「話は全部聞かせてもろたで! なんや、このイベント! 公開亜矢クンいじめやないか! イジメはアカン、うちが許さへんで!」
黒神未来(
jb9907)は激怒した。必ず、首謀者の卍をシバかねばならぬと決意した。
「ちょっと待て! 俺は首謀者じゃねぇぞ! 亜矢が体育祭やりたいっつーから、綱引きを提案しただけだ!」
当然の反論をする卍。
実際そのとおりなのだが、未来に話は通じなかった。お笑いを見ればわかるように、関西人の基本的なコミュニケーションは暴力である。
「言いわけ無用や! イジメかっこわるい!」
「スヤーッ!」
氷の夜想曲が命中し、卍は熟睡した。
そのまま荒縄で縛り上げ、シバき倒す未来。
「イジメはアカン! アカンでぇぇ!」
ビシビシビシ!
「グワーッ!」
「泣いても謝っても、死んでも許さへんでえ! イジメは死刑や!」
ビシバシ!
「グワーッ!」
「自業自得やでえええ!」
ズバシューッ!
「アバーッ!」
これはひどい。
「まだまだや! うちの怒りは収まらんでぇ。黒幕は牛やさかい、それもシバき倒したるわー!」
ちょ……。
そういうメタな行為はいけないグワーッ!
「牛はいつも亜矢クンいじめすぎや! 要反省や!」
俺のせいじゃないグワーッ!
だいたいゼロが悪いグワーッ!
ゼロをしばけグワーッ!
「鳥類のせいにしたらアカン! そんなん書くのが悪いんや!」
もう書きませんグワーッ!
「くらえ、殺人バックドロップや!」
アバーッ!
──MS重体中につき、しばらくおまちください──
……うん、話の進行に支障が出るから、MSいじめは自重しような?
みんなが始めると、収拾つかなくなるからな?
まぁそれはともかく、次に登場したのは最上憐(
jb1522)
『自分は巻き込まれず、絶対に安全と油断しているであろう卍』の背後に回りこみ、『擬態』&『隠走』で接近し、ダークハンドを発動! ……いや、油断も安全もなかったんだけど……。
「なにしやがる! おまえはカレー食ってろ!」
「……ん。恨みは。ない。ただ。チョッパーも。引っ張って。もらえば。見ている。私が。たのしい」
と言いながら、縛られたままの卍を担ぎ上げる憐。
「なにする気だ、ゴルアアア!」
「……ん。チョッパーを。捕獲して。引っ張っては。ダメだとは。書いてなかった」
そう来るとは思わなかったよ!
書いておけば良かったよ!
だって、憐だけじゃないんだ!
鷺谷明(
ja0776)まで、襲撃に来るんだよ!
「やあ、皆。人生愉しんでいるかい?」
例によって、いつもの不気味な笑顔である。
そして、こんな具合に呪文を続ける。
「人生愉しまないと畜生以下だよだから皆愉しもうまあだけど愉しむことしかしないなんてほんと畜生以下だよねそういえば友達から舞踏会に誘われたんだけど持って行くのはタンゴとバラライカのどっちがいいと思う私としては一人だけ部外者決め込んでる卍君を巻き込むのがいいんじゃないかと思うから巻き込むよ巻き込もう縄に巻き巻き二つの簀巻き、愉快だねではねじゃーねーばいびー」
一連の呪文の間に、明は筵を取り出して卍をぐるぐるの簀巻きにしてしまうのだった。
なんせ最初から未来が縛り上げていたので、手間いらず。
こうして3人の共同作業で簀巻きを一丁仕上げると、明はすぐに立ち去り、夜空の星となったのであった。
なにがなんだかわからないが、そういえば明の愛するものは『正体不明』なのだ。
もしかすると、闇鍋に参加できなかったことの後遺症かもしれない。
まぁなんにせよ、卍は完全に束縛されたまま憐に引きずられていった。
そのまま綱引き会場に乗りこみ、亜矢側のロープに卍をくくりつける憐。
「……ん。私からの。暑中見舞い。もしくは。お中元だよ」
こんなお中元、だれもありがたくない。
「……ん。大丈夫。チョッパーに。人徳があるなら。皆。助けてくれる。ないなら。悲惨なことに。なるだけ」
「人徳とかの問題じゃねぇえええ!」
卍の抗議が、むなしく響いた。
