を入口付近に置いて……そこでのみ飲食OKという形では、どうですかぁ……? すこし調べてきたのですけれど、成功している図書館では、そういうスタイルをとっている所が多いようですよぉ……? 最初から飲食できるスペースを設けることで、飲食物をこっそり持ちこむ心ない利用者も、抑制できるようですねぇ……」
「そうですか。では、ためしに2週間やってみてください。問題がなければ、その後も続けます」
「はい……それから、期間中限定で、ハロウィン用の菓子類を販売しても良いですかぁ……?」
「さきほども言いましたが、飲食物を提供するには手続きが……」
「ですのでぇ……調理などはせず、市販品を提供しようと思いますぅ……」
「でしたら、問題ありません」
どこまでも事務的に対応する需来。
ともあれ、軽食スペース案は通ったようだ。
「クイズ大会や読み聞かせもいいが……これだけ静かなら、むしろ逆に集中して読書や調べものができる穴場としてアピールしてみてもいいんじゃないか?」
思いついたように、真一が言った。
「なるほど。逆転の発想ですね」
と、需来。
「そのためには、作業に没入しやすいように個室みたいなスペースがあるといいと思う。あんまり大がかりなことをしなくても、衝立で仕切るだけでも簡単に作業空間ができるはずだ。それから、読み聞かせなんかのイベントをするにも、レイアウト的に融通が利きやすいよう本棚の位置を調整するべきだ。軽食用のスペースを設けるなら、なおさらだな」
「たしかに、書架のレイアウトは一考の余地がありますね」
そこへ、シェリアが口をはさむ。
「書架を移動するついでに、蔵書の整理もしませんか? 見たところ、埃をかぶった本が多いようです。そもそも学校の図書室は娯楽ではなく勉学目的に利用する場所ですから、学業に役立たない古い資料本などは思い切って処分したほうが良いかもしれませんわ」
「これは学園の備品ですから、勝手なことはできません」
「でしたら、バックヤードにしまってしまえばよろしいですわ。そして、あいたスペースに新しい本を入れましょう。予算の都合上買い替えは難しいでしょうから、公立図書館から団体貸出で借り受けられないか、打診してみてはどうです?」
「たしかに、公立図書館ならデータベースは確立していますが……向こうから見て利益がありませんし、応じてくれるとは思えません」
「人は利益だけで動くものではありませんわ。ひとつの図書室が閉鎖の危機にあると知れば、愛書家の方なら少なからず協力してくれるはず。言うだけなら無料なのですし、ためしに相談してみては?」
「たしかに、そういう酔狂な方もいるかもしれませんね」
「もし色よい返事がいただけたら、貸出履歴を見せてもらって利用回数の多い本を選定しましょう。できれば、男同士でらぶらぶする本……いえ、なんでもありませんわ。おほほ」
怪しいことを言いかけて、ごまかすシェリア。
だが、あるいはその方向に突き進んだほうが正解だったかもしれない。
「よし、そうと決まったら作戦開始だ。まずは蔵書の整理、次に本棚のレイアウト。時間も限られてるしな。準備は少しでも早く済ませちまおう」
真一が言い、一同は作業に取りかかった。
書架の整理と配置、蔵書の処分と補充、クイズ大会の準備、軽食スペースのセッティング、図書室新聞の作成、改装オープンの告知、ビラ配り……その他もろもろの作業を完了させるのに、3日かかった。公立図書館も蔵書を貸し出してくれたし、事態は順調だ。
宣伝の甲斐あって、改装初日のクイズ大会には100人あまりの参加者が集まった。
大成功とは言いがたい数だが、いままで1日の利用者が数人だったことを考えれば上出来だ。
百合華の作った設問も、難しすぎず簡単すぎず、参加者たちをたのしませた。これは海の判断が良かったと言えよう。
結果から言えば、これが一番集客効果があった。
翌日の読み聞かせ会には、小等部の生徒が大勢あつまった。
しかし、発案者の木葉が朗読したのでは『両親や兄弟などの代わりをする』というコンセプトに沿わないため、代理として桜花に白羽の矢が立った。……というか、彼女みずから自分の胸に白羽の矢をブッ刺した。
最近いろいろあって人生捨て鉢ぎみの桜花だが、基本的には子供好きなのだ。こんなおいしい役を引き受けない理由があろうか。いや、ない! ましてや、木葉に「桜花ちゃん、朗読やってください〜。おねがいしますぅ〜」とか言われたら、ことわれようはずがあろうか。あるわけがない!
