6月某日。久遠ヶ原島のサーキット場に、ヒマな学生たちが集まった。
主催者の九鬼麗司が、挨拶しようとマイクをにぎって壇上へ──と思ったところで、卍と亜矢に引きずり下ろされる。
無駄に長い前フリは飛ばして、さっさとレースをはじめよう!
● 第1レース
青:黒百合(
ja0422)
赤:雫(
ja1894)
黒:エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)
緑:袋井雅人(
jb1469)
緑:ナナシ(
jb3008)
大天使でも討伐するのかという豪華メンバーが、スタート地点に並んだ。
とりあえず、自分の足で走るレースじゃなくてよかったぜ。
「打倒、黒百合さん! ……いやまあ、黒百合さん以外も全員つぶしますが」
やたら張り切ってるのは、エイルズだ。
いつものタキシードに、マント&シルクハットという服装。空気抵抗最悪だが、カボチャをかぶってないだけマシである。
「がんばって完走しなさいねェ、私は応援してるからァ……♪」
他人事みたいなことを言う黒百合だが、殺る気は十分だ。
誤変換ではない。彼女は、優勝より敵の全滅を目標にしている。
いや、これバトロワじゃないんですけど……。
「見たところ、ゲームセンターでやったのと同じ構造ですね」
のんきなことを言う雫は、ガソリンを詰めた瓶を大量に持ちこんでいた。
おとなしそうな顔して、テロリストみたいな行為だ。
「私は勝ち負けにこだわらず、完走を目標に頑張りますねー!」
緑カートを選んだ雅人は、『妨害を食らいまくっても完走した者が勝ち作戦』で勝負に臨んでいた。
だが、待て雅人。たしかに緑カートは『まず壊れない』が、運転手自身が死んだら別だぞ? しかも相手は、黒百合とか雫とかだぞ? 本当に大丈夫なのか?
ともあれ。各者の思惑が交錯する中、レース開始。
と同時に、すさまじいことが起きた。
まず、黒百合が全速で車をバックさせ、発煙手榴弾を投擲。
ナナシも迷わずバックして、前方にファイアワークスを発動。
エイルズは最高の加速力でスタートし、黒百合に召喚獣をけしかけた。
負けじと雫もアクセルを踏み、後方へ火炎瓶を放り投げる。しかも拳銃で撃ち抜いて爆発させるという入念さだ。
ただひとり、雅人だけが普通に発車。
これらのことが、2秒の間に起きた。
結果、サーキットには火炎と爆煙が吹き荒れ、全車いっせいにクラッシュ!
あまりのことに、観客席からは悲鳴と爆笑が湧いた。
「予想以上に予想以上の開幕ですね……」
ひっくりかえったカートをコースに戻しながら、エイルズは呟いた。
リタイアせずに済んだのは、最初の加速で距離を離していたおかげだ。とはいえ、次のクラッシュには耐えられないだろう。
「とにかくリードを作らないといけませんね」
すばやく再スタートをきめるエイルズ。
そのあとに雫が続き、雅人が三番手について、レースが始まった。
一方、黒百合とナナシは最後尾を走りながら、熾烈なバトルを繰り広げていた。
レース的な意味のバトルではなく、ふつうに1対1の戦闘だ。
「ほらァ、早くクラッシュしちゃいなさいよォ……♪」
ハンドルをにぎりながら、自慢の大鎌でナナシの車体を切り裂く黒百合。
「運転手はともかく、車の耐久力ならこっちが上よ!」
ナナシは臆することなく巨大な戦槌を振るう。
襲いかかる無数の剣を、シールドで受ける黒百合。
最後尾から前方の車を狙い撃ちする予定だった二人だが、作戦がかちあってしまった以上は目の前の敵を排除するのが先だ。
「車体が丈夫……? だったら本人を攻撃するだけよォ……♪」
「く……っ!」
黒百合の影縛りが命中し、ナナシは操縦不能に陥ってタイヤの壁に激突した。
ゲーセンの『頭文字○』と『マリ○カート』ならやりこんでいたのだが、相手が悪すぎた。
「まぁいいわ。これで最後尾になった。狙いどおりよ。ゴールするのが自分一人なら、どれだけ遅くても勝ち。正直、ゴール直前までトップになる必要ないのよ」
実際、ナナシの言うとおりだった。
しかし攻撃が届かないほど差をつけられてしまったら、どうしようもないのでは……。
だが、ナナシには策があった。
立体交差点で、北側のコーナーを抜けてきた先頭集団を頭上から狙撃するのだ。
「うわ……っ!?」
タイヤを撃ち抜かれてバーストしたエイルズの車が、スピンして壁にぶつかった。
この一撃で、エイルズは脱落。
「決まったわね! 赤甲羅はないけど、緑甲羅なら撃ち放題みたいなものよ!」
ナナシは続けて雫も狙撃。みごと足止めに成功すると、アクセルを踏んで追走した。
2周目に入った時点で、トップは雅人。
『運転』技能が、さりげなく活躍! ……してるかも!
