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マスター:牛男爵
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:22人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/08/10


みんなの思い出



オープニング

「ううーーむ……」
 ランチタイムの食堂で、教師の臼井は麦茶を飲みながら頭をひねっていた。
 そこへ通りかかったのは、地獄のメタラー・チョッパー卍。
「よぉ、ティーチャー。どうしたんだよ、難しい顔して」
「山田か。……ひとつ訊くが、おまえは久遠ヶ原学園の校歌を知ってるか?」
「そりゃ知ってるに決まってんだろ」
「では歌ってみてくれ」
「はぁ……? いや、歌詞は覚えてねぇよ」
「音楽の成績だけは優秀なおまえでさえ、校歌を知らんのか……」
 臼井は苦い顔になって、薄い頭に手を当てた。
 卍が焼きそばパンをかじりながら言う。
「しょうがねぇだろ。生徒の自主性がどうこうで、行事のときでも滅多に校歌斉唱とかしねぇじゃん。忘れても無理ねぇよ。このまえなんか、校歌の存在そのものを知らねぇヤツがいたぜ? 新入生じゃなく、何年も学園にいるヤツなのによ」
「なるほど、無理もないか……。では山田、校歌を広く知ってもらうためには、どうすればいいと思う?」
「一日中、校内放送で流すとか?」
「洗脳したいわけじゃないんだ。常識的な手段を考えてくれ」
「プロモでも作って配布すりゃいいんじゃねぇの?」
「プロモ……?」
「ビデオだよ。プロモーションビデオ。最近じゃ、シロートでも簡単に編集できるぜ? ギャラさえくれれば、俺がやってもいい。なんなら、俺が歌ってもいいんだぜ?」
「それでは、おまえ個人のプロモになってしまうだろうが。……だがしかし、ビデオというのは悪くないな。よし、さっそくオーディションを実行しよう。では、たのんだぞ」
「はぁ!?」
「こういうイベントは、おまえにまかせる。私は忙しいんだ。では、よろしくな」
 一方的に話をまとめると、臼井は麦茶を飲み干して去っていった。



リプレイ本文




 その日。のど自慢会場の体育館に、14組21人の学生が集まった。
 審査員は、そこらへんを歩いてたヒマな学生100人。
 司会進行プラス鐘を鳴らす役は、チョッパー卍だ。
「っしゃー! さっそく1人目、出てこいやー!」
 前口上とか面倒なので、いきなりコンテスト開始!


「1番。大学部3年、強羅龍仁(ja8161)だ」
 意外な男の出演に、観客が沸いた。
 彼は去年の今ごろ、『華麗なるカレー大作戦』を狂気的……もとい驚異的な成績をもって制したことで知られている。
 まさか、歌もうまいのか──?
 視線が集まる中、前奏が始まった。
 ゆるやかに流れ出すシンセ。かるいタッチのピアノ。
 そこへ、小気味良いギターが突き刺さり──
「……って、おい! これ『瞬間エナジー』じゃねーか!」
 卍がツッコんだ。
 たまに勘違いしてる人がいるが、これは校歌ではない。
 しかし、龍仁は意に介さず歌いだす。

 逃げても誰も気付きはしないと
 カーン!
 優しく微笑んだ闇
 無意識の中眠った心が
 何かを求めて彷徨って
 カーン!

 不安も孤独すら楽しむ強さ
 手に入れたら夢が目を醒ます
 カァァンン!

 いま瞬間のエナジー
 積み重ねたメモリー
 カカカカーン!

 抱きしめて明日へ立ち向かう
 この一瞬の想い
 カンカンカーーン!

 忘れたくない僕ら
 大切な仲間と繋りあう
「オッサン! 鐘! 鐘!」
 卍が怒鳴った。
 それでも龍仁はマイクを離さない。

 逃げても誰も傷つかないさと
 誰かが手招きをする
 負けることなど山ほどあるけど
 自分だけには勝ち続ける

「もう勝手に歌えよ……」
 卍は諦めて、溜め息をついた。
 まさか、一番手からこんなことになろうとは。

 結局、龍仁は最後まで歌いきり、そのあとようやく自分の歌ったものが校歌ではないと知ったのだった。
「そ、そうか……。言ってくれればよかったものを」
「何度も言っただろ!」
 歌は評価外だが、このコントに50点ほど入ったという。