そりゃまぁいくら人徳があろうと、憐や明の行動を予測して『卍を助ける』とか書く人がいるわけない。
というわけで卍は、いわれのない容疑でシバかれたあと、亜矢と一緒に引きずりまわされるハメになったのであった。
ところで本日の撃退目標である亜矢は、ドS貴族のゼロ=シュバイツァー(
jb7501)に絡まれていた。
亜矢がドMになる依頼と聞いて、文字どおり闇の翼で飛んできたゼロ。
「なんや、そんなに引きずりまわされたいんかい。けどなぁ、みんな忙しい身なんやで? 引きずってほしいなら、ちゃんとみんなにおねがいせえや」
などと、サングラスを光らせながらヤクザみたいな口調で言い放つ。
「だれが引きずられんのよ! あたしは勝つわよ!」
「なに偉そうにしてるんや? おまえは、みんなに綱を引いてもらうんやろ? まず頭を地面にこすりつけてお礼を言うんが先やろ? はよやらんかい」
「だれがそんなことすんのよ!」
「まぁどうせ綱引きが始まれば、地面を転げまわって強制的に土下座することになるけどな」
ゼロはサディスティックに微笑んだ。
そこへやってきたのは、白野小梅(
jb4012)
「大丈夫だよぉ、亜矢ちゃん。ボクがこれ持ってきたからぁ♪」
と言って小梅が見せたのは、スケートボードだった。
意味がわからず首をひねる亜矢に、小梅は得意顔で説明する。
「これを体にくくりつけておけばぁ、もし転んでもスイーッてすべるから安全だよぉ♪ 転んで傷だらけになったら痛いもんねぇ」
「たしかに……みんなに引っ張ってもらってスケボーするのは楽しそうかも……?」
「うんうん♪ こうしてぇ、おなかのところに巻きつければぁ……転んでも、地面をすべれるよ!」
「やばい、ちょっとたのしそう」
くくりつけられたスケボーを見て、目を輝かせる亜矢。
知ってのとおり、彼女は馬鹿である。
それでは早速綱引きを……と言いたいところだが、まだ始まらない。
スケボーを装備した亜矢のところへナナシ(
jb3008)がやってきて、こう言ったのだ。
「じつは私、以前からやってみたかったことがあるの。協力してくれない?」
その背に担いでいるのは、巨大なタコだった。
触手プレイするほうではない。正月に揚げるやつだ。
「うん、できれば協力したくないわね」
さすがの亜矢も、顔が引きつっていた。
しかし、ナナシは強引に迫る。
「よく考えてみて。この凧を背負って向かい風を受ければ、それだけ綱引きが有利になると思わない?」
「言われてみれば……そうかも……?」
「でしょう? それに、あなたも忍軍よね。一度ぐらい、大凧で空を飛んでみたいと思わない?」
「忍法大凧の術ね!」
「そう。私も昔、漫画で読んでから気になってたの。そのせいで、忍軍には絶対空を飛ぶ技があるって信じてたのに……実際にはなかったのよね……。それだけが本当に残念で仕方なかったのよ。今日こそ、長年の夢をかなえるとき!」
「そうね! 忍軍最強! ……でも、降りるときどうしよう」
「やってみればどうにかなるでしょ。もし墜落しても平気よ。撃退士は頑丈だから。いざとなれば、空蝉もあるし」
「そうね! 空蝉最強!」
なんでも空蝉で回避できると思ってる気の毒な忍者が、ここにいた。
という次第で、亜矢はスケボーを腹側に、大凧を背中側に装備することに。
最初からイカれたイベントだったが、イカれ具合にターボがかかってきたな。
さて、注目のチームわけ。
基本的に参加者は亜矢をひきずりに来てるので、亜矢側についた人だけ紹介しよう。
「おやおや、亜矢さん一人で他の全員を相手にするので? 大変ですねえ、僕でよければお手伝いいたしましょう」
と、紳士的なふるまいを見せたのは、回避力700超のエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)
物理攻撃も400超と、侮れない数値だ。
それはともかく、スケボーを持ってるのはなぜだろう。
まさか小梅とかぶったか!? なんでそんなプレイングがかぶる!?
