「どうした新兵、うまく当たらんのか?」
見かねて、リリィ・マーティン(
ja5014)が声をかけた。
その軍人らしい外見に、少年の瞳が輝く。
リリィは「ふ……」と微笑んで、右手を出した。
「リリィ・マーティンだ。以前は合衆国海兵隊にいた。会えて嬉しいよ」
「杜玲汰、小等部5年です!」
「レイターか。いい名だ」
がっちりと握手しながら、リリィは続けた。
「どうやら射撃で悩んでいるようだ。よければ、私が少し教えよう」
「本当ですか。ぜひ!」
「とはいえ、私もまだV兵器には慣れてなくてな。教えるのは実銃の基礎になるが……知らないよりは良いだろう」
そう言って、リリィはシルバーマグWEを抜いた。
「まずはグリップだ。私を手本に構えてみろ。内から外に絞りこむように握るんだ。雑巾を絞るようなイメージでな。足は肩幅に開け。それから、できるだけ全身の力を抜くんだ」
「はい!」
玲汰は拳銃を握り、言われたとおり構えた。
「お、良いじゃないか! さまになってるぞ!」
「そうですか?」
「ああ、悪くない。だが、まだ力が入ってるな。反動に備えようとすると、無意識に銃口が下を向くぞ」
「はい!」
「よし、狙いをつけてトリガーを引け。ゆっくりとだ。徐々に引き絞って、自然に発射されるのを待て」
パアアン!
弾は正確に標的の中心を貫いた。
「ビューティフォ!」と、リリィ。
「やった!」
「余談だが、我々の間では真面目な人間ほど当たらず、適当な人間ほどよく当たると言われている。真面目なヤツは『当てよう』として力が入るからだ」
「あ。だから矢吹先輩は……」
「なんか言った?」
「あ、いえ」
亜矢に睨まれて、玲汰は怯えた。
「やぁ、インフィルになったんだね」
後ろから玲汰の頭をなでたのは、桜花(
jb0392)
「あ、どうも……」
玲汰は顔を赤くさせた。
「見てたけど、最初から15mはおすすめしないかな? 拳銃は本来、護身用の武器。プロでさえ50m先の静止目標に当てるのも苦労するぐらいだし、実戦で動きまわる相手なんか5mでも当たれば上等ってぐらいなんだよ?」
「そうなんですか」
「それと、私は敵を倒すためじゃなくて、いざってとき身を守れるようにと思って拳銃をあげたの。だから……まずは、こっちで練習しよ? 素早く抜いて当てる練習」
桜花は5mのレーンに手招きした。
しかし玲汰は動かない。
「すみません先輩。僕、15mでやりたいんです! 遠距離戦をメインにと思って……」
「えらい! もう自分の道を見つけたんだね! なら、お姉さんも協力するよ!」
「ありがとうございます!」
「遠くで当てるなら……まず姿勢が大事だよね。拳銃は照準の調節できないから、銃をあわせるより自分を銃にあわせないと。見てあげるから構えてみて」
「はい」
玲汰は、リリィの助言どおり銃を構えた。
その背後から、桜花が手をのばす。
「足はもう少し広げて……。右手はしっかり伸ばして、左手はこう、添えるように、ね?」
と言いながら、玲汰の体をさわる桜花。
背中に密着し、胸を押しつけながら拳銃に手を添える。
「引き金を引くときは力を抜いて、ね? 女の胸をさわるがごとく……って偉い人は言ってたから、私の胸で練習しようか」
「いや、あの、その……」
そこへ颯爽と現れたのは、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
桜花の手から玲汰を奪還し、シャドーブレイドミサイルを発射する。
「「グワーッ!」」
桜花と亜矢が吹っ飛んだ。
「おまえらの教育は、てんでなっちゃいねー! 俺様が久遠ヶ原式射撃術を叩きこんでやる! 新兵、おまえの名は?」
「杜玲汰です」
「ふざけるな! 大声出せ! 今日からおまえの名は印布射留・杜玲汰だ!」
「そ、そんな」
「口答えは許さん! いいか? どんな奴にも最初はある。初めから強い奴はいないし、弱いままの奴もいない。訓練さえしてればな!」
「はい!」
「おまえの装備を見せろ!」
「これです」
