その日の夕方。イベント開始より一時間ほど早く、5人の撃退士が浜辺に集まっていた。
龍崎海(
ja0565)、翡翠龍斗(
ja7594)、月乃宮恋音(
jb1221)、袋井雅人(
jb1469)。そしてチョッパー卍という顔ぶれである。
彼らはBBQの材料を調達しようと、一足早く釣りに来たのだ。
「思いのほか豪華なメンバーが集まりましたね」
言い出しっぺの雅人が、うれしそうに言った。
海なので、もちろん水着だ。言うまでもなく女子用のスク水!
最近すっかり、この姿がデフォルトになりつつ雅人。周囲の誰も、なにも言わない。
「たしかにこいつぁ、5秒で天使がブッ殺せるな」
雅人の格好には触れず、卍がうなずいた。
「……ま、今日は天魔のことなど考えず、のんびりしようか」
目を閉じて、クールに微笑む龍斗。
彼は、知り合いの農家からバイト料として貰った新鮮な夏野菜──トマト、きゅうり、ナスなど──を持ってきていた。
BBQ担当の恋音も、予算内で野菜とスイーツ用の材料を仕入れている。
それを見て、龍斗が訊ねた。
「恋音……野菜しかないが、大丈夫か?」
「うぅん……釣りをがんばるしかありませんねぇ……」
さすがの恋音も、予算という強敵には勝てなかったようだ。
しかし、そこで雅人のターン!
「ご安心ください! 万が一釣れなかったときのため、肉と魚も持ってきましたよ! 3000久遠までなので、量は少ないですが!」
見れば、実際すくなかった。飢えた撃退士たちに襲われれば、またたくまに底をつくだろう。
「……ま、釣れればいいんだ。俺にまかせとけ」
適当なことを言う卍。
「さすがチョッパーさん。夜釣りでわからないことがあれば、教えてもらうね」
海が悪気なくハードルを上げた。
さらに、なんの悪意もなく問いかける。
「それにしてもみんな、夏休みの宿題とか終わりのメドが立っているようで感心だねぇ。俺はまだ終わってないけど、今日は気分転換に来たんで」
「宿題なんか終わってねーよ! 思い出させんな!」
「それは、遊んでる場合ではないのでは……いや、俺と同じく気分転換かな?」
「そのとおりだよ! さっさと行こうぜ!」
休み明けに説教をくらうことが確定した卍の案内で、彼らは堤防へ移動した。
それぞれ用意した竿と仕掛けで、五目釣りをはじめる。
恋音は釣りに関して素人なので、雅人のレクチャーつきだ。
そんな二人に、いきなり龍斗が問いかける。
「雅人……恋音とは、最近どうだ?」
「それはもう! とても仲良くしてますよ!」
「そうか……」
知らないわけでもないので、クールに応じる龍斗。
その間にも、淡々とアジやベラを釣っている。
龍斗だけでなく、ほかの仲間たちもよく釣っていた。
ちょうどマズメ時で、潮も良い。
「これなら、どうにか足りるかな」
糸をたらしながら、海はスイカを食べていた。かるく塩を振ってある。
実際暑いので、塩分と水分を補給するため……ではなく、単に塩あり派なのだ。
こうして彼らは大量の魚を釣り上げ、イベント会場へ乗りこむのだった。
「さぁはじめるわよ! 夏のイベントぜんぶ乗せ!in久遠ヶ原海岸!」
開催時刻と同時に、亜矢が仮設ステージで大声を上げた。
あつまった学生たちの間から、パラパラとまばらな拍手が湧く。
「なによ! もっと盛り上がりなさいよ!」
「なら俺が盛り上げたるわ。ちっと協力してくれへん?」
と持ちかけたのは、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)
「なにをするわけ?」
「見てのおたのしみや。盛り上がるでぇ?」
「本当でしょうね」
