エア花見の告知がされた数時間後。
樒和紗(
jb6970)は、だれより早く動いていた。
「皆、甘いですね。花見と言えば、まず場所取りからでしょうに」
「さすがは樒さん。凡人の発想ではありませんね」
賞賛したのは、主宰者麗司。
「つきあってもらいますよ、九鬼。あなたは電気牧柵を用意してください」
「了解です。協力は惜しみません」
というわけで、ふたりは一晩中花見の場所取りをすることになった。
OPで何度も言ったが、桜は咲いてない。花見客など、ひとりもいない。
だが、これぞ真のエア花見!
『桜咲いてないし、場所取りは無用だよね』などという考えは、ぬるいのだ!
というわけで、翌日の放課後。
ふたりのキチg……異才の確保した場所で、異様な宴が始まった。
「満開まで、あとわずか。蕾が花開くように、皆の力や才能も開花して世界をささえるのであろう! がんばれ、皆の者! 少し早いが、今日は花見の席! それでは乾杯!」
着物姿で乾杯の音頭をとったのは、Beatrice(
jb3348)
酒はどうでもいいが、花見弁当が目当てで参加だ。
そしていつものように、だれも乾杯など待たず勝手に酒盛りをはじめている撃退士たち。
「ええい! たまにはマトモに乾杯させるのぢゃ!」
無理だと思う。
「お花見といえば、これが正装でしょう?」
ネクタイを鉢巻がわりにしてババーンと見開きで登場したのは、和紗だった。
「おお、さすがは樒さん。あなたこそ、エアマスターの名にふさわしい」
麗司は感心しきりだ。
「九鬼、みなさんにもネクタイを配ってください」
「了解しました」
「しかし皆さん、作法が出来てませんね。花見という戦場において、頭装備はネクタイと決まっているでしょうに」
「これは迂闊でした」
真剣な顔でネクタイを頭に巻く麗司。
「それにしても、みごとな桜です。苦労して場所取りをした甲斐がありましたね」
和紗は満足げに微笑みつつ、エア豚汁を啜るのであった。
「師匠! 今日は、おまねきありがとうございます!」
麗司に向かって頭を下げたのは、黄秀永(
jb5504)
一流のタコ焼き師めざして修行中の彼は、麗司に弟子入りしているのだ。
「黄くん。ひさしぶりですね。腕は上がりましたか?」
「まだまだですわー。……あ、今日は師匠に手土産持ってきたんです。受け取ってください」
秀永が差し出したのは、二本の千枚通しだった。
「これは嬉しいですね。早速、使わせてもらいましょう」
麗司はV家電タコ焼き器を取り出すと、千枚通しを両手に握ってクロスさせた。
「さすが師匠。いつでもどこでもタコ焼きを作れるっちゅうわけですな」
「ええ。我々関西人は、毎日定期的にタコ焼きを摂取しないと死んでしまいますからね」
「ほんまですわ。さすが師匠!」
なにが『さすが』なのか、完全に謎だった。
「エア花見とか新しいよね! 亜矢ちゃんおもしろーい!」
そう言って、マリス・レイ(
jb8465)はケタケタ笑った。
いきなり酔っ払いみたいなテンションだが、まだ飲んでない。これが通常運転だ。
「でしょ! あたしたち撃退士なんだから、新しいことに挑まないと!」
理屈になってないことを言う亜矢。
「だよね! エア花見のついでに、エア月見もしちゃおうよ!」
「いいね! 月見で一杯、花見で一杯!」
「あとエア雪見をすれば、『雪月花』で完璧だね!」
「すごい! アタマいいわね!」
シラフとは思えない勢いで盛り上がる二人。
ああ、類友ってこういう……
「入亜ちゃん! いっしょに呑もうよ!」
マリスが、瀬戸入亜(
jb8232)に呼びかけた。
「飲むのはいいけど、撃退酒を飲むと体があちこち痛くなるんだよね。とくに首とか」
新年会を思い出して、入亜はコキッと首を鳴らした。
「撃退酒かぁ。酔っぱらえるのはいいけど、呑むなら清酒がいいなー」
「じゃあ、あれで一杯やろう」