「校歌は『瞬間エナジー』……そんな風に考えていた時期が、私にもありました。……2番。高等部2年、蓮城真緋呂(jb6120)。心をこめて歌います」
 ブルーのカクテルドレスで、真緋呂はステージに登場した。
 実際のところ彼女も今回のイベントまで校歌を間違えて認識していたので、龍仁のミスは笑いごとではなかった。
 しかし、自分も含めて皆によく知られてないからこそ、広めなければならない。そう思っての参加である。歌は特別うまくないが、今日のために練習もしてきた。
 舞台中央にはピアノが置かれてあり、真緋呂はドレスの裾をととのえながらその前に座る。
 スピーカーから流れ出したのは、軽快なジャズアレンジの校歌だ。

 光冠を戴く 三稜の地
 健やかに伸びゆく 蘭桂の子
 志は大空に
 友情は掌に
 ともに分かち合おう
 ああ 久遠 久遠ヶ原学園

 自らピアノを弾きながらの歌唱である。
 すごいというほどではないが、歌もピアノもそこそこ上手い。ドレス姿も似合っている。
 キメのパートで『ダイヤモンドダスト』を使い、空間をキラキラ輝かせるという地味な演出も効果的だ。けっして、卍のINIを下げて鐘を遅らせる狙いではない。けっして!
 さらに言えば、3番の詞を書くことで全部歌おうだなんてセコいことも考えてない! だんじて!

 まぁ結果から言えば鐘は鳴らず、点数は82点だった。
 そのうち10点ぐらいは、おっぱいボーナスだと思う。




「3番。中等部1年の唯・ケインズ(jc0360)ですわ。まだ入学したばかりですけれど、校歌はしっかり覚えてますの。一生懸命歌いますので、聴いてくださいな」
 唯は、夏らしく浴衣姿でステージに立った。
 白地に向日葵の柄で、アップにした髪には向日葵の生花を挿している。
 いかにもお嬢様という感じのしぐさに、観客の男性陣から大きな歓声が飛ぶ。
 曲は原曲どおり。なんのアレンジもない。
 しかし、向日葵のような笑顔で歌いあげられる校歌は、とても楽しげだ。元気よくステージ上を動きまわる姿も印象深い。曲の展開とともにクルクル変わる表情はどこまでも明るく、ロリコ……もとい女子中学生が好きな一部の観客を虜にした。
 ちなみに今『一部』と言ったが、入学したばかりの唯に教えてやろう。
 久遠ヶ原はロリコンの変態ばかりだぞ、と!
 6歳児ですら性の標的だぞ、と!

「それにしても唯は、あいかわらず可愛いな……。うむ。可愛いぞ」
 変態ぞろいの久遠ヶ原だが、いちばん唯の虜になってるのはイツキ(jc0383)だった。
 唯の兄である。
 文句のつけようのないイケメンだが、救いようのないシスコンだ。
「唯……なんて可愛いんだ。参加者の中でも一番だ。もちろん歌も一番だ。あとの参加者など、見るまでもない。参加した時点で、唯が優勝だ」
 もういちど言おう。イツキは重度のシスコンである。

 そんな兄の視線に気付くこともなく、唯はアイドルみたいなステージングを披露しながら校歌を歌う。
 鐘は鳴らず、最後まで歌いきって唯はペコッと頭を下げた。
 獲得点数は74。
 おっぱいボーナスが少なかったようだ。




(不覚にも校歌の存在を知らなかったのは、ひとえに学園への愛情が不足していたからに違いない。このあやまちを真摯に受け止め、久遠ヶ原学園の更なる発展のために尽力したい)
 そう考えて、下妻笹緒(ja0544)はステージに立った。
 いつも陽気……っていうか狂気なパンダちゃんだが、今日はいつにも増してテンション高めだ。
「4番! 平成最後のラブリーアイドル、パンダちゃん!」
 名乗ることすら放棄して、笹緒は歌いながら踊りだした。
 スピーカーから流れる校歌は大幅にアレンジされ、ジャーニー事務所の男性アイドルグループっぽい曲に仕上がっている。無駄にポップでダンサブルな曲調だ。
 そう、単純に歌の上手い下手だけで決まらないのがヴォーカリストの面白さ。歌が下手でも、ルックスが良ければ問題ない! まぁ世の中には歌もヘタクソでルックスもちょっと……ってアイドルもいるけどな! 司会ができると得だな!

