「ねぇー。ビールが出てこないんだけどー? もしもーし? 入ってますかぁー?」
自動販売機をガンガンたたきながら、薄木幸子は大声を張り上げていた。もうこれだけで警察を呼ばれそうな騒ぎである。
その光景を目の当たりにして、おもわず顔を見合わせる撃退士たち。
「大丈夫か、あれ」
あきれたように言ったのは、笹鳴十一(
ja0101)だ。
「酒は飲んでも呑まれるなとは言うけど、さすがにこれはひどいな」
やれやれと肩をすくめてみせたのは、グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)。
「まぁともかく、おちついてもらいましょう」
クインV・リヒテンシュタイン(
ja8087)が、簡単なことのように言ってのけた。
「あれをおちつかせるのは手こずりそうだぜ?」と、十一。
「大丈夫。ここは僕が引き受けます。きみたちは鬼退治に行ってください」
「やけに自信ありげだな。じゃあまかせるが、気をつけろよ?」
「ええ。まかせてください」
クインの指先が眼鏡のふちに触れ、キラリとレンズが輝いた。
その瞬間! レンズから虹色の破壊光線がほとばしり、自販機ごと幸子を滅殺! すべてを終わらせてしまった! ミッションコンプリート!
というのは嘘で、眼鏡はただ光っただけだった。
クインの必殺奥義『眼鏡光線(アッキヌフォート・ミラージュレイ)』はルシフェルをも一撃で打ち倒す力を秘めている──わけないが、それなりに危険な力を持っている。自販機と格闘中の酔っぱらいを背中から撃つようなマネはできない。クインは紳士なのだ。眼鏡からレーザーを出す紳士って、あんまり見たことないけど。──ていうか、すごい技ですねコレ。
ともあれ、彼らは鬼退治と酔っぱらい退治の二手に別れて行動を開始した。
どう見ても鬼退治のほうがラクそうだが、はたして──?
さて、鬼退治に向かったのは、十一とグラルス、立夏乙巳(
jb2955)の三人。
この依頼が『コメディ』だということを忘れたのか、小鬼をさがして走る彼らの表情はシリアスだ。
「おっ。見つけた……でござるよ? たぶん、きっと、もしかすると、あれではないのかと思うのでござるが……」
とくに苦労もなく見つかった小鬼は、体長二十センチほどのフィギュアサイズ。たしかに『小鬼』だが、これは小さすぎはしまいか。でも仕方ない。だってコメディだもん。
「思っていたより小さいな……」
「これ、三人もいらなかったんじゃねぇの?」
グラルスと十一が、拍子抜けしたように言った。
しかし、二十センチといえど一応は天魔である。大きさだけで強さは測れない。もしかしたら、このサイズで撃退士十人を返り討ちにする実力を持っているかもしれないなんてことはないと思うが、どうだろう。
「ともかく油断は禁物だ。まずは動きを止めよう」
グラルスの左手に広げられた書物のページが、パラパラとめくれた。かるく持ち上げられた右手の指先が、蛍のように淡い光を放つ。
「……黒玉の渦よ、すべてを呑み込め。ジェット・ヴォーテクス!」
言い終えた瞬間。夜の闇よりも深い漆黒の颶風が、渦を巻いて小鬼に襲いかかった。
疾風一閃。
必中と思われた一撃は、しかし敵をとらえることはなかった。魔法が届く寸前、小鬼は恐ろしい速度で回避し、キレのある跳び蹴りを放ってきたのである。なんと、雷打蹴だ。
「ぐぅっ!」
胸板を蹴られて、尻餅をつくグラルス。だが、大丈夫だ。イケメンは何をやってもかっこいい。
そのまま逃げようとする小鬼の前に、十一が『縮地』で立ちふさがった。
「おっとぉ。どこ行くつもりだよ?」
しかし小鬼は足を止めず、真正面から十一に突っ込んで行く。
「本気かよ、こいつ」
十一は太刀をかまえ、完璧なタイミングで『薙ぎ払い』を繰り出した。
並みの天魔なら、とうてい避けられない斬撃である。
ところが、小鬼はそれもヒョイッとかわしてしまう。そして再び放たれる雷打蹴。
「ぬぁあああっ!?」
クリティカルヒット!(ダイスで50が出たと思ってください)
どこに命中したか書けないほどかわいそうな箇所に蹴りが命中し、うずくまる十一。
「ま、まて、コラァ……」
芋虫みたいになりながら手をのばす十一だったが、小鬼は振り返りもせず走り去っていった。みごとな逃げ足である。
「あー。これはこれは。痛そうでござるなぁ」
十一を見下ろしながらチロチロと蛇みたいな舌を出す乙巳は、妙にたのしげだった。
──そう。金玉にダメージ受けて悶絶している男を見ると、女はなぜか愉快げな顔をするものなのである。これは世界共通のトリビアだ! あ、『金玉』って倫理規定大丈夫かな。大丈夫だそうです。金玉金玉(やめろ)
一方、こちらは酔っぱらい退治班。
幸子のファイヤーブレイクをまともに食らったクインが、全身からブスブスと煙を噴き上げているシーンから始まる。マジックシールドを発動する予定だったのだが、不意を突かれて間に合わなかったのだ。
無論、死ぬほどのダメージではない。ダアトは魔法防御力が高いのだ。魔法防御力が高いのだ! だから平気だ! たとえ消し炭みたいになってても平気だ!