入亜が指差したのは樽酒だった。
マリスは「いいね!」と賛同し、二人そろって樽から桝で飲みはじめる。
「でも、花見なのに花がないとかツマンナイよね」と、マリス。
「まぁねぇ」
入亜がうなずく。
彼女たちには、エア精神が足りない。
「いいこと思いついた! 花がないなら花火を上げればいいじゃない!」
なにやら酔狂なことを言いだすマリス。
「たしかに、花はそれなりに必要だよね。うん」
当然のように、入亜はうなずいた。
そこへヒョコッとやってきたのは、ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)
右手に団子、左手に甘酒。小脇に助六寿司をかかえて、頭にはネクタイを巻いている。
「やあ、お嬢さんたち。ボクと一緒に稲荷寿司しない?」
最近、久遠ヶ原ではこういうナンパが流行ってるらしい。
「む。これは関西風のおいなりさん……」
などと言いながら、もぐもぐする入亜。
「そんなことより、花火だよ!」
すでにマリスの頭は花火でいっぱいである。
「なに? 花火だと? 俺にまかせておけ」
十連魔装誘導弾式フィンガーキャノンという名の『花火』を持って走ってきたのは、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
ちょっと待て 爆破オチには まだ早い(俳句 *季語は爆破)
「花火? いいね! できるだけ派手にやろう!」
ラファルの後からヒャッハー状態でやってきたのは、佐藤としお(
ja2489)
爆発することしか頭にない彼にとって、花火という言葉は魅力的だ。
だがスマン あと少しだけ 待ってくれ 爆破するのは もうちょいあとで
「みなさん。温かいものはいかがですか?」
屋外用コンロで大鍋を煮ているのは、斉凛(
ja6571)
豚汁を作っているのだ。
その横には、自家製のクッキー、マカロン、チーズケーキ。こちらは洋菓子担当。
「えとぉ……和菓子もありますよぉ……」
凜の横で、月乃宮恋音(
jb1221)は日本茶と茶菓子を配っていた。
桜餅、羊羹、どら焼き等々。こちらは和菓子担当だ。
「たくさん食べてくださいなのです♪」
聖蘭寺壱縷(
jb8938)も、いそがしそうに配膳を手伝っていた。
絶対味覚の持ち主たる彼女にとって、調理はお手のもの。宴会イベントでは大活躍だ。でも戦闘は勘弁してね♪
「おー。お菓子、お菓子なのです♪」
スイーツ食べ放題と聞いて駆けつけた江沢怕遊(
jb6968)は、冬眠あけの熊みたいな勢いでお菓子を貪りだした。最近この子、お菓子食べてセクハラ受ける以外なにもしてないよ!
「しかし、これは『お花見』ではなく『お枝見』と言うのではないでしょうか……」
だれもが胸に秘めていたことを堂々と言葉にしてしまったのは、城前陸(
jb8739)
ああ、なんてことを。あのラファルでさえ、そこまでハッキリとは否定しなかったのに!
これは花見! れっきとした花見ですよ!
考えるな、信じるんだ。そこに桜があると!
さて、そのころ。
篠塚繭子(
jb7888)は、花見会場でぽつんとしていた。
花より団子とばかりに飛び入り参加したは良いが、ツレがいないのだ。
いわゆる、ぼっちである。
ひとりでタダメシ食べるのも悪くないかなと思っていたのだが、目の前で盛り上がっている撃退士たちを見ると、なんだか胸に来るものがある。陰のある美女が一人超然と佇むのなら絵になるが、あいにく誰が見ても、ただのぼっち。
まぁ実際のところ繭子は美人か不細工かで言ったら前者なので、完全に彼女の思い込みでしかないのだが……。
ともあれ、繭子のぼっち脱出作戦が始まった。
さいわい、彼女にはトーチという素敵な技がある!(え?
だれも必要としてないかもだけど、とりあえず挑戦!
ちょっと勇気と度胸がいるから、撃退酒の力を借りるよ!
