とある日の午後。
閑静な避暑地の湖畔に、8人の撃退士が集まった。
それを迎えたのは、4人の撮影スタッフと悪魔のカナロア。
「よぉ来たな。うちはフリーランスのカナロアや。よろしう」
彼女はサンタみたいに馬鹿でかい袋を背負っているが、中身はすべて肉だ。
その重量たるや、ゆうに100kg以上。スタッフには持てないので、カナロアが持っているのだ。
「おう。焼肉食べ放題と聞いてやってきたぜ。よろしくな」
小田切ルビィ(
ja0841)は、クールな表情で挨拶した。
「あの……依頼書、ちゃんと読みました?」
「忙しくて、しっかり読むヒマはなかったが……焼肉屋のCM撮影だろう?」
「いえ、ただのCM撮影ではなくて……」
スタッフが、依頼の詳細を説明した。
それを聞いたルビィの顔が、みるみるうちに引きつっていく。
「な……んだと……? 焼肉食いながらドラゴンと戦え!?」
「はい」
「そうか……その、まぁ……よろしく頼むぜ……」
己の早とちりに思わず顔を覆いながら、ルビィは嘆息した。
「……え?」
一緒に説明を聞いていた矢野古代(
jb1679)は、ぽかーんと口を開けた。
いま俺は幻聴でも聞いたのかという顔で、「え……?」と繰り返す。
「なんとまぁ無茶な注文を……。怪我しても知らねぇぞ」
ぶっきらぼうに言ってのけたのは、向坂玲治(
ja6214)
一見つめたいようだが、実際はスタッフたちの身を案じての発言だ。
「二度目のCM出演じゃが、あいかわらず無茶振りしおるなあ……」
イオ(
jb2517)は呆れ顔になりながらも、どこか愉快げだった。
思考回路がお子様なので、基本的にお気楽なのだ。
「しかし、焼肉を食べながら竜退治とは……。正気ですか、この人たち。……まあ、それが依頼だというなら善処しますがね」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)も、あまりに馬鹿げた依頼内容に呆れ気味だ。
いつものタキシードにカボチャマスク装備なので表情はうかがえないが、10回ぐらい溜め息をついている。
「とりあえず、一般人の皆さんには遺書を書いてから現場に行くことをおすすめしますね。この依頼はシャレでは済みませんよ」
と、エイルズ。
しかし、撮影班たちは本気だった。
「遺書は全員書いてきました! 会社のためなら、命など惜しくありません!」
「どうやら、正気ではなかったようですね……」
エイルズには、それ以上なにも言えなかった。
「色々ぶっとんでるけどさ、会社として大丈夫なのかな、JOJO亭。どいつもこいつも、命張りすぎでしょ……。撃退士でもないのに、こんな撮影なんて……ねぇ?」
いつになくマトモなことを言う桜花(
jb0392)
おかしいな、コメディなのに。鼻血はまだですか。
などと言ってるうちに、桜花はカナロアを見つけて話しかけた。
「あ、海洋学者さん、ひさしぶり〜。今度は焼肉の研究ですか?」
「え? お? あ、ああ。せやで。うん」
あからさまに挙動不審な言動を見せるカナロア。
彼女は、桜花とエイルズに面識があるのだ。
詳細は省くが、こまかいところをつっこまれるとマズイ。(MSが
「よっしゃ、パーッと行って、サクッと倒して、ジュワーッと焼肉パーティーや! 行くでー!」
ごまかすように言うと、カナロアは先頭を切って歩きだした。
「あのぉ……撮影の準備や作戦などは、考えなくていいのでしょうかぁ……?」
月乃宮恋音(
jb1221)が、心配そうに訊ねた。
「そんなん、敵さんのとこ着く前に決めたらええ。うちは腹へっとんねん。さっさと肉食おうや」
「……ん。同意。一刻も早く。敵を倒して。焼肉パーティー。きっと。カレーも。ある」
焼き肉目当てで参加した最上憐(
jb1522)が、激しく同意した。