「貴族に二言はないで」
「なら協力しようじゃない」
あっさりだまされる亜矢。
ゼロにとっては、ちょろすぎる相手だ。
というわけで、開放されたステージに一番手で登場したのは、華澄・エルシャン・御影(
jb6365)と九鬼龍磨(
jb8028)のロックユニット。
華澄は黒のエナメルジャケットを羽織り、腰にパレオを巻いている。
手にしているのは、エレキギター。
「この歌で、だれか想い出とか作るかも……本気出そ♪」
「僕も全力を……いや、全力以上をつくすよ!」
龍磨は楽器を持たず、マイクだけを持っていた。
身につけているのは、膝丈のスイムパンツ+半袖のスイムジャケット。
「では始めますわ。ふたりで力をあわせて作った曲、聴いてください」
そう言って、華澄はギターを構えた。
ためらいなく両手が動きだし、ひずんだロックサウンドが夜の海岸を席巻する。
短い前奏。
龍磨が前に出てきて、踊りながら歌いだす。
グレナディンシロップが波立つ黄昏
隣にいるのは誰なのか
このままでいいわけない
醒めないうちに早く
あと一歩を
伝えてしまいたい
胸にある言葉
聞こえてるはずだろ(ずっと感じてた)
砂に誰かが書いた線
今なら踏み越えられる
波がまた隠してしまう前に
早く(今すぐに)
ずっと一緒に
何度だって一緒に(一緒に)
この世界を見ていたい
夢を追うなら
重ねたい
夜空で咲く
光の花が
描く軌跡のように
そこで間奏が入る。
龍磨が袖に下がり、華澄が前に出てギターソロを披露。
激しさはないが、着実で丁寧な音作りだ。
悪くはないが地味──
と思わせたところで、華澄はクルリ一回転。
と同時に、ジャケットを脱ぎ捨てて放り投げた。
現れたのは、真っ白な肩を見せつけるようなオフショル水着!
これには、観客も興奮だ。
歓声の中、龍磨が元の位置に戻ってきて歌いだす。
このままでいいわけない
あなたは(君は)幻じゃないから
言葉より
心に触れて
感じてるはずよ(わかってるはずさ)
ひとりの憧れふたりの約束に
永遠の夏を
重ねてゆく(何度でも)
ここに帰るたび(優しくなる)
夢を追うなら
信じていたい
情熱は消えない
重ねた手の確かさのように
最後に華澄のギターが気品のあるメロディを残して、ふたりのステージは終了した。
パチパチと拍手が湧き、あちこちからロケット花火が打ち上げられる。
「卍クン、せっかくやから一緒に組んで何かやろか?」
と、黒神未来(
jb9907)が話しかけた。
どうやら、ギタリストのソウルが共鳴したようだ。
「ああ? なにやるんだよ」
「せやなぁ。人気のガールズバンドの曲とか、どない? それとも、メタラーの卍クンは気に入らんかな?」
「いや、かまわんぜ?」
「あ、そうなん? あと、うち焼きそば大好きなんよ。とくに、こういう場で食べる焼きそばな。そやから、焼きそば焼いてステージ上で食べながらライブや!」
「おお、ロックだな!」
「せやろ!」
よくわからない部分で意気投合する二人。
だが、卍はギャルバンとかよく知らない。っていうかMSが知らない。
そんなわけで、選曲は放課後紅茶タイムに決定!
カレーの歌を歌いながら焼きそばを食べるという、シュールなステージが始まるぜ!
「大好き、ゴトゴト煮込んだカレー♪」
とか歌いながら、ジミヘンみたいにギターを弾きつつ焼きそばを食べる未来。
どうやってるのか知らないが、えらく器用だな!
さらにサービスとして観客に焼きそばをくばりながら、未来は次々と曲を披露する。
『ごはんが止まらない』とか『いちごパフェはおかず』など、放課後紅茶タイムには名曲ぞろいだ!
