撃退士たちは、猫島に着いたとき思った。
『ここは天国か!?』と。
なんせ、見渡す限りの猫、猫、猫!
港の桟橋から、未舗装の道路、家屋の屋根まで、猫だらけだ。まさに聖地!
「猫ちゃんがいっぱいです〜♪」
まよわず猫の群れに突撃する深森木葉(
jb1711)
猫耳カチューシャに猫しっぽ、猫グローブに猫ブーツと、全身パーフェクト黒猫装備だ。どっちが猫かわからん。
「木葉ぁぁ♪」
猫ではなく木葉を追いかける桜花(
jb0392)は、今日も通常営業。
今回の依頼は敵も味方も幼女マシマシなので、やる気十二分だ。
「にぇこにゃん〜♪」
狗猫魅依(
jb6919)は舌足らずな口調で走りだし、「使徒見なかった?」などと猫に話しかける。
え。猫の言葉がわかるのかって? ノリで何とかなる! それに魅依もほぼ猫だし!
負けじとヴェローチェ(
jb3171)が走りだし、玉置雪子(
jb8344)も続く。
セレス・ダリエ(
ja0189)も、無表情のまま猫たちのもとへ。
そんな猫まっしぐら組を見て、木暮純(
ja6601)も猫缶を手に恐る恐る近付いていった。
猫は好きなのだが、ひっかかれるのが怖いのだ。
しかし、今日の目的は猫をもふる……じゃなくて、使徒を追い払うこと。その前に少しぐらい猫をかまってもいいはず!
「ふふ……狙いどおり……」
猫缶で猫をおびきよせ、食べてるところをじっと見つめる純。
気の強いお姉さん系の言動を維持しようとしている彼女だが、心の中では『うあああ! くっそかわいい!』などと思っているため、瞳がキラキラしている。口元もニヤけそうで、早くも崩壊寸前だ。
その様子をちらりと覗き見る、レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)
純は慌てて両手を振る。
「いや、べつに猫を見てなんかいませんよ! 猫は苦手なんですから、私!」
それを見て、レティシアは上品に微笑む。
「でも、かわいいですよね? 今日集まったのは猫好き同士。包み隠さず行きましょう」
「そ、そうですね……。そうですよね!」
純は意を決すると、インフィルだったころを思い出して足音を消しつつ忍びより、狙いをつけた猫にゃんを慎重にナデナデもふもふ。
レティシアも、自作の減塩煮干しをエサにして猫をおびきよせる。ぱくっと煮干しをくわえた猫と綱引きしたり、とてもたのしそうだ。
「人懐っこい子も良いですけれど、警戒しつつも徐々に心を許す系の媚びない子も、好ましいものですねぇ……」
素敵な笑顔で告げるレティシア。
だれもが、その言葉にうなずいた。
「……はっ。いけませんね。使徒を退治しませんと」
思い出したように、レティシアが立ち上がった。
そう。こんなのでも一応依頼だ。放置はできない。
まず情報収集を……と思ったが、島民は避難済み。
だが、ここで魅依が大活躍。なんと、猫たちから情報を引き出したのだ。
「あっちだって言ってるよ〜」
とてとて走りだす魅依。
ほかのメンバーは、半信半疑でついていく。
すると、道の向こうから猫の群れが走ってきた。
そのあとから、少女が追いかけてくる。とてもそうは見えないが、これでも使徒だ。
「待つのですにゃ! 猫さんをイジメちゃダメにゃのですにゃ!」
ビシッと使徒を指差して、木葉が注意した。
「いやがる猫を追いまわすのは、悪……言語道断です……」
淡々と告げるセレス。1ミリの感情も見せてはいないが、心の中では猫ちゃんたちを無事守りきってモフりきってみせましょうなどと思っている。
「はっ、まさか、撃退士なのです!?」
使徒カルーアは、右手にヨーヨーを取り出した。
それが彼女の武器らしい。
