闇鍋が始まる数時間前。
黒百合(
ja0422)は、会場の改装に取り組んでいた。
「こんな馬鹿げたイベントだものォ……暑さ対策は不可欠よねェ……?」
と言いながら、窓の隙間を粘土やガムテープで密閉していく。
さらに、業務用の大型ジェットヒーターや石油ストーブを大量に持ちこんで、ずらりと配列。壁を埋めつくさんばかりに積み上げられた石油ストーブは、まるでテトリ●だ。
「これ、死人が出るよね?」
明日羽が冷静に指摘した。
「なにか問題あるゥ……?」
「あなたも参加するんだよ? いいの?」
「そんなの、いいに決まってるじゃなァい♪」
あはっ、と黒い笑みを浮かべる黒百合。
結果、彼女は撃退士7人を病院送りにすることになる。
ともあれ会場となる教室がオープンされ、参加者が集まった。
そして、その教室を見たとき──だれもが目を疑った。
「これは……ストーブ工場……っ!?」
袋井雅人(
jb1469)が声を上げた。
無理もない。壁と窓は全面ストーブで覆われ、床には電気カーペットが何枚も重ねられているのだ。
机も椅子も撤去され、置かれているのはコタツ2台だけ。
そのコタツの上では、巨大な鍋がグラグラ煮えたぎっている。
もうもうと立ちこめる熱気は、殺人的な温度だ。
「さすが久遠ヶ原。正気の沙汰ではないのう」
Beatrice(
jb3348)が呟いた。
美食家の彼女は、たとえ闇鍋でもマズイものは食べたくないと、各種調味料を持参している。
持ちこんだ食材も、鯨ベーコンとイルカの切り身。マトモだ!
「こ、これも夏の過酷さを克服する試練よ……!」
フランス出身のシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)は、闇鍋を知らなかった。
が、精神修行的な何かとは聞いてきたので、やる気は十分。
持参品は、サフランやセージなどの香草だ。
あと、みりんと間違えて持ってきたサラダ油。どうやれば間違えるんだ!?
「たしかに暑いですが……優勝、ねらわせてもらいます!」
シエル・ウェスト(
jb6351)も、意欲が高かった。
手には、溶けるチーズとジャムパン。それと正露銃。もちろん苦いほうだ。
「おぉ……これはダイエット効果がありそうですよぉ……」
サウナみたいな室内を見て、月乃宮恋音(
jb1221)はのんきなことを言った。
部分痩せをねらって、胸にはラップを巻いてある。
ああ、なんと涙ぐましい努力。まさに、焼け石に水!
「灼熱闇鍋か……どうなるかわからないが、そこが面白い。たのしませてもらうよ」
地獄絵図を前にニヤリと微笑んだのは、三鷹夜月(
jc0153)
だいぶ楽観的だが、今日のために特訓してきたほど意欲は高い。
その特訓内容というのは、『数日間まずいものばかり食べて舌を慣らす』というものなのだが……努力の方向をまちがってるとしか思えない。
持ってきたのは、世界一まずい飴サルミアッキ。
イージー鍋だし、まぁこんなもんだ。
「ええっ!? 真夏におこたですかぁ!? いえ、おこたは好きですが……。これは暑いですよぉ。暑すぎですぅ〜!」
深森木葉(
jb1711)は、いきなりNGワードを連呼した。
それを見て、桜花(
jb0392)が声をかける。
「木葉、『暑い』って言っちゃ駄目なんだよ」
「えっ? 暑いって言っちゃダメなのですかぁ? わかりましたぁ。もう暑いって言わないですよぉ〜。暑くても我慢なのですぅ!」
「脱水症状にも気をつけて。なんなら私のあれそれ飲んでもいいよ?」
「あれそれ、ですかぁ……?」
「そう、ここをこうして……あふぅっ♪」
蔵略。
そのとき。黒百合の手から紙袋が落ちた。
袋の中から、カサカサッと黒い生物が逃げだす。
どう見ても、頭文字Gだ。それも、超大量の。
「あらァ、失礼ェ……採れたてなんで、元気でねェ♪」
とぼけたことを言う黒百合。
今日の彼女は本気だ!