 ともあれ、魅惑のパンダちゃんショーが始まった。
 華麗なパンダステップを踏みつつ、瞬間移動やトワイライトでステージを演出し、レコード大賞めざして熱唱を──
 カーン♪
 鐘が鳴り、笹緒はガクリと膝をついた。
「な、なぜ……?」
「そんな馬鹿でかいアイドルがいるか!」
 おお、まさか身長がネックになるとは。




「よっしゃ、のど自慢大会やな! 負けるわけにはいかへんで!」
 黒神未来(jb9907)は、ギターをひっさげて登場した。
 左利きなので、通常のストラトをレフティ用に改造したものである。
「うちの美声聞かせてもええんやけど……ちょいと思うとこあるねん。たぶん卍クンは知ってるどころか神のごとく尊敬してるかもしれへんけど、その昔歴史的な野外コンサートでアメリカ国歌を演奏して伝説となった、わずか27歳で生涯を閉じた神のごときギタリストがおるよね。おこがましいけど、うちは彼の伝説をステージで再現しようと思うで!」
「レインのことか。よく知ってんな」
「ギタリストなら常識やで。まぁやったろか。Let's Rockや!」
 未来はギターのネックを立てると、強烈なアタック音をぶちかました。
 耳をつんざくディストーションサウンドが体育館に響きわたり、衝撃波にも似た音波が観客を打ちのめす。
 ヴォーカルは入らない。すべてインストだ。
 しかも、歯でギターを弾いたり、背中でギターを弾いたりと、いつの時代のパフォーマンスかという演出に余念がない。

「校歌なのにインストとは斬新だ、が……」
 卍は無情にも鐘を叩いた。
「んな……ッ!?」
 ギターをかかえて前のめりに崩れる未来。
 彼女の敗因はひとつだ。『校歌』なのに歌わなかったことである。これ、校歌を広めるためのイベントだし。




「ふ……。本物のハードロックってやつを見せてやろうか。なぁ、ケイ?」
「こんなお遊びで本気を出すのは気が引けるけど……これも学園のためね」
 ヤナギ・エリューナク(ja0006)とケイ・リヒャルト(ja0004)は、それぞれベースとギターをひっさげてステージに上がった。
 ふたりとも、一目でミュージシャンとわかるゴスパンスタイルだ。
 ヤナギは煙草をくわえたままステージ中央に立ち、紫煙を吐いてマイクを取った。
「いまから、ちょいとばかり派手な校歌を聴かせてやる。皆、ちゃんと俺らについてきな! 校歌だってコト、忘れさせてやるゼ!」
 言い終えると同時にヤナギのベースが走りだし、ケイのギターが力強いパワーコードで並走した。そこへ荒々しいドラムサウンドが加わり、とても校歌とは思えない爆走イントロが始まる。
 本格派の登場に、歓声が湧いた。
 風を切るようなオープニングが流れ、その勢いのままケイの歌声が広がる。

 光冠を戴く 三稜の地
 健やかに伸びゆく 蘭桂の子

 通常の校歌より、はるかに速い。言われなければ、校歌だとわからないほどだ。
 曲はたちまち序盤を駆け抜け、サビへ突入する。
 ギターを弾きながらも完璧な音程で歌いあげるケイの姿は、まさに歌姫。
 ヤナギはくわえていた煙草をベースのヘッドに刺して、コーラスを添える。
 ケイの透明な声とヤナギの野性的な声が絡みあい、たがいを引き立てあって、コーラスは何倍にも膨れあがった。広い体育館の床から天井までが、ビリビリ震えだす。
 コーラスが、数回繰り返された。
 ケイは妖艶な笑みを浮かべると、長い髪をなびかせながら前に出る。
 シフトチェンジ。アクセルを踏みこむように曲調が勢いを増して、ギターソロが展開された。
 心地良い疾走感。ほとばしる熱気。メタリックな音色が、会場の空気を硬質に染め抜く。
 ヤナギはケイと背中合わせになってベースを弾き倒し、ギターソロが終わると同時にクルリと正面を向いて、審査員の女の子たちにウインクした。
 当然のように、黄色い声が上がる。
 その後もヤナギは自由にステージ上を動きまわり、観客を煽りまくった。
 さすがに現役のバンドマンだ。盛り上げかたが手慣れている。

 そんな調子でたっぷり7分以上の演奏を終えると、観客は総立ちで歓声をあげた。
 もはや優勝したかのごとき大反響だ。
 卍も、「みごとだったぜ」と言うしかない。
 点数は95点。
「ありがとよ」
 短く言い残して、ヤナギは万雷の拍手の中をケイとともに去っていった。