二人目の助っ人は、下妻笹緒(
ja0544)
「……そう。綱引きというのは本来『ツナ引き』であり、ツナすなわちマグロを引っ張る由緒ただしい行事であるのは言うまでもない。漁師たちが豊漁を願い、その年最初に獲れたマグロを荒縄で縛って村中を引っ張りまわすのがツナ引き! 矢吹君がこの伝統行事を知っていたことに、私は感動を禁じえない!」
いつものパンダ理論を述べつつ、天をあおいでポーズを決める笹緒。
おお、これは(体重的な意味で)たよりになりそうだ!
三人目は、陽波透次(
ja0280)
いじめられっ子だった過去を持つ彼は、今回ちょっと真面目に考えて亜矢の味方をすることにしたのだ。
大勢にいじめられたあとに独りだと辛いし、たとえズタボロになっても独りじゃなければ少しはマシかなという考えだ。それに、女の子には優しくすべしという家訓と信念もある。
今はいじめられてないが、ぼっち歴の長い透次にとってソロ綱引きに挑む亜矢の姿は他人事とは思えなかった。なんせ透次ときたら、自作のカカシと運動会をやった経験を持つ男。ただのぼっちとは違う! 救いようのないぼっちだ!(泣
亜矢の味方は、まだいる。
「弱かったほうが勝つ、という少年漫画的展開があるのなら喜んで敵に回ろうではないか」
そう考えて少数派についたのは、パウリーネ(
jb8709)
攻撃力は236と今ひとつだが、やる気は十分だ。
「おもに久遠と星の関係で、ここまでしか上げられなかった……うむ、じつに心もとない。……しかし、コレは正々堂々の勝負だ。人数差? 知らんな。今日は勝たせてもらう」
そして最後に、咲魔聡一(
jb9491)
「男女関係なく、大勢で一人をいじめる構図は、理不尽な冥界を思い出して気にくわない! チョッパー卍! その腐った性根、叩きなおして……た、叩きなおされ……!?」
卍をいじめの首謀者と勘違いした聡一は真剣に彼をぶちのめす気だったが、すでに十分ぶちのめされて簀巻きにされた卍を目の当たりにすると、それ以上なにも言えなかった。
ともあれ聡一は、亜矢側の最後尾に。アンカー役を買って出ると、体に綱を巻きつけて剣を地面へ突き刺した。引っ張られるのを防ぐ作戦だ。
「魔具禁止、とは言われてないからね」
にやりと微笑む聡一だが、はたして効果のほどは──?
ともあれ、ここに小梅と卍を加えた8人チームで、亜矢が挑む!
「さぁ〜始まりましたぁ〜♪ 亜矢さんチームVS亜矢さんいじめ隊の綱引き大会〜♪ 勝つのは、どちらでしょうかぁ〜?」
マイク片手に実況をはじめたのは、神ヶ島鈴歌(
jb9935)
ふわふわの天然オーラを放ちつつ、ビデオカメラをまわして生中継開始だ。
「私は本日実況をつとめさせていただきます、神ヶ島鈴歌ですぅ〜♪ ゲスト解説には、なんと! 牛さんにお越しいただきましたぁ〜♪」
「ンモォォ〜」
本当にただの牛さんだった。
人語が理解できないので、解説は無理だ!