「なにかあった? そろそろ始めるから鍋を選んでね?」
知らん顔で、明日羽が言った。
逃げたGがあちこち這いまわっているのだが、ほっとけば暑さで死ぬだろう。その前に参加者たちが死ぬかもしれんが。
「よーし、俺はこっちに行くぜ!」
下馬評を完全スルーして、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)はイージー鍋に参戦した。
変態ガンギマリなヘル鍋よりイージーを地獄に落とすほうが面白そうだという理由だ。
ひどい。ラファルのような人物を隔離するためにヘルを用意したのに。
「闇鍋なぁ……うちとしては食べ物で遊ぶのはアカンって思うんやけど、まあええか。……で、どうせマトモな食材が入らないヘルより、イージーのほうがある意味おもしろい思うねんな。そやからうちはイージー鍋行くで!」
黒神未来(
jb9907)もまた、予想外の選択!
せっかく目覚めたM能力を見せてくれよ!
「私はヘルモードを選択するぜー! へへへ、地獄ってやつを見せてもらおうか!」
海城恵神(
jb2536)は、高笑いしながらコタツに入った。
彼女は死んでもギブアップする気がない。重体上等の覚悟で参戦している。
持ちこんだ食材は、当然ちくわ。
あと、おはじき。なんだかわからんけど、小さい女の子がおはじき食べる姿を見たいらしい。新型の変態か。
「じゃあ私も地獄鍋で」
姫路神楽(
jb0862)は、狐っ娘スタイルで参戦。
おもむろに、こんなことを言い出す。
「ところで主催者さん。それぞれの鍋で最後まで残った人は、その鍋の参加者に何でもできる……とか、どうですか?」
「いいね。そういうのは即採用するよ?」
ほかの意見も聞かず、勝手に決める明日羽。
この闇鍋自体が罰ゲームみたいなものだというのに、さらに罰ゲームを上乗せするとは……さすがドS神楽。
「おー、ボクもヘル鍋を選ぶです。最近いろいろ戦いあったから、甘いもの食べて幸せになると良いです♪」
江沢怕遊(
jb6968)は、地球上で最も甘い物質ラグドゥネームを持って参上。
同量の砂糖と比べて20万倍以上の甘さを持つ、ギネス認定の最強甘味料だ。
どこから手に入れたんだとか言ってはいけない。きっとどうにかしたんだ。
「……ん。人が少ない。鍋のほうが。順番が。早く。まわってくる」
個性的な理由でイージー鍋を選ぶのは、最上憐(
jb1522)
暑さ対策で水着を着けてどてらを羽織り、すこしでもストーブから遠い位置を選ぼうとするが、360度ストーブに囲まれてるので、どこを選んでも大差なかった。
彼女が持ってきたのは、なんと! カレー!
うん、それだけは参加者リスト見たときからわかってた。
「本当は明日羽お姉さまと一緒に食べたかったのですがぁ、そちらは大勢なので、こちらにしますねぇ……。ところで、闇鍋って何ですかぁ……?」
などと言いながら、木葉もイージー鍋を選択。こたつにIN。
闇鍋を知らずに参加するとは、見かけによらず大胆だ。まぁ知ってたら参加しないだろうけど。
そんな具合に、参加者たちは希望する鍋を選び、どてらを3枚ずつ羽織ってコタツに入った。
言うまでもないが、暑い。黒百合が部屋を密閉したため熱気も湿気も篭もりっきりで、不快指数は200オーバーだ。正直、人類の生きられる環境ではない。というか、地球上の大部分の生物が死滅する環境だ。あらためて言うけど、なにやってるんだろう、この人たち。
「ハッハッハ……死なないといいな……」
大量の汗で早くも脱水症状ぎみの神司飯綱(
jb9034)は、げっそり顔で呟いた。
彼女が選んだのはヘル鍋。
18人の撃退士が1台のコタツを囲む光景は、かなり異様だ。
どこぞの百合カフェかと思うぐらい女子多めなので、雅人は大喜び。
まぁ一番よろこんでるのは桜花だけどね……。
「いやぁ汗だくっていいよね〜。とくに、かわいい少年少女の汗。ああ、ぺろぺろしたい……」
しゃべらせると変態発言ばかりなので、視点を替えよう。
「ムフフ……暗くなったら、闇に乗じてあんなことやこんなことを……」
フレームインしたのは、ゲス顔で変態じみたことを言う東風谷映姫(
jb4067)
隣に座っているのは、つるぺたのゆかり(
jb8277)と、6歳幼女の白野小梅(
jb4012)だ。
さすが貧乳マイスター!