「ふふふ。安全運転で漁夫の利作戦ですよ」
しかし、世の中そんなに甘くない。
「逃がしません……」
追いついてきた雫の『髪』が雅人の車体に絡みつき、前輪をロックさせた。
「ぬあ……っ!?」
つんのめって路上を転がる、緑色のカート。
車体は大丈夫だが、雅人は路上に放り出されて頭を強打した。
「とどめです」
追い抜きざま、雫の手から火炎瓶と銃弾が放たれて、雅人は爆発炎上。
直後。おまけとばかりに黒百合が襲いかかり、容赦なく轢き逃げしていった。
「アバーッ!」
真っ黒な人型スタンプを路面に残して、雅人も終了。
ここで黒百合を撃破するべく、雫が封砲をぶっぱなした。
この反動で加速を……と考えていた雫だが、ほぼ同時に黒百合も封砲発射。
ふたり仲良くクラッシュしたところにナナシのファイアワークスがブチこまれて、雫も黒百合もリタイアとなった。
「うん、狙いどおり」
彼女以外全員リタイアしたため、自動的にナナシの勝利!
● 第2レース
赤:ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)
青:月乃宮恋音(
jb1221)
青:江沢怕遊(
jb6968)
黄:黒神未来(
jb9907)
黒:矢吹亜矢
「なんなのよ、恋音。その格好は」
「……おぉ……亜矢先輩、これはそのぉ……レースクイーンですねぇ……」
「なんでそんな服装なのよ! あの変態の差し金!?」
「どちらの変態かわかりませんが、これは私の意思で着てますよぉ……?」
「今日は真剣な勝負なんだからね! まじめにやってよ!?」
「はい、大丈夫ですぅ……」
もちろん、恋音は真剣に走る気だった。
それがまさか、あんなことになろうとは……。
「月乃宮クン、よろしうな。勝負とあったら負けるわけにはいかへんで」
未来は、なにか含みのある笑顔で話しかけた。
「おぉ……自信ありげですねぇ……。こちらこそ、よろしくおねがいしますよぉ……」
「なにがあっても、恨みっこなしやで?」
「そ、それは……少々こわいですねぇ……」
「なぁに。たいしたことあらへんて。あっはっは」
快活に笑う未来。
対照的に、恋音は表情を曇らせる。
「ボクは安全運転が好きなんだけど……まぁ適当に走ろうかな☆」
ジェラルドはいつものようにおちゃらけた様子だが、一応は勝利を狙っている。
「ボクも頑張るのです♪」
怕遊は張り切っているが、背中のリュックにはバナナやジュースが満載だ。
車に乗ったこともなければレースを見たこともない彼は、なにか色々勘違いしてるらしい。
そんなこんなで、第1レースのような緊張感などカケラもないまま、第2レース開始!
