田舎の農道を、8人の撃退士が走っていた。
一刻でも早く現場に辿りつこうと、みな必死だ。
そう。仲間を救い、天魔を撃退するのが彼らの任務。
けっして、果物狩りに来たわけではない!
「報告によれば、敵は犬・猿・雉。……ならば、大将となる桃太郎が潜んでいるはずです。油断はできません」
まじめな顔で注意を促したのは、袋井雅人(
jb1469)
万が一桃太郎が男の娘だったときのために、称号までチェンジしてある。ぬかりはない。
「犬・猿・雉……おそらく奴らは、三位一体変形合体でキングきび団子に変身するに違いない。その団子を真っ二つにすると、中から桃太郎が出てくるのだろう。……ん? 団子でも桃太郎と呼べるのか……? まぁそこは疑問なので、きび太郎としておこう」
これは名案とばかりに、アイリス・レイバルド(
jb1510)が無表情でうなずいた。
敵が敵だけに、そんな期待がふくらむのも致し方ない。
「おー、果物食べ放題なのですよ♪」
江沢怕遊(
jb6968)は、農道をはずれて果樹園の中へ飛びこんでいった。
なんせ、目の前には林檎や梨など旬のフルーツが山ほど。これを食べ尽くさずにいられようか。否、いられまい。(反語)
「これはまさに桃源郷なのです! 天魔なんか、どうでもいいのですよー!」
目を輝かせ、かたっぱしから果物をもぎって頬張る怕遊。
宣言どおり、天魔と戦う気など1ミリもない。
そう、今日は果物を食べに来たのだ! けっして、仲間を助けたり天魔を撃退しに来たわけではない!
というわけで、怕遊を除く7人が現場へ向かった。
そこに待ちかまえていたのは、なんと──
「あ、あれは伝説の…(ざわざわ)…ディアボロ・テクノポップ・アイドル『momotaro』やないか!」
黒神未来(
jb9907)が、ベタフラを背景に叫んだ。
説明しよう! momotaroとは!
のっち(犬)、かしゆか(雉)、あーちゃん(猿)の3人組による、アイドルユニット!
犬とか猿とかいうのは愛称で、外見は完全にただの女の子だ! ……って、おい!
「お、おお……? これは予想外でしたぁ……」
月乃宮恋音(
jb1221)は、唖然として目を見開いた。
まさか、犬猿雉が女の子だったとは! だれも予想できなかっただろう! 俺も出来なかったぞ!
「こらアカン。こんなカワイイ子が相手じゃ、桜花クンとか袋井クンとか使い物にならんやろ。しゃあない、こっちも対抗してアイドルグループ結成や! 月乃宮クン、神ヶ島クン、手を貸してぇな!」
無茶苦茶な強引さで話を進め、恋音と神ヶ島鈴歌(
jb9935)の手をつかんで走りだす未来。
名前と裏腹に、彼女の未来は不安だ。
この時点で既にカオスだが、今日の桜花(
jb0392)は冷静だった。
まずは亜矢を助けようと、先陣を切って彼女のもとへ駆け寄る。
「大丈夫? 武器を手放すとは、うかつだったね?」
すこし小馬鹿にしつつ、刀を抜いて構える桜花。
「遅いのよ、あんたたち!」
亜矢は全身血まみれだった。
そこへ、momotaroの3人が襲いかかる。
「く……っ!」
亜矢をかばって立ちふさがる桜花。
だが、丸腰とはいえ腕利きの亜矢を倒した冥魔に、桜花が勝てるわけなかった。
「うああ……っ!」
集中砲火をくらって、血だるまになる桜花。
だが、彼女は倒れない。
「こんなところで、眠ってられるか……私が守るって、決めたんだ……!」
スキルではないほうの『火事場の馬鹿力』を発揮すると、桜花は亜矢を引きずり倒して覆いかぶさった。貧血で意識混濁した桜花は、まな板の亜矢をロリ幼女と間違えてしまったのだ!