これでよかったのかわからないが、ともあれ会場は歓声に包まれたのであった。
そんな未来たちがどこで焼きそばを作ったのかといえば、もちろんBBQ部隊。
持ちこんだ野菜や釣った魚をさばいては、恋音と雅人が次々と焼いていく。
龍斗が料理をするとデスるので、調理には参加せず仕込みだけお手伝い。
海はBBQだけでなく刺身も作り、来場者たちに提供していた。
「これだけ捌いてると、昨年の今頃に釣り大会で捌きまくったのを思い出すなぁ」
のんびり呟く海だが、今日は調理班の人数が少ないので大忙しだ。
さて、そんなイベントの始まる少し前。
礼野明日夢(
jb5590)と神谷愛莉(
jb5345)は、冷房の効いた部屋で夏休みの宿題をかたづけていた。
ふたりとも真面目にやったおかげで、残るは日記だけ。
「アシュ―、最近は日記に書くことがないねー」
困り顔で、愛莉は鉛筆を置いた。
「だからと言って『今日は何事もない良い一日だった』はないよ、エリ。なにか日記に書けることを探さないと」
「だってー。毎日花火とか、遊びに行くとかないしー……」
「うーーん……」
そんな二人の会話を耳にしたのは、礼野智美(
ja3600)
ふと思い出したように、彼女は言う。
「日記のネタがほしいなら、夜の海で花火をやるとかいうイベントがあるが……?」
「え、夜の海で花火? おもしろそうなの。智美さん、つれていってー」
愛莉は乗り気だった。
それを見て、明日夢も同調する。
「つれていってください、姉さん。ボクとエリ、まだ小学2年だから夜の外出は依頼じゃない限り、保護者同伴じゃないと駄目って言われるんです」
「まぁ、言い出した以上は連れていくが……」
キッと表情を引き締めて、智美は続けた。
「いいか、花火をするだけだからな? もしあったとしても、撃退酒は禁止。スイカも家に帰ればあるからな? 花火だけ遊んで帰ること。ごはんも食べて来たろう? 二人とも、夜更かしは厳禁だからな? わかったな?」
「「は、はーい!」」
明日夢と愛莉は、良い子らしく元気に応えた。
──というわけで、3人は夜の砂浜に来ている。
花火は持参。バケツも用意してある。
「夜の海って涼しいね。なんか、探検したら楽しそう」
ふだん夜歩きを禁じられている愛莉は、いつになく浮かれていた。
それを、明日夢がやんわりと抑える。
「エリ、今日は花火しに来たんだから、探検は駄目だよ」
「はーい、アシュ」
「うん、良い子良い子」
しかし、愛莉は少し残念そうだ。
「それにしても、けっこう人が集まってるな」
と言いながら、智美は周囲を見回した。
「姉さん、あっちの暗いほうに行きましょう。明るいところだと、花火が綺麗に見えなさそうですし」
と、明日夢。
「それもそうだな」
智美がうなずき、3人は他の参加者たちから離れたところで花火をはじめることにした。
まずは、バケツに海水を汲んでくる。
そして、キャンドルホルダーの蝋燭へ着火。
「じゃあ、アシュも智美さんも最初の花火を選んで! エリはこれ!」
はしゃぎながら、愛莉はススキ花火を手に取った。
「む……俺もやるのか?」
「もちろん! みんなで遊んだほうが楽しいよ、智美さん!」
「そうか……」
ふたりを遊ばせるだけの保護者気分でいた智美だが、つきあわないわけにはいかないようだった。
そんな次第で3人は同じ花火を手に取り、いっせいに火をつけた。
パアッという音とともに、赤や緑の火花がシャワーのように噴き出す。
「あー、先に言っておくが、人には向けないようにな」
なにかを察して、釘を刺す智美。
「はーい」と応える愛莉は、ちょっと残念そうだ。
ともあれ、日記に書くことが見つかったのは間違いなかった。
「夏はいい……肌がきらめくようだ……。見るがいい、あのぴっちぴちの若々しい張りと滑らかさを……海サイコーだな……」
アレクシア・フランツィスカ(
ja7716)は、感慨深い表情で撃退士たちを見つめていた。
ざざーーんという波の音をバックに、堂々の仁王立ち。
ナイスすぎるバディを包むのは、黒のO型モノキニだ。
外見は妖艶きわまる美女だが、頭の中は十中八九腐ってる。水着姿の男子を見ながら、『あれとあれをくっつけて……』とか、『いや待て、カプが逆か……?』など、妄想に余念がない。外見だけなら、文句のつけようのない美女だというのに!