すでに会場には全参加者が集まり、佐藤としお(
ja2489)の宣伝によってかなりの観客が押し寄せている。
「さぁみんな! 張り切っていってみよー!」
などと、無駄に煽るとしお。
今日の彼は、どちら側でもなくどちら側でもある応援団長として、みんなが(主に自分が)楽しく過ごせるよう全力で応援するつもりだ。いつもどおりのマイペースぶりである。
「もうすぐ号砲ですぅ〜、いまのお気持ちをどうぞぉ〜♪」
天然スマイルをふりまきながら、鈴歌は袋井雅人(
jb1469)にマイクをつきつけた。
「亜矢さんには、いつもお世話になってますからね。感謝の気持ちをこめて、力のかぎり引っ張らせてもらいますよ!」
まじめな顔で答える雅人は、めずらしくマトモな服装だ。水着とかブリーフ一丁とかではない。どうやら、本気を見せるために攻撃特化でコーディネートしてきたようだ。もうすこしで攻撃力400に届いたのだが、おしい。
一方、相方の月乃宮恋音(
jb1221)は魔法攻撃711という数値を叩き出し、二位のナナシと僅差とはいえ参加者中最大の攻撃力を見せていた。(注:非戦闘要員です)
ちなみに恋音の予定では、卍には味方についてもらうはずだったのだが、冒頭の関西人とカレー中毒と闇鍋中毒によって卍が拉致されたため、計画は空振りに終わっていた。
「恋音! ここは力をあわせて、私たちの実力をみんなに見せちゃいましょう!」
さわやかな笑顔を輝かせる雅人。
だが、彼の狙いは綱引き中のハプニング。いわゆるラッキースケベ!
いままでさんざん確定スケベをやらかしてきた変態仮面にしては、ずいぶん考えがぬるいな。
「は、はい……がんばりますよぉ……」
なにか不穏な空気を感じつつも、真剣な顔で応じる恋音。
「んと……かわった綱引きなの、ですね。お師匠さま」
華桜りりか(
jb6883)が、おどおどと恋音に話しかけた。
「うぅん……たしかに、ですねぇ……」
「あのぉ、お師匠さま……はじまるまえに絆を結びません、ですか……?」
「おぉ……いいですねぇ……」
「では……微力ですけれど、すこしでも力の足しになるよう頑張ります、ね」
引っ込み思案の二人が、絆でリンクした。
どちらも、ゆるゆるふわふわした雰囲気で、とても強そうには見えない。
が、さきほど言ったとおり恋音は全参加者中一位の攻撃力を持ち、りりかは四位だ。
雅人も決して弱くないというか確実に上位陣だし、この三人は戦力の中核と言えよう。なにも邪魔が入らなければ。
さて、綱引き開始1分前。
礼野智美(
ja3600)は、携帯のアラームをセットしていた。
終盤は暴れる人が多そうなので、中盤にスキルを連発しようと考えているのだ。
「できれば、あの忍者が一人でどこまでやれるのか見たかったんだけどな……。まぁあれは『学園長だから』で全て解決な気もするし……」
さりげなくSなことを言う智美。
まぁ多少助っ人がついても、結果は変わらないだろう。
「……しかし、運動場からどういうルートで引きずりまわすか、考えたほうが良くないか?」
やはりSである。
実際コースは決まってないが、たぶん始まればどうにかなるだろう。
そんな智美の後ろでは、沙月子(
ja1773)が薄く微笑みながら『魔法攻撃上昇』を活性化させていた。
「すこしは暇つぶしになるかなあ……」
などと棒読みする月子だが、魔法攻撃431はなかなか強烈だ。
あまりに暑いので気晴らしに参加しただけだが、戦力としては十分。
さわやかな笑顔に隠されてはいるが、じつは腹黒ドSなので容赦なく引きずりまわす予定である。
イベントの性質上あたりまえだが、Sな人が多い!
「重要な作戦がもうすぐなのに、何してるんだか……」
あきれたように呟いたのは、ゆかり(
jb8277)
やる気なさそうな発言だが、率先してアンカー役を買って出た彼女はやる気十分。
なんせ、最後尾に立つということは引きずりまわすとき先頭に立つということだ。
もう一度言うが、Sな人大杉!