「ぬこをいじめるのはやめて! 監禁して乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!!」
雪子が騒ぎだした。
ケモナーのエロ同人とは、レベル高い。
「なんのことなのです! 邪魔するなです!」
ヨーヨーが飛んで、雪子の顔面に命中した。
「うわらばー!」
謎の悲鳴を上げて吹っ飛ぶ雪子。
すわ全面抗争かと、撃退士たちの間に緊張が走る。
「待った! ここは私にまかせて!」
一同を制して、桜花が前に出た。
「聞いて。あの子は人に危害を加えず、猫だけを追っかけてる……これがどういうことかわかる? ……そう、あの子は悪い使徒じゃない! ただ癒しがほしいだけなんだよ!」
独自の推理を披露して、得意顔を見せる桜花。
なに言ってんだろこの人、みたいな感じでカルーアが首をかしげる。
「そこのロリっ子なあなた! 癒しがほしいなら、私が猫以上の癒しを与えてあげる! さぁすぐに投降して、私と一緒に帰ろう! そして仲良くシャワーを浴びて、ベッドの中でニャンニャンと……でへへへ」
桜花は極上の微笑みを浮かべ、「さぁおいで!」と両手を広げた。心の内は、内臓射出準備完了のナマコ状態! よくわからんが、いつもどおりの桜花だ!
「ダメなのです! 私の愛はご主人様専用なのです!」
「そう言わずに! ものはためし! 一歩踏み出せば、めくるめく官能の世界が……うふへへへ」
「ぶ、不気味すぎるです! おことわりなのです!」
「く……っ。ならば仕方ない! 私は撃退士! 天魔を倒すのが使命! 覚悟して!」
桜花は散弾銃を抜き放ち、カルーアに向けた。
だが、そこにいるのは外見年齢10歳のロリ幼女!
「……だめだ! 私には撃てん! たとえ敵でも、少年少女を傷つけるわけには……!」
桜花はトリガーを引くと同時に、銃身をひっくりかえして自分の胸を撃ち抜いた。
「アバーッ!」
血しぶきをあげて、倒れる桜花。
おお! 桜花が鼻以外の場所から流血するの、初めて見たよ!
「なんか、思ってた撃退士と違うのです」
カルーアは困惑の表情を浮かべた。
うんうんと、数人の撃退士がうなずく。
「……で、あなたは何故こんなことを?」
慎重に、純が問いかけた。
「ふえ?」
「なぜ、猫を追いまわしてたんです?」
「それはですね、」
「きっと使徒ちゃんは、猫と遊びたくて追いかけてたにゃ! なら、あたしが遊んであげるにゃ!」
カルーアの言葉を遮って、ヴェローチェが割り込んだ。
猫着ぐるみに、猫しっぽと肉球グローブを装備した姿は、まさに猫そのもの! 四つん這いになってニャーニャー言いながら地面をころんころん転がるヴェローチェは実際かわいいが、あいにくカルーアの目的は猫と遊ぶことではなかった。
「私は遊びに来たのではないのです!」
「じゃあ何をしに来たのにゃ?」
「ご主人様の命令なのです!」
隠す理由もないので、カルーアは経緯を説明した。
「……なるほど。お話はわかりました。いくつか誤解はあるようですが、たしかに猫は地上最強の生物。地球の支配者であることも否定できません」
説明を聞き終えると、レティシアはうなずいた。
「やっぱりですか。捕まえられないのも当然だったのです」
ますます誤解を深めるカルーア。
「追えば逃げる、逃げれば追う。これ人間界の真理……」
セレスが、ぽつりと呟いた。
「ねぇねぇ、天界に行ってみたい子、いる〜?」
魅依は猫たちに問いかけた。
言葉を理解したのか、いっせいに首を横へ振る猫たち。
「猫さんと遊びたいなら、猫さんから近づいてくるのを待つのですにゃ〜」
木葉はしゃがみこむと、手本を見せるように「おいでおいで〜」と猫を手招きした。
すりすりと近寄ってくる猫にゃんたち。