「本当。夏はいいわねぇ……。さぁて、たのしみましょうかぁ♪」
ツェツィーリア・エデルトルート(
ja7717)も、アレクシアの隣で仁王立ちしていた。
こちらは、I型の白いモノキニ。
アレクシアと比べても遜色ない美女だが、やはり脳内は腐っている。
その頭の中でどのような妄想が展開されているか──蔵倫に触れるので、とても書けない。
「嗚呼……なんで俺はこいつらのツレとして参加してしまったんだろうか……」
腐敗系美女ふたりの後ろで、バルトロ・アンドレイニ(
ja7838)は溜め息をついた。
3人はもともと傭兵仲間だが、バルトロにとってアレクシアとツェツィーリアの腐り具合は昔から悩みの種なのだ。
「あら……せっかく海に来たのだから、もうすこし嬉しそうな顔をしてもいいんじゃなくって?」
ふふっとツェツィーリアが微笑んだ。
「そうしてほしいなら、腐った目で俺を見るのはやめろ」
「だって、ねぇ? 他人様を犠牲にするわけにもいかないし?」
「他人様に迷惑かけねぇのはいいんだが……俺が非常に、ものすごく、とてつもなく、大迷惑なんだが!?」
「わたくしが頭の中で何を考えようと、わたくしの自由よねぇ?」
「ぐぬぬ……」
「まったく。おまえも躊躇せずワンショルダービキニとか履いとけば、私たちが楽しいのに」
バルトロを見つめながら、アレクシアが真顔で告げた。
「おまえは何を考えてるんだ……」
「大丈夫だ。仲間なおまえをエロい目で見ることは悪魔に誓って『ない』と断言できるから」
迫真の態度で言い切るアレクシア。
それを聞いて、バルトロは軽くブチ切れた。
「ふざけんな! おれが仲間(おまえら)を異性と見ないのと同様、おまえが仲間(おれ)をエロい目で見ないのもわかってんだが、同時に腐った目では見やがるのは知ってんだコラァアアアア! チクショウ! なんでうちのまわりの女はこんなんばかりだよ!?」
雄叫びをあげるバルトロ。
腐女子どもに勝手なカップリングを組まれて腐った妄想をされる苦しみは、なかなか他人に理解してもらえるものではない。彼にできるのは、『腐ってない女も俺のまわりにいてくれ下さい!』と祈ることだけだ。かわいそす。
「まぁ、それは置いといて。せっかくの海なんだし、仲間らしくオイルの塗りっこでもして休暇を愉しみましょう」
当然のように、ツェツィーリアが提案した。
「そうだな。日頃のお礼()をこめて、この特製マッサージ用オイルを塗ってやろう」
言うや否や、アレクシアは光纏してバルトロを押し倒した。
そのまま馬乗りになって、オイルをトローーッと手のひらに流す。
「いまは夜だぞ! オイルなんかいらないだろ!」
「まぁまぁ、そう遠慮するな」
バルトロの抵抗もむなしく、アレクシアのマッサージが始まった。
たちまち全身ヌルヌルにされてしまうバルトロ。
それをたのしそうに眺めながら、ツェツィーリアはスイカをしゃくしゃく食べるのだった。
「夜の海か。心が洗われるようだ……」
感傷に浸りながら、メイシャ(
ja0011)は波の音を数えていた。
潮風に揺れる銀色の髪は夜目にも美しく、アイスブルーの瞳は周囲の気温をいくらか下げているようにさえ見える。
完全に一人の世界を作り出しているメイシャだが、そこへクリエムヒルト(
ja0294)が突撃してきた。
「夏の海だよ、メイシャちゃん〜! 夜の海も良いよねぇ〜。気持ちいいー! どうするどうするー? 花火もスイカも、なんと釣り道具もあるんだよ〜!」
「……って! 感傷に浸っているときに限って……相変わらずだな……」
