「今日はわざわざ集まっていただいて、ありがとうございます」
顔をそろえた『先輩』たち八人に、新一はペコリと頭を下げた。
「おや、礼儀正しい少年だ。我は雪風時雨(
jb1445)。おぼえておくがいい」
ビシッとしたスーツに身をかため、貴族的な口調で応じたのは時雨。
「はじめまして。僕はレグルス・グラウシード(
ja8064)。よろしくね」
気さくに答えたのはレグルス。こちらは本物の貴族だが、態度はあまりそれらしくない。
「僕は黒井明斗(
jb0525)。今日は僕たちのジョブについて説明してほしいそうですね。正直、他人のアドバイスを聞いてどうにかなるようなものでもないと思いますが。……まぁせっかくですから僕のできる範囲でアドバイスしましょう」
どことなく突き放したようなしゃべりかたをする明斗だが、表情は柔らかい。
そこへ、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が入ってきた。
「まぁまぁ。堅苦しいあいさつは抜きにしてさ。お菓子でも食べながら、たのしくやろうよ」
バッグから取り出されたのは、色とりどりのお菓子。
「なんですか、それ」と新一がたずねた。
「これはコンフェッティ。アーモンドのお菓子だよ。あと、こっちはビスコッティ。どっちもイタリアのお菓子。おいしいから食べてみて」
「じゃあ遠慮なく」
新一はオレンジ色のコンフェッティをつまむと、おそるおそる口に入れた。すっきりした甘みとアーモンドの香りが広がる。
「あ、おいしいですね、これ」
ソフィアは満足げにうなずき、「さぁはじめよう」と一同を見回した。
「では私から行こう」
クールな口調で語りだしたのは、天風静流(
ja0373)だ。
「まず最初に問うが……新一君にとって『強い』とは何かな? 一口に『強い』と言っても、いろいろな強さがあるだろう?」
「それは……一言で言えば、戦って勝つことです」
「なるほど、シンプルな答えだ。しかし、私たち撃退士はどれだけ強くなろうと強力な天魔に一人で勝つことはできない。だからこそチームを組んで戦いに赴くし、いくつものジョブがあるわけだ。知っているだろうが、天魔との戦いかたはジョブによってかなり違う。前に立つか、後ろで皆を助けるか、搦め手で攻めるか……という具合にね」
「わかります」
「さぁ、そこでだ。新一君はどうやって勝ちたい?」
その問いに新一は考えこみ、しばらくして「わかりません」と答えた。
「わからないか。それもそうだな。わかっていれば私たちが集まる必要もなかったわけだ」
「すみません」
「いや、いいんだ。……では私は阿修羅なので、このジョブについて少し説明しよう。簡単に言えば、私たち阿修羅は高い物理攻撃力をもって敵を打ち倒すアタッカーだな。スキルも近接戦に特化していて戦闘用のものが多い。そのぶん防御面が弱いから、ディバインナイトやルインズブレイドと比べて持久力に欠けるのが欠点だ」
「イメージどおりです。走っていって殴り倒す、みたいな感じですよね?」
「そうだな。ナックルを使う者もいるし、刃物や鈍器を使う者もいる。私が愛用しているのは、こういう武器だ」
静流の指輪から、二メートル以上もある薙刀が抜き出された。
新一は一瞬ビクッとして、それからまじまじと刀身を見つめる。
静流は微かに笑みを浮かべると、指輪に薙刀を納めた。
「私からはこれぐらいにしておこう」
「じゃ、次は私ね」
さりげなく『悪魔の囁き』を使いながら、ナナシ(
jb3008)はニッコリ笑った。
「鬼道忍軍の最大の長所は万能性よ。特化部分が回避と移動力で無駄がないし、極端に低い能力もないから、戦闘スタイルは物理、魔法、回避、防御、どれでも大丈夫。後衛でも前衛でも行けるわ。主流は物理攻撃回避型だけど、私みたいに魔法攻撃防御型だっていけるの。これって凄いよね?」
「は、はあ……」
一気にまくしたてられて、しどろもどろになる新一。
ナナシは気にせず続ける。
「それに忍軍は壁や水の上を走れるから、建物に忍び込んだりもできるの。気配も消せるし、足音も消せる。必要なら姿だって変えられるわ。魔法が効かない敵には物理攻撃、物理が効かない敵には魔法攻撃と自由自在よ。ほかのジョブにはマネできない凄さ。ここまで言えば忍軍の良さがわかるわよね?」
そして仕上げとばかりに、ナナシは『鬼道忍軍活躍レポート』なるものを机に置いた。
新一が手に取ってめくってみると、いままで学園で記録された忍軍の報告書がまとめられている。
そのレポートも、ナナシの語ったことも、すべて忍軍の良い点ばかりをあつめたものだが、嘘は言ってない。都合の悪い点を隠しているだけだ。たとえば、素の攻撃力が低いとか、火力スキルが少ないとか、装備品に金がかかるとか、器用貧乏だとか、そういう点を。