なぜか新品同様にきれいな眼鏡をキラッ☆と光らせながら、クインは平然と言う。
「ふっ、この程度の魔法は知的じゃないね。僕が本当の魔法ってものを見せ……げふっ、ごふっ!」
血を吐くクイン。ちっとも平然としてなかった。
「ちょ、ちょっと待て。おまえ、けっこうヤバそうだぞ! ていうか死にそうだぞ!」
あわてて引き止めたのは、久喜笙(
jb4806)だ。
「こ、これぐらい、どうってことはないさ……(キラッ☆)」
「いやいや、とりあえず休んでおけって。その調子で眼鏡を光らせられると、俺らの出番がなくなりそうだから」
「そうか。それもそうだな。ではお手並み拝見といこう、か……」
そう言って、ガクッと崩れ落ちるクイン。最後の瞬間まで眼鏡を光らせることは忘れなかった。
「よし、さっそく俺の出番だな」
笙がいそいそと腕まくりして、難手術に挑む外科医のような顔つきになった。そこから満を持して繰り出されるのは、究極一般スキル『応急手当』!
「く……っ。ダメか……」
文字どおり焼け石に水というか、焼け石に応急手当というか、とにかく何の効果もなかった。はたして、このスキルが役に立つ場面はあるのだろうか。アスヴァンのヒールぐらい回復できると便利なんですけどね。
「さあ、次はどいつが相手? それともオランダ?」
わけのわからないことを言って身構える幸子は、仮想敵を一人倒して得意顔だ。
「おちついてください。私たちは撃退士です」
ずいっと前に出てきたのは、身長二メートルの大男、仁良井叶伊(
ja0618)。
「嘘ばっかり。そんなデカい人間がいるわけないでしょ!」
「ここにいるんですが……」
「じゃあ、なに? そこで炭火焼きみたいになってる眼鏡も、撃退士だっていうの?」
「ええ。あなたと同じ、ダアトです」
「…………」
「…………」
にらみあう二人。
じきに幸子はコーヒーの空き缶をグシャッと握りつぶし、
「いいえ! そいつは天魔よ!」と言い切った。
どうやら、撃退士を撃退してしまったことを認めたくないらしい。
しかし、そこは叶伊も大人である。
「わかりました。これは天魔です。そういうことにしましょう」
「なかなか話のわかる男ね、あなた」
幸子が叶伊の肩をばんばん叩いた。けっこう痛い。
「ところでさぁ、こいつがビール売ってくれないんだけど。どうにかしてよ、撃退士なんでしょ? あなた」
「ええと……。ビールは売ってませんね。あと、撃退士は関係ないと思います」
「そこの自動販売機にはビールなんぞ入っておらんぞ。どうじゃ? ここにはあるぞい?」
思わぬところから救い船を出したのは、クラウディア フレイム(
jb2621)だ。その手には、一ダースほどの缶ビールがあるではないか。
このクラウディア、外見は十歳の少女だが、天使なので飲酒は合法。そもそも人間界に来た理由からして、天界よりもおいしそうな酒を見つけたからという、筋金入りの呑兵衛である。この任務には、うってつけの人材だ。餅は餅屋。呑兵衛には呑兵衛。
「あら、いい子ね。じゃあ飲みなおすわよ。あなたもつきあいなさい」
ナチュラルに十歳児を酒に誘う幸子。無論、天使だとわかって誘っているわけではない。倫理規定大丈夫なのかな、これ。どうやら大丈夫なようです。
「良いぞ。思う存分飲むのじゃ。おおかた、つらいことでもあったのじゃろ? ほれ、わらわが聞いてやるので話してみるのじゃ」
「我輩も聞いてやろうかの。ほれ、話してみるが良い」
クラウディアの後ろから鷹揚な態度で言ったのは、ハッド(
jb3000)だ。
その瞬間、幸子の目がキラーンと輝いた。(クインの眼鏡よりも!)