スタート直後、周囲を暗闇が包んだ。
未来のテラーエリアだ。
「お先に行かせてもらうでー」
加速力を活かした車選びで、一気にスタートダッシュをきめる未来。
ほかの4人は、とにかく闇を抜け出そうとアクセルを踏む。
そして暗闇を脱出した瞬間、悲劇が訪れた。
未来の投げた謎の錠剤が、すぽっと恋音の口に入り──
どぉぉぉぉんん!!
瞬時に巨大化したおっぱいが、周囲のすべてを押しつぶした。
無論、恋音自身も下敷きだ。
「よっしゃ、狙いどおり! このまま全員リタイアや!」
得意顔でガッツポーズをとる未来。
こ、これはひどい……。
まさか、開始3秒で決着……!?
だが、恋音とて無策ではない。この程度の攻撃は予想して…………るはずないだろ!
うおおおい! 未来ィィ、やりすぎぃぃ! レースさせてぇぇぇ!
そんなMSの抗議もむなしく、未来は誰にも邪魔されずゴール。
十数分後、薬が切れた恋音を含めて二位争いが始まった。
ちなみに黒を選んだ亜矢は、おっぱい事変で救護室送りだ。
「うぅ……ひどい目にあいましたぁ……」
涙目で車を走らせる恋音。
ひどい目にあったのは他の人たちだと思う。
「ここのカーブにバナナの皮を設置すれば、きっと滑って転んで大クラッシュなのです!」
と言いながら、怕遊はバナナをもぐもぐして皮をばらまく。
「あはは♪ バナナの皮ぐらいで、カートは転倒しないよ☆」
ジェラルドは速度を保ったままコーナーに入り、直後に意識を失った。
恋音がスリープミストを設置していたのだ。
たちまち居眠り運転になり、バナナを踏みつぶしながら壁に突っ込むジェラルド。
「やったのです! 作戦大成功なのです!」
勘違いしたまま浮かれる怕遊は、次の作戦としてジュースを取り出した。
「キノコを食べても加速しないけど、食べるのなら甘いものが良いのです! ……あ、べつに甘いものを食べたり飲んだりしたいわけではないのですよ! これは作戦! 優勝するための戦術なのです!」
などと震え声で言い張りながら、ジュースを飲む怕遊。
すると、みるみるうち顔が真っ赤に!
「ふわぁ……? なにか気持ちよくなってきたのですぅ……」
どうやら、ジュースの中に撃退酒が混ざっていたらしい。
酔っ払い運転は違法だが、ここは公道じゃないから大丈夫!
それより、酔っぱらった怕遊は誰かに抱きつきたがる習性があるぞ!
「月乃宮さあああん!」
判断力を失い、車ごと突っ込む怕遊。
だって、こうしないと抱きつけないし!
「と、特攻ですかぁぁ……!?」
どかぁぁぁぁん!
「酒気帯び運転は怖いねぇ☆」
言いながら、ジェラルドは悠々と一位に立った。居眠り運転も怖いけどな!
彼の作戦としては三番手あたりをキープして終盤で勝負の予定だったが、色々アクシデントがあったため三番手とか言ってる状況ではなくなってしまった。というか怕遊が走行不能になったので、いま走ってるのはジェラルドと恋音だけだ。
「あきらめませんよぉ……」
復帰した恋音が、後ろから異界の呼び手を発動した。
さすがに車ごと束縛するのは無理だが、ハンドル操作をミスったジェラルドは車体をバリケードにこすってしまう。
レース終盤で、恋音が逆転だ。
しかし、ジェラルドも黙ってはいない。
最高速度を活かして猛追すると、追い越しざまに金属糸で『HT』を発動。
「はぅ……っ!?」
スタンをくらった恋音は、運転不能に。
「あっはっは☆ ごめんねぇ♪」
トップを奪い返したジェラルドは、そのままゴールイン。
「お……おぉぉ……!?」
スタンしたままの恋音は、必死で車を止めようとして『つい』ハンドルを救護室のほうへ切り、亜矢を含めた負傷者たちをまとめて撥ね飛ばした。
ずどばごぉぉぉん!