しかし、中には不破十六夜(
jb6122)みたいに優しい子もいる。
「これってイジメになると思うんだけど……」
十六夜は、ちょっと涙目になっていた。
このイベントの前、わざわざ学園に連絡してイジメではないのかと確認したほどだ。
「ごめん、ボクじゃ止められなかったよ……。依頼だから引っ張るけど、強く生きてね」
と言いながら、十六夜は亜矢に風の烙印と水の烙印をかけた。
「ありがとう。でも安心して! あたしたちは勝つわよ!」
自信満々に応える亜矢。
彼女には現状が見えてないようだ。ただの馬鹿だから仕方ない。
「がんばってね、亜矢さん! うぅ……お仕事だから仕方ないけど……罪悪感が半端ないよ〜」
そう言うと、十六夜は自陣側へ戻っていった。
しかし、さりげなく炎の烙印を使ってるあたり、じつはSなのかもしれない。
それとも、相手に敬意を払って全力をつくすということなのだろうか。
「そろそろ号砲ですね。相手は少人数ですが、秘策があるかもしれません。油断せず全力でいきましょう!」
ユウ(
jb5639)が発破をかけると、周囲から「おー!」という声が湧いた。
彼女は爽やかな汗を流して楽しむつもりで参加したのだが、その認識は間違っていたと言わざるを得ない。
流れるのは汗じゃなくて血だからね、これ。
ちなみに攻撃力625は、参加者中第三位。さりげなく強いな。
そんなこんなで、全員がロープをにぎった。
戦力比はというと──
亜矢側 2737 8人
対亜矢 5098 13人
作戦次第では、亜矢側にも勝機ありか!?
あるといいな!
「フレーッフレーッ! ……ま、どっちでもいいや! がんばれ〜♪」
超テキトーなとしおの応援を受けて、いざ綱引き開始!
パーーン!
号砲と同時に、強化スキルが飛び交った。
闘気解放やセルフエンチャントなどで攻撃力を底上げする者たちの中、透次が選んだのは変化の術!
これでムキムキのマッチョ野郎にビルドアーーップ!
言うまでもないが、強くなってるのは外見だけだ!
さらに、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)はいきなり氷の夜想曲をぶちこんで、敵味方問わず無差別に眠らせて反則退場。
味方を識別できる技なのに、あえて識別しないあたりがラファルクオリティ!
それと同時に、「決して攻撃スキルは使わん」と言いつつ、パウリーネがナイトアンセムを発動。
たしかに『攻撃』スキルじゃないけど……。反則とらなくていいのか、これ。
まぁイエローカードってことで。
だが、一番問題なのは強羅龍仁(
ja8161)だった。
なんと彼は、これまた敵味方問わずにシールゾーンを発動したのだ。
「……おっと、うっかりしてしまった」
これでしばらくの間、彼の前後数人はスキルを使えない。
でもまぁ、すべて些細なことだ。
戦力比ではどうにか勝負になるかと思われた一戦だが、開始と同時に勝敗は決していた。
だって、笹緒とエイルズと小梅が引っ張ってないんだもん。おまけに卍は簀巻きだし。
絶望的な戦力差を前に、ズザーーーッと勢いよく引きずられる亜矢チーム。
いまのところ誰も転んでないが、とりあえず卍は悲惨なことになっている。
「ちょっと、そこのパンダと手品師! 手伝いなさいよ!」
亜矢が怒鳴った。
「手伝いますよ……亜矢さんが引っ張られるのを、ね」
すぐ後ろのエイルズが、ロープを無視して亜矢の足を払った。
すかさず、倒れた亜矢の背中へスケボーをセット!