玲汰は、何丁かの銃とアイテムを見せた。
「銃以外は売り払え! もらい物とはいえ、素人には宝の持ち腐れだ! その金で、『物理命中上昇』と『物理攻撃上昇』を手に入れろ!」
「もう身につけてます」
「なに! ビルドアップしてそれか! まぁいい。おまえには、これを進呈してやろう」
ラファルは、アサルトライフルSB7を手渡した。
「銃の歴史を紐解けば、最初にできたのは拳銃ではなくライフル。軍隊でも主装備がライフルなのを見れば、どちらがより命中させやすいかは自明だ」
「はい!」
「よし撃て。なにごとも練習だ。基本動作を反復練習しろ」
こうして、ラファル軍曹の指導が始まった。
リリィも横から口を出し、桜花は隙あらば玲汰をいじろうとする。えらい騒ぎだ。
「今日も今日とて、にぎやかだな。濃い連中に囲まれて、かわいそうに」
ケラケラ笑いながら、麻生遊夜(
ja1838)は呟いた。
まぁ通りすがった以上は少し付き合うかと、玲汰たちへ近付く。
「よ、新入生。射撃訓練か?」
「はい。僕、インフィルになったばかりで……」
「なら俺の後輩だな。手本を見せてやんよ。俺も元々は映画やらに影響受けて専攻選んだくちだからな。我流になるが、まぁ参考にはなるだろ」
そう言って、遊夜は両手に拳銃を抜いた。
と同時に、左右の銃から放たれた弾丸が標的の中心を撃ち抜いている。
「おお……」
感動の声をもらす玲汰。
「慣れれば、これぐらいはできるようになる。基礎はリリィさんの言ってるようにやるのが一番だ。……でまぁ、コツとしては勘を養うのが常道だな。勘ってのは経験から来るもんだ。どう撃てばどう飛んでいくかってのを体に刻み込み、ターゲットの距離や動きに合わせて調整するわけだな。なにごとも練習あるのみってのは、有名な話だぜ?」
ケラケラと笑う遊夜。
玲汰は真剣な顔で聞いている。
「慣れんうちの実戦では、ガトリングやショットガンで空間を制圧して、避ける隙間をなくすって手もあるな。……ま、とりあえず撃ってみようか」
遊夜は、ショットガンを玲汰に手渡した。
慣れない手つきで構え、発砲する玲汰。
当然ながら、ターゲットは蜂の巣だ。
「これはラクですね」
「有用ではあるが、たよりすぎんようにな。場合によっちゃ味方まきこむからなぁ。……別の手段としては、当たらないなら当たる距離まで行けば良いってのもあるぜ?」
悪党顔で微笑む遊夜。
「銃で接近戦ですか?」
「ああ。ちっと実演してやろう」
言うが早いか、遊夜はレンジへ躍り出た。
二丁の拳銃が赤黒い軌跡を描いたと見えた直後には、銃口がターゲットに突きつけられて火を噴いている。
「か、かっこいい……」
呆然とする玲汰。
「これぞ、保身無き零距離射撃! さぁやってみろ!」
遊夜の目は、なにかグルグルしていた。
「いや僕には……」
「やればできる! なぁに、失敗しても病院送りになるだけだ!」
「イヤですよぉぉ!」
ごり押しする遊夜と、拒否する玲汰。
「麻生さん、無理強いはいけません」
雫(
ja1894)が止めた。
「俺は本人のためを思ってだな……」
「麻生さんの言うことは、よく理解できます。どんなに射撃がヘタでも、相手と密着すれば当たりますから」
「そう! そのとおりだ!」
なにやら意気投合する二人。
玲汰が不安げな顔になる。
すると、雫は語りだした。
「いいですか、どんなに屈強な敵でも口の中や眼球に撃ち込まれれば大ダメージ確実です。その方法のひとつとして、相手の懐に潜り込んでのゼロ距離射撃は効果的と言えるでしょう」
「理屈はわかりますけど……」
「私と麻生さんがコーチしますよ?」
「ううん……」
それを、遠くから見つめる男がいた。
陽波透次(
ja0280)だ。
(僕が新人だったころは、だれも構ってくれず何も教えてもらえなかったのに……なんという……なんという恵まれたリア充少年! 大勢の女子に囲まれて、手取り足取り……)
耐えきれず、透次は走りだした。
そして、玲汰の前にスライディング土下座を敢行!
