プールサイドに、仮設調理場が作られていた。
銀色に輝くキッチンと、さまざまな調理器具。それに、色とりどりの食材たち。
プールをはさんだ反対側には、満員御礼の観客席。今日もまた、ヒマな学生たちでいっぱいだ。
「……うん、やっぱり俺はここにいるべきだよな」
参加者としてエントリーしたはずの水無瀬快晴(
jb0745)は、観客席に座っていた。
知人が何人か参加しているのを見て勢いでエントリーしてしまったが、自分の料理の破壊力を思い出して冷静に観戦することにしたのだ。
「……ま、観戦も良いよねぇ?」
飼い猫のティアラに話しかける快晴。
参加者全員が彼ぐらいの分別を持ちあわせていれば、このあとの騒動は避けられたであろうに……。
「では、調理開始ぢゃ!」
審査員席に座ったBeatrice(
jb3348)が、勝負の始まりを告げた。
隣には明日羽が座っているが、亜矢の姿はない。一体どこへ!?
しかし、そんなことなど誰も気にせず、調理が始まる。
予定どおりになど進まないのが、久遠ヶ原のイベントだ。
「優勝賞品には興味ないけど、ひまつぶしにはなりそうね」
白いワンピース水着にエプロン姿で登場したのは、鬼灯アリス(
jb1540)
彼女は『夏の暑さを吹き飛ばす料理』ということで、元気が出そうな食材を大量に用意してきた。
・酢
・しそ
・ネギ
・おろしにんにく
・生卵
・レモン
・キウイ
・パイナップル
・栄養ドリンク各種
・うな○パイ
以上、『夏バテ防止』でググって出てきた食材ばかり。
これらを適当に鍋で煮込めば、特製スープ完成!
その名も、『アリスの秘薬』!
「元気が出そうな物……まあこんなところよね。さぁどうぞ?」
「「…………」」
出てきた異物を前に、審査員二名は顔を見合わせた。
「一品目から厳しいのう……」
「かわいい子が作ったんだから、私は食べるよ?」
と言って一口食べたとたん、スプーンを落とす明日羽。
「お味はどう? ぜんぶ飲みほすのよ?」
にっこり微笑むアリス。
明日羽は微笑み返すと、一気に皿を飲みほした。
「うん、おいしかったよ? 10点あげるね?」
彼女の少女愛は、この程度で折れるものではなかった。
ちなみにBeatriceは、一口も手をつけなかったという。
「あたしは、味と見た目でひんやりできる、夏らしい『ブルーハワイゼリー』作るよー!」
ソフィスティケ(
jb8219)は、妙に張り切っていた。
彼女が用意した食材は、ゼリー状の蠢く物体。
だれがどう見ても、スライム型の天魔だ。今日のイベントのために捕獲してきたのである。
「これをガラスの器に盛りつけたら完成! さぁどうぞ!」
調理も何もしてないというか、スライムを器に乗せただけである。
「これは駄目ぢゃろ……」
もこもこと増殖する青いゼリーを見て、Beatriceが呟いた。
「僕ヲ…食ベテ…自我ガ…無クナル…前ニ…」
片言で訴えかけるゼリー天魔。
「どうか、食べてあげてください!」
ソフィスティケも真剣に訴える。
だが、そんな訴えもむなしく、ブルーハワイゼリーは自我を失って暴れだした。
無論、あっというまに撃退されてしまったのは言うまでもない。
さすがの明日羽も、これには点数をつけられなかった。
「レッツ・クレイジーキッチン (ΦωΦ)フフフ……」
夏木夕乃(
ja9092)も、なにか物騒なことを呟いていた。
普段なかなか作れない料理を、おもいっきり作りたいという乙女心(?)だ。