しかも、手に持ってるのはイッポンシメジである。
「かわいい女の子たちに、立派な○○○をくわえさせるチャンスですよ。うえへへへ……」
性癖を隠しもせず、よだれをたらす映姫。
もしかして、桜花と映姫って同背後なん?
そんなレズ悪魔の思惑など知るよしもなく、小梅はのんきに亜矢と会話していた。
「前の報告書読んだよぉ。……亜矢ちゃん、いじめられてたんだね」
「ありがとう小梅。今日は変態野郎に報復するチャンスなの。協力してくれる?」
「うん、ボク味方しちゃうよぉ! あのね、鍋が始まる前にぃ、これ食べてぇ。まずいの平気になるよぉ」
小梅が差し出したのはミラクルフルーツだった。
「ありがたいけど、鍋以外のものを食べたら失格なのよ。それは鍋に入れて」
「じゃあ、これと一緒にフルーツの缶詰も入れるからぁ、両方みつけて食べてねぇ♪」
「難易度高いわね……」
「じゃあ始めようか? 照明落とすよ?」
明日羽の手で、蛍光灯が消された。
窓も扉も完全に締め切ってあるので真っ暗に……ならない! だって、壁全面がストーブとヒーターなんだもん! そりゃもう赤々と輝いてるよ! あふれる赤外線で目が痛いぐらいだ! ああ、闇鍋なのに闇じゃないなんて! やってくれたな黒百合ィィ! MVPィィ!
「決まったわね! この勝負、あなたたち全員の負けよ!」
開始早々いきなり勝利宣言したのは、五月七日雨夏(
jc0183)
「最初に言っておくわ! あたしは、なにがあろうと絶対にギブアップしない! あたしのアダマスカル鋼製の胃袋には、地獄もイージーよ! あたしは、四つ足なら机と椅子以外なんだって食べるんだから!」
えらく強気だが、重体覚悟の者は他にもいる。
「受けて立ちましょう! 自分も決してギブアップしません! 命に代えても、最後まで生き残ってみせます! 重体どころか、死亡判定が出ても構いません!」
負けじと勝利宣言したのは、ゆかり。
本当に死亡判定出してもいいのかな……。闇鍋で死んだら伝説になるが……。
「さすがね、ゆかりちゃん。アタシもギブアップしないわ。撃退士の限界に挑戦よ!」
一川七海(
jb9532)もまた、重体覚悟のヘル鍋だった。
一体なにが、彼女たちをそこまでさせるのだろう。
ああ、これが闇鍋の魔力なのか!? それとも単なる馬鹿の集まりなのか!? きっと両方だな! これぞ闇鍋馬鹿シナジー!
ともあれ、ヘル鍋開始。
と同時に、「暑いわねェ」と言い放つ黒百合。
ピピーッ!
どこかからホイッスルが鳴った。
わざと失格になったのだ。
「ではみなさん、がんばってねェ……?」
そう言い残して、黒百合は教室を出ていった。
会場をGとストーブで埋めつくして自主退場とは、鬼畜すぎる。
ともあれ1名脱落したところで、あらためて開始!