「トーチ……トーチいりませんか……?」
撃退酒をガブ飲みして、マッチ売りの少女みたいに売り込む繭子。
それを見た鈴原賢司(
jb9180)が、キラリと眼鏡を光らせた。
そして、大仰な口ぶりで告げる。
「いいね。きみのトーチが見てみたい。その燃えさかる炎の熱さを、輝きを、僕はこの身で実感したい」
「え? え……!?」
予想以上の結果を前に、うろたえる繭子。
「どうしたんだい? 緊張してるなら、これを飲むといい」
賢司が撃退酒を差し出した。
「ど、どうも……」
おもわず受け取って、両手に酒瓶を持つ繭子。
はたから見ると、どれだけ酒が好きなのかという絵である。
「やあ、お嬢さんがた。おつかれさま。一杯どうだい?」
賢司は繭子をつれて、料理担当班のもとへやってきた。
「わたくしは結構ですわ」と、凜。
「あのぉ……私もちょっと……」
恋音も拒否の構えだ。
そこへ、壱縷がおずおずと名乗り出た。
「では僕がいただきます……。でもこれは……いったい何の飲み物なのでしょうか?」
「気分が良くなる、ふしぎな飲み物さ。心配はいらない。いざとなったら、僕が介抱するよ」
賢司は直球派だ。発言に迷いがない。
「ふしぎな飲み物ですか……」
壱縷はグラスに口をつけると、おそるおそる一口だけ飲んだ。
「あ……結構おいしいです」
「だろう? さぁ料理も食べて食べて」
「色々あって、目移りしますね……」
そう言いながら、壱縷は無邪気な笑顔で箸を手にするのだった。
「……なにこれ。デジャヴ?」
撃退酒を見て、久瀬悠人(
jb0684)は呟いた。
つい最近の新年会でも、この酒は体験済み。だいぶ記憶が怪しいが、ロクでもない目に遭ったのは覚えている。
「撃退酒? あぁ、ノンアルだし、久瀬君とアダム君が飲めばいい」
応じたのは、桝本侑吾(
ja8758)
おごりなら遠慮する必要はないと、腰を下ろすや否やビールを飲み始めている。
「それにしても、花見じゃなく枝見とは……なんて新鮮な」
おもわず頭上を見上げる悠人。
だが、侑吾は酒しか見てない。
「エアとか桜とか、酒さえ飲めれば全部チャラだな」
さすがである。
「あ、撃退酒だ。……ま、いっか。注いじゃえ」
わりと軽いノリで、クリフ・ロジャーズ(
jb2560)はアダム(
jb2614)とシエロ=ヴェルガ(
jb2679)に撃退酒を注いだ。
「ちょっと、注ぎすぎじゃない?」
そう言いながらも、あえて止めようとはしないシエロ。
「おさけをのんで、撃退士(ブレイカー)が、ぶれいこーだ!」
ドヤ顔で駄洒落を口走るアダム。
最近おっぱいの魅力に目覚めた彼は、酔っぱらうと実際やばい。
「……って、なんで俺のグラスにまで注いでるんだよ」
当然のように撃退酒を注いでくるクリフに、侑吾は抗議した。記憶はないが新年会での色々な噂もあり、今日は警戒しているのだ。……が、注がれた酒は飲み干す主義なので仕方ない。それでこそ、真の酒飲みだ。
「……バレなきゃいいよな」
未成年の悠人は、とても正しいことを呟きながら日本酒に手を出した。
撃退酒は、もう飽きたのだ。一度ぐらい、本物の酒を飲んでみたい。
そう思って飲んだはずの日本酒は、いつのまにかすり替えられていた撃退酒だった。
──というわけで、みんな早々に酔っ払う。
「クリフに歌をささげようとおもう! おれは歌うぞ! 曲は……くりくりくりふ!」
マイクを手に、アダムが光纏した。
当然、アカペラだ。
「くりっくり〜♪ おかしをくれるよくりっくり〜♪」
カニみたいに横移動しながら歌うアダム。
「おせわしてくれる、くりっくり〜♪」
くるくる回転するアダム。
「お〜いえ〜♪ おれたちの〜く〜り〜ふ!」
回転しつつ、反復横跳びするアダム。
って、器用だな!