用意した食材は……なんだかよくわからない。
というのも、ぜんぶモザイクがかけられているのだ。
「さぁて、クッキングスタート!」
意外と手際よく、調理が始まった。
小気味良い包丁の音。
ただよう海鮮料理の匂い。
ふつうにおいしそうだが、手元には常にモザイクが入っている。
じきに完成したのは、『蟹グラタンのようなもの』
「さあ遠慮せずに召し上がれ」
モザイク料理を、夕乃が運んできた。
「なぜモザイクがかかっておるのぢゃ……」
と、Beatrice。
「大丈夫です、ぜんぶ『食べられる』モノを使用しておりますゆえー。見た目はちゃんとグラタンです。味もいいし、毒性もありません。これを食べれば、どんな食材を使っているかわからないというハラハラ感で、暑さなんて気にならなくなりまーす。たまーに不思議な酸味や食感が混じっているのがミソでーす」
「そんなハラハラ感は味わいたくないのう……」
などと言いながらも、やむなく食べる審査員ふたり。
見た目によらず味はマトモで、合計20点を獲得した。
「優勝に興味はありませんが、(ドS的かつカオス的に)おもしろそうなので参加しましょう」
草摩京(
jb9670)は、男装して調理場に立った。
ダークスーツの上下に、薄紫色のシャツ、黒紫色のネクタイという格好で、スーツの前を開き黒いベストを着込んでいる。口元には煙管、目には黒の眼帯。長い黒髪を後ろで縛った姿は、まるでマフィアだ。
作るのは、白湯麺風冷やしラーメン。
武器は、ジョロキアを日本酒に浸してカプサイシンだけを抽出したエッセンスだ。
これを手打ち麺に練り込み、すべての具材を浸し、スープにも大量に混ぜる。
完成したのは、乳白色の冷製ラーメン。
外見からはまったく辛さが窺い知れない一品だ。
「さぁどうぞ」
狐耳の幻影をちらつかせながら、京は審査員席にどんぶりを置いた。
「これはうまそうなのぢゃ」
一口すすったとたん、「ごふっ」とか呻き声をあげるBeatrice。
見た目によらず、人が殺せるレベルの辛さである。
「か、からいのぢゃ! しかし、からさの中に旨味があるのぢゃ! 9点なのぢゃ!」
「私は13点ね?」
平静を装う明日羽だが、顔は汗まみれだった。
「夏の暑さを吹き飛ばす料理……簡単に考えると、冷製パスタとか氷菓子ってトコかしらね? でも、それじゃ面白くないわ。あたしは怪談を……いわゆるホラーをメインに据えるッ!」
調理シーンを華麗にスッ飛ばして、月丘結希(
jb1914)は料理を提出した。
ドンッ、と審査員席に置かれたのは、生首を模した模型。
しかも特殊メイクをほどこされており、異様なリアリティがある。こめかみのラインでパカッと切断された頭蓋骨の中には、脳味噌型の牛乳プリン。ごていねいに苺ソースがかけられて、グロテスクきわまりない。
「バケツプリンという子供時代の夢を、夏にふさわしい形で実現してみたわ。さぁ遠慮なくどうぞ。……あ、もちろん残さず食べるのよ?」
「ろくでもない物ばかり出てくるのう……。危険物処理係の亜矢は、どこへ行ったのぢゃ……」
げんなりした顔で、脳味噌プリンをちまちま食べるBeatrice。
見た目はアレだが、味は普通の牛乳プリンである。
「まぁ6点ぐらいぢゃな」
「私は15点あげるね?」
明日羽の評価基準は謎だ。
(前回と同じように、皆さん腕によりをかけて……かけ……て……?)