 こんな熱演のあとで舞台に立つ人は気の毒だが、幸か不幸かその役割はエイルズレトラ マステリオ(ja2224)に与えられた。
「……ま、参加した以上やるしかありませんね」
 とぼけた調子で言うと、エイルズはいつもの服装でステージに上がった。
 タキシードにシルクハットだ。歌いにくいのでカボチャはなし。
 そして、通常の校歌が流れはじめる。
 ごく普通に歌うエイルズ。まぁまぁうまいほうだ。
 が、やはりケイたちのステージングが凄すぎたためか、観客の反応は芳しくない。
 そこで突然、エイルズは苦しげな表情をしながら口元を両手で押さえた。
 すると、口の中からズルズルッとトランプが出てくるではないか。
 定番ネタだが、あまりに唐突だったので観客はどよめいた。
 エイルズは軽く微笑して、軽快なフラリッシュを披露したあと空中でトランプをすべて消してしまう。
「「おおーー!」」
 観客の反応に気を良くしたエイルズは、トランプやコインを使って次々に手品を見せていった。
 本来なら鐘が鳴るところだが、卍がマジック大好きなので鳴らされない。これはひどい。

 調子に乗ったエイルズは、徐々にネタをエスカレートさせた。
 しまいには、シルクハットから出した鳩を食べる手品を演じたり、口から火を噴いたりする始末。
 それでも卍は止めなかったが、最終的には警備員に引きずられていったという。




 ともあれ、エイルズのおかげで会場の空気は戻った。
 本人はただ単にマジックショーがやりたかっただけだが、わりとグッジョブ。
 さて、次の歌い手は──
「8番。中等部2年の北條茉祐子(jb9584)です。……あの、転校してきてから校歌を歌う機会がなかったので、ちょっとドキドキしてます。でも久遠ヶ原学園の校歌は『一人じゃないよ』っていう歌詞で、良い歌ですね。私は特に歌が秀でているわけではありませんけど、校歌の伝えたいことがみんなに伝わるよう、一生懸命歌います」

 そういう口上のあと、演奏が始まった。
 茉祐子は舞台前面に立ち、マイクだけを持っている。
 その斜め後ろでは、シスコンのイツキがピアノによる伴奏をつとめていた。
 白皙の美貌を持つ青年の指から紡ぎ出される旋律は、控えめながらも壮麗で、ふだんの校歌を数段上質なものに変える。プロ級というほどではないが、アマチュアとしてはかなりの腕前だ。シスコンなのに。

 そのピアノの音色に乗って、茉祐子は穏やかに歌いだした。
 自分で言ったとおり、特別うまくはない。
 ただ、詞の内容をみんなに伝えようとする真摯な歌いかたは、観客たちの胸を打つものだった。
 イツキの伴奏も、前に出すぎず茉祐子の歌をしっかりささえている。
 昨日今日ペアを組んだとは思えないほど、息のあった演奏だ。

 自らの信念を
 未来へと繋げて
 共に歩み行こう
 ああ 久遠 久遠ヶ原学園
 ああ 久遠 久遠ヶ原学園

 好きなパートの詞を歌い終え、茉祐子はホッと息をついた。
 歓声が湧くほどではないが、あちこちから拍手が返ってくる。
「3番の歌詞が好きなので、最後まで歌えてよかったです。ありがとうございました」
 そう言って、茉祐子はぺこりと頭を下げた。
 78点。




「おう、ワシの出番やな。9番、大学部3年の秋津仁斎(jb4940)や。よろしうな」
 絵に描いたような悪党ヅラのオッサンが、ステージに登場した。
 ふだんはどう見てもヤーさんの仁斎だが、今日はバシッとタキシード&サングラスで香港マフィアにジョブチェンジしている。外見では『のど自慢大会』という言葉から最も遠い位置にいるような男だが、はたして歌唱力はどうなのか。
「堅苦しいんは苦手やねんが、まぁたまには真面目にやりまひょかね」
 そう前置きすると、仁斎は息を吸って伴奏もなしに歌いだした。
 喉から溢れ出したのは、みごとなバリトンボイス。伴奏いっさいナシのアカペラ……否、A Cappellaだ。
 堂々たる歌いぶりに、観客も声を失うばかり。秋川雅●が校歌を歌ったら──ぐらいの迫力だ。まぁ彼はテノールだが。
 だれだよ、ただのヤーさんだとかマフィアだとか言ったの。すみません、報復は勘弁してください。でも実際みんな言ってた。とくに狐のナンパ師とか。

 そんなわけで当然ながら卍の鐘が鳴ることもなく、仁斎は最後まで朗々と歌いあげた。
 観客席からは、比較的おおきな拍手。
 点数は81点だった。たぶん、外見で損してる。
「おおきに。やっぱ、この歌いかたが一番ワシに合うとるな……」
 うなずくと、仁斎は静かにステージを降りていった。