「いつの間にそんな歌を。アダム、もういい。もういいから……っ!」
クリフが必死になって止めた。
しかし、アダムは止まらない。
「ますもと、どうだ? おれのダンスは!」
「あははは! ダンスマジ秀逸なんだけど! クリフ君マジ愛され系ー」
侑吾は異様なテンションでクリフの背中をバンバンぶったたいた。
「愛され系って、アダムのほうでしょ。俺は違うって」
酒がこぼれないように耐えながら、手をパタパタさせるクリフ。
「よーし、くぜ! 一緒におどるぞ!」
アダムは期待に満ちた目で、悠人の腕を引っ張った。
そして始まる、謎のダンスパーティー。
だが、悠人はもう完全にグロッキー状態だった。
「また……これか……」
踊りだして3秒で意識を失う悠人。
「くぜ……きょうもねちゃうのか?」
アダムはしょんぼり顔で、悠人のほっぺたをペチペチした。
「久瀬……? 今回もなのね……」
なにか悟ったような顔で、シエロが言う。
しかし、悠人は召喚士。とりあえず場をつなぐため、なにか召喚!
出てきたのは、いつものチビ……ではなく、竜のエルダーだった。
「……!?」
周囲の異様な光景を見て、とまどうエルダー。
なんせ、桜など1ミリも咲いてないのにドンチャン騒ぎしてるのだ。だれが見ても、おかしい。
「え、あ……。こ、こんにちは。はじめまして」
クリフが、なぜか三つ指をついてお辞儀した。
そして、「まぁ駆けつけ三杯ということで……」などと言いながら、撃退酒を注ぐ。
器用にグラスをつかみ、一気に飲み干すエルダー。酒の勢いで何かしゃべりだすが、なにを言ってるかわからない。
「へぇ……こんな召喚獣もいるのねぇ」
妙に妖艶な口調で、シエロが言った。
さりげなく酒に強い彼女だが、撃退酒を口にすると少々酔っぱらう。
「ふぅ……やっぱりこれを飲むと、暑くなるのよねぇ……」
シャツのボタンをはずして、胸元をパタパタさせるシエロ。
そこに覗く谷間は、圧巻の一言だ。
「さすが、シエロのおっぱいだな! アーティファクトの名にふさわしいぞ!」
突然そんなことを言いだすアダム。
それを聞いたクリフは真面目な顔でうなずきながら、「同意」と一言。
次の瞬間。シエロの手からハリセンが走り、スパパーンとアダム&クリフを打ち抜いた。
「「アバーッ!」」
血しぶきをあげて転がる二人。
「ご、ごめん、しーちゃん! でも悪い意味じゃないんだ!」
土下座しそうな勢いで謝るクリフ。
一方アダムは華麗に受け身を取ると、反論をはじめた。
「ぼうりょくはダメだぞ! かくさなくてもいい! シエロは本当はおっぱいなんだろ? わかってる!」
「私は、おっぱ……もとい胸で出来てないわよ……?」
ドス黒い微笑を浮かべながら、シエロはアダムのほっぺたをつねった。
「あっはっはっは! おまえら本当に天魔か!? 平和すぎるだろ! ひははははは!」
グラス片手に、大笑いする侑吾。
彼は笑い上戸なのだ。
「そのテンション、ほんとうにますもとなのか……?」
アダムは、おそるおそる侑吾の顔に触れた。
文字どおり、化けの皮をはがそうとしているのだ。
「ん? なにしてんだ、アダムにゃん?」
侑吾のヘッドロックが、アダムを捕らえた。
そのまま、万力のような勢いでギリギリギリ!