真剣においしい料理を作ろうと思って参加したユウ(
jb5639)は、キワモノばかりの状況を見て困惑していた。
しかし、そこで我を忘れるような彼女ではない。まわりがどうだろうと、やることはひとつ。テーマどおりに夏バテ防止の料理を作り、すこしでも満足してもらうのだ。
作るのは、冷しゃぶサラダうどん。
しゃぶしゃぶは豚肉を使い、サラダはサニーレタスとキュウリにプチトマト。トッピングには、ゆで卵と柚子を添えて。鰹だしをめんつゆで薄めたスープをかければ、できあがり。
「ほほう。これは良いのぢゃ。テーマにも合っておる。10点なのぢゃ!」
「ありがとうございます。スタミナがつく料理もいいかと思いましたが、今回はあっさりと食べやすい料理を選んでみました」
「全体的に量がおさえてあるのも、良い配慮ぢゃ。野菜もたっぷりでヘルシーぢゃのう。ほれ、明日羽は何点つけるのぢゃ?」
「14点かな?」
この時点で、ユウがトップに立った。
「私は箸休め的な意味合いで、ものすごく普通の料理を作ることにしましたよ」
そう言って袋井雅人(
jb1469)が運んできたのは、そうめんだった。
サクランボと氷が乗っただけの、いたってシンプルなそうめんである。
「これは、依頼で山形に行ったときに買ったサクランボとそうめんです。めんつゆは、鰹節と昆布でダシをとった醤油ベースのさっぱり味。さぁどうぞ、私の心の故郷山形の味を堪能してください!」
すすめられるまま、審査員ふたりは箸を取った。
「本当にただのそうめんぢゃのう。悪くはないのぢゃが、インパクトが足りんのう……。7点ぢゃ」
「ベアトリスちゃんは厳しいねぇ? 私は5点かな?」
明日羽の評価も相当だが、男で5点とれれば合格ラインだ。
「大好きなチョコを食べてもらうの……。チョコにいたずらしたらゆるさないの、ですよ?」
ぽそっと呟きながら、華桜りりか(
jb6883)はチョコレートパフェを作っていた。
いつも自信なさげな表情の彼女だが、今日は大好物のチョコを前にして満面の笑顔だ。
服装は、フリルたっぷりのひらひらお洋服に、かわいいエプロン。
「りりか、がんばってー!」
観客席から、快晴の声が飛んできた。
「カ、カイさん……はずかしいの、です……」
顔を赤くして、ちまちまと作業をつづけるりりか。
加工が終わったら、盛りつけとデコレーションだ。
まずは、ガラスの器にドーム型のチョコを置く。
この上に生クリームで桜を描き、バニラアイス、いちご、バナナ、チョコブラウニーを添えて、桜の花弁を模したチョコアイスを飾りつけ。仕上げに紅茶風味のゼリーをちらせば、見た目にも涼しげなパフェが完成。
「どうぞ、です。あたしの大好きなチョコへの愛をこめてみたの、です」
そんなりりかを見て、明日羽は食べる前から「20点」などと言い出した。
「こら、食べてから評価するのぢゃ」
と、Beatrice。
「パフェよりも、りりかちゃんを食べたいなぁ……?」
「これ、公序良俗を守るのぢゃ。……ふむ、このパフェは完成度が高いのぢゃ。9点ぢゃな」
「私は20点あげるね?」
トップ逆転!
なお、いまさらだが審査員の持ち点は1人10点である。
(ふむう……夏の暑さを吹き飛ばす料理ですか。これってつまり、夏バテ対策の料理と考えればいいんでしょうか)
そう考えて、相羽菜莉(
ja9474)は冷製パスタを作ることにした。
冷製パスタにも色々あるが、今回作るのはグレープフルーツソースを要とした超さっぱりパスタ。
まずはグレープフルーツをカットして果肉を取り出し、果汁を搾る。そこへ麺つゆ、塩、酢、ニンニクを入れて冷蔵庫へ。冷やしている間にパスタをゆで、氷水でしめたら皿に盛ってキュウリやトマトを添える。ソースをかけて黒胡椒をちらせば出来上がり。
「がんばって作りましたぁ。食べてみてください」
高校生には見えない小柄な体型で、上目づかいに審査員を見つめる菜莉。
見かけによらず、あざとい作戦だ。
「うんうん。20点ね?」
あっさり引っかかる明日羽。
してやったりと、菜莉は内心ほくそえむ。
「あのぉ……もうすこしオマケしてくれませんかぁ……?」
菜莉は瞳をうるうるさせて訴えた。
「何点ほしいの?」
「30点ぐらいほしいですぅ」
「じゃあ30点あげるね?」
「わあい!」
無邪気に喜ぶフリをしながら、『計画どおり!』と勝ち誇る菜莉。
もう点数とか意味ない気もするが、Beatriceが8点つけてトップ入れ替わりである。
そんな具合に平和な料理会が行われる中。
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は、手ぶらで登場した。
「今日は、スペシャルな料理を用意したったで〜♪」
調理場の奥から運ばれてきたのは、台車に突き立つ十字架。なんと、亜矢が磔にされている。
「〜〜〜〜〜ッ!!」」
目隠しと猿ぐつわで、言葉も発せない亜矢。
「あら、そんなところにいたの?」
明日羽がニッコリ笑った。
「お待たせしました☆亜矢の炙りです」
妙に紳士的な口調で告げると、ゼロは亜矢の足下に火を放った。
どう見ても、ただの火刑である。さすがS貴族、やることが違う。これ、料理コンテストなんだけど……。
しかも、ゼロが用意したのはこれだけではない。1人1品と言ったにもかかわらず、彼は2皿目を用意していたのだ!