「こうすれば、かんたんに捕まえられるのですよ〜」
「なるほど! やってみるのです!」
木葉のマネをして手招きするカルーア。
だが、殺気を感じた猫たちはサーッと逃げてしまう。
「ぐぬぬです……」
「どうしても捕まえたいなら、餌で釣るとか。たくさんはハードル高いから、まずは1匹ですね」
純が猫缶を手渡した。
「名案なのです! しょせんケダモノ! 餌には弱いはずなのです!」
張り切って猫缶を置くカルーア。
その直後。横から走ってきた黒猫が、缶をくわえて逃げていった。
「泥棒! 泥棒猫なのです!」
ムキになって追いかけるカルーア。
逃げる猫。
「てめーの敗因は、たったひとつだぜ、使徒……たったひとつの単純な答えだ……『てめーは、ぬこを怖がらせた』」
復活した雪子が、冷酷に告げた。
「じゃあ私は任務失敗なのです!? ご主人様に折檻されるです!?」
「まぁもちつけ。マジレスすると、無理やり連れ去るより懐かせて連れて行ったほうがいい希ガス。つーわけで、使徒さんには必殺V兵器ぬこじゃらし(無課金装備)を贈呈!」
雪子が手渡したのは、そこらへんに生えてたエノコログサだ。
「これでヤツらを誘うのですね!」
「そうだ。やってみろ」
「こうですか?」
猫に向かって猫じゃらしを振るカルーア。
それを横目に見ながら、雪子はスマホでスレを立てている。
『使徒釣ってるけど質問ある?』
たちまちレスがついた。
『使徒ww並みの撃退士なら即死だからwww』
『画像はよ』
『学園長見てるー?』
『くじでSが出ない件』
予想どおり、カオスなレスばかりだ。
「……さて、ぬこ懐きますた?」
スマホをいじりながら、雪子が問いかけた。
見れば、ほかの撃退士たちも一緒になってエノコログサを振っている。
じゃれつく猫たち。
だが、カルーアのところには一匹も来ない。
「そうですか、もっと小道具が必要ですか……。こんなこともあろうかと、ここに瓶詰めのマタタビ(ガチャ装備)を用意しておきますた」
無論そんな装備はない。全部でまかせだ。
「またたび? それを使えば捕まえられるですか?」
「もちろん! でも、タダで差し上げるつもりはないんですわ? お? ……ん? いま何でもするって言ったよね? であ、これを贈呈するかわりにですね……雪子に称号キボンヌ!」
よくわからないことを必死で訴える雪子。
使徒にそんなお願いしてどうすんのかと。
まぁ『希望どおり』称号は付与するけど……。
「それにしても捕まえられませんねぇ〜。猫さんに嫌われてるんでしょうかぁ〜」
残酷なことを、悪気なく言う木葉。
ちなみにカルーア以外は全員猫と戯れている。
「このままでは帰れないのです……」
必死の形相で、猫じゃらしをびたんびたんさせるカルーア。
猫は怯える一方だ。
それを見て、セレスが打診する。
「どうやら真剣に猫がほしいようですが……いっそあなたが猫ということで片付けては? ……いえ別に面倒になったわけではありませんけれども」
「私が猫に、です?」
「ええ。ここに猫の着ぐるみがあります。よかったら、ご利用ください。……いえ、感謝など無用です。……では私は急がしいので、失礼しますね」
それだけ言って着ぐるみを渡すと、セレスは後のことを丸投げして立ち去ってしまった。
そう、彼女は忙しいのだ。もう人目を気にして猫をもふるのはゴメンなのである。だいいち、こんな猫だらけの楽園に来てまで天魔の相手などしているヒマはない。
というわけで、猫を求めて散策をはじめるセレス。
「さて……依頼は片付きましたし、海辺でゆっくりしましょうか……。海をバックに記念撮影するのも忘れてはいけませんね……。おっと、ぬこにあげる餌も買わなければ……。ああ、夢が広がりますね……」
