その日。教室に集まった生徒たちを見て、魅暗は言葉を失った。
なんということか。そこには紛れもなく一頭のパンダがいたのだ。それも、レッサーとかいうチンケなほうじゃない。ジャイアントなほうだ。
「パ、パンダがいる……!? ここは動物園? サファリパーク? それとも上野駅!?」
すまん。言葉を失ったと言ったが、ありゃウソだった。
念のため言っておくが、ここは動物園でも上野駅でもない。久遠ヶ原学園だ。まぁ、ある意味動物園のようなものだが。
「猫カフェをオープンするに際して、私たちの意見を聞きたいとのこと。じつに素晴らしい知識欲と言えよう。森羅万象を調べぬき、知りつくすことこそ、私たち人類の究極の目的! 『理想のカフェ』を追い求めることもまた、知識の渇望にほかならない!」
ズギャアアアアン!という書き文字の擬音をバックに登場したのは、下妻笹緒(
ja0544)
外見はただのパンダだが、無論ただのパンダではない! よくしゃべるパンダだ!
「パンダがしゃべった……!?」
唖然とする魅暗。
久遠ヶ原の学生にとって、しゃべるパンダやしゃべる鳩などは見慣れたものだが、一般人の魅暗には衝撃の光景だ。もしかすると、肩パッド装備のモヒカン野郎に囲まれるよりショックだったかもしれない。
「おちつきなさい。あれはただの着ぐるみよ」
魔子が冷静になだめた。
彼女は久遠ヶ原の卒業生で、この程度の変人は見慣れている。
「着ぐるみって……どうして、そんなものを!? なにかの陰謀!?」
「では説明しよう。なぜ私が着ぐるみを身につけているのか。しかも、あまた存在する動物の中から、なぜパンダを選んだのかを!」
以後1時間、笹緒の独り言が続く。
まぁそれは置いといて、会議をはじめよう。
「私がアンケートを受けると、たいてい変な人が来る気が……」
雫(
ja1894)が無表情で呟いた。
変な人って誰のことだろう。……ああ、雅人のことか。
と言ってるそばから、勢いよく挙手する男が。
「聞いてください! 私の理想とする猫カフェは、『変態の! 変態による! 変態のための! 猫カフェ!』DEATH!」
大声で言い放つと同時に、袋井雅人(
jb1469)は光纏しつつキャストオフ!
ブリーフ一丁で顔面に女物のパンツをかぶると、究極ラブコメ仮面に変身!
あやしい粘液(友達汁)を周囲にまきちらしつつ、全力のプレゼンをぶちかます!
「変態専用猫カフェ! それは世間一般で疎まれる変態たちが、意見交換、情報交換、パートナー募集などなど、ありとあらゆる変態行為をおこなうために作られた、まさに変態パラダイス! もちろん、一般の方の御入店はおことわりですよ!」
「そ、それはいいかも……?」
頭からどっぷり粘液を浴びた魅暗は、酔っ払いみたいに顔を赤くさせてうなずいた。
さすがに一般人にはよく効くな。
「同意していただけましたか! そう、世間の迷える変態たちも、かわいい猫さんたちに癒されたいと思うときはあるのですよ! ご存知ないかもしれませんが、久遠ヶ原は変態の巣窟(すくつ)です! 変態専用猫カフェは、確実に需要あり! オープンすれば、連日変態客たちが押し寄せて大繁j……zzzzz」
「今日はまじめな意見を聞きに来てるから、ちょっと静かにね?」
魔子が『氷の夜想曲』を発動したのだ。
彼女も確実に変態の一人だが、根本的に男嫌いなので仕方ない。
ところで教室が粘液まみれなんだが、どうしよう。
「じゃあ、ボクの意見を聞いてくれるかな♪」
さわやかな顔で言いながら、ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は白銀の髪を掻き上げた。