しかも出てきたのは、豪華女体盛り。明日羽先輩を喜ばせるためならばと、百合華が文字どおり体を張っての熱演だ。
「どや? 明日羽はうまいモンなんか食べ慣れてるやろし、こういうのが好みやろ?」
クールに微笑みかけるゼロ。
「うんうん。こういう直球は嫌いじゃないよ?」
「これは、やりすぎぢゃろ……」
と、Beatrice。
「ええと……これは……」
観客席の快晴もゼロを応援するつもりでいたが、あまりのことに適切な声援が思いつかないありさまだ。
……うん、色々やばいので、とりあえずゼロが40点とったことだけ記して次に行こう。
「ああ、ひどい目にあった……」
全身黒こげになりながら、亜矢は審査員席についた。
「ひどい火傷だね? 私が舐めてあげようか?」
と、明日羽。
「いらないわよ! それより、次の料理を持ってきて!」
「女体盛りなら、そこにあるよ?」
「そういうのはいらないから! マトモな料理が食べたいのよ!」
えらい剣幕で亜矢が怒鳴り、コンテストは再開された。
「優勝賞品には興味ありませんが、イベントは面白そうなので……」
樒和紗(
jb6970)は、穿いてない疑惑があるチャイナドレスで参上。
「え? 穿いてますよ?」
と言い張るが、腰まで入った深いスリットを見るに、おそらく穿いてない。
ちなみに胸はEカップ。これまたブラつけてないんじゃ疑惑が持ち上がりそうな状態だが、大丈夫。多分つけてない(おい
以上、料理と全く関係ない情報でした。
ともあれ、調理開始。
「暑さを吹き飛ばすと言えば激辛料理が定番かと思いますので、激辛麻婆……アイスキャンディーを作りましょう。火傷にも効果的です」
完成したのは、四川風激辛麻婆豆腐。
次に取り出したのは、透明なデュワー瓶に入った液体酸素だ。
「薄水色が涼しげでしょう? ここへ、型に入れた麻婆豆腐を投入して……」
どかああああん!
液体酸素が爆発して、白煙が立ちこめた。
和紗は吹っ飛んだ麻婆アイスを華麗にキャッチして、サドンデスソースをトッピングする。
「物理的にも吹き飛ばしてみました。どうぞ矢吹」
だが、亜矢は爆発に巻きこまれて全身から煙を噴きながら倒れていた。
「これはいけません。アイスを食べて体力を回復してください」
和紗は亜矢を仰向けにすると、口の中へ麻婆アイスをつっこんだ。
「qあwせdrftgyふじこおおお!」
からさと冷たさと硬さの三重ダメージを受けて、亜矢は再び失神したのであった。
「まてまて。爆破といったら俺の出番だろ。さぁ、俺様のスーパー爆弾料理を食らうがいい」
堂々と出てきたのは、数多くの爆破実績を持つペンギンロボ、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
前回は残飯マン(殺人料理処理担当者の意訳)亜矢にしか食べさせられなかったので、なんとか審査員全員に食わせて爆破しようと画策中である。
今回の料理はこちら。
まず、スイカに穴をあけて漏斗をブッ刺し、酒もとい撃退酒を注入。ほどよく果肉と混じったら機械ボディの冷却用に使う液体窒素を加えて、しゃりしゃりのスイカ酒シャーベットのようなものを作り上げる。
液体酸素だの液体窒素だの、物騒なものばかり持ってくるな、この人たち……。
「さあ、吹き飛べ」
ぽいっと審査員席に投げ込まれる、スイカ爆弾。
ちゅどおおおん!