苦笑するメイシャ。
しかしクリエムヒルトは動じない。
「う〜ん。メイシャちゃんは釣りが似合うかなー。はい、これ、釣竿! 大物釣ってねー! 私も釣るよー!」
「わかったわかった。クリエムは釣りがしたいのだな? 了解した」
「私の勘だと、こっちが穴場だよ〜。こっちこっち〜!」
釣竿を振りまわしながら、砂浜を突き進むクリエムヒルト。
メイシャは苦笑しながら追いかける。
じき、堤防に到着。
そこで二人は腰を下ろし、ならんで釣り糸をたらした。
「ふぅ……夜風が心地良いな」
釣りに対して意欲はないので、のんびりするメイシャ。
すると、クリエムヒルトが大声をあげた。
「来た来た〜! これは大物だよ〜!」
「なに、大物っ!? よし手伝おう!」
驚くメイシャ。
だがしかし──
「来た〜! 大物のお約束の長靴〜!」
「……って。な、長靴か」
使い古されたギャグを前に、メイシャは肩を落とした。
と思えば、その直後。メイシャの竿にアタリが!
「……っ! 私のほうも来たようだ!」
巻き上げてみれば、それはただの網だった。
「……なぜ網が釣れるのだ。環境破壊ではないか!」
「ゴミは持ち帰らないとダメだよね〜。ついでだから、ゴミはまとめておこうねー」
その後も釣りを続ける二人だが、メイシャの針にかかるのはゴミばかり。
「……うん、まぁ、こういう日もあるだろう……。海が綺麗になったということで良しとしよう……」
遠い目で自分を納得させるメイシャ。
「メイシャちゃんは大物(ゴミ)そろいぶみだねー。私ー? 私はちゃんとお魚も釣れたよ〜。ほら、見て〜♪ でも、キャッチアンドリリース〜」
クリエムヒルトは確かに魚を釣っていたが、見せると同時に逃がしていた。
「なぜ逃がす……」
「だって私、料理できないし〜」
「そうか……」
私は料理得意なんだが……と言いかけて、メイシャは口を閉ざした。
料理の材料ぐらい、自分で釣ってみせる!
強く決意して、メイシャは海岸の掃除を続けるのだった。
「せっかくだし、こんな夏の夜だから……線香花火をしようぜ!」
おどけるように言って、矢野古代(
jb1679)は自腹で用意した線香花火を取り出した。
真夏の夜だというのに、服装はブラックスーツ。
なにかの事情で──あるいは知人の葬式だとかで、そうしているのかもしれない。
「もー! また、その服! たまには、ちゃんとした服買おうよ!」
事情を知ってか知らずか、矢野胡桃(
ja2617)は高い声を張り上げた。
「服か……うん、まぁ、気が向いたらな」
「いますぐ向くべきだよ」
「まぁ、いまは線香花火をしようじゃないか」
と言って、線香花火を手渡す古代。
そんな感じで、ふたりは喧騒から離れて横に並び、しゃがみこんで線香花火に火をつけるのだった。
パチパチと音を立てて、オレンジ色の火花が散る。
鼻をくすぐるのは、海の匂いと火薬の匂い。
遠くから、撃退士たちの馬鹿騒ぎが聞こえる。
しかし、そんな騒ぎも古代たちの耳には入らなかった。
古代も胡桃も、ぼーっと線香花火を見つめている。
やがて、用意した線香花火も最後の2本になった。
「ほら、これで最後だ」
と、古代。
そこで不意に手を叩いて、胡桃が言った。
「ふふー。いいこと思いついちゃった。父さん、勝負しょうぶ! だよ!」
「ん? なんの勝負だ?」
「同時に線香花火をはじめて、長く続けられたほうの勝ち! それで、負けたほうが勝ったほうの言うことをひとつ聞くの!」
「ふ、良いだろうモモ。むかし線香花火の代さんと言われた俺の力を見せてやるっ!」