猫カフェと聞いて駆けつけた彼は、稲荷寿司大好きな狐さんである。って、猫関係ねえ。
「猫とお昼寝できるカフェっていうのは、どう? この島だと土地は結構用意できるみたいだし、大きくお店をかまえて……フラットな広い絨毯のホールで、猫と戯れたり、お昼寝したり……って感じのサービスはどうかな? 絨毯はブロック式にしておけば、汚れたとこだけ交換すればいいし♪」
「その発想はなかったわね」と、魔子。
「そして、お店の名前は……『猫はまくらの付喪神』で、どうだろ」
「店名はともかく、仮眠スペースを設けるのは一案ね」
魔子は黒板にジェラルドの提案を書いた。
「ところで魅暗は、この学校に来るの初めて? まぁそこまで他の学校と変わんないと思うけど、たのしんでいってね♪」
ナンパ師っぽく、片目をウインクさせるジェラルド。
ふだん滅多に異性と話をしない確定喪女の魅暗は「ひゃ、ひゃいっ!」などと声をうわずらせている。
「そんなに緊張することはないよ。なにか誤解があるようだけれど、久遠ヶ原は紳士淑女の集まりなんだ。カフェを経営してたりする生徒もいるしね。……そうそう、かく言うボクもBARをやっててね♪ よかったら後でおいで♪」
やさしい言葉をかけるジェラルド。本物のイケメンは優しさで出来てるのさと自負する彼だが、ナチュラルにナンパしてるようにしか見えない。
「あのぉ……久遠ヶ原には、コスプレや着ぐるみが好きな生徒が多いのでぇ……コスプレ系猫カフェというのは、どうでしょうかぁ……?」
おずおずと、月乃宮恋音(
jb1221)が提案した。
どういうわけか、ウェイトレスの衣装だ。例によって、胸がパツンパツンである。
「それ、どういう店?」
魔子が問い返した。
「えとぉ……単純に店員さんがコスプレするだけではなくてぇ……お客様に衣装を貸し出して、コスプレしてもらうサービスですねぇ……。衣装を用意するのが、少々手間ですけれど……そこさえクリアできれば、形になると思うのですよぉ……」
「店員がコスプレしてるカフェはいくらでもあるけど、客がコスプレって聞いたことないわね」
「ないからこそ、新しい商売になるのではないでしょうかぁ……。実際、オープンすれば私は行ってみたいですし……」
「ふぅん……まぁ検討してみようかしら」
「それと、ですねぇ……定期的に『○○Day』のようなイベントを開催するのは、どうですかぁ……? たとえば、魔子先輩のお店との提携で、レディースDayを設けるとか……」
「それぐらいは、私も考えてるけれど」
魔子がレディースデイを考えないはずもなかった。
が、恋音の提案はもう一歩先に行っている。
「えとぉ……ただのレディースデイではなくてですねぇ……猫カフェですので、いわゆる『タチ』と『ネコ』に分かれて……
「それ採用!」
即決だった。
「お、おお……。採用ですかぁ……。開店が楽しみになってきましたよぉ……」
「その日には、私も女装で協力させてもらいますね!」
やたらと張り切る雅人。
女装とか言う前に、おまえは服を着ろ。
さて、100パーセント魔子の趣味で不穏なレディースデイが設置されることになったわけだが……ここで雫が異議をとなえた。
「個人的に、そういうイロモノ系は反対ですね……。できるだけ、ふつうのお店でおねがいします。ただでさえ久遠ヶ原には変な生徒が多いですから、せめてカフェのような空間では心の安寧がほしいんです」
「ん……。そういう意見もあるのね……」
急に真面目な顔になる魔子。
これでも共同経営者であり、出資者なのだ。魅暗をまきこんでいる以上、趣味にばかり走るわけにもいかない。そもそも趣味だけで良いのなら、わざわざこうして取材になど来てないのだ。