「さぁデスゲームのはじまりです!」
映姫が宣言して、各自持ち寄った物体が一斉に鍋へブチこまれた。
すべてを記すスペースはないが、まさにカオスだ。
固形物は『引かなければ良い』として、液状のものがヤバイ。
激辛マスター・エナ(
ja3058)の投入した、七味、ハバネロ、デスソースが瞬時に鍋を赤く染め、映姫の洗剤がブクブクと泡をたてて──
「はて、おかしいわね。鍋料理とは、ひとつの鍋を皆で囲む和気藹々な食卓と聞いていたのだけれど、この鼻をつく異臭は何かしら……」
いぶかしげにシェリアが首をかしげた、その瞬間
ズドオオオン!!
亜矢の注いだガソリンが爆発した。
見れば、鍋もコタツも吹っ飛び、参加者全員デスソース泡まみれで倒れている。
「やった! 変態どもを一網打尽よ! 闇鍋終了!」
ガッツポーズをとる亜矢だが、至近距離で爆風を浴びた彼女が一番ダメージを受けてるのは言うまでもなかった。
そして、この程度の爆発で脱落する者はいない。
「スペアの鍋を持ってきて? あとコタツもね?」
すずしい顔で明日羽が黒服に告げて、ヘル鍋第2ステージが始まった。
倒れた者たちも、なにごともなかったかのように平然と復帰。ラファルとかユーティライネンとかAとかのおかげで、みんな爆発事故には慣れてるぜ!
「なんで、そこまでして闇鍋やるのよ!」
亜矢が大声を張り上げた。
それは私も知りたい。
「なにやってんだ、ヘルの連中は。こっちまで爆風が来たじゃねぇか」
文句を言いながら、ラファルは冷凍ミカンやシューアイスを鍋に入れていた。
いいんだけど、あなたが言いますか、そのセリフ。
「まぁ、こちらはこちらで楽しくやりましょう」
グラサージュ・ブリゼ(
jb9587)は、笑顔で食材を投入した。
「鍋と言えば、まず野菜!」
と言いながら、砂糖とアーモンドで作った野菜型マジパンをドバッと。
「女の子は、コラーゲンボールもほしいよね♪」
グラブジャムン(コンデンスミルクのドーナツシロップ漬)も投入。
「あ、ナスは別で準備したの♪」
砂糖で何度も煮込んだゼリー状のナスも、躊躇なく鍋へ。
ごらんのとおり、すべてスイーツ!
「甘い物は正義! 甘い物好きに悪い人はいないの♪ だからみんなで食べて、ハッピーになろうね!」
あんまりハッピーにはなれないと思う。
「鍋に合わないものを持ってこいとのことだったのでぇ〜。食材は〜、故郷紀州は四郷の串柿なのですぅ〜。甘いですよぉ〜。でも鍋には不向きですよぉ〜。こんなのでいいのですかぁ?」
木葉は、串に刺さった干し柿を鍋に入れた。
なんせ闇鍋なのに明るいため、なにが投入されたか丸わかりである。
どうやらイージー鍋は、激甘鍋になりそうだ。
が、そうはいかない。
なぜなら憐がいるから。
「……ん。私の。いるところに。カレーあり。すべてを。カレーで。染め上げる」
大量にぶちこまれたカレー粉が、瞬時に鍋を支配した。
さすがカレー! 最強の調味料カレー! どこかの傭兵も言っている。戦場で決して切らしてはいけないものはカレー粉だと! ここ戦場じゃないけど!
「僕はこれを……」
陽波透次(
ja0280)が持ってきたのは、松阪牛の高級すきやきセット。
「「おおっ!」」と歓喜の声が湧いた。
闇鍋とはいえ、だれだっておいしいものを食べたいに決まってる。
おかげで透次は、神か教祖のように感謝されて友達ができ……るほどではなかった。残!念!
「なんか、フツーにうまそうな鍋になってきたで?」
未来が鍋を覗きこんだ。
「カレー味のすきやきみたいなもんだからな。さぁはじめようか! なにが出るかは、おたのしみ!」
小皿と箸を手に、夜月が声を上げた。
ちなみにイージー鍋の参加者は、透次、憐、木葉、Beatrice、ラファル、グラサージュ、未来、夜月の8人。
最後に残るのは誰か!