 そんなコワモテのオッサンの次に出てきたのは、不破十六夜(jb6122)
 ちびっこ少女の登場に、会場の緊張感がほぐれる。
「歌には少し自信があるんだ〜」
 陽気な十六夜だが、このイベントに参加したのには理由がある。
 それは、日課となっている姉さがしのため。もしかしたら会場にいるかもと思ってエントリーしたのだ。
 ステージに立って、十六夜は自己紹介する。
「10番。小等部5年、不破十六夜。……歌います」
 イントロが流れだすと、十六夜の表情が引き締まった。
 歌が始まれば、姉のことなど忘れて真剣になってしまう。
 踊ったり愛嬌を振りまいたりもせず、直立不動で真摯に歌いあげる十六夜。
 技術は未熟だが、気持ちは篭もっているようだ。
 卍は微妙な顔で見守っているが、どうにか鐘は鳴らずに済んだ。

 歌いきると、十六夜は緊張を解いて深々と一礼した。
 点数は75点。
 その成績は気に留めず、十六夜は卍に問いかけた。
「ひさびさに歌ったら、もう一曲歌いたくなっちゃったんだけどダメかな? SUNホラの『死せる者t
「著作権! 著作権!」
「だよね〜。残念」
 肩を落とすと、十六夜は退場した。
 そのあとで、ようやく参加した目的を思い出したのである。
「あちゃ〜。歌い終わったときに、お姉ちゃんのこと言えば良かった」




(みんなで同じ曲を歌えば団結力もあがりますし、良いイベントですね)
 そう考えて、楯清十郎(ja2990)は大会に参加した。
 もともと校歌は知っているので、ふつうに歌う予定だ。が──
「11番。高等部3年、楯清十郎です!」
 ピアノの伴奏を背景に登場した彼は、なんと箒を手にしていた。
 これは、いわゆる箒ギター! ロック好きな男なら(頭が悪い男なら)だれでも一度はやったことがあるはずだ! しかも、清十郎の箒ギターは男子中学生レベルとは違う! ネックにはフレットが刻まれ、ボディはダブルカッタウェイ! COOOL! もちろん学園の備品だぜ! あとで怒られる!
 これでエアギターを見せつつ弾き語りをする清十郎……のはずだったが、うっかり流す曲を間違えていた。なんということか、『くおん』と発音するたびに曲が加速するのである。どういう間違いかと言いたくなるが、やっちまったものは仕方ない。
 久遠ヶ原学園校歌における『くおん』の数は9個。1回につき1.5倍加速。2番からは2.3倍。3番は約8倍で、最終的には38倍に。
 一般人には歌えないが、撃退士だから最後まで全身全霊をかけて歌いきるZE!

 ……って、無理だろォォ!
 曲が速すぎて、卍も鐘を叩くヒマさえなかったよ! 採点も不可能だよ!
「ふぅ……最後まで歌えただけで満足ですよ、僕は」
 さわやかにサムズアップすると、清十郎は箒を手に退場するのだった。




「次は、おまえらか……」
 月乃宮恋音(jb1221)と袋井雅人(jb1469)が出てきたのを見て、卍は不安げな表情を浮かべた。
「は、はい……最後まで歌えるように、がんばりますよぉ……」
「卍さん、私のギターテクを見ててください!」
 そう答えて、恋音はキーボードの前に立ち、雅人はギターをかまえた。
「案外サマになってるじゃねぇか。おまえらのことだから、またSMショーでも始めるんじゃねぇかと思ったぜ」
「なにを言うんですか! こんな公共の場でSMショーなどしませんよ!」
 きっぱりと答える雅人。
 彼は重度の記憶喪失である。
「それでは、私と恋音の校歌斉唱をお聞きください!」

 雅人のギターが鋭い波形を描き、恋音のキーボードが軽やかに踊りだした。
 ややアップテンポなアレンジ。ふたりとも、技量に問題はない。
 ただ、人前で歌うことに慣れてないのか恋音は少々恥ずかしそうだ。声も篭もりがちで、伸びがない。
 それを煽るように、雅人は腕を振り回しながらギターを弾きまくり、歌いまくる。
 卍は鐘を鳴らすべきかと思案顔だ。
 そして、サビに入った瞬間。激しい演奏のせいか、あるいは例のサプリの副作用か、恋音の衣装がパツンとはじけた。

「はわぁ……っ!?」
 とっさに両腕で胸を隠す恋音。
 今日一番の大歓声が、ギャラリーから湧き上がった。
 そんな恋音を観衆の目から隠そうと、雅人が立ちはだかる。
「恋音だけに恥ずかしい思いはさせませんよ! ふおおおおおおっっ!」
 雄叫びとともに、雅人は光纏した。
 スパーーーンと弾け飛ぶ制服。
 そして現れたのは、ブリーフ一丁に網タイツをはいた男の姿!
 顔面に恋音のパンツをかぶれば、ラブコメ仮面の登場だ!