「あの人、行っちゃったです。これ、どうすれば……?」
カルーアは、いぶかしげに着ぐるみを見つめた。
「たしかに、これは名案です」
説明を引き継いだのは、レティシアだ。
一歩前に出ながら、彼女は続ける。
「考えてみてください。主からの指令を、そのままの意味で受け取っていいのですか? 主の意を汲んだ上で、それ以上の結果を出してみせるのが『できる部下』ではないでしょうか。それにあなたが猫になれば、主からの寵愛も独占できますよ。これは千載一遇のチャンス。あなたは猫です。猫になるんです!」
「ご主人様の寵愛を!? それは最高なのです! 私は猫になるです!」
「やる気になりましたね。ではまず、地上の支配者である猫をよく観察して習性を学び、なりきりましょう。最初は語尾に『にゃん』を付けるところから……」
まさかこんなので言いくるめられると思ってなかったレティシアは、ここぞとばかりに説得攻勢に出た。
だが、それ以上の攻撃に出たのはヴェローチェだ。
猫の着ぐるみを脱いでスパーンと登場したのは、完全無欠のロリ幼女。
「あたしは猫天使ヴェローチェにゃ! あたしがカルーアちゃんを立派なネコにしてあげるにゃ!」
「おねがいするのです!」
「では、よく聞くにゃ。じつは、猫というのは種族ではなく属性なのにゃ! だからこそ、天使のあたしも猫になれたのにゃ! あたしはいま、ある人間に猫として飼われてるにゃん。まだ経験が浅くて猫レベル低いんにゃけど、熟練した猫属性の持ち主は猫の持つ全てのパワーを引き出すことができるのにゃ! カルーアちゃんが猫属性を身につければ、御主人様も大満足♪ カルーアちゃんは猫属性で強化! 万事解決にゃ!」
「おお……!」
「では早速、猫属性付与の儀式をおこなうにゃ。こっちへ来るのにゃ」
そう言って、なぜか物陰にカルーアをつれこむヴェローチェ。
数秒後、物陰から妖しい声と物音が聞こえてきた。
「この猫ッ! いい声で鳴くのにゃ! それっ! それっ!」
ビシッ! バシッ!
「にゃあああ〜!」
「この、ご主人様直伝の技で! カルーアちゃんをあたしのネコにしてやるにゃ!」
キリキリッ! ビシッ! ビシッ!
「にゃえええ〜!」
物陰だから、なにしてるのかわからないよ!
一体ヴェローチェのご主人様って……(確認)……ああ……うん……
──十数分後。
全身を火照らせたカルーアが、スカートの裾を整えながら戻ってきた。
「これで私は猫になれたのですにゃね……」
「そのとおりにゃ! あたしが太鼓判を押すにゃ!」
と、ヴェローチェ。
物陰でナニをしたんだか……。
「では私は帰るにゃ。撃退士の皆さん、ありがとうですにゃ」
現役の天魔が撃退士に礼を述べるとは珍百景すぎるが、ともあれカルーアは去っていった。
「またねぇ〜。機会があったら猫さんと一緒に遊びましょう〜。今度遊ぶときは、猫さんの気持ちになって〜、むやみに追いまわしちゃダメですよぉ〜♪」
パタパタと手を振って、お見送りする木葉であった。
これにて依頼は一件落着。
あとは猫をもふるだけ!
しかしよく見れば、ヴェローチェと木葉以外は『使徒なんかもうどうでもいいよ』とばかりに猫と戯れているではないか。魅依は猫の群れに紛れて完全に猫化してるし、レティシアと純は開きなおって猫をモフり倒している。
そんな中、桜花は血みどろになって不気味な呟きを続けていた。
「うふへへ……ロリ幼女と猫……ここはホンマ天国やでえ……でふへへへ……」
余談だが、彼女が重体になった真の理由は散弾銃による傷ではなく、大量の鼻血だったという。
そしてもうひとつ余談だが、天界に戻ったカルーアが死ぬほど折檻されたのは言うまでもない。