「もしかして、あなた! 王子様!? いいえ、まちがいなく王子様ね! あたしの目に狂いはないわ!」
幸子の目は狂ってばかりだが、このときだけは正解だった。
「ほほう。良い目をしておるのう。いかにも、我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。王である!」
「あたしと結婚して!」
「け……結婚とな!?」
突然のプロポーズに、さすがのハッドもうろたえるしかなかった。
一体どういう展開ですか、これ。
場面変わって、鬼退治組。
「ち……っ。俺としたことが、油断したぜ」
小鬼を追って走りながら、十一は舌打ちした。ちょっと内股気味なのは、名誉の負傷によるものだ。
「思った以上に手強いな」と、グラルス。
「ところで、こっちのほうへ行くと自販機のところに出るのではござらんか?」
乙巳がそう言った直後、言葉どおり三人は酔っぱらい退治組と合流することになった。
そこで彼らが見たものは、ハッドに抱きついてキスをせまる酔っぱらい一名と、こんがり炭火焼き状態の眼鏡男子一名。
いろいろと見なかったことにして、十一とグラルスはシリアスに小鬼を追いかけた。
「都合よく挟み撃ちにできたでござるな」
乙巳がにやりと笑う。
なぜだかイヤな予感に駆られる十一。
「懲りもせず舞い戻ってきたわね、天魔め! これでも食らいなさい!」
ハッドに抱きつきながら、幸子はいきなりエナジーアローを発射した。
撃ち出された魔法の矢は、不幸にも十一に命中。でも大丈夫。今回は眉間に当たったので、それほど痛くない。痛くはないが生命力はゼロだ。
「だからイヤな予感がした……んだ……」
ばったり倒れる十一。ここで脱落である。ああ、どうしてこんなコメディ依頼に参加してしまった!?
「なんでジャマするのよ! あんたがいなけりゃ、ちゃんと当たったのに!」
だれがどう見ても、当たったはずはない。というより、なんの迷いもなく十一を狙ったようにしか見えなかった。もしかすると、王子さまと二人で生き残る未来を計画しているのかもしれない。なんという、はた迷惑な計画!
「やめんか。いまのおぬしは戦える状態ではないぞい。わらわたちにまかせておくが良い」
クラウディアがシールドを展開し、叶伊もケイオスドレストを起動させた。
ハッドは幸子にまとわりつかれながらも、雷霆の書を広げて臨戦態勢をとる。
そして笙はブラックジャックばりに真剣な表情で起死回生の『応急手当』を十一にこころみる! もちろん効果はゼロ!
「馬鹿な……。俺の『ファーストエイドLv10』が効かないだと……!?」
ギャグ要員として正しい行動をとる笙だったが、そこへ小鬼の雷打蹴が容赦なく直撃した。
「ほあああああっ!」
後頭部を蹴られ、アスファルトの上を五回転ぐらいして動かなくなる笙。ナムアミダブツ。
「見かけによらず手強そうじゃの」
缶ビールをグイッとあおり、クラウディアはスタイリッシュにクロスボウを放った。
が、当たらない。
乙巳の銃撃も、グラルスの魔法攻撃も、空を切るばかりだ。
そして放たれる幸子のエナジーアローは乙巳に命中。つづけて小鬼の雷打蹴がクラウディアを吹っ飛ばし、戦場は混乱に陥った。
「きゃあーー! たすけて、王子さま!」
ハッドの腕をつかんで胸にぐいぐい押しつける幸子。なかなかの破壊力である。
だが、その程度のことで心を乱されるようなハッドではない。
冷静沈着に、Fぐらいじゃの。と判断し、ファイアワークスを発動。
わりとあっさり命中し、愛の炎に包まれる小鬼。ミッションコンプリート!
「さすが王子さま! これこそ愛の勝利ね!」
目をきらきらさせる幸子は、ひとりだけ少女漫画界の住人と化していた。こんな住人に居着かれるとは、少女漫画界もえらい迷惑である。
「それにしてもまぁ、かなりの被害じゃのう……」
動けない者五名。壊れた自販機一台。恋に落ちた酔っぱらい一名。ちらばった空き缶。
これをどうやって報告書にまとめたものかと、ハッドたちは頭をかかえた。