「「アバーッ!」」
血の海に染まる救護室。言うまでもなく、恋音も救護室送りだ。
そうか、搬送の手間をはぶくために自ら突っ込んだわけか。
以上の展開により、勝ったのはジェラルド!
じゃなくて未来!
● 第3レース
黄:桝本侑吾(
ja8758)
青:久瀬悠人(
jb0684)
青:クリフ・ロジャーズ(
jb2560)
緑:アダム(
jb2614)
赤:シエロ=ヴェルガ(
jb2679)
「さて、どっかで見たゲームの始まりか。俺、単車なら得意なんだけどな」
そう言って、悠人はアホ毛をふるふるさせた。
「悠人さん、単車の運転上手なのかぁ。いいなー、単車」
憧れるようにクリフが言う。
「単車……!? 今度おれものせるといいんだからな!」
単車という言葉の響きに、胸をきゅんきゅんさせるアダム。
悠人とタンデムするのは、居眠り運転が怖いな……。
「あら、久瀬は単車乗るのね。うらやましいわ」
シエロは、黒のライダースーツを身につけて胸元を大きく開けていた。
谷間が物凄いことになってるが、走行中にポロリしないか不安だ。
いや、これはもうシエロではなく、シエロラ……いやシエロガぐらいある!
「胸下まで開けるぐらい……まったく問題ないわよね、牛」
ええ、問題ありませんとも。
「シエロ、おっぱいはちゃんとしまっておけ! それはだいじなものなんだぞ! 事故でキズがついたら一大事だぞ!」
アダムが大声を上げた。
「あら、心配してくれるの? でも大丈夫よ。無限の弾力で、戦車砲だって撥ね返してみせるわ」
「そのおっぱいは、そんなに丈夫なのか……!?」
「もちろん。そこらの魔装より強いわよ?」
無茶なことを言うシエロだが、あながち冗談とも言えない。コメディにおいては神器にも勝る破壊力をそなえた武器。それがおっぱい! まぁ大体は自爆するけどな!
「しーちゃん、ライダースーツかっこいいね。でもクラッシュには気をつけてー」
クリフはいつものように紳士だった。
「ありがとう、クリフ。毎度ながら、胸は多少苦しいけれど。……それにしても、5人1組でレースなんて楽しそうよね」
シエロが言い、アダムは拳を握りしめた。
「ほんとうにたのしみだな! いくぞ、みんな! おれたちは戦車にも負けない!」
「あ……それなんだけど、ごめんね。アダムたちに教えたルール、俺の勘違いだった」
そう言って、クリフが頭を下げた。
「え!? みんなでチームをつくって、ほかのチームと戦うんじゃないのか?」
「いや、だいぶ違ってて。俺たち同士でレースして、勝った人が決勝戦に出られるらしいんだ」
「つまり、おれたちはライバルどうしってことか!?」
「そういうことだね」
「じゃあ、くりふもシエロも……みんな敵だな!? なんだかたのしくなってきたぞ! おれがんばるからな、くりふ!」
アダムが無邪気に喜びだし、シエロは軽く溜め息をついた。
「ルールの聞き違い? まったくそそっかしいわねぇ、クリフは」
「面目ない」
というわけで、ただしいルールが周知されてからのレース開始となった。
シグナルと同時に、各車横並びでスタート!
すぐさま先頭に立ったのは、黄色の車を選んだ侑吾だ。
ある程度差をつけたところで、すかさず停車して路上に飛び降りる侑吾。
そして、躊躇なく大剣を抜き放つ。
「まさか……!?」
二番につけていた悠人が、顔を引きつらせた。
彼だけではない。ほかの3人も、侑吾の取るであろう行動が鮮明に思い浮かべられた。
案の定、ぶちかまされるウェポンバァッシュ!
どばああああん!