「……ん。では。さっそく。いただかせて。もらう」
勝手にトップバッターをつとめる憐。
ゲットしたのは、カレー味の松阪牛だ。
「……ん。これは。なかなかの。カレー肉」
グラサージュの持ってきたスイーツ類と、未来のギロチン炒飯が入り混じった結果、カレー鍋は絶妙な甘辛味になっていた。
「ほう、意外にも美味なのぢゃ。まさか、すきやきが食べられるとは思わなかったのぢゃ」
グルメのBeatriceも満足げだ。
透次の持ってきた松阪牛がアホみたいに大量だったため、やたらと引いてしまうのだ。
しかし、当の本人が引いたのは冷凍みかん。
無論、とっくに溶けてホットみかんになっている。
「まぁ、食べられなくは、ない……」
「うぐ……っ」
グラサージュが引いたのは、サルミアッキだった。
口に入れたとたん、えもいわれぬ雑草の味が広がり、溶けたタイヤの匂いが鼻に抜ける。最強調味料のカレーでも、ごまかしきれないまずさだ。
「だ、大丈夫。これはただの飴……毒物じゃない……市販されてる飴よ……!」
やたらポジティブに言い聞かせるグラサージュ。
実際まずいが、飲みこんでしまえばOKだ。
そんな感じでイージー鍋は平和に進行していたのだが──
「暑いですぅ〜。もう無理ですぅ〜! おねえさまぁ……たすけてぇ……」
木葉が暑さでダウンした。
「もう限界? じゃあ、おうちで涼もうね? こんな我慢大会、無理することないよ?」
ヘル鍋から明日羽がやってきた。
コタツを出たので、彼女も失格である。
「ちょっとあんた! 勝負を放棄するの!?」
亜矢が怒鳴った。
「勝負するなんて言った覚えないよ? 亜矢は最後まで頑張ってね?」
にっこり微笑むと、明日羽は木葉をだっこして廊下へ出ていった。
最近お持ち帰り率たかいな、この子。
さて。イージー鍋はカレーすきやきになってしまったので、ヘル鍋を見てみよう。
とりあえず、世界最強の激辛ソースと世界最強の激甘ソースに撃退酒がブレンドされた鍋の中で、ゴキの死骸やボクシンググローブがぷかぷかしている。納豆、ホンオフェ、シュールストレミングなどの発酵系……というか腐った食いものも大量に投入されており、攻撃力は高い。これを食べるぐらいなら全裸で大天使と戦うほうがマシじゃね、というレベルだ。
「ふわあ……!? これは無理です! 無理なのですぅぅ!」
甘味テロで勝利を狙っていた怕遊だが、ゴキテロの前には屈するしかなかった。
NGワード連呼で失格である。
わかってたと思うけど、スイーツとか食える環境じゃないから……。
「なにこれ。子供だましもいいところね! ショボすぎるわ!」
正気とは思えないことを口走るのは、雨夏だ。
強がりではなく本気で言ってるのがヤバイ。
そんな彼女がつかんだのは、タコ焼きだ。
「あら、おいしそうなタコ焼きじゃない」
口に入れた、その瞬間。
パーーーン!
仕込まれていた癇癪玉が炸裂して、雨夏はシゲルみたいに真っ黒になりながら煙を吐き出した。
味覚ではなく物理的にダメージを与えてくるとはひどい話だ。お察しのとおり、ラファルのしわざである。
「ふふ……おいしいじゃない……」
雨夏の味覚は、ちょっと、だいぶ、完全に、おかしい。
「ハッハッハ……貴様らを倒し、東西南北中央不敗スーパー狐となってやるわぁ!」
ひらきなおった飯綱は、高笑いしながら負けじと勝利宣言。
ちなみに、持ち込み食材は蟹っぽい何かだ。
「え? 蟹っぽい何かってなんだって? それは……秘密だ」
いや、待ってくれ。MSにまで秘密にされると困るんだ!