 カアアアアンン!

 卍の投げた鐘が雅人の側頭部に命中して、良い音を立てた。
 横に3回転ぐらいして、ばったり倒れるラブコメ仮面。
 演奏終了!




「なんぞ、えらい騒ぎぢゃったのう」
 呆れ顔で呟きつつ、Beatrice(jb3348)が登場した。
 衣装持ちの彼女だが、今日は校歌の宣伝ということでしぶしぶ制服を着ている。
「まぁ、私たちは私たちなりに盛り上げましょう」
 水無月葵(ja0968)は、いつもどおりの和服姿。
 今日はBeatriceに無理やり誘われての参加だが、たよられたからには頑張るしかない。
「では、はじめるのぢゃ」
 ふたりは少し離れてステージに立ち、それぞれ楽器を用意。
 Beatriceは笙、葵は三味線だ。『和』の心を伝えたいらしい。

 演奏開始。
 三味線がリズムを刻み、笙がメロディを奏でる。
 そしてBeatriceは笙を吹きながら歌を……歌を……歌うのは少々無理があった!
『難しい気がするが妾ならできる!』とか言われても! おまえは妖怪二口女か! ほかの楽器を選べば良かったのに!
 とりあえずBeatriceは笙に集中。葵が三味線を弾きながらポップに歌いだす。
 万能天才肌の葵は、歌も三味線もプロ級だ。そればかりか、日本舞踊まで同時にこなすマルチタスクぶり。そもそも、Beatriceに笙を教えたのも彼女だ。
 心の篭もった歌は、ときに癒しの力を、ときに勇気を与える。
 醸し出される雅な空気は、ほかの出演者たちと一風ちがった趣だ。
 サビの部分ではBeatriceもコーラスに参加して、美しく可憐なハーモニーを響かせた。

 みごと歌いきった二人は、深々と観客に一礼。
 点数は83点だった。
「つーか、なんで笙を選んだんだ?」
 卍が当然の質問をした。
 Beatriceは首をひねりながら答える。
「ううむ……。妾の力をもってすれば、吹きながら歌えると思ったのぢゃが……おかしいのう」
「むしろ、どうやれば歌えると思ったんだよ……」
「次の大会までには、歌えるようにしておくのぢゃ」
「びっくり人間大会にでも出るつもりか」
「おお、それは名案なのぢゃ。次のイベントはそれをやるのぢゃ」
「やらねぇって」




「つーことで、次のグループが最後だぜ! いまのところ一位は、ヤナギとケイの95点! さぁカレーなる大逆転を見せてみやがれ!」
 卍が無駄に煽り、最後の出演者たちが颯爽とステージに登場した。
 千葉真一(ja0070)、雪ノ下・正太郎(ja0343)、川内日菜子(jb7813)の3人だ。
 おお、これはどこかのヒーロー戦隊のメンバーではないか!
 ということは、当然ヒーローショーが……と思いきや、ふつうに校歌が流れだし、3人は横に並んで歌いだした。
 観客も卍もMSも肩すかしをくらった気分になった、次の瞬間。
 ステージの袖から無数の砲弾が飛んできて、3人を吹っ飛ばした。

 ちゅどおおおん!
「「アバーッ!」」

 以上! 終了!
 そう。いつもならこれで爆破オチENDになってるところだ。
 が、彼らはヒーロー。この程度で倒れるわけにはいかない!
 っていうか、はじまったばかりだし!