「「アーーーッ!」」
隕石でも落ちたみたいに路面が陥没し、アスファルトごと4人のカートが吹っ飛んだ。
「やられる前にやれ、だよな? 勝負の世界は非情だ……」
ぼそりと呟いて、大剣をかつぎながら車に飛び乗る侑吾。
いくら「手を抜いたほうが失礼だしな」といっても、手加減無用すぎるぞ……。
「嗚呼、やっぱりレースの世界も非情なんだね……ごふっ!」
血を吐くクリフ。
「このごろ、桝本のその台詞を聞いたら何もかも許される気がするのよね……」
シエロは全身血まみれ煤まみれだが、おっぱいだけは無事だ。さすがである。
「ますもとの攻撃性がレベルアップしてるな……! でも負けないぞ!」
アダムも、頭から苺ジュースめいたものをだらだら流していた。
すでに勝敗は決したような気もするが、あきらめるのは早い。
「いくぞ、みんな! ますもとを追うんだ!」
アダムが言うと、4人はカートに乗ってアクセルを踏んだ。
「いけ、チビ!」
悠人はヒリュウを召喚して、上空から鳥瞰図的な情報を入手。
最高速度が低い侑吾との差を、じりじり詰めていく。
だが、やはり無理だった。
北側のコーナーを抜けた立体交差のトンネルで、侑吾が降車して待ちかまえていたのだ。
「こうなったら……さらばチビよ、永遠なれ!」
召喚獣を特攻させる悠人。
「先手必勝ね。私もたまには勝ってみたいのよ」
シエロは鎌鼬を発動。
「回避してみせる……っ!」
クリフはナイトミストを車にかけた。
「くりふは、おれがまもるぞ! おれの車は頑丈だからな!」
キリッとした顔でクリフの前に車を出すアダム。
次の瞬間。そんな4人+召喚獣をまとめて封砲が薙ぎ払った。
「「アーーッ!」」
悠人、クリフ、シエロはカートを破壊されてリタイア。
アダムの車は壊れなかったが、本人負傷により終了。
なんなんだ、この一方的な殺戮ゲーム……。
「こういうの久しぶりだな……。以前は攻撃するたび退場させられたのに、良い時代になったもんだ……」
炎に包まれるサーキットを見つめながら、しみじみ語る侑吾。
いや、退場させられたのって運動会のときだけだよね……。
ともあれ、第3レース決着!
● 第4レース
緑:陽波透次(
ja0280)
青:楯清十郎(
ja2990)
青:藍星露(
ja5127)
緑:礼野明日夢(
jb5590)
黄:グラサージュ・ブリゼ(
jb9587)
「学園生活たのしまなきゃ損だよー! カート最高! ……え? 運転技能? そんなの知らなーい♪」
サーキットに、やたらハイテンションなグラサージュがいた。
車は加速が命! というわけで、車体は黄色!
「こういう勝負ごとは久しぶりです。もちろん勝ちにいきますよ」
清十郎は、無難に青を選択。
だが、妨害対策にフルフェイスマスクを装備するなど準備は万全だ。
「カートレースって初めてですけど……完走めざしてがんばります」
というわけで、明日夢が選んだのは緑。
今日は、保護者の姉に頼んで連れてきてもらった次第だ。
「できれば、レースクイーンとして参加したかったけど……やる以上は勝ちを狙うわよ」
と言う星露は、体のラインが浮き出るレザースーツに身をつつんでいた。
車体は青。名前の『藍』に近いからという理由だ。
さて、各車いっせいにスタート!