「ただ、コスプレができるカフェというのは賛成です。そういうのが好きな生徒が多いのは、まぎれもない事実ですし。……もし必要とあれば、まかないのみで用心棒を引き受けても良いですから」
「あなた強そうだし、それはたよりになりそうね」
すっかり経営者の顔になって、品定めするように雫を眺める魔子。
別の意味で品定めしている可能性も高いので、油断ならない。
「俺も、あまり変わったカフェは好みではないな」
冷静な口調で雫に同意したのは、ルーカス・クラネルト(
jb6689)
第三帝国風の軍服を身につけ、腰には拳銃を吊っている。
その、いかにも軍人らしいたたずまいに、魅暗は思わず魔子の後ろへ隠れてしまった。
「じゃあ、どういうカフェがいいのかしら?」
「ふむ……」
魔子の問いに、ルーカスは少し考えて答えた。
「聞いたところだと、すでに猫カフェを一軒持っているらしいな。しかも、繁盛しているとか。……ならば、二軒目も同じようにやればいいのではないか? 奇をてらわず、まっとうな店を開けばいい」
「ほかの場所ならいざ知らず、久遠ヶ原島でそんな普通のカフェがうまくいくかしら」
「それは、やってみなければわからない。……が、むやみにイレギュラーな要素を増やす必要はないだろう? ……勘違いしてほしくないんだが、けっしてレディースデイの恩恵を受けられないからという理由で言っているわけではないぞ。あくまで一般論だ」
絵に描いたように生真面目な軍人タイプのルーカスだが、こう見えて実は猫好き。カフェがオープンしたら、絶対に利用したいと思っているのだ。そのためには、よけいなものなどいらない。
「そのとおり! 猫カフェによけいなものなど不要!」
笹緒も、まっとうな猫カフェ支持派だった。
いつも狂気じみた意見ばかり出してくる彼にしては、珍しい。
「周知のとおり、久遠ヶ原生には動物好きが多いので、猫カフェは大いに繁盛するだろう。突飛なことなどやらなくても、普通の猫カフェで問題ない。衛生面、猫の健康とストレス、従業員の負担、商売として成り立つかなど……猫カフェは黄金のバランスの上に成り立っているゆえ、下手にいじれば歪みが出る恐れがある。だからこそ、いじるべき箇所があるとすれば一点。……それは、二号店の店長が魅暗であるということ!」
「え……? あたしが店長じゃダメ……? やっぱり死んだほうがいいの……?」
いきなり駄目出しされたと思い込んで、魅暗は首吊り用のロープを取り出した。
しかし、笹緒は構わず続ける。
「ここで問いたい。はたして、カツ丼にコロッケが乗っているだろうか。……否! トンカツが乗っているからカツ丼なのだ! ……である以上、猫カフェを名乗るならば、店長は猫でなければならないだろう。よって、猫店長をただちに選出し、彼を、あるいは彼女を店のトップに据えるよう提案したい!」
……うん、やっぱりいつもの笹緒だった。
「店長は猫……。つまりあたしは、お払い箱……。うぅぅ……やっぱり誰にも必要とされてないのよ、あたしなんて……」
ロープを握りしめながら、首を吊るのに手頃な場所はないかしらとフラフラ歩きだす魅暗。
そこへ、藍那湊(
jc0170)が声をかけた。
「気を取りなおしてください。猫カフェの店長は魅暗さんですよ! でも、パンダさんの言うこともわかります。だからここは、魅暗さんが猫になればいいんですよ!」
「は……? え……?」
意味がわからず、うろたえる魅暗。
すると湊は、ヘアメイク用の道具一式をずらりと机に並べた。
なぜそんなものを持ち歩いてるのか?
だってアイドルだからな! いつでもどこでも身だしなみは大切だ!