「どきなさいよ、この変態!」
「あんたは私が守る……命にかえても……!」
抵抗する亜矢を、縦四方固めで抑え込む桜花。
その背中に、アイドル3人のストンピングが突き刺さる。
だが、犬(のっち)の背後から、じりじりと近寄る影があった。
ナデシコ・サンフラワー(
jb6033)だ。
「わんちゃんなの!」
八重歯をきらめかせて、笑顔で抱きつくナデシコ。
そのまま、「かわいいわんちゃんですね〜♪」などと言いながら、ムツゴロー風にナデナデスリスリ。
思ってたワンコとだいぶ違うが、なんにでもハグするナデシコにとっては犬も人も大差ない。
「わふッ!?」
おどろいて噛みつく、犬っ娘ディアボロ。
すると、ナデシコも犬っ娘に変身!
ディアボロの持っている『獣っ子病原体』の効果だ。
犬っ娘になったナデシコは、野生の本能(じゃれつき衝動)に目覚めて、雉(かしゆか)にも抱きつく。
「鳥っ娘ちゃんも、かわいいわん♪」
「桜花さんも、かわいいわん♪」
「矢吹さんも、かわいいわん♪」
勢いに任せて、次々と女の子を手籠めにするナデシコ。
天魔退治のはずが、なぜか物凄い百合百合空間に!
「けしからん! 私も仲間に入れてください!」
雅人が女装で乱入してきた。
そして始まる、乱こ……もとい獣か……でもなくて、ええと……うん、なにも始まらなかった! いかがわしいことなど、一切なかった! えっちなのはいけないと思います!
そのとき。流れに乗り遅れたアイリスと猿(あーちゃん)が、ハッと目をあわせた。
瑠璃色の光を放つ、アイリスの瞳。瞬時に、猿の動きが止まる。
「では、本日限定アウル歯科医を開業する」
黒い粒子状のアウルが、人の形になって固まった。
遠慮なく敵を切り刻めると聞いて今回の依頼に参加したアイリスは、だれより真剣に敵を殺る気だ。しかも、器用な手先を利用した歯科医プレイで。
「歯医者というのは、子供だけでなく大人でも苦手とする者が多いだろう。そこで想像してみろ、麻酔なしで歯を削られる音と光景を。……想像できたか? では更に想像してみろ、十本同時治療の光景を。……痛ければ申告しろ。とくに改善はしないが」
アウルの人形から生えた10枚の翼が、高速振動してドリル状の武器に変貌した。
チュィィィィン、という甲高い音が鼓膜に突き刺さる。
「ひぃぃぃ……!」
束縛をくらって、動けない猿。
くりかえすが、彼女は猿という愛称で呼ばれるアイドルだ。
それを無表情で抑え込み、開口器を押し込むアイリス。
そして、いやがる少女の口の中へドリル状の羽根を無理やりつっこむ。
キュィィィィン!
ガリゴリギャリリリ!
「ひぎぃぃぃぃっ!」
アウルの刃が少女の歯を削り、舌を切り裂いた。
悲鳴を上げて全身を震わせる猿(アイドル)
「ほう。冥魔にも痛覚はあるのか」
様子を観察しながら、淡々と言うアイリス。
まるでSMプレイだ。しかも、かなりレベル高めの。
「これでもう、盗み食いなどできんだろう。……まあ、そもそも殲滅するから無意味な処置ではあるんだが」
──以上、一方的な百合百合プレイと歯科医プレイで、momotaro解散!
と思われた直後。アイリスの視界が真っ暗になった。
「!?」
おまけに、口をきくこともできない。
そう。これは猿の能力、『見ざる』『言わざる』
さらに、『聞かざる』によって束縛を解除。
それだけではない。猿が口笛を吹いたとたん、加勢に駆けつけたのは河童と豚! という名の美少女! おまけに、馬型ディアボロに乗った尼僧ディアボロまで登場! しかも、この河童と豚は猿と同じ能力まで備えている!
結果、みんなそろって盲目&沈黙状態に!
だが、冥魔アイドル軍の増援はまだ続く。
のっち(犬)が遠吠えをあげると、ロバ、猫、鶏が走ってきたのだ。無論、全員美少女アイドル!
最初3人だったユニットは、たちまち9人+1頭の大所帯に!