「もともと僕は忍軍が第一候補なんですけど、なんだか都合の良いところばかり聞かされたような気がします」
ずばりと図星をつく新一。
ナナシは両手を振って「嘘はついてないよ!?」と言い、となりの席を指差した。
「はい、次の人!」
「私は灰里(
jb0825)。……ナイトウォーカーです」
暗い口調で告げると、彼女はゆっくり話しはじめた。
「そうですね……ナイトウォーカーがどんなジョブかといいますと……。端的に言えば、火力がすべて。ですね。物理魔法問わず高い攻撃力を持つ一方、防御は底辺クラス。かなりクセの強いジョブと言えます」
「クセが強い……」
新一がオウム返しに繰りかえした。
「はい。……ですが、私は魅力のあるジョブだと思います。物理と魔法どちらの攻撃力も高いので、装備を変えればどんな相手とも渡りあえますし……。天界の奴らにはカオスレートを利して大打撃を与えることもできます。もちろん魔界の連中に対してもジョブの特性である高い攻撃力を生かして戦えますし。低くなりがちな防御力も、ハイドアンドシークなどの補助スキルを駆使すれば対応できますね。工夫次第では、しぶとく戦っていけると思います」
「なるほど」
「……こう語っておいて最後に言うのも何ですが、私もどれが最強のジョブかという問いに、答えを持ちあわせていません。どのジョブにも長所と短所がある。だから、どんなジョブを選択しようが、肝心なのはどう工夫して戦うかだと思います。ナイトウォーカーは仲間を護る盾にはなれない。でも、仲間を害そうとする敵を砕く剣にはなれます。もしあなたがそういう風に戦いたいのであれば……私はこのジョブを勧めます」
一貫して静かに語りつづける灰里の言葉には、説得力があった。言っていることも正しい。裏表のない、真摯な説明だ。新一の心を打ったかもしれない。
「では、私はこのあたりで……」
「ようやく私の出番かしら」
そう言って、蒼波セツナ(
ja1159)は微かに口元をゆがめた。
「それにしても、こまった新入生ね。ジョブの選択で迷うなんて。ふふ……。最強のジョブはダアトに決まっているじゃないの」
その挑戦的な発言は、新一だけでなく全員の耳を集めた。
なにしろ、『ダアトが最強』と言い切ってしまったのだ。状況に応じて……などの前提もなしに。さすがは黒魔術探究部の部長をつとめているだけはあると言うべきか。
「ねぇ新一君。ダアトの一番の長所は何だかわかる?」
「はい。もちろん、魔法攻撃ですよね?」
「はずれ。一般的にダアトは魔法攻撃が強いと思われているけれど、一番伸びる能力は魔法防御なの。だから魔法に関しては意外と打たれ強いのよ。それに物理攻撃に関しても緊急障壁なんかで防ぐことができるから、それなりには耐えられるの」
「それは知りませんでした」
「勉強になったわね。そしてもちろん、魔法攻撃が強いことは言うまでもないわ。スキルで補強すれば最大級の魔法攻撃を出せるわよ。この、あらゆる状況に対応できる攻防のバランスこそ、ダアトの素晴らしい点だわ」
「思ったより強いんですね。もっと打たれ弱いイメージでした」
感心したように新一が言うと、ソフィアが説明を添えた。
「たしかにダアトは物理攻撃に対しては弱いけど、バッドステータスを与えるスキルが充実してるから相手の動きを止めて反撃、っていうのが得意なんだよね。もし接近されても、立ち回りに気を使ったり緊急障壁でわりと何とかなったりするし。あたし、バトルロイヤルで優勝したこともあるしね」
「へぇー。すごいですね」
純粋に目を輝かせる新一。『バトルロイヤルで優勝』というのは、強さを第一とする彼にとって魅力的な言葉だ。
ここぞとばかりに、セツナが追い討ちをかける。
「ロマン的な面でも、ダアトは派手で華があるわ。詠唱とか禁呪とか、知的な感じのかっこよさに満ち溢れて最高じゃないかしら。それに、遠距離スキルをバンバン打つのって最高に楽しいのよね。軍隊で言うところの砲撃にあたる遠距離スキルは、戦場の花形なのよ。アニメだって、一番盛り上がるところは主人公の必殺技よね。スキルによる攻撃も必殺技みたいでいいものよ」
後半は趣味丸出しだったが、言っていること自体は間違いではなかった。
そう、間違いではなかった。が、新一は何やら醒めた顔になっている。
「ダアトの説明、ありがとうございました。あとは三人でしたっけ?」
「ちょっと待って、新一君。ダアトは最強なのよ?」
「大丈夫です。それはよくわかりました。時間がないので次へ行きましょう。レグルスさん、おねがいします」
「ちょっとってば」
「僕はディバインナイトの強さについて教えるよ!」
レグルスの言葉に、新一は眼をぱちくりさせた。
「あの……。アストラルヴァンガードですよね、レグルスさんって」
「うん。でも黒井がいるからさ。僕は兄さんの代わりにディバインナイトのことを話したいんだ」