「ちっ。わりと本気で撃ったのにな」
 とか呟きながら現れたのは、ごぞんじ爆破魔・ラファル A ユーティライネン(jb4620)
 最初から光纏して、ロボ形態になっている。
 そこへ、どこからともなくナレーションがかぶせられた。
「昔々、とあるのど自慢会場に、悪魔ロボが襲ってきました。このロボは優勝候補の美少女でしたが、その美声に目をつけた悪魔の手で、改造人間にされてしまったのです」
 改造しなくても元々悪魔ロボだろ、と卍が呟いた。
 たぶん観客の何人かも、そう思ってる。

「く……っ、天魔め! ゆるさん!」
 たちこめる煙の中から、真一がゆらりと姿を見せた。
 トレードマークの赤いマフラーをなびかせて、彼は力強く光纏する。
「変身っ! 天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
 なにやらカッコイイSEが鳴り響き、真一は正義のヒーロー・ゴウライガに変身した。

「のど自慢大会の平和は、俺が守る! 変身! 我龍転成リュウセイガー!」
 つづいて、正太郎が光纏。
 現れたのは、青龍のようなスーツ姿のヒーローだ。

「悪魔に改造された少女だと……? ならば、私が助ける! 変身! フィストライザー!」
 3人目のヒーローは日菜子。
 彼女もまた、赤いマフラーがよく似合う。
 3人そろってゲキタ……と言いたいところだが、今回チーム名はなかった。残念。演出上、チーム名は必要だと思う。

「悪魔ロボ少女の前に、3人のヒーローが立ちはだかりました。さぁ、熱い戦いの始まり始まり」
 ナレーションと同時に、ラファルの全砲門が火を噴いた。
 いつもなら確実に『ちゅどーん!』『アバーッ!』『終了!』の展開だが、ヒーローたちの運命やいかに!

「天魔覆滅! くらえ、ゴウライ、ナッコォ!!」
 ミサイルの直撃を受けながら、それを無視して真一は突進した。
 その勢いのまま、ラファルに正拳を叩きこむ。
「グワーッ!」
 派手に吹っ飛ぶラファル。

「悪よ滅ぶべし! 鉄・拳・制・裁ッ! フィストライザー!」
 日菜子は燃えさかるオーラをまきちらしながら、華麗にミサイルを回避。
 吹っ飛んでいくラファルを追撃して、渾身のアッパーをぶちかました。
「グワーッ!」
 天高く舞い上がるラファル。

「正義は砕けない! 受けろ、ドラゴンスラッシュ!」
 宙に吹っ飛ばされたラファルを、正太郎が待ちかまえていた。
 振り下ろされた大太刀がスパーク状の紫焔を噴き上げ、5本の龍爪となってラファルを打ちのめす。
「グワーッ!」
 びたーん!
 ズタボロになって、ステージに叩きつけられるラファル。
 このヒーローたち、容赦ねえな……。

 だがもちろん、この程度でラファルは死ななかった。
 変身(光纏)が解けた彼女に向かって、日菜子が手をさしのべる。
「理由はともあれ、歌いたいからこそここへ来た。違うか?」
「…………」
 ラファルは無言でうなずき、日菜子の手をにぎった。
 ボロ雑巾みたいになってしまったラファルだが、ともあれ一件落着!
「うむ。罪を憎んで人を憎まず、だな」
 真一がうなずいた。

 時間(字数)の都合とはいえ、急展開すぎるヒーローショーに、観客たちは呆然だ。
 が、とりあえず迫力は十分だったのか、それなりに拍手が湧いた。
 なんだか全てやりきったような空気だが、彼らはまだ校歌を歌ってない。

「おまえら、校歌! 校歌!」
 卍が言い、4人はステージに並んで歌いだした。
 ヒーローぞろいなので、やたらと熱い。まさに熱唱。

 カーン♪
 あっさり鐘が鳴った。
 これ、校歌の宣伝であってヒーローショーじゃないからなぁ……。
 まぁ本人たちは楽しそうだったので良いのかもしれない。MSも校歌に飽きてたので丁度良かった。




「つーわけで、優勝はヤナギとケイだ。そのうちハゲ教師からプロモ製作の話が行くはずだから、よろしくな」
 全員が歌い終わって、卍は話をまとめた。
「ははっ、当然の結果だな」
 薄く笑って、ヤナギは煙草に火をつけた。
「なかなか楽しかったわ。じゃあ解散ね」
 と、ケイが言ったとき。

「あのぉ……みなさん。せっかくなのでぇ……成績の良かった人を集めて、合唱しませんかぁ……?」
 おずおずと、恋音が提案した。
 ちぎれた衣装はそのまま……のわけはなく、ちゃんとスクール水着に着替えている。お察しのとおり、明日羽のしわざだ。
「おお、さすが恋音! 名案ですね!」
 うなずく雅人は、ラブコメ仮面のままだ。
 この学園の風紀委員は一体なにしてるんだろう。
「校歌はもともと大勢で歌うものですしぃ……ビデオでは、歌手を順番に切り替えて映すという演出を入れてみては、どうでしょうかぁ……?」
「『We are the w●rld』みたいな手法か。そりゃいいな」と、卍。
「しかし、そういうのは要求されてねぇんだ。もっとも、合唱するのは悪くないけどな。どうせなら、全員で歌おうぜ。……つーことで、ヒマなヤツらは全員ステージに上がれ! 祭りをはじめるぜ!」
 卍がギターを掻き鳴らしながらステージに立つと、参加者たちは一斉に後へ続いた。