「〜〜〜〜ッッ!?」
声にならない悲鳴をあげて、アダムは失神KO。
「……それ以上やると、事件になるわよ?」
シエロが冷静に止めた。
「おっと。わるかった、アダム君」
重体判定ギリギリで解放されるアダム。
そのままクリフの膝枕に直送されるアダム。
なぜか笑顔になるアダム&クリフ。
「ねぇ、桝本。どれだけ撃退酒でぼんやりしてるといっても、殺人事件は犯さないでね?」
シエロが真顔で言った。
「いやいや。いくら俺がぼんやりったって、それは心配しすぎだろ」
「ならいいけど」
「それより聞いてくれよ、シエロさん! このまえ、久瀬君と回転寿司に行ったんだけどさぁ……!」
言いながら、侑吾は悠人の頭をばしばし叩いた。
シエロはちょっと心配そうな顔で悠人の様子を見ながら、笑顔で応じる。
「まぁ、私で良ければ話ぐらい聞くわよ」
──というわけで、侑吾は延々と愚痴を言い、シエロがそれを聞き。クリフはアダムを、エルダーは悠人を、それぞれ膝枕しながら酒を飲むのだった。
そんな騒ぎから遠く離れた場所で、一頭のパンダが必死に走っていた。
名前を出す必要もないように思うが、久遠ヶ原のパンダと言ったら下妻笹緒(
ja0544)である。
エア花見選手権世界ランキング248位の笹緒としては、今年こそ飛躍の年にしたいところ。エア花見にはうってつけのこの時期に、本格的な会場を用意してくれた主催者には感謝している。
だが、しかし。
桜がエア満開の花見会場は、エア花見客でいっぱいだった。
どこを見ても、見渡す限りエア学生たちの群れ。
頭上には、一面のエア桜。
人! 人! 人!
桜! 桜! 桜!
「うおおおお……っ!?」
エア人混みに巻きこまれて、あとずさりする笹緒。
このような状態では、とても皆のいる場所には辿りつけないエア!
やむなく主催者にエアメール(航空便ではない)を投げてみるが、当然返事はナシ。
「く……っ、やむをえん。この場は撤退する。だが、これは逃走ではない。あくまで、戦術的撤退。後方への前進なのだ!」
エア記念にと、エア桜をエアスマホでエア撮影して、エア満足しながらエア帰宅するエア笹緒。
彼のエアランキングがエア上昇したのは確実エアエア。
では、カメラを花見会場に戻します。
ギギキキィィィッッ!
鼓膜に突き刺さるブレーキ音を立てて、砂煙とともに6輪ドリフトで突っ込んできたのは、謎のデコトラだった。
なんだなんだと騒ぎが起こる中、トラックの荷台がガルウイング状に開き、派手な音楽が流れだす。
肉食系アイドル・川澄文歌(
jb7507)のゲリラライブ開幕だ!
スモークが焚かれ、パイロが噴き上がり、レーザーライトがステージを切り裂く。
そして炸裂符を周囲に撒き散らしつつ、マイク片手に文歌登場。アップテンポの曲に乗せて、かろやかに歌いだす。
少し前まで 臆病だった私
素直になれず ブルーな気持ちで
ただ眩しいヒカリを 見てるだけだった
「ふ・み・か・ちゃーん♪」
ネクタイを振りまわしながら、ジェラルドが声援を飛ばした。
凜や怕遊、壱縷などの友人たちも、負けじと声を出す。
「ふふ……ふふふ……」
そんな中。アイドル仲間のカナリア=ココア(
jb7592)は、酒瓶をかかえて妖しげに笑っていた。
Happy Song☆
みんなにとどけ
Happy Song☆
みんなで一緒に 輪になって踊ろう
サビが歌いきられると、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が闘気解放しながらギターをひっさげて登場。センターに陣取り、アイドルソングとは思えない勢いで光速ソロをぶちかます。
「ぜ・ろ・ぽーん♪」
ジェラルドがネクタイ(略
「よしゃ、フィニッシュやで」
焼けつくようなギターリフを決めると、ゼロは文歌と入れ替わった。
そして再び披露される、カラフルな歌声。
〆は、周囲一面を埋めつくすように噴き上がる桜吹雪。
「ええ歌には、ご褒美あげなな」
声援に包まれつつ、ゼロは文歌を抱き寄せた。
「えっ、ご褒美?」
「せや。これで契約完了やで」
ゼロは撃退酒のボトルをあおると、いきなり文歌にキスした。
「んう……っ!?」
ふたりの唇の間から、透明な液体がこぼれる。
その直後。どこからともなく巨大なロケット花火が飛んできて、ゼロの頭を撃ち抜いた。
「ひでぶ……っ!?」
血煙を上げて倒れるゼロ。
「ゼ、ゼロくん!? しっかりして!」
「お、俺……死ぬんか……?」
「大丈夫! 私たちの愛は不滅だよ!」
「せ、せやな……愛しとるで……」
文歌の胸に抱かれて、がくりと意識を失うゼロ。
予定と逆の展開だが、重体じゃ仕方ない。
「二番手! 不肖城前、歌います!」
血まみれの事故現場など見なかったことにして、陸がステージに立った。
流れだすのは、オリジナルソング『オヒナサマーンのうた』
心に希望の ともしびを
無敵の花びら 身にまとい
みんなの応援 背に受けて
今日もつよいぞ オヒナサマーン!