でも残念ながら、カレーはないと思う。
というわけで、一行は現場に向かって歩きながら作戦を立てた。
いくらなんでも敵の眼前で肉を焼くのは自殺行為すぎるので、戦闘中はあらかじめ焼いておいた肉を使い、敵を倒したあと打ち上げパーティーの形で焼肉の絵を撮るという段取りだ。
たしかに、安全面を重視するなら無難な作戦である。一般人もいるのだし、危ない橋は渡れない。
「いました! あれです!」
天魔出没地点に到着するや、撮影班が声を上げた。
見れば、静かな湖の水際に10mほどのドラゴンが居座っている。
「なんだありゃッ!? 焼肉食いながら戦える相手じゃねーだろ! まぁ食事シーンは別撮りだけどよ?」
ルビィがクールに叫んだ。
「あー、おじさん帰ってもいいかなぁ……?」
冗談めいたことを言う古代。だが、目が笑ってない。
「ふざけた話だが、やるしかねぇな。撮影班の連中は離れてろよ?」
指示しながら、玲治は光纏して拳銃を抜いた。
「カナロア、おぬしには撮影班の護衛をたのむのじゃ。万が一にも死人が出たら、焼肉も報酬もパーじゃからの。しっかり護るのじゃぞ」
イオが言い含めると、カナロアは「まかせとき。焼肉のためや」と言いながら胸を叩いた。
「では、私も護衛に回りますねぇ……。調理係なので、戦闘シーンに映ると不自然ですしぃ……」
恋音が言い、カナロアと一緒に撮影班のほうへ回った。
「では最初のシーンを撮るのじゃ。もし死んだら、墓前に焼肉をそなえてほしいのじゃ」
遺言を残すと、イオは明鏡止水で潜行しながらドラゴンめがけて突進した。
そのまま目の前まで行くと、くるりと向きを変えてドラゴンを背に言い放つ。
「はっはっはー! ドラゴンよ、やってしまうのじゃ!」
前回のCM同様、指揮官の悪魔という設定だ。
が、今回のドラゴンは本物。当然のように炎のブレスが放たれて、背中から直撃されたイオは全身黒こげになって吹っ飛んだ。
「グワーッ!?」
演出のためとはいえ、これはひどい。
ちなみにこの場面には、『大天使様の命令だ。貴様は用済みだ』というドラゴンの台詞を入れる予定である。
「とりあえず……撮影開始だ!」
イオの犠牲は見なかったことにして、ルビィは風の翼で舞い上がった。
左手にカメラ、右手にアサルトライフルで、上空からのロングショットを狙う。
この距離なら、ブレスにさえ気をつければ危険はない。が、逆に言えば喰らったら終わりだ。
「命がけで何やってんだかなー。……まぁこんだけ超ド迫力の映像が撮れりゃ、依頼人も文句ねェだろ……!」
たしかに、この空撮はポイント高い。
「……ん。食べられない。ドラゴンに。興味はない」
憐は鉄槌をかついで敵の側面に回ると、脚を狙って殴りつけた。
すぐに倒しては駄目なので、まずは戦闘力を削りつつ苦戦してみせる演出だ。
「全員で囲んで叩けば楽勝でしょうけど、そういうわけにもいかないんですよね……」
面倒くさそうに言いながら、エイルズはショウタイムで敵の気を引きつつ、持ち前の回避力で攻撃をかわしていた。
積極的に映る気はなく、徹底して囮役だ。おかげで今のところ、敵の注意は撃退士だけに向いている。
「しかし硬ぇな、こいつ。見かけどおりの……いや見かけ以上の強さだぜ」
できるだけ硬そうな部分を狙って発砲しながら、玲治は苦渋の表情を浮かべた。
そこへ、ブンッと尻尾が薙ぎ払われる。
これなら耐えられそうだと判断した玲治は、わざと喰らって派手に吹っ飛んだ。
「く……っ、いまいち力が出ねぇ。このままじゃ負けちまうぜ」
地面に膝をついて、苦々しげに呟く玲治。
「くそっ、なんて耐久力だ! このままでは、まずいかもしれない……!」
古代も、カメラ片手に射程距離ギリギリから銃撃を浴びせていた。
あえてスキルを使ってないため、大したダメージにはならない。