「師匠! 僕を弟子にしてください! 僕に、リア充の、極意を……! 一体どうすれば、女の子に囲まれてウハウハできるんでしょうか! 教えてください! リア充師匠っ!」
「え……!?」
「これは失礼しました! 極意をただで教えてもらおうなど、虫の良すぎる話ですね。……では、僕のできるかぎりのアドバイスを。もし近接ガンマンになるのなら、反撃は確実ですから防御手段はあったほうが良いですね。一度アスヴァンあたりを経由して、シールドスキルを取るのが良いかもしれません。立派な盾を持ってるようですし、それを生かすためにも。インフィの目の良さは防御精度にも生かせますし……それより……どうすればリア充になれますか!?」
「僕はリア充では……」
「いいえ、見ればわかります! 噂によれば、師匠はおっぱい星人とのこと! ぱふぱふご奉仕するので、ぜひ極意を!」
有無を言わせぬ勢いで、透次は変化の術を使った。
現れたのは、亜矢のコピーだ。
「なんであたしなのよ!」
亜矢が怒鳴った。
「矢吹さんのポニテが美しすぎるのがいけないんです! 矢吹さんのポニテが罪なんです!」
「な、なにそれ!」
「コロッケパンをおごりますから!」
「まぁそれなら……」
「ということで矢吹さんの了承も得ました。さぁ師匠! このおっぱいでぱふぱふ……ぱふp……で、できない!?」
愕然とする透次。
そう。亜矢はまな板なのだ!
「だれがまな板よ!」
「アバーッ!」
亜矢の手から刀が飛び、透次の眉間に突き刺さった。
「騒がしいと思ったら、このまえの新入生か」
川内日菜子(
jb7813)がやってきた。
偶然ではない。こっそりラファルをつけてきたのだ。
「このまえはどうも」
「話を聞いたが、慣れないうちは近接戦闘などやめておけ。まずは前衛と連携をとって、敵に近付かれない努力をしろ」
「ですよね」
「すなおだな。よし、このレガースをやろう。銃使いだからこそのレガースだ。両手が空くだろう?」
「でもこれ、格闘用ですよ?」
「ああ。インフィルの中には本職も真っ青になるほどの格闘術を持つ者もいるが、慣れないうちはあくまでも護身用の武器だ。ゼロ距離戦闘をやるなとは言わないが……何度も言うように、慣れないうちはやめておけ。このレガースは、敵に接近されてしまったときのための備えだ。これで敵が怯んだ隙に距離をとれ。このときおすすめなのが、阿修羅スキルの痛打だ。習い始めてすぐ習得できるから、覚えるのは簡単だろう」
「なるほど」
「相手が手持ちの武器を使っているなら、なんとか叩き落としたいところだな。それから、敵が銃を持っているなら出来るかぎりこちらへ銃口を向けさせないことだ」
「はい!」
「おいおいヒナちゃん。射撃のコーチになってねーじゃん」
ラファルがつっこんだ。
「仕方ないだろ。私は阿修羅なんだ」
「銃を教えられないなら、訓練の標的になったほうが良くね? 防御高いし」
「標的、か……」
ブルーな表情になる日菜子。
ストーカーじみた行動の結果がコレである。
ともあれ、訓練再開。
逃げる日菜子を、玲汰が狙う。
「いいか、いまはあれを敵だと思って撃て。情けは無用だぜ」
なぜか笑顔で言うラファル。
玲汰に胸を押しつけてるけど、気付いてもらえないレベルで乳がない。無念。
そして射撃開始。
なんせコーチ陣が優秀なので、ビシビシ当たる。
「なぜ私がこんな目に……」
呟いた直後、マグナム弾を顔面に食らって倒れる日菜子。