一見すると意味不明な歌詞だが、オヒナサマーンというのは正義を愛する魔法少女が操作する超巨大合体ロボで……うん、説明不可能。
「ありがとう! みなさん、ご静聴ありがとうございます!」
まばらな拍手が響く中、陸は満足げな笑顔でステージをあとにするのだった。
「三番! ベアトリス・ライヒアイゼンぢゃ!」
どこぞの電子歌姫みたいなツインテールをなびかせて、Beatriceがステージに上がった。
花見の席にふさわしく、歌うのは『三本桜』
997本ぐらい足りないような気がするが、気にするな。
ミュージックスタート。
軽快なシンセ音が走りだし、風車のように曲が回りはじめる。
歌詞は書けないが、光線銃をぶっぱなしたり、大陸間弾道弾を持ち出したりと、たいへん物騒な内容だ。
Beatriceは日本の心を伝えようと、演歌調に熱唱。
いや、あなた。日本人じゃないどころか人間ですらないでしょと言いたいが、そういうことは問題じゃない。歌は心! たぶん!
それなりに拍手の湧く中、Beatriceは89点という微妙な点を獲得。
うん、あれ難しいよね。
「四番、黄秀永。漫才やります」
秀永は麗司と並んでステージに立った。
本当なら相方はヒリュウだったんだが、人語をしゃべれないので……。
「突然ですが、なぜタコ焼きと言うか知ってますか?」と、麗司。
「そんなん、タコが入っとるからですやん」
「ですが、タコが入ってないタコ焼きもあります」
「たまにありますなぁ、そういう不届きな店」
「変わりタコ焼きと称して、イカやエビ、果てはチョコレートが入っている場合もあります。これらをタコ焼きと呼ぶのであれば、もはや世界中すべての料理をタコ焼きと呼べるのではありませんか?」
「え……?」
「いいですか? タコ焼きなのにタコが入ってないのですよ? 仮にあなたがカツ丼を注文したとして、そこにトンカツが入ってなかった場合どう思いますか? タコなしのタコ焼きとは、すなわち
「すんません! 相方選び間違えましたぁぁ!」
そんなステージングをよそに、恋音は深刻な相談をしていた。
相手は、マッド発明家の平等院。
というのも、最近なぜか胸部の成長が著しいのだ。ほとんど藁にもすがる思いでの相談である。
「……というわけで、アウルの副作用について詳しく知りたいのですよぉ……。もしかすると撃退酒が原因なのではと思うのですけれどぉ……」
「ふむ。まずは実際に飲んでみてくれ」
「うぅ……あまり気が進まないのですよねぇ……」
イヤそうな顔をしながら、撃退酒を飲む恋音。
そのとたん顔が真っ赤になり、心なしか胸も大きくなったように見える。
「なるほど。これは興味深い」
しげしげと観察する平等院。
そして何か閃いたように目を輝かせると、彼は恋音の腕をつかんだ。
「いまから私のラボに来てくれ。詳細な実験データをとりたい」
「あ、あのぉ……お花見は……?」
「こんな馬鹿げた集まり、どうでもよかろう」
「そ、そうですかぁ……」
「くっくっく。たのしい人体実験の時間だ」
不気味な笑みを浮かべる平等院。
相談相手をまちがえたのでは……と、おもわず恋音は震えた。
しかしまさか、この相談があのような悲劇につながるとは……。
「ふふ……一杯どうですか……?」
撃退酒を手にして、カナリアは文歌に話しかけた。
「うぅん……ちょっといま、それどころでは……」
文歌の膝には、死にかけのゼロが横たわっていた。
それ、病院に持っていったほうが……。
「大丈夫……撃退士は簡単に死にません。さぁさぁ」
強引に撃退酒を飲ませようとするカナリア。すでに、ちょっと酔っている。
じつは最初から文歌にロックオンしていたカナリアは、酔い潰す気満々なのだ。
え? 酔わせてどうするのかって? そりゃあまあ、ねぇ……?