「いいですか、魅暗さん。まずは、その髪型をどうにかしましょう! こうやって、すこしセットするだけで……」
湊は素早く魅暗の背後にまわると、目にもとまらぬ手さばきでSADAKOヘアーをいじりはじめた。
「はわぁああああ……っ!」
逃げようとする魅暗だが、撃退士の手にかかれば無力同然。
ほとんど抵抗するヒマもなく、ヘアメイク完了。
そこに現れたのは、猫耳みたいなお団子ヘアになった魅暗の姿だった。
「なんだ、かわいいじゃないですか。これなら、魅暗さん目当のお客さんも来ますよ!」
湊の言うとおり、髪を上げて素顔をさらした魅暗は、なかなかのものだった。
うん、漫画やアニメでよくあるパターンだ。
「ウソよ……。あたしは『彼氏いない歴イコール年齢』の、非愛され系ブス……。迷惑だから、顔なんか見せちゃいけないのよ……!」
「そんなことありませんって。ほら、笑ってみてください♪ とってもかわいいですよ〜」
にこにこ笑顔で、手鏡をわたす湊。
それを覗きこんだ魅暗は、一瞬びくっとして固まった。
「どうですか〜。かわいいでしょう? なので、自信を持って店長になってください! 僕は猫カフェを見たことがないので、ぜひオープンさせてほしいです!」
「無理……無理よ……あたしに店長なんて……!」
いちど落ち込んだ魅暗を立てなおすのは、容易なことではなかった。
「ここはわしにまかせるのじゃ!」
素敵なおでこをキラリと輝かせながら、力強く立ち上がったのは天ヶ瀬リョウ(
jb8517)
外見年齢75歳……もとい実年齢75歳、外見年齢14歳の、ロリババアである。
「みゃん……ではなかった、魅暗どの。お団子ヘアも良いが、おぬしにはまだまだ未知の魅力が隠されておる。それは……おでこじゃ!」
「おで、こ……?」
「そうじゃ! 魅暗どのは、せっかくの良いお顔をしておるのじゃから、もっと効果的に見せるべきなのじゃ! 具体的に言うならば、おでこを出して魅力アップさせるのじゃ!」
よくわからない主張を一方的に展開すると、リョウは右手に櫛を、左手に整髪料を持って襲いかかった。
「へあああ……ッ!?」
湊のときと同じく、逃げようとしても逃げられない魅暗。
リョウは小さい体で魅暗を押さえつけながら、ていねいに前髪を後ろへ撫でつけてゆく。
じきに、オールバックのロングヘアが完成。
「おおー、眼福眼福♪ ほれ、どうじゃどうじゃ!」
リョウは手鏡を出すと、なかば無理やり魅暗に自分の姿を確認させた。
「あうぅぅぅぅ……」
別人みたいにされた魅暗は、すっかり放心状態だ。
それを気にもせず、リョウは話をつづける。
「聞くが良い。わしが提案するのは、ずばり『おでこ喫茶』なのじゃ! 従業員は、みんな魅惑のおでこちゃん! オールバックに短髪に……長髪からのぞく広い額も捨てがたいのう……む、そんなニッチな喫茶のどこがいい、とな!? おぬしたちにも、魅惑のおでこは眠っているのじゃぞー!」
血走った目で雄叫びを上げると、リョウは櫛と整髪料を装備して魔子に飛びかかった。
一秒後、氷の夜想曲がブチこまれたのは言うまでもない。
「うんうん。そうそう。いろんな人がいるんだよ、この学園には」
無表情な顔で、シュタルク=バルト(
jb9737)はそう言った。
この会議が始まってからというもの、彼女はずっと何か食べている。
ちなみに、いま食べてるのはイチゴサンドだ。
それをいちごオレで流し込みながら、バルトは言う。
「ここには、食べざかりの人とかいっぱい、猫好きの人もいっぱい。つまり、そういうことだよ。うん、毎日毎日、たくさんの、大変なことが、あるんだ。天使や悪魔と戦ったり、雪合戦したり、綱引きしたり、くず鉄量産してはブン投げたり、学園長おっかけたり、敵さんとお花見したり、お茶会したり、ときには病院に担ぎ込まれたり……。そんな感じで色々疲れるし、おなかもすくの。だからこそ、キミのお店は必要だよ」