「「アバーッ!」」
亜矢とBeatriceが吹っ飛んだ。
明日羽は百合華を盾にして、余裕で回避。
「ちっ、変態は仕留めそこねたか」
「これ、料理コンテストだからね? ボ■バーマン大会じゃないよ?」
予想どおりとはいえ、まともな料理を作る人が少ない!
「いいかげんにしろ! 料理への冒涜は罪だ!」
巨大なリザードマンが戦斧をふりかざして乱入し、ラファルと和紗とゼロをスマッシュした。
その正体は、はぐれ悪魔のドーベルマン(
jc0047)
なぜか亜矢までスマッシュされてるが、まぁモノはついでだ。
「この俺が、夏バテ撃退料理を作ってやろう。いいか、多く汗をかくなどして夏はビタミンB1が不足しがちになる。炭水化物からブドウ糖へ、ブドウ糖からエネルギーを得る過程で、ビタミンB1は不可欠だ。これが夏バテの原因の一つ!」
えらくマトモなことを言って、豚肉を取り出すドーベルマン。
リザードマンなのにドーベルマンとは、これいかに。
「豚肉には、ビタミンB1の他にもカリウム、鉄分など、夏バテに効果的とされる成分が多く含まれている。今回は、この豚肉を使って酢豚を作ろう。用意するものは、醤油、酒、生姜汁、ピーm以下略! いいか、よく見ていろ。まずは細かく切り込みを入れた豚肉に、醤油、生姜汁、酒を混ぜて下味をつける。ピーマンはヘタと種を取って4等分ほど以下略!」
見かけによらぬ手際で酢豚を仕上げるドーベルマン。
「おいしいけど、ふつうかな? 6点ね?」
と、明日羽。
ほかの審査員は倒れたままなので、実食不可能だった。
「おやおや、こいつはひどいありさまだ」
死屍累々の爆心地を眺めて、ヴィンセント・ブラッドストーン(
jb3180)は呟いた。
「さぁ起きな、お嬢さんがた。この俺が、要望どおり夏にふさわしいドリンクを作ってやろう」
「これは……まぎれもないイケメンボイス!」
がばっと起き上がる亜矢。
そしてヴィンセントを見た彼女は、一瞬で体力全快に!