立ち上がり、彼女は再び走りだす。
「こいつはヘヴィーだな……」
「せっかくですから、近距離射撃の訓練もしませんか?」
日菜子がさんざん撃たれたあとで、雫が提案した。
「まぁ訓練なら……」と、玲汰。
「では練習相手は、亜矢さんに」
「あたし? まぁいいけど」
ということで、近接射撃の訓練が始まった。
しかし、実戦経験ゼロの玲汰が亜矢に近付けるはずもない。手裏剣や忍術でボコボコだ。
「無理ですよぉ、こんなの」
「がんばってください。難しくはありません。ただ、瞳を焼かれようが腹に穴を開けられようが、敵に近づいて撃つだけです」
「死んじゃいます!」
「大丈夫。私も天使級の使徒に切り刻まれたり、破壊的な魔法をくらっても、後遺症なく生きてますし」
「無茶ですよぉ!」
玲汰には厳しすぎる訓練だった。
が、雫は諦めない。
「こうなれば洗脳しか……」
物騒なことを口走りながら、ランタンを取り出す雫。
そうして、怪しい術が始まった。
「せっかくだし、私たちも訓練しないか?」
手持ちぶさたになったところで、リリィが提案した。
「よしやろうぜ。標的はヒナちゃんな」
勝手に決めるラファル。
「待ってくれ。できれば、ヒナコにCQC(近接格闘)を教えてほしいんだ」
「格闘術か。ちゃんと習ったことないんだが……」
と、日菜子。
「我流でも構わない。軍隊の格闘技は、対天魔など想定してないからな」
「それなら、できる範囲で教えよう」
「俺も、近接拳銃術を教えてやんよ」
という次第で、日菜子と遊夜による白兵戦の授業が……
「え!? 日菜子が格闘の訓練してくれるの!?」
ならば隙を見てセクハラするしかあるまいと、桜花が突撃してきた。
「ひなこぉぉ! 私と訓練訓練ンン!」
「ちょ、ま……」
胴タックルで一気に押し倒されてしまう日菜子。
「どしたの日菜子? 敵が押し倒してこないとも限らないんだよ? 修行が足りないんじゃない?」
などと言いながら、日菜子の体をまさぐる桜花。
隙を見てセクハラ……??
「さて、洗脳終了です」
雫がランタンを消した。
玲汰は虚ろな顔で、なにかブツブツ言っている。
「では仕上げです。いいですか、このランタンが灯ると、あなたは痛みも恐怖も感じなくなる。無感情な戦闘機械と化すのです」
ある程度距離をとったところで、雫はランタンを灯した。
そのとたん、玲汰は瞳の色を失って一直線に走りだす。
「いいですね。その調子です」
向かってくる玲汰に、雫は容赦なく発砲した。
何発もの銃弾が命中するが、玲汰は止まらない。
そのまま雫の懐に潜り込み、保身無き零距離射撃を
ズドバアアアッ!
雫の大剣が一閃して、玲汰はボロギレみたいに吹っ飛ばされた。
いくら洗脳したって、元々の性能が違いすぎる!
「加減をまちがったでしょうか……生きてます?」
「うぅ……、僕は一体……?」
よろよろ立ち上がる玲汰。
雫はホッと胸を撫で下ろした。本気で死んだかと思ったのだ。
「よく立った。それでこそ俺たちの後輩だ」
遊夜が玲汰の肩を叩いた。
「なんか、記憶が抜けてて……」
「気にするな、よくあることだ。そうそう、この散弾銃と握り鉄砲をくれてやんよ。練習用には十分だろ。よけりゃ今後も教えてやろうか? 俺の近接拳銃術を」
ニヤリと微笑む遊夜。
こうして、ひとりの少年が近接拳銃術に目覚めたのであった。
頭に『特攻型』と付くのは、見ないことにしよう。