独特の……というより、とらえどころのないしゃべりかたをするバルト。
ただ、魅暗にやる気を出させようという意思はあるようだ。
単に、猫と甘味が好きだから出店してほしいだけかもしれないが。
「色々な人がいるのはわかったけど、あなたはどういうお店がいいの?」
と、魔子が訊ねた。
バルトはイチゴサンドを一口かじって答える。
「私は、癒されるお店がいいね。おいしいスイーツがたくさんあって、かわいい猫がモフモフできて、ゆっくりと本を読んだり、お昼寝したり……BGMには生ピアノが流れてたら素敵だし、気が向いたら私も弾いたりしたいな。……まぁそんな感じ? そういう、戦いや生活の疲れが癒せる場所が近場にできたら、きっと皆も喜ぶよ。もちろん私もね」
「ずいぶん強欲ね。まぁ私も元撃退士だから、癒されたいって気持ちはわかるけれど」
「どういうお店がいいのかって訊かれたから、正直に答えただけだよ?」
「そうね。忌憚のないご意見、ありがとう」
魔子は微笑を浮かべると、黒板にメモを書きつけた。
そして、「これで全員の話を聞いたかしら」と参加者たちを見渡す。
「まだ、うちが答えてへんよ」
黒神未来(
jb9907)が、かるく手をあげた。
「じゃあ答えてくれる?」と、魔子がうながす。
「よしゃ、答えたるで。……なぁ、猫カフェって今流行りなんやろ? テレビとかでやってたで?」
なぜかドヤ顔で問いかける未来。
はかりかねて、魔子は「それで?」と応じる。
「……で、やな。うち思うんやけど、そういう店って猫とか漫画とかロボットとか、ともかく企画優先で料理は二の次になってるところが多いと思うんよ。でも、かりそめにもカフェを名乗る以上は肝心の料理がおいしくなかったらアカンやろ。そやから、うちが試食したるで! その猫カフェで出す料理やらスイーツやらをな!」
「そう言われても、今日は何も用意してないのよ」
「そんなん、いまから用意したらええやん」
「……まぁ、そう言われたら仕方ないわね。調理実習室が借りられるか、かけあってくるわ」
ふつうなら『できない』で済ませる場面だが、魔子は負けず嫌いなのだった。
時間(字数)に余裕があってよかったな。
──というわけで、数十分後。
調理実習室に、全員が集まった。
カフェのアンケート調査のはずが、何故こんなことに。未来以外の誰もがそう思っているが、なってしまったものは仕方ない。それに、おいしいものが食べられるなら誰も文句はなかった。本当においしいものが食べられるかはわからんが。
「うぅん……。予想もしなかった方向に、お話が……」
と言いながら、恋音は料理の下ごしらえを手伝っていた。
「なーに。よくあることですよ! それにしても恋音は、エプロン姿が似合いますね!」
やけにハイテンションな雅人。彼も料理を手伝っている。
ただし、ブリーフ一丁にエプロンという格好で。無論、顔面には女物のパンツ。
「……で、月乃宮クン。それは何を作っとるん?」
未来が恋音の手元を覗きこんだ。
「えとぉ……これは、オムライス用のチキンを、下処理しているところですよぉ……」
「オムライスとは、またえらいド定番やなぁ。袋井クンは何を手伝っとるんや?」
「私は、○○の×××を□□□で△△しているところですよ! それはもう丁寧に! 時間をかけて! じっくりねっぷりたっぷりと!」
なぜか発言が伏せ字になる雅人。
キッチンでナニしてるんだろう、この人。
そんな騒がしいキッチンの片隅で、魅暗は黙々と作業をつづけている。
いつのまにか、髪はもとどおりのSADAKO状態だ。こんな髪型で厨房に立つ人も珍しい。
ともあれ。魔子の指示のもと、何品かの料理が完成した。
まずは、特製ふわとろオムライス。
そのまま食べてもおいしいチキンライスを、半熟のオムレツで包m
「 う お お お お お お お お お お お お お お お お お お お お お お お お お お !!