そのとき。インフィルトレイターのくせして前衛に出ていた桜花が、かぎ爪に引き裂かれて崩れ落ちた。
「うう……っ。おなかが減って、力が出ない……」
血まみれでうずくまりながら、桜花は腹をおさえた。わざと喰らったのだが、ダメージは深刻だ。
それを見た古代が、真剣な顔で言い放つ。
「空腹で戦えないだと……!? そうか、撃退士は総じて魔具魔装の強化で貧乏……なにか食べ物があれば……!」
「……ん。たしかに。強化には。お金が。かかる。おかげで。カレーも。食べられない」
ブレスだけは浴びないよう慎重に動きながら、憐がうなずいた。
一年中カレー食べてる気もするが、それはそれだ。
「そう。俺たち撃退士は、いつでも財布がスッカラカン。なにもかも、強化に金がかかるからだ。あまつさえ、大切な装備を屑鉄にしてくれるなどと……。おのれ科学室っ!」
久遠ヶ原全生徒の気持ちを、熱い口調で代弁する古代。
このセリフが全国放送のCMで流れることを考えると、ひどい風評被害だ。科学室の先生もラクじゃない。彼は何も悪くないのに!
「はっ! まさかあれは……!」
突如、なにかに気付いたように振り返る古代。
ここで映像が切り替わりますよという、編集点を作る気配りである。
そこへ走ってきたのは、牛の着ぐるみ姿の恋音。
手にした七輪には、じゅうじゅうと音を立てる焼肉が!
「私のお肉を食べてください! JOJO亭さんなら、とてもおいしくしてくれます! さぁどうぞ!」
ラップ巻きやスペアリブなど、持ちやすいものを選んで手渡す恋音。
「この状況で焼肉だと……? 本当に大丈夫なのか……?」
玲治は半信半疑でスペアリブを手に取ると、思い切りよくかじりついた。
一瞬の沈黙。
そして──
\ うぅぅー! まぁぁー! いぃぃー! ぞぉぉー! /
どこかの味王様みたいに絶叫し、目や口からレーザー光線を発射する玲治。
背景の湖は津波になって襲いかかり、ネッシーみたいなものまで登場!
「見ろ、この香ばしく焼けた骨付き肉を! 表面はパリパリで、中はどこまでもジューシー! 一口食べれば力がみなぎり、二口食べれば楽園の扉が開かれる! これで全品290円! うぅぅまぁぁすぅぅぎぃぃるぅぅぅ! うおおおおお!!」
ものすごいリアクション芸を見せながら、地味にヘルゴートで強化する玲治。
「こ、これがJOJO亭の力だというのか! 無駄に高くて財布を圧迫し、正直アイスぼったくりじゃねーのと思うけd(注:実在の焼肉店とは全く関係ありません)」
古代は少々暴走気味だ。ディスってどうする!
「おおっ、これがJOJO亭の焼肉! 人間界には、こんなにうまいものがあるのじゃな! ならば、ワシは悪魔をやめるぞJOJOォォ!」
イオは焼肉をほおばると、魔界を捨てる悪魔の演技を披露した。
「そして、焼肉は牛だけではありません!」
恋音は鶏の香草焼きを食べながら、着ぐるみを脱いでドレスシャツの姿に。
ここはあとで、魔法少女の変身シーンみたいにバンクを入れる予定だ。
「「では行くぞ!」」
それぞれ自由に焼肉パワーをアピールすると、撃退士たちは一斉に突撃した。
「……ったくッ! 最狂にロックな依頼だぜ……ッ!」
ルビィは左手にユッケジャンクッパを、右手に大剣を引っさげてドラゴンに斬りかかった。
つづけて恋音のライトニングが飛び、エイルズのトランプが巨体に突き刺さる。
「穿て、赤金……! イヤーッ!」
古代の銃撃が頭部に命中し、ドラゴンがよろけた。
そこへイオの連続攻撃が叩きこまれ、桜花の散弾銃がブチこまれて、まぁ一応という感じでカナロアのウォータージェットが炸裂。
「……ん。栄養補給。完了。全力で。行く」
憐のグローリアカエルが、とどめの一撃になった。
コメディとはいえ、CR差2ケタ以上は強烈すぎる。
ズズゥゥゥゥン!