「あ、さっきのステージ、どうでした?」
思い出したように、文歌が訊ねた。
「よかったですよ。さすが部長ですね」
「ありがとうございます。カナリア先輩も一曲どうですか?」
「そのつもりだったんですけど……いまは川澄さんと飲みたい気分なんです」
ついでに酔い潰してアレコレしたい気分なんです、と胸の中で呟くカナリア。
「さぁさぁ、川澄さん。もう一杯」
「ええ……っ。でも私、ちょっと酔っぱらってきて……」
「大丈夫、まだいけますよぉ。私も付き合いますから……」
などと言いながら、ものすごいペースで飲みまくるカナリア。
目つきはとろんとして、なにやら妖艶なオーラが漂っている。
「あの、カナリア先輩……?」
危険な空気を感じ取って、文歌は慌てた。
「川澄さん……」
ゼロが重くて動けない文歌に、カナリアが迫る!
「はい、そこまでね?」
明日羽がやってきて、ひょいっとカナリアを抱え上げた。
「あ? え……?」
「ノーマルの人を襲ったらダメだよ? 寂しいなら私が遊んであげるから、ね?」
「は、はい……」
撃退酒を飲みながら今日は佐渡乃さんいないなぁと思ってションボリしていたカナリアにとって、この展開はむしろ歓迎だった。
「じゃあ、人目のない所に行こうか?」と、明日羽。
「え……そこで何を……?」
「わかるよね?」
明日羽はニッコリ微笑むと、カナリアをお姫様だっこしたまま連れ去るのだった。
残された文歌はホッと息をつき、ゼロを膝枕しながら寝てしまう。
「ふぅ……ひととおり終わりましたわね」
おおかたの作業を終えた凜は、ようやくエプロンをはずした。
せっかくだし自分も何かつまもうと、マカロンを一口。
そして、ティーカップに入っていた紅茶を──
「こ、これは……!?」
ボンッと一瞬で真っ赤になり、よろける凜。
お察しのとおり、紅茶ではなく撃退酒だったのだ!
「暑い……暑いですわ……」
ヘッドドレスをはずし、メイド服を脱ぎ、あっというまに下着姿になってしまう凜。
それを近くで見ていた怕遊が、「ふわあっ!?」と声を上げた。
「あら、そんなに驚かなくても……。だって、とても暑いんですもの……脱いでもいいでしょう?」
「え、あ、お、おお……?」
とまどう一方の怕遊。
そこへ、怪しい液体をほとばしらせつつ凜が抱きついた。
「ああ、なんてかわいい子なんですの。食べてしまいたいぐらい」
ぐりぐりと頬ずりする凜。
いかん、このままでは怕遊の貞操がデンジャー!
その瞬間。どこかから飛んできた巨大ロケット花火が、凜の眉間に命中!