うううううううーーー! まああああああーーー! いいいいいいーーー! ぞおおおおおおおおーーーー !!」
地の文をさえぎって、未来が爆発、巨大化した。
炸裂する閃光。吹き荒れる竜巻。響きわたる雷鳴。
テーブルは吹っ飛び、窓ガラスともども四方の壁が砕け散り、床には地割れが走って、天井が崩れ落ちてくる。まるで、震度10の大地震にでも襲われたかのようだ。
「ふおおおおおお!! うーーーまあああーーいいいいいぞおおおおお!!」
地球の裏側まで届くのではないかという大声が轟いた。
爆撃でも受けたかのように荒れ狂う衝撃波。空には暗雲が立ちこめ、無数の稲妻が地上に突き刺さる。
まさか、今日が地球最後の日なのか! 絶品オムライスでアポカリプスナウ!
「見てみい、このオムライスを! 米は魚沼産コシヒカリ! 鶏肉は比内地鶏! そして玉子は翡翠鶏や! 炊きたてごはんの芳しい香りと、肉汁たっぷりの鶏肉が奏でるハーモニーは、まさに至高の芸術(アート)! それをやさしく包みこむオムレツもまた、完璧な焼き加減やで! そう、いまここに、鶏と玉子の親子タッグが結成されたんや! その戦いの舞台となるのは、真っ白なリング(ごはん)! これぞまさに、西洋風親子DOOON! なかんずくは、これら全ての食材をひとつの味へと昇華させるトマトケチャップや! おお、有史以来かくも鶏肉の真髄を引き出し得た調味料が、ほかにあったかいな! うちは今日、生まれて初めて真のオムライスに出会ったでええええええ!」
ながいセリフが終わったとき、調理実習室は地獄と化していた。
というより、すでに調理実習室は跡形もなく、撃退士たちも散り散りに吹っ飛ばされている。これは間違いなく、参加者全員死亡判定だ。
なんということか。たったオムライスひとつで、ここまでの破壊現象を引き起こすとは。味王化おそるべし!
……というのは冗談で、未来はただ仁王立ちになって叫んだだけだった。
いくらなんでも、死亡判定はありえない。しかも、オムライスを食べたリアクションだけで。
というか、アドリブにもほどがある。だって時間(字数)が余ってるんだもん。
「うん。たしかにおいしいねえ。これならいけるんじゃないかな♪」
なにごともなかったかのように、ジェラルドが微笑んだ。
そのイケメンスマイルのまぶしさに、魅暗は思わずあとずさりしてしまう。
「ふむ……これは珈琲などより、ビールがあうな。店では出さないのか?」
ジェラルドの隣に座ったルーカスが、クールな口調で訊ねた。
「あの、ええと……いまのところ、アルコールを扱う予定は……」
しどろもどろに答える魅暗。
ただでさえ男とはマトモに口をきけないというのに、イケメンふたりを前にしては『認識障害』に陥ってもおかしくない。
「そうか、アルコールはないのか。それはもったいないな。これで一杯やれれば、常連になってもいいぐらいなのだが」
「そ、そうなの……? でも、酔っ払いの相手とかしたくないし……」
「タチの悪い客は、ほかの撃退士たちが対処するだろう。その場に俺がいれば、手を貸してもいい」
「ボクも喜んで手を貸すよ。一杯飲みながら猫を愛でるのも良いしね♪」
ルーカスの意見を、ジェラルドが後押しした。
「ええ……っ? じゃあ考えてみようかな……」
イケメンの言葉には弱い魅暗。
というわけで、猫カフェには珍しく酒類が置かれることに。
もしかすると、猫カフェではなく猫居酒屋になるかもしれない。