「よっしゃ、リベンジしたるで! うちのギターテクに酔いしれるがええわ!」
 いちはやくステージに飛び移る未来。
「ギターなら私におまかせですよ!」
 ラブコメ仮面も、ギターを持って参上。
 そのあとへ4本目のギターを提げたケイが続き、隣にヤナギが陣取る。
 葵とBeatriceも、和楽器を手にステージへ。

「なら、私はピアノを弾かせてもらおうかしら」
 真緋呂がピアノへ向かうと、イツキとぶつかりそうになった。
「おっと、すまない。俺もピアノを弾きたいんだが……」
「じゃあ連弾しませんか?」
「おお、いいね」
 そんな流れで、ふたりは並んでピアノの前に。
 その人シスコンだけど、いいのか真緋呂。

 という感じで、歌専門の参加者たちがステージ前面に、楽器の奏者が後方にと、自然に配置された。
 祭りの匂いを嗅ぎつけた亜矢が、いつのまにかドラムセットを用意して、なぜか勝手に仕切りだす。
「さぁいくわよ、校歌斉唱!」
 カツカツとリムショットが刻まれて、和洋折衷ごった煮演奏団が自由気ままに楽器を弾きはじめた。
 音あわせもしてないのに比較的まとまってるのは、今日さんざん校歌を聞いたせいだろう。

 歌が始まると、やはり仁斎とケイの声が目立つ。
 ヒーロー戦隊の4人も、声量だけはでかい。なぜか光纏してオーラをまきちらしてるから、ビジュアル的にはえらく目立つ。
 そんな中、十六夜は会場を見回して姉さがし。笹緒はいつものマイペースぶりでパンダダンスを踊ってるし、エイルズも好き勝手にマジックを披露していた。自由だな、こいつら。

「はじめて歌ったが、なかなか心地の良い歌だな」
 龍仁も、ようやく校歌デビューできたようだ。
「やっぱり何度聴いても、3番の詞が素敵です」
 と、茉祐子。
「通常の速度だと、ものたりませんねぇ……」
 清十郎はスピード狂になってしまったのだろうか。
「でも、みんなで歌うのって、とてもたのしいですわ」
 唯がにっこり微笑むと、周囲の学生たちも釣られて笑顔になった。


 こうして合唱は何度も繰り返され、やがて観客や審査員をまきこみ、教師や警備員まで集まってきて、学園全体に響きわたるほどの大合唱になったのであった。


 ああ 久遠 久遠ヶ原学園
 ああ 久遠 久遠ヶ原学園




依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
天拳絶闘ゴウライガ・
千葉 真一(ja0070)

大学部4年3組 男 阿修羅
蒼き覇者リュウセイガー・
雪ノ下・正太郎(ja0343)

大学部2年1組 男 阿修羅
パンダヶ原学園長・
下妻笹緒(ja0544)

卒業 男 ダアト
傾国の美女・
水無月 葵(ja0968)

卒業 女 ルインズブレイド
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
道を切り開く者・
楯清十郎(ja2990)

大学部4年231組 男 ディバインナイト
撃退士・
強羅 龍仁(ja8161)

大学部7年141組 男 アストラルヴァンガード
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
\不可抗力ってあるよね/・
レイティア(jb2693)

大学部2年63組 女 アストラルヴァンガード
暗黒女王☆パンドラ・
Beatrice (jb3348)

大学部6年105組 女 ナイトウォーカー
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
学園最強パティシエ・
秋津 仁斎(jb4940)

大学部7年165組 男 阿修羅
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
偽りの乳神・
不破 十六夜(jb6122)

中等部3年1組 女 アカシックレコーダー:タイプA
烈火の拳を振るう・
川内 日菜子(jb7813)

大学部2年2組 女 阿修羅
守り刀・
北條 茉祐子(jb9584)

高等部3年22組 女 アカシックレコーダー:タイプB
とくと御覧よDカップ・
黒神 未来(jb9907)

大学部4年234組 女 ナイトウォーカー
ブラコンビオリスト・
唯・ケインズ(jc0360)

高等部2年16組 女 ルインズブレイド
シスコンピアニスト・
イツキ(jc0383)

大学部4年67組 男 ルインズブレイド