まずは、グラサージュが「びゅーん♪」と加速。
清十郎と星露は横並びで走りだし、明日夢がそれに続いて、透次が最後尾についた。
いままでのレースが嘘みたいに、平和な幕開けだ。
「さぁて、いくわよ!」
最初に手を出したのは星露だ。
輪舞曲・ヴリトラで、清十郎を薙ぎ払う。
竜の咆哮に似た爆音が轟き、カートがスピンした。これで相手をはじきとばす狙いだ。が──
「そうはいきません」
清十郎は冷静にシールドで防御。
おかえしとばかりに、水鉄砲を発射。
もちろん中身は水ではない。原液のデスソースだ。
「きゃああっ!? 目が! 目がぁーーっ!」
いくら撃退士でも、激辛ソースが目に入ったらタダではすまない。
星露はスピンしたままタイヤウォールに激突。
これで清十郎が二位になり、明日夢と透次が星露を抜いた。
次に仕掛けたのは透次だ。
明日夢の後ろから、聖女の紋章で闇影陣を発動。白と黒の光線が、タイヤを狙う。
これに対して、明日夢は回避射撃。
光線は狙いをはずれて、路面に命中した。
それならば……と、透次は影手裏剣烈を発動。
「うわ……っ!」
さすがに回避できず、明日夢はスピンして壁に衝突した。
そのころ。南コーナーでは清十郎が一位の座を奪おうとしていた。
あえて暴力に訴えず車体性能で勝負に出た清十郎は、難なくトップを奪取。
「抜かれちゃった! けどいいの! 私の目標は、たのしく完走することなんだから!」
と、グラサージュ。
なら緑を選べばよかったんじゃね? と思うが、たぶん最初に『びゅーん♪』ってやりたかったんだろう。あるいはカレーが好きとか。たぶん後者だ。
そんなわけで首位に立った清十郎は、北コーナーに水風船を投げつけてスリップゾーンを作ると同時に、氷の夜想曲を発動。アイスバーンを作る狙いだったが、これは失敗。
もっとも、夜想曲はグラサージュを眠らせてコーナーに激突させたので、成果は十分だ。
遅れて続く透次は着実にスリップゾーンを避けて、清十郎を追う。
が、この時点で差は絶望的だった。車体性能で負けているうえ、だれも清十郎に攻撃が届かない。一位の座を利用して油をまいたりと、どこまでも抜け目のない清十郎をとらえることは、もはや不可能だ。
逆転不能な現実を前にして、レースの焦点は二位争いに絞られた。
しかし、透次は二位の座をゆずらない。召喚獣に後方を警戒させ、追ってきた星露の攻撃を回避して、煙幕手榴弾やブレスで反撃。
星露もシールドや聖なる刻印で凌ぐが、透次の運転と戦術には隙がなかった。
結局二度目のクラッシュを浴びて、ふたたび最後尾に落ちる星露。
「うーん……戦略が無難すぎたかしら……」
首をひねる星露だが、これは相手が悪すぎたと言えよう。
「こうなったら……どれだけ地雷を踏めるか勝負よ!」
なにやら意味不明なことを言いだしたのは、グラサージュだ。
まずは、全速力で煙幕手榴弾に突撃。
「げほっ、ごほっ! な、なんてこと! 前が見えない!」
どかああああん!
運転中に前が見えないと、だいたい壁にぶつかるという教訓である。
が、その程度で負けるグラサージュではない。
「こうなったら全部受けてやる! みんなのために! 私はコースのスイーパー♪」
などと叫びながら、油のまかれた路面に突っ込むグラサージュ。
どかあああん!
運転中にスリップすると、だいたい壁にぶつかるという教訓だ。
こうして貴重な教訓を得つつ、彼女はリタイアした。
ここで二位の座を確実にした透次は、ふと閃いた。
走行中、風に手をかざすとおっぱいの感触がするって本当なのか?
これは確かめねばなるまいと、彼は手を風にかざした。
「こ、これは……!?」
たしかに、おっぱいっぽい!? ような!? 気がする!?
ここで透次は、さらに閃いた。
両手をかざせば、もっといいんじゃないか!? こう、後ろから鷲づかみした感じになるんじゃないか!?
思い立ったが吉日なので、透次は迷わず両手を風にかざした。
「おおおおお! うおおおお! おっぱいいいいい!」
ずどおおおおん!
コーナリング中にハンドルから両手を離すと、だいたい壁に(略
貴重な教訓をありがとう!