「うむ。どれも美味なのじゃ。お世辞ではなく、魅暗どのの腕前は素晴らしいのじゃ」
行儀良く座り、おでこをきらきらさせながら、リョウはオムライスを食べていた。
「そ、そんなの誰でも作れるし……」と、魅暗。
「そんなはずはないのじゃ。もっと前向きに考えるのじゃ」
「前向きになんて、あたしには無理無理無理無理カタツムリよぉぉ……」
「その髪型がいかんのじゃ。ちゃんとおでこを出すのじゃ」
ふたたび櫛と整髪料を手にするリョウ。
魅暗は慌てて逃げだす。
「それはイヤあああ! こんな顔、見られたくないのおおお!」
「待つのじゃ! そしておでこを見せるのじゃ!」
追いかけるリョウ。
いったい何が、彼女をこれほどのおでこ狂にしたのか。
それは本人にしかわからない。あるいは本人にもわかってないかも。
「ねぇ、ほかにはないの? もう食べちゃった」
食いしんぼうバルトは、あっというまにオムライスをたいらげていた。
「カルボナーラとフレンチトーストがありますよ! あとパンケーキも焼きました!」
なぜか得意顔で応じる雅人。
あいかわらず、パンツにエプロン姿である。服を着ろ。
「じゃあパンケーキを食べるの。メープルシロップいっぱいかけてね」
「了解しました!」
このあとバルトは、延々とパンケーキを食べ続けるのであった。
「私はカルボナーラをいただこう」
どっかりとイスに座ったまま、笹緒が注文を告げた。
すぐに運ばれてくる、スパゲッティ・カルボナーラ。
しかつめらしい顔でそれを一口食べると、笹緒はいつもの調子でしゃべりだした。
「ふむ。これはなかなかの一品。パスタはみごとなアルデンテにゆであがり、濃厚なソースがうまく絡んでいる。生クリームを使わないローマ風の仕立てによって、新鮮な卵の風味がよく味わえる。パンチェッタもまた絶妙な火の通り具合で、ジューシーさを保ちながらもカリカリとした歯ごたえが心地良い。チーズはパルミジャーノ・レッジャーノ。安物の粉チーズなどでは表現できない本格派の味わいが素晴らしい。しかるに、すべての素材をビシッと引きしめているのは黒胡椒であろう。一説によれば、この鮮やかに散らされた黒胡椒こそが、カルボナーラ(炭焼き風)の語源でもあるという。なればこそ、この料理の主人公は他ならぬ黒胡椒であると言わざるをえまい。そう、このほんのちょっぴりの黒胡椒こそが、スパゲッティ・カルボナーラの精髄なのだ!」
無駄に長いセリフだが、これぞ笹緒クオリティ。
とりあえず、味王化しなくてよかったな。
「しかし惜しむらくは、このスパゲッティ本体である。私の味覚が確かならば、これは紛れもなく市販品の乾燥パスタ。真のスパゲッティ・カルボナーラをめざすのであれば、このような手抜きは許されまい。……そう、いまこそ我々はスパゲッティを手打ちするべきなのだ! 乾燥パスタには決して再現できない、小麦本来のゆたかな香り! そして真のアルデンテ! これが実現できるのは、打ち立ての生パスタのみ! たかが猫カフェでパスタを手打ちするなど非合理的との意見もあろうが、私はそうは思わない! 否、猫カフェだからこそパスタを手打ちで作るべきなのだ!」
今日の笹緒は、いつにも増してよくしゃべるな。
でも誰も聞いてないぞ。っていうか、ずっと独り言しゃべってるぞ。それも笹緒クオリティ。
「どれもおいしいです。ただひとつだけ、注文が……」
ふだん無口な雫が、ふいに魔子へ話しかけた。
「注文? なにかしら」