「ちょっとオッサンだけど、なかなかイケてる! 90点!」
「採点は、ドリンクをためしてからにしてくれ。……そうだな、この季節の定番どころだとフローズン・ブルー・マルガリータあたりか? 夏の暑さをふっとばす、見た目からして涼しげなカクテルだ。……が、俺が勧めるのはフローズン・ストロベリーだな。イチゴを使った、かわいらしいカクテルだ。きみたちのような女の子にぴったりだと思うがね」
「残念、あたしたち高校生なの」
「おっと、きみたちは未成年か。……なら仕方ない。ノンアルコールカクテルを作ろう。別に俺は飲んでもいいと思うんだがね、こういうのは上がうるさい。酒を飲むのは二十歳を越えてからだ。そのときには、とびっきりのを奢らせてもらうとして……いまはコイツで我慢してくれ」
ヴィンセントが調酒したのは、サマーデライトだった。
「おいしい! 95点!」
「自由すぎるぢゃろ、この二人……」
あきれたように言うBeatrice。
というわけでヴィンセントが合計107点を獲得して、暫定一位に。
しかし、亜矢が幸せなのはこの一瞬だけだった。
次に登場したのは、城前陸(
jb8739)
出てきたのは、山梨名物ほうとう。ぐつぐつ煮込まれた鍋は、みるからに熱そうだ。
「夏の暑さを吹き飛ばせばいいんですよね? 暑さには熱さで勝負です。人間の脳って、苦痛を同時に感じられません。なので暑さに勝る熱さがあれば、夏の暑さは感じられないのです。……あと、夏といえばカボチャが旬です。おいしいですよ? ……非常に熱いですけど」
にこにこ笑顔で、陸は断言した。
その笑顔の裏に何か意図するものを読み取った明日羽は、机に置かれた鍋を勢いよくひっくりかえした。
陸は反射的に、シールドで防御。
はねた飛沫が、亜矢の顔面に命中する。
「熱ぅぅぅ! 目が! 目がああー!」
あわててイスを蹴飛ばした亜矢は、足をすべらせてプールに転落。
忍軍なのに水上歩行するのも忘れて溺れる亜矢。
それを気にもせず、審査員ふたりは採点するのだった。
「これは美味なのぢゃ。まさにおふくろの味……いや、おばあちゃんの味なのぢゃ。9点なのぢゃ」
「私は試食できないけど、陸ちゃんカワイイから13点あげるね?」
ガリガリガリと、氷を削る音が響いた。
月乃宮恋音(
jb1221)が、かき氷を作っているのだ。
ちなみに衣装は、牛角&牛耳&牛柄のビキニ。
「あのぉ……熱いものの次は、つめたいものが良いですよぉ……?」
恋音が出したのは、牛乳と練乳をまぜたミルクかき氷。それに、自家製のフルーツシロップをかけたフラッペだった。
「ふむ……普通のかき氷ぢゃのう」
と、Beatrice。
「恋音ちゃんにしては芸がないね?」
明日羽の評価も、いまいちだ。
が、恋音には策があった。
それは、ミルクかき氷をスムージーにしてミルクサーバに入れて背負い、パイプで水着の胸部分に通して乳搾りの要領で搾り出すというもの!
「そのぉ……佐渡乃先輩がご希望なら、ここから直接飲んでいただくことも可能なのですよぉ……?」
もじもじと顔を赤らめる恋音。
「ここからって? どこから?」
「それは、あの……ごらんのとおりですぅ……」
「見てもわからないから訊いてるんだよ?」
「そ、そんなぁ……」
「ん? それで? どこからミルクが出てくるって? ちゃんと言わないと採点しないよ?」
「うぅぅ……」
変態ふたりの会話は、このあと数分間つづいたという。
ちなみに明日羽の採点は、『1点』だった。完全にいじめである。
夜雀奏歌(
ja1635)、カナリア=ココア(
jb7592)、緋流美咲(
jb8394)の仲良し潜水艦娘3人は、協力して料理を作っていた。だれからも見えないよう仕切り板を立てているところからして、まともなものを作っているとは考えられない。
やがて一番手に出てきたのは、野菜ジュースを作った奏歌。
ちなみにメイド服である。
「どうぞ! 奏歌の創作ドリンクです!」
審査員の前に置かれたジュースは一見ふつうだが、じつは体型を無作為に操るダイエットサプリが混入されている。
そうとは知らず、一気飲みしてしまう亜矢。
結果は、もともと貧相な胸が、ますます貧しく!