なにやら早死にしそうな呼び名だが、ともあれ勝負が始まった。
火をつけて、指が震えないよう慎重に花火を持つ二人。
「かわいい妨害はアリだよね」
と言いつつ、胡桃は古代の耳元へ息を吹きかけ……ようとしたのだが、古代が筆舌に尽くしがたい変顔をしているのを見て、「ぶふっ」と噴き出してしまった。
その拍子に、オレンジ色の『玉』がポトッと落ちる
「うーあー! まーけたぁぁ……!」
「ふ、まだまだ娘に負けるわけには……あっ」
勝ち誇ったと同時に、古代の線香花火も落ちた。
「2秒ぐらいの差だが、勝ちは勝ちだ。さぁ、なにをしてもらおうか」
ふっふっふっと怪しく微笑む古代。
「なんでもいいよ! 覚悟はできてるから!」
「そうか。それならば……今度、買い物に行くとき服を見繕ってほしいな」
「そんなのでいいの?」
「『そんなの』と言うが、モモのセンスを試される重大な任務だぞ?」
「う、たしかに……。でも、まかせて! 父さんに似合うドレス、ちゃんと選んであげるから!」
「え……?」
「え……?」
よかったね、パパ!
では、仮設ステージへカメラを戻そう。
「アイドルとして、皆に歌を届けます♪」
黒いビキニ姿で、カナリア=ココア(
jb7592)が登場した。
いつもボーッとしている彼女だが、アイドルグループSLM72の一員として盛り上げないわけにはいかない!
メンバーの都合がつかなかったのでソロライヴだが、音源は用意済み。歌って踊るのに支障はない。
「がんばって歌いますので、聴いてください。曲は道民のBBQに欠かせないアレです!」
というわけで、底抜けに頭の悪いパーティーソングが始まった。
無論、ベリーズ版とかじゃない。本家本元バージョンだ!
しかしながら、観客の盛り上がりは本日一番だったという。さすがだ。
ライヴ終了後、カナリアはスイカをかじりながらBBQ会場へ向かった。
残念ながらジンギスカンはないが、魚と野菜は大量に用意されている。
少食の……というか血液パックが主食のカナリアは、あまりモノを食べない。
食材を切ったり調理の手伝いメインで、ときどきちょっと箸をのばすぐらいだ。
「日中のイベントじゃなくて良かった……」
太陽の光に弱いカナリアにとって、夜のイベントは大歓迎。
浜辺で遊ぶ撃退士たちや静かな海を眺めていると、『今を生きる喜び』みたいなものが噛みしめられる。
「この楽しい時間が、ずっと続きますように……」
そう願うカナリアだった。
次にヤナギ・エリューナク(
ja0006)とケイ・リヒャルト(
ja0004)が登場すると、それだけで拍手が湧いた。
どちらもゴスパンスタイルで、ヤナギは愛用のベースを、ケイはショルダーキーボードを下げている。
「よォ、おまちどお。暑い夜を、さらに熱くしてやるゼ? ついてこいよ、おまえら!」
ヤナギは右腕を振り上げると、大上段から斬りつけるようにベースの弦を弾き下ろした。
返す手でピックを振り上げると、問答無用の光速イントロが始まる。
打ち込みのツーバスが並走し、スネアが刻まれて──トーンダウンしたところへ、ケイがキーボードをかかえながらステージの前へ出てきた。ほそい指が、ゆるやかな下降音階を描く。そこへ、スッと歌声が入りこんだ。
透明感をたもちながらも、厚みのある声だ。
歌詞は妖艶かつ派手だが、終わりゆく夏をイメージさせるような儚さを秘めている。
ねっとりと絡みつくヤナギのベースは、詞の内容を音で表現しているかのようだ。
曲はヴァースからブリッジへと加速しながら展開し、導火線に火のついた花火のように期待感を盛り上げてゆく。