なんとなくっていうか明らかにネタ元はわかったけど、それ持ってくるの無理だし! でかすぎて鍋に入らないし!(そういう問題ではない
まぁしかたないので、ふつうに蟹を持ってきたことにしよう。
そして飯綱が引いた食材は……石鹸!
きっと蟹みたいに泡をブクブクさせながら食べたんじゃないかな。
「私には必勝の策があります!」
そう言うと、シエルはいきなり鍋の汁を口に含んだ。
「ぐほっ、げほっ!」
涙目でむせかえるシエル。
なにをやってるのかと思うが、これで味覚と嗅覚をマヒさせる作戦だ。正露銃を投入したのも、腹を下さないようにするため。おお、完璧だ!
でも、ダイスふったら缶詰が出た件。
「缶切りは!? 缶切りはないんですか!?」
必死で訴えるシエルだが、缶ごと食べなければ失格だ。
「そんな無茶な……っ!」
ピピーッ!
このイベントのNGワードは厳しい。
「お、おお……これは……」
恋音が持ち上げたのは、はんぺんだった。
自分で入れたので、中身はわかってる。
「やむをえません……みなさま、ご迷惑をおかけしますぅ……」
そう、このはんぺんに仕込まれているのは例のサプリ!
一口食べればおっぱいがコタツを押しつぶし、二口食べれば教室を全壊させる、恐怖の──
「お、おやぁ……?」
はんぺんをかじった恋音だが、いつもの変化が起きない。
それどころか、おっぱいがしぼんでいくではないか!
「恋音!? どうしたんですか、恋音!」
まるでそっちが本体みたいに、雅人は恋音の胸に向かって問いかけた。
「ま、まさかぁ……!?」
そのまさかである。開発者平等院の努力によって、このサプリは本来の効果を得たのだ! なんて余計な努力!
「このままでは恋音が……!」
取り乱す雅人。
だから、それは恋音本体じゃないぞ。
数秒後。恋音の胸は、ゆかり並みのつるぺたになっていた。
「これは夢でしょうかぁ……。私の胸が、まないたにぃ……」
ピピーッ!
「は……っ! まさか『まないた』はNGワード……!?」
予想外の禁則に触れた恋音は、そのまま廊下へ引きずられていった。
「恋音(おっぱい)ぃぃッ!」
絶叫する雅人。いつのまにか、名前の読みまで変わってる。
はたして、おっぱいの運命やいかに!(つづく
「恋音のためにも、私は最後まで戦いますよ!」
と言いながら雅人が箸でつかんだのは、パンツだった。
しかも、女児用ぱんつ!
だれが持ってきたか、お察しください。
「さすがに食べたことないんですが、飲み込めますかね……」
不安げに、雅人はぱんつを口に入れた。
しかし、いくら噛んでも飲み込めない。あたりまえだ。
「んがんぐ……っ!」
やむなく飲み込んだ結果、ぱんつをのどに詰まらせて雅人は倒れた。
ああ、なぜ掃除機を持ってこなかったんだ!
そんな悲劇の張本人である桜花は、スパイクシューズを引いて頭をかかえていた。
革製だし食べられるでしょ、と七海が持ってきたのだ。
「こんなもの、食べられっこない……。けど、映姫や小梅に食べさせるわけには……うおおおお!」
シューズを一気食いした桜花は、当然のように雅人のあとを追った。
ついでに『食べられっこない』がNGだったので、W失格である。
まさに、桜の花の散るごとく……って、そんな綺麗なもんじゃないわ。
その後、エナがバナナを食べ、ゆかりが極太ソーセージをほおばり、小梅がイッポンシメジをくわえて、無事に一巡まわった。なにやら特定の方向に食材が傾いてるが、本当にダイスを振った結果なんだwww信じてくれwwww
「ふ……精神修行というわりに、たいしたことありませんわね。リスの肉を食べるより全然マシですわ」
据わった目で箸を動かしながら、シェリアは次の食材をはさんで持ち上げた。
出てきたのは、電動○○○。しかも、ウイイインとか動いてる。
「は……!?」
唖然として、シェリアは箸を落とした。食べられなかったので失格だ。
「こ、これはルール違反のうえに蔵倫違反ですわ!! なぜ、こんなものが……っ!? フレンチ……もとい破廉恥にもほどがありますっ!」
抗議しながら、シェリアは黒服に引きずられていった。
一体だれが、こんなモノををを!?