「これ、あのサプリじゃないのよ! ったく、ろくなことしないわね!」
「こういう地雷を踏んで潰すのが、亜矢の仕事ぢゃ」
もっともらしい顔でBeatriceが言い、明日羽はうなずいた。
次に出てきたのは、冷やし中華を手にしたカナリア。
彼女もメイド姿だ。
「夏だから……おいしいと思う……」
これもまた、一見なんの変哲もない冷やし中華だ。
ハート型に切られたニンジンが散らしてあるところなどは、好印象である。
「どうせ激辛とかでしょ! 受けて立とうじゃない!」
亜矢は勢いよく麺をすすった。
が、味は普通だ。とくに仕掛けはない……ように見える。
「なによ、拍子抜けね! 全然フツーじゃない!」
本当はタレに撃退酒が混じっているのだが、ふだんから酔っ払い同然の亜矢には効果ないのだった。
無論、明日羽にはお見通しである。
「これは撃退酒が入ってるよね? でも酔わせたいなら、もっとたくさん入れないと……ね?」
結局、冷やし中華の点数は28点だった。
三番手は、真っ赤なゼリーをガラスの器に盛った美咲が登場。
三人そろってメイド服だ。
赤色の正体は、スッポンの生き血とイチジクの果汁が入った、スイカゼリー。強精、催淫の効果を持つ一品だ。それにしても、蝶結びにされたサクランボの茎が乗ってるのは、どういうわけか。
「これ、器用だね? どうやって結んだの?」
問いかける明日羽。
「それは……ご想像にまかせます……」
「ためしに、やりかたを見せてくれる?」
と言って、明日羽は自分の唇を指差した。
「明日羽様に見せるほどのものでは……!」
「え? 見せられないの?」
「あの、できれば明日羽様のほうから……」
「そういうのは、たのまれてやっても面白くないでしょ?」
「いえ、私はたのしいです! とても!」
「私はたのしくないよ? ……あ、ゼリーは0点ね? これって最低得点? なにか罰が必要だよね? どう思う?」
「必要だと思います! ……あ、いえ、必要ないと思います! けっして罰なんて受けたくありません!」
「じゃあ罰はナシね?」
「な……! どう答えても駄目なんじゃないですかぁぁ……!」
頭をかかえる美咲は、やたらと興奮している様子だった。
「……失敗しました」
手元の鍋を見て、雫(
ja1894)は声を落とした。
暑いときは熱いものをと辛味鍋を作ったのだが、みごと失敗してしまったのだ。見た目は完全に廃棄物状態。香りは死んでおり、無味無臭で食感もない。もはや手の施しようがない、末期癌みたいなありさまだ。
「……制限時間も近いし、食べれなくもないから、これを提出するしかないですね」
というわけで、雫は失敗鍋を提供することに。
一応経緯を説明して、「試食したとき特に変化がなかったので、食べれると思います」と、忠告だか何だかわからないことを言い添える。
「もう、なんだって食ってやるわよ!」
亜矢が無駄な根性を見せて、鍋のふたを開けた。
するとそこには、毒の沼地めいてボコボコと沸き立つ極彩色のスープが。
いまにも異世界のクリーチャーが這い出してきそうな光景だ。
「ええい! 女は度胸!」
覚悟を決めて地雷原に踏みこむ亜矢。
だが見かけによらず本当に無味無臭なので、うまくもまずくもない。
「なによコレ。ぜんぜん余裕じゃない。……ひっく」
と、しゃっくりをする亜矢。
どうやら、この異世界料理の副作用らしい。
「ちょ……ひっく、止まらないんだけど? ひっく」
「では、私はこれで……」
なにも見なかったことにして立ち去る雫。
後日、『しゃっくりを止めろ!』という依頼が出されたとかどうとか。
そんな騒ぎの中、水無月沙羅(
ja0670)はシビアな顔つきで包丁をにぎっていた。
メインに用意したのは、スッポンとハモ。どちらも、さばくのには技術が要求される。
が、沙羅にとってはお手のものだ。スッポンは丁寧に解体し、ハモは均等な幅で骨切りしていく。さばいたスッポンと、ハモの骨、さらにアラを加えて出汁を取り、いつぞやの干しナマコも投入して、薬膳スープに仕立てる。