ろくな反撃もできずに、敵は倒れた。
まぁ所詮、サーバント1匹。鍛えられた撃退士9人でボコったら秒殺だ。しかも1人は本物の悪魔だし。
「さすがJOJO亭の焼肉だ! この味を知ったら他の店には行けねぇぜ!」
戦闘終了と同時に、すかさず宣伝する玲治。
「撃退士の活躍をささえているのは焼肉! いまなら割引サービス実施中!」
古代もわりと抜け目がない。
そこで、撮影終了の声がかかった。
「はい、カーット!」
「……ん。宣伝した。倒した。なので。食べ放題。いますぐ。おなか。すいた」
憐が要求して、打ち上げが始まった。
バーベキューセットが湖畔に置かれ、青い湖を背景に香ばしい煙が広がる。
「……ん。宣伝の。ため。全力で。いただく。あくまで。宣伝の。ため」
いつもの調子で、どんどんガツガツごくごくと焼肉を胃に収める憐。
「すばらしいお肉ですねぇ……。JOJO亭で使っている鶏肉は、コラーゲンたっぷり。美容にもいいんですよぉ……?」
恋音は宣伝用の笑顔を浮かべながら、ローストチキンをほおばった。
「働いたあとの焼肉&ビールは最強やな。なんも言うことないわぁ」
カナロアはCMなど忘れて完全に焼肉を満喫するモードに入ってるが、案外宣伝になってるようだ。
まぁあとは製作スタッフが絵やセリフを編集するだけなので、撃退士たちは好きなように飲み食いすれば良い。
「なんだか、都合よく餌付けされてるような気がしないでもねぇが……」
どこか釈然としない表情を浮かべながらも、ルビィは淡々と焼き肉を食べていた。
「しかし、どうなんですかね。うまく撮影できたんでしょうか」
適当に焼肉をつまみつつ、だれにともなく問いかけるエイルズ。
「うぅん……あとはプロの製作班の方々にまかせるだけですからねぇ……。ただ、終わってみると少々無難すぎたような気もしますけれどぉ……」
と、恋音が応じた。
「だれも死んだりケガしたりしなかったから、それで良いのじゃ。はっはっは」
元気に笑うイオだが、彼女だけは負傷している。
背中からドラゴンブレスを喰らったのだし、無理もない。
そのとき、イオの背後に忍び寄る影が。
「イオ! そのケガ、私が治してあげる! やけどがひどいから、まずは服を脱いで……!」
こんなことを言い出すのは、桜花に決まってる。
回復スキルなんか、ひとつも持ってないのに!
「では治してもらうのじゃ」
イオの手から、容赦なく吸魂符が飛んだ。
「あァあ……っ! 吸い取られるゥゥ……っ!」
なぜか笑顔で、鼻血を流しながら倒れる桜花。
うん、やっぱり桜花さんはこうでないとな!
「……ん。ところで。カレーは。ないの? あるよね? 焼肉屋だもんね? 焼肉屋に。カレーが。ないわけが。ないよね?」
いつものように無茶振りする憐。
「すみません。カレーはちょっと……」
スタッフが頭を下げた。
「……ん。それなら。次は。カレー屋の。CMを。作るべき」
用意したカレーぜんぶ憐が食っちまうから、撮影にならないと思う。
ともあれ。犠牲者を出すことなく天魔を倒した撃退士たちは、心置きなく焼肉パーティーをたのしんだ。
それは肉がなくなるまで続き、解散したのは日が暮れてからだったという。
──後日、編集された映像が参加者たちのもとに送られてきた。
それを見た者たちの感想は、『味王……』の一言に集約されたという。