二台のスケボーでサンドイッチされた亜矢は、そのまま勢いよく滑りだす。
透次とパウリーネ、聡一の3人は、どうにか転ばず靴の裏で滑っていた。
最初からわかってたことだが、これは既に綱引きではない。
ちなみに聡一が地面に刺した剣は、あっさり抜けていた。そりゃそうだ。
「うわー! 亜矢ちゃん、だいじょーぶ!?」
なぜか笑顔で問いかける小梅。
「あははははははは!! あひははははh」
スケボーでひきずられる亜矢、すげえたのしそう。
一方、聡一は『春一番』を吹かせて向かい風でサポート……って、サポートになってないよコレ!
でも、ユウと鈴歌のスカートを風でめくりパンチラGET! と思ったけど、前の人が邪魔で何も見えない!
ぼっちの透次はといえば、股に綱をはさんで両手を掲げ、エアおっぱいを探求している。
「たぶん、僕は一生彼女できない。おっぱいさわる機会一生ない。ゆえに擬似おっぱい追求は崇高な使命……!」
筋肉ダルマ姿で、必死に両手をワキワキさせる透次。
まじめに綱引きしてる人、3人しかいない!
というわけで、予定どおり亜矢たちを引きずりまわすことになった一行は、学園を飛び出して人通りの少ない公道へ。
「よーし、いまこそ挑戦! 空を飛べるか、大実験だよー!」
小梅はスケボーごと亜矢をつかむと、光の翼を展開した。
そう、これは高速で引きずられることを利用して、アウルの力を使わずに翼だけで滑空できるかの実験なのだ!
しかし、忘れてはいけない。亜矢の背中には大凧が背負われていることを。
で、どうなったかというと──
翼と凧の浮揚力が亜矢たちの合計体重を超えたとき、6人は一斉に空へ舞い上がった。
おお! まさか綱引きに参加して空を飛ぶハメになるとは、だれも思わなかっただろう。俺も思わなかった!
ちなみにエイルズと笹緒は、ロープ握ってないから大丈夫。綱引きしろ。
「おお〜すごいですぅ〜! 綱引き大会が凧揚げ大会になってしまいましたぁ〜♪」
鈴歌が綱を引きながらレポートした。
「うまく揚がったわね。風の強い日を選んだ甲斐があったわ」
などと冷静に言いながら、ナナシは全力で綱を引いている。
凧は見る見るうちに高くなり、たちまち高度100mを超えた。
が──
「手が疲れたのぉ〜」
小梅が手を離した、その直後。
大凧はバランスを失って回転し、きりもみ状態で落下した。
「小梅ェェェアアアああ!」
「「アイエエエエ!」」
亜矢の悲鳴に、透次たちの絶叫が重なった。
ドグシャアアアッ!
100mの高さから落ちると、撃退士といえども大体死ぬ。しかも、落下点はアスファルトの路面だし。
でも大丈夫! これコメディだから! たとえ衛星軌道上から落ちたとしても死なないよ!
死なないけど、透次とパウリーネは気絶してロープ握れないから脱落だよ!
聡一と亜矢と卍は、ロープを体に巻きつけてたから大丈夫!
一応、笹緒と小梅とエイルズも、走ってついてきてるぜ!
これ、徒競走じゃありませんよ!?
「このまま、久遠ヶ原島一周です!」
先頭を走るゆかりが、素敵な笑顔で言った。
どうやら、完全に殺す気だ。
「待て! アストラルヴァンガードとして、負傷者はほうっておけん!」
ゴオオッとオーラを噴き上げながら、龍仁がアスヴァン魂を見せた。
そして発動されるシールゾーン!
またしても、敵味方関係なくスキルを封印だ!
「……む。うっかりしていた。回復はこっちだな!」
龍仁は、亜矢と聡一にサクリファイスをかけた。
これで生命力が25%以下になったので、火事場の馬鹿力を発動!
魔力をロープにこめて、一気に亜矢たちを牽引!
ズドザザーーーッ!
