その日。ギュー男爵の取材に応じるべく、7人の撃退士が教室に集まった。
黒板には『久遠ヶ原学園へようこそ! ギュー男爵先生!』と書かれ、『WELCOME!』とか『大!歓!迎!』などと書かれた垂れ幕が飾られている。どういうわけか『おさわり禁止!』という旗もあるが、気にせず進めよう。
「これだけやれば、全力で歓迎していることが伝わるでしょう!」
自信満々に胸を張るのは、袋井雅人(
jb1469)
今日は普通に制服姿だ。女装もしてないし、パンツもかぶってない。かなり違和感がある。
「ギュー男爵さん……どんな方なんでしょう。とても楽しみなの……」
若菜白兎(
ja2109)は、夢見る少女のように瞳をキラキラさせていた。
じつは彼女、男爵のファンなのだ。先日発売されたばかりの新作も読んだし、自分の話が次回作で採用されたら嬉しいなと思っている。なんと奇特な。
「ついに、このあたしも取材を受けるほどになったか〜。……で、そのオッサンなに書いてんの?」
無駄にセクシーなポーズで問いかけたのは、グリーンアイス(
jb3053)
「これなの。こういう小説を書いてるの」
白兎が文庫本を取り出した。題名は『撃退士の日常』
「ふーーん」
興味なさげにページをペラペラめくる、グリーンアイス。
そこへ、狗猫魅依(
jb6919)がヒョコッと首をつっこんできた。
「しょーせつ?」
猫型悪魔で人界知らずの魅依は、小説というものを知らない。
もともと本を読むようなタイプではないし、だいいち猫が本を読むわけない。
「小説というのは……」
白兎が説明しはじめた。
本気で今日の取材をたのしみにしていた彼女は、だれよりも真剣だ。
「ああ……一体どんな方なんでしょう。ご本も面白かったですし、なんでも旧貴族の方だとか……。足長おじさんみたいな方? それとも、お父さんみたいな人でしょうか……?」
うっとりとした笑顔を浮かべる白兎。
失礼のないようフォーマルなドレスを身につけ、おみやげに手作りクッキーも用意済み。準備は万端、抜かりなし。……のはずだったが、直前の依頼で重体の身になってしまった白兎。しかし、この程度では挫けない。撃退士のことを知ってもらうなら、こういうこともあるのだと身をもって示せる機会。そう前向きに考えている。
そこへ。
ガラリと扉が開かれて、入ってきたのは無精ヒゲのオッサンだった。
手にはウイスキーの瓶。よれよれのコートとズボンは、浮浪者を彷彿とさせる。
彼は無言で教室を見回すと、白兎に目をつけた。
「やあ、かわいいお嬢ちゃん。取材が終わったら、一緒に食事でもどうだい?」
「はぅぅ……!?」
幻想をブチ壊された上に身の危険を感じた白兎は、反射的に盾をかまえて距離をとった。
相手は、ただの一般人のはず。だが、全身から発せられるドス黒いオーラは、凶悪な天魔さながらだ。おもわず『異界認識』まで使って正体をたしかめてしまう白兎だが、まちがいなく相手は人間。
「……っ!!」
本能の警告に従って、白兎は逃げた。
そのままホワイトボードの陰に隠れて、ぷるぷる震えながらうずくまる白兎。本人は完璧に隠れているつもりだが、言うまでもなく丸見えである。頭隠して尻隠さずとかいうレベルではない。
「逃げなくていい。こう見えても、俺は貴族だ。正確には男爵だ。紳士のたしなみは身につけている」
などと言いながら、ウイスキーをあおる男爵。
しかし、白兎は震えるばかりだ。もはや取材どころではない。ストライクすぎたのがいけないんだ。(え?