さて、ヘル鍋参加者は残り10名。
運良くマトモな食材を引いて生き残った者もいれば、死にそうになりながら根性で耐える者もいる。
「激辛お鍋、おいしいですねぇ」
なにか丸いものを飴みたいに舐めながら、エナが言った。
辛いもの大好きな彼女にとって、この鍋は楽勝だ。Gとか浮いてるけど楽勝だ! 本当にいいのか!?
「とにかく、箸をつけたものを食べるのみだな……。私ひとりになるまで倒れるわけにはいかない」
飯綱は汗だくになって、いまが旬のアブラゼミを食べていた。
なぜ倒れたくないのかといえば『貞操を守るため』なのだが、さくっとリタイアして退場するほうが安全では……。
「鍋は良いとして、この暑さ……。死にたくないなぁ……」
遠い目で飯綱が呟いた瞬間、笛が鳴った。
彼女も退場である。
「しまった。うっかり……」
まぁ貞操は守られたので、結果的には良かったな。
一方、恵神はマーライオンになりそうな勢いで「げぼぁぁぁ!」とか言いながら得体の知れない物体を食べてるし。七海は無理してGを食べたショックで幼児退行してしまい、「あぶぶ……おなべおいちいでちゅう……ママァ……」とか口走ってる。
もうそのあたりにしておけよと言いたいが、降りる気はないようだ。
ここまで自発的にキャラ崩壊したがる人たちも珍しい。
そのとき。亜矢の膝に座っていた小梅が立ち上がり、「戦いも佳境なの! 最後の手段だよぉ!」と叫びながら光の翼で舞い上がった。
ピピーッ!
こたつから出たので失格!
なんという凡ミス。これも暑さのせいか。
そう。鍋の衝撃で忘れそうになるが、真の敵は暑さである。
密閉された部屋で、数百台のストーブに囲まれながらコタツで激辛カオス鍋を食べているのだから、よく考えれば自殺行為だ。いや、よく考えなくても一目瞭然で自殺行為なんだが……。本当に、なにをやってるんだろうな……。
そのころ。イージー鍋では、透次が高級すきやきへの情熱を胸に戦いつづけていた。
暑さ対策で、どてらの下は全裸。犬みたいに舌を出してハァハァしつつ、音楽プレイヤーで自作のオヤジギャグを聞いてエターナルフォースブリザード発動。あらゆる手段をもって、ひときれでも多くの牛肉を食べようとしている。なんといじましい努力か。
しかし無理もない。装備の強化で金がかかる撃退士たちは、おおむね万年金欠なのだ。食事も満足にとれやしない。しかも、そこまでして強化した装備を一瞬で屑鉄にされたときの衝撃といったら……まさに、おのれ科学室っ!
よし、この言葉を流行らせよう。(
「しかし、一時はどうなるかと思ったが……ふつうにうまいな、この鍋」
ラファルは義手の指先センサーをつかいながら、盲牌の要領で食材を選んでいた。
完全にイカサマだが、ルールには抵触してないので問題ない。まぁ実際、鍋の中身は大体見えてるけどな。
「……ん。肉が。なくなって。きた。おかわりは。ない?」
鍋をつつきなら、憐が言った。
透次の持ちこんだ松坂牛は相当な量だったが、憐が一口で20枚ぐらい飲んでしまうので、あっというまに品切れである。
「……ん。肉が。なければ。つみれを。食べれば。いいじゃない」
というわけで、憐は未来の持ってきたツミレに手を出した。
内心『よっしゃあああ!』とか叫ぶ未来。
そう、じつはこのつみれには例のサプリが練り込んであるのだ。……って、おまえもか!