しかも撃退士たちは全員盲目状態で、言葉も発せない!
これはヤバイ! ていうか猿つよすぎ!
だが、あわやというところで未来たちが軽トラで駆けつけた。
荷台をステージに改造し、恋音と鈴歌の3人でアイドルユニットを結成。
フリフリの衣装を身にまとい、アイドル対決だ!
「まずはアイドルらしく、音楽で勝負や!」
と言ったとたん、『言わざる』をくらって声が出なくなる未来。
さらに、ブレーメンの音楽隊よろしく、ロバ、犬、猫、鶏の4人がタワーを作って歌いだす。
(く……っ。なんもできんがな!)
くやしがる未来。
そんな彼女をよそに、鈴歌は軽トラのアクセルを踏みこんだ。
そのまま、容赦なく音楽隊を撥ね飛ばす! バイオレンス!
「いまのうちに怪我人を回収ですぅ〜♪」
死にかけの亜矢と桜花を、荷台に放り投げる鈴歌。
とても重体とは思えない動きを見せると、彼女は派手にホイールスピンさせてハリウッド映画のごとき華麗さで走り去っていった。ハリウッド映画で軽トラって、あんまり見かけないけどな。
「わぁ〜ぃ♪ 回収成功なのですぅ〜♪ ……ぁ、私回復スキルないのですよぉ〜。応急処置でも良いですねぇ〜?」
と言いながら、救急箱を亜矢に渡す鈴歌。
そうして戦線離脱すると、彼女はレモン畑めざしてハンドルを切った。
「さぁ〜♪ レモン狩りに行くですよぉ〜♪」
「なんでレモン狩りなのよ」と、亜矢。
「世界一最強レモネードを作るですぅ〜♪ クエン酸とビタミンCで、疲労回復! 美容と健康にも良いのですぅ〜♪ レモン♪ レモン♪ 世界一おいしいレモネードを作るですぅ〜♪」
元気に歌いながら、鈴歌はレモン畑へ突撃するのであった。
(さぁ怪我人は収容しましたよ! いざ攻撃です!)
しゃべれないので、とりあえず拳を握って気迫を見せる雅人。
(お、おぉ……ではナイトウォーカーの戦いかたを、教えてくださいますかぁ……?)
ジェスチャーで教えを請う恋音。
(いいでしょう。ナイトウォーカーは、攻撃力に秀でるかわり防御力が最弱です。なので先手必勝で攻撃を当てることと、仲間たちとの連携が重要になります。敵から攻撃をもらうとすぐ重体なので、気をつけてくださいね)
一言も発してないが、彼らほどのカップルともなれば以心伝心ですべて伝わる!
もし伝わらなかったとしても、魔王恋音様だし大丈夫だろ。
ただ今回、ダアトじゃないのが不安だが。
ともあれ、5対10の戦いが始まった。
が──!
特殊能力『雉も鳴かずば撃たれまい』で身を隠す美少女ディアボロ軍団の前に、手の打ちようがない撃退士たち。
めくらめっぽうに遠距離攻撃を撃とうものなら、『犬も歩けば棒に当たる』で目標をねじまげられて味方に誤爆する始末。そもそも目が見えてないし、どうしようもない。
(こうなりゃ、氷の夜想曲で全員眠らせたるわ!)
やけくそ気味にギターを奏でる未来。
本来敵味方を識別する技だが、対象をねじまげられているため全部味方に命中。
みごと、ナデシコと恋音と自分自身を眠らせることに成功した。
いよいよヤバイが、ここでmomotaroのプロデューサー・中田ヤスコが登場!
なんと、世にも貴重なふたなり美少女だ!
(ふおおおっ! ついに出ましたね! この愛と笑いの変態紳士、ラブコメ仮面が相手になりますよ!)
心の中で叫ぶと、雅人はブリーフ一丁に網タイツ姿で突撃した。無論、顔には恋音のパンツを着用済み!
「「キャアアアア! 変態ィィィ!」」
ディアボロたちが、いっせいに悲鳴をあげた。
『雉も鳴かずば』で隠れていた少女たちも、姿を見せてしまう。
そこへ襲いかかる、変態ラブコメ仮面!