それだけでなく、掟破りの2品目も製作。
ジャガイモとポロ葱で作るのは、シンプルなヴィシソワーズだ。豆乳と生クリームで濃厚かつまろやかに仕上げられた冷製ポタージュは、まさに夏向きの一品。
熱い薬膳スープは、土鍋に。
冷たいスープは、冬瓜で作った器に盛りつける。
この冬瓜は、姉の水無月葵(
ja0968)が作ったものだ。皮には紫陽花の模様が彫られており、一服の清涼感を与える。
「どうぞ。丸鍋仕立ての薬膳スープと、ヴィシソワーズです」
審査員席に、鍋と冬瓜が3つずつ置かれた。
「さすが沙羅ちゃん。料理人になったら?」
と、明日羽が言った。
「いえ、私など姉に比べればまだまだです」
「ふぅん……。点数は前回より上の22点ね? 優勝したければ100点あげるけど?」
「いえ結構です。では、姉と代わりますので」
きっぱり断ると、沙羅は去っていった。
入れ替わりに出てきたのは、葵。
机に置かれたのは、天然の氷で作られた超本格かき氷だ。
そのふわふわ食感は、まるで綿菓子さながら。
シロップは市販品ではなく、手作りのフルーツソース。そして氷を取り囲むように、スイカ、メロン、マンゴーなどの果物が並べられている。
「ふむ。薬膳スープで体を温め、冷製スープで落ち着かせたところへかき氷を持ってきて、暑さを吹き飛ばそうという狙いぢゃな。これは、ひとりでは出来ない作戦ぢゃのう。あっぱれぢゃ。文句なしに10点なのぢゃ」
Beatriceが手放しで賞賛した。
亜矢と明日羽も高評価だ。
ちなみに明日羽のかき氷には睡眠薬がわりのブランデーが混ぜられていたのだが、あいにくそれぐらいでは明日羽はおろか誰も眠らない。忘れがちだが、撃退士は本人が望まない限り酒で酔っぱらうことはないのだ。
それはともかく、現在のトップはヴィンセントなんだが……いいのか?
さて、最後に登場したのは、緋桜咲希(
jb8685)
気弱で臆病な、小動物系少女だ。
「えっと、えと……夏にふさわしいお料理を作ればいいんですよねぇ? うーん、カキ氷とか定番かなぁ……でも、それだと普通すぎるし、氷を削るだけのカキ氷を料理っていうのはなんか違うよね?」
たしかに一理あるが、現在のトップはジュースを作った人だったり……。
「……あ、せっかくのプールだし、流し素麺にしよう。竹の樋を作って、そうめん流せばいいだけだよね? これをプールに浸かりながら食べれば、体の外と中から冷えるよ。うん、名案!」
というわけで、プールを使っての流しそうめんが行われることになった。
咲希は水着の心配などしていたが、そんなものいくらでもある。なければ制服で泳いだっていいんだ。本人以外、だれも困りはしない! むしろ歓迎!
「あのぉ……これで終わりですし、みんなで一緒に食べませんか?」
咲希が言うと、明日羽は「いいよ?」と同意した。
「待ってました! 明日羽様、私を食べてください!」
美咲がビキニ姿でプールに飛びこんだ。
「わあい。あそぼあそぼ♪」
つづいて、メロンパン柄の水着で飛びこむ奏歌。
「水着って……ぽろりも大切よねぇ……」
などと言いながら、カナリアは奏歌の背後に忍び寄る。
「こんなこともあろうかと、たっぷり用意しておきましたよ!」
雅人が大量のそうめんを持ってきて、流しはじめた。
料理コンテストの参加者も、観客席の学生たちも、おなかをすかせていた者たちは一斉に流しそうめん大会に乱入する。そうして、乱痴気騒ぎが始まった。
「ちょっと待って! 優勝者にあたしのキスを!」
うやむやにされる気配を察して、亜矢が大声を上げた。
当初のルールと違うが、亜矢が勝手に言ってるだけだ。
「だれもおまえのキスなんか望んでねえ!」
「アバーッ!」
ラファルのミサイルがブッこまれて、亜矢はプールの藻屑と消えた。
「俺は別に構わなかったんだがな……」
クールに呟くヴィンセントのサングラスが、太陽の光をきらりと反射した。
いまは6月。
夏はこれからだ。
今年もまた、海やプールで色々あることだろう。──そう、色々と。