だが、さっきも言ったようにこのサプリは改良済み。食べた人のおっぱいは小さく……小さく……なりようがなかった! だってもともと小さいんだもん! なんで改良しちまったんだ、平等院!
「くっ! 思ってた結果と違うがな!」
悔しがる未来。
気持ちはわかるが、そう毎回毎回校舎を破壊されると困るんだ。
まぁそんな次第で、イージー鍋は波乱もなく進行していった。
そして、数十分後──
そこには、限界を超えて戦う7人の撃退士がいた。
「へっ。日本の夏はこうじゃないとな」
強がりながら、串柿をかじるラファル。
透次はオヤジギャグでエタフォりながらホットシューアイスを食べてるし、夜月はなぜか般若心経を唱えて暑さに耐えている。両者とも、効果のほどは不明だ。
「妾は……元、高貴な悪魔……。人間との我慢比べで負けるわけにはいかないのぢゃ!」
Beatriceは、大雪の中でのアイス食べ放題イベントを思い出していた。あのときの、途中リタイアした悔しさを忘れてはいない。
「あの日の雪辱を果たすのぢゃ! 今度こそ優勝! クイーンになるのぢゃ!」
イージー鍋では、彼女ひとりだけが重体覚悟で挑んでいた。
今日のBeatriceは本気だぜ!
しかし、闇鍋開始から30分。完全密閉された室内は、サウナを通りこして金星みたいな環境に成り果てていた。
さすがの撃退士たちも、もはや体力や根性で耐えられるレベルではない。
憐はカレー切れでダウン。
夜月は般若心経をド忘れしてリタイア。
ラファルは機械部分が熱暴走してクラッシュ。
未来はサプリつみれを食べて恋音と同じ発言で失格。
グラサージュは、ヘル鍋から紛れ込んだGをつかんで脱落。
透次は、鍋なのに友達が一人もできなかったショックで泣きながら逃走。
最終的にBeatriceが残ったが、そのとき既に彼女は一酸化炭素中毒で昏倒していた。
一方、ヘル鍋。
「こ、これ以上は無理です……リアルに死んでしまいます……!」
エナは辛さと暑さには耐えていたが、充満するガスの匂いに命の危険を感じて教室を飛び出した。
賢い判断だ。闇鍋ごときに命をかけるのは、撃退士として……というか人として間違ってる。
「最後の一人になって全員を好き放題したかったんですが……さすがに病院送りはごめんです」
神楽も冷静に状況を判断して、リタイアを選択。
残ったのは、亜矢、恵神、映姫、七海、ゆかり、雨夏の6人だ。
「そろそろリタイアしなさいよ、あんたたち!」
亜矢は、最後まで生き残って変態どもに天罰を与えようと必死だった。
「へへへ。まだまだ。ここらで地獄の一丁目だぜ」
納豆まみれのちくわをかじりながら、虚勢を張る恵神。
先に言ったとおり、彼女はギブアップする気がない。
「ぜ、絶対に負けられない……負けられないんですー!」
映姫は、なぜか熱血漫画の主人公みたいに闘志を燃やしていた。
そんなことしたら、よけい暑くなるだろうに。
「なべ……かゆ……うま……」
幼児退行を通りこして、ゾンビ退行しているのは七海。
彼女もまた、引く気はない。
「さすが、久遠ヶ原の闇鍋……。しかし最後に残るのは自分です!」
死亡判定も辞さないゆかりは、女児用ぱんつをもぐもぐ。
この鍋、パンツ何枚入ってんだ……?
「ああ、おいしい〜♪ このガムテープ、触感が最高ね♪」
雨夏は、正気とは思えないことを笑顔で言い放った。
もとより、この鍋の参加者全員、正気ではないのだが……。
こうして6人の馬鹿……もとい命知らずたちは、一酸化炭素中毒で病院に運ばれたのであった。
翌日、学園入口の掲示板には『闇鍋をするときは換気しましょう』との注意文が張り出された。
闇鍋そのものを禁止しないあたり、さすが久遠ヶ原である。