「ナンパしておる場合ではなかろう。さっさと始めるのじゃ」
尊大な口調で告げたのは、イオ(
jb2517)
その姿を見た男爵は、キラリと目を光らせる。
「ふむ、キミはロリババアか。悪くない」
「だれがババアじゃ!」
「白髪のロリババアじゃないのか?」
「白髪ではない! これは銀髪じゃ!」
「よく見せてくれ」
「こら! 近寄るでない!」
イオの髪に手をのばそうとする男爵。
逃げるイオ。
そのとき。スパーンとドアが開いて、巨大なクマが乱入してきた。
「怪傑クマー天狗、ただいま惨状じゃ! ふはははは!」
たからかな笑い声とともに、キャストオフ!
すると現れたのは、白髪のロリババ……もとい、銀髪の美少女天使・美具フランカー29世(
jb3882)
その容貌をまじまじと見つめて、男爵は言い放つ。
「ボール」
「どういう意味じゃ!」
そんな騒ぎのあと、月乃宮恋音(
jb1221)の用意したお茶と茶菓子が配られて、取材は始まった。
「まずは、そのけしからんおっぱいについて聞かせてもらおう」
セクハラの直球を投げつける男爵。
「そ、それは取材ですかぁ……!?」
反射的に胸を腕で隠して、恋音は真っ赤になった。
「もちろんだ」
「うぅ……私に限らず、撃退士には特異体質の人が多いのですよぉ……『先天性特異性保有仮説』というものがありましてぇ……」
説明が長いので、詳細は『学園コラム』参照。
「キミのおっぱいも、そのせいか?」
「はい……アウルを使うと、胸の発育に影響が出るようですぅ……。ほかの人では、覚醒で髪や瞳の色が変わったり、体の成長が止まったり、異性と間違えられるような外見になったり……色々ですけど、外見に特徴のある方が多いですねぇ……。小説のキャラ作りの参考になればと思いますぅ……」
「ふむ……力を使うたびに髪が抜けたりするのは面白そうだな」
わりと真剣な顔でメモをとる男爵。
これでも一応、作家なのだ。
「ここに目をつけるとは、さすが先生! お目が高い!」
雅人が言った。
「お、おい。いいのか?」
さすがの男爵も、目を丸くさせる。
「問題ありません! じつは私と恋音……じゃなくて月乃宮さんは、恋人同士なのですよ!」
「リア充ってわけか」
「リア充……そうかもしれません。記憶喪失で過去を失った私にとって、『今』生きていることがすべて。私がこんなにHなのも、恋愛狂というか恋音狂なのも、ときどき狂ったように戦ってしまうのも、その一瞬一瞬で自分が生きていると実感するためです。リアルを充実させるため、私はいつでも全力ですよ!」
力強く言う雅人。
言ってることは珍しくマトモなのに。
「じつは最近、ほかの女の子のおっぱいが気になって仕方ないんです。しかし、これも恋人のおっぱいこそが至高であると証明するため! ああ、見てみたい。揉んでみたい! 先生も男なら、この気持ちわかりますよね!?」
「ああ、まぁ……」
男爵を絶句させるまでに高められた雅人の変態値は、もはや計測不能だった。
一体なにが、彼をここまで……。
「変態は放っておいて、美具の話を聞くのじゃ」
お茶菓子のチーカマを食べながら、美具が話しだした。
なんちゃって堕天学生が多い中、明確な目的を持って久遠ヶ原に来た彼女は、かつて天界で反戦デモを画策して処刑されかけたという過去を持ち、『天使ゴーホーム』のスローガンを掲げて活動する超マジメっ子。男爵のことも多少知っており、自らの主張を広めるにはこのような文化人ともコネを作る必要があると考えている。
「見てのとおり、美具は召喚士じゃ。いでよ、みっつの下僕たち。第一の下僕、イキヲスルノモメンドクセー召喚!」
素っ頓狂な名前のティアマットを呼び出す美具。