コーラスに突入する寸前、一瞬のブレイク。
そして、一糸乱れぬタイミングでアンサンブルが爆発する。
火を散らすギター&キーボード。
ベースとドラムは走りまわり、ケイの歌声は夜空へ突き刺さる。
コーラスが終われば、流麗なキーボードソロ。
ケイは髪を翻してステージ上を動きまわり、ヤナギはピックを投げたり派手な動きでベースを弾いたりとパフォーマンスに隙がない。
最後はグダグダとフェードアウトしたりせず、バツンと照明を落として演奏終了。
花火みたいな潔さに、観客たちは大いに湧いた。
「ヤナギさま、ライヴとっても素敵でしたですの!」
ステージを降りたところで、クリスティン・ノール(
jb5470)が話しかけた。
手には花火セットを持っている。ライヴのあと一緒に遊ぶ約束をしていたのだ。
が、しかし──
「あ、あれ……?」
ふいに、クリスはポケットやバッグの中をさぐりはじめた。
「ん? どした?」
問いかけながら、煙草に火をつけるヤナギ。
「あの……ないですの! クリスの大切なお守り。もしかして、落としてしまったみたいですの!」
「お守り? どんなんだ?」
「えと、ロザリオですの。育ての母さまからいただいた、とても大切なものですの」
「ロザリオ、か。……よっしゃ、ちょっくら探してみっか。大事、なんだろ?」
「はい、助かりますですの!」
さがしものは、すぐ見つかった。
砂浜に落ちているロザリオを、ヤナギが見つけたのだ。
「……もしかしてコレか? ……って、ちょっと待てよ。これ、俺のと……!?」
「あ、そのロザリオですの! ヤナギさま、ありがとうございますです。……けど、どうかしましたか? ですの」
「ちょっと見てくれよ、こいつを」
ヤナギが取り出したのは、実母からもらったロザリオだった。
それを見たクリスが、目を丸くさせる。
「ヤナギさまのロザリオ……色は違いますけれど、クリスのと一緒ですの。これって……」
「ああ……クリスの嬢ちゃんのと、色違い……? どういうことだ……?」
「そういえば、母さまから聞いたことがあるですの。クリスのロザリオと対になるロザリオがあるって……。でも、それは秘密のお話でしたですの。育ての母さまの子供が持っていて、それはクリスのお兄さまで……。一体どういうことでしょうか……ですの」
首をひねるクリス。
ヤナギは二つのロザリオを見比べながら、「いや、まさか、な……」と呟くばかりだった。
「夜の海、素敵ですわね。兄様や父様、母様にも見せたかったですわ。今度は一緒に来れると良いですのに……」
騒ぎから少し離れたところで、唯・ケインズ(
jc0360)は暗い海を眺めていた。
ときどき仮設ステージのほうに目をやるのは、そこに上がってみたいからだ。
得意のビオラを、この夜に、この海に向けて演奏してみたい。そう思っている。が、ひとりでは心細い……。
そこへ、近付いてくる男がいた。
夜の潮風に吹かれ、すずしげな顔でやってくるのはイツキ(
jc0383)
ふたりは実の兄妹だが、唯のほうはイツキの素性に気付いてない。
イツキは唯のことを知っているが、まさかこんな所で出くわすとは思ってなかった。
(夜の海は気持ちが良いな。心が落ちつ……って、唯もいたのか!)
あやうく声に出してしまいそうなほど驚くイツキ。
見れば、唯はヴィオラケースを持っている。
どうやらステージに上がりたいようだなと判断して、イツキは声をかけることにした。
正体がバレたらマズイが、せっかくの機会だ。大丈夫、バレやしない!