「それは構いませんけど……」
「じゃあ説明しよう。まず、ディバインナイトは防御力が一番高いジョブなんだ! だから誰よりも打たれ強いし、誰よりも頼れるよね。(*´ω`*)」
「は、はあ」
「それに、『庇護の翼』で仲間もかばえる。仲間を守る騎士(ナイト)って、かっこいいだろ? (*´∀`*)」
「え、ええ、まぁ」
「それだけじゃない! カオスレートを利用して、悪魔に強力な攻撃をすることもできるよ! 『ニュートラライズ』を使えば相手の攻撃も有利に受けられるしね! なぜか知らないけど人数が少ないからすごく目立つし、どこでも頼りにされちゃうよ! 新一君もそんなディバインナイトになってほしいな。(*´Д`)」
「あの……。だったらどうしてアストラルヴァンガードになったんですか?」
「わかりきってるじゃないか。兄さんが怪我したとき治してあげられるようにだよっ! (`・ω・)-3」
「あ、そうですか……」
「どうだい? ディバインナイトの強さがよくわかっただろ?」
「ええと……。お兄さんのことがよほど好きなんだなっていうのはわかりました」
「そのとおりだよ。僕は兄さんを尊敬し、愛してるんだ! 僕の兄さんは本当にすごいんだよ。たとえばね、」
「黒井さん、黒井さん! アストラルヴァンガードの説明をおねがいします!」
この日はじめて新一は大きな声を出した。
「僕の番ですか……」
明斗はちらりとレグルスを見て、複雑な表情を浮かべた。
「僕のぶんも説明よろしくね♪」と、レグルスはどこまでもお気楽だ。
「僕のジョブは、アストラルヴァンガードですが……。おすすめはしませんよ? 本当の勇気を持った方だけが一流になれるジョブですので」
突き放すような言いかたをして、明斗は言葉をつなげた。
「このジョブは、回復、支援がメインです。直接戦闘では他の方々に一枚も二枚も劣ります。……が、僕らのいないチームは決して最強のチームにはなれません。もしあなたが『個人』ではなく『集団』での強さを求めるなら、アストラルヴァンガードは必要不可欠と言えるでしょう」
しずかに、しかし溢れんばかりの自信をもって、明斗は強く断言した。
新一が真剣な表情になり、ごくっと唾を飲む。
「不可欠、ですか」
「そう。アストラルヴァンガードがいなかったために全滅したチームを僕はいくつも知っています。このジョブは需要が多いわりに人数が少ないんですよ。なぜなら、激戦の最中にあっても的確に支援できる胆力と冷静さ、それに勇気が必要だから……。目先の力に惑わされる方には決して務まらないジョブです」
「支援で強さを極める……。それもおもしろそうですね」
「ともあれ、自分にあったジョブを選んでください。じゃないと……」
一呼吸おいて、明斗は告げた。
「死ぬよ?」
「は、はい」
新一は冷たい汗をかきながらうなずいた。
「さて、最後に我の番だが……」
キュッ、とネクタイを整えながら、時雨は語りだした。
「そもそも最強とは何か? 接近戦なら阿修羅、魔法ならダアト、状況ごとに特化した連中が最強だ。我もそこで争う気はない。……だが仮に、あらゆる状況で一定以上の戦果を上げられる職があるとしたなら? それこそ真の最強職と言って良いのではなかろうか」
「それがバハムートテイマーだと言うんですか?」と、新一。
「そうだ。知ってのとおり、我々テイマーはセフィラビーストを召喚し、己の能力を上昇させて戦う。したがって、召喚するビーストによって能力も変わるのだ。さらに、テイマーは全ジョブ中最高の装備力を誇る。これによって、あらゆる状況に対応可能なのだよ」
「装備力のことは知りませんでした」
「ふ……。それだけではないぞ。テイマーになれば龍や神獣に乗れる! 自由に空を飛びまわって戦うことができるのだ! これは他職には真似できんぞ?」
「なんだかいいことずくめに聞こえますけど、欠点はないんですか?」
「欠点? それはどんな職にも存在する。問題は、その欠点をいかに埋めるかということ……。そしてテイマーには他の職には逆立ちしても真似できない技がある。……この場の全員に訊こう。『これ』がっ! 貴様らのジョブにあるか!?」
ヒリュウを召喚し、見せつけるようにモフモフしはじめる時雨。
「ぐ……っ」という声が、あちこちから漏れた。
たしかに、これは他のジョブにはマネできない。ある意味、反則技である。さらに、とどめとばかりに時雨は言い放った。
「見ろ、この羨望のまなざしを。ビーストを従えたテイマーはモテるぞ……。すごくモテるぞ! すくなくとも実家のメイドさんたちは色んな意味でたやすく堕ちた!」
「決めました! 僕もテイマーになります!」
即決であった。
モフモフが決め手だったのか、はたまたモテモテが決め手だったのかはわからない。だが、ともあれ今日もまた久遠ヶ原学園に新たなバハムートテイマーが生まれたのであった。