出てきたのは、ボールみたいに丸々と太った、どうしようもない役立たず。
「この駄獣ッ! 駄竜ッ! さぁ鳴け! 鳴くのじゃ!」
美具の鞭が乱れ飛び、ブヒーブヒーと鳴いて喜ぶ獣。
男爵は、あっけにとられるばかりだ。
「次! 第二の下僕ウルルウマウマ召喚じゃ!」
呼び出されたのは、綿菓子みたいなフワフワの青白い竜。
「これを、こうして、こうじゃ!」
美具は和気藹々を使いつつ、竜をもふもふ。
完全に空気をなごませると、彼女は次の召喚獣を呼び出した。
「来たれ! 第三の下僕、ドヤ顔の李白!」
老け顔の竜が出てきて、いきなり美具の尻に腰を擦りつけ始めた。
裂けた口からは長い舌が伸びて、美具の首筋を舐めまわす。
「ちょ、おま、やめ……!」
思いもかけない痴態が展開され、鉄拳制裁で強制送還される召喚獣。
一連の騒ぎを見届けたあと、男爵は溜め息をついた。
「久遠ヶ原は変態収容所か……? 派手な武勇伝とかないのかよ……」
「武勇伝はないけど、撃退士がらみで散々な目にあったことはあるよ」
と語りだしたのは、本城猛(
jb8327)
一同の視線が集まる中、彼は続けた。
「久遠ヶ原に来る前、僕は山奥にある全寮制の学校に通ってたんだ。それで、四月の終わりぐらいに編入生が来たんだけど、そいつが言うんだよね。『この学校は天魔に狙われてる! でも俺が来たから大丈夫だ! 俺は久遠ヶ原から派遣されてきた撃退士なんだ!』って」
「ほう」
男爵がメモをとりはじめた。
「で、その編入生ときたら、突然なにもないトコにV兵器撃ちこんで『危なかったな! 今そこに天魔がいたんだ!』とかほざいたり、かわいい子に『おまえは天魔に狙われてる。俺が守ってやるよ!』なんて付きまとったりしてさ。……おまけに何をトチ狂ったのか、生徒会長さま以外の生徒会役員がそいつに賛同して、職務放棄しちゃったんだよね。おかげで学校は大荒れ。あんまり迷惑だから久遠ヶ原に問い合わせたら、『当校にそのような生徒はおりません』なーんて回答。つまり、ただの野良能力者だったってわけ」
「なんだそりゃ」と、男爵。
「おまけに、僕のお母様が堕天使だって知られちゃったんだよね。『じゃあおまえも天魔だな!?』とか攻撃されたとこで、僕と生徒会長さまがアウルに覚醒したんで、二人がかりで抑え込んで捕獲、しかるべきとこに引き取ってもらったの。……もう散々だったよ? 校内で爆発音はしょっちゅうするわ、あいつ『自分だけが正しいんだ!』って性格の上に、すぐ手が出たから怪我人続出だわ……。風紀員長も生徒会長さまも、最後のほうはクマが凄いことになってたし……。まぁ結局、解決したあとで僕と生徒会長さまは久遠ヶ原に来ることになったんだけどね」
思い出すのもイヤだとばかりに、猛は溜め息をついた。
「どれ、派手な冒険譚は他の人に譲るとして。依頼で役立った変なものを教えてあげよう。小ネタでリアリティを出すのにでも役立てたまい」
なぜか得意げな顔で言う、グリーンアイス。
その手に取り出されたのは、ただの鍋だ。
「なぜか、鍋しようぜって依頼は多いんだよね。だから撃退士は鍋に一家言ある奴が多いんだよ。トマト鍋にコロッケとかソバ入れてた奴もいたなぁ……。まあ、昨日いっしょに鍋食べた奴が今日死んでる可能性もあるけど。それが撃退士の生きざま。灰と隣りあわせの青春なのさ。だからこそ、おなじ釜の飯を食いたがるのかもね。……さあ、このネタはギャグにもシリアスにも使えるぞ!」
「鍋か。日常の一コマに使える……か?」
メモしながら首をひねる男爵。
「お次はこれ。伝家の宝刀、11フィート棒!」
グリーンアイスが手にしたのは、ただの棒きれだった。
「なんだそれは」