というわけで、談話室を使っての楽しい楽しい読み聞かせ会が開かれたのであった。
一番たのしんだのが桜花であることは、言うまでもない。
次の日には、おなじく談話室を使ってのミニ講演会が開かれた。
講師は雅人。日ごろはラブコメ仮面とかチャイナ女装ばかりしている彼だが、今日はオカルト博士に扮している。
「これはそう……いつか本になるかもしれない、私が実際に体験してきた怖くて不思議なお話です」
と前置きして、淳二口調で語りだす雅人。
恋音のおっぱい以上に不思議な話などないと思うが、なにを話すつもりか。
「いいですか、みなさん。この世には、天使や悪魔だけじゃなくアヤカシや宇宙人が間違いなく実在しているのですよ!」
うん、おっぱいで校舎を全壊させるアヤカシとか、ブリーフ一丁で校内を徘徊するアヤカシとかね。
その翌日には、シェリアのパン作り……ではなくてハロウィンカード作りが開催された。
小等部と中等部の生徒をあつめて、飛び出す絵本みたいなカードを作るのだ。
「ハロウィンが近いですし、たまにはこういう工作をしてみませんか?」
あつまった子供たちを前に、やたら楽しそうなシェリア。
イベントもの大好きななので、たいへん乗り気だ。
桜花と同じで、これまた子供たちより楽しんでいる。
この企画はハロウィンシーズンにマッチしており、なかなか好評だった。
──という具合に、読書週間の間は日替わりでイベントが実施された。
雑誌が置かれた軽食コーナーにもそこそこ人が集まり、心配された汚損なども起こらず、利用者の数は日に日に増えていった。
読書週間最終日には、この図書室開設以来もっとも多くの利用者が訪れたほどだ。
恋音の手配でスタッフも増員されることが決まっており、翌日からの運営も問題ない。
「これなら、閉鎖せずに済みますよねぇ……?」
2週間前からは想像もつかない盛況ぶりを見て、百合華は需来に訊ねた。
「そうですね。これでは閉鎖するわけにいかないでしょう」
「やったあ……! みなさん、ありがとうございます!」
いまにも泣きだしそうな顔で、百合華は頭を下げた。
「だから最初に言ったではありませんか。大船に乗ったつもりでいてくださいと!」
得意げに胸を張る雅人。
「あとは……せっかく増えた利用者を、逃がさないようにすることですねぇ……」
恋音が助言する。
「俺たちができるのはここまでだ。明日からは需来先生と一緒に頑張れ」
と、励ます真一。
百合華は「はい!」と力強く応えた。
こうして依頼は達成され、図書室は閉鎖を免れた。
だが、読書週間が終わってイベントが開催されなくなると、利用者はたちまち減っていった。
飲食コーナーを設けたり、人気の本を並べたりという営業努力ぐらいは、どこの図書館も実行している。それ以上の売りがなければ、この図書室に足を運ぶ利用者はいない。
百合華は何とか手を打とうとしたが、ひとりでは何もできなかった。
実際、なにもできないから閉鎖寸前まで追い込まれたのだ。
需来は他人事みたいに見てるばかりで、なにもしようとしない。
結局のところ、図書室が寂れたのは彼女が原因だったのだ。
それでも、ある程度の利用者は残った。
真一の考えたとおり、静かに勉強したりできる穴場として、何人かの生徒が定着したのだ。
そういう常連がいるかぎり、この図書室が閉鎖されることはないだろう。