「「アバーッ!」」
砂煙と血煙をまきあげて地面を転がる、亜矢、卍&聡一。
なにやら、エマーソン・レイク&パーマーみたいな言いかたになってしまったが、実際この綱引きはかなりロックだ。
「こちら、実況の神ヶ島ですぅ〜♪ 大盛り上がりの綱引き大会、お空から皆さんの状況をお伝えするですぅ〜♪」
鈴歌はロープを引くのをやめて、空からの実況撮影に切り替えていた。
空から見下ろすと、眼下には異様な光景が広がっている。
十数人の学生が3名の男女を縄で縛り上げて、路上を引きずりまわしているのだ。
「ぁ……亜矢さん、お怪我したのですぅ〜。……ん〜、ファイトなのですよぉ〜♪」
凄絶な現場を、のんびりと実況する鈴歌。
それはもう見ればわかるというか……。『お怪我』ってレベルじゃねぇぞっていう……。
「応援のためなら、たとえ火の中水の中! 地獄の果てまで追いかけるよ! おおっ、このラーメンうまっ!」
自称応援団長のとしおは、ラーメンをすすりながら応援していた。
そりゃまぁ、腹が減ってはIXAができぬ。
できぬが、たった10分間のイベント中にラーメン食うのはどうなんだ。
「この透明感あふれるスープは、鶏ガラと魚介のW仕立て。スッキリとした喉越しは、この季節にピッタリだ。この特製スープが極細ちぢれ麺によく絡み、幸せなマリアージュを見せている。具はどれも素晴らしいが、とりわけ味付け玉子の(ry」
としおにラーメンを語らせてはいけない。
まぁ、こんなバイオレンス綱引きの応援より、ラーメン食べるほうが良いに決まってるけど。
「これぞ、由緒ただしいツナ引き! 矢吹君は、儀式のマグロ巫女として身を捧げたのだ!」
熱く語りながら、亜矢に向かって柄杓で水をぶっかける笹緒。
こうして適度に水分を与え、よりビタンビタンさせることでマグロらしさを演出するのだ。
「さぁ一緒に声を出したまえ、矢吹君! オーエス、オーエス! ちなみに豆知識だが、この『オーエス』という掛け声は、『(まぐろ)オイシイデス!』が訛ったもの! この事実から何が導き出されるかというと……すなわちマグロおいしい!」
さすが、笹緒は博識だな!
でも、全身ロープで縛られてアスファルトの上を引きずりまわされてる状態で『まぐろオイシイデス!』とか言ってる余裕ないと思う。余裕があっても、あんまり言わないと思うけど。
「これは、たのしい綱引きですね……」
ドス黒いオーラを放ちながら、だれよりも愉快げに綱を引いているのは月子。
無抵抗のまま道路を引きずられる3人を見つめる瞳は、獲物をいたぶる猫みたいに輝いている。
どうやら、ヒマつぶし程度にはなったようだ。
「テレビの時代劇にあった、罪人を縄でくくって馬で引っ張ってる感じが……」
十六夜は、感じたことをそのまま言葉にした。
ずいぶんハードコアな時代劇だが、言いたいことはわかる。つまり、ちゃんと馬で引っ張れということだ。ひどいな。
「ラキスケは!? これが今日のラキスケですか!?」
雅人は左手でロープを引きながら、右手で恋音のお尻をまさぐっていた。
「あ、あのぉ……ラキスケというのは、よくわかりませんが……これは違うのではないかとぉ……」
「なにを言うんですか! これは! 綱を引く勢いで! 手が! おおっと!」
「ああ……ッ!?」
雅人の手が滑って、スカートの中に!
さらにもう一段階手が滑って、パンツの中に!
「ふあああ……ッ!?」
これでは、恋音の力が発揮できない!
「あの……お師匠さま。これをどうぞ、です」
りりかが振り返って、チョコを差し出した。
「おぉ……これは、あの有名ブランドの……」
「はい、今日の綱引きのために買っておいたの、です。力を出すには甘いものなの、です」
「では、遠慮なくいただきま……あふあああ……ッ!?」
チョコをほおばりながら、妖しい声をあげる恋音。
ナニやってるんだ、雅人。
女の子のパンツに手をつっこむのは、ラキスケじゃないぞ!