S歯科医のアイリスも続く!
みごとな変態コンビだが、戦力が足りなかった。
そこへ走ってきたのは、猫っ子と化した怕遊。
「ふわあー♪ すてきなおねえさんがいっぱいなのですにゃ〜♪」
どういうわけか、彼は酔っぱらっていた。
なんと、『獣っ子病原体』に冒された果物を食べて精神まで猫化した怕遊は、キウイを食べてしまったのだ。
ごぞんじのとおり、キウイはマタタビの仲間。猫っ子になった怕遊は、ベロンベロン状態に。
そして、酔っぱらった怕遊は手当たり次第に抱きつく癖があるぞ!
「にゃ〜♪」
「きゃ〜!」
押し倒される美少女アイドル。
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜♪」
「きゃ〜きゃ〜きゃ〜!」
抵抗できず、あっさりヤられてしまう美少女ディアボロ。
じつは、この獣っ子病原体。簡単に二次感染するのだ。
というわけで、momotaroのメンバーは片端から酔っ払いネコ状態に。
抵抗力を失った少女たちは、ラブコメ仮面の三角木馬ロウソク責めとアイリスの歯医者さんごっこドSプレイを受けて、ひとり残らず昇天したのであった。
「あー、ひどい目にあった」
実家の居間で、亜矢はグッタリしていた。
「まぁ助かって良かったじゃない」
どうでもよさそうに言う桜花。
「かばってくれたのは感謝するけど、あたしはアンタの守備範囲じゃないでしょ!?」
「……うん、まぁ、色々あったんだ。色々ね」
どこか恥ずかしそうに顔を伏せる桜花。
右目の義眼が、曇った緑色を反射する。
「お待たせしましたぁ……簡単なデザートを作りましたよぉ……」
恋音が、手作りスイーツをトレーに乗せて運んできた。
背中には、酔っぱらった怕遊とナデシコが子泣きジジイみたいにおぶさっている。
「私もレモンでいくつか作ったのですぅ〜♪ よかったらどうぞぉ〜♪」
鈴歌の持つトレーは、全体的に黄色かった。
彼女が作ったのは、レモンゼリーとレモンタルト、そして特製レモネード。
おおきなテーブルに、いくつもの皿が並んだ。
和梨のコンポート、柿のミルクプリン、桃のクリームチーズホイップ、焼き林檎の春巻き……
「どれもおいしいですよ、さすが恋n
「ふわあああ……! おいしいのですにゃ〜♪ ここは天国ですにゃ〜♪」
雅人の声を遮って、怕遊が絶賛した。
「おいしいわん! どれも最高わん!」
負けじとがっつくナデシコ。
「ふふふ〜、やっぱひレモネードは世界最強なのでふぅ〜♪」
ストローをくわえながら、鈴歌は満面の笑みを浮かべていた。
天魔(アイドル)との戦闘で疲弊した撃退士たちにとって、スイーツは何よりの癒し。
大量に作られたデザートは、たちまち彼らの胃の中へと消えた。
「うん、久遠ヶ原の生徒は飽きないな」
と言いながら、情景をスケッチブックに描きとめるアイリス。
いつのまに描いたのか、戦闘場面のスケッチもある。
「よしゃ。食うもん食うたし、そろそろ帰ろか。おみやげは、梨と林檎と葡萄でええわ」
関西人らしい図太さで、未来が要求した。
「あー、好きなだけ持ってって」と、亜矢。
「しかと聞いたで。持てるだけ持ってかせてもらうわー」
「あのぉ……私も少しいただいて良いですかぁ……?」
おずおずと恋音が問いかけた。
「いいけど、あんたはスイーツ作って持ってきてね」
「おぉ……それぐらいでしたら、おやすい御用ですぅ……」
そんな会話のすえ、撃退士たちはそれぞれ好きな果物を好きなだけ持って帰ることに。
後日、病原体に冒された果物によるケモノ化現象が、久遠ヶ原を騒がせた。
この病原体は連鎖的に二次感染三次感染を招いてケモノ化パンデミックを引き起こし、学生たちを恐怖と笑いの渦に叩きこんだという──