結果、二位は明日夢。三位が星露だった。
透次は救護室送りだが、きっと本望だろう。
「あっつぅ〜! けっこう汗かいたわ。レザースーツだから、なおさらっ」
などと言いながら、レザースーツのファスナーをへその下まで下ろしてパタパタする星露。
下着をつけてないので、えらい眺めになっている。
観客からの歓声は、レースの時より大きかった。
● 第5レース
緑:下妻笹緒(
ja0544)
緑:金鞍馬頭鬼(
ja2735)
緑:礼野智美(
ja3600)
黄:月丘結希(
jb1914)
黒:御供瞳(
jb6018)
「乗るカートは、当然自前のパンダカー! ……といきたいところだが、この中から選ぶのか。では私は、目に優しい緑にしよう」
笹緒なら黒のカートをパンダカラーに塗りかえるぐらいやるかと思ったが、選んだのは緑。
だが、これには理由がある。そう、笹緒はすべてのものごとを合理的に考えるのだ!
「イソップ寓話のウサギとカメの話は有名だろう。この話の教訓はズバリ『レースで勝つには相手に先行させた上で眠らせる』というものだ。ゆえに自分も後方から追いつつ、ライバルたちにスリープミストを放つ!」
おお、なんと完璧なロジック!
今みんなの前で口に出して言っちゃったけど、大丈夫か!?
「旦那さまぁ、瞳は頑張って優勝するっちゃー」
今日も今日とて、生き別れの旦那様をさがしもとめて頑張る瞳。
しかし、その旦那様とやらはエアなのではという噂も……。
「旦那様ぁが黒を選べと囁いたっちゃー」
というわけで、車体は黒。
一発リタイアの危険もあるが、はたして彼女の幻聴……もとい旦那様の助言は、吉と出るか凶と出るか。
「お馬さんのドゥライヴィングティクニィックを見せてあげよう!」
やたら欧米風な発音でカートに乗るのは、馬頭鬼。
なにやら馬とかパンダとか、動物率たかいな!
「まぁ俺は義弟の付き添いで参加しただけだし、完走できれば十分だ」
智美は明日夢と同じく、緑の車を選択していた。
義弟は無事完走したが、智美はいかに。
「ふむ……どこにも異常はないようだ。では始めよう、華麗なるレェェスを!」
馬頭鬼によるコースチェックと車体チェックのあと、第5レースは始まった。
シグナルが変わった瞬間、アクセルべた踏みで前に出たのは結希。
と同時に、呪縛陣発動!
コメディにおいてパラメータは意味ないので、結希以外みんな束縛を受けて壁に激突!
「レースの華は、やっぱ盛大なクラッシュシーンよね」
ライバルたちを尻目に、悪党っぽい笑みを浮かべて走り去る結希。まさに外道。
もうこの時点で、緑のカートを選んだ3人には打つ手がない。結希を引きずり下ろせるのは、瞳だけだ。
しかし、瞳は慎重だった。低速での激突だったためリタイアは免れたものの、次に事故れば終わる。
「旦那様ぁがこれを選べと言ったからには、きっと理由があるっちゃ」
と言いながら、安全運転で結希を追う。
ミント雲でドリフト走行しつつ、直線コースで勝負!
「いくっちゃよー!」
猛チャージをかけて、砂嵐の射程距離に──
と思った瞬間、路面にまかれていたオイルを踏んで、瞳はスリップ。制御不能のまま壁に激突して、リタイアとなった。
「そんなの卑怯だっちゃー!」
「卑怯……? あはははは、最高の賛辞ね!」
あのぉ、結希さん……いつからそんなキャラに……って、最初からか。
この悪徳陰陽師による『開幕呪縛陣+障害物ばらまき作戦』が強すぎたため、第5レースは一方的な展開となった。
そりゃそうだ。単独先行してコース上あちこちに釘や油をまかれたら、追う側は慎重に走ることしかできず、打つ手がない。
というわけで、このレースも一位は確定。あとは二位争いだ。
「見るがいい、この華麗なハンドゥルさばきを!」
現在二位につけるのは、優秀な操作性を活かして無駄のないライン取りでリードを広げる馬頭鬼。
だが、その背後から笹緒のスリープミストが放たれる。
「ハァーハハハ! そんな攻撃を食らう自分ではないぃぃぃ……zzzz」
どかあああん!