「……む。もう5分たったのか」
智美の携帯が、アラームを鳴らした。
それならばと、ここまで温存していた闘気解放と血界を発動する。
亜矢たちを引きずる速度は、さらにUP!
もう3人とも、引きずられるがままで悲鳴さえ発してないんだけど……死んでるんじゃないか?
「いかん! おまえたちは俺が救ってやる! 立ち上がれ、神の兵士たちよ!」
しっかりロープを引きながら、龍仁は得意技『神の兵士』を発動……と思いきや、なぜか『星の輝き』が発動!
「「うおっ、まぶしっ!」」
チームメイトたちが悲鳴を上げた。
「おっと……まちがえてしまった。……こういうときは『テヘペロ』と言うのだったか?」
今日の龍仁は、いつも以上にボケがキレてるな。
まぁそれはともかく神の兵士は無事に発動され、亜矢たちは「アイエエエ!」とか叫びながら路面を転がって、すぐ静かになった。
「寝るのは早いぞ! さぁ再び立ち上がれ!」
発動される『神の兵士』
意識を取りもどす亜矢たち。
「アバーッ!」
再び斃れる亜矢たち。
龍仁の信仰してる神って、絶対にヴードゥー教(ry
「えらいたのしそうやなー、亜矢」
邪悪に微笑むゼロは、空を飛びながら酒を飲んでいた。
ボロ雑巾みたいになって引きずりまわされる亜矢を見下ろしながらの、優雅なひとときである。わざわざ綱引きになど参加して、自らの手を汚すようなマネはしない。庶民とは違うのだ。
「せや。あっちの岬に、ええ感じの断崖絶壁があるでー。二時間ドラマで、最後に犯人が飛びこみそうなロケーションや。祭りの締めに、丁度いいと思うんやけど」
ほかに提案もなかったので、一同はゼロの案内で岬へと向かうことに。
マジ容赦ないな、この人たち。
「そんなわけでぇ〜。私は一足早く、こちらの崖に到着しましたぁ〜♪」
鈴歌は飛行で先回りして、断崖絶壁の上空からカメラをまわしていた。
それを追うように、ロープを引っ張った撃退士たちが地響きを上げて走ってくる。
もちろん、参加者はみんな気付いていた。このまま引っ張り続ければ、亜矢たちと一緒に崖から転落してしまうことに。
「ははははは。心配無用や。こんなときのための飛行スキルやで。最後は、俺ら天魔に任せぇやー」
ゼロが最後の一杯を飲み干して、ロープを握った。
崖っぷちへ近付くにつれ、一人また一人とロープから手を離す撃退士たち。
それでも亜矢たちを引きずる勢いはほとんど衰えず、ゼロとゆかりを先頭に、綱引き隊は崖から飛び出した。
『翼』を持っているのは、ユウとナナシを加えた4人。
この4人だけで攻撃力が2000超えてるので、最後まで勢いが落ちなかったわけだ。
「む、いかん! アウルの鎧だ!」
さすがに亜矢たちが危険だと判断した龍仁は、あわててシールゾーンを発動した。
結果、ゼロもゆかりもユウもナナシも、翼が使えず崖下へ転落。
もちろん、亜矢と卍と聡一は、完全無抵抗の丸太同然だ。
そのまま、7人そろって海面へ──
ちゅどおおおおん!!
ゲーム開始から丁度10分が過ぎたとき、ロープが爆発した。
海へ落ちる寸前で、謎の爆発に巻きこまれて四方八方へ吹っ飛ばされる撃退士たち。
なんと、このロープは最初から爆導索にすりかえられていたのだ。まぁようするに紐状の爆弾である。
だ、だれのしわざだー!(棒
「やれやれ。きたねー花火だぜ」
崖下に広がる黒煙を見下ろしながら、ゲス顔で呟くラファル。
その手口は、鬼畜プロデューサーの名に恥じないものだった。
こうして綱引き大会は、多数の負傷者を出して無事終了。
亜矢と卍は、病院送りになった。