「よくぞ訊いてくれたね! これは罠をさがす棒。プルトニウム貨幣が使われていた古代から存在する、10フィート棒で対処できない罠のために生み出されたのだ。まー、アウルのぱぅわーとかV兵器とか使ってても、最後に頼るのはこういうもんなわけよ。壊れないし、だれでも使えるし。実際トラップハウスで使って、そのあと怖いおねーさまに……あ、その小説濡れ場ないんでしょ? じゃ、ナイショ」
勝手に話をはじめて勝手に話を終わらせるグリーンアイスであった。
「では、イオの体験を聞かせてやるのじゃ。耳をかっぽじって聞くが良い」
おほんと咳払いして、イオが語りだした。
それは、悪魔である彼女がいかにして久遠ヶ原に来たかについての物語だった。
何者かと戦って重傷を負い、天魔の力も記憶も失って人間に保護されたのが、物語のはじまり。幸か不幸か外見が人間と変わらなかったイオは、孤児として施設に預けられたものの、人界の知識がなかったために孤立していた。そんな彼女もやがて里親に引き取られ、京都で平和に暮らしていたが、そこへ天使の軍隊が侵攻してきた。その際に記憶の一部と力を取り戻し、覚醒したイオは里親を保護してもらう代償として、久遠ヶ原に協力することになったのだ。
「このケガにも記憶がないのじゃが、おそらく天使と戦って受けたのじゃろうな。……どうじゃ? わりとドラマチックじゃろ?」
と言いながら、イオは折れたツノと千切れた翼を見せた。
男爵は「記憶喪失の天魔か……」などと呟きながら、メモをとっている。
にやりと笑って、イオは続けた。
「そのうち、知らない天使が『ひさしぶりだな』とイオの前に現れるやもしれんな。……作家殿、おぬしならば、どんな天使を登場させるのじゃ?」
「ふむ……」
想像力を刺激されたのか、男爵は天井を見上げて考えこむのだった。
「ところで、そこのお嬢ちゃんは何も話さないのかい?」
突然、男爵が魅依に話しかけた。
「にぇ……っ!?」
鰹節スナックをかじっていた猫が、びくっと振り向く。
基本的に人なつっこい魅依だが、この依頼人からは本能的に危険を感じていた。野生の勘が、近付いてはいけないと警告しているのだ。そんなわけで、やたらと距離をとりながら取材に応じる魅依。
「えっとね、えっとにぇ? おっきな植物とか虫とかと戦ったり、ゲート壊しに行ったりとかしたよー♪ あとこのまえは、にぇこカフェでお仕事とかもしたにょ!」
「猫が猫カフェで働くとは、斬新だ」
「にゃぅ〜……」
「よし、俺を客だと思って接待してくれ。サービス料を払ってもいい」
なにか風俗店と間違えている男爵。
「そ、そんにゃサービスはないにょ!」
「じゃあ今から作ればいい」
「にぇぇ……っ!」
不気味な笑みで迫る男爵。
にげる魅依。
「おさわり禁止にゃあああっ!」
とっさに光纏すると、魅依は魔法書を手にした。
「うわっ! 一般人を攻撃しちゃダメだよ!」
あわてて猛が止める。
「うむ。気持ちはわかるが、殺人犯になってしまうのじゃ」と、イオ。
「あのぉ……それなら、VBCでスキルをバーチャル体験してもらうというのは、どうでしょうかぁ……?」
これは名案とばかりに、恋音が提案した。
VBC総合ランキング一位の彼女にとって、バーチャル空間は自宅のようなもの。つれこんでしまえば、あとは煮るなり焼くなり自由自在だ。仮想空間なので、なにがあってもケガすることはない。まちがって流れ弾が飛んでも、ノープロブレム。(おい
というわけで一同はVBCへ移動し、訓練を見学してもらうという名目のもとに色々とアレコレしたのであった。
ちなみに男爵の次回作は、銀髪少女の天魔トリオが究極の鍋料理をもとめて全国を旅するグルメ小説になったという。