「全体的に、量が少ないと思うんです。久遠ヶ原以外の場所なら、これでいいと思うんですけど……。撃退士には大食いの人が多いですし、スキルの取得や強化、魔具魔装の購入改造で万年金欠の生徒が多いですから、大量安価の食べ物があると助かります。いっそ、食べ放題とか……」
「食べ放題は、お店が潰される可能性あるからNGね。でも、大盛りサービスを導入するのは良いかも。ふだん一般人の女性客ばかり相手にしてるから、そういうのすっかり忘れてたわね」
「私の意見が役に立ったなら、さいわいです」
「うんうん。役に立ったわよ。あなたかわいいし、お店ができたら遊びに来てね? サービスしちゃうから」
などと言いながら、舌なめずりする魔子。
どんなサービスが提供されるのか、知れたものではない。
「じゃあ、僕も提案!」
湊が元気に手をあげた。
「はいどうぞ」と、魔子がうながす。
「せっかくの猫カフェだし、なにか猫にちなんだメニューを置いてみたらどうでしょう。たとえば、こういうのとか」
湊が取り出して見せたのは、自作のマシュマロだった。
猫の形をしていたり、肉球の形をしていたりと、バリエーション豊富である。
「あら、かわいいわね。自分で作ったの?」
「そうです。これは趣味で作ったものだけれど、こういうのを飲みものに浮かべてチョコペンやココアパウダーでお店の猫ちゃんとおそろいの模様を描いたら素敵です♪」
「ちょっと手間がかかるけど、商売にはなりそうね」
魔子は乗り気だったが、不器用な魅暗にそんなことできるのだろうか。
「まぁなんにしても、これだけ上等な料理が出せるなら問題ないやろな」
話をまとめるように、未来が言った。
「そうですねぇ……。そこらへんの猫カフェはもちろん、ちゃんとしたレストランにも負けてませんよぉ……」
「おお! 魔王ツキノミヤさまのお墨付きや!」
「いえ……あのぉ……。たしかに、味は申し分ありませんけれど……お値段のほうは、どうなんでしょうかぁ……? これだけの手間と材料がかかってますから、けっこうなお値段になるのでは……」
恋音の問いに、魔子はニヤリと笑った。
その表情のまま、得意げに答える。
「価格設定は、ふつうの猫カフェと同じぐらいよ。こう見えても魅暗は仕事だけはできるから、人件費は極限まで抑えられるし。材料の仕入れは、私が撃退士だったころのツテを使って激安ルートが確保できるから」
「おお……。それではもう、開店は確定ということでしょうかぁ……?」
「そうね、いまのところ前向きに考えてるわ」
「あたしはイヤですぅぅ……こんな変人ばかりの島でカフェなんてぇぇ……! 完全に島流しじゃないですかぁぁ……!」
この期に及んでも、魅暗はネガティブだった。
「そう言うでない! そのおでこがあれば、商売繁盛まちがいなしなのじゃ!」
魅暗の背後に回りこみ、無理やりオールバックにする変人リョウ。
「そうですよ! 久遠ヶ原が変態ばかりだなんて、根も葉もないデマです!」
パンツ一丁のエプロン姿で主張する雅人。
「うむ。久遠ヶ原が変人ばかりだと主張するのであれば、まず統計をとらねばなるまい。しかるのち、在校生の何人中何人が変人なのか、統計学で求めよう。無論そのまえに、魅暗君の言う『変人ばかり』の『ばかり』が、どれほどの数をさすのか。それを定義する必要がある。思い立ったが吉日。さぁいますぐに、久遠ヶ原変人率調査を開始するのだ!」
とりあえず、調査する前から最低でも3人の変人がいるのは明らかだった。
魅暗の店がオープンする日は遠い。