「あー、そこのお嬢さん。……よ、よかったら一緒にステージに上がらない、か?」
「え……? ご一緒して下さるのです?」
驚いた顔で、唯はイツキを見上げた。
「ああ、俺は少しピアノが弾けるからな。どうだ?」
「ありがとうございますの。では行きましょう!」
にっこり笑う唯。
それを見て、(ああ唯。世界で一番かわいいよ……)などと心の中で呟く、ブラコンピアニスト。
彼らの出番は、すぐ回ってきた。
「では今宵、イツキ様とともに美しい音色を奏でましょう」
唯のヴィオラが、主旋律を紡ぎ始めた。
優しい音色。心のどこかが惹かれる、海のような調べ。
(おお、唯。知らないうちに腕を上げたな)
微笑しながら、イツキは即興でピアノをあわせる。
夜の浜辺に、深く優美な音が広がった。
観客を熱狂させるような曲ではないが、心に染みる曲だ。
しかし、演奏しながら唯はしきりに首をひねっている。
(どうしてでしょう……イツキ様と演奏していると、兄様を思い出しますわ……)
事実、兄なのだから当然の感覚だ。
唯がイツキの素性に気付くのも、遠くはないかもしれない。
「よっしゃ、そろそろシメやな! 亜矢、出番やでぇ!」
どこかに行ってたゼロが、亜矢をつれて帰ってきた。
「ちょっと! またこれ!?」
氷の夜想曲で眠らされた亜矢は、いつのまにか磔にされていた。
周囲を取り囲むドラゴン花火がキャンプファイヤーっぽく火柱を噴き上げ、なにやらえらいことになっている。
「なんかワンパターンになってきたような気もするけど、しゃーない。がんばって盛り上げような、亜矢」
などと邪悪な笑みを浮かべつつ、トロピカルカクテルを飲むゼロ。
打ち上げ花火は用意できないと聞いたので、亜矢で代用するつもりらしい。
「ちうわけで、点火するでー」
本当は大砲に詰めて発射したかったゼロだが、あいにく手に入らなかった。
ふつうライヴの演出で大砲は使わないから! 軍楽隊か!
しかし、どちらにせよ5000発以上のロケット花火をくくりつけられて一斉に点火された亜矢は、夜空高く飛んでいってパーーンと弾けるのだった。
「わぁ! とてもきれいな流れ星だね♪」
汚い花火の間違いだろう。
そんなこんなで最後の打ち上げ花火も終わり、BBQ用の食材も減ってきた。
では最後のデザートにと、恋音が手作りスイーツを持ってくる。
一口大にカットしたスイカにプレーンヨーグルトとコンデンスミルクをかけて、アーモンドフレークとシナモンをちらした一品だ。
暑さを忘れさせる味わいに、賞賛の声が湧き上がる。
「水着で夜釣りを堪能し、BBQを食べながらライブをたのしんで、締めにはみんなと一緒にスイカのデザートを食べるなんて……まさに最高ですね!」
雅人(女子スク水着用)が、すべてをまとめるようにキリッと言い放った。
「では、そろそろおひらきですね。ちゃんとゴミを集めて片付ける。そこまでが一連のイベントです」
まじめなことを言いだしたのは、カナリアだ。
すでに帰宅した者も多いが、とりあえず残っていた者たちが集まって、適当に海岸を掃除する。
といっても、むやみにゴミをちらかすような輩はほとんどいないので、片付けは簡単に終わりだ。
「よし、終わったな。主催者はお星様になっちまったが、ここで解散にするぜ! おつかれさん!」
卍が言うと、参加者たちの間から「おつかれー」という声が上がった。
「つーことで、俺は夜釣りに行く! ヒマなヤツはついてきなー!」
そう言うと、卍は竿をかついで走りだした。
何人かが、「ヒャッハー!」とか叫びながら後を追う。
それを見て、海は呟くのだった。
「夏休みの課題、大丈夫なのかね……」
駄目だと思う。