「そんなぁぁ……!?」
キャミソール一枚で、凜はバッタリ倒れた。
「あぶなかったのです……」
安堵の溜め息をつくと、怕遊は手近の紅茶を一口飲んだ。
「お!? おおーー!?」
凜と同じ失敗をやらかして、怕遊は足をふらつかせた。
しかし、凜と違って脱ぐ趣味はない。ただ、凜と同じで誰かに抱きつきたがる習性があるぞ!
「遊んでほしいのですー♪」
よりによって、ラファルに向かって突っ込む怕遊。
「よし、遊んでやるぜ! ファイヤー!」
幸いなことに、飛んできたのはミサイルではなくロケット花火だった。
まぁ結果は同じなんだが。
「久遠ヶ原のお花見は過激ですね……」
あちこちに負傷者が転がっているのを見て、繭子は呟いた。
いつのまにやら酔いつぶれた壱縷が、その膝を枕にして寝息をたてている。
「なぁに。あの程度、きみが僕のハートに与えたダメージに比べれば、どうってことないさ」と、賢司。
そこへ、としおが両手にラーメンどんぶりを持ってやってきた。
「〆にラーメンはどうだい? 宴会の〆といえば、やはり定番のこれ! なんのかんの言っても、なぜか小腹が減って食べたくなるよね〜♪」
出てきたのは、見るからに食欲をそそる豚骨ラーメン。
いつぞやの戦争では、ラーメンに命をかけて戦い抜いたとしおだ。そのラーメン愛は本物!
「ほほう。なかなかの一品だね。なんといっても、この濃厚スープがいい。料理の上手な男性はモテるというからね、きみもさぞかしモテるだろう」
すべてがストライクゾーンの賢司は、見境なく甘い笑みを投げかけた。ついでに言うと、脂っこい料理は大好きだ。
「おお、わかってくれますか。このスープを!」
としおもまた、人類と天魔すべての存在と友人になれると信じているポジティブ派。
というわけで何故か趣味嗜好が一致した二人は、撃退酒を飲み交わしながらラーメントークに花を咲かせるのだった。
後片付けで爆発オチに持っていく予定のとしおだったが、すまない。後片付け専門スタッフが参加してたんだ。
「あー、そろそろ酔っぱらってきたかな?」
あきらかに酔っ払いの顔で、入亜は撃退酒を飲み続けていた。
「大丈夫、大丈夫! まだ全然だよ!」
応じるマリスも、完全に酔っぱらっている。
まぁ彼女の場合、最初からこの調子なんだが。
「ところでさぁ。この花火、どこまで大きくするの?」
亜矢が問いかけた。
「どうせやるなら、限界までやるべきだよ!」と、マリス。
「だよね!」
亜矢たちの前には、くす玉みたいな巨大花火が作られようとしていた。
本当なら麗司に頼んで四尺玉を用意したかったのだが、さすがに当日すぐというのは無理すぎた。というわけで、花火や爆竹を分解して集めた火薬を玉に詰めこんでいるのだ。もうロクでもない結果しか見えないが、彼女らは本気である。
「まぁ、こういうのは徹底しないと面白くないよねぇ。……あ、爆発させる前に記念撮影しておこうかな☆」
わりと乗り気で、ジェラルドは花火作りを手伝っていた。
これで女の子と仲良くなり、写真を配るという名目で連絡先ゲットだ。
「さーて、そろそろ〆の時間だよな。後片付けは任せな。得意の砲撃で、すべてを原子レベルまで分解してやるぜ」
ほかの参加者のことなど気にもせず、いつもの調子で武装を展開するラファルがいた。
ちょっと待て。冷静に考えると花火がヤバイ。
といっても今さら止まるラファルではないので、問答無用でファイヤー!
ちゅどぉぉぉぉぉんん!
「「アバーッ!?」」
予想外の爆発事故が起きて、ラファル本人も吹っ飛ばされた。
無事に済んだのは恋音とカナリアだけだが、この二人も爆発する以上の目に遭ったことを考えると、会場に辿りつけなかったパンダが唯一の勝者かもしれない。
ともあれ、エア花見会はこうして無事に閉幕したのであった。