よけるには、ちょっと範囲が広すぎた。
「ふ……。これがイソップの教え。ウサギのように速いお馬さんを、カメの歩みで追うパンダちゃんが破るのだ」
カートに乗って爆走するパンダの姿は、まるでサーカスだった。
そして馬頭鬼も智美も自分からは攻撃しない方針なので、そのまま笹緒が二位でゴール!
ラグナロクとか、どこにも出番なかった! コメディでしか使えない技なのに!
「では、気を取りなおして……お馬さんの超絶的なドゥライヴィングティクニィックを披露してあげよう!」
クラッシュした車をもどして、馬頭鬼は再び走りだした。
先を行く智美との差は大きいが、同性能の車ならテクニックでどうにかなる! はず!
うん……たしかに、ふつうの人が相手なら追いつけたかもしれないんだが……智美って『運転』持ってるんだよね……。
「な、なにぃぃ……!? 差が縮まらないどころか、広がっていくだと……!?」
「弟をつれてきたついでに参加しただけなんですが、悪いことをしてしまったみたいですね……」
こうして特に波乱もなく、智美が三着でゴールイン。
馬頭鬼は四着となった。
● 決勝レース
青:楯清十郎
黄:桝本侑吾
黄:月丘結希
緑:ナナシ
黄:黒神未来
日が傾く中。予選レースを勝ち抜いた5人が、コースに並んだ。
5台中3台黄色という事実が、開幕ヤリ逃げの有利さを証明している。
とはいえ、すでに全員が手の内を見せたあとだ。対策すれば、どうにかなる。……なるといいな!
「いよいよ決勝戦。みんな、正々堂々と勝負してね」
レースクイーン姿で、パラソルをくるくるさせる星露。
最終レースだけのサービスだ。
「「うおおおお!」」
無駄に沸き返る観客席。
「ええ。みなさん、正々堂々と走りましょう」
清十郎が爽やかに微笑んだ。
無論、だれもそんな言葉を信じやしない。ここに残ったのは、地獄のレースを勝ち抜いた者ばかり。隙を見せれば即座に足下をすくわれる、弱肉強食の世界を生き残った鬼畜……もとい強者だけなのだから。
熱い注目の集まる中、シグナルがカウントを始めた。
だれもが、ライバルたちを出し抜こうと頭をフル回転させてハンドルをにぎっている。
実際、結希の開幕呪縛陣やナナシの立体交差からの狙撃などを、だれがどうやって崩すのか。大波乱のレースを期待して、観客たちの興奮は高まる一方だった。
レース開始まで、5、4、3、
どばああああああん!
「「アバーーッ!」」
開始2秒前。問答無用で、侑吾のウェポンバッシュが炸裂した。
大型地雷でも爆発したみたいにアスファルトが吹っ飛び、ドライバーを乗せたまま4台のカートが宙を舞う。
「って、なんでもアリかーーい! かーい! かーい……!」
黒こげになって宙を飛んでいきながら、未来がつっこんだ。
「そう来るとは……」
「これはまさに外道中の外道……」
「僕はこれを予想できたはずなんですが……油断してました……」
ナナシ、結希、清十郎の順で、犠牲者たちが落ちてきた。
「……え? だって、やられる前にやれ、だよな? なにも問題ない。合法合法」
大剣を肩に担ぎながら、どこまでもボンヤリと言い放つ侑吾。
ほかの4人はリタイアなので、優勝トロフィーは彼の手に。
『レース前の妨害工作は禁止』だけど、それによって退場処分とは書いてなかったしな。
「レースの世界も非情だ……」
ぼそりと呟く侑吾は、とくに優勝の感慨もなさそうだった。
──以上が、『久遠ヶ原サーキット連続爆破事件』の顛末である。
あまりの騒ぎに何名かは出入り禁止処分を受けたらしいが、そんなものを律儀に守る生徒などいないだろう。
久遠ヶ原は今日も平和だ。